< 時の流れに >
何時もの公園とは違う広場で、体操服姿の貴が一人で教科書と睨めっこをしていた。
その睨んでいる教科書が格闘技のテキストである事を知れば、彼の知人は全員驚くだろう。
争い事を好まない貴は、自分さえ我慢して物事が丸く収まれば、それが一番良いと思うような少年だ。
じっさいそんな性格が災いとなって、小学校、中学校と少なからず苛めにもあっていた。
そのような目にあっても、貴の性格が変わる事はなかった。
そんな彼が格闘技のテキストと睨めっこをしているのは、やはり不思議な光景だった。
「・・・でも、女子トイレの掃除をする事になるなんてなぁ」
顔は真面目なままだが、思考は別方面に動いているようだ。
何を思い出しているのか、時々顔が変な形に歪んでいる。
季節は夏、日が落ちるまではまだまだ時間はある。
真夏の日差しを嫌ったのか、それとも特別な場所なのだろうか、随分と広いこの広場に人影は無かった。
「えーと、まずは基本の構えから・・・」
気持ちを切り替えたのか、テキストを片手に持って頼り無げに構えを取る貴。
テキストを地面に落とし、授業内容を思い出しながら拳を繰り出す。
何時も組み手をしている枝実と比べると、あまりに鈍いスピードで拳が走る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何か、違うよなぁ」
納得がいかずに、何度も同じ動作を繰り返す。
その内に最初の型が崩れだし、ますます酷いフォームへと変化していった。
その事に貴は気が付かないまま、愚直に突きを繰り返す。
本人は真面目に取り組んでいるつもりだが、他人が見れば突きの練習をしているようには見えないだろう。
そんな練習を一時間も続けると、暑さのためタフネスが身上の貴でも息が上がってきた。
学校から借りてきたタオルを鞄から取り出し、木陰に座り込んで休憩をする。
「もうちょっとスムーズに動けないと、また同じ事が起こるだけだ・・・」
今日の出来事を思い出し、爽やかな日差しの下でダークゾーンを形成する貴。
枝実の怪我は、貴を他の生徒の攻撃から庇ったせいだった。
格闘技の教官がたまたま不在の時、反撃をしてこない貴を面白がって攻撃をする生徒がいた。
だが、どんな攻撃を受けても、何事もないように立ち上がる貴に逆切れをおこし、近くにあった棒切れで殴りかかってきたのだ。
貴からすれば、教官が帰ってくるまで防御に徹するつもりだった。
・・・たが逆上した生徒を見かねて、止めようとした枝実が逆にその棒切れで腕に怪我を負った。
その後、枝実の傷を見て冷静になった生徒は動揺し、騒ぎで授業も無くなってしまった。
しかし、一番動揺をしていたのは、枝実に庇われた貴だった。
人を傷つける事が嫌なように、他人が自分の為に傷付く事も大嫌いだったからだ。
枝実は大丈夫だと言っていたが、掃除当番を代わってまで先に帰らせたのは、罪滅ぼしのつもりでもあった。
そして、今後同じような事が起こらないように、ただ攻撃を受けるだけでなく避けるなり捌くなりの方法を習得しようと決意した。
自分が上手く立ち回っていれば、枝実も怪我をしなかったし、あのクラスメイトが逆上をする事もなかったはずだ。
「でも、IFSのイメージトレーニングにもなるって話だけど・・・
本当に格闘訓練なんて必要あるのかなぁ」
そのまま木陰で寝転がりながら、自分の右手の甲を見る。
――――――そこには、IFSの刺青があった。
七月の終わり頃に、貴達はIFSを身に付けた。
夏が終われば、何らかの機体の操縦訓練が始まる。
しかし、担当教諭の言う事を信じるならば、イメージ通りに身体を動かせない貴は落第生扱いになる。
入学審査で受けた適性試験は、あくまで適性であって実力ではないそうだ。
今後の事について悩む貴は・・・突然、今まで感じた事が無い圧倒的な殺気を背中に感じた。
「――――――!!!」
周囲を騒がしていた蝉の声すら、同時に沈黙した。
