(僕の名前はマキビ・・・ルリ!?「第六話」)



ナデシコのブリッジの中央、オペレーター席では、ツインテールの髪型の、蒼銀の髪の少女が、
ウインドウに表示された、地球の第1〜第7防衛ラインの詳細なデーターを見つめながら、
何やら難しそうな表情をして、ため息をついていた。

「……確かナデシコAは、この後、この防衛ラインを強行突破する事になるんだよね?」

一応、その前に艦長が、連合軍のお偉いさんに、バリアの解除を要請する事になっているが、
それは不調に終わり、それどころか、軍の上層部を余計に怒らせる結果になる……筈だった。

「それにしても、ミスマル艦長は、何を言って連合軍を怒らせるんだろう?」

少女は、そうなる事を知ってはいたが、その経緯や詳細まではわからなかった。
彼女にとって、それはまだ、記録の上での出来事でしかなかったから。

「ナデシコBで、過去の情報を調べていた時に、この事ももっとよく覚えておくんだった。
今更、この事を未来に戻って調べるなんて器用なこと出来ないし……はあ〜っ」

つい、ちょっと前にもこんな風に、同じ事で悩んでいたような気がする。
なまじ、中途半端に余計なことを知っている事は、却って始末が悪い事なのかもしれない。

「今のボクに、一体何が出来るんだろう?
結局、前回は何も出来なかったし、それどころか、よりにもよってあんなヤツに……」

と、少女は、何か嫌な事でも思い出したのか、不意に表情を曇らせた。
ちなみに、前回とは、ナデシコが軍に接収されそうになった、拿捕未遂の件である。(第三話参照)

「と、とにかく、知ってて、また今度も何も出来なかった、なんてのは嫌だ!、だけど、
こういう時、もしここにいるのが本物のルリさんなら、どうするんだろう?…………あっ!」

少女は、何かを思いついたらしい。

「で、でも、あれはやっぱりまずいかな?、あんまり派手にやりすぎて、目立っちゃったら……」

でも、何かに思い至ったのか、少しの間、躊躇っていた、……が。

「あ、でも、あれはあそこをこうすれば……」

どうやら少女は、この後、自分が何をするべきか、答えを見つけたようである。
少女は、何やら自分自身に言い訳をしながら、オペレーター席のコンソールに向かい、
そのまま何かの作業を始めたのだった。





「ルリルリ」

「うわあ〜〜っ、たたっ!!、み、ミナトさんっ!!?」

オペレーター席に向かい、何やら熱心に作業をしていた少女に、ハルカ・ミナトは声をかけた。
声をかけられた少女、ホシノ・ルリは、何故だかあたふたと、ウインドウの表示を閉じ、
慌てて振り向くと、既に閉じられたウインドウを隠すかのように、両手を上下にばたつかせていた。

「……ご、ごめんねルリルリ、驚かせちゃったみたいね」

「あ、いえ、全然そんな事ないですよ。あはは……」



ミナトは、口では「ごめんね」と言いながら、口には出さずに『怪しいわね』とも思った。
ルリの態度は、まるで、いかがわしい本やビデオを見ているところを、母親に見つかって、
慌てて隠す男の子みたいだと、ミナトは思った。

『あれ?、何で私はこんな変な例えを思いついちゃったのかしら?』

ミナトは首を傾げつつ、でも何故か不思議に、この例えがぴったりしているような気もした。



「これは、そんなにたいしたことじゃないです。
この後の作戦に必要かなって、資料を纏めていただけですから。ほら」

そう言って、一時の混乱から態勢を立て直したルリは、聞かれもしないのに言い訳をしつつ、
防衛ラインやその他の資料のウインドウを、改めて表示してみせた。
中には、マル秘とか表示の入った、機密に触れるような資料も含まれていて、いかにも凄そうに見える。
でも、そんなルリの態度、反応が、改めて怪しく不自然に感じられた。



