< 時の流れに >
「――――――危ない!!」
雨上がりの空の下。カメラを片手に廃墟周辺の撮影をしていた真北を、暁は抱きかかえつつ物陰に飛び込む。
その後を追うように、地面が次々に土煙を上げる。
「おいおい、護衛の仕事にしては物騒だな・・・まさか狙撃されるとはねぇ」
「・・・本当、一張羅がドロドロになっちゃったじゃない」
自分の命が狙われていたというのに、真北は落ち着いていた。
暁に引きずり込まれた物陰で、パンパンとスーツの汚れを払っている。
幸いにも、天井が残っている場所だったので、雨水で濁った泥の池に飛び込む事にはならなかったのだ。
しかし、真北の落ち着いた態度を見て、暁の視線が鋭くなる。
「真北ちゃん、もしかして自分が狙われてるって知ってた?」
「予想はしてたわ・・・最悪のケースとしてね。
それと助けてくれて有難う、おかげで傷物にならずに済んだわ」
例の仕事用のジェラルミンの鞄から、小型のハンドガンを取り出す。
そして弾倉を差込み、慣れた手つきで初弾をチェンバーに送る。
その流れるような動きに、真北もそれなりの訓練を受け、なおかつ修羅場を潜っている事を暁は感じた。
だが、素人でないからといって、クライアントを危険な目にあわすわけにはいかない。
物陰から飛び出そうとする真北を、暁は背中で押し止めた。
「ちょっと、邪魔よ」
「そんなハンドガンでライフルに勝てるかよ。
わざわざ危険に身を晒さないでも、そろそろスナイパーは倒されてるさ」
暁の説明を聞いて、不思議そうな顔をしている真北。
その真北が何か言い出そうとした瞬間、暁の身に着けている時計からサンシローの声が響いた。
『こちらサンシロー、スナイパーの排除は終わりました。
ついでに言うと、そちらに十名ほど武装したチンピラが向かってます、どうぞ』
「あー、了解・・・こっちからも嫌な顔した奴等が、団体さんで来るのを確認できたぜ」
「あら、本当・・・趣味じゃないわね、あの人達」
真北はそんな軽口を叩きながらも、カメラとハンドガンを鞄に仕舞い込む。
人数的に不利と悟ったので、いち早く撤退する事に決めたのだろう。
機転の早さといい度胸といい、ただの美人で収まらない真北の魅力に、暁は頬を緩めていた。
「さて、と。
『街』のゲートまで無事に送り届けてよね。
そこまでが、貴方達の仕事なんだから」
「こんな騒動に巻き込んでおいて、説明は何もなしかよ?」
暁がそう茶化すと、真北は例の如く冷めた目つきで睨んできた。
そして無言のまま鞄を背負うと、足元はぬるかみだというのにハイヒールで足早に、サンシローの待つジープへと向かう。
「送り届ける気がないのなら、その場に残ってれば?
私はサンシローさんに頼んで、先に送ってもらうから」
「了解、好き勝手にします」
自分の後を付いてくると思った暁が、あまりに意外な返事をした事により、真北の顔が驚きに彩られる。
そして笑顔のままその場に残っている暁に、何かを言おうとして・・・結局、そのまま踵を返して走り去っていった。
暁が残った理由が、自分が逃げ延びるまでの時間稼ぎだと理解したからだ。
格好をつけずその場でハイヒールを脱ぎ捨てて、真北は再び走りだした。
ジープには既にサンシローが乗り込んでいた。
そしてその助手席に、不機嫌そうな顔で真北が座り込んだ。
「あれ、暁さんは?」
「あんな無責任で命知らずな人は知りません!!
