「Carol of Carom」

 
                           青夜
 
 
「ガウリイ、あたしのデザート返して!!」
「早い者勝ち、だろ」
 いつものように、食堂でガウリイと食事の取り合いをしている。
 あたしたちの前には皿が山のようにつまれ、料理は見る間に消えていく。
 人が見れば、なかなかに爽快な眺めだろう。
 あぁっ、そんなこと思ってるうちに、あたしのプリンが・・・・
「ガァウゥリィィ!! それだけは・・・と思っていたのに・・・・」
「ん?」
 気づかず、口元にまで甘そーで柔らかそーなプリンを、持っていく。
 寸前で止めて、あたしを見た。にまっと笑って、
「食べるか?」
 と、聞いてくる。
 な、何だか嫌な笑い方だな。どーせ、ガウリイのことだから、「食べる」って言えば、ス
プーンをあたしの口元まで持っていって「あ〜ん」とか言うんだろう。
 確かに、ふるふる震えるプリンさんは、すごくおいしそうに見えるけど・・・
 恥ずかしすぎるじゃない!!
「いらないっ」
 あたしが、つんと突っぱねると、
「え〜〜!? リナさんが食べ物の誘いを断るなんて!!」
 後ろからの声は、あたしにとっても懐かしい声だった。
「その声は・・・アメリア?」
 振り返るとそこには、白い巫女服に身を包み、黒い瞳を輝かせる懐かしい少女の姿があった。
「リナさん、やっぱりリナさんですね。お久しぶりですぅ」
 弾けんばかりの笑顔を浮かべて、アメリアはあたしたちに寄ってくる。
 最後にあってから、もう1年以上経つが、アメリアは変わっていない。黒い瞳、黒い髪、
おっきな胸・・・またちょっと、大きくなったような・・・やっぱり、変わったのかも・・・
 いや、確かに変わった。以前より、幼さが抜け、大人びた雰囲気が漂っている。以前はだぼ
だぼだった巫女服が、寸丈に合うぐらいに見えるのは気のせいだろうか。それに、薄ら化粧ま
でしているような・・・
「リナさん、ガウリイさん、相変わらず仲いいですねぇ」
 前言撤回、あんまり変わっていない。
「よお、久しぶりだな」
 ほえ?
 その奥から聞こえる声は・・・?
「何だ、ゼルじゃないか?」
 そう、ガウリイが覚えているほど、懐かしい。
 あたしたちに会ったせいだろう。普段はかぶっているフードをおろし、見せているその顔は、
ゼルガディスのものだったのだ。
「リナにガウリイの旦那、元気そうだな」
 ゼルはアメリアの隣まで来ると、薄らと微笑を浮かべた。
 まだ、合成魔獣としての皮膚や髪はそのまま、アメリアに比べれば昔と変わっていない。
 銀の髪の毛がランプを照り返し、鈍く輝いている。
「あんたたちこそ、どーしたのよ? 一緒にこんな所にいて・・・あ〜っ、ひょっとし
て・・・」
「おれは、こいつのお守だ」
 ゼルがあたしの言葉を遮って、あっさりと言った。
「聖王都(セイルーン)の近辺調査に、こいつが、行くとフィルさんを説得しちまったんだ。
で、おれはその警護を頼まれたってわけだ」
「そーゆーことなのです!」
 少し嬉しそうに、アメリアが頷く。
「ふ〜ん」
 とりあえず、素直に頷いておく。男の人と旅、普段化粧なんてしない子がお化粧しているの
はと言うことは聞かなかった。
「ま、旦那と同じだ」
「それ、どーいう意味よ」
「そのまんまさ、旦那はまだ、こいつの保護者なんだろ?」
「ま、とりあえずな」
 そういって、男二人が愉快そうに笑った。
 くそ〜、何だか、悔しいぞ。
「ゼル、一杯飲むか?」
 とガウリイが聞くと、ゼルは少し考えたのち、ニヒルな笑みを浮かべて、
「それもいいが、この店の地下に面白いものがある。それでもしようぜ」
 そういえば、おっちゃんがビリヤード台があるとかって言ってたっけ。
 ゼルもやるんだ。
「面白そうだな・・・やるか」
 そう言ってガウリイはあたしの口元にスプーンを持ってきた。
 甘い香り。
「リナ、あ〜ん」
「し、しないわよ!?」
 あたしが真っ赤になったのに気づいてか気づかずにか、ガウリイは、
「はいはい」
 と笑って、それを自分で食べると、ゼルに向かって意味ありげな笑みを送っていた。
 くそ〜っ、何だかやっぱり悔しいぞ・・・
 

