< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

第四話 碧眼に映りし者

 

 

 

 

 

 窓の外には薄闇の中で雪化粧をした山々が見える、後少しで朝になる。

 そう・・・季節は冬に入ろうとしていた。

 去年の今頃は父さん、母さんと一緒に・・・

 止〜めた、っと!!

 考えても仕方が無い事だもの。

 それに・・・今の私には彼がいるから。

 

「父さん、母さん、私は強くなったよ。

 アキトがいてくれたから。」

 

 灰色の空から降り出した雪を眺めながら、私はそう呟いた。

 失った人は帰らない。

 でも、ついつい・・・去年の幸せな家庭を思い出してしまった。

 

 そして、涙を浮かべた自分の顔が・・・

 外の景色と宿舎を隔てる曇りガラスに映っていた。

 

「でも、まだ・・・ちょっと弱いよ私。」

 

 気温の低さを物語る様に、私は白い息を吐く。

 このまま景色を眺めていても身体は冷えるばかり。

 

 ・・・早く部屋に入ろう。 

 

 

 ピッ!!

 

 

 プシュゥゥゥゥゥ・・・

 

 

 カードキーを使って部屋の鍵を開けて入る。

 ・・・ちょっと暗いけど周りが見えない事は無い。

 羽織っていたコートを脱いで椅子に掛け。

 そして、私は備え付けのベッドに潜り込み。

 

「お休み・・・アキト。」

 

 大切な想い人の名前を呟き、眠りに付く。

 少し・・・心が軽くなったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なななななななななななななな!!!!」

 

 む〜〜〜〜〜〜

 煩いな・・・

 誰よ朝方から騒いでいるのは?

 

 

 ゴソゴソ・・・

 

 

 私はベットから上半身だけ起きだし・・・

 抱えていたを解放した。

 あ、何時の間にか抱えていたんだ・・・ちょっと、恥ずかしい。

 

 そして視線を上げれば・・・

 

・・・サラちゃん?

 

 顔を真っ赤にしているアキトがいた。

 私は少し考えてから・・・

 

「おはよ、アキト。」

 

 微笑みながら朝の挨拶をした。

 

「あ、おはよう。

 ・・・

 ・・・じゃなくて!!

 どうして俺の部屋俺のベットに、サラちゃんがいるんだよ?」

 

 え〜、と・・・それはね。

 

「煩いです・・・アキトさん。」

 

 

 ゴソゴソ・・・

 

 

 何かが動く音と共に声が聞え。

 そして、アキトはその声を聞いて硬直し・・・

 首を軋ませながら左側を見て。

 

 この声は・・・まさか?

 

 

「えええええええええええええええええ!!!!」

 

 

 再び・・・驚きの声を上げるアキト。

 唖然とした顔をしているアキトの左側には、アリサが寝ていた。

 そして私は、アキトの右側を占領している。

 

 だからベットの空間が狭くてアキトに抱き付いたんだ、私。

 ・・・あ、それはアリサも同じか。

 

「あら、アリサ・・・貴方もお爺さまからカードキーを貰ったの?」

 

「ええ、姉さんばかりが有利な手札を持つのは卑怯です。」

 

 眠たそうに目をこすりながら返事を返すアリサ。

 アリサは可愛いピンクのシルクのパジャマを着ている。

 ・・・普段の言動からは想像出来ないわ。

 私はお気に入りのブルーの、これもシルクのパジャマ。

 

 しかし・・・

 

 む〜〜〜〜〜

 お爺様も余計な事を・・・

 ただでさえ、アリサはアキトとパイロット同士。

 いろいろと時間を共有出来る機会が多いというのに!!

 これはお爺様に厳重に抗議をしておかないと。

 

「・・・ねえ、どうしてサラちゃんとアリサちゃんが俺の部屋、いやベットにいるのかな?」

 

「そんな・・・愚問ですわアキトさん(ポッ!!)」

 

 顔を赤らめて、そう返事をするアリサ。

 むっ!! それは私が言う予定の台詞なのに!!

 

 ・・・アキトは硬直しちゃってる。

 

 そして私が次に考えていた台詞を告げ様とした時。

 

 

 プシュゥゥゥ・・・

 

 

 突然、部屋の扉が開き・・・

 

「おい!! アキト、大丈夫か!!

