第2話





あの男は、最高だった

暗がりに沈みながら、男は心底そう思う

目の前には漆黒の宇宙。そしてそこに浮かぶ、数限りない生命の残骸

統合軍の巡回艦隊。この小惑星群に隠れ潜む自分たちを見つけたところまでは優秀だったが、如何せんそこからの反応が子供並だった

だが、その感想は正確に言えば間違っていた。彼らが子供並なのではない、この、彼らが相手にした男がずば抜けていただけの話だ

しかしそんなことなどこの男には欠片ほどの関係もなかった

脳裏に過ぎるのは、つい三ヶ月前に立ち振る舞ったあの死闘

背筋が震える。あれほどの高揚感を味わったのは生まれて初めてだった

命と命の削りあい。ただガムシャラなまでの殺気と殺意と憎しみと怒気を、自分に向けてきたあの男

「・・・・クク」

愛機の操縦席に身を委ねながら、その口元をいびつに歪めた

確かめるように、愛機の、その手に持った錫杖を打ち振るわせる

『隊長、そろそろ』

入ってきた部下からの通信に、その過去を思い出しギラついていた視線を向けると、相手の怯える気配が伝わってきた

その、ただの自分の一睨みに完全に萎縮してしまっている男を見て、彼はその眼に失望の色を深める

「・・・・撤収」

呟きに、彼に付き従っていた部下たちがその機体を翻した

一機遅れる形となったその男は、背後に広がる残骸の群れを振り返る

これが狼煙だ

巡回部隊とはいえ、艦隊をまるまる一つ潰されたのだ、これで地球の連中は確実に本腰を入れてくる

或いはこの情報自体を封じ、秘密裏に処理しようとするかもしれない。この時期、統合軍の艦隊が謎の存在に撃破されたことを世間に伝えるのは、確かに適切な処置ではない

だが、そんなことはどうでも良い

軍が秘密にしようとしまいと、あの者達は確実にやってくる

それこそが彼の本懐、望むこと

男たちの新しい指導者の望みすら、男の知ったことではなかった

もはや理想も理念も、信念すら関係ない

あの死闘を、もう一度

そのためならどんな犠牲も払おう、どんな手段も取ろうではないか

絶望の底に深く深く落とすほど、這い上がったときの眼は暗く澱むものだ

今度はどんな眼を自分に向けてくるだろうか、考えただけで全身を寒気が走る

「さあ、来るが良い・・・・テンカワアキト」

愛機―――夜天光のアサルトピットで、北辰は呟いた










機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 修羅、再び 』

 

 



