< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

最終話 虹を越えて

 

 

 

 

 

 

 

 私は手に持っているあるモノのスペック表を、もう一度見直した。

 何度確認をしても、その数値が変化する事は無い。

 ・・・それを頭では理解している。

 

 しかし・・・これは・・・

 

 顔を上げれば。

 そこには漆黒の鎧が鎮座していた。

 

 エステバリス用追加装甲 ブラックサレナ テストタイプ

 

 それが、テンカワ君宛てに届いた荷物の中身の正体だった。

 

 

 

 私は急いでテンカワ君を探しに駐屯地内に戻った。

 あの追加装甲は・・・異様過ぎる!!

 だいたい、送り主が匿名希望なんてどういう事?

 どう考えても怪し過ぎるじゃない!!

 これはテンカワ君を捕まえて、絶対に問い質さないといけないわ!!

 

 しかし、テンカワ君は私室にも厨房にもいなかった。

 ・・・私はテンカワ君を探して駐屯地を練り歩く。

 

 後日、整備班の同僚に聞かされたんだけど。

 その時の私の顔は・・・鬼女、だったそうだ。

 

 ・・・取り敢えず、照れ隠しにアリサ直伝の回し蹴りを後頭部にヒットさせた。

 まあ、83点位の出来だったかな?

 同僚は泡を吹いて気絶してたけど。

 華の乙女にそんな事を言う方が悪いのよ。

 

 

 テンカワ君を探していると、廊下を歩くサラと遭遇した。

 手には資料の束を持っている。

 どうやら勤務中らしいが・・・

 取り敢えず、テンカワ君の居所を質問してみる。

 

「サラ!!」

 

「な、なに? レイナ?

 随分急いでいるみたいだけど?」

 

 私の剣幕に驚いたのかサラの顔は引き攣っていた。

 失礼ね・・・アリサ直伝の必殺技を使ってやろうかしら?

 

 まあ、今はそんな些細な事に構ってる暇はないわ。

 

「テンカワ君が何処に居るか知ってる?」

 

「ア、アキト?

 ・・・確かナオさんと一緒に隊長の執務室に向ってたわよ。」

 

 シュン隊長の執務室?

 ・・・何か作戦行動の打ち合わせでもするのかしら?

 私では隊長の執務室に簡単には入れ無いし・・・

 仕方が無いか。

 部屋の前でテンカワ君が出て来るのを待つしかないわね。

 

 そして私はサラにお礼を言って執務室に向った。

 

 

 

 

「・・・遅いな〜」

 

 私が執務室の前の壁にもたれてから、既に30分が経っている。

 幾ら耳を済ませても・・・

 執務室の中の声が聞えて来る筈は無い。

 そんな事は解っているけど。

 

「あ〜あ、どうしてこんなにムキになってるのかな私・・・」

 

 でも、理由は解っている。

 あのブラックサレナは・・・テンカワ君には必要無い。

 いや、絶対に乗せてはいけない。

 あんな欠陥品には!!

 

 私があのスペック表に書いてあった注意書きを思い出していた時。

 

 

 プシュ!!

 

 

 突然、執務室のドアが開いた。

 そして二人の人物がその執務室から出て来る。

 

 その内の一人が私に気が付いた。

 

「あ、レイナちゃん。

 ・・・どうしたんだい?」

 

 そんな事を言うテンカワ君の手を掴んで、ナオさんから離れた位置に連れて行く。

 

 そして、ナオさんは私達を見ていたが・・・

 暫くすると一人で何処かに行ってしまった。

 

 はっ!! 今はそれどころじゃないわ!!

 

「どうした、はこっちの台詞よ!!

 テンカワ君宛に信じられないモノが届いてるんだけど?」

 

「・・・ああ、今日中に届く予定だったからね。」

 

 やっぱり知ってたんだ。

 

「なら・・・あの追加装甲の危険性も知ってるの?」

 

「独立した相転移エンジンを積んだ俺専用の追加装甲。

 しかし、未だ小型相転移エンジンが未完成の為に長時間の戦闘には耐えられ無い。」

 

「そうよ!! 知ってるのなら使わないわよね?」

 

 凄い剣幕で詰め寄る私。

 しかし、テンカワ君は静かに首を左右に振った。

 