『ルリルリが何をしていたのか、興味はあるけど……、でもまあ、今回はいいわ』

資格マニアで、かなり専門的なことでも、割と器用にこなせるミナトであるが、
さすがに、ルリの扱っている、メインコンピュータクラスのプログラムの事までは詳しくはない。
今回の場合は、無理に追求しても、はぐらかされて正解はえられないだろう。
それに今回は、元々別の用件でルリに声をかけたのである。ここは最初の予定通りに……。

「ルリルリが仕事熱心なのは、良くわかっているわ。でも、ここ最近ちょっと頑張りすぎよ、
もう少し肩の力を抜いて、たまには息抜きもしたほうがいいわよ。
だから、ちょっと早いけど、そろそろ休憩して、食堂にでも行って、お昼を食べてきたら?」

「しょ、食堂?、食堂ですか?、で、でも……」

「どうしたの?、食堂だと何か都合の悪いことでもあるのかしら?」

「そ、そんなんじゃないけど……」

食堂、と言われて、何故だかルリは躊躇しているように見えた。
ナデシコの発進前は、ルリは食事時でない時まで、ナデシコ食堂には良く顔を出し、
ホウメイさんや、助手の女の子達とも仲良くなっていたのに、
ここ最近は、忙しいからとか言って出前ばかりで、なぜだか直接食堂に行こうとしなかった。

「……食堂のみんな、特にミカコちゃんなんかは、ルリルリが来ないからって、寂しがっていたわよ」

「食堂のみなさんが?」

「そう、今はこういう時だし、この後はもっともっと忙しくなって、それこそ食堂に行く暇なんか無くなるわ、
その前に、少しくらい顔を見せてきたほうが、食堂のみんなも喜んでくれるわよ」

「それに、ルリルリは朝からずっと働きづめだし、そろそろお腹も空いてきたんじゃない?」

「それは……」



くうぅ〜〜〜っ



そのミナトの問いに答えるように、少女のお腹が可愛い音を立てて鳴った。
お腹で返事をしてりゃ世話はない。

「………」

「……る、ルリルリったら、くすくすくす

最初は堪えていたミナトだったが、堪えきれずにくすくす笑った。
ルリは、慌てて手でお腹を押さえ、恥ずかしさに顔を真っ赤にして、俯いていた。

「そ、それじゃボク、お言葉に甘えて食堂に行ってきますね。……オモイカネ、あとはよろしく

ルリは、恥ずかしさのせいか、この場に居たたまれなくなって、
まるで逃げるように、そそくさと食堂に向かったのだった。







ルリが行ったことを見届け、どうにか笑いの余韻が収め、ミナトは素早くどこかに連絡を入れていた。

「……そう、今そっちに向かったから、後はよろしくね、サユリちゃん♪」

連絡先は、どうやらナデシコ食堂であるらしい。

「特別な趣向で、ルリルリをもてなしたいって、いったいどんな趣向なのかしらね?」

ミナトがルリを説得したのは、テラサキ・サユリに頼まれての事だった。
内容はその時まで秘密、と言うことで、趣向とやらの詳細は教えて貰えなかったが、
悪い話では無さそうだったし、ルリのためになるのならばと、ミナトは協力したのであった。
こんな面白そうなことに、直接参加出来ないのは、残念であったが……。

「まあいいわ、後でルリルリが戻ってきたら、それとなく聞いてみましょ♪」


それはそれで、楽しそうだとミナトは思うのであった。











機動戦艦ナデシコ

僕の名前はマキビ・・・ルリ!?



〜第6話「少女の休息、裏の事情」〜



By 三平









『ホウメイガールズ』

それが、食堂のお姉さんたちの、五年後の世界でのユニット名だった。

ルリさんのナデシコA時代の元同僚で、戦場帰りのアイドルグループだった。

だけど、五年後の未来の世界では、あの火星の後継者事件の時も、その後も、

ボクは、ホウメイガールズの五人には会ったことはなかった。

だから、その人たちがどういう人たちなのか、それ以上、詳しいことは何も知らなかったし、

あの時は、たいして興味も持たなかったから。だけど今は……。





「はあ〜っ」

ナデシコ食堂に向かう途中の廊下で、ルリ(の中のハーリー)は、また溜め息をついていた。

「でもまあ、ボクが食堂に行ってなかったせいで、みんなに心配かけてたみたいだし、しょうがないか」

実のところ、ハーリーもずっと気にはしていたのである。

「でも、食堂にはアイツがいるからなあ」

その事に思い至り、ハーリーは表情を曇らせる。
ハーリーが、ここ最近食堂に行き渋っていたのは、食堂には『アイツ』が居たからだった。
『アイツ』と顔を会わせて、平静でいられる自信がなく、結果、食堂へ行くのを避けてしまっていた。
でも、確かにこのままずっと食堂に行かないって訳にもいかないし、これは良い機会かもしれない。