勝手に震えだした身体を抑えつつ、貴はゆっくりと身体を起こして後ろを振り向く。
そこには、陽炎に揺れる一人の男性の姿があった。
その男性は背丈は170半ばで黒いぼさぼさの髪をしており、何故か黒いマントで全身を覆っていた。
無言のまま威圧感と殺気を増大させつつ、男性がマントの中から右手を出す。
次に目に付いたのは、脇の部分にある拳銃のグリップであり、背中の腰の部分から見えるナイフの柄だった。
顔は黒いバイザーのような物をしている為、目の色や表情などが判り辛く、細面の顔の輪郭だけが確認できる。
貴が次に注目したのは、マントの隙間から覗く鋼を寄り合わせたような引き締まった腕だった。
その部分を見ただけでも、目の前の男性が何らかの武術で鍛えこまれた人だと予想できる。
完全武装をしたその姿と圧倒的な殺気が、自分などが逆らえる相手ではないと嫌でも理解させる。
――――――目の前の男性は、貴には抜き身の真剣としか思えなかったのだ。
「誰の手先だ、貴様」
バイザーに遮られて相手の視線は幾分和らいでいるが、その身体から放出される殺気は圧倒的だった。
知らず知らず後退していた貴に一足で追いつき、背後にあるナイフの柄に手を掛けながら再度問い掛けてくる。
「三度目はないぞ・・・誰の手先だと聞いている」
底冷えのする声に、男性が本気で殺意を抱いている事に貴は気付いた。
この質問に応えなければ、本当に次は無い・・・貴の生存本能がそう叫ぶ。
「ス、スラムからきた奨学生です!!
もしかして立ち入り禁止だったんですか、この広場!!
それだったら直ぐに出て行きますから、許して下さい!!」
半泣き状態で脅えながら、貴は必死に返事をする。
同級生の恫喝など、この男性に比べればじゃれ合いに等しいと思った。
実際、こちらに向ける殺気から逃れるためならば、貴は地面を這いずってでも逃げ出すだろう。
それを実行しないのは、強烈な殺気に捕らわれて手足が麻痺してしまっているからだった。
「本当に知らなかったんです!!
助けて、助けて下さい!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、そのまま時間だけが経ち、貴の泣き顔を見ていた男性の雰囲気が少し和らいできた。
この泣き顔が演技だとすれば、なかなかの役者だな、と感心していたのだ。
そして結局、ろくに反撃も反論も出来ない貴を、本当に迷い込んだだけの学生かもしれないと結論を出した。
男性としても常に我が身を襲われる可能性があるだけに、貴の存在を疑っていたのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴様、本当にこの広場を知らないのか?」
呆れたような口調と共に、ナイフの柄に添えていた手を放す。
恐怖で舌が回らなくなっていた貴は、必死に首を上下に振って相槌をうっていた。
そんな貴の姿を見て、今度は苦笑を漏らす男性だった。
「ま、色々と理由があってな。
この広場には俺と、他数名以外は近寄りもしない。
それに、個人的な理由で命も狙われる覚えもあってな。
だからお前がのうのうと入ってきて、変な踊りをしだした時から警戒していたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・踊ってませんよ」
必死に稽古をした時間を揶揄されて、機嫌を損ねる貴だった。
拗ねた貴の顔が面白いのか、男性は笑いながら貴の背中を叩く。
貴としては一刻も早くこの場から立ち去りたい気分だが、ついつい男性のお喋りに付き合ってしまっている。
どうやら男性も一人でこの公園で時間を潰していて、暇を持て余していたらしい。
――――――こんな時にまでお人好しを発揮する自分を、貴は久しぶりに呪った。
「悪い悪い、格闘技の練習をしている・・・つもりだったんだよな?
だがよ、あんな無茶苦茶な構えで技を覚えても、百害あって一利なしだぜ」
「ゴホッ!!