「駄目なんだよレイナちゃん。

 今度の作戦は、今の俺の戦闘能力では成功しないんだ。

 それに作戦は明日の早朝から実行される。

 そのスケジュールに沿って、軍もナオさんも動いているんだ。

 俺には絶対にあのブラックサレナ テストタイプが必要なんだ。

 ・・・例え、それがテストタイプの兵器でもね。」

 

 そう言い切ったテンカワ君の瞳は・・・

 落ち着いた色で、静かだった。

 

 テンカワ君はこの3ヶ月で急激に変わった。

 成長・・・したのかもしれない。

 ココに来ていろいろな事件があった。

 その中心には必ずテンカワ君がいた。 

 

 戦闘でも・・・

 

 日常でも・・・

 

 そして、忘れられないあの事件の時も。

 

 あの事件の後のテンカワ君には誰も近づけなかった。

 サラやアリサ、そして私でさえも。

 ・・・スパイをしていた人物が発覚した時。

 私達はあの事件以来、初めてテンカワ君の顔を正面から見た。

 冷たい目だった。

 とてもあのテンカワ君の目だとは思えなかった。

 私達は一言も喋る事無く、テンカワ君を通してしまった・・・

 

 私はテンカワ君の事を全然理解してはいなかった。

 サラやアリサもそうだろう。

 あの後、スパイの人は殺される事は無かったが。

 それは私達の力じゃない。

 結局はテンカワ君が自分で、何かを乗り越えたんだろう・・・

 

 そして、今は澄んだ目で私を見ている。

 

 

 

 

「・・・使用するに当って、いろいろと注意事項があるわ。」

 

「じゃあ、今から聞こうかな。」

 

 そして私達は格納庫に戻って行った。

 今はテンカワ君を信じよう。

 この人は・・・きっと強い人だから。

 

 

 

 

 ブラックサレナの前に辿り付いた私は、スペック表を再確認しながらテンカワ君に説明をする。

 しかし・・・何度見ても化け物じみた能力だわ。

 

「まず・・・予想スペックからなんだけど。

 出力は通常のエステバリスの約3倍ね。

 今、使用可能な武器は右肩の後に取り付けてあるグラビティ・キャノン。

 両腰にDFSが一つずつ、合計2本装着されてるわ。

 それとオプションでカノン砲を二つか、レールカノンを一つ、どちらかを出撃時に選べるわ。

 後はテールダンパーが二つ、背後に取り付けてあるわね。」

 

「・・・飛行形態のオプションパーツは届かなかったのかな?」

 

 え? まだオプションがあるわけ?

 ・・・本当に人が操れる機体なのかしら?

 

「さ、さあ、届いたパーツはこれだけだけど?」

 

「そうか・・・解った、じゃあ直ぐに俺のエステバリスに装着してくれないかな?」

 

 そう言って使用武器のマニュアルを読もうとするテンカワ君。

 だけど、ここからが一番大事な説明なんだから!!

 

「ちょっと待ってよ!!

 まだ一番肝心な事を言って無いわよ!!」

 

「稼働時間の事、かな?」

 

 気軽に返事を返すテンカワ君。

 あのね・・・

 

「そうよ!!

 あの小型相転移エンジンは試作機なのよ?

 普通に稼動するぶんには、まだ安全だけど・・・

 このブラックサレナの兵器類を使用するのに必要な出力を搾り出すのは危険よ!!

 それにこのジャンプ・フィールド発生装置、って何?

 この装置を発動させたら、50%以上の確率でエンジンが爆発するわよ!!」

 

 私は溜まっていた鬱憤を一気にテンカワ君にぶつけた。

 しかし、テンカワ君は落ち着いた声で私に返事をする。

 

「一度・・・そう一度だけ、そのフィールドが展開できればいいんだ。

 分の悪い賭けかもしれない、だけど今回は止める訳にはいかない。」

 

 そう・・・全部理解してるんだ。

 ならもう私が言える事は無いわね。

 

「ふう・・・解ったわよ。

 私は私に出来る事をするわ。

 せめてテンカワ君の言う賭け事の勝率を上げる為にも、ね。」

 

 今日は徹夜ね・・・

 

「有難う、じゃあ頼むよレイナちゃん。

 ・・・明日が、俺のこの部隊での最後の戦闘だ。」

 

 そう言い残してテンカワ君は格納庫から去って行った。

 

 ・・・え? 最後の戦闘って?