 お前の部屋から悲鳴が、聞こえる、っ・・・て。」

 

 そして私達の姿を確認し。

 部屋のマスターキーを持ったまま硬直するシュン隊長と一同。

 

 アキトもまた呆然とした表情を作る。

 私とアリサもちょっと驚いてる。

 

 

 暫し無言の時間が過ぎ・・・

 

 

「あ、あの、変な誤解はしないで下さいよ?」

 

 再起動したアキトが何とか台詞を呟き。

 

『誤解・・・ってのは何だ?』(隊長以下隊員30名)

 

 その言葉を聞いて黙り込むアキト。

 そして隣では、アリサが恥ずかしそうにベットに潜り込んでる。

 私は先程言えなかった台詞を・・・

 嫣然と微笑みながらアキトに告げる。

 

「アキト・・・ちゃんと責任、取ってよね。」

 

 

 シ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン・・・

 

 

「誤解だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 本当に誤解なんだよ!!」

 

 

 アキト、絶叫・・・

 

 

「男らしくないぞアキト!!

 テメー!! この野郎〜〜〜〜〜〜!!(号泣)」

 

 

 隊長以外の隊員全員が怒りの咆哮をあげる。

 ・・・もう、煩いな。

 

「姉さん、ズルイです・・・」

 

 ベットから少し顔を出して、私をジト目で睨むアリサ。

 

「この台詞は早い者勝ち、ってアドバイスしてくれた人が言ってたわ。

 だから・・・今回は私の勝ちねアリサ。」

 

 私は微笑みながらアリサにそう返事を返す。

 

「う〜〜〜〜〜、また姉さんに変な事を吹き込んだんですねレイナ。

 ・・・後でお仕置きです。」

 

 そう言ってから・・・またベットの中に頭まで潜り込み。

 他の男性にはパジャマ姿を見られたくないらしい。

 

 まあ、私も他の男性にパジャマ姿を見られたくないので。

 アリサに続いてベットに潜り込みます。

 

 それと同時にアキトがベットから飛び出し、隊長達に詰め寄ります。

 

 かなり・・・慌てたアキトの声が聞えます。

 私はベットの中なので顔は見えませんが。

 

「だから、誤解ですよ!!

 本当にサラちゃんとアリサちゃんが俺のベットに無断で!!」

 

「往生際が悪いぞアキト!!

 テメ〜、ちゃんと責任を取れよな!!」

 

「そうだそうだ!! しかも二人も美少女を連れ込みやがって!!」

 

「・・・まあ、何だアキト。」

 

「隊長!! 隊長は俺の言う事を信じてくれますよね!!」

 

「ああ、仲人は俺に任せてくれ。

 だがどちらか一人にしろ。

 男として・・・キチンとケジメはつけろよ。」

 

 

「俺の話しを聞け〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 クスクス・・・

 

 私の隣でアリサが笑ってる。

 何となく、つられて私も笑い出してしまった。

 やっぱり楽しいな・・・アキトといると!!

 

 ・・・でも、「責任」って何の事だろ?

 またレイナに聞いておかないと駄目ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキト、今日は食堂に行くの?」

 

「・・・」

 

 アキトはちょっと不機嫌。

 朝の例の一件以来まともに喋ってくれない。

 

 そして、食堂への道を二人で黙って歩いていると・・・

 

 私達の目の前に見覚えのあるサングラスをした、痩身長躯の男性が現れた。

 その男性を見てアキトの歩みが止まる。

 

「・・・何をしに来た?」

 

 アキトの気配が変るのが・・・私にも解る。

 

「おっと、アンタと戦うのはもう俺も御免だぜ。

 今日は・・・まあ就任の挨拶をしに、な。」

 

 しかし、男性は両手を振ってアキトに制止の声をかけた。

 

「就任? お前は既に軍に入隊していたんじゃないのか?」

 

「いいや、俺は軍のお偉いさんのガードが仕事でね。

 これでも実は・・・軍人が嫌いでね。

 まっ、それでも俺の特技が活かせる職業と言ったら・・・後はこのガードくらいだからな。」 

 

 そう言って肩を竦める男性。

 

「じゃあ、ガードと言うのは・・・」

 

 アキトが私に視線を送る。

 ・・・見詰められて、ちょっと顔が赤くなるのが自分でも解った。

 

