(僕の名前はマキビ・・・ルリ!?「リニューアル第1話、前編」)





西暦2196年10月 人材開発センター

この日は、定期的に行われるメインコンピュータへのアクセス実験が行われる事になっていた。
それは、この研究所に所属する被験体の少女に、IFSを使用してメインコンピュータに同調させ、必要なデーターを収集するものである。
たまに条件を変えて、データーの変化を比べることもあるけれど、今回の実験はあくまで定期実験。被験者も研究者もやりなれた実験であって、本来は何の問題もない・・・・・・はずであった。

「今回の実験・・・なぜか胸騒ぎがするのよね」

と、つぶやいたのは、一ノ瀬夏美(イチノセ・ナツミ)(22)
この研究所に来て半年程度の、ペーペーの見習所員であり、
ショートヘアで童顔の、どこか頼りなげな印象の女性である。
頼りなく見えるのは、まだ経験不足のためか、はたまた彼女の性格のせいだろうか?

「ナツミさんて馬鹿?」

と、醒めた口調で淡々とキツイセリフは、被験者の少女、星野瑠璃(ホシノ・ルリ)(11)
顔立ちは整っているが、無愛想で感情表現に乏しく、その特徴的な蒼銀の髪、金色の瞳、病的なまでに白い肌などからは、綺麗ではあるがどこか作り物めいた印象を受ける。例えるなら人形のような外見の女の子だった。
ナツミは、半月前からこの無愛想な少女の体調管理の担当を、名目上任されており(と言っても、まだ、たいしたことは任されていないが)、今回は、実験前の事前の検査を行っていた所だった。のだが。

「実験前に当事者が不安になるような事を、普通言います?」

「ああっ!、ごめんなさい。ごめんなさい。私そんなつもりで言ったわけじゃ・・・」

「・・・まあ、いいですけどね。私は気にしてませんから。私、少女ですし」



『ううう、失敗しちゃった。て言うか、ルリちゃん本当に気にもしないで落ち着いているし』

確かに、少し頼りない新米所員よりも、被験者の少女の方がよほどしっかりしているようである。
でも、それも仕方ないかもしれない。ここではルリの方が遥かに先輩でベテランなのだから。
そんな、内心落ち込んでいる、頼りなげな新米ナツミに、ルリは一転、

「本当にたいした実験じゃないですから。初めてで緊張するのはわかりますけど、心配しなくても大丈夫ですよ」

と、まるで不安がっている子供を諭すかのように、言葉をかけていた。

『私、ルリちゃんに励まされたのかな? って、そんなわけないか』

普段、他人に無関心なルリが、研究所員にこんな風に気を使うのは、かなり珍しい事である。まだルリとは半月程度のつきあいで、接する機会の少ないナツミでも、そう思うくらいに。
だが、ルリにそんな風に、フォローしてもらったにも関わらず、

『私の中でわきあがる胸騒ぎ、消えるどころかどんどん大きくなっていく。どうして?』



「ルリちゃん。あの・・・」

「なんですか?」

「・・・・・・・・・」

言えなかった。『嫌な予感がするから気をつけて』なんて、繰り返し不安を煽るようなことは。
ついさっきルリに突っ込まれたばかりだったし、それに、具体的に何をどう気をつけるべきなのか、実験の詳細もわからないナツミには、考えもつかなかった。だから一言だけ、

「実験・・・頑張ってね」

「おかしな人ですね」

さすがに、呆れたような一言を言いのこして、ルリはこの場を後にした。



ナツミさん、ここには向いていないです

「え、ルリちゃんなにか言った?」

「いえ、なんにも」

でも、この時のルリの表情は、いつもの醒めた表情だったけど、
わずかに口元が綻んでいたのだった。







そして場面は定期実験に移る。

今回ナツミは、この実験に直接関わる予定はなかったのだが、その後も悪い予感はおさまらず、気になって仕方がなかった。そんな訳で、今後の参考に、とか何とかもっともらしい理由をつけて、見学させてもらっていた。
今のところ、実験は何も滞りなく、些細なトラブルさえも無く順調に、淡々と単調に続いていた。

『結局、私の感じた胸騒ぎなんて、経験不足の新入りが、必要以上に神経質になりすぎただけの事だったのかも。きっとそうよ、そうに違いないわ』

ナツミが、そう思いこむ事で、安心しかけたその矢先、突然にそれは起こった。



バシィィィッ!!

キャッ!



