(砂沙美の航海日誌「第十話」)


「ごめんなさいお爺ちゃん、ササミがよく前を見てなかったから・・・」


いきなりでなんだが、廊下を移動中のササミが前方不注意で誰かとぶつかった様だ


「・・・いや構わんよ、別段たいした事はないようだ・・・君のほうこそ大丈夫かね?」


淡々と落ち着いた口調で話すのはフクベ・ジン提督
ササミがちょっとしたトラブルおこした相手は、少しばかり目立たないナデシコのお爺さんであった


「うん、ササミは大丈夫だよ・・・それより荷物はササミがもってあげるね」


ぶつかったお詫びという意味もあるのかも知れないが、
フクベ提督が荷物としてもっていた紙袋が目に入ったので、ササミが持ってあげようと思いたったようだ


「いや、別段私など構ってくれなくてもよいが・・・・・・ありがとう、ではお言葉に甘えるとしようか」


「うん」


フクベのお爺ちゃんの言葉にササミちゃんは元気に答えたのだった







「はい、お茶が入ったよ、フクベのお爺ちゃん」


ここはフクベ提督の部屋、ササミは慣れた手つきでお茶を入れていた

結局さっきの荷物をもってこの部屋まで来たのだが、中身はお茶の葉とお茶菓子だった

で、ササミは物のついでという事で、お爺ちゃんにお茶を入れてあげたのだが


「うん!、これは美味しい・・・君はお茶を入れるのがうまいんだね・・・」


「そんな事・・・全然たいした事じゃないよ」


と、ササミちゃんはフクベの褒め言葉に照れたりしているようだ

そんな様子に、フクベ提督は心が和むのを感じていたのだった



ところで、仮にも提督相手にササミがお爺ちゃん、とかフクベのお爺ちゃん、と言うのはどうなのだろう?