「?統合軍が全滅?」

「偵察艦隊っすよ、偵察」

「いや、巡回だろ?」

まだ先日のパーティーの片付けも完全には終わっていない格納庫で、クラシキを始めとした整備班の人間たちが世間話に花を咲かせていた

「・・・やっぱ火星の後継者の残党か?」

「遭遇戦・・・・ですかねえ」

「それにしたって全滅だろ?おかしいぜ絶対」

「ってことは向こうから仕掛けてきたってのか?」

「バカ言え、前回のクーデターからまだ三ヶ月だぞ、そんな早く戦力の復旧が出来るかよ」

「だよなあ」

「でもあれじゃねえのか、ナデシコCがシステム掌握で無力化したんだろ?だったら全然傷つかずに逃げられた連中がたくさんいたとかじゃね?」

「んなわけねえだろ、推進装置からなにまで全部電子制御のこの時代に、制御系奪われても逃げられる戦艦がどこにあるよ」

「大体動けなかった火星の後継者の軍勢はそのまま地球軍に接収されたんだろ?」

「ってことは実際敵に奪われた戦力のほとんどは無傷でこっちに戻ってきたってこったな」

「じゃあますますわかんねえじゃねえか、なんでそんな元気満々の地球にアイツら喧嘩売るような真似したんだよ」

「・・・・もしかしたら」

クラシキの呟きに、一同の視線が集まる

「どした?クラシキ」

「もしかしたらっすよ?確かに向こうも戦力の立ちなおし終わってないっすけど、良く考えたらそれは統合軍も宇宙軍も同じじゃないすか?」

その言葉に眉を潜める一同

「話聞いてなかったのか?だから戦力のほとんどは」

「じゃあ、乗ってたヤツらはどうよ?」

彼らはハッとすると、クラシキの言いたいことをようやく理解した

「・・・・例の三割にもわたる内通者ってヤツか」

「そういやあれどうなってんだ?ニュースとかでも全然やらなくねえ?」

「まだ裁判始まってないんだろ。なんせ三割だからな・・・・なんか凄そうじゃねえか、三割」

「でも確かにそうだよな、現役の軍人が三割も消えたんだ・・・・戦艦が残ってても乗れる奴らがいねえ」

「新人とか使うわけには・・・・いかねえか」

「新兵器のテストパイロット引っ張ってくるとか、どうよ?ベテランだべ」

「絶対数が足りねえよ。それに艦長とかどうすんだ」

「でも艦長ってあれだろ。最近のはただのお飾りなんだろ?」

「あー俺も聞いたことあるわ。全部機械がやってくれるから別に誰でも良いってやつだろ」

「じゃあ大丈夫なんじゃねえか?なんか簡単に代わり利きそうじゃん」

「艦長はお飾りか?でもお飾りになりそうな奴だってもうほとんどいねえんじゃねえ?誰だって自分の戦艦の艦長が入隊ホヤホヤのど素人じゃ嫌だろ」

「あー・・・・じゃあやっぱ地球軍ってまだボロボロ?」

「そうだろうなあ」

「オメエら!!ゴチャゴチャ口動かしてねえで仕事しろ!!」

格納庫の隅、休憩室の扉を吹き飛ばすように現れたセトが呑気な雑談に花を咲かせていたクラシキ達を怒鳴りつける

「えー!でもオヤッサンも気にならないっすか!?」

「オメエらが考えたってどうなることでもねえだろ!仕事は山ほどあるんだぞ!!」

「えー・・・・」

尚も渋る彼らを見て、セトは無言で背中からメガホンを取り出した

それを見て一瞬で凍りついた一同が、慌てて仕事に戻っていく

その様子を鼻息荒く見届けると、セトはため息をつきながら踵を返した

休憩室の扉を開き、中に入ったセトは、荒々しい動作で備え付けのソファーに座り込みながら、対面に座る人物へと視線を移す

「・・・すまねえな。なんせまだわけえ連中ばっかりでよ」

「しょうがないでしょう。街の主婦の井戸端会議とは違って、彼らにとっては他人事の話題じゃないから」

セトの言葉にエリナは苦笑いすると、その手に持っていたコーヒーを口に運ぶ

「・・・・で、用件は?」

「結論から言うと」

飲み干したコーヒーを机に置くと、エリナはその眼を細めた

セトも何を言われるのかわかっているのだろう。急かすこともせず、ただ黙って彼女の挙動を見つめている

「今日、いける?」

思った通りの言葉に、セトは持っていたコミュニケから小さなウインドウを呼び出した

ビッシリと文字が書き込まれたそれは、どうやらなにかの報告書のようだ

それを眼で追いながら、口を開く

「今日の夜なら、な」

その言葉に頷くと、エリナは告げた

「セトさんも・・・・もう知ってるわね」

「ああ」

「どうやらこの件については統合軍も宇宙軍も報道官制を敷いたみたい、世間には公表されないわ」

「・・・・良いのか?出撃理由なんて一介の整備班長に言っても」

「今までも、そうしてきたでしょ?」

エリナの言葉に無言で頷くと、先を促す

「一昨日、月と火星の間に位置する一つの小惑星帯で、統合軍第四艦隊所属の偵察艦隊が全滅したわ」

「偵察艦隊?」

「名義上の問題よ。別に巡回艦隊だろうが偵察艦隊だろうが問題ないわ・・・・・で、その全滅した偵察艦隊なんだけど、損傷に幾つか不可思議な点が発見されたの」

そこで区切ると、チラリとセトを見上げる

「・・・・どんな点だ」

「ミサイルや砲撃によって撃破されたと思われる戦艦が五隻。つまり艦隊の戦艦全部なんだけど・・・・問題は機動兵器の方よ」

「もったいぶらずに話せ」

「ええ・・・・回収した彼らの機体は、全てアサルトピットを一撃で潰されてたわ。しかもその損傷跡は、ライフルやマシンガンではなく、ましてやアルストロメリアが持っているようなクローでも、ナイフでもなかった」

