< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

第二十話 『出撃』 中編 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お元気そうでなによりです、グラシス中将。

 しかし、突然極東にお呼びしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 冬の寒さに負けないように、厚着をしたグラシス中将が車から降りてくるのを私は出迎えた。

 西欧とこの日本では寒さの桁が違うが、それでも寒いものは寒いのだ。

 

「なに、この一大事に、暢気に家で寝ているわけにはいかんからな。

 それに、孫と一緒にあのナデシコに乗れたのだからな・・・不謹慎だが楽しめたよ。

 ははは、ミスマル君でも乗った事がないのだろう? ナデシコには?」

 

「はあ、残念ながらその通りです」

 

 私の挨拶に、笑いながらそう応えるグラシス中将だった。

 その言葉に内心でかなり悔しがりながら、表情は冷静を装って言葉を交わし続ける。

 

 ―――現在、日本の時刻は午後三時

 

 西欧との時差に少しは苦しめられるはずだが、目の前の老人には活力が漲っていた。

 自分達に襲い掛かっている危機を考えると、その姿がこの上なくたのもしく見える。

 

 おっと、私も感心している場合じゃなかったな。

 その後も軽く雑談をしながら、私はグラシス中将を会談の場に案内する。

 すでにグラシス中将以外の招待客は、揃っているのだ。

 

 会場はネルガルが極秘裏に用意をしていた。

 

 

 

 

「おお、久しぶりだねオオサキ君!!

 統合軍では元気に暴れているそうじゃないか、色々と噂を聞いてるよ。

 ところで、その統合軍に所属している君が、ここに居ていいのかね?」

 

「ははは、混乱状態の統合軍に、不良中年一人だけを見張る余裕なんてないですよ。

 どうせ中将が聞いた噂も、悪口の類でしょう?」

 

 会場内で見つけた顔見知りに、楽しそうにグラシス中将が話しかける。

 その言葉を聞いて、こちらも笑顔で軽く返事をするのは、私服姿のオオサキ君だった。

 しかし、実際のところ、統合軍の監視を逃れる為にかなり無茶をしたらしい。

 今現在でも、イズミ君が囮となって監視の目を引き付けているそうだ。

 

「さて、オオサキ君がガトル大将の代理と考えると、連合軍のTOPの過半数が揃いましたな」

 

「言っときますが、自分は義父に伝言をするだけですよ?」

 

 こちらも私服姿のムネタケ参謀長の言葉に、一応釘を刺すオオサキ君だが、私を含めて誰も信じていなかった。

 ガトル大将が婿養子の彼を、心底信頼している事を全員が知っているからだ。

 オオサキ君が同意をすれば、それはガトル大将の心を確実に動かすだろう。

 

「まあ、積もる話は後にして。

 どうぞお座り下さい、グラシス中将」

 

「ああ、そうだな」

 

 ムネタケ参謀長の勧めに従い、目の前の椅子に座るグラシス中将。

 そして私も、その隣の椅子へと腰掛けた。

 改めて会場内を見回すと、そこには凄い人物が揃っていた。

 連合軍では、私とムネタケ参謀長にグラシス中将、そして秋山准将

 統合軍からは、オオサキ君

 ネルガルから、アカツキ会長にエリナ君、そしてプロスペクターも壁際に立っている。

 この会談をネルガルが唱えた事を考えれば、この三人の参加は当然だろう。

 

 だが・・・

 

「久しぶりだね、カグヤ君」

 

「そうですね、ミスマルのおじ様」

 

 私の挨拶に、艶やかな笑顔で応えるスーツ姿のカグヤ オニキリマルがそこに居た。

 

 

 


 

 

 

「さて、手っ取り早くいきたいので、手元の資料を見てもらえますか?