でも、フクベ提督自身はそう呼ばれるのを嫌がったりしていないようだ

むしろ、今更閣下とか、提督とか呼ばれるよりは好ましく思っているのかもしれない

この場にゴートなりジュンなりが居たら何かとうるさい事言ったかも知れないが・・・



「・・・・・・君は・・・ササミちゃんはどこの生まれなのかね?」


フクベは・・・ふとさりげなくを装って、今思いついたと言った感じで話を切り出した
本当はササミとアキトがどこの生まれかを知りつつ・・・・・・

その言葉に、ビクッとササミの身体は反応したように見えた
急にあたりの空気が重く感じられたかもしれない


「・・・すまない、聞いてはいけなかったかな?」


「ううん・・・そんな事ないよ、色々思い出していただけだから・・・

 火星の・・・ユートピアコロニーだよ・・・」


そう言うササミの顔はとても辛そうに見え・・・フクベは質問した事を後悔し始めていた

だが、本番はここからだった・・・フクベはその事を思い知らされることになるのだが・・・









機動戦艦ナデシコ

砂沙美の航海日誌



〜第十話「それは過去から続くもの」〜



By 三平









その頃、ササミ不在のブリッジでは・・・


「どう、ハーリーくん何かわかった?」


質問者は艦長のミスマル・ユリカ
どうやらハーリーに何か調べ物をさせていたようだ


「・・・慌てなくても今出しますよ艦長・・・はいこれですね」


そう言ってハーリーは検索したデーターをウインドウに表示する
ユリカはそのデーターを食い入るように見始めた・・・



河合明人(カワイ・アキト)西暦2178年2月26日火星のユートピアコロニーで生まれる

旧姓は天河明人(テンカワ・アキト) 西暦2186年火星でのクーデター未遂発生

この時、クーデターに巻き込まれた両親(天河博士夫妻)を亡くし、孤児となる


「!!やっぱり、でもどうして?」


ここまで読んでユリカはあの時の事を思い出す・・・アキトとは突然の慌ただしい別れだった

その後、父親に、コウイチロウにアキトの事を聞いて返ってきた答えが


「テンカワの家は皆死んでしまった・・・アキト君の事はもう忘れなさい」だった・・・・・・


ユリカは信じられなかった・・・

だけどその頃まだ子供だったユリカにはその事を確かめるスベは無く、しばらくは泣いて過ごしていたのだが

それはやがて過去の思い出となり・・・・・・つい最近までユリカはアキトの事を忘れてしまっていた

だが、それから十年の時が流れ・・・ユリカは生きていたアキトと再び出会うことができた


「でも、カワイアキト、どうしてアキトはカワイって名乗っているの?」


ユリカの疑問はもっともであるが、それは・・・


当時、河合銀二(カワイ・ギンジ)河合ほのか(カワイ・ホノカ)の河合夫妻がアキトを養子として引き取る事を申し出て

それが認められてアキトは河合家の一員となった。

それ以降アキトはカワイ・アキトと名乗って現在に至るのである

もっとも、河合家に引き取られた理由や背景などは、さすがにデーターだけではわからないようだが・・・


河合家の家族構成は

父、河合銀二(カワイ・ギンジ)

母、河合ほのか(カワイ・ホノカ)

養子、河合明人(カワイ・アキト)

長女、河合砂沙美(カワイ・ササミ)

四人家族で構成されている

西暦2195年10月の木星蜥蜴の火星侵攻時まではユートピアコロニーに居住していた事が確認されていた


ほかに、細かい注意事項やアキトや他の家族の経歴も表示されたりして、気になる事も多くあった・・・だがとりあえず

今のユリカにとってもっとも重要なのは、


カワイ・アキトが幼馴染のテンカワ・アキトだった


という事実でありましょうか


『アキトアキトアキト・・・生きていた、やっぱり生きていたんだねアキト

 どうして今まで黙ってたの言ってくれなかったの・・・ううん今はそんな事はいいや

 そうかあやっぱりそうだったんだ、何も言わないで今まで黙ってユリカの事助けてくれてたんだ

 いつもユリカのピンチの時には駆けつけて来てくれて・・・

 もうアキトったら相変わらず照れ屋さんなんだから・・・やっぱりアキトは私の・・・・・・』


何かユリカさん一人で都合よく勝手に納得してますね・・・でもそのうちある事に気が付いたようです


「ハーリーくん、カワイさ・・・ううんアキトは今どこにいる?」


ハッキリとユリカの空気は今までと変わっていた

逆らいがたい雰囲気を感じ、それに逆らわずハーリーは艦内検索をかけ・・・・・・


「あの人は今トレーニング室ですね・・・最近イツキさんと色々訓練とかしてますから、お二人は仲も良さそうだし」


余計な一言も含め、ハーリーはそのように報告した


「違うよ!、アキトは私の王子様だもん!!」


ユリカはそのようにハーリーの間違い(?)を正すと足早にブリッジを後にした

脱兎のごとくとはああいうのを言うのであろうか?

気のせいか、「アキトアキトアキト・・・」と奇声がドップラ−効果で遠ざかって行くように聞こえたような・・・





後に残されたブリッジの留守番要員達は・・・何と言うかホッとした空気に包まれたのであった(苦笑)


「艦長、何だったんでしょうねミナトさん?」


メグミが訳わからんとばかりにミナトに話を振った


「さあねえ、何かアキト君が艦長の知り合いだったみたいだけど、でも王子様ってどんな知り合いなのかしらね?」


「幼馴染だそうです。子供の頃の・・・艦長も火星に住んでいたらしいです・・・・・・」


そう話を振ったのはハーリー、ミナトやメグミが思わず注目する


「ハーリーくんどうしてそんな事知っているのかな? 艦長そんな事一言も言ってなかったみたいだけど」


「えっ!?・・・いやその・・・調べたんです、そうコンピュター検索してたらわかったんですよ・・・偶然に」


そんな風に言ってハーリーはミナトさんの質問をこの場ではかわした


本当は前の世界での知識である

前の世界ではハーリー憧れの上司だったホシノ・ルリは、黒いテロリストテンカワ・アキトの事にやたらこだわっていた

あげくにランダムジャンプでこっちの世界に飛ばされる羽目になったのではあるが・・・・・・

ハーリーにとってはライバルの情報は不可欠なので、あの当時それなりに下調べはしていたのである

(もっともルリはそういう意味ではハーリーの事を歯牙にもかけてなかったし、アキトはそんな事知りもしなかったが)