この意味がわかるか?と視線で問うたエリナに、セトは頷く

「・・・・連中、か」

当然ながらセトは彼らと直接対峙したことはない。だが、アキトが彼らに並々ならぬ憎悪を抱いていたことや、その彼らの手によって、二度三度に渡って生命の危機に晒されたことも知っている

「三ヶ月前に回収された夜天光の残骸に、彼の死体がなかったときから、予想はついてたけどね」

「アキトの野郎に、このことは?」

「言ったわ」

「・・・・どうだった」

「そうか、の一言だけよ・・・・顔中、光らせながらね」

「そういう言い方はやめろ・・・・つらくなるだけだ」

「・・・・ええ」

沈黙が降りた

ドアの外から、整備員の怒声や甲高い金属音が響いてくる

そんな中、セトは沈黙を打ち破るように立ち上がった

休憩室に備えられている自動販売機に取り出した小銭を入れながら、つぶやく

「・・・・アイツ、ラピ坊のことでなんか言ってなかったか?」

「ええ、言ったわ」

取り出し口からコーヒーを取り出すと、セトは呟いた

「なんて言ってた?」

「この戦闘が終わったら・・・・リンクを切ってくれ、だって。もちろん、ラピスちゃんには秘密で」

予想通りのその言葉に、苦笑いするしかなかった

正直、アキトの判断は正解だと思う。本当に、あのまだ年端もいかない小さな女の子のことを考えるのなら、その選択がベストだ

無論ラピスは渋るだろう。だがそれとて、一時的な物に過ぎない

だが、ラピスのことはそれで良いとして、セトにはもう一つどうしても解せないことがあった

「リンクを切って・・・・アキトの野郎はどうすんだ」

それが、これだ

ラピスとのリンクによって構築されているアキトの五感。そのリンクを切ることは、つまり

「死ぬ・・・・ってことかも、ね」

「良いのか?」

「良いも何も・・・・・」

自嘲気味な笑みを浮かべるエリナ。その声は僅かに震えている

「彼にとって・・・・もうそれしか道はないのよ、きっと」

依然自動販売機の前で佇んだままのセト、その背中に、エリナの言葉が当たる

「もうラピスちゃんを復讐劇に付き合わせることは、きっと出来ない。これ以上、あんな小さな女の子を、あの死に満ちた場所に、居させたくない。かといって、今更全てを捨ててラピスちゃんのために生きることも・・・・アキト君には、無理よ」

