< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまりにあの男は危険過ぎる!!」

 

「そうだ、個人が持つべき力では無い!!」

 

「もし、彼が野心に目覚めても・・・誰も彼の暴走を止める事が出来ん。

 これは由々しき事態だ。」

 

「その通りだ、あの力は我々軍が管理をするべきだ。

 最早彼一人の判断で使用するべき『力』ではない!!」

 

「何を言う!! あの力は私達政治を担う者が管理するべきだ!!

 君達軍人が管理すれば、世界のパワーバランスを崩しかねない!!」

 

「何だと!!

 貴様等みたいに物陰で震える事しか出来ない臆病者が、戦場の事に口出しするな!!」

 

「な!! 何と言う言い草だ!!

 一体誰のお陰で貴様達が生活出来ると思っているんだ!!

 戦う事しか出来ないお前達に、政治家の苦労が解ってたまるか!!」

 

「お前達こそ戦場の過酷さを知らない癖に!! 何を偉そうに言っている!!」

 

 

 

 

 

 いい加減・・・飽きてきたな、この罵りあいの会議にも。

 まあ、軍人と政治家の仲が悪いのは今に始まった事ではないが。

 ここまで露骨に言い争うとは―――

 

 余程、アキトの身柄を押えておきたいらしいな、どちらの陣営も。

 

 アキトさえ自分の陣営に取り込んでおけば、あらゆる意味で牽制の役に立つ。

 なにしろ、場合によっては小さな国など文字通りに・・・『消滅』させる事が可能なのだからな。

 しかも、それ以外にも問答無用の攻撃方法を持っている。

 それだけの攻撃力を秘めつつ、その『兵器』のサイズはせいぜい8m位の人型機。

 彼等にしてみれば、喉から手が出るほど欲しい『兵器』なのだろう。

 

 だが、それは自分達の命令をその『兵器』が遵守していればこそ、だ。

 残念な事に、この『兵器』は軍人嫌いで政治家にも余り良い印象を持ってはいない。

 そう、テンカワ アキトが自分達の言う事を聞かない事を、彼等は良く理解していた。

 

「まあ、落ち着きましょう皆さん・・・

 今の問題は、彼が軍人ではなく民間人である事が最大の問題です。

 今まではその功績に免じて、彼の我儘を許してきましたが。

 ―――最早それも不可能でしょう。

 この際、彼には正式に連合軍本部に所属してもらいます。

 そして、軍部と政治部のトップによる共同管理を行ないましょう。」

 

 そう言いながら、俺の正面の男が俺を睨む。

 この男は政治部の代表の一人だ。

 連合軍の5つの方面軍があり、その各方面軍の司令がいるように。

 政治部にも5つのエリアごとの代表が存在する。

 そして、軍部の司令代表がアメリカ方面軍総司令であるように。

 政治部の代表として、オセアニア方面の代表が・・・この男だった。

 

 今更確認するまでもないが、オセアニア方面―――オーストラリアはクリムゾンの本社が鎮座している。

 この男はクリムゾンの手先として、この審問会に臨んでいるのだ。

 

 その目的は・・・

 

「さて、本人は意識不明の状態らしいので、代わりにナデシコ艦隊のシュン提督に来て貰ったのですが。

 先程の提案に、異議でもありますかな?」

 

「・・・」

 

 俺は憮然とした表情で、男の顔を睨みつける。

 既に殆どの根回しは終っていたのだろう、他の人物から反対の意見は出てこない。

 

「沈黙は肯定と判断しますよ。

 では、彼の身柄とあのエステバリスを本部の所属として・・・「異議あり!!」」

 

 その声は、俺の右手からあがった。

 

「グラシス中将・・・何か問題でも?」

 

 男が薄ら笑いを浮かべながら、グラシス中将を見詰める。

 その目には、相手を侮蔑する光があった。

 

 ・・・気に入らない、な。

 

「彼の人権を余りに無視しているぞ!!

