< 時の流れに >

 

外伝  漆黒の戦神

 

 

 

 

 

第九話 真紅の牙

 

 

 

 

 

 

 

 俺は静かに椅子から立ち上がる・・・

 もう周囲に部下の声は聞え無い。

 そして唯一聞えて来るのは。

 

 カァーン・・・

           カァーン・・・

                        カァーン・・・

 

 廊下を歩くアイツの足音だけだ。

 もう、この階に辿り付いたのか・・・流石だな。

 もっとも部下には既に避難命令を出してるしな。

 遮る者など皆無だったろう。

 真紅の牙と呼ばれた俺の部隊も、既に壊滅したも同然だ。

 

 俺は自分のデスクの引出しから、愛用のブラスターを取り出し。

 残弾のチェックをする。

 

 そして、ブラスターは右手に。

 例のリモコンは左手にしっかりと握り締める。

 

 さて、最後のパーティを始めるか。

 

 カァーン・・・

 

 靴の音が止み。

 

 

 シュン!!

 

 

 自動ドアが開き。

 

「よく来たな、ここがゴールだ。

 俺か、お前のな・・・」

 

 俺は右手に持つ銃を軽く振り・・・

 アイツに挨拶をした。

 

「そうだろう、テンカワ アキト。」

 

 

 ガァァァァァァァンンンン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 計画が狂いだしたのは。

 駐屯地を見張っている部下の連絡からだった。

 

 俺は隠れ家・・・

 と、言っても結構立派な作りの地下施設だ。

 施設の上にはダミーでボロボロのビルが建ててあるが。

 まあ、このビルのある街自体が既にゴーストタウンだしな。

 今更そんな外見の事など、意味の無い事だ。

 

 

 ピピピ!! ピピピ!!

 

 

 非常コール、だと?

 何か駐屯地で大きな動きがあったのか?

 

 先程から目を通していた、部下からの報告書から顔を上げ。

 目の前で激しく自己主張をする電話の受話器を取る。

 

 

 ガチャ・・・

 

 

「俺だ。」

 

『部長!! 大変です!!』

 

 部下の取り乱した声が俺の耳に響く。

 ・・・ここまで俺の部下が慌てるとは。

 余程の事らしいな。

 

『例のターゲットが大型のエステバリスらしきものに乗って、そちらに向っています!!』

 

「何? ・・・隠れ家の位置がバレたのか。

 だが、一体どうやって?

 ・・・まあ、いいさ、こちらも迎撃準備をしておく。

 お前は引き続き駐屯地を監視していろ。」

 

『了解しました。』

 

 

 ガチャッ・・・

 

 

 電話を切り、少し物思いに耽る。

 このゲームもこれで最後か・・・

 

 さて、盛大に英雄様のお出迎えをするか。

 ・・・案外つまらない最後だったな、テンカワ アキト。

 もう少し楽しませてくれると思っていたが。

 

 これで、俺の中でのテンカワ アキトは既に死亡が確定した。

 現存の兵器でどうやって俺の手駒・・・

 チューリップ 8つが倒せる?

 無尽蔵かと思える程に、次から次へとチューリップから現われる無人兵器。

 バッタとジョロの他に戦艦もあるのだ。

 幾らテンカワが非常識な奴でもエステバリスには欠点がある。

 それはエネルギーの補給だ。

 いくらテンカワでも無から有は作れまい。

 テンカワが勝つ可能性は万に一つもないだろう。

 そう、所詮・・・小は大に勝てないのさ。

 

 英雄の最後はバンザイアタック、か。

 らしいと言えば、らしいな・・・

 

 だが、もしその万分の一をテンカワが実現するのならば。

 それは・・・

 俺の想像する英雄の姿そのものだろう。

 

 ふっ・・・何を馬鹿な事を考えてるんだ、俺は。

 奇跡なんて都合の良い物は、この世には有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今はオペレーター室に俺はいる。

 最高のショーを見るのなら特等席が必要だ。

 

「チューリップの配置、完了しました!!」

 

「よし、敵の姿が確認でき次第、直ぐに増援を呼び出せ。」

 

 俺は扇状に展開したチューリップを見ながら指示を出す。

 ・・・これがアイツ等との契約の証だとはな。

 本社は俺にも全ての情報を公開している訳じゃ無い。

 まあ、俺が本気で調べれば直ぐに解る事だが。

 そんな事に俺の興味は無い。

 今の俺の興味の対象はあのテンカワ アキトだけだ。

 

 さて、どんな結末を俺に見せてくれる?