俯き、呟く

「なんで男って・・・・こんな馬鹿なのかしらね」

「ケジメの問題さ」

「どうして、そんなことにこだわるのよ」

「昔、誰かにそう教わったんだろ」

「誰かって・・・・誰よ」

「昔、誰かにそう教わった誰かだろうよ」

キリのない問答に、エリナは机の上にあるコーヒーを見つめた

「・・・・で、お前さんところの会長さんは、それを?」

「認めたわ・・・・他に、方法はないもの」

どんな理想論を並べたところで、今更あのアキトの心を動かすことなど出来ないことだろう

なによりアキトの取った方法は、この状況の中で取れる選択肢の中で、悲しいほどに最良の方法だった

「あいつの嫁さんや義娘にはどう説明すんだ」

「誤魔化す気はないわ・・・・ありのままを、言うだけよ」

「・・・・そうか」

手に持ったままだったコーヒーを開け、中身を一気に飲み干す

空になった空き缶を握り締め、セトは噛み締めるように呟いた

「最後の・・・出撃か」

その言葉に、エリナはただ黙って頷くだけだった





これで、最後だ

出撃を明日に控えた深夜。アキトは一人近くにある自然公園から夜空を見上げていた

地球とは違い月の空に昼と夜の区別などない

ただそれでも、なにかが違うような気がする

右手を見つめる。なにもしていないにも関わらず、小刻みに震えるその手を見つめ、アキトは唇を歪めた

明日で、最後だ

明日、例の偵察艦隊が全滅したポイントに攻撃を仕掛ける

敵が自分たちの潜伏場所がばれたからすでに移動したのではないのかという疑問は、アキトの頭の中にはなかった

確かに、敵の本隊とも言える連中は、すでにどこか別の場所に逃げ遂せているだろう

だが・・・・奴等は、いる

エリナから話を聞いたときの、あの感覚を思い出す

全身が煮え繰り返った。あの男が生きていることなど予想していたにもかかわらず、あの全身を走った憎悪と怨嗟を思い出す

長い、長い戦いだった

二年間に渡る、生と死の応酬

だが、それももうじき終わることだろう

明日こそ、全てに決着をつけよう

これ以上は、体が持たない。二年前から徐々に失われていった感覚、すでにほとんど見えていないその視界、銃弾を受けても他人事程度にしか感じない感覚、戦場の爆音すら遠くに感じる聴覚、もはやない嗅覚と・・・・・味覚

失いすぎた。そう思う

全てをやり直すには、失いすぎたのだ

昨日まで何度も考えた。そして、出た結論は、これしかなかった

今更全てを捨てて、戦いを、復讐をやめて、ラピスの為に生きることなど出来なかった

何人殺したと思っている。何百人の人間から笑顔と、幸せを奪ったと思っている

そんな人間が、全てを忘れてのうのうと生きることなど・・・許さない、許されない

なにより、まだユリカに危険が及ぶかもしれない可能性を捨てることなど出来ない

そのためだけに生きてきた

だから、その生き方を変えることだけは出来ない

我が侭だ、この二年間そればかりだった自分の、今度こそ最後の、我が侭だ

自嘲の笑みが浮かぶ。本当にどうしようもない人間だと、そう思う

我が侭ばかりの、人間だ

懐からなにかを取り出す。蒼い宝石―――チューリップクリスタル

それを握り締めながら、アキトは呟く

ケジメをつけよう。今まで逃げ回っていた自分への

これが、最後だから

向かい合おう

「ケリを・・・・・つけよう」

全て・・・・終わりにしよう





「巡回艦隊が全滅?」

佐世保基地に停泊するナデシコBのブリッジで、艦長席で事後処理に追われていたルリが振り返ると、サブロウタが頷いた

「噂では、ですけど・・・・統合軍とこの巡回艦隊が、月と火星の間のアステロイドベルトで」

「あ、それ僕も聞きましたよ」

副オペレーター席で書類を片づけていたハーリーが顔を上げる

現在ブリッジに三人しかいないからこそ、このような井戸端会議のような内容が話せるのだった

「どうも遭遇戦ではなかったみたいです。向こうからの奇襲だったとか・・・・やっぱりこれも噂ですけど」

「もし本当なら、統合軍の奴らこのこと隠してるってことかな」

「でしょうねえ」

「・・・・統合軍にしてみればこれ以上の失態は確かに命取り、ですからね」

答えながら、ルリは目の前のコンソールに手を置き、なにやら作業を始めた

『検索中』『統合軍内部データベース検索』『少々お待ちください』などと書かれた大量のウインドウが目まぐるしい速度でルリの周りを飛び回る

それらを気にする素振りすら見せず、ルリはなにごとかと後ろから見つめてくるサブロウタとハーリーへと振り返る

「・・・・ちょ」

そのルリの口元に少しだけ浮かんでいる笑みと、その周りを相変わらず飛び回っているウインドウ、特に『統合軍内部データベース検索』という意味に気づいた二人。サブロウタは面白そうに眉を釣り上げ、対照的にハーリーはその顔を真っ青にした