ちなみに、当時の情報ソースの中にはミナトさんもいたのはご愛嬌である(あとそういう話が好きなヒカルちゃんとか)

それはともかくとして、結局ハーリー君この場ではその話は曖昧に誤魔化したのだが・・・


「カワイ・アキトか・・・・・・」


その存在はこの世界が自分達が以前いた世界とは微妙に違う事を現していた

また、以前いた世界にはササミさんはいなかったはずである

少なくともハーリーの知っている範囲には居なかった・・・そのササミさんがここにいるのはもしかすると

アキトが河合家の養子になるという、アキトとササミを結びつけるあっちの世界の歴史ではなかったイベントのせいなのだろうか?

ハーリーはそんな気がした・・・



ともかく、あのカワイアキトは、ルリさんの知っているアキトとは別人のようではあるし

その事を知ってルリさんはそれに絶望したのだろうか? 

(何にせよルリは今も眠ったままであるし・・・)


『・・・どっちにしてももう向こうには帰れないし、この世界にはテンカワ・アキトはいないのだから

 物事はいいようにとらないとね・・・ルリさん早く目を覚まさないかなあ・・・』


ルリが目を覚ましたからと言ってハーリーが報われるとは限らないのだが・・・ハーリーにそれを言ってもしょうがないか


「おや?」


ハーリーはふと気が付いた

今開いていたカワイ家の情報のウインドウで、ホノカさん・・・ササミさんの母親のデータに不備がある事を

ギンジと結婚する前の経歴が綺麗さっぱり存在しないのだ・・・これは?

そして、辛うじてわかるのはそれ以前はネルガルの研究所に所属していたらしいという事

そう言えば、この写真に写っているホノカさんは桃色の髪で金色の瞳をしていて、

まるでマシンチャイルドのような容姿である

これの意味する所は・・・・・・?



ハーリーは無言で考え込んだのだった



それはそれとして・・・・・・


「うううっ・・・ユリカァ〜ッ・・・・・・」


先ほどのユリカの様子を見て、副長のアオイ・ジュンくんが人知れず(誰にも気づかれず)さめざめ泣いていたのだった

・・・・・・・・・影薄いつうたって限度があると思うがなあ・・・ハーリーにすら気づいてもらえないなんて(涙)









場面は最初のフクベ提督の部屋に戻る


「あの日、ホノカママたちはシェルターのあるネルガルの研究所に行っていたから

 だから、もしかしたらまだ、どこかで生きているかも・・・・・・」


ササミが話をしているのは淡い期待かもしれない

生存は絶望的と思われながらも、やはり両親が生きている事を期待するのはむしろ当然の感情だろう

初めは口の重かったササミだが、話しを始めるとその想いがあふれてくる

今まで口に出したくても出せなかった話をつい話してしまう・・・本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない



フクベ提督は黙ってササミの話を聞いていたのだが、ふと気が付いた


「すまない少し気になったのだが、あの日とは・・・第一次火星会戦の日の事かな?

 君はその日起きた事の話にくわしいんだね、まるであの時あの場所にいたみたいに聞こえたのだが・・・」


フクベの疑問はもっともである・・・第一次火星会戦以後、公式には火星からの脱出者はいないことになっている

という事は、ササミにせよ、アキトにせよ、それ以前に地球に来ていたはずである

あの混乱時に地球にいてこんな詳しい話がわかるはずはない・・・ではどうして?

