「AROUND THE WORLD」

 

                   青夜

 

 

  「ぼくは店を開けたばかりのバーが好きなんだ。店の中の空気がまだき
    
  れいで、冷たくて、何もかもぴかぴかに光っていて、バーテンダーが鏡
 
  に向かって、ネクタイが曲がっていないかを確かめている。酒のビンが
 
  きれいにならび、グラスが美しく光って」
 
                    レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』
                     (清水俊二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)より
 
 
 
 ・ はじまり
 
 
 ことの始まりは、いつもと変わらなかった。
 とある村の小さな酒場。あたしとガウリイが食事の取り合いをしていたのだ。
 そこにアメリアが一言、
「仲がいいですねぇ」
「あに言ってるのよ。相手はガウリイよ。ガウリイ。食事のライバル以外に何があるって言う
のよ? あぁ、それは最後に食べようと思っていたとり肉さん・・・・」
「はやいふぉのかひらろ(早いものがちだろ)?」
「炸裂陣!!」
 これがいけなかった。
 店内ということもあり、手加減したつもりだったが、店は呆気なく半壊。
 あたし達4人は、店の片付けを手伝わされることになったのだ。
 
「アメリアのせいだかんね」
「何言ってるんですか? リナさんの呪文のせいだと思います」
「まったくだ」
「ゼルまでそういうこと言うの? ・・・ガウリイは?」
「そ〜だな〜、やっぱり・・・・リナは間違って・・・いないと、思う・・・うんうん」
 あたしの険悪なオーラに、ガウリイはこくこくと首を縦にふり、同数であたしは悪くない。
 ・・・あによ、その目は?
 幸い、店の片付けはさほどのこともなく、その夜のうちに終わることができた。
 しかし、店のおっちゃんは、すべてが終わった後、難しい顔をして、こう切り出した。
「ま、店も片してもらったし、お金ももらったし、いうことはないんだが・・・ひとつ、頼ま
れてくれないか? 明日、わたしは出かけなくてはならないんだ。で、その間、店を見ててく
れないか?」
 ちょっと考えれば、不用意な依頼とも言える。留守を頼むと言うが、あたし達が店のお金を
持って逃げることも考えられるのである。
「んなこと言って、あたし達がお金を持ち逃げしたらどうすんのよ?」
「え? あぁ、そうか。まぁ、いいじゃないか。どうせ、たいしたものもないんだし」
 おっちゃんはからからと笑ってみせた。意外と大物なのかも知れない。
「しかたないわね、いいわよ。店を壊した責任もあるし」
 あたしはひとつだけ溜め息をつくと、すぐに大きく笑って、おっちゃんと依頼の交渉を切り
出し始めたのである。
 