「へえ、面白そうっすね」

「ちょ!ちょっと艦長なにやってんですか!?」

抗議しようとしたハーリーを、オモイカネのウインドウが遮った

『検索終了』

「うあー・・・・」

もう遅かった。これで自分たちは立派な犯罪者だ

そんなハーリーを無視し、ルリはその展開されたウインドウを目を細めて見つめる

「・・・・こりゃあ、どういうことっすかね」

「ランクA・・・・准将クラスでないと正規の閲覧許可が下りないロックですね」

二人の目の前、展開したウインドウには赤い文字で大きく「特秘事項」と書かれていた

さらに階層をあがると、今度は艦隊の巡回ルート、そのルート毎に配備されている艦隊の詳細。報告書の内容が詳細に記載されていた

「・・・妙っすね。こんな現場レベルのチンケなのがランクA?大体こんなの見るのに准将レベルの権限が必要なら、それぞれの艦隊の連携とかどうなるんすか」

「おそらくこれは付随情報でしょう。ここからさらに奥に、なにかあるはずです」

ルリの言葉に答えるように、ウインドウの画面が切り替わろうとしたその瞬間

耳を突くような警戒音が当たりを支配した

ウインドウが一瞬でブラックアウト、オモイカネの発した警告という文字が辺りを埋め尽くす

けたたましい喧騒。頭を抱えていたハーリーが本格的に慌て出す

「!!ばれた!?」

「オモイカネ、こっちのデータ逆流を阻止、進入プログラム自主解体の後に全回線を閉鎖、多少の痕跡は構わないから、急いで」

『了解』

オモイカネの一瞬の沈黙。その後に、ブリッジは何事もなかったかのように元の静寂を取り戻した

『退避完了』

警報が静まり、ルリ達を取り巻いていたウインドウも消える

静寂を取り戻したブリッジで、ルリはオモイカネへ告げた

「どう?オモイカネ」

『データ退避完了。トレースの可能性2.59%』

「念のためデコイをばら撒いて置いて。遅いかもしれないけど、なにもしないよりはマシでしょうから」

指示を飛ばし、ルリもコンソールへと手をあて作業を開始する

その後ろに立ったサブロウタが、後ろにいたハーリーを振り返る。ハーリーも大体の状況は分かっている様子だったが、それはあくまで大体らしく、自信がなさそうに首を振った

「・・・・で、結局どうなったんすか?艦長」

「統合軍が隠したがっているモノの正体は依然なぞですが・・・・誰がソレを隠しているのかは、大体の見当はつきました」

言うと、再び三人の前に巨大なウインドウが展開する

「あの特秘事項は、罠でした」

「罠?」

サブロウタが怪訝そうに顔を潜める

コンソールに手を置いたままそれに頷くと、ルリは続けた

「准将以上の階級でないと閲覧出来ない特秘事項という名目が、罠の作動条件だったんです。おそらく本当に必要な階級条件はもっと上、そしてそれ以下の階級権限で何者かが侵入してきた場合、無条件でその侵入者を攻撃する」

言い終わると、振り返る

「つまり、あの情報を本来規定された方法で閲覧できる人物は、それこそ准将以上の少将・・・・下手をすると中将クラスの人物しかいない、ということになります」

「それって・・・・ほとんど司令部にいるような人間でしょう」

頷く

「あの艦隊情報の先になにがあるのかは判りませんが、もし統合軍の上層部がこのことを隠しているのなら、侵入するのはしばらく無理でしょう」

おざなりだった火星の後継者の防壁とは違い、しっかりと対策を取っているはずの統合軍のデータベースに二度もハッキングを仕掛けるなど、さすがのルリにも厳しいことだろう

「ってことは今回の騒動を隠そうとしてるのは、統合軍じゃなくて・・・・」

ハーリーの呟きに、サブロウタも頷いた

「統合軍上層部・・・・それこそ片手で数えて足りるかもしれない人数の仕業ってことになるな」

言うなり、サブロウタは相変わらず艦長席でなにか作業を続けるルリの背中を見つめる

「・・・・で、どうするんすか艦長?摘発するにしても証拠不足だし、かといって実力行使って訳にもいかないっすよ」

「現状では、確かにその通りです・・・・ですが」

コンソールから手を離すと、ルリは再び後ろを振り返った

「統合軍がなにを企んでいるのかはわかりませんが、おそらくその企みが動き出せば、またたくさんの人達が死ぬことになります」

その言葉に、ハーリーは息を飲み込む

「現状、統合軍が上層部を丸ごと巻き込まなければならないような大仕掛けを用意してまでしようとすることなんて、それこそ片手で足ります」

「・・・・軍の主導権の奪還、ですか」

ハーリーの問いかけに頷くと、ルリは続けた

「先の火星の後継者の一件で、統合軍はその大多数の軍人が刑務所や裁判所送り、民間からの信用もほぼ皆無となっています・・・・なにか十分な勝算があるのだとしたら、仕掛ける理由はそれこそその現状の打破、それだけでもあの人達には十分過ぎる理由でしょう」

