< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一ラウンド―――終始優勢に白鳥が攻めるが、意外にもジュンの奴のガードは固い。

             そのまま、結局大きな動きは無く第一ランドは終了した。

 

 俺はリングから少し離れた位置に立ち、そのラウンドの攻防を見ていた。

 白鳥と呼ばれていた男の攻撃は実に見事だが・・・それを受けきったジュンの奴も凄いと言える。

 少なくとも、ジュンの外見からは想像も出来ない粘り強さをこのファイトでは見せている。

 

「ねえ、ヤマダ君。

 どうして前の方で見ないの・・・って、そういう事か。」

 

 俺を見つけたヒカルが手を振りながら歩み寄って来る。

 

「久しぶりだな、ガイ―――って、お前何を考えてる?」

 

 ヒカルの右隣の集団から、万葉が笑顔を浮かべながら俺に挨拶をする。

 

「ふっ、偽者はどちらかハッキリさせないとな!!」

 

 俺は呆れた顔の二人に向かって、親指を立てて笑った。

 

 

 

 

 

「解説に欠かせない人といえばこの人―――説明おばさんこと、イネス=フレサンジュ女史と。

 木連を代表するマッドサイエンティストの一人、空 飛厘さん。

 このお二人が解説席についています。」

 

「・・・零夜、後でゆっくりお話しましょうね?」

 

「後で私の勤務している医療室にも来てね?」

 

 ・・・何故か解説席の人物紹介をしていた少女が、二人の女性に微笑まれて固まっている。

 俺は身を持ってあの二人の恐ろしさを知っている。

 馬鹿な事を言ったもんだな。

 

「だ、だって私はナデシコの人に頼まれて、手渡された紹介文を読んだだけですよ〜」

 

 涙目になりながら、必死に自己弁護をする零夜。

 しかし、目の前の女性達の視線の威力が削がれる事は無かった・・・

 

「なんとな〜く犯人に心当たりはあるけど、取り合えず読み上げたのは零夜ちゃんだしね♪」

 

 底冷えのする声で飛厘がそう話し掛け。

 

「そうそう、少し考えれば分かるわよね〜?

 素直なだけじゃ、世の中は渡って行けないのよ・・・」

 

 顔は笑っているが、目は全然笑っていないイネスさんがそう言い放つと。

 

「・・・はうっ。」

 

   バタッ!!

 

 零夜、失神・・・

 

 

 

 

「まあ、零夜ちゃんの事は後のお楽しみとして・・・解説を始めるわね。

 ざっと見たところ、アオイ君は白鳥君の半分ほどの実力しかないわね。」

 

「それなのに何故二人が良い勝負をしているのか?

 理由の一つはグローブをしている事。」

 

「木連式柔は主に無手・・・拳全体を使った攻撃方法が基本みたいね。

 だから掴み技を防がれ、打撃も慣れないグローブでかなり相殺されてるわ。

 つまり攻撃の威力が分散されているのよね。

 ボクサーの様にグローブを付けた状態での打撃に慣れていない証拠ね。」

 

「理由其の弐、普段は武道着を着て練習している白鳥少佐には、武道着を使った締め技も得意技の一つなの。

 でも、その武道着が無いために、更に攻撃方法を狭められているわ。」

 

「これは空手をベースに鍛錬を積んでいるアオイ君にとってかなり有利な条件ね。

 それに加えて、連合軍の対人訓練ではグローブの着用が義務付けられているぶん、違和感も感じないでしょうね。

 実際、第一ランドでは防御に徹して白鳥君の攻撃リズムを読んでいたみたいよ。

 ―――次のラウンドからは攻めて行くわ。」

 

 ・・・どうでもいいが、あんた等の専門分野って何だ?

 どうして連合軍の訓練カリキュラムまで知ってるんだよ?

 

 どんな場面でもしゃしゃり出てくるもんな、イネスさん。

 

 

「では、第2ラウンド―――ファィ!!」

 

  カァ―――ン!!

