< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目の前では・・・あの北斗様が傷付いた身体を休めていた。

 例え眠っていたとしても、今の北斗様に近づく事は出来ない。

 少しは緩やかになりつつあった狂気が・・・今は以前にも増してその身を覆っている。

 多分、私達が一歩でも近づけばその場で息の根を止められるだろう。

 

 傷付いた野生の獣がそうするように。

 ピクリとも動かず、傷が癒えるのを待つ。

 このベットに寝ているモノは―――本当の意味で『獣』だった。

 

 それも地上最強の美しい『獣』・・・

 

 

 

 

「飛厘、北斗様の傷は大丈夫なの?」

 

 私はカルテを難しい顔で睨んでいる飛厘にそう質問をする。

 

「ええ、信じられない回復力よ・・・

 常人なら既に死んでるはずの怪我なんだけどね。」

 

 そう言って、レントゲンの様なモノを私に見せる。

 

「無事な骨を捜す方が難しいくらいよ。

 しかも折れた肋骨が肺に刺さっているし。

 内蔵もズタボロ・・・これじゃあ、息をするだけでも激痛に転げまわるはずよ。

 何よりこの左腕の裂傷が凄いわ。

 本当に細切れに切り裂かれたみたい、筋も神経も殆ど切断されてるわ。」

 

 次々に悲観的な症状を並び立てる飛厘の説明を、私は唖然とした顔で聞いていた。

 そして報告される症状を聞いているだけでも、私の顔は青くなる。

 それなりの医療知識をもっていれば、今の北斗殿の現状の凄まじさは嫌でも驚かされる。

 

 とても、人間の生きていける状態とは思えなかった。

 

 青ざめた顔で北斗殿を省みる私の背中に、飛厘が更に言葉を掛ける。

 

「でも、一番凄いのは―――それだけの重症を負いながら、なおも生き残れる『意思』ね。

 その『意思』を支えているのが、怒りだとしても・・・今は有り難い。」

 

 説明を終え、痛々しい眼差しでベットに眠る北斗様を見詰める飛厘・・・

 そして私は一番気掛かりな質問をした。

 

「・・・治るの?」

 

「私には説明出来ないけど、未知のナノマシンが急速に北斗様の傷を癒しているわ。

 傷の治りから逆算したところ・・・それでもこの傷が完治するのには、最低でも1ヶ月はかかるはね。

 普通なら、一年は入院している傷よ。」

 

「そう、一ヶ月も・・・」

 

 私は飛厘の返事を聞きながら、最後の二人の激突を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

『はぁはぁ・・・』

 

『ふぅ・・・』

 

 破壊しつくされた嵯峨菊の部屋の一室で、二人は向き合っていた。

 お互いに身体中を血で染め上げ。

 それでも、身に纏う蒼銀と朱金の輝きに衰えは見えない。

 それはつまり、二人の心が―――闘志が衰えていない事を物語っていた。

 

 『昂氣』の輝きは心の強さに比例する。

 

 北斗様は今はその内心を駆け巡る『怒り』を力に。

 そしてテンカワ アキトは・・・何を力に変えているのだろうか?

 

『はぁぁぁぁぁぁ!!』

 

   ゴウゥ!!

 

 幾度目になるのか・・・雄叫びを上げながら凄い勢いで朱金の『昂氣』が渦巻く。

 それを正面から見詰めながら、無言で蒼銀の渦を発生させるテンカワ アキト

 

『しっ!!』

 

       ダン!!

 

 炎の塊の様な一撃が、真っ直ぐにテンカワ アキトに襲い掛かる、

 その一撃を迎え撃つ蒼銀に染まる火柱―――

 

      バチバチバチ!!

 

 朱金と蒼銀が混じりあい、盛大な音と共に周囲に凄まじい衝撃波を発生させる!!

 踏みしめる床が捲り上がり、周囲の壁には次々と亀裂が走る!!

 明らかに・・・二人の戦闘能力は先程よりも上昇している!!

 そう、初めて闘ったあのピースランドの時とは比べ物にならないくらいに!!

 

 そして―――今現在ですら!!

 

 

   ドゴォォォォ!!

 

 ズザザザザザザァァァ―――

 

 

『ちぃ!!』

 

『ぬう!!』

 

 お互いの臨界点を越えたのか、弾かれた様に激突をしていた場所から後方に吹き飛ばされる二人。

 そして一瞬早く体勢を立て直した北斗様が、背後の壁を蹴り神速の歩法でテンカワ アキトに仕掛ける!!

 だが、相手はその北斗様の動きについてこれる唯一の存在!!

 

 素早くその場で迎撃の体勢を取るテンカワ アキト!!

 

   ガゴン!!