 

 後にはテンカワ君の突然の言葉に、呆然とする私が残されていた。

 

 

 

 

 そして次の日の早朝・・・

 

 私は徹夜で組み上げた、ブラックサレナ テストタイプを見上げた。

 朝日に輝くその姿は・・・まさに漆黒の戦鬼。

 このブラックサレナにテンカワ君が乗った時の事を想像して・・・

 私は魂の底から震えた。

 

 ブラックサレナが稼動する限り、テンカワ君を止める事の出来る存在はいないだろう。

 いや・・・もしかしたらナデシコのクルーならば?

 可能なのだろう・・・か?

 では、私達では?

 

「・・・流石だね。」

 

 突然、背後から声を掛けられる。

 私の・・・よく知っている声だ。

 

「出来るだけの事はしたわ。

 もっとも、私には全然理解出来ない構造が多いけどね。

 ・・・確実に今の技術より4〜5年は先行してるわよ、このブラックサレナ。」

 

 後ろを振り向かずにそう言葉を返す私。

 

「だろうね・・・さて、それじゃあ、俺は出撃するよ。」

 

 そう言ってパイロットスーツを身に纏ったテンカワ君が、ブラックサレナのアサルトピットに入る。

 

「あ・・・」

 

「何?」

 

 相変らず澄んだ目で私を見詰めるテンカワ君。

 ・・・そんな目で見られたら何も言え無いじゃない。

 

「・・・無事に帰ってくるよね?」

 

「ああ、俺を待っていてくれる人がココにもナデシコにもいるからね。」

 

 そして私に優しく微笑んで。

 テンカワ君を乗せたブラックサレナは大空に舞った。

 

 

 

 

 

 

 そして一時間後・・・

 

『レイナ!!』

 

「どうしたのサラ?」

 

 格納庫でテンカワ君を心配していると。

 サラからの通信が入って来た。

 

『直ぐに出撃の用意をして!!

 ・・・最後の決戦になるそうよ!!』

 

 ・・・私達が辿り付く頃には終ってるわよ。

 相転移エンジンさえ無事なら、テンカワ君の操るブラックサレナを倒せる兵器は存在しないわ。

 逆に。

 テンカワ君が敗れた時には、私達ではチューリップの破壊は無理だろう。

 つまり、私達の負け、って事ね。

 

「解ったわ、直ぐに用意をするわね。」

 

 でも、私はサラの言葉にそう応えていた。

 ・・・せめて、テンカワ君の戦いの結末は自分の目で見たかったから。

 いえ、私にはその義務がある。

 テンカワ君にブラックサレナを用意した者としての・・・

 

 

 

 

 

 

 

 現場付近に辿り付いた時・・・

 私達は全員一言も喋る事が出来なくなっていた。

 私もある程度の予想はしていた。

 しかし・・・これは・・・

 

 予想を・・・遥かに越えている。

 

 どちらを見ても無人兵器の残骸が目に入る。

 そして、完全に破壊された数々のチューリップ。

 

 上下に切り裂かれ。

 

 中央に大穴を開けられ。

 

 それらは・・・無言で大地に突き立っていた。

 

 

 

「合計・・・八つのチューリップか。

 それと数えるのが馬鹿らしくなる程の、無人兵器の残骸と。

 ここまでくると映画を見ている気分だな。」

 

 カズシ副官がそんな冗談を言うが。

 その場にいた全員がそれどころでは無かった。

 

 そんなチューリップの残骸を横目に。

 私達の部隊は周囲を警戒しながら、敵の隠れ家に向っていた。

 

 敵の隠れ家は辺鄙な場所にあるゴーストタウン。

 私はサラにそう聞かされた。

 しかし、私達が辿り付いた場所には・・・

 

「・・・街、なんて何処にも無いじゃない。」

 

 サラの震える声が私の耳に入る。

 私達の目の前にあるモノは人気の絶えたゴーストタウンなどでは無く・・・

 奈落へと続くかと思える程の、大地に深く穿たれた亀裂だった。

  

「・・・テンカワのエステバリスを発見!!」

 

 誰がその報告をしたのかは解らないけど。

 全員が声のした方向を向く。

 そこにはあのブラックサレナが、所々で火花を出しながら静かに佇んでいた。

 

 ・・・無事に戦闘は終ったんだ。

 

 そんな安直な感想しか。

 今の私には思い浮かばなかった。

 

 少数の見張りを残して私達はブラックサレナへと近づく。

 ・・・近づくにつれ確認出来た事が一つ。

 アサルトピットが開いている。

 つまり、テンカワ君は既にブラックサレナから抜け出した後、という事だけだった。

 そしてテンカワ君が向うとすれば・・・

 

「あの・・・孤立した建物に?」

 

 呆然とした声で私が呟き。

 

「本当に陸の孤島、なんてモノが拝めるとはな・・・」

 

 シュン隊長も呆れた顔をしている。

 

「それより本当にあの孤島に行ったの?