「せっかく、ホウメイガールズのみんなとも、仲良くなれたんだし……」

「ちょっと顔みせるくらい、いいよね?」

それに、食堂に行ったからといって、必ず『アイツ』と鉢合わになるとはかぎらないのだし……。







「ミカコ、もう少し落ち着きなさい。それじゃ不自然でしょう?」

「だってえ〜」

私は、トレイを抱えて、そわそわうろうろしているミカコに、注意をした。
しばらくぶりにルリちゃんが食堂に来るのを、ミカコが楽しみにしているのはわかるけど、
当のルリちゃんに不信がられたら、この後の計画に差し障りがあるでしょうに!!



シューッ

軽快な音がして、食堂への入り口のドアが開かれた。
ドタバタやっている間に、どうやら今回のゲストが到着したらしい。

「あ、ルリちゃんいらっしゃい」

「こんにちは、ミカコさん」

入り口近くでうろうろしていたミカコは、慌てて、そして嬉しそうに声をかけてルリちゃんを迎えた。

『ルリちゃんの反応は……、良かった、特に気にしていないようだわ』

サユリは、そっと胸をなでおろした。

『大丈夫、このまま予定通りに……』







ボクは食堂に、少なくともボクの視界の中に『アイツ』がいないことを確認した。
いない事に『ホッ』として、安心して近くのテーブルの席に着いた。
?、まるでボクが席に着くのを待っていたかのように、ミカコさんが声を掛けてきた。

「ねえルリちゃん、今回は特別なメニューがあるんだけど、食べてみない?」

「特別なメニュー?、それって、またミカコさんの料理を試食するんですか?」

「えっ、ルリちゃん鋭い!、って、しまったあ!!」

「って、やっぱり?」

……それって、どういう事かというと、
前に、ミカコさんが作った料理を、ボクが試食した事があったんだけど、
その時のミカコさんの料理って、少し失ぱ……、ちょっと個性的な出来だったんだけど、
でも、あれはミカコさんが一生懸命作ってくれたモノだったし、あの時は本当に美味しかった。

「あ、でも今回のは、私の料理じゃないんだよ」

「そ、そうなんですか、じゃ誰の?」

「あーっ、さては、料理作るの私じゃないって知って、ルリちゃんホッとしてるな!?」

「ち、違いますよ、そんな事ないです。ざ、残念だなあ、ミカコさんの料理じゃなくて……」



結局、詳しいことは教えてもらえず、うやむやのうちに、特別メニューを試食することになった。
ミカコさんは、試食品だから無料で良いって言ってくれたけど、最初からそのつもりだったんだな。
でも、『ルリちゃんの好きな物だよ』とも言ってくれているし、何が出て来るのか、ちょっと楽しみかな。



「ルリちゃん、おまたせ♪」

「わあ〜、オムライスだったんだ」

確かに、これはボクの好物だ。ミカコさん、ボクの好物を覚えていてくれたんだ。
それとも他の誰か、エリさんかサユリさんあたりかな?
どっちでもいいや、こういう事は、覚えてくれていたその事がうれしい。

「あれ、ミカコさんは、ここにいても良いんですか?」

「あ、私のことは大丈夫、話はついているから。
だからルリちゃんの食べてるところ、お姉ちゃんが見ていてあげるからね♪」

そう言って、ミカコさんはにっこり笑ってボクの対面の席に座った。なんだか楽しそう。
話はついてるって、この件は、他のメンバーやホウメイさんとは話がついているって事だよね?
見ていてあげるって……、気になってしょうがないんですけど、言っても無駄だよね。はあ〜っ。
ともかく、お腹も空いたし、今はミカコさんの事を気にしないで食べることにしよう。

