< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第四話.ゴート ホーリの私生活

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の仕事を無事に終え、自家用車を操り自宅へと帰り着き・・・

 玄関口に向かう途中で、俺は思わぬ拾いモノをしてしまった。

 

 

 ―――これも、神の思し召しなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 エリナ女史とミスター、それに会長が会長室に入ってきた俺を眺める。

 休暇中のナオの奴がいないだけ、まだ現状はマシなのだろうが。

 彼等の目の中には、未知のモノに対する恐れと興味が入り混じっていた。

 

 無言のまま立ち尽くす彼等の視線の問い掛けに、俺は答える術は無く・・・

 

 結局、俺も無言のまま会長室に入り込み、部下から提出された書類を会長の机の上に置いた。

 

「では、報告書の詳しい報告をさせて貰います」

 

「あ〜、まあ、それも大切だと思うけど。

 ・・・とりあえず、ゴート君が背中に背負ってるのって?」

 

「キャッキャッ♪」

 

 背後から髪の毛を引っ張られるのを我慢しながら、俺は会長の問いに即座に肯定した。

 

「はい、正真正銘・・・男の赤ん坊です」

 

 俺は自分の背中に、楽しそうに笑っている赤ん坊を背負っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ってるだろう、これは俺にも予想外な事だと!!」

 

 何故か手錠を掛けられ、本社に備え付けてある監禁室に俺は居た。

 むう、まさか俺自身がココに入る日がこようとは・・・

 神でも予想は無理だっただろう。

 

 ―――いや、我が神は全てを見通していたのか?

 

「生後、約一年と半年・・・ですかね」

 

「遺伝子照会はどう?」

 

 俺の目の前で、赤ん坊をあやしながらエリナ女史がミスターに質問する。

 俺の意見はどうあっても聞き入れないつもりの様だ。

 ・・・赤ん坊はエリナ女史に腕の中で熟睡中のようだ。

 

 ちなみに、オムツと代えの肌着などは出社前に自前で購入していた。

 先程まではオムツの取替えを、会長とエリナ女史とミスターで楽しそうにやっていたが。

 特にエリナ女史と会長の顔は真剣だった。

 

 ・・・予行演習のつもりか、アンタ等。

 

「う〜ん、どうも登録はされていないようですな〜

 登録を怠っているのか、若しくは故意に避けているか、または・・・他に理由があったのか」

 

「・・・正直に白状しなさい、何処の産婦人科からこの赤ん坊を攫って来たの?

 髪の毛に目の色、両方共に黒色なところを見ると、アジア系の血をひいてるみたいね」

 

 凄い形相で俺を睨むエリナ女史。

 どうやら、既に彼女の中で俺は誘拐犯と断定されているらしい。

 

 ・・・そんなに信用をされてなかったのか、俺は?

 一応、シークレットサービスのトップに近い立場なんだが。

 

 溜息を吐きつつも、俺は今回の真相を語る。

 

「・・・だから、俺の家の玄関に―――」

 

「ゴートさん、今ならまだ間に合います。

 変な宗教に目覚めてからも、仕事自体はこなしてこられてましたので、今まで多少の奇行は許してきましたが。

 ―――流石に今回の事件は見逃せませんね〜」

 

 眼鏡を怪しく光らせながら、そんな事を宣言するミスター

 そんな、貴方も俺を疑うというのか!!

 

「まさか幼児に洗脳を試みるつもりかい?

 頼むから変なスキャンダルは起こさないでくれたまえ」

 

 何処か呑気な口調で発言をする会長だが。

 ・・・俺の事を庇っているわけではなさそうだ。

 

「そんな問題じゃないでしょ!!」

 

 

 

 

「エグッエグッ・・・」

 

 

 

 エリナ女史の大声に驚き、目を覚ました赤ん坊が泣き出す。

 慌ててあやすが、あまり効果は無さそうだ。

 まあ、あれだけ目を吊り上げた表情を見られてはな。

 

「あ〜、どうしたら良いのよ?」

 

 慌てふためくエリナ女史・・・

 腕の中で泣きじゃくる赤ん坊を扱いかねているようだ。

 

 ・・・どうやら、本当に赤ん坊の世話をした事は無いらしいな。

 

「いえ、私に聞かれましても・・・」

 

 流石に、どう対処をして良いのかミスターにも思いつかならしい・・・

 意味も無く眼鏡の位置を直しながら、エリナ女史から距離を取る。

 

「僕は論外だよ」

 

 最初から、戦力外を宣言する会長・・・

 

「俺に任せろ」

 

 そこで、落ち着いた声で目の前の3人に向かって俺が発言をする!!

