第1話





「・・・」

ネルガル月ドッグにある私室、そのベッドの上でラピスは膝を抱えていた

まるで世界を拒否しているように頑なに体を縮めているその横の机に、一つの写真が飾られている

写真には、二人の女と一人の男が写っている

女の内の一人はラピス、もう一人は、その昔は短かった髪を伸ばしたスーツ姿の大人の女性

ラピスにとって、アキトの次に信頼の置ける。唯一の、母とも呼べる存在

エリナキンジョウウォン

無表情のラピスを抱きかかえている彼女の口元には、薄っすらと楽しげな微笑が乗っている

その二人の横に、黒尽くめの男がラピスに負けず劣らずの無表情で佇んでいる

テンカワアキト

顔を覆っているバイザーの影からわずかばかり覗いているその口元は、硬く引き結ばれている

その写真をボンヤリと眺めると、ラピスはその写真が収められている木製の写真立てをソッと手に取った

ラピスにとって唯一の、思い出しても辛くない過去だ

この二人と、そして自分をここに連れてきてくれた数々の人間に、ラピスは心底感謝している

出来るならば自分のその感謝の意を伝えたいのだが、生まれてこの方笑ったことすらない自分にとって、そんな方法など逆立ちしても思い浮かばない

ここに来て、もうすぐ一年に届くことになる

なにか恩返しをしたい。出来れば皆が喜んでくれるような、そんな恩返しを

どうしたものか。ベッドの上に座り込み、思案に耽る

頭を捻る。思い浮かばない

頭を振る。当然思い浮かばない

頷く。意味がない

腕を振る。机にぶつけた。痛い

振動で、持っていた木製の写真立てが落ちる。慌ててそれを拾い上げようとしたラピスが、ふとその手を止めた

写真を見る。思いついた





「・・・で、お礼がしたいと」

深夜にも関わらず、第一秘書室で黙々と書類を片付けていたエリナが興味深そうにラピスの顔を覗き込んだ

その視線に、気恥ずかしいのか若干頬を赤くしながら頷くラピス

「皆には、お世話になったから」

「ふうん」

そのラピスの様子に、思わず頬を緩めながらエリナは答えた

昔のラピスからは考えられない考え方と行動力だ。この小さな女の子も、なんだかんだでゆっくりと、だが確実に成長していってくれている

そのことにこみ上げてくるような喜びと一抹の寂しさを覚えながらも、エリナは考えた

明後日で、ラピスがここに来てから丁度一年になる

その間、ラピスはユーチャリスやブラックサレナのことで、ここの整備班やその他彼女の身の回りの世話をした人間たちと、実に数多くの出来事を体験してきた

無論、ラピスの本来の目的がアキトのサポートだったため、決して楽しい思い出ばかりとはいかないが、それでも彼らは、ラピスの出生や今までの境遇を不憫に思い、ある者は妹に、ある者は娘に接するように大切にラピスを扱ってきた

正直に言うと、彼らはラピスが大好きだ。そのラピスにしてもらえることなら、彼らはなんでも喜ぶだろうし、中でもラピスファン倶楽部なるものまで存在している整備班の連中に至っては、そんなことをしたら喜びで卒倒するような連中まで現れるかもしれない

自分の想像に苦笑すると、ラピスがそのエリナの様子に不思議そうに首を傾げた

「どうしたの?エリナ」

「ううん、なんでもないわ」

苦笑を隠しきれない様子で笑うと、エリナは思ったことをそのまま口にした

「ラピスちゃん、貴方のやりたいようにやってみなさい?」

「・・・・やりたいように」

「そう」

「よく、わからない」

「そうねえ例えば・・・・ラピスちゃんは何をして貰ったら嬉しい?」

「?」

言ってる意味がわからないとでも言いたげにラピスはただエリナを見つめた

そのラピスの様子に、エリナは嫌な予感を感じる

「ラピスちゃん、ひょっとして」

「・・・・」

「・・・・思いつかない?」

頷く

エリナはそんな様子のラピスに頭を抱えるが、ふと思いついたように顔をあげた

「じゃあ、取りあえずセトさんにでも聞いてみたら?」

セト カズヒト。すでに年は六十に手が届くにも関わらず今だに現役でユーチャリスやブラックサレナの整備を担当しているネルガル月ドッグの整備班長だ

彼なら他の色んな意味で怪しい整備班たちと違い、ラピスに的確なアドバイスをしてくれるだろう

「ね?」

「・・・うん」

エリナの言葉に、ラピスはゆっくりと頷いた




機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 嬉しいこと、悲しいこと 』

 