 

『なに!!』

 

 勝利の女神が悪戯心を起こしたのか・・・

 それとも、テンカワの運が悪かっただけなのか・・・

 そのどちらとも言えるタイミングで、テンカワの足元の床が大きく窪んだ。

 

 そして体勢を崩した敵を見逃すほど、北斗様は甘い方ではない。

 

   ―――ドスゥゥゥ!!

 

『ガッ・・・ハッ!!』

 

                   ポタポタ・・・

 

 朱金に輝く手刀が蒼銀の壁を突き破り・・・深くその手をテンカワの腹部に潜り込ませる。

 床下に溜まっていく血の雫が、北斗様の一撃の凄さを物語っていた。

 

『これで―――終わりだ!!!!!!』

 

 吠えながら、片膝をついたテンカワの首筋にもう片方の手刀を叩き込もうとする北斗様。

 しかし、相手も黙って殺されるような人物ではなかった!!

 

  ドン!!

 

 腹部を貫いた手を掴み、引き抜きながら強く押し出す!!

 そして体勢が崩れ、ギリギリのところで避けれた手刀を今度は掴み、自分の方に北斗様を引き寄せる!!

 一瞬―――密着状態になった二人の間に、眩い蒼銀の光が走る!!

 二人の戦いを映していたカメラにまで、凄まじい衝撃を受けて激しく上下にブレる!!

 

    ドスゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

 テンカワが放ったのは、零距離からの寸剄

 

『!!』

 

 その一撃を脇腹にくらい、凄い勢いで後方に吹き飛ぶ北斗様!!

 

    ゴガァァァァァァンンン!!

 

             ――――――ズササササササ・・・

 

 そして先程蹴り飛ばした壁に今度は背中から突っ込み、そのまま壁を破壊しながら倒れ込む。

 

『―――ゴフッ!!』

 

    ドサッ・・・

 

 テンカワも口から多量の吐血をし、その場に両膝をつく・・・

 そして血を吐きながらも、震える手で自分の内ポケットを探りだす。

 その間にも、北斗様は立ち上がろうとしてもがいていた。

 床を抉りそうな勢いで拳を突き立て、振るえる足腰を叱咤しながらゆっくりと。

 ただ、視線だけは目の前のテンカワから離れる事は無かった。

 

『・・・』

 

『・・・』

 

 お互いに無言で見詰め合う中・・・テンカワが内ポケットから青い宝石を取り出した。

 

   キュィィィィィィィンンンン・・・

 

 そして、次の瞬間にはその宝石を中心にして虹色の空間が形成される!!

 

『な!! 逃げるのか―――アキトォォォォォ!!』

 

『・・・』

 

 思うように動かない身体を引きずり必死に詰め寄ろうとする北斗様を・・・

 悲しそうな目で見詰めながらも、テンカワは無言だった。

 そして一際激しい光を放った後―――テンカワの姿はそこには無かった。

 

 それを確認した後、北斗様は気を失われた。

 

 この医療室まで北斗様を運んだのは、零夜だった。

 その時にはもう・・・零夜以外には、北斗様に近づく事が出来無くなっていたのだ。

 

 これが、二人の最後の決着の場面だった。

 

 私はこの記録映像を初めて見た時、あまりの凄惨さに怖気を感じた。

 何時もの二人の戦いに見られる、清々しいまでの闘気もなく。

 ただ、『殺す』事だけを追求した戦い。

 私には北斗様の怒りの表情が―――泣いているように見えて仕方が無かった。

 

 

 

「まったく、とんでもない戦いよね。

 これでお互いが本気で闘えば・・・確実にどちらかが命を落とすわね。

 いえ、下手をすれば二人共が。」

 

 私と同じ様に、あの戦いの場面を見ていた飛厘が、その時に漏らした感想がこれだった。

 

「それって・・・どう言う意味、飛厘?」

 

 私は震える声で飛厘に確認をした。

 

「あら、気が付かなかった?

 貴方もそうとう動揺しているようね・・・それも仕方が無いか。

 テンカワ アキトは最後の寸剄以外、一度として攻撃を仕掛けていないわ。」

 

「・・・!!」

 

 今までの戦いを思い返し、私は飛厘の指摘が正しい事に愕然とした。

 

「常に北斗様の攻撃を防御するか避けているわ。

 お互いが本気で闘えば、無事に済まない事を感じていたんでしょうね。

 それでも・・・私の見た感じでは、テンカワ アキトも全治一年以上の大怪我をしているわ。

 もっとも、彼も同じ様に一ヶ月ほどで完治するかもしれないけどね。」

 

 正に・・・痛み分け、か。

 

「・・・飛厘、本当に舞歌様はテンカワ アキトに殺されたのかしら?

 この戦いを見る限り、彼がそんな―――」

 

「ストップ」

 

 私が自分の考えを口に出す前に、飛厘がその口を抑える。

 そして私の手を取り、掌に素早く文字を書く。

 

「発表は正規のものよ、疑う余地は無いわ。」

(見張られている。)

 

「・・・そう。」

 

 飛厘が言うからには本当なのだろう・・・しかし、一体誰が?