 
 ビリヤード場は地下の小さな部屋にあった。ビリヤード台は一台しかなく、幸いと言うべき
か人は誰もいなかった。ぼんやりと暗がりが部屋を埋め、ランプの明かりだけが、部屋の中を
照らしている。
 そこに二人の男がキューを片手に立っている。
 金と銀の髪を持つこの二人の闇に浮かび上がる姿は、いっそ幻想的とすら言えた。
 しかし、にしても、この地下におりる前もそうだったけど、ずっとガウリイはゼルと話して
いる。アメリアとも、2言3言、話しているが後はずっとゼルとだ。ゼルはゼルで、ガウリイ
と飽きることもなく、会話を続けている。
 ・・・なんか、つまんない・・・
 アメリアとの会話も楽しいし、ゼルとの関係をちくちくいじめるのも面白い。アメリアは、
「あや、それは、その、わたしは・・・」
 と、こちらが笑ってしまうぐらい、照れてしまい、あたしを楽しませてくれた。
 しかし、そうした後ガウリイの方を向いても、彼はこちらを向いていないのだ。
 別に一緒になって楽しもうとか言う訳じゃないけど、なんか・・・
 結局、ガウリイとゼルガディスがはじめにゲームすることになった。
 あたしとアメリアはすることもなく、二人で並んで座り、ジュースを両手で持ってちみちみ
こくこく飲んでいる。
 ゲームはナインボール。9個のボールを順番に落としていき、先に9番を落としたものが勝
ちだ。驚いたことに、ゼルガディスの腕はガウリイに比肩していた。なんで、みんなこんなに
上手いんだろう。
 ゲームは一進一退で進んでいったが、あたしは何だか面白くなかった。
「リナさん。どうしたんですか?」
 アメリアが声をかけてくる。
「ううん、何でもないわよ」
 二人とも、ゲームをしている二人を気づかって小声で話している。
「何だか、元気ないみたいです。ガウリイさんと何かあったんですか?」
「どどどどーして、そうなるのよ?」
「えぇ? だって、リナさんとガウリイさんつき合っているんでしょう?」
「ち、違うわよ。あいつはただの保護者よ、自分でそう言ったじゃない」
「リナさんこそ、良く聞いていませんでしたね。ガウリイさんは「とりあえず」って言ったん
ですよ。もう、鈍いんですから♪」
「・・・知らないわよ」
 あたしは、両手に持っていたジュースを一気に飲み干した。あや、これジュースじゃなくて
お酒だ。良く見ると、アメリアの頬も薄ら赤くなっているようにみえる。
「わかりました!!」
 不意にアメリアが小声で囁いた。
「何よ、アメリア?」
「リナさん、ガウリイさんをゼルガディスさんに取られたと思ってるんでしょう?」
「ゼルにガウリイを? そんなことは・・・」
 ないと言い切れなかった。ゼルもガウリイも久しぶりにあった戦友だ。しかも、二人とも久
方ぶりにあった男友達であろう。話が弾まない訳がない。まして、似たような苦労を背負って
いるのならなおさらだ。
 それでも、いつも隣にいたガウリイが離れたような、そんな気がしていたのかもしれない。
「大丈夫ですよ、リナさん。ガウリイさんがリナさんのこと、忘れる訳がないじゃないです
か? わたしは、今日二人に会えて嬉しかったですよ」
「ん・・・ありがと。にしても、アメリア・・・あんたも言うようになったわねぇ・・・」
「あれ? リナさん? 目がちょっと怖いです・・・」
「ふふふふふ・・・そう?」
 アメリアには感謝している。あたしが何でもやもやしていたかを気づかせてくれたから。
しかし、このリナ=インバースに「鈍い」と言った罪・・・ふふふふふ・・・
「あんたこそ、ゼルガディスとどうなったのよ? 化粧までして進展は?」
「・・・ゼロ・・・です・・・」
 しゅんとアメリアが落ち込む。とりあえず、これでよし、と。
 あたしたちがこそこそ話し合っているうちにも、ゲームは進んでいっていた。
 ゼルがテーブルに腰をかけ、キューをたてる。見事なシルエットが浮かび上がり、隣でアメ
リアがため息をついたのが分かる。
 マッセ。
 手玉は急激な回転とラシャに押し付けられ、まるで生き物のように的玉を狙う。途中の障害
を避け、またもとの軌道に戻り、的玉を落とす。
「上手いもんだな、ゼル」
「よせ、旦那ほどじゃない」
 ガウリイの感嘆に、あっさりそう言い返し、次を狙っていく。
 美麗なスタンス、惑うばかりの的玉の動き、薄暗い室内でその美しい様は、幻惑の霧の中に
迷いこませんばかりであった。
 あたしたち二人は、幻影の彼方にいるかのような二人のゲームを見守っていた。
 アメリアはいつもより、真剣な顔でゲームの行方を追っている。その視線の先にゼルがいる
ことはすぐに分かった。無論、ゼルガディスがそれに気づくはずがなく、銀の髪の青年は、
キュー先にチョークを当てている。
 やれやれ、あたしより、アメリアの方が不憫だわ。
 だって、あたしはガウリイが、その、好きだし、ガウリイも、ごにょごにょ・・・・
 酔ってんのかな、あたし・・・
「これで、最後のゲームだな」
 言ったのはガウリイだった。現在の所、9対9のイーブン。サドンデスなしのこのゲームで
は、次にブレークするガウリイが有利。
 ガウリイがミスをする道理はない。
 確実にひとつひとつ沈めていく。大上段を振るった必殺技を披露することも、おかしな所に
手玉を戻すこともなく、着実に落とす的玉の番号を上げていく。
 そして、最後のナインボール。ブレーク時にクッションに張り付いてしまったそれに、ガウ
リイが狙いを定める。その奥で、ゼルガディスが表情もなく、座っている。
「・・・ゼルガディスさん」
 アメリアが呟いた。
 ふと、ガウリイがこちらを向いた気がした。
 ・・・・ガウリイ?
 思う間もなく、ショット。
 手玉は、静かに的玉へと向かい、その横を掠るように跳ねる。
 限りなく薄くカット(そういう技法なんです)された、的玉はポケットに向かい、緩やかに
転がっていく。
 ガウリイの目がわずかに細められた。眉が密かに顰められ、
「だめ・・・か」
 と、呟いた。
 アメリアの顔が上がったのは、その声を聞いたからだろう。
 ゼルガディスが立ち上がる。キューは手にしたままだ。
 ナインボールは落ちなかった。
 クッションをつたい転がっていったボールは、ほんのわずかにクッションに跳ね返り、ポ
ケットに蹴られたのだ。
 残されたのはポケットの間近に残ったナインボール。白い手玉と、黄色い的玉は、まるで直
線で結ぶかのように、ポケットと一直線に並んでいた。
 あたしでも、沈められる配置。
 ゼルガディスは雑作もなく、ナインボールを沈めた。
 