 



「おらー!テメエそこは違うだろ!バッ!オマッ!!・・・・違うっつってんだろーがコラ!!」

先ほど戦闘から帰還を果たしたユーチャリスとブラックサレナの整備で、格納庫はごった返していた

鉄を打つような音やボルトが装甲を打つ音の中で、格納庫のど真ん中に仁王立ちで立ち、その見た目からは決して想像も出来ないような大声を張り上げている男がいた

白髪がすでに髪の半分ほどを占めているその男、セトはその年齢に似合わぬパワフルさで次々と指示を飛ばす

「だからそこじゃねえっつってんだろクラシキ!!あ!?聞こえない!?・・・上等だコラア!!」

ブラックサレナの右肩部分を整備している男の言葉に、セトは近くにあった巨大メガホンを手に取る

なぜかそれを見て絶叫を上げ、死にものぐるいの形相で避難を始める整備班の人間たちに構わず、セトはそのメガホンのスイッチを押した

『だからそこは違うっつってんだろがあ!!』

二キロ先で冬眠している熊ですら跳ね起きそうなほどのとんでもない叫び声がそれまでの格納庫の喧騒を全て吹き飛ばした

その余りに巨大な叫びに、格納庫全体が揺れるような錯覚をもたらす

逃げ出そうとした整備班たちが当然ながら間に合うはずがなく、格納庫のあらゆる場所から断末魔の悲鳴があがった

『聞こえてんのか!!だから!!そこは!!違うんだっての!!』

セトが一言叫ぶごとに、とんでもない轟音が格納庫に響き渡る

そんなセトに、整備班の人間が耳を抑えながら、ほとんど半泣きで訴えた

その横では余りの大音量に気絶している者や、なぜか目は虚ろ、その上その顔に不気味な笑みを浮かべてフラフラと歩き回っているような人間もいる

「お!おやっさん!後生です!堪忍してください!」

「ああ・・・・花畑が見える。あ?君はこの間飼い始めて二週間で死んだイタチのタッチー」

「バカ!それは幻覚だ!お前が飼ってたのはウーパールーパーのルパンだろ!!」

「ああ・・・頭がクラクラする」

その阿鼻叫喚の絵図に満足そうに鼻息を漏らすセトの袖が、不意に引かれた

「あん?」

目を向けると、どこから持ってきたのかしっかりと装着していた耳栓を外しているラピスがいた

「おうラピ坊か、なんの用だ?」

意外な来客にセトが尋ねると、今まで身悶えていた整備班の目が一斉に輝く

「ラ、ラピスちゃん!どうしたんだいこんなところに!」

「迷ったんだね!?そうだね!?よーしお兄ちゃんが良い所に連れてってあげるよ!」

「妻とも別れた!娘達もきっと説得してみせる!だから!だから僕と!」

『いやっかましいわあ!!』

すさまじい勢いで迫ってきた整備班を、再び巨大メガホンで吹き飛ばすセト

その横のラピスは相変わらず無表情に耳栓を装着していた

今度こそ完全に沈黙した整備班を一瞥し、セトは再びラピスへと目を向ける

「で?どうした?」

「うん。聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「うん」

頷くと、ラピスはしばらく考え、ゆっくりと口を開いた

「セトは・・・・私に何をして貰ったら嬉しい?」

「あ?」

意外過ぎるラピスの言葉に困惑気味に眉を潜めるセト。その背後、ラピスの聞き捨てならない言葉に、つい一瞬前に沈黙したはずの整備班が再び活動を再開しようとしていた

「どういう意味だ?」

「お礼がしたいの」

モソモソと蠢く整備班の影は、恨めしそうにその目を赤く輝かせながらこちらに背中を向けているセトへと迫る

そんなことなどお構いなしに言葉を区切ると、ラピスは意を決したように口を開いた

「私、なんでもするから」

その言葉を引き金に、セトの背後まで忍び寄っていた影が一斉に動く。一部の者が流した悔し涙がキラキラと輝いていた

「うお!なんだオメエら!」

「ちくしょおおおお!オヤッサンのバカ野郎ー!!」

「いくらオヤッサンでもラピスちゃんになんでもしてもらうなんて俺たちが許さねえ!!」