 

 

 

 

 そして5分後・・・

 唐突に戦闘開始のゴングは鳴った。

 信じられない光景と共に。

 

 

ドゴゴゴゴゴォォォォォォォォンンンンン!!!

 

 

「くっ!! 何が起こったんだ!!」

 

 突然の振動と衝撃に。

 俺はバランスを崩して壁に手を付く。

 

「チュ、チューリップが一つ破壊されました!!

 レーダーレンジ外の超々遠距離射撃です!!」

 

 馬鹿な!! チューリップのフィールドを貫く長距離射撃だと!!

 一体何が起こっているんだ!!

 だが、今はそれを考えてる暇はない!!

 

「敵は直ぐにここに来るぞ!!

 各チューリップから増援を呼べ!!」

 

「はい!!」

 

 どうやら、まだテンカワの事を甘く見ていた様だな。

 ・・・まったく、興味の尽き無い男だ。

 

 先程の攻撃で破壊されたのは、扇の中央に位置するチューリップだ。

 俺は残り7つのチューリップの隙間を開かせる。

 近距離で固まっていては、破壊時の爆発に巻き込まれてしまうからな。

 

「敵、レ―ダーで確認!!

 信じられない速度です!!  通常のエステバリスの2倍強です!!

 後、5分後にはチューリップと接触!!

 こちらの無人兵器の展開が間に合いません!!」

 

 ちっ!! 何処まで非常識な奴なんだ!!

 通常のエステバリスの2倍強だと?

 どんな身体の構造をしてるんだテンカワは!!

 

「中央のチューリップを一つ前進させて囮に使え!!

 少しでも時間を稼ぐんだ!!

 無人兵器をある程度呼び出せばこちらの勝ちだ!!」

 

「了解しました!!」

 

 今は時間を稼ぐ事だけを考えなければ。

 しかし・・・なかなか楽しませてくれる!!

 

 俺の目の前のスクリーンの一つに、囮になる為に前進を始めたチューリップが映る。

 そしてその隣のスクリーンには・・・

 

 漆黒のエステバリス

 

 記憶にあるテンカワのエステバリスよりも、幾分大きく思える。

 補助バッテリーの類だろうか?

 その背中には大きな砲台らしき物が見える。

 もしや・・・小型のグラビティ・ブラストか?

 それならばあの一撃にも説明がつくが。

 しかし、チューリップを破壊する程のエネルギーとは・・・

 どう考えてもエステバリスの所持するエネルギーからでは、生成不可能ではないだろうか?

 あの近接武器のDFSも、常にエネルギーを激しく消耗しつつ使用している。

 だからエネルギーウェーブからの供給があってこそ、実戦で使用が可能なのだ。

 この場所にまで駐屯地からのエネルギーウェーブは絶対に届かない。

 ましてやこの付近に、軍がエネルギー発生装置を設置したという情報は無い。

 では、あのエステバリスは一体・・・

 

 何かが違う・・・

 俺はその漆黒のエステバリスに、恐怖という感情を感じた。

 

 

 

 

 そして・・・

 

「敵機、前進したチューリップと接触!!

 戦闘に・・・!!」

 

 オペレーターの状況説明も既に意味が無い。

 

 

           ブォォォン!!

 

 

 ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!!

 

 

       ドゴォォォォォォォンンンンンンン!!!