・・・そ、そう言われても、テキスト以外に頼りになるものが無いし。
兄さん達なら教えてくれるかもしれないけど、忙しい身の上だから」
予想通りの力で背中を叩かれ、思わず咳き込みながら貴が反論する。
実際、頼み込めば玄夜も暁も自分に稽古をつけてくれるだろう。
しかし、玄夜の普段の忙しさは知っているし、暁の不定期な仕事時間も知っている。
そんな二人に養ってもらっている身としては、稽古を頼む事が憚れた。
貴の返事を聞くと男性は少し考え込み、真面目な口調で質問をしてきた。
「なあ、お前はどうして強くなろうと思ったんだ?」
「理由は・・・同じ過ちを繰り返したくないからです。
せめて自分自身を守れて、相手を無闇に傷つけずにすむように」
一番大きな動機は、やはり自分のせいで枝実に怪我をさせた事だ。
苦手だからといって逃げるのは、自分の歩んでいる今の道からは無理なのだから。
夢を諦めてスラムに戻らない以上、この『街』では逃げ場所などない。
兄達の庇護が届かないこの地では、自分一人で考えて決めていかなかければならないのだ。
真剣な顔でそんな事を語る貴を、苦笑をしながら男性は見ていた。
男性には制服から、パイロット育成学校の生徒だと予想がついていた。
多分、見張りの連中は判断に迷って、貴がこの広場に入り込むのを黙認したのだろう。
自分が何者とアクセスするのか、逐一チェックをするのが彼等の目的だが、ただの学生では興味が沸かない。
それに、貴が殺されたところで見張り役が咎められる事は無い。
ここはそういった特殊な場所なのだ。
「他人を守るために強く、か・・・甘い考えだな」
馬鹿らしい理由だが、本人は大真面目らしい。
少なくとも人の裏側ばかりを見てきた自分にも、この少年の言葉や顔に嘘を見付けられなかった。
・・・最初は子供に仕立てた暗殺者かと思ったが、どうやら本当に偶然足を運んだだけらしい。
今日、この時間にこの広場に足を運ぶとは、運が良いのか悪いのか悩む所ではあるが。
幸い今日は暇を持て余していたので、少年に付き合うのも面白そうだと考え始めていた。
暇潰しにはなるだろうし、何よりこの少年はからかうと実に面白い反応をする。
つまり、見ていて飽きないのだ。
「なら、俺が一つ稽古を付けてやるよ」
「・・・・え?」
「心配するな、死にはしないさ」
――――――この少年が何処までその意思を貫けるのか、何故か興味もあった。
「おら、腰が高いんだよ!!
もっと深く沈みこんで、型を安定させろ!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
マントを脱ぎ武器は身に付けたままの男性が、木の枝で貴の太股を叩いて構えの修正を行う。
その指示に従い、必死に構えを作る貴。
貴にその体勢を維持させたまま、枝を片手に周囲を一周する男性。
とりあえず修正箇所は無くなったのか、正面に回り込んで次の指示を出す。
「よし、突いてみろ」
「はっ!!」
言われたとおりに突きを出すと同時に・・・貴は枝で頭を叩かれた。
涙目で抗議をする貴だが、バイザーに阻まれて相手の感情すら読めない。
「突きの動作の途中で構えが崩れてる。
完全に力を乗せきれないだろうが、それだと。
それと肩に余分な力が入り過ぎだ」
そう言って、貴の前で自分自身が構える。
次の瞬間、底冷えをする何かを貴が感じ――――――
目の前に拳が止まっていた。
「!!!!!!!!!」
拳を認識した瞬間、遅れてやってきた拳風が貴の茶髪を激しく煽る。
風の勢いに押される様に、その場に尻餅をつく。
突き一つで自分の死を予感したのは・・・これが生まれて初めてだった。
級友や枝実の繰り出す拳とは、まさに別次元の威力をその拳に感じた。
そして・・・自分の目の前に居る男性の拳を突き出した姿は、完成された芸術品を思わせる美しさがあった。
「突き一つでも、極めていけばここまでの威力になる。
最初の練習を見る限り、基礎体力だけはそれなりにあるみたいだからな。
まずは正拳突きの反復練習、それのみだ」
そう言い残して木陰で座り込み、貴が用意していたミネラルウォーターを勝手に飲みだす。
貴が抗議の声をあげようとすると、無言の威圧感が襲い掛かってくる。
結局貴は、その威圧感に負けて練習を再開した。
時々、構えを崩す貴に鋭い叱責の言葉が飛ぶ。
最初は押し付けがましい人だと思っていたが、好意でここまで面倒をみてくれているのだと、貴は思い至った。
それからは男性の好意に応えようと、精一杯集中して突きに専念する。
何時しか男性からの叱責の声は消え、貴は無心に突きを繰り出し続けていた。
そんな貴の姿を、男性は木陰からバイザー越しにじっと見守っていた。
――――――ザパッ!!