「後生だ!!死んでくれ班長!!」

「でもラピスちゃんのそんな言葉が聞けて幸せだ!!ありがとう班長!」

「ありがとうペド班長!そして死んでください!!」

「そりゃオメエらだろ!!」

鬼気迫る形相で襲い掛かってきた整備班とセトが乱闘を始めた。とはいえ、この程度のことなど日常茶飯事なので、ラピスはそのまま言葉を続ける

「皆に、感謝してるから」

その言葉に、ピタリと動きを止める整備班一同

「皆には、ホントに感謝してるから」

「・・・ラピ坊」

若い整備員に両頬を摘まれた体勢で、セトはラピスを見遣った

「お礼、したいの」

ラピスの言葉に、その場にいた全員が照れくさそうに頬を掻いた

そんな整備班の一同を満足そうに眺め回したセトは、嬉しそうに息をつきながらラピスへと歩み寄った

大きな手で、ラピスの頭をクシャクシャと撫でる

「なあラピ坊」

屈み込み、ラピスと目線を合わせると、セトは笑った

「ガキが気い使ってんじゃねえっての」

「でも」

「お前はよ、自分で思ってるよりずっと誰かの役に立ってる」

口を開こうとしたラピスの頭を再び乱暴に撫でると、セトは続けた

「逆に俺らがオメエに礼しなきゃならねえくらいだ。だから気にすんな」

「・・・・」

「ほれ、今日はもう遅いから、さっさと寝な」

「・・・・うん」

そのセトの言葉と、背後で満足そうに頷いている整備班を見比べ、ラピスは頷いた

格納庫の出口まで歩くと、そのまま背後を振り返る

その無表情の中に、ホンの僅かだけだが、確かに笑顔が見えたような気がしたのは、セトの気のせいだろうか

「ありがとう」

照れくさそうに頭を下げると、ラピスはそのまま逃げるように出口から帰っていった

そんなラピスを笑いながら見送るセトだが、その背後にいる整備班の人間に掛けた声は、とても重々しかった

「オメエら」

「うす」

セトの言いたいことを察したのだろう。彼らの表情に一切のふざけた色はなかった

振り返ると、セトは叫んだ

「あんな良い子にあそこまで言われて!オメエらは何もしない気かあ!?」

「いいえ!!」

「クラシキ!例の奴の完成度は!!」

「五十パーセントです!正直間に合うか微妙です!!」

「間に合わねえのか!?テメエら!!」

「いいえ!!」

その一糸乱れぬ返事に、セトはニヤリと笑った

「だったら間に合わせろ!!あと二日だ!!」

「おー!!!」

先ほどの巨大メガホンの叫びなど比較にならないほどの号令と返事を残し、整備班は一斉に『ある物』の準備へと散っていった

そんな彼らを見届けると、セトは両腕を組んだまま呟いた

「あの子は、良い子になったな」

「・・・・面倒を掛けた」

セトの背後の壁に、何時の間にか現れたその全身黒尽くめの男―――アキトは、頭を下げた

「ありがとう」

「礼なんていらねえよ。俺らは俺らの思う通りにやっただけだ・・・・あの子を大事に思ってるのは、なにもオメエだけじゃねえんだぜ?」

「・・・・」

「覚悟、決めやがったな?」

「・・・・なんのことだ」

「へっ、とぼけても無駄さ・・・・わかるんだよ、生まれて四十年以上も整備続けてりゃあ、機体の戦闘の仕方から、そいつの考えてることがよ」

格納庫の喧騒の中、そこだけ切り離されたように沈黙が降りた

無言のままのアキトに、セトは背中を向けたまま顔をあげる

「泣かすなよ・・・・あんなガキをよ」

セトの呟きに答えることなく、アキトはそのまま格納庫を去っていった

「生き急ぎやがって・・・・あの若造が」

ポツリと漏らしたセトの言葉は、格納庫の喧騒に巻き込まれ、誰の耳にも届くことはなかった





それから二日、ラピスは今まで世話になってきたあらゆる人間に、自分になにをして欲しいかしらみ潰しに聞いて回った。だが結局大した収穫もないまま、一年間お世話になったという感謝の印は、お決まりの花束に収まった