「そっ、御名答だ。

 で・・・俺の名前はヤガミ ナオ 28歳 独身。

 趣味は釣と日曜大工。

 グラシス中将からの依頼により、軍のガード本部から派遣されて来ました。

 今後はサラさんとアリサさんの身辺警護にあたります。

 以後、ヨロシク!!」

 

 私に敬礼をしながら男性は・・・ナオさんはそう言って微笑んだ。

 何だか・・・また騒がしくなりそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、アキト・・・お前何で料理がこんなに上手いんだよ?」

 

「・・・文句を言うなら食べるなよ。」

 

 厨房でエプロンをしたアキトが忙しそうに晩御飯の仕込みをしてる。

 私は今日は非番なのでその手伝いをしている。

 アキトにお礼を言われて、私は今かなり機嫌がいいの♪

 

「い・や・だ。

 俺、昼食はまだ食べて無かったんでね。」

 

 そう言ってアキトが作った炒飯を食べるナオさん。

 

 何だか急に馴れ馴れしくなったわねナオさん。

 一応、年上だからさん付けだけど。

 

「しっかし、特技が多いなアキト?

 この腕ならコックになっても生きていけるぞ。

 俺みたいな不器用な男なんかはな、仕事を選べずに何時も泣いてるんだぞ。」

 

 炒飯を食べながら涙するナオさん。

 ・・・なんだかね〜

 

「あ〜もう!!

 文句を言うか食べるかハッキリしろ!!」

  

「じゃあ、食べる・・・おかわりだ、アキト。」

 

 そう言って空の皿をアキトに差し出すナオさん・・・

 

「・・・」

 

 無言でその皿に炒飯を追加するアキト。

 ・・・でも、怒ってはいない。

 自分の料理を誉められて悪い気はしないのだろう。

 ちょっと微笑んでるし。

 

 でも、このナオさんって・・・不思議な人よね?

 だって聞いた話しによると、今迄に二度アキトに倒されているらしいわ。

 それもコテンパンに。

 それでもアキトに気軽に声を掛けて、しかもからかって遊んでる。

 アキトが恐く無いのかしら?

 

「で? ヤガミさんの本当の目的は何ですか。」

 

 ナオさんに炒飯を盛った皿を渡しながら、アキトが真剣な目でそう問いかける。

 

「ナオ・・・でいいぞ、アキト。」

 

 皿を受け取る時にちょっとズレたサングラスを人差し指で直しながら、そう返事を返すナオさん。

 その返事を聞いてアキトも少し警戒を解いたみたい。

 

「じゃあ、ナオさん。

 本当に彼女達の警備だけが目的ですか?」

 

「そんな訳無いだろう? 本当の目的は・・・コレだ。」

 

 そう言って懐から取り出した二枚の書類をテーブルに置く。

 それは・・・

 私とアリサ、そしてお爺様の署名が書いてある・・・

 

「これって、婚姻届・・・」

 

 アキトが掠れた声でそう呟く。

 そして、私はその書類から目を離せなかった・・・

 

「そう、婚姻届だ。

 男にとっては・・・薔薇色の鎖とも人生の墓場への切符、とも言うな。」

 

 再度、大盛りの炒飯に勝負を挑むナオさん。

 しかし、その顔はニヤケている。

 ・・・この細身の身体の何処に、これだけの量の炒飯が入るんだろう?

 

 意識の片隅でそんな事を考えながら。

 私はその婚姻届の片方を・・・アキトに差し出す。

 

「アキト・・・これにサイン。」

 

「な、何を言うんだよサラちゃん!!

 その書類の意味が解ってるのかい?」

 

 

 慌ててその場から後退するアキト・・・

 額には冷や汗が見える。

 

「ええ、十分理解してるわ。

 私の署名も正規のものだし、保護者のお爺様の署名も判子も本物よ。

 ・・・後はアキトのサインさえあれば。」

 

「二人は晴れて夫婦だな、うん。」

 

 何時の間にか大盛りの炒飯を食べ終えたナオさんが、面白そうにこっちを見ている。

 ・・・良い所なんだから邪魔しないでよね。

 

「さて・・・このままじゃあ俺の任務はいきなり終わりだな。

 結構、修羅場を期待したんだけどな。」

 

 もう一枚の書類・・・

 アリサとお爺様の署名が入った婚姻届を片手で弄びながら、ナオさんがそう呟く。

 

 そしてアキトは・・・一生懸命首を左右に振っている。

 

「そんなに・・・嫌なの?」

 

「あ、いや、だから、ね?