青白い閃光と弾けるような乾いた音、同時に小さな悲鳴が短く響いて一瞬で消えた。
それは測定器を電流が逆流して、一気にルリに襲い掛かった不幸な事故だったのだが、その時その場にいた一同には、一瞬何が起こったのか理解できないでいた。が、次の瞬間、糸の切れた人形のように不自然な体勢で動かなくなったルリの所に、皆慌てて駆け寄っていた。

「おい、大丈夫かルリ? しっかりしろ。おい、おいっ!!」

「駄目!、こんな時に揺すっては駄目よ!!」

ナツミは、慌ててルリを揺さぶっている研究所員を制止して、ルリの状態を見た。
『息をしていない! 心臓も止まっている! 早く応急処置をしなきゃ!!』

「あなた、あなたは医療班を呼んできて! そこのあなたはこっちを手伝って、応急処置をするから!!」

怒鳴るように言うと同時に、ナツミはルリを床の上に横たわらせ、気道を確保しながら人工呼吸を行い、同時に同僚の所員に心臓マッサージを行わせた。教科書通りの対応だったが、大人しくて頼りなげだった新入りの、緊急時での意外な行動力と気迫に他の研究所員たちは圧倒され、言われた通りに行動した。その直後、

「えっ?」「なんだ!?」

その場にいた二人、ナツミと所員は同時に不思議な光景を見た。ルリの身体が一瞬虹色に光ったように見えたのだ。と、同時に、ルリの身体の中を走るナノマシンが活性化して光を放ち、

「けほっ!、はあ、はあ、はあ、はあ・・・」

それが収まると同時にルリの心臓は再び動き出し、息も吹き返していた。
『いったい今のは何?』と、ナツミは思う。
だけど、今のが何であれ、ルリが息を吹き返したのは事実だった。
しばらく様子を見て、ルリの意識はまだ戻らないものの、やがて呼吸が落ち着いてきたのを確認し、ナツミはホッと安堵の息をついていた。

「良かった、もう大丈夫よ。すぐに息を吹き返したし、そのうち目も覚ますと思うわ」

落ち着いて眠りについたルリの身体を、そっと優しく抱きかかえながらナツミはそう言った。
思ったより状態は悪く無さそうである。だけど、息を吹き返したとはいえこんな事故の後だし、意識もまだ戻っていない。どんな後遺症が出るのかもまだわからない。

『でも、今ここで私に出来る事は一通りやったし、あとは専門の医療スタッフに任せればいいわよね』

やがて、慌ててやってきた医療スタッフに、ルリのことを任せると、安心して緊張の糸が切れたのか、

「あれ、身体に力が入らない。どうかしちゃったかな?」

ナツミはその場にへたりこんでしまい、しばらく自力で立ち上がることもできなかった。
ついさっきまでの気迫はどこへやら、情けない声で先輩の研究所員に助けを求めて呆れられた。
結局ナツミは、医療スタッフに付き添われて、医務室まで行き、少し休む事になり、
ルリも気を失ったまま担架に乗せられて、医務室へと運ばれていったのだった。











機動戦艦ナデシコ

僕の名前はマキビ・・・ルリ!?



〜リニューアル版第1話、前編「ボクハ・・・ダレ?」〜



By 三平











サブロウタさん!、ミナトさん!!

艦長〜っ!、ルリさ〜〜ん!!!

イヤだっ、こんな所で! こんな事で!

死にたくない!、僕はまだ死にたくなんかないよ!!!







「けほっ!、はあ、はあ、はあ、はあ・・・」

突然感覚が戻り、息が苦しいと感じた。心臓もバクバクしてる。

意識はあるのに、身体中が痺れて動けない。もしかして金縛りってやつ?

何がどうなっているか、よくわからない。・・・でも、生きている。僕は生きているんだ。

そう思ったら、生きてる事が嬉しくて、安心したら、だんだん息も気分も落ち着いてきて、

僕の意識は、再びまどろみの中へ・・・・・・。















あれ、ここはどこ?

ぼんやりと目の覚めたボクの目に、最初に映ったのは、白い天井だった。

ボクは、ベットの上で横になっていた。ここは医務室?

そういえば、ボクはどうしてこんな所で寝ているんだろう?

頭の中が真っ白で、全然何も覚えていないや。それに、

『ううっ、なんだか気持ち悪い・・・』

起きた時から、変な違和感と居心地の悪さも感じているし、

ボクがここに寝かされているのは、やっぱり病気のせいなのかな?

まあいいや、考えるのは後でいいや、もう少しこのまま寝かせて。今は何もしたくない気分・・・。

ボクは、掛け布団を引き寄せて、もう一度眠りにつこうと目を閉じた。・・・のだが。



「・・・ちゃん。良かった、気がついたのね」

「はひ?」



頭の上から、誰かに声をかけられて、ボクは思わず間抜けな返事を返していた。
何だろう? ボクは寝ぼけ眼で、のろのろと声のした方を見た。

少し頼りなさそうな感じの女の人が、ボクの顔を覗きこみながら、ホッとした表情を浮かべていた。
白衣を着てる、女医さんかな?、胸のプレートに『一ノ瀬夏美』って、それがこの人の名前?