 

 イネスさんの予想通り、このラウンドの初手はジュンからだった。

 左右の拳を使ったコンビネーションを囮にし、上半身に白鳥の注意を集めておき。

 突然、鋭い左ローキックを放つ!!

 

  バシィィン!!

 

 白鳥の右の太ももに、赤い跡が刻み込まれる。

 踏み込みも威力も申し分無い一撃だ。

 だが―――

 

 同じ様な攻めは見せず、小技を多用しつつ白鳥との距離を調節するジュン。

 既に何度かローキックが炸裂した白鳥の足は、赤くはれ上がっている。

 そして、ジュンの巧妙なフェイントにまたしても引っ掛かった白鳥。

 その隙を逃さず、一撃を加えようとしたジュン。

 

 だが、しかし!!

 

   ガシィ!!

 

「ぐはっ!!」

 

 吹き飛ばされたのはジュンの方だった。

 単純にウエイト差がモノを言ったのだ。

 つまり、ローキックを繰り出すジュンに合わせて白鳥が踏み込みタックルを仕掛けた。

 その為、ジュンの攻撃は未発に終わった。

 

 そして、これは白鳥がジュンの攻撃を見切った事を暗示していた。

 

 ・・・それから先、ジュンの奴は善戦した。

 元々、白鳥とは体の鍛え方が違うのだ、最近になって過酷な訓練を積んだからと言って。

 そう簡単に実力が上がる筈が無い。

 第2ラウンド以降、蹴りを織り交ぜた攻撃で正面から果敢に攻めるジュン。

 だが、その攻撃も見切った白鳥の返し技をくらい、マットに激しく叩きつけられる。

 全身に走る衝撃にうめきながらも、ジュンは立ち上がる。

 

 そう、ユキナとの『愛』を貫く為に!!

 

 

「・・・ヤマダ君、多分それ勘違いだと思うな、私は。」

 

「・・・同感だ。」

 

「何を言う!! 聞いてみろあの二人の熱き会話を!!」

 

 俺が指差した先には、第4ラウンドが始った途端肩関節を極められ、リング中央でうめくジュンの姿があった。

 

「さあ吐け!! あの純真無垢なユキナをどうやって騙したんだ!!」

 

「だから誤解だと言ってるだろうが!!

 それに誰が純粋無垢だって!!」

 

「き、貴様!! 人の妹に手を出しておきながらその暴言!!

 絶対に許さん!!」

 

「俺は被害者だ〜〜〜〜〜〜!!」

 

 何とかサブミッションを外そうと足掻くジュンに対して、容赦無く技を極める白鳥。

 そして遂に肩関節を外し、そのままジュンの首に腕を回し締め上げる。

 俺達が見守る中、急速にジュンの顔色が変わっていく。

 

 そこは阿鼻叫喚の世界と化していた・・・

 

 

 

「・・・みろ、漢と漢の会話だ!!」

 

「そうかな〜?」

 

「まあ、確かに語らってはいるが・・・会話が噛み合っていないぞ?」

 

 二人が俺の意見に首を捻っている時、遂にジュンは苦痛の限界を超えた―――

 

「お、俺は無実―――」

 

 ガクッ・・・

 

「ふっ、根性だけは認めてやる!!

 だが、ユキナと付き合いたければ俺を倒し―――ブヘッ!!」

 

「お兄ちゃん!! もちょっと手加減してあげてよ!!

 元々ウエイトに差があるんだから!!」

 

 実の兄の後頭部にパイプ椅子を投げ付けたユキナが、頭を抑えて転がる白鳥を無視してジュンに駆け寄る。

 うん、感動的な場面だ・・・これでジュンが気絶していなければ、満点だったのにな。

 

「幸せになれよ・・・ジュン。」

 

 俺は担架(ゴートさんの事)に担がれて運ばれるジュンを見送りながら、そう呟いた。

 勿論、担架の後にはユキナが後を付いて行っている。

 そして復活した白鳥は、憮然とした表情でその二人と担架を見ていた。

 

「・・・ふん、今後鍛えてやるからな覚悟しておけよ。」

 

 そう言い捨てて、ミナトが差し出した白いガウンを手に取ろうとする白鳥。

 だが、真の主役は遅れて登場するものだ!!