 エステバリスは向こう岸に止まってる訳じゃないのよ?」

 

 サラが孤島を見詰めながら、そう言い募る。

 

 私達と孤島を遮る谷の長さは200mはある。

 ・・・人一人の力ではどう考えても渡れる距離では無い。

 

 そして、サラの疑問に応える術を誰も持っていなかった。

 ・・・解かっている事は一つだけ。

 テンカワ君はここには居ない、と言う事だけだった。

 

 

 

 暫くすると殆ど崩れている孤島の建物から、決して少なく無い数の人が飛び出してきた。

 

「あれは!!

 エステバリス隊直ぐに救助に向え!!」

 

 シュン隊長の号令に従い。

 素早くアリサ達が救助に向う。

 ・・・一応彼等は重要参考人として拘束する事になった。

 今回の事件の全貌は未だに闇の中だったから。

 

 そして私は・・・ある人物を見付けた。

 

「・・・ナオさん?」

 

「ん? レイナちゃんか?

 ・・・ここまで軍に付いて来たのかい?」

 

 何処か疲れた顔で私に返事を返すナオさん。

 そのナオさんの視線は、あの崩れかけた建物から離れなかった。 

 

 ・・・もしかして。

 

「やっぱりあの建物の中にテンカワ君は?」

 

「ああ。」

 

 それだけしか、会話はなかった・・・

 真冬の厳しい風が私達の髪を弄ぶ中。

 建物から私は目を離す事が出来なくなった。

 

 願う事は一つだけ。

 

 無事に・・・帰って来て欲しい。

 

 

 

 

 

 それは突然の崩壊だった。

 

 

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンン・・・

 

 

 盛大な白煙を上げ、崩壊する建物!!

 

「なっ!!」

 

 カズシ副官の驚いた声が聞える。

 私、サラ、アリサは目の前で起きている、信じられない光景に絶句していた。

 

 あの建物の中にはまだ・・・

 

「アリサちゃん待つんだ!! 」

 

「離して下さい!!

 きっと、きっと入り口の近くにまでテンカワさんは来てます!!

 絶対に来てるんです!!」

 

 崩れ去る建物にエステバリスで向おうとしたアリサを、ナオさんが必死で止めている。

 私の隣にいるサラは・・・

 青白い顔をして視線も虚ろだ。

 

 そして私は・・・

 

 テンカワ君の最後の言葉。

 無事に帰って来るという言葉を支えにして、崩れ去る建物を凝視していた。

 

 

 ガラガラ・・・

 

 

 そして崩壊が終り。

 全員が見詰める中。

 白煙が納まった後には・・・動くモノは存在していなかった。

 

「・・・そんな。」

 

「うっうっ、うううわわわあああ・・・」

 

「間に合わなかったのか、アキト・・・」

 

 その場に崩れるサラ。

 泣き出したアリサ。

 呆然とするナオさん.

 

 そして・・・

 

 そんな私達を照らす虹色の・・・光?

 

 振り返った私の視線の先には、主のいないブラックサレナが鎮座している。

 そのブラックサレナの正面に虹色の輝きが集い。

 

 

 シュゥゥゥゥゥゥ・・・

 

 

 やがて、一人の人物が現れる。

 

「・・・ふう、約束は守ったよレイナちゃん。

 ただいま、サラちゃん、アリサちゃん、ナオさん。」

 

 そして・・・何時もの微笑みを私達に向ける!!

 

「・・・アキト!!」

 

 その声に反応して顔を輝かせるサラ。

 

「ア、アキトさん!!」

 

 一瞬で悲しみの涙を、嬉し泣きに変えるアリサ。

 

「おいおい・・・どんな手品だよ。」

 

 呆れた顔をしながらも・・・

 嬉しそうに笑うナオさん。

 

 テンカワ君については不思議な事ばかりだけど。

 今は約束通り無事に帰って来た、この人の元へと私は笑顔で走り寄った!!

 

「・・・お帰り、テンカワ君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

最終話 その2へ続く

 

 

 

 

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