「良かった。このまま目を覚まさないんじゃないかって、私、心配したんだから」

イチノセさんは、目を潤ませ、今にも泣きそうな顔をしてそう言った。
本当に、ボクの事を心配してくれていたみたい。
だけど、ボクはイチノセさんの事は知らない。初めて会う人なのにどうして?
それに、何故だかわからないけど、初めて会うって気がしないし、
ボクはこの人に、温かいものを感じていた。



「まだ、どこか身体の具合が悪いの? あんな事故の後だから、無理はないけど」

「ひほ?、はんなひほへ?」(事故?、あんな事故って?)

「ご、ごめんなさい。今は、無理にしゃべらなくてもいいのわ。ゆっくり休んでいて」

目を覚まして、初めて口を開いたけれど、なんだか舌が回らなくて、うまくしゃべれなかった。
しゃべるのがこんなに難しいなんて。声も、ボクの声じゃないような気がして、なんだか変な気分。
まあ、イチノセさんがああ言ってくれたし、今は無理しないで寝ていよう。

「・・・やっぱり、あんな事故に会った後じゃ、無理ないか・・・」

「・・・・・・・・・あんなじこて?」

・・・・・・気にしないつもりだったけど、繰り返しこんな事言われたらやっぱり気になるよね?
ボクは、事故のこと聞いてみることにした。今度はさっきよりうまくしゃべれたみたい。
だんだん慣れてきて、感じがつかめてきたみたい。って、あれ?、慣れてきてって何に?

「あ、ごめんね。また軽率な事言っちゃって。不安を煽るなって、またルリちゃんに注意されちゃうかな?」

イチノセさん、どこか冗談めかした口調で、場の空気を和らげようとしているように感じた。
でも、ボクにとってはそれどころの話ではない。その一言で、眠気もだるさも吹っ飛んでいた。

「え?、るりさん・・・るりさんがいるの?。いたいどこに!!?」

そうだよ、ボクはいままで、どうしてルリさんのこと忘れていたんだよ。
ルリさんはどこにいる? ルリさんはどうしている? 知りたい、早くそれを知りたい。
ボクはベットから跳ね起きて、イチノセさんにそのまま鼻先をくっつけそうな勢いで、詰め寄った。
イチノセさんは、ボクの勢いに気おされて引きながら、戸惑いの表情を浮かべていた。

「ど、どこって?、さっきから私の目の前に・・・」

「めのまえ???」

ボクはきょろきょろと、イチノセさんの視線の先や周りを見まわした。
だけど、ルリさんの姿はどこにも見えない。ここにはボクとイチノセさんがいるだけだ。
その事に、なぜだか本能的に不安を感じ、ボクはその苛立ちを、目の前のイチノセさんにぶつけていた。

「めのまえて、るりさん、どこにもいないじゃない!!」

そんなボクの剣幕に、イチノセさんは呆気に取られ、その表情は、より困惑の度合いを深めていた。
と、その時、突然の来訪者が、僕に声をかけてきた。

「目を覚ましたのかルリ。身体はなんともないのか?」

声をかけてきたのは、メガネをかけた白衣のおじさん、どうやらここの責任者で所長さんらしい。
ってボクが?、所長さんが見ているのはボクだよね?、ボクに声をかけているんだよね?

「どうしたんだルリ?、まだどこか調子が悪いのか?」

またボクの事を見て、ルリって呼んでる。この人はボクの事をルリさんだと思いこんでいる?
どうしてそんな間違いを?、ボクがルリさんな訳ないじゃないか。
同時に、さっき感じた不安が強くなり、イヤな予感を感じていた。

「ちがうよ、ぼくはるりさんじゃない。ぼくははり。まきびはりだよ!!」

ボクは、強く主張していた。湧き上がる不安を振り払うかのように。
だけど・・・・・・・・・。











あの後のルリちゃんは、ルリちゃんらしくなかった。

いつもは冷静沈着なのに、急に、焦った様子で自分の身体を撫で回したり、意味不明な事を口走って私と言い争ったり、鏡を見て、なぜか平常心を失って取り乱したり、本当にらしくなかった。

直後、騒ぎを聞いて掛けつけて来た医療スタッフが、鎮静剤でルリちゃんを眠らせた。
今は薬が効いていて、医務室のベットの上で、ぐっすり眠っている。

その後、私は、ルリちゃんをパジャマに着替えさせる事などを提案して、認められた。
それまでルリちゃん、事故の後も実験用の水色のボディースーツ姿のままだったのだけど、
ルリちゃんだって女の子だし、いつまでもそのまま着替えさせないでは、可哀想だしね。
私が、ルリちゃんの部屋からパジャマとか着替えとか下着とか持ってきて、着替えさせてあげた。
ついでに、ツインテールに結ってある髪もおろして、持ってきた着替えと一緒に置いておいてあげた。
薬が効いていたから、その時ルリちゃんが目を覚ます事はなかった。

それにしても、あの時のルリちゃん、いったいどうしちゃったんだろう?
事故のせいで混乱?、というには、何時もと印象が違いすぎたし、会話もかみ合わなかったし、
そう、まるで別人・・・・・・みたい???
あの事故が原因で、記憶が混乱していたのだろうか?、それとも、あの時のあの光のせい?



