< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第二十一話 『開始点』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純白の戦艦が宇宙をはしる。

 この戦艦に、僕は過去でも乗っていた。

 そう、それは五年前の事・・・未来から過去へと遡った年数。

 身体が当時の自分に追いつき、時代も当時に追いついた。

 

 ただ、『僕』という心だけが、余分に五年の月日を積み重ねている。

 

「・・・護衛艦が戦艦ライラック、か。

 またアララギさんが艦長だなんて、因縁を感じちゃうな」

 

 ナデシコCを守るように展開する護衛艦。

 その護衛艦を率いるアララギさんと、ユリカさんが挨拶をしている。

 一ヶ月の間、ジニアで戦闘の手伝いをした分、僕達は有名になっていた。

 勿論、度重なるピンチを救ってくれた僕達に、統合軍・連合軍の軍人は冷たくはない。

 プライドの関係とかあるみたいだけど、以前のような刺々しい対応をされる事は無くなっていた。

 アララギさんが護衛に来たのも、純粋に統合軍の好意だったし。

 

「では、途中までの護衛宜しくお願いします」

 

『はい、私としても名高い皆さんとご一緒できる事を、光栄に思っています』

 

 横目でそんな光景を見ながら、僕は何とも言い難い気分に襲われた。

 以前は・・・ルリさんとアララギさんが挨拶を交わしていた。

 そして、僕の右隣でウィンドウボールを広げているラピスは、ユーチャリスを駆っていたんだ。

 

 あの頃と同じ時間、同じ展開を迎えて、変わった所もあれば、変わらない所もある。

 だけど―――大きな流れは何も変わっていない。

 ナデシコCに乗っているクルーも変わった、北斗さんの存在なんかはその最たる部分。

 ヒカルさんが例の件で抜けて、変わりにヤマダさんが参戦。

 イズミさんはゴートさん手伝いで、クルーの家族の警護に残り、代わりにアリサさんが参戦。

 本当はイズミさんも付いてくるつもりだったらしいけど、アカツキさんに他にも頼まれ事をされたらしい。

 

 ・・・抜けた人を、他の人が補い、過去と同じ布陣が引かれていた。

 そう考えると・・・北斗さんの存在は―――テンカワさんに位置づけられる。

 唯一の違いは、イツキさんとカインさんの存在くらいだろうか?

 

 やはり木連と地球との和平は軋みをあげているし、火星の後継者の蜂起は起こった。

 記憶にある過去をなぞるように、ナデシコCはその鎮圧に単身挑む。

 違う箇所をあげれば、決戦の場が火星ではなく・・・木星だということ。

 しかし、『距離』というファクターを無にするボソンジャンプがある限り、木星も火星も変わりは無い。

 

 ・・・そう、地球側で唯一残されたジャンプが可能な戦艦は、ナデシコCだけなのだ。

 

 気のせいだと思いたいけど、やはり歴史は・・・何も変わっていないんじゃないんだろうか?

 

「よっ、何を出発そうそう黄昏てんだよ、ハーリー?」

 

「・・・で、やっぱり僕の邪魔をしにくるのは、サブロウタさんなんですね」

 

 ウィンドウボールに顔を割り込ませてきたサブロウタさんを見て、僕は大きく溜息を吐いた。

 見た目は金髪の長髪から黒髪の短髪に変わっても、中身は全然変わってない。

 ・・・これで妻子持ちだというんだから、三姫さんの苦労が偲ばれるよ。

 三玖ちゃんの教育は、三姫さん一人に任せたほうがいいかもしれないな。

 うん、三姫さんは本当に良妻賢母って感じだし、何故サブロウタさんを選んだのか不思議なくらい真面目な人だ。

 父親がアレでも、きっと立派に三玖ちゃんを育てるだろうな。

 

「・・・そーゆーお前は、五年分だけ見事に生意気に育ったなぁ、ハーリー?」

 

 ふと視線を上げると。

 目の前には、青筋を浮かべたサブロウタさんの顔があった。

 隣を見ると、ラピスが右手をグーからパーにしながら、僕を笑ってる。

 後ろを見れば、一段高い位置に座ってるルリさんが、処置無し・・・と首を左右に振っていた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・口に出してました?」