「いただきま〜す」

ボクはスプーンを手にとり、まずは一口目のオムライスを、口に運んだ。





私は、対面の席から、じっとルリちゃんの様子を見ていた。
ルリちゃんは、なんだか緊張の面持ちで、恐る恐るって感じで、スプーンを口に運んで、
でも次の瞬間には、ルリちゃんの表情はパッと綻び、二口目を口に運んでいた。

『ルリちゃんたら、幸せそうな顔しちゃって……ああ、そうか』

私は、ルリちゃんのこの幸せそうな笑顔が見たかったんだ。
美味しいものを食べてるときのルリちゃんは、いつもこんな風に嬉しそうだったっけ。

「美味しい?」

聞こうと思ったけれど、やめた。
今のルリちゃんの表情見ていたら、そんな必要ない、聞くだけ野暮だもの。
私までつられて楽しい嬉しい気分になってくる。
だから、もうしばらく、このまま見ているだけでいいや……。

私は、頬杖つきながら、ルリちゃんの様子を眺めていた。
そんな私の表情も、ひょっとしたら緩んでいたかも?
だから、気の緩んだ私は、……つい油断してしまっていた。

「……さん、ミカコさん」

「え?、あ、何、ルリちゃん?」

「このオムライス、誰が作ってくれたんですか?」

「ああ、これは……」







その少し前、ナデシコ食堂厨房入り口付近では、



ルリちゃん、食べはじめたみたいよ
ミカコ、うまいことやったみたいね
あーん、私もルリちゃんの相手したかった
私も、ジャンケンで負けなかったらなあ……

「ほらほらあんたたち、いつまでもそこに突っ立って喋ってるんじゃない!!、仕事仕事」

「「「「はーい」」」」

「やれやれ……」

そう呟きながら、ホウメイはテンカワ・アキトの方を見た。
テンカワは、ついさっきまでの後片付けをしながら、次の準備に取り掛かっている。

『どうやら、あの子達がこそこそ画策している事に、テンカワは、まだ気づいてはいないみたいだね』

ホウメイは、今回のこの件の許可を出してはいたけど、今でも一抹の不安は拭えないでいた。

ルリ坊が、テンカワの事を嫌っているらしい事は、ホウメイも薄々感づいていた。
ここ最近ルリ坊が食堂に来るのを渋っていたのは、どうやらそのせいらしい、という事も想像がついた。
サユリたちも、その事に気がついたからこそ、ああいう事を画策したんだろうが……。

「昔の料理マンガじゃあるまいし、『料理で仲直り』なんて、そううまくいくのかねえ」

例としては、ミスター○っ子とか、○○しんぼとかを想像してくれるとわかりやすいだろうか?

「人の心なんて、そんなマンガやドラマみたいに、簡単に割り切れるものじゃないんだけどねえ」

ホウメイは、サユリ達より人生経験が長いだけに、そこまで楽天的にはなれなかった。
それでも結局、許可を出したのは、サユリ達の熱心さに押し切られたのと、
良い意味で、この膠着状態を動かすきっかけになってくれれば、と思っての事だった。のだが、
そこへ……、ルリ坊の所に残っていた、ミカコが慌てて駆け込んできた。

ミカコは深刻そうな表情で、何やらサユリにひそひそ話、聞きながらサユリも表情を強張らせていった。
何が起こったのか、ホウメイもなんとなく事情を察してしまった。同時に、

「あ、アキトさん待ってください」

さすがに鈍感なテンカワも、その只ならぬ様子に、何があったのか気づいてしまったようだ。
テンカワ・アキトは、誰も止める間もなく、食堂のほうにかけて行き、
その後を追って、あの子達も慌てて食堂へ行ってしまい、厨房にはホウメイ一人が残された。

「……どうやら、お節介が裏目の方に出ちまったようだねぇ」

ホウメイは、そう呟きつつ、ため息をついた。









「このオムライス、誰が作ってくれたんですか?」

「ああ、これはアキトさんが……」

ルリちゃんに、何気なく今回の料理人の名前を聞かれ、
私はつい言ってしまった。アキトさんの名前を。



カチャッ!!