 

「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜!!」

 

「おお〜〜〜〜っと、ここで新たなチャレジャーの登場です!!

 そう、私達はこの男の事を忘れていました!!

 ナデシコクルー中、もっとも『不死身の文字が似合う男!!

 そうです!! ヤマダ ジロウの登場です!!」

 

 赤いガウンを翻し、リングに向かって疾走する俺のプロフィールをイツキが読み上げる!!

 そう、今日の俺は一味違うぜ!!

 何しろ今日という日の為に、実家で考え出したアレを使う日なんだからな!! 

 

   チャララ〜、チャララ〜♪

 

 伝説のボクサー『ロッ○ー』のテーマを流しながら俺はリングに向かう!!

 

 ダンッ!! 

 

 華麗にジャンプをしながら空中でガウンを脱ぎ捨てる!!

 そして俺は両足から白いマットに降り立った!!

 

 そして!!

 

「違う俺の名前は―――」

 

 ピッ!!

 

「魂の名前は封印されてるよ?」

 

 俺の名乗りを邪魔したのは―――やはりディアだった。

 それも片手にアイスキャンディーを持って、完全に観戦モードに入っている。

 

 しかし!! 楽しそうに笑っているディアに向かって、俺は逆に微笑み返す。

 

「そう、俺の魂の名前は封じられた!!

 だが、しかし!! それならば戸籍の名前を変えれば全てOK!!」

 

 

「は?」 クルー全員

 

  

「俺の本名はダイゴウジ ガイ セカン!!

 お前達の知っているヤマダ ジロウは死んだ!!」

 

 俺の名乗り上げに、その場の全員の動きが止まった。

 ふっ、完璧だぜ。

 

 

 

 

 

「・・・ヒカルさん、一体ヤマダさんの実家で何があったんですか?」

 

「知りたい、ルリルリ?

 何でも実家に里帰りした理由は、両親を説き伏せて改名する為だったみたい。

 よくお父さんと喧嘩したんだよ〜

 夜中に銃撃戦を始めるし。」

 

「銃撃戦・・・ですか?

 民間人の家庭で?」

 

「うん、銃撃戦。

 で、結局最後には勘当寸前までいったんだけど、お母さんの仲裁でああなっちゃった。

 もっとも、まだ役所に書類の申請中だからあの名前は仮のものなんだけどね。」

 

「・・・済みません、私・・・凄く、頭が痛いです。」

 

「だよね〜、名乗りをあげるために自分の名前を改名しちゃうんだもんね〜」

 

 

 

 

 という会話も聞えるが・・・誉め言葉だろう!!

 

「ふっ、と言うわけだディア。

 自分の本名を名乗るのに、何故止められなければいけない?

 これからは俺の事はガイと呼べ!!」

 

「ひ、非常識な人だね、ヤ・・・ガイさんって・・・」

 

 得意げな俺の顔を見て、汗を流しつつディアはその場から消え去った。

 ふふん!! 初勝利!!

 

「と言うわけで・・・白鳥九十九!!

 改めて俺がお前に挑戦するぜ!!」

 

 イツキから奪う取ったマイクを手に、俺が魂の叫びをあげる!!

 そして俺の挑戦を受け、不敵に笑いながら話し掛けてくる白鳥!!

 

「ほお・・・地球人にも面白い漢がいるもんだ。

 それともこれが平均的な地球人なのか?」

 

 

「そんな訳あるかい。」 × 男性クルー全員

 

 

 全員の突込みを受け、その場で体勢を崩す白鳥と・・・俺だった。

 一瞬の空白の後、俺は何とか立ち直って口上を続ける。

 

「以前、貴様がナデシコに乗り込んできた時!!