「おれの負けだな」
 ガウリイが溜め息をつきながら言った。その口調に嫌みはない、清々しいものさえ感じる口
調だ。
「まぐれさ」
 ゼルガディスが苦笑しながら言った。
 スタンスを解き、ゆっくりと身体を起こす。
 二人の身体から緊張が解けていくのが分かる。
「ゼルガディスさん、おめでとうごさいます」
 アメリアがまっ先に飛んでいく。手にはジュースまで持って(お酒だけど)、ゼルガディス
に声をかける。あたしも、ガウリイに何か言おうと立ち上がろうとすると、
「負けちまったな」
 いつの間にか大きな影があたしの前に立っていた。
 暗くて良く分からないが、何やら残念そうに見える。
「何言ってんの。いつも勝てる訳じゃないでしょ。はい、お疲れさま」
 あたしも残っていたお酒をガウリイに渡す。
 ガウリイは「ああ」とそれを受け取ると、そよ風のようにあたしの隣に座った。
「ありがとう、リナ」
「な、なんか、そんな、改まって言わないでよ・・・」
「今さら、照れなくてもいいと思うぞ」
「うううっさいね」
 なんで、こうガウリイの前だと迫力にかけてしまうのだろう。
 ガウリイを見ると優しい顔で笑っている。
 ・・・何か、怒るのもやになってきたな。
「お礼、言われるのいやか?」
「ううん、嬉しいよ。ガウリイ」
 肩の力を抜いて、自然に返す。
 二人でゆっくりと笑いあう。
 何だか、いい気持ちだ。
「ねぇ、ガウリイ・・・ゼルとどんな話をしたの?」
 二人して背もたれにもたれあって、天井を見ながら話し合う。
「ん〜、色んなことかな・・・昔のこと、お前のこと、アメリアのこと・・・」
「アメリアのこと? どんなこと?」
「おれの口からは、秘密だ」
「何か、ずるいよガウリイ」
「今度・・・な」
 結局ガウリイは、それ以上何も言わなかった。いつか、話してくれるだろう。
 ガウリイが、あたしとの約束を破ったことは一度もない。
 その後、あたしとアメリアで何ゲームかして、そのまま宿に泊まることになった。
 