その次の瞬間、ルリちゃんは、手にしたスプーンを取り落とし、スプーンは床の上に転がっていた。
私は慌てて、ルリちゃんの落としたスプーンを拾いながら、『しまった』と思っていた。
言ってはいけなかったんだ。少なくとも、ルリちゃんがあのオムライスを食べ終わるまでは。
サユリにも念を押されていたのに、ルリちゃんが、オムライスを美味しそうに食べてくれたことに安心して、
つい、気が緩んでしまってた。

『そうだ、ルリちゃんは!?』

私が顔を上げると、ルリちゃんは、勢いよくコップの水を飲み干していた。
勢いが良すぎてこぼれた水が、ルリちゃんの口元や制服を少し濡らしていた。

「ルリちゃん水が……」

私は、ハンカチを取り出そうとしたけれど、そんな間もなく、

……ごちそうさま

ルリちゃんは、絞り出すような声でそれだけ言って、わき目も振らずに、駆け出していってしまった。
ルリちゃんを引きとめる暇なんてなかった。








気がついたら食堂を飛び出していた。





「わあ〜、オムライスだったんだ」

そのオムライス、見栄えはまあまあ悪くないと思った。
誰が作ったんだろう?、ミカコさんは違うって言っているし、
ホウメイさんでない事も確かだった。
だって、こう言ったらこのオムライス作ってくれた人に失礼だけど、
少し前に、ホウメイさんに作ってもらったオムライスの方が、もっと見栄えが良かったもの。

って……肝心の味の方はどうなんだろう?

「いただきま〜す」

ボクはスプーンを手にとり、まずは一口目のオムライスを、口に運んだ。
オムライスの味が、卵の衣とチキンライスが解れながら、口の中に広がった。

『おいしい』

ハーリーは素直にそう思った。
単純に味だけを比べてみたら、先日食べたホウメイさんのオムライスの方が、美味しいと思う。
いや、このオムライス作った人は、腕はまだ未熟だし、ホウメイさんと比べるのはかわいそうだ、
だけど……。

『ボクはこの味は好きだ。うまく言えないけど、
暖かくて、美味しいものを、食べさせてくれようって、一生懸命さが伝わってくるみたいで……』

そんなものが、料理食べていて伝わってくるものなのだろうか?
だけど、少なくとも、ハーリーはそう感じていた。
いや、もっと単純に、このオムライスの味を気に入っていた。
相性が良かったのだろうか?

ハーリーは、オムライスを二口、三口と味わいながら、ふと思った。

『このオムライスは、誰が作ったんだろう?』

すぐにでも知りたいと思った。
後で、結果だけを見れば、ハーリーはそれを聞かずに、最後まで食べ終えるべきだったかもしれない。
だけど、湧き上がる好奇心は押さえられず、つい、聞いてしまった。



「このオムライス、誰が作ってくれたんですか?」

「ああ、これはアキトさんが……」



カチャッ!!



予期しなかったその名前に、ハーリーはスプーンを取り落としてしまった。

アキトサン?、アキトサンテ、アイツノコト?

咄嗟には、何が何だかわからなかった。
目の前のコップの水を勢いよく飲んだ。

……ごちそうさま

ハーリーは、それだけの言葉を搾り出すのが精一杯で、
気がついたら食堂を飛び出していた。







「あっ!?」

そこは通路の突き当たり、エレベーターの前だった。
ハーリーは、行き止まりで立ち止まり、ようやくここでハッと気がついた。
走ってきたせいで、まだ切れ切れな息を整えながら、今の自分の置かれた状況を理解しようとする。
まだ、頭の中もカッカして沸騰しそうだけど、少しづつ冷静さを取り戻しつつあった。