 

「ああ、三姫が苦労するなぁ・・・の辺りからな」

 

 

 

 


 

 

 

 

「ううう、何も思いっきり拳骨をお見舞いしなくてもいいじゃないか。

 か弱い小学生に暴力を振るうなんて、最低の大人だね」

 

 少しタンコブが出来ている頭を撫でつつ、食堂に向かう。

 ま、僕に拳骨を落とした後、サブロウタさんも拳を押さえつつ医務室に向かったので気分は悪くないけど。

 ・・・僕の頑丈さを侮ってたな、サブロウタさん。

 

「あー、ハーリー君だ♪

 どうしたの、頭を押さえて?」

 

「あ、えっと・・・枝織さん?」

 

「そうだよー」

 

 僕の質問に、ニコニコと笑いながら返事をする枝織さん。

 心なしか、身に付けている四陣の輝きも楽しそうだ。

 でも、聞くまでもなかったな、北斗さんが白いワンピースを着て、スキップしながら艦内を歩くはずないし。

 

 ・・・もしそんな姿を目撃したら、命が無いだろうな・・・僕でも。

 

「丁度良かった、迷子になって困ってたんだ。

 北ちゃんに聞いても、分からないしか言わないし。

 ね、ハーリー君、一緒に食堂行かない?」

 

 両手を合わせてお願いをする枝織さんは、見た目だけなら凄い美女だ。

 ・・・ただ残念な事に、ナデシコCのクルー全員が彼女の本性と、北斗さんの存在を知っている。

 見た目に騙されて、北斗さんの不興を買うのは誰でも怖いのだ。

 ほら、理屈が通じないし、あの人・・・枝織さんも、ある意味そうだけど。

 

 だけど、僕は北斗さんにも枝織さんにも、特に嫌われていない。

 僕自身も、棘というより牙を隠し持つこの綺麗な女性を嫌いではなかった。

 だから断る理由も無いので、僕はそのお願いを引き受けた。

 

「僕も食堂に行く途中でしたし、別にいいですよ」

 

「やったぁ、これでやっとお昼御飯が食べられるね。

 もう一時間も食堂を探してたんだよ」

 

 

 

 ・・・・・・・・嬉しいのは分かりますが、スキップの速度を落として下さい枝織さん。

 ・・・・・・・・僕の走る速度だと、どう頑張っても追いつけませんよ。

 

 

 

 

 

 食堂に着いた時、何故か僕は枝織さんに・・・・・・・・・・・抱きかかえられていた。

 何と言うか背中に当たる感触が・・・いや、今はそれどころじゃない!!

 

 このような体勢になった理由は、遅れがちな僕の事を気遣って、枝織さんが抱えて移動してくれたからだ。

 「せめて背負って下さい!!」、と頼んでみたけれど笑顔で却下された。

 お陰で廊下ですれ違うクルーの人達に、思いっきり笑われてしまった。

 きっと今頃、ブリッジのラピスが楽しそうに映像を記録してるんだろうなぁ・・・・

 

「あの〜、そろそろ降ろしてもらえません?」

 

「ん〜、もちょっと♪」

 

 何を気に入ったのか、枝織さんは僕を抱きかかえたまま食堂に入る。

 ジタバタと抵抗をするけど、相手は超絶の技を揮う達人・・・相手にされていない。

 食堂にいたクルー全員の好奇の視線を浴びて、僕は真っ赤になっていた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だか、人形の気持ちが良く分かった。

 

 

 

 

 

 

「ハーリー君、何を食べるの?」

 

「・・・ラーメン、お願いします」

 

 

 

 


 

 

 

 

「さて、と。

 次は格納庫に連れて行ってくれ」

 

「あの・・・そろそろ自分の仕事に戻りたいなぁ、と思ってるんですけど」

 

 食事の後、僕は枝織さんを部屋まで誘導をして、その場で別れるつもりだった。

 だけど一旦部屋に消えた枝織さんは、次の瞬間・・・

 ジーンズに白いTシャツ姿の北斗さんとなって、部屋から出てきたのだ。

 ・・・着替えすら疾風迅雷なんですねぇ

 