だがそれでも、誰かにプレゼントを渡すという行為そのものが初めてのラピスは、緊張のためかその小さな体が持つには大きすぎる花束を、力の限り抱きしめながらエリナと共に歩いていた

向かう先は格納庫だ

昨日連絡をした。整備班だけでなくラピスが世話になった全ての人間、言い換えるならばこのネルガル月ドックにいる全ての所員に、今日格納庫に集まって欲しいと通達したのだ

興味を示した多数の人間から理由を聞かれたが、ラピスはその疑問をことごとく無視した

エリナ曰く、こういう催し物は無宣告でやった方が、その分相手は驚き、そして喜んでくれるものらしい

ラピスにとってエリナの言葉を疑う理由など欠片もない。彼女は忠実にエリナの言葉を守り、アキトに頼み込んでこっそりと二人で花屋へと出かけ、こうして花束を用意した

そこまで思い出して、ふとラピスの表情に影が差す

二日前の出撃以来、アキトは変わった

どこがかと問われればわからないとしか言い様がない。だが、ラピスにはなんとなくわかった

彼は変わった。そしてその変化は、自分にとって決して歓迎出来るような変化ではない

「・・・・」

守らなければならない。今のアキトを止められるのは、きっと自分しかいない

酷く思い詰めた考えに、ラピスは花束を抱きしめる腕にさらに力を入れた

ガサリと鳴った花束と、それを抱えているラピスの張りつめた表情に気づいたのか、横を歩いていたエリナが微笑みながらラピスの頭を撫でた

驚いて見上げると、エリナは苦笑とも微笑ともつかない曖昧な笑顔を浮かべながら口を開いた

「大丈夫よ」

その言葉は、今から赴く格納庫で起こる出来事に対してだけではないのではないのかと、ラピスはなんとなくそんなことを思った

視線をエリナの顔から前方に移すと、廊下の奥に扉が見えてきた

格納庫だ

緊張の余りカラカラになった咽に唾を流し込むと、ラピスは歩きながら大きく深呼吸した

あっという間に辿り着いたその扉の前で、ラピスは大きく息を吸い込んだ。まるで今から潜水でも始めそうなほど、その呼吸は真剣で、一生懸命だった

「・・・・開けるわよ?ラピスちゃん」

そんな様子のラピスに苦笑すると、エリナは念のため確認を入れた

その言葉に、大きく頷きすぎたラピスの顔が花束に突っ込まれる

「っわふ・・・」

驚いて息を吸うと、花粉が鼻の奥まで侵入してきた。慌ててさらに息を詰め、結果的にラピスは花束を抱えたまま十秒ほど咽び泣くことになった

「・・・・ブ」

その、普段の冷静なラピスからは想像もつかないような狂態に、エリナは耐えきれず笑い声を漏らした

「ム」

そんなエリナにラピスは軽く一睨みを入れると、改めて目の前の扉を見つめた

「・・・・エリナ」

「はいはい」

まだ先ほどの笑いの名残が残っているのか、口元を緩めたままのエリナが扉の開閉スイッチに手を伸ばした

「頑張ってね、ラピスちゃん」

横から聞こえてきたエリナの声に頷き、ラピスが一歩を踏み出そうとしたその瞬間

開いた扉から信じられないくらいの大音量のファンファーレと目も眩むようなレーザー光線の乱舞、そして大量の紙吹雪が吹き込んできた

「・・・・・」

余りに予想外の事態に、思わず目が点になるラピス

茫然自失のまま、エリナに促されて格納庫の中央に一昨日まで影も形もなかったはずの巨大ステージの上へと足を進める

目の前には、おびただしいほどの人の群れ。ざっと見回しただけで少なくとも百以上いるだろうことがわかる

そんな彼ら、あるいは彼女らは、皆してやったりといった表情をしていたり、嬉しくてたまらなさそうに肩を揺らしていたり、或いは楽しそうに笑いながら、壇上のラピスへと拍手を送る