そして今、私は所長室に呼び出され、
ルリちゃんの名目上の保護者である、星野智(ホシノ・トモ)所長に、現状報告をしていた。
所長は黙って私の話を聞いていたけれど、聞き終わると同時に、おもむろに話を切り出した。

「あの時、あの場にいたのは、ルリと私と、そして、君だけだったね」

「はい」

「そこで相談だが、あの子は、ルリは特別なんだ。あの子のためにも、あの時の事は忘れてほしい」

「はい?、って、それは・・・」

要は、口止めであった。だけど、私は納得いかなかった。
『ルリちゃんのため?、嘘、自分やこの研究所のためなんでしょう?』
ホシノ所長の態度を見て、そう思った。思わずそう言い出しそうになるのをこらえた。
ルリちゃんのことを心配しての話じゃない。自分達の失態を、隠したいだけなんだ。

「納得いきません!、あの子の身に何かあったのは明らかなのに!!」

「イチノセ君」

「仮にも、ルリちゃんは形式上とはいえ、所長の養女なんでしょう?」

「その事とこの件は、関係無いはずだが」

「関係大ありです。特別とかどうとか言う前に、ルリちゃんは一人の人間、一人の女の子なんですよ!!、それなのにこんな大事な事を、義父がうやむやにしようだなんて!!」

「・・・・・・」

「だいたい、あの時ルリちゃんが口走っていた、まきびはりって、いったい何なんです?」

「!!?」

「何か知っているんですね、所長?」

「君が知る必要はない」

所長は目に見えて動揺していた。所長は何か知っている?
私はなおも食い下がった。あの子のためにも、この件はうやむやには出来ないと思った。だけど・・・。

「イチノセ君、どうやら君は疲れているようだ」

「私は疲れてなんかいません!!」

「君はもう、ルリの事は気にしなくていい。担当は他のスタッフにまかせるからしばらく休みなさい」

「!!?」

「今日は、もう帰っていいから。いままでご苦労さん」

そういって、ホシノ所長は、私の肩をポンと叩いた。
私には・・・・・・どうすることも出来なかった。





色々と手続きを済ませ、少ない荷物をまとめて研究所の外に出ると、もう夕方だった。
振りかえって研究所の建物を見上げる。こんな時なのに、夕焼けが綺麗だと思った。

「私、何してたんだろう?」

ここに来て、まだ半年程の新入りで、まださほど、ここに思い入れがあるわけじゃない。
だけど、どうしてだろうか?、見上げていた風景が、いつしか涙に滲んでいた。

これからどうしよう?一応紹介状は貰えたから、どこか他の研究所に拾ってもらえるかもしれない。
だけど、心残りがあるとすれば、もうあの子と関わる事がない事だろう。
もっとも、当のルリちゃんは、私の事なんかさして気にも留めないだろうけど。
あの子は、まだ眠っているあの子は、今度目を覚ましたら、元のルリちゃんに戻っているのだろうか?

・・・・・・行こう。どうせこれ以上ここにいても、私にはもう何も出来ないのだし。



ナツミは涙を拭うと、もう振りかえる事もなく、そっとこの場を後にした。











ボクが目を覚ますと、辺りは薄暗くてすっかり夜だった。

『夜?、今何時ごろかな?、それともボクはまだ寝ているのかな?』

目が覚めたばかりで、まだ本調子でない頭で、ぼんやりそんな事を思った。



あれは夢?、夢だったの?、だったら変な夢だったなあ。

夢の中ではボクは女の子、それもルリさんになっていて、夢にしては、やけにリアルだったなあ。

髪の毛だって、そうそう、こんな風に長くて柔らかくて・・・・・・えっ!!?

それを振り払うかのように、頭を振ってみる。長い髪が纏わりついて煩わしい。
まさか、魔さか、マサカ!、そんなはずない、だってあれは夢!!