 いや、これは愚問ね。

 私達は舞歌様直属の部下になる。

 その舞歌様が亡くなった以上、私達を縛るものは現在は存在しない。

 下手な動きをとれば、謀反の罪を問われかねないのだ。

 

「私達は所詮一兵卒よ・・・

 出来る事は舞歌様の敵討ちをする為に、氷室殿の手助けをする事くらいね。」

(現状では下手な身動きは危険) 

 

 その文字を書くと同時に、飛厘は私の手を放した。

 これ以上の論議は不要と判断をしたのだろう・・・

 確かに飛厘の判断は正しかった。

 何より、優人部隊と連絡をとれない事が、私達が警戒されている事を物語っている。

 飛厘としても、秋山少佐の事が気掛かりだろうに。

 

 でも、これだけは聞いておきたい。

 一人で悩んでも、幾ら考えても答えが出ない問いだったから。

 

「ねえ、どうして九十九さんは何も言ってこられないの?

 本当に発表の通りに―――舞歌様の殺害に手を貸したというの?」

 

 私の質問を聞いて、飛厘が軽く眉を潜める。

 

「・・・本人に会って問い質しなさい。

 ただ、白鳥少佐を信じられないのなら、今は会わない事を勧めるわね。」

 

 そして冷たい飛厘のその返事を聞いて、私の顔は青くなった。

 ・・・私は、九十九さんを疑ってる?

 そんな、馬鹿な!!

 

 一瞬、硬直をした後―――

 

 私は肩を落として医療室を抜け出して行った。

 現実は更に混沌する模様を見せ・・・

 私は不動だと思っていた『想い』の余りの脆さに、心を痛めていた。

 

 舞歌様を亡くし、九十九さんに疑惑を抱き。

 行く末に不安を抱きながら・・・私達は故郷―――木星へと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 次元跳躍門を通りながら・・・

 私は物思いに耽っていた。

 

 私・・・どうして九十九さんに惚れていたんだろう?

 

 昔から憧れていた。

 優人部隊に配属されると知った時には、我が事の様に喜んだものだ。

 無くなった九十九さんの両親と、私の両親の決めた許婚の仲とはいえ・・・私に不満は無かった。

 

 いえ、私には無くても・・・九十九さんにはあったのかもしれない。

 

 分からない・・・何も分からなくなってしまった。

 つい最近までは、確たるモノとして心の奥底にあったはずなのに。

 こんな些細な事で揺れ動く想いだったのだろうか?

 

 いえ、今は非常時だから・・・気が動転してるだけよ・・・

 でも、だからこそ、九十九さんには身近な場所に居て欲しかった。

 我儘だとは自分でも分かっている。

 

 

 

 だけど・・・それでも・・・

 

 

 

 私を選んで欲しい、あのハルカ ミナトよりも。

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 ナデシコに居るはずの二人の事を想い、私は深々と溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どうだ?」

 

「はっ、部下の報告によれば・・・確かに舞歌を乗せた脱出ポットの爆破を確認したそうです。」

 

「そうか・・・まあ、氷室なりに私への忠誠心を見せたという事か。

 それにしても、ナデシコクルーと白鳥 九十九を逃したのは痛かったな。」

 

「我の不覚です。

 テンカワ アキトと北斗の戦いに気を取られて、深追いが出来ませんでした。」

 

「仕方があるまい、戦艦が揺れるほどの決闘を繰り広げたのだ。

 お前には私を守る必要があった・・・他の連中も、山崎君や主要な研究メンバーの護衛があった。

 本当ならばあの二人は相打ちが望ましかったのだが・・・

 今は手傷を負わせた事で良しとしよう。

 厄介者の舞歌も消え去った事だしな。」

 

「では?」

 

「ああ、氷室に優華・優人部隊の司令をそのまま命じるつもりだ。

 どちらにしろ、舞歌の影響力の強いあの部隊を動かせる人材は少ない。

 なにより、再び北斗をテンカワにぶつける為には、火星まで大人しく連れて行く者が必要だからな。」

 

「しかし・・・あの氷室に北斗の手綱を取れるでしょうか?」

 

「ふっ、自慢の娘・・・いや息子だったな。

 御する事が出来ねば、その場で息絶えるのみよ。

 氷室も『草』としての覚悟は出来ておる。

 何のために幼少の頃から、私があいつの面倒を見ていたと思う。」

 

「今、この時の為に。」

 

「その通りだ。

 せめて人並みに『恩』を感じていると言うのなら、見事に返してみせろ―――氷室 京也よ。

 そうすれば、我が息子として・・・草壁 京也の名を授けてやろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話 その3へ続く

 

 

 

 

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