そこでようやく我に返ったラピスがエリナを仰ぎ見る

彼女は本当に楽しそうに笑っていた

「皆がね、ラピスちゃんが来て一年だから、お祝いパーティーをどうしてもやりたいって・・・・アキト君も賛成してくれたわ」

「あ・・・・」

そこでようやく気づいた。自分と同じことを考えていた人間が、他にもいたのだということに

視線をさらに上へと向けると、『ラピスちゃん一周年記念パーティー byラピスちゃんファン苦裸部』と掛かれた巨大な大段幕が掲げられていた

視線を再びステージの前に戻すと、なにやら袴を羽織った一人の男がステージへと上がってきていた

ラピスのよく知っている人間だ。クラシキ ユウト。よくセトに怒られているまだ歳も二十代前半程の若者

そのクラシキが顔と挙動全体でうれしさを表現しながら歩いてくる。正直不気味だ

思わず半歩ほど後ろに下がった。その僅かなラピスの動きに、クラシキの表情が面白いほど変化した

「うおおおお!!拒否されたああああ!!」

絶叫を上げてその場に倒れ伏す

「だから言っただろ!その歩き方気持ち悪いんだよ!!」

「なーにがラピスちゃんのことなら俺に任せろだあの変態野郎!やっぱ俺が司会やるべきだった!!」

ステージ袖からゾロゾロと現れた男たちが、クラシキをステージ隅に押しやり、それぞれが片手に持ったマイクを構えながら、ラピスへと一歩を踏み出す

なぜか息が荒い上に、目が据わっている

「ほら見ろ・・・・怯えているじゃないか」

「可哀想に今助けてあげるよ」

「大丈夫、怖いのは最初だけだから・・・・すぐに良くなる」

なにやら不穏当な発言を漏らしながらジリジリと迫ってくる男たち、その構成員の大半が整備班だが、その何割かは事務係やその他の部署の人間も結構な数が紛れ込んでいる

大の男二十数名が徐々に距離を詰めてくるその光景には、色々な意味でかなりの迫力があった

さらに後ずさるラピス。正直泣きそうだ

だが、そのラピスの前に、彼女を庇うように立ちはだかる何十の影が現れた

「退きなさい!この変態!!」

なにやらその一団のリーダーらしき女性が声を上げる

そこだけ見れば、怯えるラピスを庇ってくれた優しい女性達の集団である

ただ一つ、全員が例外なく特攻服を着込み、その背中に『ラピスちゃん愛好会』という文字が男らしすぎる文字で書き殴られていることを除けば

「あ?!退けよアイコ!!今から俺たちが盛大にラピスちゃんの一周年記念パーティーをプゲラ!!」

先ほどの男達の先頭に立っていた人物が投げつけられた花瓶をモロに顔面にぶち込まれ倒れる

アイコとは『ラピスちゃん愛好会』の愛称である。彼らとこの特攻服を着込んだ女性集団は、実は今までラピスに関する様々なことで数え切れないほどの激闘を水面下で繰り広げてきたのだ

もちろん知らなかったのはラピスだけである。他の人間にとってみれば十分に予想出来たこの二大勢力の衝突に、観客から歓声やもっとやれと言った煽りが飛ぶ

そんな月ドッグの面々を眺め回し、エリナは人知れずため息をついた

仮にも一企業が抱える極秘ドックである。その管理運営を任されたメンバーが、こうまでアレで良いのだろうか

ふと、その一団のやり取りを見つめているラピスの表情が目に留まる

余り表に表していないが、ラピスのその表情と雰囲気は、明らかにいつものものよりも柔らかく、また楽しそうであった

笑みが浮かぶ

そういえば、自分は以前これとよく似た環境の中にいたことを思い出す

大人の癖にどうしようもないくらい子供で、その上頑固で

前を向く、そこでは相変わらずの大乱闘と大騒ぎ

いつの間に乾杯したのか、この日のために生活班が心血を注いだらしい料理の取り合いが行われていた

ラピスはと言えば、見かねた何名かの人間たちに連れられ、その立食会に加わっている

「・・・・ま、良いか」

たまには良いだろう。そう思ってしまう自分も目の前の大馬鹿騒ぎも含めて、エリナは苦笑した





最初の滑り出しこそ一部の過激派のせいでゴチャゴチャになってしまったが、それからのパーティーは実に順調に進んでいった

有志による隠し芸大会やビンゴ大会、果ては咽自慢からペット自慢

究極的にはラピス自慢大会という主旨がわからないような大会まで催される始末

当然例の二大勢力がこの大会で大激突。本日二度目の大乱闘に発展することになる

主賓であるラピスを置き去りにして行われてしまったような形だが、それでもラピスは十分に楽しんでいる様子だった。入れ替わり立ち替わり現れる観客たちと、祝いの言葉や他愛のない会話を楽しんだ