ゴソゴソゴソ?・・・ゴソソッ!!? シ〜ン・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ボクの胸元には、ささやかだけど柔らかな感触。
それとは逆に、股間の方には、男のあるべきものが無くなっていて・・・。

「夢・・・じゃなかったんだ」







「ちがうよ、ぼくはるりさんじゃない。ぼくははり。まきびはりだよ!!」

あの時、ボクはそう主張した。誰が何と言おうと、ボクはハーリーなんだって。
なのに、イチノセさんはボクの事を認めてくれなくて、言い合いになって、
売り言葉に買い言葉、じゃないけれど、あの時は、ボクもイチノセさんも意地になっていた。

「だいたい、ぼくはおとこなのに、どこどうまちがたら、ぼくをるりさんとみまちがえ・・・」
「ルリちゃんのここは女の子でしょ!!」ムギュ

ムギュ?・・・って、え!え!え〜っ!!?
イチノセさん、どこをさわってるんだよ!、ボクの胸に・・・・・・って胸!!???

「あわわっ、な、なにするんだよ!!」

「あっ、ご、ごめんなさい、私そんなつもりじゃ・・・」

赤面しながら抗議するボク言葉に、イチノセさんがうろたえて・・・って、ちが〜う!!
そうじゃなくて、なんでボクの胸が、急に腫れているんだよ!!

それに、今まで気づかなかったけど、ボクは身体にぴっちりした、水色のボディースーツを着ていた。
研究所なんかで、実験の時に被験者の着るやつに似ているけど、なんでこんなもの着てるんだよ?
それに、そのボディースーツ越しに見える身体のラインが緩やかに曲線的で、女の子みたいに見えて。

「そんなはずない!!」

認めたくなくて、つい、声を荒げてしまい、イチノセさんは驚いていたけれど、
逆にボクが、ボク自身の声に驚いてしまっていた。

今更だけど、この声、ボクの声じゃない!!
まだ声変わりしていない筈のボクの声より甲高くて、それこそ女の子みたいな声で・・・・・・。

そんなはず・・・ないよ・・・

今度は、力無くつぶやいていた。

それでも、それを信じたくなくて、ボクはボクの胸元に、そっと手をやってみた。
その手には、小さな膨らみを感じるのと同時に、自分の胸が触られていると感じた。
慌てて股間に手をやると、男ならあるはずの、あったはずのモノが、なくなっていた。

信じたくない。認めたくない。こんなの嘘だ。これは何かの間違いだ!

きっとまだ夢を見てるんだ!、絶対に、こんなの意地でも認めるもんか!!

そんなボクに、さっきからイチノセさんが何か話しかけてきていたみたいだけど、
ボクはもう、イチノセさんの言葉なんか聞いていなかった。聞いてる余裕なんてなかった。
それより鏡、この部屋に鏡は・・・・・・あった。部屋の隅に、姿見の立て鏡が。
ボクは鏡の前に勢いよく駆け寄って、その勢いのまま覗きこんだ。

鏡の中には、水色のボディスーツを着こみ、蒼銀の髪をツインテールにまとめ、
金色の瞳を持った、整った顔立ちの、小柄で色白な少女が立っていた。
本当なら、鏡の中にいるはずの、ボクの、黒髪の少年の姿はどこにもなかった。

「るり・・・さん?」

ボクはこの人を知っている。ナデシコC艦長ホシノ・ルリ。ボクの憧れの人。
鏡の女の子の見た目は10歳くらいで、ボクの知っている艦長は16歳のはずだけど、
なぜだか直感的に、この鏡の中の女の子はルリさんだと確信していた。

だけど、この女の子がルリさんだとして、なんで鏡の中にいるの?

鏡の中いるハズの、本当のボクハどこニイルの?

イッタイどこニイッチャッタノ?

ココニイルボクハダレ?

カガミノナカノオンナノコハボク???

オンナノコノボクハルリサン!!

ボクハルリ・・・・・・



うわああああぁぁぁぁ〜〜〜〜ッ!!!!



ボクの中で、何かが弾けていた。ボクの知っていた現実が、ガラガラと崩れていく。
頭の中が真っ白で、この直後何がどうなったのか、ボクは何も覚えていなかった。









そして場面は、夜、少女が、目を覚ました時点に遡る(?)



今、少女の中のマキビ・ハリ(愛称はハーリー)の意識は、この状況で、意外に落ち着いていた。
今は部屋が夜間灯の小さな光のみで、自分の今の姿さえよく見えない状況な事と、
ここに来てから目を覚ましたのが、これが二度目でかつ、今度は脱力していて、パニックを起こす気力もなかったからだろう。

もっとも、もしこの時、誰かに声をかけられたら、反射的にその人に反発していたかもしれない。
ハーリーにとっては、正直な所、今は側に誰もいないのは有難かった。一人でゆっくり考えたかった。

「そりゃあ、ボクは艦長に、ルリさんに憧れていたし、いつか艦長のようになりたいって思ってもいた。
でも、だからって、ボク自身がルリさんの姿になってるなんて、そんなのって・・・」

