< 時の流れに >

 

 

 

 

 

プロローグ

 

 

 

 

 

「無駄だ間に合わん、仕えるべき相手を見誤った者、真紅の羅刹よ。

 ―――発射!!」

 

 

 

 

 臥待月から放たれた相転移砲が、身動きさえ封じられたナデシコCに襲い掛かる。

 回避不可能なその一撃を、ナデシコクルー達は絶望の眼差しで見ていた。

 その威力を知る者として、自分達に助かる術が無い事を悟っていたから。

 

「そんな、まだ・・・」

 

 最後に何を呟こうとしたのか・・・ミスマル=ユリカが口を開いたと同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――相転移砲の一撃が、ナデシコCの目前で弾け跳んだ。

 

 

「っ、何事だ!!」

 

 この戦いが始まってから、初めて草壁が動揺した声で叫ぶ。

 絶対の勝利を信じて放った一撃だっただけに、それを防がれたショックが大きかったのだ。

 だが、次の瞬間には我を取り戻し、背後にいた山崎に次の相転移砲の発射準備と、先程の攻撃を防がれた原因を問う。

 

「山崎君、次の相転移砲の発射準備を急いでくれたまえ。

 それと、先程の攻撃が防がれた理由だが・・・分かるかね?」

 

 草壁の背後にいた山崎は、考え込みながら推論を語った。

 

「今の人類の科学力では、相転移砲を防ぐ手段はありませんよ。

 唯一、遺跡の持つキャンセル能力だけが、確認された防御方法ですね」

 

 彼等が保有する『遺跡』もまた、同じキャンセル能力を持っている。

 その能力に絶対の自信を持つだけに、ナデシコCの相転移砲には脅威を感じていなかった。

 しかし、『遺跡』を保持していないはずのナデシコCが、その相転移砲を防ぐとは、彼等には信じられない事態だった。

 だが、弾き跳ばされた相転移砲の軌跡に残る微かな光。

 

 その光が徐々に大きくなっている事に、二人は気付いた。

 

「なるほど・・・アレがその原因か」

 

「・・・そうみたいですね」

 

 草壁と山崎の視線の先、ナデシコCの目前に蒼銀の輝きを放つ華が開こうとしていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

「蒼銀の・・・華?」

 

 目の前に広がる、蒼銀の輝きに魅せられながらミスマル=ユリカが呟く。

 未だオモイカネの再立ち上げを行っていたイネス=フレサンジュ達も、その光景に魅入っていた。

 蒼銀という色は、ナデシコクルーにとって余りにも意味深い色だったのだから。

 

 次の瞬間、再び臥待月から相転移砲が襲い掛かる。

 

 その攻撃を、今度は蒼銀の華から突き出された、剣のような形をしたモノが斬り飛ばす。

 

「な、相転移砲を切り裂きやがった?」

 

 余りに非常識な光景に、ヤガミ=ナオが呆れた声を漏らす。

 他のクルーに至っては、うめき声すら出ない。

 しかし、その場の全員が思っていた・・・もしかすると、彼が帰ってきたのではないかと。

 それはただの願望だったかもしれない。

 だが、このような場面に駆けつけ、更に防御不可能と言われる相転移砲を防ぎえる人物など。

 彼しか考えられないと、全員が思っていた。

 

 そう、敵である草壁や山崎・・・そして、北辰でさえ。

 

『・・・この力

 やはり、帰ってきたのか』

 

 

 

 ―――蒼銀の華が弾ける。

 

 

 

 蒼銀に輝く八枚の光翼を纏い、同じく蒼銀に輝く長刀を手に、かつて『ブローディア』と呼ばれたエステバリスが其処に居た。

 自らに課せられた花言葉の如く、ナデシコCを背に守護しながら。

 

 

 

 


 

 

 

 

 待ち望んでいた人物の登場に、歓声を上げるナデシコクルー

 しかし、責任ある立場の人間としてナデシコに乗っている、オオサキ=シュンやミスマル=ユリカは違った。

 逆転の兆しは見えたが、まだ目の前のエステバリスにアキトが乗っている確証はない。

 そもそも、背後から見えるシルエットは、微妙にブローディアと違って見えたのだ。

 そして何より、ブローディアには蒼銀の光翼を発する力も、相転移砲を防ぐ力も無い。

 

 視線でシュンに意思を確認した後、ユリカはマキビ=ハリに頼んで、目の前のエステバリスに通信を入れる。

 システムの立ち上げは、艦内の生命維持や、映像は無理だが通信程度なら出来るほどになっていた。

 目の前の機体が味方であるなら、識別信号を出していてもおかしくはない。

 その信号を受け取っていない事も、ユリカ達が素直に喜べない理由の一つだった。

 