 ネルガルでも、機密レベルSランクの極秘資料です」

 

 一通り挨拶を終えた後、アカツキ会長がそう切り出す。

 

 軽い口調ながら・・・その底に、幾分緊張の混じった声で、アカツキ会長が席に置かれた資料を指差した。

 怪訝な顔をしながらも、私は興味を覚えて資料を手に取った。

 

 簡潔に書かれた、その資料のタイトルは―――『帰還者達による歴史の提言』

 

 変わったタイトルに首を捻りつつ、その資料に目を通す私は・・・

 1ページ目に書かれていた、『帰還者』という単語の説明文を読み、低く呻き声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 そして無言のままに、ページをめくる音だけが会場内に響く。

 そこには『帰還者』の全てが書かれていた。

 あの英雄の真の姿と悲哀が、実の娘のように接してきた二人の少女の過去が。

 

 ―――現在とは違う時間で閉ざされた、『娘と息子』の幸福が。

 

 

 

 

 

 全てを読み終ったとき、私は気付かぬうちに・・・泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・正直に言えば、信じられん。

 いや、信じたくない・・・と言うべきかな」

 

 重い声で、そう一言だけ呟くグラシス中将。

 それは私の心の声でもあった。

 この真実は、余りに救いがない物語だったからだ。

 

「この資料に対する信憑性は、明日香・インダストリーが保障します。

 最後に記述されていた通り、私達は『その時間』に活動していたユーチャリスを手にしています。

 そのユーチャリスに保存されていたデータから、当時の事を知る事が可能でしたから」

 

 意図的に感情を殺した声で、カグヤ君がそう保証する。

 彼女にしても、彼のこんな真実は知りたくなど無かっただろう。

 

「・・・数々のターミナルコロニーを沈めた、白い悪魔、か。

 そして、『闇の王子』

 彼が潜在的にあれほどの戦闘能力を秘めていた事は、幸運だったのか、不幸だったのか」

 

 そんなカグヤ君の言葉に、力なく首を振って言葉を続けるグラシス中将だった。

 

「これでは・・・自分が優人部隊として戦場で彼と見えても、勝てなかったはずだ。

 そうか、彼の木連に対する和平への思いの根源は、ここにあったのか。

 しかし―――なんと、壮絶な道のりだ」

 

 何時もは穏やかな笑みを絶やさない秋山君も、険しい顔でその報告書を読んでいた。

 敵側として、彼と戦った事のある秋山君には、我々より余程思う事があったのかもしれない。

 

「彼は、先の戦争の無意味さを知るが故に、自分から進んで戦場に身を投じたのだな。

 本当ならば、五感が戻った以上、本来の夢を・・・コックを目指したかっただろうに」

 

 ・・・木連との和平会談の前に、ユリカが彼を連れて実家を訪ねた事があった。

 あの時、彼は心の中でどんな思いを抱いていたのだろうか?

 この報告書を信じるならば、彼にとって自分は『義父』と呼べる存在・・・だったらしい。

 

 運命に逆らい、抗い、立ち向かい、彼は彼方へと消えた。

 守り抜いた者達を、この地に残して。

 娘が、ルリ君やラピス君が、彼にあれほど拘るには十分な『理由』があったのだ。

 

「なるほど、ネルガルが次々と画期的な製品を作り出せるわけだ。

 五年先の技術に、さらに磨きを掛ける時間があったのだから。

 それに、やけにヒサゴプランの人事に口を出すなと思えば・・・こんな裏があったとはね」

 

 注意深く、資料の隅から隅まで読んでいたムネタケ参謀長が、お茶を飲んで一息いれながら話す。

 それを聞いて、アカツキ会長は苦笑で返した。

 

「だが、この以前の歴史との相違点は何だ?

 『一度目の彼』は西欧を訪れる事無く、私やオオサキ君達、それに孫達とも会っていない。

 あの真紅の羅刹も居なければ、サツキミドリの落下すら無いとは・・・」

 

「・・・それが『歴史の修正力』ってやつではないかと、科学者達は考えていますよ。

 大きく歴史に干渉した結果、それを修正しようとさらに大きな反動が襲い掛かる。

 実際、以前のままならば、アキトの奴は最後まで自分達の秘密を隠していたかもしれませんね」

 

 グラシス中将の疑問に、オオサキ君が応える。

 彼がこの真実に衝撃を受けていない姿に、私は随分前から彼がこの事を知っていた、と理解した。

 考えてみれば、あれだけの激戦を共に戦い抜いたナデシコクルーは、この事実を彼から直接聞いた可能性は高い。

 

 どうやら、この場で真実を知らなかったのは、私とムネタケ参謀長に秋山君、そしてグラシス中将らしいな。

 

 

 


 

 

 

「その歴史のズレが、ここにきて更に加速したわけなのか?