「冷たっ!!」
突然頭から冷水を掛けられ、無心の域から連れ戻された。
訳が分からず周囲を見回す貴に、男性が手に持っていたもう一本のペットボトルを差し出す。
「夏に外で長時間鍛錬をすると、脱水症状を起こすぞ。
適度に水分補給を心がけておけ」
「ばい!!」
自分の皺枯れた声を聞いて、貴は自分が脱水症状を起こしかけていた事に気が付いた。
よく見れば体操着が汗を吸って重くなっている。
男性が手渡してくれたペットボトルの蓋を空け、良く冷えた水を身体に流し込んだ。
どうやら練習に集中している間に、男性が買ってきてくれたようだ。
「少し休憩するか、最初から飛ばしても身体が付いてこないからな。
もっとも、後三十分もすれば陽も落ちるが」
そう言われて、周りを見れば確かに世界は夕暮れに染まりつつあった。
ゲートの閉まる時間を考えると、そろそろこの広場を出なければならない。
だが貴はここで知り合ったこの男性との出会いを、ここで終わりにするのは何故か躊躇われた。
それ以前に、お礼を言おうにも男性の名前すら聞いていない事に貴は気が付いた。
「あの、そういえば名前を言ってませんでしたね。
僕の名前は久遠 貴っていいます」
「もう会う事も無いだろうからな。
別に名前など、どうでもいいが・・・ま、これも何かの縁か。
俺の名前は御剣 赤顎(みつるぎ あかぎ)だ。
呼ぶ時は、赤顎の方で呼べ」
本当にどうでもいいかのように、自分の名前を告げる赤顎に、貴は不思議な顔をした。
だがそれも一瞬で、緊張をしながら次に考えていた事を話した。
「あの〜、もし良かったら、時々・・・僕の練習を見てくれませんか?
赤顎さんの都合が良ければ、ですけど」
その申し出に、ちょっと驚いた顔をする赤顎。
まさかそのような提案が、貴から出されるとは思ってもいなかったのだ。
今日、貴の訓練を見てやったのも、赤顎にとってはただの暇潰しだった。
だが、見掛けとは裏腹に予想以上の集中力を発揮した貴を、ある意味評価していた。
自分が人にものを教える姿など想像も出来なかったが、貴の今後を見てみたいという思いも確かにある。
しかし、自分の拳とこの貴の目指すものは、あまりに異質だ。
貴は自分を含める他人を守るために、力が欲しいと言った。
赤顎が己を追い込んで極めたこの境地に、そんな目的を持つ少年を連れていけるだろうか?
自分の追い求めた理想と、貴の理想は水と油と同じで、絶対に混じるはずがない。
だが、二時間ほどの付き合いで、貴が今後の成長具合によっては、大きく化ける可能性があるとも感じてもいた。
もっとも、本人が途中で挫けてしまえば、それこそ全て無駄となるのだが。
・・・自分の立場や仕事の都合など、様々な要因が脳裏に渦巻く。
相棒もきっと渋い顔をするだろう・・・いや、案外喜ぶかもしれないな。
渋い顔をしながらも、趣味を持たない俺が言い出した事に驚く相棒の顔が想像できる。
それだけでも、貴の提案を聞くのは面白い。
視線を向けると、貴が緊張した面持ちで返答を待っていた。
――――――やるからには、中途半端に終わらすのは論外だな。
「一週間後、もう一度この広場で待っててやる。
それまでに、正拳突きが何処まで形になっているか、だな。
その結果次第で、今後の付き合いも考えてやるさ」
「は、はい!!
頑張ります!!」
深々と頭を下げる貴に、再び着込んだマントから片腕を上げて別れの挨拶として、広場から立ち去る赤顎。
肩越しに、再び正拳突きの構えをとる貴を見て苦笑をした。
そして、貴に問いかけた言葉を思い出す。
――――――何のために、どうして強くなろうとしたのか?