「こちら、ナデシコC艦長 ミスマル=ユリカです。

 危ない所を助けていただき感謝をします。

 出来れば貴方の所属を教えて貰えますか?」

 

 何を今更・・・とばかりに、ブリッジに居たクルーが、艦長席に居るユリカを見上げる。

 ユリカの隣に立っているアオイ=ジュンは、その対応に納得した表情で頷いていた。 

 そして、何処か重苦しい雰囲気の中、クルーが目の前のエステバリスからの返事を待つ。

 以前、肩透かしをくらった、カインの事を思い出したクルーもいただろう。

 三年という月日を、思い返しているクルーもいた。

 

 ―――返答は直に返ってきた。

 

『こちらはナデシコA所属 ブローディア

 パイロットは、テンカワ=アキト

 三年間分の遅刻は、さっきの相転移砲2発で勘弁して欲しいな』

 

 次の瞬間、ナデシコCに大歓声が沸き起こる。

 

 

 

 

「アキト!!

 アキト、アキト、アキトだ!!」

 

 ナデシコA出港時の再会のように、アキトの名前を涙を流しながら連呼するユリカ。

 姿は見えないが、間違いなくその声はアキトのものだと理解したからだ。

 三年間の遅刻に対する謝罪を織り込んだ発言も、いかにも彼らしいとクルー達は思った。

 

 喜びに沸くナデシコクルーを見ながら、シュンは冷静に臥待月を注意深く観察していた。

 先ほどから、臥待月からの攻撃が途絶えている。

 相転移砲が効かないとはいえ、未だこちらが不利な立場である事は変わらない。

 草壁からの攻撃が途絶えた理由は、やはりアキトのせいなのだろうか。

 

「アキト、臥待月が攻撃を仕掛けてこないのは、お前が居るから?」

 

『・・・ええ、ちょっと牽制をしてますから。

 でも、無人兵器までは、威嚇も効かないみたいです。

 それより、ディアにオモイカネ再立ち上げのサポートをさせます。

 オモイカネが動かない事には、相転移エンジンもエステ隊も動けませんからね。

 それとナオさん、俺がイメージを手伝いますから、臥待月に跳んでナカザトさんを救出してくれませんか?』

 

 ナデシコを攻撃しようとする無人兵器を、無造作に蒼銀に光るフェザーで撃ち落しながら、そう提案するアキト。

 勝機が見えたクルー達は、急いでそれぞれの持ち場に戻る。

 九死に一生を得た今、彼等は優秀なクルーとしての自分を取り戻していた。

 

「凄い!!

 ディアのサポートが、こんなにレベルアップしてるなんて!!

 オモイカネ、再起動します!!」

 

 マキビ=ハリの驚きの声と共に、オモイカネが再び起動する。

 銅鐸のウィンドウが表示されると同時に、先ほどまで沈黙をしていたスクリーンが次々と蘇り。

 相転移エンジンの再始動により、艦内にエネルギーが満ちた。

 

「これで勝負は仕切りなおし!!

 そして、アキトが帰って来た以上、気分的には最早敵無し!!

 イネスさん、ルリちゃんとラピスちゃんの事、お願いします!!

 エステ隊の皆さん、アキトと一緒に無人兵器の掃討!!

 ナオさん、ナカザトさんの事はお願いね!!」

 

「了解だ、艦長。

 アキト、こっちは何時でもいいぞ!!」

 

『じゃ、遠慮なく』

 

「って、レスポンス早すぎ―――」

 

 次の瞬間、ナオは虹色の光に包まれ、その姿をブリッジから消していた。

 それを見て、何故か不審な顔をするユリカ。

 隣に居たジュンも、難しい表情を作っていた。

 

「ジュン君・・・アキト、どうしてナオさんがジャンパーだって知ってるんだろ?」

 

「・・・俺も不思議に思ってるところだ。

 ナカザトの事も含めてな」

 

 

 

 


 

 

 

 

「艦内にてボース粒子の反応を検知!!