 落ち着こうよサラちゃん、ね、ね?」

 

 涙目の私を見てアキトが動揺している。

 

「お〜、お〜、追い詰められてる、追い詰められてる。

 しっかし、これが『漆黒の戦鬼』と同一人物とはね。

 世の中ってのは不思議で満ちてるよな、うん。」

 

 腕を組んで楽しそうに私達を眺めるナオさん。

 ・・・この書類を持って来てくれた事は感謝しましょう。

 だから黙っていて下さい。

 今、大切な所なんですから。

 

「ナオさん!! 感心してないで助けて下さいよ!!」

 

「嫌だ。」

 

 アキトの懇願を一言で切って捨てるナオさん。

 本当に楽しんでるわね。

 

 しかし、意外な所からアキトに助けの手を伸ばす人物が現れた。

 

「アキト君、エステバリスの整備終ったよ!!

 テスト飛行宜しく!!

 ・・・って、何をしてるのかな?」

 

 セミロングの黒髪に黒い目を持つ女性。

 顔は美人と言って問題無い・・・ただし服装が整備服なのがマイナス。

 私の親友の一人で名前はレイナ・キンジョウ・ウォン。

 ネルガルから一週間前に派遣されて来た、アキトのエステバリス専用のメカニック。

 私がよく相談してる同僚とは彼女の事だった。

 そうそう、何でも姉がネルガルの会長秘書らしい。

 明るい性格だし人懐っこいので、直ぐに私やアリサとも親友になったわ。

 本人は就任当初、自分の義兄になる可能性がある男性を見に来た・・・何て言ってたけど。

 ・・・誰を見に来たんだろ?

 

 それと、近頃はレイナも要注意人物なのよね。

 さり気無くアキトと良い雰囲気を作ってるし。

 ・・・男に興味は無い、って宣言してたくせに。

 

 

「あ、そうなんだ!!

 御免サラちゃん、俺自分のエステバリスのテスト飛行に行って来るよ!!」

 

 

 ダダダダダダダダダ!!!

 

 

 一瞬にしてその場から消え去るアキト。

 

「・・・凄い逃げ足だな。

 流石、伝説のエステバリスライダーだ。」

 

 アキトの逃げ出した食堂の出入り口を見ながら、ナオさんが感心した表情で呟く。

 

 ・・・逃げられましたね。

 

「で、サラ・・・その手に持つ書類は何かな?」

 

 レイナが首を可愛く傾げて私に質問をする。

 

「・・・アキトがサインをしてくれたら、見せて上げます。」

 

 私は冷たい目でレイナを睨みつけ・・・

 すると、レイナは引き攣った表情をして食堂から逃げ出した。

 

「そ、そうなの?

 じゃ、あたしはアキト君のテスト飛行に付き合わないといけないから。

 それじゃ!!」

 

 

 ダダダダダダダダダ!!!

 

 

「・・・これまた逃げ足が早いね〜〜〜」

 

 レイナの後姿を見ながらナオさんは呟く。

 ・・・動じない人ですね、この人も。

 

「さて、と・・・俺はこの書類をもう一人の花嫁候補に渡してきますか。」

 

 今迄、左手で遊んでいたアリサの婚姻届を懐にしまい。

 食堂の席から立ち上がるナオさん。

 

「・・・止めたいと思いません?」

 

 食堂の出入り口で一旦足を止め・・・

 私にそう質問するナオさん。

 

「それは止めたいと思うわよ。

 でも、私はアリサとは正々堂々と勝負をするつもり。

 じゃないとあの子が可哀相だもの。」

 

 私の正直な気持ちを告げる・・・

 

「これは失礼しました。

 では、俺は俺の任務を果たしますね。

 あ、でも結婚式には呼んで欲しいですね。」

 

「考えておくわ。」

 

 私の台詞に苦笑で応えながら・・・

 ナオさんは食堂を出て行った。

 

 さて、私はこれからどうしようかな?

 

 その時・・・

 

 基地に非常警報が鳴り響いた・・・

 

「暇は無くなったみたいね。」

 

 私は急いで司令室に向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

第四話 その2へ続く

 

 

 

 

外伝のページに戻る