そんな、人混みの中心にいるラピス。それを格納庫の隅から眺めている影が二つあった

壁に寄りかかっているアキトと、その手に立食会用の取り皿を二つ持ったアカツキだ

「いやー、中々盛況だねえ」

相変わらず脳天気な声で呟くアカツキ。その顔にはやはり相変わらずの薄ら笑いを貼り付けている

そんなアカツキの言葉など聞こえないように、アキトは目の前の喧噪をただ黙って見つめるだけだった

そんなアキトを一瞥すると、アカツキも同じようにただ前を見つめながら呟いた

「これで自分がいなくなっても大丈夫・・・・なんて思ってるんじゃないだろうね」

アカツキのその言葉にも、アキトは目立った反応は返さなかった

ただ、淡々と口を開く

「元々俺は長くない。大丈夫だろうとなかろうと・・・・それが事実だ」

「ユリカ君の安全を確保出来れば、死んでも良いってかい?」

頷くことも首を振ることもしないアキトに、アカツキはため息をついた

「そうやって・・・・自分が生きている理由すら他人任せにするわけだ」

その言葉に、初めてアキトが反応らしい反応を示した

僅かに右手を振るわせると、ゆっくりと顔をアカツキへと向けた

そんなアキトの顔をバイザー越しに見つめながら、アカツキは尚も飄々と口を開く

「違うのかい?君はそうやって、今自分が生きてる理由すらユリカ君のためだと、彼女の安全を確保するまでは死ねないだのと。そう思ってるんじゃないのかい?」

「・・・・」

その挑戦的なアカツキの言葉に、アキトは彼から視線を外すことで答えた

「そう、かもな」

投げやりなアキトの言葉に、アカツキは眉を潜める

「理由や、言い訳がないと生きていけない・・・・そんな男だ、俺は」

右手を確かめるように開き、そして閉じる

二年前はなんの障害もなく出来たそのなんでもない行為。そんな自分をずいぶんと遠くに感じるほど、その動作はぎこちない

「ま、僕は構わないけどね。結果として火星の後継者の残党狩りがネルガルの利益に繋がるわけだし」

「・・・・」

興味がないと言った表情で、アキトは右手を降ろした。そして、再び目の前の大騒ぎの中にいるラピスへと目を向ける

表情にこそ余り出していないが、楽しそうだった。おそらく、それは周りにいる人間たちも分かっていることだろう

彼らは、ラピスのことを理解してくれている

彼らなら、きっと大丈夫だ

ややあって、アキトは口を開いた

「アカツキ」

「ん?なんだい?」

鶏肉を頬張っていたアカツキが振り向く

そんなアカツキを一瞥すると、アキトはゆっくりと呟いた

「ラピスとのリンク解除・・・・頼めるか」





唐突に、ラピスの背中を冷たいモノがよぎった

慌てて周囲を見回す

自分を囲んで談笑していた者達が、なにごとかとラピスの様子の急変に驚いていると、ラピスは格納庫の隅にそれを見つけた

人混みを避けるようにポツンと佇むその二人

その片方であるアカツキが、なにやら深刻な顔でアキトの顔を見つめている

嫌な予感がした。慌てて走り出す

嫌な予感が、した





「・・・本気で言ってるのかい?」

その手に持った鶏肉をブラブラとさせながら訪ねてくるアカツキに、アキトはただ頷いた

「じゃあ・・・・ウチからの君への支援は断ち切らないといけないねえ」

「役立たずに、用はないと?」

「当たり前でしょ」

アカツキのその言葉にも差して動揺した様子も見せず、アキトは相変わらずただ前を見つめている

「君の価値はラピス君と組んで初めて発生するのさ。幾らボソンジャンプが可能とはいえ、五感がないんじゃそんなの活かしようがない」

表情は相変わらずのうのうとしたものだが、その口調に僅かながら苛立ちのような物がこもる

「現時点でラピス君以外に君の五感をサポート出来る人間など存在しない。つまり、ラピス君と別れるということは、君自身の死と同義なのさ。わかるかい?」

そんなアカツキの言葉を聞きながら、アキトはぼんやりとこの前の戦闘のことを思い出した

あのとき思ったこと、考えたこと

このまま破壊と憎しみだけばらまくくらいならば・・・それも良いかもしれない

これが、最後の引き返しどきかもしれない。ここでラピスと別れ、死ぬのならば・・・自分はまだ人として死ねるかもしれない

