< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十話.白鳥 九十九の私生活

 

 

 

 

 

 

 

 地球で俺が住み出してから早一年が経つ・・・

 幼少の頃、あれだけ『悪の地球人』と教えられてきた地球人と、俺は想い結ばれた。

 あの戦争が始まる前には、こんな事は想像もしていなかった。

 別に不満が有るわけでは無い。

 

 いや、むしろ幸せすぎる現在に現実を疑いたくなるくらいだ。

 本当の俺は、未だ優人部隊の宿舎でまどろんでいるのかも知れない。

 起き出せば、元一郎と一緒にゲキガングッズで埋まったあの相部屋の中であり。

 直ぐ隣では、源八郎が大口を開けて眠っているのだ。

 

 心の底で俺は・・・実は開戦に否定的だったのかもしれない。

 だが、そんな事を誰にも話す事は出来ず―――

 

 結果として、夢の中でこんな世界を作り上げてしまったのではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・へえ、これはまた独創的な報告書ね。

 もしかして九十九君、自分の机で眠ってたの?』

 

「・・・」

 

 ・・・真実を言い当てられただけに、咄嗟に言い訳も出来なかった。

 舞歌様の視線の温度が、気のせいではなく2、3度下がったと俺は感じた。

 

 ちくしょう誰だ、半分遊びで書いたあの報告書を提出したのは!!

 昨日の無理が祟って、今日の俺はすこぶる調子が悪かった。

 半分寝ている状態で書いた報告書が、今現在、舞歌様が目を通してられるモノだ。

 

 舞歌様は月で木連からの移住民を訪問する事を目的に、現在は月に来られている。

 木連の留守は西沢殿と、古くからの部下が守っているそうだ。

 ・・・ちなみに、元一郎が守備隊の総司令でもある。

 

 俺は、木連と地球との間に立つ外交官として。

 元一郎は木星の守備隊の総司令として。

 そして、源八郎は連合軍の将校としてそれぞれの任に着いていた。

 

 お互いに、立派になったかもしれない。

 だが、昔の様に気軽に顔を合わすことも出来なくなり・・・馬鹿をする事も出来なくなった。

 自分の責務にはむろん誇りを持っている。

 この任務を舞歌様より命じられた時―――

 地球と木連の間の溝を、平和的に取り除くのが俺の生涯の目標となった。

 自分でも平和の為に尽くせる事が、凄く嬉しかった。

 お互いに流した血の量は決して少なくは無い・・・

 だが、俺の代で無理だったとしても何時かお互いに分かり合える日が来る事を、切に祈っている。

 

 

 

 

 

 

 ―――ただし、一部の例外は除く

 

 

 

 

 あれはどうあっても、平和的に解決はせん。

 

 断じて無理だ。

 

 ああ、無理だ。

 

 

 

 

 

 ・・・今晩も奇襲を掛けてやろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、この報告書は後日・・・忘年会にでも披露する為に取っといて・・・』

 

 いえ、捨てて下さい・・・頼みますから・・・

 心の中で俺はそう呟いていた、ひたすらに延々と。

 

 一番悪いのは、俺なんだけどな。

 

『寝不足の原因はなに?

 大切な部下の相談なら、親身になって聞くわよ?』

 

 落ち込んでいる俺を見て、舞歌様が心配そうに尋ねてこられた。

 ここまで上司に聞かれて、無視をするのも非礼に当たるだろう・・・

 何しろ本心は分からないが、心配そうな口調と表情は本物だと思う。

 いや、思いたい、です、はい。

 

 

 ・・・一応、面倒見も良いし。

 

 

「はぁ・・・実は」

 

『何よ?』

 

 

 

 ―――そして俺は昨夜の出来事を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

「あ、お帰りなさい♪」

 

 疲れた身体をひきずって、我が家に帰る。

 そこには自慢の愛妻がいて、自分を慕う妹が居る・・・

 

 ああ、平和っていいな〜

 

 エプロン姿が良く似合うミナトさんが、手をエプロンで拭きつつ玄関まで俺を出迎えてくれた。

 俺は自分の鞄をミナトさんに手渡し、靴を脱ぐ。

 

「晩御飯出来てるけど、先に食べる?

 それともお風呂にする?」

 

 笑顔で俺にそう尋ねてくるミナトさんに、俺は自分の幸福を噛み締めていた。

 元一郎も、木星のコロニーでは京子さんを相手に幸せを実感してるんだろうな〜

 

 ・・・勿論、千沙君の事を忘れたわけじゃない。

 俺とミナトさんが幸せを噛み締めてられるのも、彼女が身を引いたからだ。

 本当なら俺を激しく詰っても許されただろう。

 裏切るつもりは、なかった・・・いや、言い訳だなこれは。

 俺はミナトさんに惹かれたのだ、どうしようもないほどに。

 

 そして、千沙君を―――捨てた。

 

 それは紛れも無い事実だ。

 ゴシップ誌に書かれても、否定出来ない。

 

 

 

 

 それでも・・・俺はミナトさんを選んだんだ。

 

 

「玄関で考え事をしても良いアイデアは浮かばないわよ。

 ・・・先にお風呂に入って、疲れをとってきたら?」

 