赤顎は生き残るため、そして相手から全てを奪い取るために、その拳を牙として鍛えてきたのだ。
暁が落ちた先には、何故か重ねられた毛布があった。
これが偶然だと思うほど、暁は楽天家ではない・・・自分が何者かに嵌められた事を、既に理解していた。
ただし、ディアが自分自身の意思でこの罠を仕掛けたとは思えない。
きっと背後にこの事態を引き起こした存在が居るだろう、と暁は予想をしていた。
――――――美少女を陰謀に使うとは・・・許せん。
猫はどうでもいいがな。
訳の分からない義憤を燃やしつつ、暁は周囲の状況を寝転がったまま調べていた。
上から降り注ぐ明かりの高さを考えるに、ここを登って脱出するという選択肢は無い。
「・・・ま、涼しいのと空気がある事は嬉しい限りだよな」
毛布に包まれて考え込む事に飽きたのか、身体を起こしながら暁は呟いた。
懐から煙草を取り出して、口に咥えたところで動きを止める。
今のところ鼻を刺激するような匂いは無いが、ライターの火で引火する可能性が無いとはいいきれない。
無味無臭のガスが出ていない保証など、何処にも無いのだから。
「さて、どうするかねぇ」
上空から射している光の中で、今後の対策を練る。
サンシローに連絡をしようにも、何故か通信機は繋がらない。
・・・連絡が取れない時点で、『仕事から逃げた』と判断するだろう、絶対に。
前科持ちなだけに、サンシローの今後の動きも簡単に予測できた。
普段から二、三日家を空ける事なども多いので、兄や弟が直ぐに助けにきてくれるとは思えない。
なら残る手段は、横手にある通路を進むのみ、だ。
「このまま此処に居ても、事態は変わらんだろうしな」
咥えたままだった煙草を箱に戻し、頭を掻きながら暁は闇に包まれた通路に入っていった。
その足取りは、何時もの飄々としたそれと何ら変わる事はなかった。
どのような仕掛けは分からないが、通路は真の闇ではなかった。
所々にぼんやりとした光源があり、辛うじて足元を照らしている。
もっとも、暁の足運びには全然危な気はなく、暗闇を恐れている気配もなかった。
今もリュックザックから取り出した拳銃を右手に持ったまま、軽い足取りで先を進んでいる。
実際、暁にとって暗闇は長年の間、慣れ親しんだモノだった。
日の光の下に居るより、逆に神経が研ぎ澄まされ感覚が異常に鋭くなっていく。
今の自分なら、玄夜にも遅れをとらない自信が暁にはあった。
もっとも、それは玄夜も承知している事だけに、同じ条件下で喧嘩をしようとはしないだろうが。
足音も立てず通路を進む事三十分・・・暁はライトに照らされたドアを発見した。
あからさまに怪しいドアを前にして、暁は無言で考え込む。
無視をして進む事が最善だが、自分を罠に掛けた理由がこのドアの向こうにあるだろう。
それは直感だったが、非常時には自分の勘に自信を持っていた。
ましてや闇に包まれて己の本性を覗かせてる今、その精度はかなりのレベルに達している。
右手で銃を構えつつ、試しにドアの開閉ボタンを押す。
『指紋照合・・・クリア
DNAパターン・・・クリア
角膜照合を行います、正面のレンズを覗いて下さい』
突然現れたウィンドウに警戒をしながらも、ドアの正面に現れたレンズを探る。
何より、二百年の時を越えて電源が生きている事が既に異常だ。
罠とも考えられるので、最初は銃をレンズの前にかざすが特に反応は無い。
一瞬考え込むが、このままでは進展が無いので最大限の注意を払いながら、片目だけでレンズを覗く。
『角膜照合・・・クリア
ようこそテンカワ アキト様』
ウィンドウに表示された名前を不審に思っている間に、ドアが開かれた。
光の漏れる部屋に目を慣らしてからから、警戒しつつ侵入する。
そこは通路からは想像も出来ない、整った部屋だった。
頭上にある廃墟とは違い、全ての機能が今も生きていた。
正面に大きなウィンドウがあり、幾つかの席が設置されている。
暁の知識の中で当てはまる言葉があるとすれば、何かのオペレーター室だろう。
暁は人の気配を感じられない事を不思議に思いつつ、部屋の中央に進む。
そんな暁の前に、再びウィンドウが開かれた。
『やっと会えたねアキト!!
僕だよダッシュだよ!!』