 

 

 すれ違い様に、真紅に輝く刃での一撃。

 それだけで、チューリップは綺麗に二つに切り裂かれ爆発した。

 

 ・・・瞬殺、か。

 手が付けられないな、これは。

 

 オペレーター室に静寂が満ちる。

 恐怖という名の・・・

 

「て、敵の一撃によりチューリップが破壊されました。

 ・・・どうしますか?」

 

 このオペレーターにも、現状が芳しく無い事が解ってきたみたいだな。

 さて、あちらのエネルギー切れが先か・・・

 ここが破壊されるのが先か・・・

 テンカワの戦力を見誤った時点で、こちらは不利だった。

 もっとも、あんな非常識な奴を予想しろという方が無理だと思うが。

 後は運を天に任すか?

 

 

 ・・・などと、大人しく待つ必要などあるまい。

 俺は直ぐに退却準備を始めるつもりだった。

 

 最後に生き残った者が勝者

 

 これは何時までも変らない現実だ。

 死人には未来など必要無いからな。

 

「おい、データの収集は進んでいるな?」

 

「はい、順調です。

 ・・・しかし、何者ですか? あのテンカワと言う男は。」

 

 さあな・・・俺の方が聞きたいさ。

 このデータを本部に持ち帰れば、今回の失点も弁明出来る。

 ・・・まあ、俺にとってはどうでもいい事なんだがな。

 これも仕事、だ。

 

 しかし・・・テンカワは突如、俺には不可解な行動に出た。

 進撃を止めたのだ。

 そして上空に留まり、静かに前方のチューリップを睨んでいる。

 ・・・何を、考えているテンカワ アキト?

 

 俺とオペレーターは顔を見合わせた。

 

 

 

 そして10分が経過し。

 

 漆黒のエステバリスの前方では・・・

 次から次へと無人兵器がチューリップから排出されている。

 その数は今現在で1,200に達した。

 しかし、エステバリスには慌てた様子は見当たらない。

 

 それすらも・・・

 凌駕する自信があると言うのかお前は、テンカワ!!

 

 俺の背筋に冷たい何かが走る!!

 だが、そう軽々と倒されるほど俺は甘くはない!!

 

「よし、脱出準備を始めろ。

 万が一と言う事はあるからな。」

 

「はい、待機している職員に今連絡を・・・なっ!!」

 

 オペレーターの驚愕する声が聞える。

 

「どうした?」

 

「・・・侵入者により次々と退避通路、その他の施設が破壊されています!!」

 

「何!!」

 

 オペレーターが表示した画面には・・・

 炎上する車や飛行艇。

 瓦礫に埋った通路。

 所々に倒れ伏す俺の部下達。

 そして・・・その部下達の横に佇む一人の男。

 

「・・・やってくれたな、ナオ。」

 

 カメラの存在に気が付いたナオは・・・

 ニヤリ、と笑い。

 

 

 ガァァァァァァァンンンン!!

 

 

 ブラスターの一撃でカメラを破壊した。

 

 ・・・逃げ道を塞いだか。

 高価な囮を使いやがる。

 

 俺はテンカワの不審な行動の全てを理解した。

 そう、テンカワは囮だったのだ。

 いきなりの強襲。

 そして突然の静観。

 俺達の意識を見事に自分独りに集中させた。

 ナオが施設に侵入し易い様に、そして破壊活動がバレにくい様にする為に。

 

 今度は俺が躍らされた訳だ・・・

 

「・・・侵入者が捕虜室に入りました。」

 

 民間人の確認、か。

 どうやら徹底的にこの施設を破壊するつもりらしいな。

 しかし、何処からこの施設の位置と構造の情報を手に入れたんだ?

 クリムゾン・グループでもかなりの上層部でなければ、この施設の情報は知らない。

 ・・・つくづく大した奴等だ。

 

「捕虜など誰もいないだろうが。

 それよりもテンカワの実戦データを本社に転送しろ。」

 

「りょ、了解!!

 ・・・あ、捕虜室に熱源が二つあります?」

 

 何だと?