 火星の後継者達の蜂起が、早まった理由としては」

 

 私がそう質問をするが、誰からも返事は無かった。

 どうやら、彼等もこの事実をどう受け止めていいのか迷っているらしい。

 

 やがて視線で会話をしていたネルガル側から、アカツキ会長が椅子から立ち上がって話し出す。

 

「別に企業として、この火星の後継者に関する秘密を独占するのが、目的ではありませんでした。

 いや、確かにそう考えた事もあります・・・ですが、正直に言えば、自分には手に余る事実です。

 テンカワ君は、歴史の流れに逆らう事で、次々と難問にぶつかり苦しんでいました。

 生憎、自分にはそこまでの『想い』はありません、ですから最低限の干渉だけをこの3年間心掛けていたのです」

 

「それがA級ジャンパーの保護と、ヒサゴプランへの積極的な介入です。

 私達はホシノ ルリと、ラピス・ラズリの記憶を頼りに、あらゆる手を使ってその二つを行ってきました。

 ある意味、コロニー襲撃が再び起こるまでは、順調だったと言えます」

 

 アカツキ会長の発言に、エリナ君がフォローを入れる。

 確かに、大きな力での介入は、更に大きな反発を生む。

 

 そう・・・彼等は目の前で、その実例を見続けていたのだ。

 

「ですが、既に現状は抜き差しならない状態まできています。

 以前は切り札となったナデシコCも、現在ユーチャリスの製造を中止し、急ピッチで行っておりますが。

 ・・・少なく見積もっても、後一ヶ月は掛かるとの事です」

 

 プロスペクターが眼鏡の位置を直しながら、冷静な口調で現状を告げる。

 

「その間に、統合軍がクーデターを制圧すれば万事OKですが・・・まず無理でしょう。

 『遺跡』が奴等の手にある上に、北斗すら退ける力を身につけた北辰が居る。

 ・・・今現在ですら、反乱軍に加担する部下の責任逃れで、内部分裂状態ですからね」

 

 自分の所属している組織について、酷評するオオサキ君。

 小馬鹿にしたような口調だが、内心はかなり苛立っているのだろう。

 この瞬間にも、火星の後継者達に賛同する部下が増えていくというのに、己の責任回避を優先する将官達に対して。

 

「統合軍内でのあからさまな『木連人』と『地球人』の差別が、一つの引き金になっている。

 上の人間が幾ら止めようとしても、肩書きの意味が既に無い状態ですから。

 ・・・おお、また増えたな〜」

 

「む、こいつは元木連の・・・そうか、コイツがなぁ」

 

 リアルタイムに表示されている反乱軍のリストを見て、ムネタケ参謀長が冷ややかに笑う。

 その隣で秋山君が、申し訳なさそうに一同に頭を下げていた。

 

「頭を下げなくてもいいよ、火種を蒔いたのは統合軍自身なんだからな」

 

 連合軍内では、それほど問題にならなかったが、統合軍では木連人に対する差別が大きく問題になっていた。

 そして、優秀で人望の高い人物ほど、あてつけのように端役に配置されていたのだ。

 そんな彼等に対する同情も、下士官達の間では広く浸透していたのだ。

 

 それらの不満が、ここにきて一気に爆発をした・・・そういう事だ。

 

「で、私達に・・・連合軍に何を求めるのかね?」

 

「統合軍のフォローを・・・せめて一ヶ月の間だけでも、お願いしたい」

 

 私の視線を真っ向から受けても、アカツキ会長に怯む気配は無かった。

 以前までなら、こちらの視線を何処か余裕を残して避けていた彼だが・・・

 

「ますます増え続ける反乱軍を相手に、縮小が進む連合軍が手を貸しても、焼け石に水じゃないか?」

 

「金銭的な面では、ネルガルと明日香・インダストリーがバックアップします。

 それと元ユーチャリス・・・ジニアも参戦しますので、大きな戦力になると思いますが」

 

 ネルガルと明日香・インダストリーの全面的なバックアップに、戦力の補強か。

 確かに条件としては悪くはないが、何故そこまでこの反乱に拘る?