 本人の承諾も無しに、こんな会議で彼の身の上を決める事など非常識も甚だしい!!」

 

「ふぅ・・・何かと思えばそんな事ですか。

 先程の発言でもありましたが、彼は危険すぎるのです。

 世界の安全を考えれば、彼の管理は我々がするべきでしょう。

 心配なさらずとも、『英雄』としての扱いをしますよ。」

 

 男が爽やかに笑が、その笑みには感情が全然伺えない。

 どう見ても、愛想笑い・・・本心を見せない仮面を被った笑いだった。

 

「だが!!」

 

「お孫さんの想い人だからと言って、御自分の立場を忘れてもらっては困りますな。

 もし彼の今回の戦果を発表してみないさい。

 ・・・きっと、世界中で彼を敬う人間と忌避する人間が生まれるでしょうね。

 世界規模のパニックを起こしかねない『兵器』なのですよ、あの存在は。」

 

 最早、人としては見ていない。

 この男の発言には、アキトの人権どころか兵器として認識してる事を伺わせた。

 

 ならば、俺の今後の行動に迷いは無い。

 俺には俺に出来る事をするだけだ。

 和平を実現する為には、ナデシコの存在が必要であり。

 ナデシコにはアキトが必要なのだから・・・

 

 それに、彼女達にお願いもされているからな。

 

「さて、シュン提督もこの考えに賛同していただけますよね?」

 

「それは、皆さんの合意の上での命令ですか?」

 

 俺が逆に質問すると、男は小馬鹿にしたように笑う。

 

「まあ、そう考えて貰っても結構ですよ。

 若干3名ほど反対されているみたいですがね。」

 

 3名―――グラシス中将、ミスマル提督、それにアフリカ方面軍司令であるガトル大将だな。

 戦場で受けた傷は癒えたらしく、今は俺の方に向かって沈痛な顔を向けていた。

 

 ・・・親父の顔を見るのも久しぶりだな。 

 

「では、正式な決定では無いのですね?」

 

 義理の父親の顔を確認してから、俺は男に問う。

 

「それは時間が有りませんでしたからね。

 でも、この場の10名の多数決で決定した場合・・・まずこの案は承認されますよ。」

 

 その男の返事を聞いて、俺の唇が笑みを浮かべる。

 

「ほう・・・流石はクリムゾンの爺さんだな、根回しが素早い。

 今回の為だけにバラ撒いた政治献金の桁が、3つも違うだけの事はあるな。」

 

       ザワザワ!!

 

 突然豹変した俺の口調と態度に、会議の参加者達の表情が変わる。

 ま、やるからには徹底的にやらないとな。

 俺としてもここで目立っておかなければ意味が無い。

 

「何の事です?」

 

 惚けた口調をしてるが、問い掛ける男の顔は醜く歪んでいるように俺には見えた。

 工作に使った金額を正確に掴んでいる俺に、警戒心を持ったようだ。

 

 だが、俺はそんな男を無視して男の右隣に座っている軍人に話し掛ける。

 

「軍人として恥かしくないのか、アメリカ方面軍の総司令官殿?

 19歳の民間人の少年に助けられ、その上軍の不祥事を隠す為にその身を拘束する。

 ・・・しかも、その見返りに息子をクリムゾンの子会社の社長に就任させる事を要求するとは。

 部下が知ったら、嘆き悲しむな。」

 

「な!!」

 

 青い顔をして、俺の言葉に衝撃を受けるアメリカ方面軍司令。

 だが、ここで手を緩めるつもりは無い。

 俺は畳み掛ける様に次の目標に視線を移す。

 

「東南アジア地区首相・・・貴方の従兄弟の名義になっているが、先週購入された別荘。

 あれは貴方が買ったモノですよね?

 まあ、有り余る金が入ったんだから大きな買い物をしてみたいのは解るが。

 囲っている愛人3人にまで、気前良くマンションを買い与えるとは、流石に太っ腹だな。」

 

「ぐっ!!」

 

 典型的な日本人の顔をした男の顔が、ドス黒く染まる。

 まあ、一皮剥けば人間の本性なんて直ぐに発覚するもんだ。

 

「その他の方々も、結構色々と大きな買い物をされてるよな?

 なんだったらこの場で全部教えて差し上げようか?

 ま、その前にテンカワ アキトの身柄について・・・多数決を取るんだったかな?」

 

 唖然とした顔の代表者を見回しながら、俺は不敵に笑ってみせた。

 

 勿論、その後に多数決を取る事も無く。

 審問会は騒然とした雰囲気を漂わせたまま、俺の次の言葉を待っている。

 

「・・・先達の過ちを認め、木星蜥蜴の正体を民間人に公表するか?

 それとも、自国での地位を失い負け犬となるか?