その疑問にササミはあっさりと答えてしまった


「うん・・・・・・あの日、チューリップが落ちてきた日、ササミ達はユートピアコロニーの地下にいたから・・・」


「!!なっ、そんなバカな・・・!?」


本来ならありえない話にフクベはショックを受けた
ササミの話が本当なら、それはフクベが殺した街の住人の生き残りだと言っているようなものだから

その様子にきょとんとしていたササミだが、自分の話がウソだととられたとでも思ったのだろうか


「ウソじゃないよ・・・だってあの日本当にササミやお兄ちゃんや街の人たちが地下のシェルターに・・・」


ササミはいささかムキになって話を始めた・・・あの日の事を

あの日、ユートピアコロニーの地下シェルターであった事を

そして、そこでササミ達が体験した事を・・・


それは、フクベにとって衝撃的な話だったかもしれない
チューリップ落下直後でも、まだ地下に生存者が多くいたなど想像もしていなかったのだから・・・

にわかには信じがたい話かもしれない・・・

だが、フクベは今聞いている話を子供の作り話だとは思わなかった
その話には体験した者でなければ話せない実感がこもっていると感じたから
そして、ササミがウソをついているとはまったく思えなかったから

だからこそ、その話を一言も聞き漏らすまいと、フクベはいつしかササミの話をしっかりと聞き入っていた
じぶんのやってしまった事のためにどんな事になってしまったのかその事を受け止めるために



ササミの話はだんだんより辛いものに変わる

同時にササミの表情も辛そうなものに変わっていく・・・・・・



どうにか生き延びたはずの市民たちの前に、突然バッタが現れて生き残っていた市民たちに襲い掛かり

爆風に巻き込まれて気絶したササミが目を覚ました時に見たその光景は・・・


それは死屍累々屍の山だった



「ササミはもうあんな光景は見たくない・・・

 ずっとずっと忘れたい、忘れたいと思っていたけど

 でも忘れられない・・・ずっと頭の中に残ってて忘れられないんだ

 みんな、みんな生きていたのに・・・あの時までみんな一生懸命生きていたのに・・・」


ササミは辛そうな顔をして・・・でも淡々とそう話を続けた



そんな様子を見てフクベはたまらないと思う、

そんなササミちゃんをみてその体験を聞くのがこんなに辛いとは・・・

この子にその辛い経験をさせ、その光景を見せたのが他ならぬ自分の決定のせいだと思えばなおさらだろうか



「すまなかった・・・

 私のせいで君に、君達にもつらい思いをさせてしまったんだね・・・すまなかった・・・・・・」



「・・・いきなりどうしたの? お爺さん、お爺さん・・・・・・」



いきなりそう言って、ひたすらすまないと言い続けるフクベお爺さんの様子に、ササミはただ戸惑っていた


フクベのお爺さんが落ち着いてササミに事情を話すのは、この少しあとの事になるのだった






つづく






あとがき



少しどころかかなり中途半端ですが、今回はとりあえずここまでで送ります

なんでかなあ、急に書く勢いが止まっちゃったかなあ・・・スランプではないと思うのだけどね(苦笑)

なぜか書く手が進まなくて・・・(少し書いては止まり、また少し書いては止まりを繰り返し・・・うーん)

一ヶ月前くらいまでは、わりとすんなり書けていたのだけどね・・・勢いなのかなあ

「月の女神」みたいな話書いたあとにフクベ提督の話もってきたこと自体間違っていたような気もしてきたし(うーん)

少なくとも今回は、イツキとアキトの話、突っかかるリョウコの話、

何よりこのあとアキトに突貫するユリカの話を書くつもりだったのですけどね

その結果がどうなるか? 話は考えてあるし、早く火星まで行かせたいとは思うのだけど

(火星で色々ネタ出したいとも思っていますし、カワイアキトくんやササミちゃんの過去などもそろそろ入れたいんだけどね・・・)



まあしょうがない、早くこの件片付けてほのぼのした話をまた書きたいですね

とりあえず、今回はこんなところで・・・(どこかくたびれた三平でした)





代理人の感想

重い話を書くのって体力を使いますからねぇ。

かといって、途切れ途切れにやっていいものができるとも限らない。

結局の所、全力をたたきつけるしかないんですよね。