少なくとも、ラピスの役には立てる

一時的に落ち込むかもしれないが、それもきっと時間と、そしてなにより彼らが解決してくれる

それだけのモノを、ラピスはすでに手に入れている。ならば・・・

最後くらい、人の役に立って死ぬのも

「それも、良いかも・・・な」

「ヤダ!!」

張り叫ぶような声が聞こえてきた

いつの間にか二人の前に、ラピスがいた。日頃運動不足の体にはきつかったのだろう。この格納庫の隅までという僅かな距離を走ってきただけなのに、息が切れている

いや、息が切れている理由はきっとそれだけではない

「どうした?ラピス」

「ヤダ!!!」

会話にならない。おそらくラピスにはわかっているのだろう。アキトがなにを考え、なにをしようとしているか

それだけの時間を、ラピスはアキトと共に過ごしてきただろうから

ため息をつくと、アキトはゆっくりと歩き出した

ラピスは動かない。自分を守るように両腕を胸の前で組んだまま、動かない

「・・・・冗談だ」

すれ違いざまに呟いたその言葉を、どれだけラピスが信じただろうか

泣きそうな顔で、去っていくアキトの背中を振り返る

だが彼は結局振り返ることなく、格納庫から出て行った

「アキトは・・・・なんて言ってたの?」

閉ざされた扉から目を離さずに尋ねる。答えはすぐに返ってきた

「君とのリンクを、切ってくれだってさ」

息が詰まった。慌てて走り出す

そのラピスに結局声をかけることなく、アカツキは手にもっていたままの鶏肉を口に運ぼうとして・・・・やめた

格納庫から飛び出すラピスの背中を見つめ、呟く

「殺した何百の他人の為に死ぬよりは、今自分の為に生きてくれてる一人の人間に謝る方が・・・・僕は有意義だと思うんだけどねえ」





「アキト!!」

背後から聞こえてきた声に、振り向くことなく足を止めた

それに追いついたラピスがアキトの前に回り込む

「私、ヤダ」

「言っただろう・・・・嘘だ」

「嘘」

断言するラピスの顔には、一切の迷いはなかった

「アキト、嘘言ってる・・・・わかる」

「・・・・」

咽まででかかった言葉を、ラピスは押し止めた

リンクを切ることがアキトにとって死を意味することを

そんな言葉なんの意味もない。死にたがっている今のアキトにそんな言葉無意味だ

ラピスにはわかっている。優しい彼にとって、自殺だけはタブーなのだ

自らその命を絶ったという事実は、残された者達を必要以上に傷つける

だから彼は欲している。不可抗力の死を

だから彼はあんな戦い方をする。自らの命を省みない、あんな戦い方を

だが・・・・ラピスは思う

そんな死に方、自殺とどう違うのかと、そして

自殺だろうとなんだろうと、残されていく人間にそんなことなど一欠片も関係ないことを

死という事実に、死因などという単語など気休めにもならないことを

止めるしかない。それが出来るのはきっと、自分しかいない

「アキトが死んだら・・・・私も死ぬ」

その言葉に、バイザー越しのアキトの目が僅かだけ細められた

「そんなことは―――」

「でも!!」

アキトの言葉を遮るように叫ぶ、アキトを理屈やそういう類の言葉で説得など出来ないのは、分かり切っている

だから伝える。ただの事実を

自分が心から思う、ラピスにとっての真実を

目の奥が熱くなる。こんな縁起でもない言葉、本当なら考えたくもない

アキトが死んだら自分も死ぬ。それは良い、構わない

でも・・・

ラピスは嘘をつく

本当は一緒にいたい

本当は、一緒に・・・・

ラピスは笑う

彼女が、その生涯でもっとも最初に浮かべた笑みは、悲しみに彩られた、作り物の笑顔だった



「私が死んでも、アキトは・・・・・・生きて」



本当は一緒に死んで欲しい

自分のいなくなった世界でアキトが生きていくことなど、耐えきれない

ただ・・・・そうなる気がした

一緒に死んで欲しいと思いながらも、アキトに死んで欲しくないと願う自分がいる

アキトが死んだら後を追うと思いながらも、そうできない気がしてしょうがない自分がいる

理由はわかっている

自分にとってのこの一年、起こった出来事が頭を次々と通り過ぎていく

自分とアキトしかいない世界。それが次々と崩れ、広がっていった