 決断をするのは―――あんた達だ。

 最後にこれだけは言っておく・・・己が傷付かない立場に、何時までもいられると思うなよ。」

 

 そして全員が睨み付ける中、俺は悠々と審問会の部屋を退出した。

 なに、アイツ等が直ぐその場で決断が出来るとは思ってはいない。

 これで少しは時間稼ぎにはなるだろうさ。

 

 さて、これで奴等のターゲットは―――俺に移ったな。

 

 久しぶりの緊張感に、俺は身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 

「また、無茶をやったものだね。」

 

 あの後、会議はお互いの心の探りあいに終始したらしい。

 俺が予想した結果、そのままだな。

 

「グラシス中将も危ない発言をされますね。

 あのままでしたら、きっと後々面倒な事になってましたよ?」

 

「まったくだ、私の言いたかった事は全て言われてしまいましたな。」

 

 グラシス中将の部屋に集まった―――俺とミスマル提督が、グラシス中将にそう話し掛ける。

 

「何、君達はまだまだ若い・・・私は何時現役を退いても問題は無いが。

 君達は違うだろう?

 ましてや、オオサキ君―――君は自分のした事が、どう言うことか解っているのかね?」

 

 静かな眼差しに、強い光を込めて俺を見詰めるグラシス中将。

 俺としても自分の覚悟を隠すつもりはなかった。

 

「ええ、これでアキトに向けられていた『敵意』は、身近な俺に向かいますね。

 世界を滅ぼしかねない男より、自分達を失脚させる事が出来る男の方が現実味がありますからね。」

 

 俗物ゆえに・・・行動は読み易い。

 

 俺は笑いながら、渋い顔をしているグラシス中将とミスマル提督にそう説明をした。

 

「我が身をつかって、テンカワ君への悪意を逸らすか・・・何が君をそこまで決断させた?」

 

「・・・見てみたいんですよ、アキトの奴が作ろうとしている和平の世界をね。

 それに俺にとってアキトは息子みたいなもんです、まだまだ危なっかしい奴ですからね。」

 

 別に死んだ息子をアキトに重ねている事は否定しない。

 だが、それだけでは無い。

 アキトはアキトでしかないと、理解もしている。

 

 それに・・・純粋にアキトの奴を助けてやりたい。

 アキトは今後の人生も、波乱に満ちたものになるだろう。

 俺には想像もつかない困難な事態が、まだまだ続くはずだ。

 巨大な力を持つ者には、それなりの責任や義務が生じる。

 ましてや、それが人としての想像を越えたモノである限り・・・その苦難は計り知れないだろう。

 

 ―――ならば、出来得る限りの手伝いはしてやろう。

 

 あの西欧方面の地獄の最前線で、俺に夢を再び見せてくれたアキトを・・・

 危うい面をもちつつ、それでも自分の信じる道を歩くあいつを・・・

 あんな下らない奴等の保身の為に、手渡すつもりは無い!!

 

「アキトの持つ可能性は、優秀な兵士としてだけでは終りません。

 これから先も、地球と木連の間に立てる人間です。

 そして、それだけの力がある・・・俺の仕事は、アイツを何処に出しても恥かしくない男にすることですよ。」

 

「君の覚悟は良く解ったよ。

 そこまで考えているのならば、最早何も言うまい。」

 

 サラ君やアリサ君と同じ碧眼が、優しく和んでいた。

 

「まあ、サラ君やアリサ君の婿として相応しい男に育ててみせますよ。」

 

「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜!!」

 

 キィィィィィィィィィィィンンンン・・・

 

 

 

 

 その大声に、俺の意識が・・・一瞬だが途切れる。

 

「オオサキ大佐、君は激しい勘違いをしておる。

 テンカワ アキト君と結ばれるのは、我が愛娘ユリカと決まっておる!!

 あの二人は幼馴染であり、将来の約束を交わした仲だぞ!!」

 

「あ、あの〜〜〜」

 

「ふざけるなよ小僧!!」

 

「ぐはっ!!」

 

 再び襲い掛かってきた轟音に、俺の鼓膜が悲鳴をあげる!!

 

「くっ!! 私を小僧呼ばわりするとは・・・昔からの傲慢さは変わってないな!!

 この頑固者のグラシス爺!!」

 

「ぐふっ!!」

 

 ・・・この場から逃げ出したい。

 心の底から、俺はそう願った。

 

「・・・小僧、お前とは一度、お互いに認識について話し合う必要があるようだ。」

 

「ふふふふ、その様だな爺・・・」

 

 あんた達、一方面軍を代表する人物だろ?

 何をガキの喧嘩レベルの争いをしてるんだ・・・

 

「「オオサキ君、君は私の娘(孫)こそが彼に相応しいと判断しているな?」」

 

 ・・・俺に、どんな返事を期待してるんだ?