「このまま、エレベーターに乗れば、ブリッジに戻れるけど……」

ばつが悪くて、こんな早くに、ブリッジになんか戻れない。

「こんなに早く戻ったら、ミナトさんに、食堂で何があったのか聞かれるに決まってるし」

どうしよう?、それだけはなんとか避けたい、避けなきゃ。
だからといって、今更食堂に戻るなんて事も出来る訳ない。
ホウメイガールズの皆には、悪いことをしたなと思いながらも、
同時に、『騙された』との想いが胸中を渦巻き、許せない気分にもなっているし。

でも、これからどうしよう?、はあ〜っ。



きゅるるるくう〜〜〜っ



そのとき、またもやハーリーのお腹が、自己主張の音を立てて鳴った。
中途半端に、ほんの少しだけ食べたせいで、余計にお腹が空いたと感じたのだろう。

「……しょうがない、とりあえず、自動販売機で何か買って食べよう」

ハーリーは、通路を少し引き返して、自動販売機のコーナーに行くことにした。



「何にしようかな、……チーズバーガーでいいや」

今は、最低限お腹を満たしてくれるものなら、何でも良かった。
自販機から、バーガーが温まって出てくるまでには、少し時間がかかる。
ハーリーは、その間にジュースを買い、それを手に持ったまま、温まって来るのを待っていた。

コトッ

小さな音がして、自販機の取り出し口に、それが落ちてきた。
ハーリーはそれを、温められたチーズバーガーを取り出して手にとった。
さてと、これをどこで食べようか?、と、思案しかけたその時……。

「ルリちゃんは、俺の作ったオムライスより、自販機のファーストフードの方がいいのかよ!!」

『えっ?』

背後からの突然の抗議の声に、ハーリーは驚いて振り向き、その声の主を見た。
声の主はアイツ、『テンカワ・アキト』だった。
突然のことに、ハーリーは咄嗟に声も出なかったが、状況を理解すると同時に怒りが込み上げてきた。
次の瞬間、これまで押さえていた感情を、目の前にいるアイツに、一気に叩き付けていた。

「ああ、そうだよ!、あんたの作ったものより、これの方がずっといいよ!!」

ハーリーは、それだけ言い捨てて、素早くアキトに背を向けると、足早にその場を離れた。
それ以上、アイツと一緒に、その場には居たくなかったし、アイツを見たくなかったから。

だからハーリーは、自分の言葉にアイツ、テンカワ・アキトがどんな反応をしたのか、それ以上は見てはいなかった。







自販機コーナーを逃げるように離れた少女は、突き当たりのエレベーターに飛び乗っていた。
幸い、他にエレベーターには誰も居らず、今、この個室は彼女一人で貸切り状態だった。



「そうだよ、あんなオムライスが美味しいと感じていたなんて、どうかしてたんだ!

ボクの気の迷いだったんだ!!

あんな!、あんな…………何で?どうして?

どうしてあのオムライスを作ったのが、アイツだったんだよ!!」



その少女の沈痛なつぶやきに、答える者は誰も居なかったのだった。









つづく






おまけ、その1

展望室にて、自販機のバーガーとドリンクという、侘しい食事を終えた少女は、
ブリッジの入り口の前まで戻ってきていたが、入室を躊躇っていた。

「食堂での出来事を、もしミナトさんに聞かれたらどうしよう?、どう言って誤魔化そう?」

てな調子で、うじうじうろうろと、入りあぐねていたが、

シューッ

「あっ!」

決心しきれないうちに、ついうっかり、入り口のドアを開けてしまった。

「あ、ルリちゃん戻ってきたんだ。ちょうど良かった♪」

「か、艦長?」

開かれた扉の向こうには、艦長のミスマル・ユリカが立っていた。

少女は咄嗟に思った。『何故ここで艦長が?』
いや、ここはブリッジなんだから、艦長がいてもおかしくはない、おかしくはないのだけれど、
心の準備が不十分な時に、想定してない人にばったり出会い、少女は多少困惑していた。

と、少女が困惑状態で、次のアクションを取れないでいるうちに、
ミナトさんとメグミさんが、なぜか素早く少女の背後に回りこんでいた。
ミスマル艦長が、にこやかに話を切り出してきた。

「ルリちゃんに、ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願い?、お願いって一体?」

少女は、嫌な予感がして身構えた。ニゲロニゲロと防衛本能が警告していた。
だが、すでに退路は絶たれていて、逃げるのは無理そうだった。
って、ミナトさんたちが後ろに回りこんだのって、そのためだったのか!!

