< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二転三転する戦場の中で、僕は混乱をしていた。

 いや、割り当てられた作業自体は無意識の内にこなしている。

 相転移砲の制御に手一杯のルリさんのサポートをしつつ、ラピスの手伝いもしている。

 

 だけど・・・やるせない気持ちで心は一杯だった。

 

 北斗さんと枝織さんを救う為に、あえて決闘を受けたテンカワさん。

 傷ついた二人を守る為に、ブーステッド処理をされた北辰に挑んだアカツキさん。

 優人部隊と優華部隊、そして舞歌さんを救う為に我が身を犠牲にした・・・氷室さん。

 

 誰も失いたくないから無茶をして。

 そして消えていった人。

 一度動き出した戦争は、幾人の犠牲を生めば止まるのだろう?

 どれだけの悲しみを生めば・・・

 

 舞歌さんや優華部隊の人達の嗚咽を聞きながら、僕は唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 重苦しい沈黙がブリッジが占める中でも、作業を止めるわけにはいかず。

 僕はナデシコ周辺をレーダーで見張り続ける。

 ルリさんは相転移砲の制御、ラピスは相転移エンジンの調整をしていた。

 

「氷室さん、本当は違う事を・・・舞歌さんに伝えたかったんでしょうね・・・」

 

 サラさんが小声で呟いた。

 

「言っても重荷になる、そう考えたんだと思う。

 でもそれでも・・・納得できたのかな・・・」

 

 メグミさんがサラさんの声に反応して返事をした。

 もし、僕が氷室さんの立場ならどうしただろう?

 それはとても難しい事で・・・僕には直ぐに答えは出なかった。

 

「・・・艦長、もう直ぐアキト達が合流する。

 ディストーション・フィールドを解くタイミングを計ってくれ。」

 

 何時もと変わらないオオサキ提督の声が、僕の心を強く支えてくれていた。

 

「はい、分かりました。

 ・・・ハーリー君、正確な時間は分かる?」

 

「現在のテンカワさんの位置からでは・・・約5分後には合流が可能です。」

 

 ユリカさんの問いに、僕は素早く返事をした。

 テンカワさんが帰ってくれば―――

 皆が・・・そう考えていた。

 そしてそれは、僕も一緒の考えだった。

 

 その場にいる全員が、この戦争が早く終わることを願っていた。

 

 

 

 

 

 実は遺跡のある場所は、現在のナデシコの位置からそれほど離れてはいない。

 テンカワさんを助けた後は、地下の遺跡に向かう手はずになっていた。

 そして、あの時と同じようにナデシコを遺跡ごとジャンプする・・・

 これで、全てが終わるはず。

 木連では既に和平派が意見の統一を果たしているそうだし。

 草壁の軍隊も、補給がなければ無茶な行動は出来ない。

 そう、遺跡を運び出すことが出来れば―――

 

 何気なく僕は遺跡の周辺をサーチする。

 

 拡大された遺跡周辺の画像・・・

 

 そして、見付けたのは3人の人影

 

 記録映像で見たことがある人物・・・Dとイン、そして北辰だった。

 

 

 

 

 

「艦長!! 遺跡の入り口周辺に北辰、D、インを確認しました!!

 現在の移動速度だと、二十分もすれば遺跡の入り口に到着します!!」

 

「本当なの、ハーリー君!!」

 

 僕の報告を聞き、ユリカさんが驚きの声を上げる。

 オオサキ提督も顔を少し顰めた。

 そして、その隣に立っていたアオイさんの表情が厳しくなる。

 

「・・・あの機体を見捨てて、遺跡の確保に向かったか。

 いや、初めからそれが本当の目的だったんだろうな。」

 

「だとしたら・・・アイちゃんが危ない!!」

 

 オオサキ提督の言葉を聞いて、ユリカさんが叫んだ。

 それを聞いて、思わず僕は医療室のイネスさんを呼び出す。

 

「イネスさん!!」

 

『・・・現状は把握しているわ。

 どちらにしろ、私と艦長は火星へのジャンプの影響で精神的に参ってる。

 だから、今回は過去の私に会いに行くつもりは無かった。

 でも、過去の私に万が一の事があれば・・・『私』という存在はどうなるのか、予想も出来ないわね。』

 

 人事の様に話をするイネスさんだが、緊張をしていないとは思え無い。

 何より、自分の存在に関わる事なんだし・・・

 それでも、取り乱したりしないだけ凄い人だと改めて思った。

 

『ブリッジ!! テンカワの奴が帰って来たぜ!!

 一瞬だけでいいから、ディストーション・フィールドを解いてくれ!!』

 

「はい、分かりました!!」

 

 ウリバタケさんの報告に、ブリッジは沸き立った。

 まだ、勝負は決まったわけじゃない!!