 黙り込んだ俺に気を使って、さり気無くそう勧めるミナトさん。

 俺はそんな彼女に軽く微笑み、風呂場へと歩き出した。

 

 しかし、時間は戻らない。

 

 俺は既にミナトさんを生涯の伴侶に選んだのだから。

 千沙君の事は無責任かもしれないが、彼に任せ様。

 少なくとも、あの時俺を責めていた彼の目は真摯なものだったから。

 

 

 

 

 

 風呂から上がり、晩御飯を食べようと思いリビングに向かう。

 だが、リビングに入る手前でユキナとミナトさんの会話が聞えてきた。

 

「ねえねえ、ミナトさん。

 明日、着る服ってこれで可笑しくないかな?」

 

「それで大丈夫よ、下手に似合わない高そうな服より。

 ユキナちゃんにはシンプルなサマードレスの方が似合うわよ」

 

 ・・・何の話をしているんだ?

 まあ、週末だからユキナが出掛けるのも納得出来るが。

 相手はやはり、あの男なんだろうか?

 

 

 フッフッフッフッ・・・

 

 

「・・・お兄ちゃん、何を扉の前で怪しく笑ってんの?」

 

「ぬ!! いや、何でもない。

 明日、何処かに出掛けるのかユキナ?」

 

 何時の間にか自分の世界に漬かっていたみたいだ。

 危ない危ない、早く食卓に着かないミナトさんの料理が冷めてしまう。

 

 そしてそんな俺を、猫のプリントがしてあるパジャマを着たユキナが呆れた顔で見ていた。

 暫しの間、俺の顔をジト目で見た後、ユキナは俺の質問に答えながら俺の横を通り過ぎて行く。

 

「そっ、お出掛けだよ〜

 じゃ、お休みなさい、お兄ちゃん」

 

     パタパタパタ・・・

 

 ・・・何時もなら、ここで俺に邪魔をするなと念を押すはずなのに。

 今日に限ってそんな事をせずに、自分の部屋へと帰っていくユキナ。

 

 そんなユキナに違和感を感じつつ、俺はリビングへた入っていった。

 あのユキナの余裕・・・明日の外出にはあの男は着いてこないという事なのか?

 

 いや、しかし・・・う〜む・・・

 

「九十九さん、お料理冷めちゃいますよ?」

 

「あ、済みませんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルに着き、置かれていた食事に手を出していると。

 ミナトさんが俺の前に淹れ立てのお茶を置いていく。

 

 そして、そのまま俺の目の前の席に座るのだった。

 丁度いい、ユキナの事を尋ねてみるか?

 

「ミナトさん、ユキナのやつは明日は何処に出掛けるんですか?」

 

「あら、私に尋ねるより本人尋ねたら?」

 

 ・・・尋ねて素直に答えるのなら、ミナトさんに尋ねませんよ。

 近頃はますます俺の言う事を聞かないし。

 

 ―――兄離れ、か

 

 少し寂しいものがあるが、それが自然な現象なだけに文句は無い。

 ただ、ユキナが気に入った相手が気に食わないだけだ。

 そう、それだけだ。

 

「まあ、あいつももう直ぐ16歳だし自分の考えも持ってるだろうな。

 相手がアレなのが気に食わないが」

 

「まったく、いい加減認めてあげたら?

 アオイ君、そんなに悪い人じゃないわよ?」

 

「・・・」

 

 ミナトさんの呆れた口調を聞きながら、俺は黙々と晩御飯を平らげていた。

 確かに突然現れただけであって、あの男に非がある訳では無い。

 ただ、それだけユキナに慕われているのならば、それなりの態度で返事をするべきだろう?

 それなのに、あの男はユキナに気を持たせるような言動を取りながら、はっきりとした事は言おうとしない。

 

 その態度が―――俺は気に食わない。

 

 木連に育った者として、アイツの態度は優柔不断にしか見えないのだ。

 

「・・・ま、最後にはユキナちゃんとアオイ君自身の問題なんだけどね」

 

「・・・ご馳走様です」

 

「はい、お粗末様です」

 

 箸を置き、テーブルから離れると俺は書斎に向かった。

 その後ではミナトさんが小声で何かを歌いながら、食事の後片付けを始めている。

 自室に等しいこの部屋には、俺の専用回線が有る。

 ミナトさんは完璧にあの二人の味方だ。

 

 

 しかし!! 俺にも味方は居る!!

 

 

 そう、あの歴戦のナデシコで「某組織」と呼ばれた巨大な存在が!!

 彼等と知り合ったのは、ネルガル訪問中に拉致された時だ。

 俺を拉致した覆面を被った大男から、助け出してくれたのが「某組織」のメンバーだったのだ。

 そして、助けた見返りとして俺との間に専用回線を設置する事を提案してきた。

 ・・・一歩間違えると犯罪の様な気がするが、まあお互いの利害が一致したた為に今でも友好な関係を築いている。

 何よりあの情報収集力・組織力・戦闘力は侮りがたい。

 

 ―――と言うか、下手な軍隊よりよっぽど優秀だ。

 あんな組織が自然に育つとは流石ナデシコだな。

 

    ピッ!!

 

 俺はそんな事を考えながら、専用端末を立ち上げ。

 某人物にアクセスを開始した―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、こちら『三羽烏之壱』

 一つ情報を探って欲しいのだが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

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