「実はユリカ、この後、連合軍のエライ人に、防衛ラインを開放してくれたら感激!!
なーんて、お願いしようかなーって思っているんだけど……」

「感激!!、って……」

「ルリちゃんにも、ちょっと手伝ってほしいな♪」

「ぼ、ボクに出来ることでしたら……」

少女は、退路を絶たれ、他の選択肢に、気づく余裕を与えられないうちに、
天真爛漫、少女のような満面の笑みのミスマル艦長に、両手を包み込むように握手され、迫られて、
つい、不用意な一言を言ってしまった。艦長に言質を与えてしまった。

「よかった。ありがとうルリちゃん♪」

「はあ……」

「と言う事で、ルリちゃんの気が変わらないうちに、ミナトさん、メグミちゃん、お願いします♪」

「「は〜い♪」」

「え、あの〜っ、ですから、お手伝いって、ボクは一体何を〜っ、!!?」

「いいからいいから」

「すぐにわかるわよルリルリ」

「一緒に頑張ろうね、ルリちゃん♪」

少女の中で、嫌な予感が最大限に膨れ上がっていたが、最早手遅れだった。
ミスマル・ユリカ艦長に促され、ミナトさんとメグミさんに両脇をがっしりと捕まえられ、
少女は、そのまま引きずられるように、女子更衣室に連れて行かれたのだった。



幸いというべきか、この件のおかげで、少女が当初懸念していた食堂での件はうやむやになり、
ミナトさんに追求される事はなかったのだった。

めでたしめでたし♪



「めでたくな〜い!!、なんでボクがあんなモノ着て、人前に出なきゃなんないんだよ!!」



この後、少女がその振袖の晴れ着姿を、モニター越しに、軍のおえらいさん達にお披露目する羽目になり、
好評を博する事になるのであるが、それはまた別の物語である。





おまけ、その2

私が初めてルリ坊に会ったのは、このナデシコ食堂を開いて間もない頃だった。

ナデシコは外見も内装も完成したばかりで、食堂も厨房も、まだおろしたてで真新しかった。
プロスさんとの契約では、その時はまだ準備期間で、正式な営業を始めなくても良かったんだけどね、
でも、あちこち調整中とか言って、作業員や整備員が乗り込んでいるのを知っちまったから、
そういった連中のためにも、一日でも早く食事を作ってやんなきゃって、仮営業を始めていたんだ。

あの日のルリ坊の事は、良く覚えている。
あの目立つ容姿のうえに、私の作った料理を食べて泣いてくれたんだ。そりゃ強く印象にも残るさね。
聞けば、前にいた研究所とやらでは、栄養剤みたいな物ばかりで、ロクな物を食べてなかったんだってねえ。
私はその話に憤慨したし、その分、ルリ坊がここでの食事を美味しいと言ってくれたことは嬉しかったねえ。
余程気に入ってくれたのか、それから毎日のように食べに来てくれて、料理人冥利に尽きるってもんだ。

助手の子達とも、特にミカコとは仲良くなってね、ミカコはここでは最年少で一番子供っぽくて甘えん坊で、
その分、皆から子ども扱いされてたから、自分より年下の子に、お姉さんぶれるのが嬉しかったんだろう。

そんなルリ坊が、ある日を境にぱったりと、食堂に来なくなった。
ナデシコが発進して、ブリッジが忙しくなったからってのが建前だったけど、
本当は、テンカワ絡みの理由らしい。テンカワがいるから、ルリ坊は食堂に来ないってね。
何故だか理由は分からないけれど、ルリ坊がテンカワの事を嫌っているらしい事に、皆薄々気づいていた。

だから、あの子達は、こっそりテンカワとルリ坊を仲直りさせようと、ああいう事を思いついたのだろう。
けれど、折角の試みが、薮蛇になっちまって、
ルリ坊に嫌われてる事に、気づいていなかったテンカワまでその事に気づいてしまった。
さて、これからどうしたものかねえ。