 ・ 開店前
 
 開店はおっちゃんがいないということもあって、昼過ぎからだった。
 その間にアメリアとゼルは足りない材料を買いに街まで行っている。
「アメリア、がんばって行ってきます!!」
 やけにアメリアが嬉しそうだったのを覚えているが、理由はいうまでもないだろう。
 一通り、掃除も終わり、店の中は人気のない空気で満ち満ちていた。
 おっちゃんの趣味なのだろう。無数の種類のお酒が棚には並び、ぴかぴかに磨かれたグラス
が、まだ昼の光を鮮やかに照り返している。
 問題は、あたしはカクテルは好きだけど、作れないということだろうか。
 何となく、ゼルなら作れそうな気がするのは何故だろう。
 ガウリイは・・・
 ちらりと見ると、店の奥の床をこしこしとモップで磨いている。
 偉い偉い。
 やがて、ガウリイの掃除も終わり、彼が店のカウンタースツールに腰をかけて、ほんのわず
かなあたしのお客さまになった。
 店の中の空気は澄み切っていて、グラスもビンも棚もすべてがぴかぴかに輝いている。
 差し込んでくる陽光は、どこか冷たく、まどろむように綺麗だった。
「リナ」
 静かにガウリイが声をかけてくる。
 あたしも、カウンターに肘をついて彼と向き合う。
「何よ」
「何か、作って」
「作ってって、あたし、そんなに知らないわよ」
「じゃ、知ってるやつでいいから」
 のほほんと、さりげなく、それでいてしれっと言ってのける。ずるいんだから。
 ガウリイは優しく笑い、あたしの次の行動を待っている。
 あたしが知ってるカクテルで、さらに作れるもの・・・か・・・あれ、かな・・・
 あたしは、店の奥にある氷室から(冷気魔法が込められた、箱みたいなものだった)、お
とジュースと氷を取り出すと、グラスにそれを注ぎ込んだ。
「はい、ガウリイ。え〜と、『モスコミュール』、だと思う」
 あいまいな言葉だが、確かそれであっていたはずである。ウオッカをジンジャーエールで
割っただけのシンプルなカクテル。ほんとはレモンスライスかなんか、入れるんだっけ?
「サンキュ」
 ガウリイはグラスを静かに傾け、ひとくち飲む。
「うまいな、これ」
「でしょう」
 カウンターテーブルに置かれたグラスは、ジンジャーエールの黄金色の液体に満たされて、
その中で無数の気泡が踊るように弾け、心地のいい音を奏でている。
「飲むのがもったいないな」
 ガウリイがグラスを片手で持ち上げ、眺めるように透かして掲げた。
「んなこと言ったって、どうせ飲んじゃうものなんだから」
 あたしが苦笑混じりに言うと、ガウリイはくすりと笑って、もう一度グラスを瞳の前に掲げ
た。カランと心地いい音で氷が揺れる。
「グラス越しに見るリナか・・・変な感じだ」
「ガウリイの顔も変よ」
 黄金の気泡、氷にはねて、ガウリイの貌が微妙に歪む。面白い、面白い。
「ガウリイは何か作れないの?」
 静かにグラスを傾ける青年に、あたしは悪戯っぽく聞いた。
 くらげのガウリイにカクテルの煩雑なレシピを覚えていられるか、どうか、である。
「おれか・・・そうだなぁ・・・」
 おぉ、困ってる、困ってる。
「簡単なやつなら、分かるぞ」
「おぉ!!」
 あたしはわざと驚いてみせた。
「お前なぁ・・・」
「冗談よ・・・で、何?」
「・・・そこの棚にシャンパンがあるように見えるんだ」
「どこ?」
「ほら、その棚のずっと奥、その陰になってるところ」
「あ、あった」
 あたしが、よく目をこらさないと見えないのに・・・どういう視力だ、ガウリイ?
 ガウリイはつと腕を伸ばし、テーブルに並んでいる細長いグラスを取り上げた。確か、シャ
ンパングラスだ。
「それと、オレンジジュースかな」
 ガウリイはシャンパンを受け取りながら、レシピを告げる。
 シャンパンとオレンジジュース、ねぇ。
 あたしは氷室からオレンジジュースを取り出して、ガウリイに手渡した。
 ガウリイはオレンジジュースをグラスに注ぐ。大体グラスの半分ぐらい。
 それから、丁寧にシャンパンを開け、静かにグラスに注いでいく。
 鮮やかなオレンジジュースの中に、小さな気泡が無数に沈み、ガウリイの作るカクテルがで
きていく。
 グラスをシャンパンが満たし、マドラーで軽くまぜる。
「完成、と」
 ガウリイが満足そうに頷いた。シャンパンを閉め、あたしがそれを片付ける。
 ガウリイの方を向くと、鮮やかな黄色が美しいシャンパングラスが、ソーサーに乗って置か
れている。手際がいいぞ、ガウリイ。
「なんてカクテル?」
「何だったかなぁ?」
 ・・・やっぱ、ガウリイだ・・・
 あたしは、転びそうになる身体をなんとか直し、シャンパングラスに注がれたカクテルを眺
めた。
 オレンジジュースの中でシャンパンの気泡が弾け、小さな音を立てている。
「思い出した。『ミモザ』ってカクテルだったと思う。」
「ミモザって、花の?」
「お前さんに似合うだろ?」
 くすりと笑うガウリイにあたしの口元も、優しくなる。
「まぁ、ね」
 ふと、黄金のグラスが差し出された。
「乾杯」
「何に?」
「ん〜、そ〜だな〜。おれはリナに・・・」
「あたしはガウリイに・・・」
 澄んだ音色とともにグラスがぶつかる。
 静まり返った、穏やかな店の中、あたしとガウリイはカウンター越しに、グラスを傾けた。
 