 俺は貴様と間違えられ、言葉では言い表せない酷い目に会ったのだ!!

 だが、問題はそんな事ではない!!

 貴様と俺が瓜二つという不名誉な誹り・・・この場で返却させてもらうぜ!!」

 

「そっくりじゃない、双子並に・・・」

 

「そうですよね。」

 

 観客席でポッキーを食べながら、金髪と銀髪がそんな事を言いやがる。

 だが、本当の双子は貴様等だろうが!!

 

 しかし、その言葉を許せない人物は他にいた・・・

 

「・・・サラちゃん、それはちょっと聞き逃せないな〜

 どう見たら、九十九さんとあのヤマダ君がそっくりさんに見えるのかな?」

 

 笑みを浮かべながら、サラにそう問い詰めるミナト。

 はっきり言って・・・怖い。

 

 それより、俺の本名は既にヤマダでは無いんだが・・・今の俺にも、このミナトに話し掛ける度胸は無い。

 

「えっと・・・そう言えば、目元が似てるだけかな? ね、ね、ね?」

 

 額に汗を掻きながら、隣の席のアリサさんに応援を求めるサラ。

 しかし、アリサはアリサで窮地に陥っていた。

 

「アリサ、お前の目は節穴か?

 あれ程の戦闘技術を持ちながら、白鳥少佐とガイの区別もつかないのか?」

 

「あ、あはははは、そ、そうだよね〜」

 

 万葉にそう詰め寄られ、思わず引っくり返りそうになるほど背筋を伸ばすアリサだった。

 ・・・こっちの戦闘にも、俺には関与する事は不可能と見た。

 

「「じゃあ、詳しい差異を述べてみてよ?(述べろ)」」

 

 ミナトと万葉が同時に二人にそう質問する。

 

「「そ、そんな、間違い探しにしては難し過ぎよ(ます)!!―――ハッ!!」」

 

 そしてサラとアリサは声を揃えてこう返事をした。

 それって・・・無茶苦茶俺と白鳥が似てるって意味では?

 

 俺と九十九はお互いに顔を見合し―――同時に溜息を吐いた。

 何か・・・理不尽なモノを感じるよな・・・

 

「ミナトさん、それはちょ〜っと酷いんじゃない?」

 

「そうです!! 九十九さんとこの暑苦しい男を一緒にしないで下さい!!」

 

 千沙、ヒカル参戦

 

「ちょっと待て千沙、貴方でも聞き捨てならないな・・・今の発言は。」

 

「あらヒカルちゃんも近頃は積極的ね〜」

 

 リング上に居ながらして、俺と白鳥の存在は忘れられた。

 吹き荒ぶ風が、俺の燃え盛る闘志すら消し去ってしまう。

 俺の・・・新しい名前の披露式が・・・こんな事で潰されるなんて。

 

 ポン・・・

 

 項垂れる俺の肩を誰かが叩いた。

 そこには、俺と同じ様な顔付きの男が一人・・・

 

 悟った様な表情で頭を静かに左右に振って、俺の事を慰めてくれた。

 

 あんた―――良い奴だな。

 

 その一瞬で俺達は解り合えた。

 まるで十年来の友の様に・・・

 

「・・・取り合えず、食堂で何か食うか?

 奢るぜ。」

 

「ああ、好意に甘え様。」

 

 そして俺は友と一緒にリングを降りた。

 最早、この地(リング)に舞い戻る事はあるまい・・・

 さらばだ、俺の青春を賭けた聖地よ―――

 

 背後から聞える4人の女性の声と、その戦闘を解説する某女性達の声だけが・・・俺達を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 ・・・廊下に出た瞬間、黒い竜巻赤い暴風に襲われたのは錯覚だったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話 その3へ続く

 

 

 

 

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