だから早く助けに行って下さい。
ゲートが閉まってしまうと、私が帰れないじゃないですか」
当初サンシローの目には、仕事が出来るが冷たい人間だ、と真北は映っていた。
だが、ハイヒールを脱ぎ捨て、泥だらけの姿で必死に走ってきたその姿に、サンシローはその第一印象を180度方向転換する事にした。
素直になって、敵を引き付けている暁を助けに行ってと言わないあたりに、可愛い気さえ感じていた。
「でもね、武装していたところでチンピラはチンピラですよ。
暁さんなら・・・ほら、無事に帰って来たでしょ?」
「え?」
サンシローに促されて真北が向けた視線の先には、飄々とした足取りでこちらに歩いてくる暁の姿があった。
一瞬、暁と後ろに広がる廃墟の光景が、雨上がりの夕日に溶け合う。
それはどこか不思議な一幅の絵と、真北の目には映った。
「私が調べていたのは・・・レジスタンスの記録よ」
「・・・なるほど、だからあの廃墟に足を運んだのか。
どうしてレジスタンスの記録を調べた位で、襲われるんだよ?」
ゲートへと向かう途中、渋々という感じで真北が話し出した。
それを聞いて、後部座席の暁が次々と疑問を投げかける。
質問に答えながら、真北はサンシローから手渡されたタオルで、顔や服に付いた泥を拭き取る。
しかし、殆ど汚れていない暁の姿に、何か理不尽なものを感じていた。
「確かあの廃墟が一番新しいんですよね、潰されたレジスタンスのアジトとしては」
サンシローが真北の情報に補足をする。
「しかし分からないな、何故そこまでしてレジスタンスに興味を持つんだ?
命を狙われてまで、追い求める価値があるのかよ」
「私は知りたいだけよ、レジスタンスだけが持つ『真実』をね」
後部座席にいる暁に顔を向け、好奇心に輝く瞳で真北は熱っぽく語りだす。
その勢いに押されながらも、暁はその瞳に囚われたように動きを止めていた。
「『街』ではね、木連の教える『真実』しか教えてもらえない。
あまりに一方的なその情報だけでは、二百年前に何が起こったのか分からないでしょ?
彼等の先祖が虐待にあい、百年後に子孫がその仇を討ち、地球との和解を成立させた。
本当にそれだけなら、どうして今の世の中は木連の人間に牛耳られているのかしら?
そもそも、最強の代名詞となっている『漆黒の戦神』と『真紅の羅刹』の語源すら、誰も知らないのよ。
レジスタンスが長年の間、その活動を続けてこれたのは、これらの『真実』を知ってるからだと思ったの。
そして、その『真実』は木連の支配するこの世の屋台骨を、少なからず揺るがす事だと予想してる。
・・・・・・今日、命を狙われて確信したわ」
「自分の命を秤に賭けてまで、追い求めるようなものなのか?
死ねば全てが無駄に終わるんだぞ?
幾ら『真実』を集めても、他に伝える事が出来なければ、意味が無いじゃないか。
それにスラムまで足を伸ばさなくても、もっと簡単に手に入れる方法があるかもしれないだろうしな」
自分の命を投げ出してまで、『真実』に拘る真北に暁は反論する。
たかだか過去の事を知るために、命を危険に晒そうとするなど気違いじみている。
少なくとも暁は、その真北の情熱が危ういものに思えて仕方がなかった。
「それともう一つ、知りたい事があるんだけどね」
「・・・まだ何かあるのか?」
うんざりした表情で、暁は真北に言葉の続きを促す。
しかし、真北は暫く無言で考えた後、少し舌を出しながら呟いた。
「これはプライベートな意味合いが多いから、教えてあげない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へーへー、そうですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の存在、忘れられてないか?」
一人寂しく、そう呟きながら安全運転に勤めるサンシローだった。
ここのスラムは『街』を挟んで、北と南に分かれている。
久遠病院がある南のスラムは、比較的治安も良く大きなトラブルも無い。
しかし、北のスラムは様々な勢力が、お互いのナワバリを奪い合う荒涼とした地区だった。
そこには怪しい宗教に暴力団、そしてレジスタンスの最大の拠点が存在すると言われている。
そして、南にあるスラムに向けて、三人の学生が移動していた。
雨が止んだので、話を切り上げて家路を急ぐ貴達だった。
「どうしたんだ貴?