 ・ 開店後
 
 
 ゼルガディスたちが帰ってくる頃には、少しづつ客も店に入りはじめた。
 予想通り、ゼルはカクテルに詳しかった。
 なんでも、身体をもとに戻すために薬草学の勉強をしているうちに、そっちの知識もついた
らしい。人間、何が幸いするか分からないものである。
 そのシェーカーさばきも見事なものだった。
 シェーカーは優美に8の字を描き、銀の弧が鮮やかな軌跡を残し、まるで美しい蝶のようで
あった。
 滑らかな仕種でグラスへ美しい色彩を注いでいく様は、優美としか言えなかった。ガウリイ
もできたらかっこいいかな。
「ゼルガディスさん、すごいですぅ!」
 アメリアが感激したのも良く分かる。それほど、見事な姿だったのだ。
「やるじゃない、ゼル」
 とあたしたちが誉めると、ふいと後ろを向き、来もしない注文のカクテルを作りはじめる。
 照れてるでやんの。
「な〜に照れてるのよ。ゼル。アメリアにいいとこ見せれて、ラッキーじゃない?」
「ふっ・・・」
 ふと、後ろを向きながらゼルガディスが、面白そうに鼻で笑った。
 何かいやな感じ・・・
 カウンターにはガウリイ、あたし、アメリアが座り、他にお客はまばらだ。
 おかげで忙しくもなく、こうして話していられるのだが。
「できたぞ」
 見ると、淡い琥珀色のグラスがふたつ、あたしとガウリイの前に並んでいる。
 綺麗な色のカクテルだ。
「何、これ?」
「『ビトウィーン・ザ・シーツ』・・・“寝床に入って”というカクテルさ」
 にやっと、意味ありげに口元を笑みに形作る。
 あたしはぼっと頬が真っ赤になるのを抑えられなかった。
「ゼル!!」
「はははは・・・冗談、さ」
 ゼルは仕返しは済ませたとばかりに楽しそうに笑った。
 くそ〜。
「ゼルガディスさん、あたしには?」
 アメリアがなにか欲しそうに言うと、
「そうだな・・・」
 ゼルは少し考えると、小さなリキュールグラス(ショットグラスに足がついた感じです)
に、コーヒー色のカカオリキュールを静かに注ぐと、その上から生クリームを注ぎ足した。
 比重の違いで、生クリームがカカオリキュールの上にふんわりとフロートささる。
 見た感じには、小さなグラスの中、コーヒーゼリーの上に生クリームがふわりと浮いている
感じだ。
 見た目にもきれいで、可愛らしい。
 グラスも小振りで愛らしい。
 レッド・チェリーをピンで差し、グラスに渡すと、優しくそれをアメリアに差し出した。
「できあがり、だ。『エンジェルズ・キス』。お前にはぴったりだと思うんだが」
 言いながら、ゼルの頬に照れがあるのが分かる。
 さすがに恥ずかしいのだろう。
「嬉しいですぅ、ゼルガディスさ〜ん☆」
 それでもアメリアは大感激の様子だが。
 やれやれ。
 横を見ると、ガウリイがさっきの『ビトウィーン・ザ・シーツ』を楽しそうに飲んでいる。
 あんたに照れとかはないのか?
「ガウリイ。そのカクテルの意味、分かってて飲んでる?」
「いいや」
 あああああぁぁぁぁぁぁ!! もう!!
「でも、リナと同じものなんだろ。それでいいさ」
「・・・ありがと・・・」
 ふんだ。ほんとにガウリイの相手は疲れるんだから。でも、ま、いっか。
 あたしはちみちみとカクテルを飲みながら、何となく『ミモザ』のオレンジを思い出してい
た。
 
 よしっ!!
「ゼル! 他にも何か作りなさいよ!!」
「やれやれ」
「あたしもまだ飲みます!」
 アメリアが元気にエンジェル・キッスをくいっと飲み干す。
 それって、そういう飲み方のカクテルじゃ・・・ほら、顔赤いし。
「おれは、水割りをもらうぞ」
「・・・カクテルにしてくれ」
 そうやって、おっちゃんが来るまで、あたしたちはゼルのカクテルで遊び倒したのである。
 