ハーリーは暗がりの中、初めのうちは、うじうじくよくよと、そんな事を考えていた。
だけど落ち着いて考えているうちに、次々疑問が沸き起こってきた。
そういえば、ここはどこだろう?、ボクはどうしてこんな所にいる?
ハーリーは、自分が置かれている状況が、なんにも判っていない事に気づいた。

「とにかく、今、ボクの置かれている状況を、確かめてみよう」

枕元を調べる。思った通り照明のスイッチがあったので入れてみる。
たちまちベットの照明が、周辺を照らし、暗闇の中に少女の姿をぼんやり浮かび上がらせた。
少女は、その照明の弱い光の中に浮かぶ、自分の姿を見下ろした。

「・・・パジャマに着替えてたんだ。それに、髪の毛もおろしてあるし」

いつの間に?・・・ハーリーは思った。
今は、自分の頭から生えているその髪に、改めて触ってみる。
髪は柔らかくてさらさらしていて、淡い光の中銀色に輝いて見えて、とても綺麗だと思った。
本来の、マキビ・ハリの髪は、黒くて短くてぼさぼさだった筈なのだ。これはボクの髪じゃない。
髪を指先に絡めながら、あの時、鏡に映っていた、小さなルリな自分(?)の姿を思い出す。

ハーリーは小さくため息をついていた。
気を取りなおし、周囲を見まわす。
薬品棚や医療用の計測器や、姿見の立て鏡などが見え、部屋そのものにも見覚えがあった。

「ここは、ボクが最初に目を覚ました部屋?」

多分、ここは医務室かなんかだと思う。
あのあと、意識を失ったボクを、そのままここに寝かせたんだろう。
あれ?、そういえば、あの時ボクはいつの間に寝ちゃったんだろう?

その時の事が思い出せなくて、なぜだか気持ちがすっきりしないものの、ひとまず置いておいて、
ハーリーは、ベットから抜け出し、おそるおそる例の鏡も前に立ってみた。

鏡の中には、薄明かりの中、髪を銀色に輝かせた、パジャマ姿の少女が立っていた。
少女の表情は、何かを恐れているように見え、暗がりの中、その瞳が琥珀色に光って見えた。

「やっぱり、ルリさんの・・・・・・!!?」

しばらくぼんやりと鏡の中の、その少女の姿を見つめていたハーリーだったが、
ふと我に返ると、鏡の中の少女の姿から目をそむけた。
姉のように慕っていた、憧れの人の姿の筈なのに、なぜか見るのがイヤだった。見たくなかった。
それに、そのままその姿を見つめていると、『ボクがボクじゃなくなる』そんな気もして・・・

ハーリーは、気まずい気分を誤魔化すように、もう一度部屋を見まわし、
部屋の隅の机の上に、置いてあるものに気づいて目にとめた。

「あれは、ノートパソコン?、なんであんな所に置きっぱなしなんだ?」

机まで行き、そのノートパソコンを起動させてみた。
途中、プロテクトとかあったけれど、彼にとってたいした物ではなく、軽く突破してみせた。
そしてハーリーは見た。それは、被験者の少女(ルリ)の体調管理のデーターだった。

「管理担当者は、一ノ瀬夏美 (20)か。イチノセさん、なんでこんなものを、置きっぱなしに?」

この時点では、ハーリーの知る由も無い事だが、ナツミは後任に引継ぎをする暇も無く、慌ただしくこの研究所から去っていった為、このノートパソコンは、その慌ただしさの中、取り残されたものだった。

「まあいいか、これに何か手がかりになる情報があるかもしれないし」

ハーリーは、早速その内容を見てみる。表面上は特別変わったものではなかった。
被験者の少女の、体調や健康状態の、かなり細かい数値の変動も、毎日欠かさずチェックされていた。

ハーリーの興味を引いたのは、たとえば被験者の名前やデーター
星野瑠璃(ホシノ・ルリ)(11)、性別女性、生年月日は西暦2185年7月7日、国籍日本
生年月日の以後の経歴には、数年の空白
2189年、ネルガル重工、人材開発センターにスカウト
星野智、幸枝夫妻の養子となり、同年、日本国籍を習得・・・・・・

「ルリさんとまったく同じ。ていうか、この情報ってルリさんそのものだし、やっぱり・・・」
「この研究所って、ルリさんがナデシコAに乗る前に、いた所と同じ研究所?」
「西暦2196年、10月○日・・・これって、五年前の日付じゃないか!!」

特別変わっている訳ではないはずのデーターから、ハーリーは信じがたい答えを、導き出していた。

「それじゃボクは今、五年前の世界の、五年前のルリさんの身体の中にいるって事?」

そんなバカな!!、ランダムジャンプじゃあるまいし、どうして五年前なんかに・・・いる・・・!!?