 その時、経済界の三巨頭の残り一つの勢力が何処に組しているのか、私は思い出した。

 

「隠す必要も無いので言いますが、火星の後継者の後ろにはクリムゾンがいます。

 もし万が一にもこの反乱が成功すれば・・・洒落にならない事態になりますからね」

 

「確かに、恐ろしい事になりそうだな・・・」

 

 アカツキ会長の言葉から、反乱が成功した場合の未来を予想して、私の身体に悪寒が走った。

 木連の・・・草壁の気質を知るだけに、地球がどうなってしまうのか嫌でも予想が出来るからだ。

 そしてクリムゾンという企業の、闇の深さも・・・

 

 彼等の唱える『正義』が貫かれた時、この世はどうなってしまうのだろうか?

 

「ムネタケ参謀長?」

 

 自分の右腕としてもっとも信頼している人物に、事の是非を問う。

 

「ま、好きだ嫌いだと言ってる場合では無いですな。

 ただでさえ、獅子身中の虫が大勢いるんですし・・・あ、また一部隊寝返りましたな。

 秋山君も異存は無いな?」

 

「勿論です。

 ・・・ただ・・・いえ、何でもありません」

 

 小さく溜息を吐きながら、同意をするムネタケ参謀長だった。

 そのムネタケ参謀長から話を振られ、一瞬躊躇った後、秋山君も同意をした。

 その事を少々訝しく思いながら、私は確認を続ける。

 

「グラシス中将は?」

 

「真実を知った以上、今更引き返すわけにはいくまい。

 どちらにしろ、ナデシコCにしか『火星の後継者』に勝てる可能性が無いのなら・・・

 あのナデシコの名を継ぐ、その船に希望を託そう」

 

 無責任なだけかもしれんがな・・・と小さく呟くグラシス中将の言葉に、私も頷いていた。

 結局、最後の最後までナデシコクルーに頼らざるを得ない状況が、本職の軍人として情けなかった。

 なにより、何処までもルリ君とラピス君、そしてマキビ君を戦争に駆り出す現状に、言い知れない怒りを感じた。

 

「統合軍との折衝役は、自分が勤めます。

 一応それなりに話の分かる連中と、パイプを繋ぐ事に成功してますので」

 

「うむ、頼むよオオサキ君。

 こちらが手を差し伸べても、拒否されると意味が無いからな」

 

 オオサキ君の提案に直ぐに同意をする。

 この先の戦闘を少しでも有利に進める為に、打てる手は全て打っておかなければならない。

 

「明日香・インダストリーからも、ナデシコCの製造を手伝うスタッフを派遣しましょうか?

 既にユーチャリスの件でデータは揃っていますから、今更企業秘密もないでしょう?」

 

「ははは、それじゃあお願いしようかな〜

 大丈夫だよね、エリナ君?」

 

「そうね、今は一人でも優秀な人員が欲しい時期だから。

 ウリバタケ班長やレイナも、これ以上無理をさせると倒れてしまうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 企業家達がそれぞれの分野で打ち合わせをする一方で、私は手元の資料に再び目を落とした。

 ここには、彼がどれだけの犠牲を払い、それだけの苦痛を受けて、今の和平を成し得たのかが、書かれている。

 

 そして、その和平も今となっては・・・

 

 

「・・・君が今の現状を見れば、どう思ったかな?

 ―――人間の愚かさを思い知って、顔を顰めるかもな。

 いや君なら、悲しみながらも、戦いを止めようとするか」

 

 

 

 

 

 確実に・・・

 彼が回避しようとした未来が、我々の前にその姿を顕にしようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その5に続く

 

 

 

 

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