一つだけだった大切なモノが、今では両手で持ちきれないほどたくさんになっている

大切なモノが、増えすぎた

ただ、それでも思う。もっとも大切な、大事なモノはなにかと問われ、自分が答えるだろう名前を

「だから・・・・」

口元が綻ぶ、最後に残った名前が彼であったことが、心底誇らしい

例えヒトでなくなっても、自分には理解出来ない存在になってしまっても

それでも、大切だった

「生きて?」

作り物の笑顔から、本物へと

胸を張るようなラピスの笑みを、アキトはただ黙って見つめ続けた

正直、ラピスの涙を見ても心が動かされることはなかった

ただ、それでも

なにかが届いた感覚が全身を支配した

嬉しいと思う。心を動かされなかった自分を、確実に壊れていっている自分を

そして同時に、どうしようもなく悲しくも思う

いつも思う。もしかしたら本当のテンカワアキトという人間は、あのとき、シャトル事故のときに死んでいたのではないのだろうか

今残っている、生きている自分はもしかしたらただの残滓なのではないだろうか

だが、それでも自分を支えてくれている人間がいることを、どうしようもなく嬉しく思う

そこでふと、取り留めもない考えが溢れて消えた

ラピスの涙を見て心が動かされなかったわけではないのかもしれない。いつも、もしかしたら自分の心は揺れ動いていた、それだけのことだったのかもしれない

残滓でも、良いと思った

本物でも残りカスでも構わない。少しでも自分のことを大切に思ってくれている人間がいるのならば、それだけの為に生きていくのも、良い

どれだけあるかわからない自分の命、もしかしたら小指の先程の残りしかない命でも、誰かの役に立てるのなら

例えその大切な人達に、恨まれることになろうとも

傷つけることになろうとも

「・・・・ラピス」

呟く。考えた行動ではなかった

小さな頭を撫でる。言葉も一緒に漏れた

口元がいつの間にか綻んでいた。なんだ、やはりそうだったのだ

あれだけ死にたがっていたくせに、あれだけ悲劇のヒーローに浸っていたくせに

こうしてちゃんと、笑えるではないか

そのことを誇らしく思う反面、どうしようもなく優柔不断な自分を苦々しくも思う

ただ、今は笑える自分に感謝した

「俺が死んでも・・・・ラピスは生きろ」

弾かれたように見上げてくる、その顔

最初は驚きに染まっていたその表情だったが、アキトの口元に浮かぶ笑みを見て取ると、安心したように緊張を抜いた

それから、長い長い沈黙のあと、ラピスはゆっくりと大きく頷いた

「うん」

アキトも初めて見る、ラピスの笑顔

心から浮かべているだろうその笑顔を見て、アキトもまた心から思った

笑っていて欲しいと、これからの道を、これから浮かべるだろうたくさんの笑顔で、飾っていって欲しい、そう思う





それがアキトが見た、ラピスの最初で最後の笑顔だった






あとがき





世に言う巻き糞なる絵を最初に考えた人は、天才だと思います



というわけでこんにちは、白鴉です

色々と忙しく、結構時間が空いてしまいました

ここでお礼を申し上げておきたいのですが、掲示板で感想をくれた方々、どうもありがとうございました

感想を頂いたことに気づいたのが、書き込まれてからすでに一週間以上もたっていただけに、今更お返事を書かせていただくのも随分アレな気がしましてご返答が出来ませんでしたので、ここでお礼を言わせて頂きます

さて、ダーク路線なのか四流ギャグなのかそれとも違うジャンルなのか今一はっきりしない感じですが、これからもどうぞよろしくお願いします





それでは次回で






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管理人の感想

白鴉さんからの投稿です。

ラピスが一生懸命前向きに頑張ってるだけに、アキトの後ろ向きに全力疾走が目立ちますね(苦笑)

最初に叫んで整備士は、ウリバタケだと思っていたんですけど、予想を外されましたねぇ

アカツキの説得にも耳を貸さない、自閉モードのアキトもラピスの涙には心を動かされたみたいですね。

しかし、アキトの寿命が短いのは避けられない事実・・・その後のラピスはどうなるのでしょうかね?