 ・ 世界を巡って
 
 
 翌日、カウンター席ではおっちゃんがグラスを磨き、静かな空気が店の中には満ちていた。
「昨日は助かったよ。礼を言うよ」
「いいわよ、別に」
 ほんとに、ほんとである。結局、どれだけ飲んだことか。全部ゼルにまわしたけど。
 おっちゃんは、ふと考えるようにあたし達の方をまじまじと見ると、
「あんた達、もう随分と一緒にいるのかい?」
「まぁ、ね」
 かれこれ、何年になるのだろう。
 ガウリイと知り合い、もう3年はたっただろうか。
 考えてみれば、長い付き合いである。
「景気づけに何か、飲んできなよ」
 おっちゃんが楽しそうに腕をまくった。カクテルを作るのが好きなのだろう。
 そういえば、このおっちゃんが作ったカクテル飲んでないや。
「何にしよっか?」
 あたしはふとガウリイの方を向くと、ガウリイは珍しく愉快そうな微笑を浮かべ、あたしの
頭に掌を置いた。
「決まってるさ」
「何?」
 ガウリイはいつものようにのほほんと、あたしに訪ねた。
「リナ。おれ達は、これからどこへ行く?」
 もう、ずっとまえからあった質問。
 答えも決まっている。
「もちろん、世界中よ!」
 あたしがそう答えると、ガウリイは力強く頷いて、
「『アラウンド・ザ・ワールド』」
 “世界中を巡って”
「おう!!」
 おっちゃんが、いや、腕のいいバーテンダーが、会心の声を響かせる。
 銀のシェーカーはまるで、神の手にゆだねられたかのように、鮮やかな軌跡を残し、瞬くま
に、4つのグラスに鮮やかなグリーンが注がれる。
 計ってもいないのに、グラス4つの量を違わない。
 あたし達の前に並べられたグリーンのカクテル。
「世界中か、いい響きだ」
「綺麗な色ですね」
 ゼルとアメリアがそれぞれ、グラスを持ち上げる。
「行くんだろ?」
「もちろん!!」
 ガウリイとあたしもグラスを掲げる。
 それぞれが、グラスを視線の高さに持ち上げて。
 アラウンド・ザ・ワールド。
 世界中を巡って-----
 
 「乾杯」
 

              「AROUND THE WORLD」 終

 

 コメント〜おめでとうに代えて〜
 
 
 Benさん、お誕生日おめでとう〜♪
 
 
 こんにちは、青夜です。
 Benさんのホームページ、10000HITと、誕生日おめでとーを兼ねての、
お祝い小説なのですが・・・内容がないですね(^^;;
 
 ごめんなさい、Benさん。また、何か書くから許して。
 なんでこんな小説書いたかって、最近の青夜の動向を見ると一発です(笑)
 
 アラウンド・ザ・ワールドは、ジンベースのペパーミントが鮮やかに香るカクテルです。
 パイナップルジュースを使うので、口当たりも甘く、女の人でもおいしく飲めるカクテル
ですね。
 
 この小説ではカクテルのお祭り、みたいにさまざまなカクテルを出して、意味を持たせる
ような感じにしましたが、次に書くなら、もう少し絞って落ち着いた作品にしようと思いま
す。
 
 ま、次があるかどうかは分かりませんけど(^^;
 
 ではでは、この辺で失礼いたします。
 
 
 平成11年11月4日 「Liar! Liar!」を聞きながら。
 
 
                               青夜
 
 
コメント!!
青夜さん投稿ありがとう!!
Benも何かお返しを考えないと駄目っすね!!
しかしお酒できましたね(笑)
カクテルはBenも好きですよ、飲みやすいですから。
青夜さんのHPでのカクテル表を拝見させてもらいましたし!!
この作品も青夜さんの持ち味で出てますね。
素晴らしい作品を投稿していただき有難う御座いました!!
それと青夜さんに感想のメールを是非ともお願いします。
メールアドレスはこちらです!!
seino2@mail7.dddd.ne.jp
では、さようなら。 

 

 

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