「あの艦長には、後で許可をもらう。

 何、俺が艦内をさ迷うよりはマシだと、直にOKするだろう」

 

 そう言って、あの長い赤髪を後ろで一纏めに括りつつ、ユリカさんに連絡を取る北斗さん。

 僕の目の前で、ユリカさんは簡単に許可を出してくれた。

 意見を求められたルリさんが、今の所、僕には仕事が無いので居なくて大丈夫です―――と助言をしたからだ。

 そのルリさんのスクリーンの隣に、ラピスが小さなスクリーンを出して、楽しそうに手を振っている。

 

「あははははははははは・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「呆けてないで早く案内しろ」

 

 そう言って、僕の服の襟首を掴んで移動する北斗さん。

 今度は猫の気持ちを味わう僕だった。

 

 

 

「あの〜、オモイカネに頼んで、標識を出してもらって誘導も出来るんですけど?」

 

「・・・あの手の誘導は嫌いだ。

 それに『四陣』とあのオモイカネは仲が悪い。

 どうやら妹分と弟分が『四陣』を嫌っていた事を、覚えているみたいだな。

 零夜がいれば、お前の手を煩わせる必要も無いんだが」

 

 その返事を聞いて、僕は抵抗を諦めた。

 北斗さんや枝織さんにとって、何時も側に居た存在・・・零夜さん。

 今は意識不明の状態で、ネルガルの病院で手当てを受けている人。

 常に感じていた存在を失った今、北斗さんや枝織さんはどう感じているんだろうか?

 

「峠は越したと、あのイネスとやらが保証したんだ、心配そうな顔をするな。

 後は俺達が無事に帰れば、全ては終わりだ。

 零夜が気付く前に、きっちりと落とし前だけはつけておかないとな」

 

 軽々と僕を持ち上げて、視線を僕と合わし、力強く言い切る。

 鳶色の瞳には、何時か見た好戦的な光だけではなく・・・剣呑な輝きに満ちていた。

 

 ・・・この輝きを僕は知っている。

 三年前、ナデシコAの中で見たテンカワさんの過去の記憶

 その中で北辰や火星の後継者に向けて、憎しみの叫びを上げていた、テンカワさんの瞳そのものだ。

 

 『歴史は繰り返す、歴史は変わらない』

 

 ―――さっきまでブリッジで考えていた言葉が、何故か黒く心を覆っていた。

 

「勝てますよね・・・皆、無事に帰れますよね?」

 

「勝とうと思うなら、そんな情け無い顔をするな」

 

 目の前にぶら下げていた僕を、今度は荷物のように背中に背負う。

 しかし、普通に背負われたわけではなく、北斗さんと僕は背中合わせな状態だ。

 ・・・つまり、未だ服の襟首を掴れているのだ。

 今度は自分がリュックサックになった気分になった。

 

「前の時は不覚をとったからな、今度は負けられん。

 でないと、アキトが帰ってきた時に、恥ずかしくて顔を出せなくなる。

 お前も地球に恋人を待たせているんだろう?」

 

「そんなデマを何時!! 何処で聞きました?」

 

 思わず声を大にして反論する。

 

「・・・ほほぉ〜、ならあれか?

 やっぱりウチの娘の純情を、弄んだんだなお前は?」

 

 その声を聞き、無理な体勢から首を回して背後・・・北斗さんの正面を見る。

 そこには、工具を片手に眼鏡を光らせる人物が居た。

 

 僕を降ろしながら、何処からどう見ても危険人物を指差し、北斗さんが説明をしてくれる。

 

「昨日、食堂で俺とプロスとヤガミを相手に、愚痴を漏らしていてな。

 何でも大切な娘に悪い虫がついた、と。

 泣きながら泥酔してたぞ」

 

「あは、あはははははははははははは・・・」

 

 笑うしかないよ、本当に。

 僕の笑い声に

 

「ハ〜リ〜・・・・ちょっとこっち来いや」

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

 北斗さ〜〜〜〜〜ん!! 見てないで助けて下さいよ!!」

 

「うむ格納庫に着いたな、助かったぞハーリー」

 

 軽く手を振って、赤毛の戦士は格納庫に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お礼より助けて下さいよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

ナデシコのページに戻る