 いや、聞きたい答えは解っている。

 だが、その答えを言う訳にはいかんだろうが。

 

 しかし、何らかの返事を返さない事にはこの場は収まらないだろう。

 ここは二人を刺激しない様に・・・

 

「・・・保留、とお答えしておきます。」

 

「・・・小僧、報告書を見る限り貴様の娘のアーパー振りはかなりのものだな。」

 

「・・・爺の孫こそ、姉は陰険嫉妬深く、妹は問答無用の暴力娘らしいじゃないか。」

 

 絶対、この会話は当事者達には聞かせられないな。

 大変な事になりそうだ。

 

「「フフフフフフフフ・・・」」

 

 

 

 しかも・・・俺の返事なんて、全然聞いちゃいね〜し。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、無茶な事しましたね〜」

 

「その言葉は聞き飽きたぞ、ナオ。

 それより、アキトの護衛は大丈夫なんだろうな?」

 

 地獄と化した部屋から、無言で脱出した俺は部屋の前で笑いを堪えているナオと出会った。

 どうやら俺の護衛に付いてくれるらしい。

 

「現在、一番元気なヤマダとゴートさんに護衛を頼みましたよ。

 まあ、意外と刺客の殺気を感じたら、アキトの奴が起きるかもしれませんけどね。

 俺としては隊長の護衛の方が、今は重要だと判断したんですよ。」

 

 吊るした左手を悔しそうに見ながら、俺にそうつぶやくナオだった。

 だが、片腕でもナオの戦闘力はゴートやヤマダを凌駕する。

 自他共にアキトの相棒を名乗っているのは伊達ではない。

 

「・・・お前なら殺気を操る事も可能なんじゃないのか?」

 

「俺、ですか?

 う〜ん、アキトに殺気を向けて無事に済むとは思えませんね。

 無意識下での攻撃には、手加減なんてものはありませんから。」

 

 なら、止めておいた方がいいな。

 手加減無しのアキトの一撃・・・宇宙船の装甲すら、その形を変えるからな。

 まあ、外傷は無いんだから、アキトの奴もそのうち目を覚ますだろう。

 案外ナデシコに帰れば、目が醒めるかもな。

 

 しかし―――

 

「だが問題はそれだけじゃないな・・・ジュンの奴はどうだ?」

 

 歩いていた足を止め、ナオの顔を見詰める。

 その瞳はサングラスによって見えなかったが、口元は歪んでいた。

 

「・・・最悪ですね、一番厄介な状態になってますよ。

 復讐の念に獲りつかれて、周囲がまるで見えていない。

 ―――このままだと、自滅しますね。」

 

「そうか・・・」

 

 ジュンの暴走を止める事は困難だ。

 心の問題なだけに、本人にしかその傷は癒せない。

 だが、今の状態では俺達の言葉に耳を傾ける事は無いだろう。

 

 ―――落ち着くまで、馬鹿な事をしなければいいが。

 

 俺は考え込みながら、自分の割り当てられた部屋に向かって、再び歩きだした。

 そんな俺の右隣を、ナオが少し離れた位置で歩いている。

 俺に話し掛ける口調は軽いが、その目は鋭く辺りを見回しており。

 周囲の気配を常に探っているようだ。

 

「それよりも、隊長の身を守る方が大変ですよ。

 軍部、政治部のトップ全員に喧嘩を売るんですからね。

 まったく、信じられない事をしてくれますよ。」

 

 苦笑をしながら俺にそう話し掛けるナオ。

 

「なら、お前ならどうしてた?」

 

「決まってるでしょう?

 もっと悪辣にアイツ等に喧嘩を売りますよ。

 やるからには、徹底的にやらないとね。」

 

「それもそうだな!!

 う〜ん、まだまだ言い足りないと思ってたんだよ!!」

 

「でしょう?

 グラシス中将から審問会の内容を聞いた時には、隊長にしては大人しいなと思ったんですよ!!」

 

 ナオが呆れた口調で無事な右手を顔の前で擦っている。

 

「くっ!!」

 

「「わはははははは!!」」

 

 俺達はお互いに大声で笑いながら、廊下を歩くのだった・・・

 そんな俺達を見て、部屋の前で待っていたカズシの奴が苦笑をしていた。

 

 俺達の地上での戦いは、まだ始まったばかりだった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 その4へ続く

 

 

 

 

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