 警備兵を向かわせます!!」

 

「・・・無駄だ、対人戦でヤガミ=ナオに勝てる兵は、この臥待月に乗っていない。

 それに、間に合わん」

 

 草壁が見ているウィンドウには、ナカザト=ケイジを捕らえている部屋に、直接現れたナオが映っていた。

 そして、次の瞬間にはナカザトとナオの姿が消える。

 

「こちらの『領域』を、無理矢理こじ開けたか。

 山崎君、やはり勝てそうにないかね?」

 

「正確な数値は出ていませんが、こちらの保有エネルギーとは桁が違いますね。

 まあ、それでも臥待月にヤガミ君を送り込むので、精一杯のようですが」

 

 何時の間にか目の前に開いていたウィンドウを見て、感心したように呟く山崎。

 その答えを聞いて、草壁は暫しの間瞑目していた。

 あのテンカワ=アキトが帰還した事により、既に戦況は覆された。

 当初の予定では、こちらが完全に掌握したこの『領域』に、あの男が現れる事など有り得なかったからだ。

 何度も繰り返して聞いた、山崎と北辰の説明を信じる限り、負けは無かった。

 

 だが、現実に草壁達は垣間見た未来と同じ様に、敗北を目前に控えていた。

 

「・・・同じ事を繰り返し、敗者に落ちるつもりは無い。

 山崎君、最後の手段を使うぞ」

 

「・・・残された手は、それぐらいですか。

 大丈夫ですよ、保険の意味を兼ねて、すでに準備は整っていますから」

 

 当人達にしか分からない会話をする二人に、取り残されていた人達が反応した。

 それは草壁の息子に当たる三輪 一矢であり、シンジョウ アリトモであった。

 

「これ以上、何をするつもりなんだ!!

 今は無駄な足掻きは止めて、反乱の賛同者達の安全を確保するべきだろ?」

 

 九重や百瀬と一緒に、ラビスの容態を見ていた一矢が叫ぶ。

 山崎からの指示が途絶えたので、その隣でハルがラビスを泣き顔で見ていた。

 

「それでは結局何も変わらん。

 木連の立場も。

 木連に対する、地球の連中の態度もな。

 私は中途半端に、己の責任を放棄するつもりは無い。

 ・・・シンジョウ君、付いて来たまえ」

 

「はっ」

 

 山崎とシンジョウを連れて、草壁がブリッジを退出する。

 その後姿を睨みながら、手を出せない自分を一矢は罵っていた。

 既に親子の縁など切れているに等しいのに、どうしても親としての愛情を求めている自分を。

 

 

 

 

 

 

 そして数人だけが残されたブリッジのウィンドウには、凄いスピードで臥待月に接近するブローディアの姿を映していた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 オモイカネの復活に伴い、エステバリス隊も復活していた。

 先ほどまで棺桶の中に閉じ込められた気分だったが、今は頼もしい相棒となっている。

 何より三年間待ち続けたアキトの帰還に、嫌でも彼等のテンションは昇り続けていた。

 

『おいアキト!!

 相変わらず、狙ったような登場の仕方だな!!

 演出が憎いぞ、この!!

 それに何だ、ブローディアもパワーアップか?』

 

『ああ、狙ってたからな。

 あのタイミングじゃないと、帰ってこれなかったんだよ』

 

 ガイの大声に耳鳴りを覚えながら、律儀に返事をするアキト。

 機体さえ動けば、無人兵器など相手にもならない手錬揃いの彼等が、戦いながらもアキトの発言を聞き逃すはずがなかった。

 

『それって一体、どういう意味なんだ?

 俺達の窮状を、どっかで隠れて見てたのか?』

 

 女性陣は未だ再会の感動と衝撃から立ち直れていないので、代わりに質問を口にするのはサブロウタだった。

 リョーコもアリサも、何か言おうとしては黙り込み、黙々と会話に耳を傾けながら無人兵器を落としている。

 イツキとカインの二人は、当面の質問は他人に任せて撃ち漏らした敵がいないよう、ナデシコCの警戒をしていた。

 

 北斗はやっと機能を回復させたナデシコCの格納庫で、不機嫌そうに両腕の交換を待っている。

 無言のまま睨みつけられ、交換作業を急かされる整備班達は、生きた心地も無いようだ。

 

『帰ってきたのは、本当に今さっきだよ。

 ・・・さて時間切れだな、北辰達が逃げ出す前に、助けられる人は助けておかないと。

 ユリカ、俺はちょっと臥待月まで行って人助けをしてくる』

 

『え、それは良いけど・・・誰を助けるの?』

 

 突然会話を振られ、慌てながらも許可を出すユリカ。

 エステバリス隊が復帰した以上、アキトにナデシコCを守ってもらう必要は無い。

 それにオモイカネが復活したと同時に、ディストーション・フィールドも復活している。

 ユリカとしても、臥待月に向かうというアキトに異論は無かった。

 ただ、自分達もこの戦場にきて初めて知った臥待月の名を、何故アキトが知っているのか不審に思っていたが。

 

『ちょっと待て、言ってる事の意味が分かんね〜ぞ!!