「ランダムジャンプ!!」

その言葉を思いつくと同時に、ハーリーは思い出した。

「あの時!!、ボクはあの時、ユーチャリスのランダムジャンプに巻き込まれたんだ・・・」







西暦2201年12月、火星の後継者の乱から、約4ヶ月が経過していた。



「帰ってこなかったら追っかけるまでです」

「だってあの人は・・・・・・あの人は大切な人だから」



ナデシコC艦長、ホシノ・ルリ少佐は、その言葉通りアキトを追いかけていた。
アキトを連れ戻す事に、執念を燃やしていた。
ルリにはルリの想いがあったのだろう。
だけど、密かにルリに想いを寄せるハーリーには、それが面白くなかった。

恐る恐る、アキト追跡の作戦中止を艦長に、ルリにそれらしい理由をつけて意見したこともあった。
艦長に嫌われるかもしれない。そう覚悟しての意見だった。
だけど、ルリはそんなハーリーを咎めるでもなく・・・、

「あの人は、大切な家族だから。私の大切な・・・」

遠い目をして、思い出を懐かしむかのように言った。
思わずドキリとするような、良い表情だった。
ハーリーは、ますます面白くなかった。



「艦長も、あんな奴のどこが良いんだか。・・・だいたい、昔はどうだったか知らないけれど、テンカワアキトは、今じゃコロニー連続襲撃犯のテロリストじゃないですか。そうでしょ?、聞いてるんですかタカスギ大尉!!」

「はいはい、聞いてるよ。ハーリー」

両足をコンソールに投げ出し、一見だらけきった不真面目な姿勢で座りながら、副長のタカスギ・サブロウタ大尉は、ハーリーの意見、というか、愚痴を聞いていた。

ハーリーは自覚していなかったが、表面上はきつい言い方しつつ、実はタカスギに心を許し甘えていた。
サブロウタの方は、その辺よく理解していて、それでハーリーの気が済むならばと、しようのない弟分の、愚痴の聞き役に回っていた。

「はあ〜っ、もし、僕が艦長だったとしても、あいつの事追いかけるなんて考えられないよ」

一通り愚痴をこぼした後、ハーリーは、タカスギがニヤリと何か言いたげに、自分を見ている事に気づいた。
いつもの通りなら、この後は、タカスギに遊ばれる。ハーリーは内心で身構えた。

「もし、僕が艦長だったら・・・か、なるほど面白い意見だな。こうしてみるとハーリーは可愛いから、女の子になっても似合うかもな」

「た、タカスギ大尉!、それはモノの例えで・・・、って、なんでそうなるんです!!」

「あははは、すぐ赤くなって、そういうところが可愛いって言ってるんだ。案外スカートも似合いそうだな」

「タカスギ大尉!!」

結局、そんなハーリーの反応を面白がるサブロウタに、いつものように遊ばれたりしてはいたが、
傍から見れば、仲良くじゃれているようにも見えるのだった。





話はそれたが、そんなこんなでナデシコCはユーチャリスを追跡し、火星付近でついに捕捉した。

ボソンジャンプで逃走しようとするユーチャリスに、ナデシコCからアンカーが撃ちこまれ、
そして・・・、それが原因で、ユーチャリスのジャンプの制御が不能となり、そのまま暴走した。

「ハーリー君、急いでアンカーを切り離して!!、ディストーションフィールド緊急展開!!」

「はい、艦長!!」

このまま、ユーチャリスのランダムジャンプに巻き込まれたら、こちらもただでは済まない。
どこにジャンプアウトするかわからないし、ナデシコCのクルー達の命にもかかわるだろう。
冗談ではない。こんな所でこんな事で死んでたまるか。ハーリーはそう思った。だが・・・・・・
結局、アンカーの切り離しも、フィールドの展開も間に合わず、



サブロウタさん!、ミナトさん!!

艦長〜っ!、ルリさ〜〜ん!!!

イヤだっ、こんな所で! こんな事で!

死にたくない!、僕はまだ死にたくなんかないよ!!!



ナデシコCはユーチャリスのランダムジャンプの暴走に巻き込まれ、
ハーリーの意識も、そこで途絶えた。







次に目を覚ました時、ハーリーはこの研究所のベットの中にいた。
あんな不安定なランダムジャンプの事故に巻き込まれて、よく無事で助かったものだ。



無事?、助かった?、こんな状態で?



ハーリーはもう一度、今の自分の身体を見下ろして見る。

何度確かめても、それは華奢な女の子、ここではホシノ・ルリと呼ばれている少女の身体だった。

少なくとも、マキビ・ハリという名前の少年の身体じゃない!!

元の自分の、ハリだった痕跡は、まったく無かった。



無事なんかじゃない。ちっとも無事で済んでない!!

あの時、ボクもナデシコCもみんなも、みんな一緒に巻き込まれていたんだ!!

あの時ボクはどうなった?

みんなはどうなった?