 

 

 

 

 

『・・・事情は通信で聞いていたから説明は不要だ。

 直ぐに遺跡の最下層に向かう。』

 

 テンカワさんは半壊したブローディアから降りると、ブリッジに向けてそう通信を入れてきた。

 確かにボソンジャンプなら一瞬で最下層に行ける。

 それにテンカワさんなら、アイちゃんを安全な場所に匿う事も出来るはずだ。

 

 でも、テンカワさんの顔には酷い疲れが見て取れる。

 それは隣に立つ北斗さんも同じだ。

 ・・・あれだけの戦いをした後なんだ、心身ともに疲れ果てているのは当たり前だろう。

 でも、二人の目には爛々とした闘志が見て取れた。

 

 どこまで強い人達なんだ、この人達は・・・

 

『アキト、俺も連れて行け。

 あの親父との因業は自分で決着を付ける。』

 

『・・・ジャンプには耐えられる身体だったな。

 良いだろう、だが昔の北辰ではないぞ油断はするな。』

 

『ふん、誰に向かって言ってるつもりだ。』

 

 北斗さんの返事を聞いて苦笑をしながら、テンカワさんがその場でジャンプ・フィールドを展開する。

 そのフィールド内に、北斗さんが無造作に進んで入っていく。

 ウリバタケさんと整備員の人達は、そんな二人に声援を贈っていた。

 漆黒の戦神と真紅の羅刹の並び立つ姿だ・・・確かに壮観だ。

 

 遺跡最下層・・・あの場所は、テンカワさんにとって決して忘れらない場所。

 だから確実にボソンジャンプは成功すると思う。

 でも本当なら一休みをしてから向かって欲しいところだけど・・・

 ―――今は時間が惜しかった。

 

『ジャンプ・・・』

 

   パシュゥゥゥゥゥンンン―――

 

 虹色の光が弾け飛び・・・

 

 後には―――二人の人物が残されていた。 

 

「そんな・・・」

 

 フィールドに包まれた二人を、少し不機嫌そうな目で見ていたルリさんが驚きの声を上げる。

 その隣に座っているラピスも声が出ないようだ。

 けれど、それは僕も同じだった。

 僕達はテンカワさんのジャンプの実力を知っている!!

 A級ジャンパーとしてのその実力は、既に完成されたものだったはずだ!!

 とてもイージーミスを犯すとは・・・思えない!!

 

 そして、僕の疑問はテンカワさんの一言で回答を得た。

 

『遺跡に・・・ジャンプをキャンセルされただと!!』

 

 テンカワさんの呆然とした声だけが、静まり返った格納庫内に響き渡った・・・

 

 

 

 

 

 

 

「アキト!! 呆然としている時間は無いぞ!!

 直ぐに連絡船でも使って遺跡に向かえ!!

 ・・・ナオ、準備は良いか?」

 

 固まってるクルーの中で、真っ先に動いたのはやはりオオサキ提督だった。

 そのまま背後の壁に控えていたナオさんに確認をする。

 

「ま、ブーステッド処理をされた北辰とDには勝てる気はしませんが・・・

 インの相手には俺が適当でしょう。

 どっちにしても、俺とアキト・・・それに北斗以外に、白兵戦でアイツ等に立ち向かえる奴はいない。」

 

 背広の内ポケットから、フィールド発生装置の組み込まれた手袋を取り出し装着する。

 そして、オオサキ提督に軽く笑いながら・・・

 

「最下層への露払い・・・俺が引き受けましょう。

 ですが、臨時ボーナスでも大判振る舞いして下さいよ?

 どう考えても命懸けの仕事になりそうだ。」

 

「査定にはちゃんと記入しててやる。

 ミリア君との結婚資金の足しにでもしろ。」

 

 オオサキ提督の返事に嬉しそうに笑い、ナオさんは片手を上げて敬礼をした。

 ブリッジの皆も・・・僕もそんなナオさんに敬礼を返した。

 どう考えても不利な戦いだった。

 テンカワさんと北斗さんの人外の強さは怖いほどに知っている。

 だけど・・・ナオさんの実力は、二人にはまだまだ及ばない。

 それでも、ナオさんは戦うと言う。

 お金が目的だとは思えない。

 ・・・本当の理由は、ナオさんの心の中なんだろう。

 それはもしかしたら、僕にはまだ理解できない理由かもしれなかった。

 

「・・・ヤガミ ナオ!!」

 

 ブリッジの出口に向かうナオさんを、アオイさんが呼び止めた。

 

「何だ?」

 

 背中を向けたまま、アオイさんの言葉を待つナオさん。

 ブリッジはアオイさんの次の言葉を待ち・・・静まり返っていた。

 

「俺には・・・インですら倒す実力は無い。

 どう足掻いても、勝てない事は自分でも分かる!!

 付いて行く事が足手まといになる事も!!」

 

 その激しい口調に僕達は黙って耳を傾けていた。

 今までのアオイさんの苦悩がどれほど深かったか、間近で見てきたのだから。

 

「彼女の敵を、代わりに討って欲しい気持ちはある。

 だけど、テンカワ達と一緒に絶対帰ってこいよ!!

 ・・・残された者の苦悩は、親しければ親しいほど―――絶望も深い。」

 

「当たり前の事を言うなよ。

 俺はミリアを残して死ぬ気はさらさら無いね。」

 

 シュン!!

 

 片手を上げてそう返事をしながら、ナオさんはブリッジから出て行った。

 僕はそんなナオさんの後姿を、ブリッジの扉が閉まるまで見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十六話 その4へ続く

 

 

 

 

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