 それより、何で通信ウィンドウが音声オンリーなんだよ!!』

 

 ガイが持ち前の大声で、ユリカとアキトの会話に割り込む。

 

 先ほどから、ブローディアのアサルトピットの映像は映っていなかった。

 ただ音声だけが、ガイやサブロウタの質問に答えていた。

 それはブリッジにしても同じ事だった。

 オモイカネが回復した以上、映像が映らないはずなどないのに。

 

 

 

 

『それはまた、ナデシコCに帰ってからのお楽しみという事で。

 じゃ、後の無人兵器の掃討は任せたからな』

 

 

 

 

 笑い声と一緒に謎の言葉を残し。

 ブローディアは蒼銀の翼を背に、凄まじい加速で臥待月に迫る。

 その行く手を阻むように無人兵器が壁を作るが、己の通る隙間の分だけ破壊をして通り抜ける。

 

 そのまま臥待月まで一直線と思われた瞬間、虹色の光と共に夜天光が立ち塞がった。

 そして夜天光に付き従うように、六連達も六機現れる。

 

『『何!!』』

 

 ブリッジクルーとエステバリス隊の驚愕の声が重なった。

 自分達が倒したはずの存在が、まるっきり無傷で現れた事に驚きを隠せなかったのだ。

 

『アキト!!

 気をつけろ、そいつは昔の北辰じゃない!!』

 

 やっと腕の交換が終わった北斗が、動きを止めた他のクルー達を置き去りにして飛び出す。

 北斗のダリアに釣られるように、他のエステもブローディアの援護に向かう。

 

『それは知っている。

 コイツ等が、所詮人形だって事もな。

 ―――無駄だ北辰、お互いに手の内は知り尽くしているだろうが!!』

 

 スピードを落とす事無く、右腕に持つ蒼銀に輝く長刀を一閃。

 それを受け止めようと錫杖を持ち上げた夜天光は、その錫杖ごと一瞬にして胴から両断された。

 

『そんな!!

 DFSでも斬れなかった錫杖だぞ!!』

 

 同じ刀剣をもって相対したリョーコが、その光景に絶句する。

 あの錫杖の理不尽なまでの硬度を、エステバリス隊は身に沁みて味わっていたのだから。

 

『その理由も後で説明するよ、リョーコちゃん。

 この錫杖さえなければ、皆がそこまで苦戦をする相手じゃない』

 

 背後で爆発する夜天光を残し、傀儡舞で襲い掛かる六連をそれ以上のスピードの斬撃で切り伏せる。

 やはり、六連達が持つ錫杖も、夜天光同様に切り結ぶ事も出来ずに切断されていった。

 

 蒼銀の軌跡が通った後には、左右、もしくは上下に分離した六連だけが残される。

 その六連も、ブローディアが駆け去った数秒後に一斉に爆発、四散する。

 

『・・・錫杖だけの問題ではないと、思いますけど』

 

 アキトの説明を聞き、難なく切り伏せられた元強敵を複雑な顔で見つめるアリサ。

 それは並んでブローディアの快進撃を見送る、彼等全員の内心の言葉でもあった。

 

 結局、夜天光も六連も大した障害とは成り得ず。

 蒼銀の翼を背負うブローディアは更に加速していく。

 

 

『草壁、北辰、山崎!!

 俺にもお前達の意図は読めてるぞ!!

 だからこそ、その子供達は返してもらおうか!!』

 

 

 アキトの声に圧されるように、臥待月に次の瞬間ジャンプフィールドが展開される。

 しかし、ブローディアはそのジャンプフィールドの存在を無視するがごとく、フィールド内に突入する。

 そして臥待月とすれ違いざま、手に持った蒼銀に光る長剣が閃き。

 

 一矢達が残されている臥待月のブリッジ部分を、本体と分断した。

 

 

 

 

 

 

『決着は・・・次に持ち越しだな』

 

 切り離したブリッジを運び出しながら、ボソンの輝きに包まれる臥待月を見送るアキト。

 その脳裏には、この場に戻ってくるために支払った代償の大きさが思い出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう、帰って来たんだ・・・此処に』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三部 プロローグ 終了

 

 

 

 

作者の感想

いやいや、とうとう第三部です。

先に言っておきますが、この先はBenのオリジナルストーリーしかありません。

オリキャラが嫌い、とか。

オリジナル設定は認められない、という方は読まれない事をお勧めします。

先に警告はしましたので、今後文句は言わないで下さいね(苦笑)

 

では、第一話もなるべく早くアップをしますね。

それでは。

 

 

 

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