ルリさんは?

サブロウタさんは?



ボクは直感的に感じた。

みんなとは、もう二度と会えない。二度と帰れない。

ボクが、ボクだけがここに、・・・・・・こんな形で跳ばされてきたんだって。



ハーリーは、かけがえのない大切なもの、大切な人達、何より自分自身さえも、

全てを失ってしまった事を知り、深い絶望感と、激しい喪失感を感じていた。



ここはボクの居場所じゃない。帰りたい、帰りたい

ルリさん。サブロウタさん。ミナトさん。ナデシコCのみんな

ボクはボクの居場所に、みんなの所に帰りたい。帰りたいよ・・・



少女は、ベットの中に潜り込み、いつしか声をあげて泣いていた。

悲しさに、寂しさに、切なさに、押し付けられた現実の理不尽さに、ただ泣いていた。

やがて少女は、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまったのだった。





後編につづく





第1話前編、なかがき



六月の上旬、某所のチャットで、僕はそっとある質問をしました。

『砂沙美(の航海日誌)と、ハリルリ(僕の名前はマキビ・・・ルリ!?)最初から書きなおそうと思っているけど、ちとまずいですかね?』

SSの内容、特にハリルリのシリーズで言えば、第1話あたりは後で読み返して不満もあり、

書きなおしたいと思い、どんな反応が帰ってくるか、探りを入れてみたつもりだったのですが、

結果、チャットに参加していた方たちが一斉に反対してくださいました。(苦笑)

たいへん(おおいに?)まずい。とか、

こういうの書きなおして、SSを完結させた人はいない。とか、

三平さんのSSは書きなおさなくてもいい。今のままで続きが読みたい。とか、

他にも何か言ってもらえたと思いますが、こんな感じだったかと。

真面目に、親身に、忠告してくれたと思って、それは感謝しています。

でも、それでもせめて、第1話だけでも書きなおしたいと思い、これ書いてみました。

どうだったでしょうか?、旧1話は削除しないつもりなので、よければ比較してみてくださいね。

(そう言いつつ、旧1話なんか読まれた日にゃあ、恥ずかしくて転げ回っちゃいそうですが)



お話事体は、既に投稿した旧1話があり、手直しすれば直ぐ出来ると思っていたのですが、

結局、ほとんど最初から書きなおしたようなもので、こんなに苦労するとは思わなかったなあ。

苦労した割には、出来が特別良くなったと言う気もしないし、(少しマシにはなったと思うが)

こりゃあ、確かに全部を書きなおすなんて、とてもやってられないや(苦笑)

思ったより量が多くなりそうだったので、リニューアル第1話は、前後編に分割してみました。

後編も、後少しで出来そうなので(あと、ハリルリとプロスさんとの話だけ)次回には投稿します。

それが終わったら、第五話にとりかかろうとも思っています。



それと、このシリーズの感想は、いつもならゴールドアームさんに頼んでいるのですが、

今回の感想は、代理人さんに頼もうかと思っています。

一度、このシリーズの感想、頼んでみたいとも思っていましたし、

SSの書きなおし、真っ先に反対というか、忠告してくれた件も含めて、感想が楽しみです。

それでは、代理人さん、よろしくお願いします。

(皆さんも、よければリニューアルの感想、よろしくおねがいします)





代理人の感想

三平さん「更新停滞させているくせして、ハリルリやら砂沙美一話から書き直す気でいるのは間違っているでしょうか?

代理人「割と。」

 

そう言えばなんかこんなやり取りがあったような気がするなぁ(笑)。

 

ん〜〜〜(苦笑)。

それでまさか感想指名が来るとは思わなかった(苦笑)。

 

それはともかく何で反対したかっていうとですね。

整合性を取ろうとしたり、過去の作品を書き直そうとしたりすると途端にお話からパワーがなくなるんですよね。

これはプロの先生方でも同じ事で、整合性に拘るとそれだけで勢いがガクッと止まる。

長い話を書くときはこまいことに拘ってちゃいけないんだと思います。

・・・・・まぁ、以前の展開や伏線を平気で忘れる某100巻作家みたいなのは論外ですが。

 

 

さて、ある意味本題である感想の方ですが(ぉ

あまり変わったという印象を受けませんね(核爆)。

ホシノ所長の非人道的な部分は改訂前の所員たちの会話で十分出ていたと思いますし、

イベントや展開の前後もこの場合あまり効果があるとは思えない。

そうなるとポイントは一之瀬さんだけなんですが・・・あっさり退場しちゃったしなぁw

リニューアル第一話の後編が出るまでは最終的な評価は出来ませんが、

今のところ今後の一之瀬さん登場の伏線くらいしか見るべきところはありませんねぇ(苦笑)。

 

予想を裏切ってくれることを期待しつつ、後編をお待ちしております。