さっきから首を捻ってばかりいるが?」
「あー、多分格闘の授業で、枝実ちゃんに蹴られたせいかな。
・・・いくら僕が打たれ強いからって、手加減して欲しいよ」
大介の質問に、苦笑をしながら貴が返事をする。
どうやら首の不調は、枝実の蹴りによるものらしい。
「へー、パイロットの人達はそんな授業もあるんですか」
「機体の操作を覚える前に、基礎体力と体作りをする為に取り入れられてるんだって」
マサトの質問に、不思議そうな顔をしながら貴が説明をする。
この話題については、大介と枝実とも何度も話し合った。
いまいち学校側の意図が分からないが、授業だと割り切って枝実も貴も受け入れていた。
「で、何時になったら機体の操縦をさせてもらえるんだ?」
「何でも夏休みが終わってかららしいよ。
・・・何を操縦させてくれるのかは、今は秘密だって言われたけどさ」
少し遅れて歩いていたマサトの目が、その言葉を聞いて一瞬だけ鋭くなった。
しかし、そんなマサトの変化を、前を歩いている二人は気付くはずもない。
「・・・あ、僕はこっちのゲートからの方が家が近いので、ここでお別れです」
「ああ、確かそうだったな。
気を付けて帰れよな」
「じゃあ、また明日!!」
貴と大介の目指すゲートの隣を指差すマサトに、二人がお別れの挨拶をする。
大きく手を振って返事をした後、マサトはゆっくりとゲートに向かった。
途中で一度だけ立ち止まり、歩き去る貴達を見る。
――――――しかし、何も言わないまま、再び前を向いて歩きだした。
ゲートの衛兵にパスを見せて、マサトはスラムへと帰ってきた。
午後七時に閉じてしまうゲートだが、この時間帯にスラムに入ろうとする『街』の人間はいない。
逆に、スラムから『街』に帰ろうとする人の並ぶゲートは、沢山の人だかりが出来ている。
その中の幾人かは、偽造パスを使って一か八かの賭けをしているのだろう。
偽造パスの所持及び使用は、重犯罪に指定されている。
捕まれば最低でも十年の強制労働は免れない。
「・・・それだけ、憧れますか。
あの虚飾の街に」
軽く溜息をついた後、マサトはゲートを背にして歩き出す。
そのマサトに寄り添うように、数人の体格の良い男性が集まってきた。
ただし、ある一定の距離をおいて立ち止まり、それぞれが他人の振りをしている。
それに気が付いているのか、マサトは書店の前に立ち止まり、店先に並べてある雑誌を一冊読み出した。
「本日は随分と、お帰りが遅かったようですが?」
隣で新聞を読んでいた男性が、視線は向けずにマサトに小声で話しかける。
その二人を庇うように、他の男性は動き、余った者はさり気なく周囲の警戒をしている。
「うん、やっと目的の人物とコンタクトが取れたからね。
ついつい話し込んじゃってさ」
笑いながら頭を掻くマサトに、周囲の男性達に微かに緊張が走った。
「・・・では、早急に次の段階へ」
少々興奮気味の声で、新聞を読んでいる男が問いかける。
そんな男性の様子など気に掛けずに、マサトは雑誌を読みながら淡々と言葉を続ける。
「ううん、まだ早いよ、もっと見極める時間が欲しい。
他の二人に会う機会も、これから幾らでも出来るはずだしね。
幸いな事に、学校には三年間通うんだ。
二百年の月日に比べれば、たかだか三年・・・我慢出来ない事はないでしょ?」
マサトのその言葉に無言で小さく肯いた後、新聞を持って男は書店に入る。
残されたマサトは、手に持っていた雑誌を元に戻し、再びスラムの中へと歩き出した。
「――――――二百年、か。
まさか自分の代で当たるとは、ね」
マサトの呟きはスラムの雑踏の中に消えていった。
梅雨は終わろうとしていた。
そして暑い夏が訪れる。
様々な運命と共に。
後書き
何とかペースを保ってます。
この調子で、次は月末だー