 翌朝、朝食を終えると、あたしたちとアメリア達は別れることになった。
 あたしとガウリイはゼフィーリア方面へ、アメリア達はセイルーン公国ないに留まることに
していたからだ。
 緑さやけき街路。
 三叉路があたしたちの別れの場所だった。
「じゃあ、これで。元気でね。ゼル、アメリア」
「リナさんも、ガウリイさんと仲良くしてくださいね」
「分かってるわよ」
 ガウリイは柔らかい微笑で二人を見守る。それだけで、何よりの手向けになると言うよう
に。
 ゼルがあたしに向かい、
「達者でな」
 と、声をかけた。
 力一杯の笑みと返事で答えてやる。
 それに苦笑を返し、ガウリイに向かった。
「旦那、あんたもな・・・」
「ああ」
「次は勝たしてもらうぞ」
 と、ゼルガディス。
「ああ・・・」
 ガウリイが応える。
 二人とも、口の端をわずかに上げて、小さな微笑の形をつくった。
 右の拳同士をぶつけあい、再開を期す。
 何かだかうらやましい気がする。
「じゃあな」
 そして、あたしたちは三叉路を別々に歩き出した。
 

「いいわよね、男って・・・」
 路の途中であたしは、言った。
「ん?」
「いわなくても、通じあえるんだから」
「そっか? 別にいいじゃないか。おれは、リナのこと言わなくても分かる時あるぞ」
「あたしもあるよ〜だ」
 そして、
『例えば、お腹が減った時』
 二人ではもってしまい、あたしたちは爆笑した。
「あの二人うまくいくかなぁ・・・」
「いくだろ」
「そうね」
 小さく笑いあいながら、天を仰いだ。
 

「ゼルガディスさん」
「何だ、アメリア?」
 もう一つの、路の途中、アメリアが質問する。
「ガウリイさんに、次は勝つって言ってましたよね?」
「ああ・・・あれか。あの勝負、旦那がおれに花を持たせてくれたということさ」
「何故です?」
 ここまで、言わなきゃならない。
 しかし、それが返って愛おしいのかもしれない。
「お前がいたから、さ」
 きょとんとした瞳で銀髪の青年を見つめる。
「嫌じゃないんですか?」
 プライドの高いこの青年が、勝ちを譲られたと言うのに笑っている。
「普通なら、な。しかし、嬉しかったのも事実さ」
 これ以上は言わない。それこそ、プライドの問題だ。
 多分、リナ以上に鈍感なこの少女には分かるまい。しかし、いつか分かる日が来るだろう。
 その時には・・・
 
 空はどこまでも高く、青い。
 その天の海には聖玻璃の風が行き交い、すべてを祝福しているようだった。
 
 
 
                    「Carol of Carom」 終
 
 
 
 

 コメント
 
 はい、青夜です。
 おこがましくも、BenさんのHP、2回目の登場です。
 ハスラー・ガウを書こうと思ったら、何だか、青春ちっくな話になってしまった。
 なんで、こうなったんだろ?
 ま、いいか・・・
 
 簡単に題名の説明を(するぐらいなら、使うなよ・・・)
「Carol」 は「祝いの歌」とか「賛美歌」とかです。ほら、クリスマスキャロルってい
うあれです。「Carom」は、アメリカ語でのビリヤードらしいです(うろ覚え)。
 何だか、つづりが似ていて、韻がいいかなぁとか思ってつけました。
 
 楽しみにしていると言ってくださった方、こんなのになってしまい、何だか申し訳ありませ
ん。反省してます。
 
 よし、次こそは・・・って、まだやるのか・・・
 
 では、このような文章につき合って頂き、ありがとうございました。
 機会がありましたら、また。
 
 
平成11年8月9日 「恋せよ乙女」を聞きながら
 
                              青夜    
 
管理人後書き(もしくは蛇足との言う・・・)
青夜さん投稿第二弾有難うございます!!
早いです早すぎです!!(嬉しい悲鳴(笑))
お願いしてから2日で投稿とは・・・Benの予想を遥かに上回速さですね!!
それでは感想をば・・・
・・・今回はゼルですね、Benのリクエストを全てこなされるとわ。
やりますね青夜さん。
オールキャストで前回の雰囲気を壊す事なく、綺麗に話しがまとまってますね。
ガウリイとゼル、リナとアメリアのお互いの友情や思いやりも良く表現されてます。
周りの舞台に関しても想像がしやすい様に描写が細かくていいです。
今回も素晴らしい投稿小説有難うございました!!
次ぎはBenですね・・・何にしましょうか・・・ギャグ、シリアス、ラブラブ・・・は懲りた(笑)
よし!! 例のアレでいきます(笑)さてアレとは何でしょう?
などとふざけた事を言いつつ感想を終わります。
青夜さん、本当に有難うございました!!
それと青夜さんに感想のメールを是非ともお願いします。
メールアドレスはこちらです!!
seino2@mail7.dddd.ne.jp
では、さようなら。 

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