あとがき

第6話、やっとできましたのでお届けします。(いつもこんな出だしだなあ、苦笑)
やっと出たのはいいけど、話が進まないなあ……、というか、少し戻っているし。
もっとも、その分仕込みもしてありますし、次回以降、それを生かせればいいなあ、と思っています。
次回は、さすがに話は進む予定です。(多分)

去年の末から、マリみてにはまってしまいました(苦笑)
某所で、よくその話題が出ていたので、興味が出て、試しにレンタルビデオを見て、
結構面白かったので、文庫本2〜3冊読んでみて、それでは足りずに残り全巻買って来て、
いやあ、こんなに一気にはまったのは、久しぶりです(笑)
その影響で、このSSにも、マリみて風の描写入れようかと思ったのですけど、うまくいかないので止めました。
ただ、多少はどこかに、影響は出ているかもしれません。

それから、マリみて読む前は、今回の話で、ホウメイガールズの皆さんがルリ(ハーリー)を騙して、
アキトの作ったオムライスを食べさせるような真似をさせて、それでいいのだろうか?
なんて事も、真面目に考えて(悩んで?)いたのですが、
マリみて読んだあとでは、『まったく問題なし』と、開き直れちゃいました。(笑)
ホウメイガールズのお姉さまがたが、ルリちゃんの為を思って企画した事なんですから。

ところで、そのホウメイガールズの、お姉さまがたの企ては、結局失敗だったのでしょうか?
ホウメイガールズの皆さんの、狙い通りには行かなかったのだから、失敗のような気もしますが、
作者的には成功、とだけ言っておきます。皆さんはどう感じたでしょうか?

ハリルリの心情、当初はもっと細かく書くつもりだったのですが、
後半はぼかし気味になってしまいました。
作者の技量不足で、うまく書けなかった、ということもありますが、
ここはまだ、アキトに対するハリルリの心情を、全面的に明かさないほうがいいのかな?
とも思いまして、どっちのほうがよかったでしょうね。

最近、砂沙美の航海日誌を読み返してます。こっちのほうも、連載再開したいと思っています。
二年半以上、更新が止まっているし、再開は大変そうだなあと思いつつ、設定の見直しをしています。
あらためて読み返すと、結構恥ずかしいなあ、あの時は勢いで書いていましたから。
その分、速いテンポで更新が出来ていましたけどね。今、再開したらどんな感じになるかなあ。

今回の感想は、お久しぶりにゴールドアームさんにお願いします。
(最近は、代理人さんに頼むこと、多かったですけど)

それでは、今回はこの辺で失礼します。






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ゴールドアームの感想。

 と、いうわけで、ご指名を受けたゴールドアームです。
 さて、今回のお話ですが、うーん、ご本人も感じているようですが、ちょっと煮込みが足りない気がしますね。
 ひと味薄いというかなんというか。ホウメイさんやホウメイガールズの5人はそれほど違和感ないと思いますし、オムライス作戦も、彼女たちならいかにもやりそうな感じです。
 微妙なラインは、食事のシーンと、ラストシーンのアキトとハリルリちゃんのあたりでしょうか。書き込むのが難しいシーンだというのは私から見ても思いますけど、ここにもう少しためとボリュームが欲しかった気がします。今回のお話の流れですと、この場面におけるアキトの心情とハーリーくんの(ハリルリではないのがポイント)心の動きがお話のメインディッシュになると思われますが、そこがいささか軽かったかと。
 この例えだとミナトさんが食前酒、ホウメイガールズが前菜、ホウメイさんがスープというところでしょうかw。個々のエピソードは決して悪くないと思いますが、全体のバランスが上手く取れていない、というところですね。



 あと、おまけの1、2は、この内容ならこういう風に区切らずに、きちんとメインストーリーの流れに組み込んだ方がよかったかと思います。ただでさえメインが軽めなのに、こういうおまけを付けるとますますバランスが崩れると思います。



 今回は少し厳しいことをいいましたが、これからもじっくりと、面白いお話を作り込んでください。続き、楽しみにしています。





 ゴールドアームでした。