 ・・・どういう事だ。

 

「映像を表示しろ。」

 

「はい、映像を出します。」

 

 そして画面に映ったのは・・・

 後ろ手に縛り上げられた金髪の美女と。

 それを助けているナオの姿だった。

 

「・・・ほう。」

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「今朝方に・・・

 近道をする為にこの街に立ち寄ったら、いきなり変な奴等に拉致されて!!」

 

「ああ、解っている。

 今から無事に帰してやるからな。」

 

 そう言って女性のロープを解くナオ。

 

「ここは何処なの?

 貴方もあいつらの仲間なの?」

 

「質問は後だ・・・

 しかし、これは大幅なタイムロスだな。

 ・・・アキトを信じるしかないか。

 

「何を言ってるのよ!!

 早くここから逃げましょうよ!!」

 

「ああ、そうだな。」

 

 扉に向って歩き出す二人。

 そして背後から、ナイフがナオの心臓に向けて振り下ろされる。

 

「そうそう、多分・・・お前がライザだろ?」

 

 後ろを向いたまま、軽くサイドステップでライザの攻撃を避けるナオ。

 

「ちっ!!」

 

 素早くナイフを操り、次から次へと攻撃を繰り出すライザ。

 その攻撃を余裕で避けるナオ。

 ・・・腕が違い過ぎるな。

 

「部下にでも自分を縛らせたか?

 知ってるか、この街の周辺は既に極秘で非常警戒体勢に入ってるんだぜ。

 そんな場所に、お前みたいな女性がいるわけないだろうが。」

 

 素早く間合いを詰め。

 ライザの右手を掴んで動きを止めるナオ。

 

「わ、私は命令されてしかたなく!!」

 

 目に涙を溜めてナオに懇願するライザ。

 

「一応・・・アイツの代りにケジメは取らせてもらうぜ。」

 

 

 ガッ!!

 

 

 ・・・カラン 

 

 

 拳の一撃。

 ライザはナイフを手から落としながら、その場に崩れ落ちた。

 その左手の袖に隠していたナイフを使う間も無く。

 

 気付いていたのかナオ。

 昔のお前なら・・・

 

 ナオに不意打ちが通じなかった時点で、ライザに勝機は無かった。

 

 

 

 

 

 

『テツヤ・・・お前らしい手段だな。』

 

 捕虜室に取り付けてあるスピーカーが、ナオの声を拾う。

 

「そうでもないぜ。

 今のトラップはライザ自身が考えた物だ。

 俺ならもっと上手くお前を引っ掛けるさ。

 しかし、昔のお前なら死なないまでも、手傷は負ってたはずだがな。」

 

 正直な感想を伝える。

 

『今の俺は女性に甘い、昔の俺じゃない。』

 

 淡々と返事をするナオ。

 その足元にいるライザは・・・

 生きてはいるな。

 どうやら気絶させただけらしい。

 

「みたいだな。

 そこまで惚れてたのか、あの女に?

 何処にでもいる女じゃないか?

 俺には理解出来ないな。」

 

 

 ガァァァァァァァンンンン!!

 

 

 ナオからの返答は銃声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「部長!!

 無人兵器と敵の交戦が始まりました!!」

 

「そうか。」

 

 オペレーター室は急に騒がしくなった。

 ・・・ナオがこの部屋に来るには後一時間はかかるだろう。

 俺専用の避難通路はこのオペレーター室から走って2分の位置にある。

 テンカワとナオの勇姿を見てから逃げ出しても、遅くは無い。

 

「警備班に侵入者の排除を命じろ。

 通路にバリケードを作ってでも、これ以上の浸入を阻止するんだ!!」

 

「了解しました!!」

 

 オペレーター達のキーを叩く音が部屋に満ちる。

 俺の目はモニター上の漆黒のエステバリスを睨んでいた。

 

 

 そして・・・テンカワのエステバリスが咆えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第九話 その2へ続く

 

 

 

 

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