 自慢じゃないが、昨日からこの赤子をあやしていたのは俺だ。

 あの後、ネットで赤ん坊の扱いについて勉強をしたのだ。

 

 ・・・お陰で、会社に遅刻しそうになり、結局赤ん坊まで会社に連れてくる事になってしまったが。

 

「「「・・・」」」

 

 しかし、三人からの視線は・・・とことんまで冷たかった。

 

「・・・いや、俺は昨日からその赤ん坊の面倒をみている訳であって」

 

 急に動きを止めた三人を不思議に思いながら、俺は自分が適任だと言う理由を述べようとした。

 

「もしかして、ゴートさんの実子ですか?」

 

「そうよね〜、やけに親切だと思ったら。

 ・・・その可能性もあったわね」

 

「と言うか、普通はその可能性から考えないかい?」

 

 ・・・それ以前に、俺の話を聞いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、カツ丼でも食べるかい?」

 

「・・・会長、俺は誓って自分に疚しい事はしていない!!」

 

「皆そう言うのよね・・・

 赤ん坊を産んだ女性の身にもなってほしいわ」

 

 何故か取調室に連行された俺は、机に取り付けられた白熱電球の光が俺の頬を容赦無く・・・灼く。

 どうでも良いが、エリナ女史に出産経験は無いはずだが?

 

 ・・・いや、流石に俺もこの場でそんな発言をするほど命知らずでは無い。

 そんな事をすれば、まず間違い無く速やかに神の世界に俺は送られてしまう。

 

 勿論、片道切符だ。

 

「可哀相に、この子は母親どころか父親にも捨てられるのですか」

 

 今は泣き疲れて眠る赤ん坊は、何処から調達をしたのか出所不明な揺り篭で寝ていた。

 取調室に揺り篭・・・シュールな光景だ。

 

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない!!

 どうあってもその赤ん坊の父親を俺にしたいのか?

 もしかしたら会長の隠し子かもしれないだろうが!!

 

 待てよ・・・よくよく考えれば、その可能性が一番高いような気がしてきたな。

 

 はっ!! まさかこれは俺を陥れる為の会長の陰謀か!!

 各務 千沙との正式な付き合いを前提に考えて、身の回りの整理を始めたのだな!!

 そして、どうしても処理しきれなかった『我が子』を、俺に押し付けるとは!!

 

 おのれ何処までも恥知らずな!!

 神に代わって俺がお仕置きをしてやる!!

 

 出来る事なら背後に月でも背負いながら、啖呵をきりたいところだ。

 

「・・・ミスター、本気で俺を疑っているのか?」

 

 唯一、まともな判断が出来る相手に向かい、俺は交渉を始める。

 取り合えず、会長への殺意は心の奥底に押し隠しながら、何とか現状からの脱出を試みる。

 

 試みるが―――

 

「実は私も『娘』と呼べる子供がいましてね。

 いえ、実はつい最近知った事なのですが・・・その事を考えると、この赤ん坊が不憫不憫で・・・」

 

 眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭くミスター・・・

 本当に泣いているのか?

 実は芝居だろ?

 

 というか、アンタも会長とグルだろ?

 

 

 ・・・最悪のパターンだ。

 俺に援軍は、無い。

 

「ああ、例の件だね?

 いや〜、あれには僕も驚いたよ〜

 でも健やかに育ってよかったじゃないか!!」

 

 ミスターの肩を叩きながら、そう慰める会長。

 なんだか、また俺の存在は忘れられているみたいだ。

 

「・・・会長も、他人事ではないでしょうに」

 

「う・・・」

 

「それ、私も知らない話よね?

 詳しい話を聞かせて貰いましょうか」

 

 エリナ女史の一言に、凍り付く二人だった。

 どうやら、赤ん坊の素性から二人の隠し事に興味が移ったらしい。

 

 

「「う・・・」」

 

 

 ・・・蛍光燈の熱と、その場の凍り付いた空気が・・・俺には果てしなく痛かった。

 

 頼む、ナオ・・・早く帰ってきてくれ。

 お前ならきっとこの現状を・・・

 

 きっと・・・余計に混乱させるんだろうな。

 

 

 

 

 

 ―――当分、帰ってくるな、お前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・と、言うわけでして。

 私もその記録を見た時には驚きましたよ」

 

「それは僕も同感だね。

 フィリス君達、ネルガルの火星の遺跡の研究者が無事に、殆ど戻ってきてくれた事は大きいよ。

 ・・・お陰で、僕の親父が何をしていたのかを、やっと知る事が出来た」

 

 カツ丼を食べながら、新しく得た情報をエリナ女史に説明する二人。

 そのエリナ女史は別に注文していたサンドウィッチを食べ終え、食後の珈琲を楽しんでいる。

 

 ・・・ちなみに、俺は未だ椅子に後ろ手に手錠で縛られたままだ。

 いい加減文句を言う気力も無くなってきた。

 

「アゥ〜、アー!!」

 

 憔悴した俺の顔を見て、何故か楽しそうに笑う赤ん坊。

 ・・・良い度胸をしているな。

 その無邪気な笑顔に、思わず俺の頬が緩んだ。

 

「キャッキャッ!!」

 

 俺の笑顔を見て、さらに楽しそうにはしゃぎ出す赤ん坊だった。

 短い腕を伸ばして、俺の顔に触れようと頑張っている。

 

「「「・・・随分、懐いてい(るな)(ますね)(るわね)」」」

 

「き、貴様等!!」

 

 

 

 

 

 

 どうやら墓穴を掘ったらしい・・・

 

 

 

 

 その日の午後・・・俺の給与明細の扶養家族の欄には、子供が一人増えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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