「・・・だとしたら艦長」

サブロウタがふと思い立ったように口を開いた

「さっきの特秘情報の提示だけでも表立って求めれば良いんじゃないすか?」

「向こうが手のひらを返して来たらもうおしまいでしょう。あの艦隊情報だけを見せて、先の火星の後継者の一件の為に艦隊行動に関する情報閲覧の重要度を高くした、閲覧権限が高すぎて艦隊同士の連携が取りにくく思われるが、それを解消するためにこれから艦隊には一人ずつ司令官として准将を派遣するつもりだった・・・・そう言われればそれまでです」

「・・・・ってことは、やっぱ」

「あのプロテクトを突破して、それを突きつけるしかありませんね・・・・ハッキングで得た情報ですけど、内容次第ではそんなことを吹き飛ばすことも出来るかもしれませんし」

ルリとサブロウタの会話を横で聞きながら、ハーリーはなにやら懸命に考え込んでいた

そんな彼の様子を見て取ると、サブロウタが怪訝そうに声を掛けた

「どしたハーリー。なんか難しそうな顔してんな」

「え?あ、いや・・・・えーっと」

問われ、慌てて前に出した手のひらを上下に振ってみせる

「どした?」

「あ、いえ・・・ただ、さっき艦長が言ってた十分な勝算って、なにかなあって」

ハーリーの言葉に、ルリも考え込むように艦長席に身を沈める

確かにそれがルリの頭に最も強く引っ掛かっていた部分だった

弱体化した統合軍が、例えヤケッパチになってクーデターなどを起こしても、各国の私設軍隊と宇宙軍との連合軍に蹴散らされるのは目に見えている

弱体化する以前の統合軍ですら、その連合軍を前にすれば六分の苦闘は免れないほどの大戦力になるはずだ。それを、よりによって人手も戦力も不足している今になって行う可能性は、極めて低い

ルリには、統合軍の現状打破の目的も方法も、正直検討がつかない

目的が仮に武力に頼らない方法で統合軍の失墜を回復するモノであったとしても、余程の勝算がない限り、ここまで性急にことを運ぼうとは思わないはずだ

そして、先ほどハーリーも言った通り、それを実現しうる勝算とはなにか

しばしの沈黙の後、ルリは口を開いた

「・・・・今の状況で、これ以上の憶測は危険でしょう・・・・現状だけで言えば、それこそさっき言った統合軍の企みの存在自体、ただの推測に過ぎませんから」

「ただ・・・・」

尚も口を開こうとしたルリの言葉を、サブロウタが引き継いだ

ニヤリと笑うと、楽しそうに告げる

「隠し事は良くないっすよねえ・・・・宇宙軍だろうと、統合軍だろうと」

そのサブロウタの言葉に、ルリもハーリーも僅かに微笑む

そんな二人を見回し、腕を鳴らしながら、サブロウタは告げた

「いっちょ、調べてみますか」





「・・・・ということは、総司令もそう思っておられたのですなあ」

深夜。宇宙軍本部に座する総司令室で、ムネタケ副司令が緑茶を啜りながら目を移す

部屋の中央奥に配置されている大きな机に両肘をついているミスマルコウイチロウがそれに頷いた

「他に理由もないからな。軍内でも結構な噂になっとるようだ」

「それは・・・・好ましくありませんなあ」

湯呑みを置くと、ムネタケはそのまま横目でコウイチロウを見る

その目が僅かに険しさを増し、それを見て取ったコウイチロウもまた、その双眸に強い意志を浮かべた

「総司令もご存知の通り、今は非常に不安定な時期です。火星の後継者事件の影響で統合軍は未だ軍人、戦力共に戦前の八割にまで落ち込み、宇宙軍はなんの因果か彼らの仕出かした大失態の後始末に大奔走」

「おまけに民間や各国政府からの軍への不審は高まる一方、か」

言うと、コウイチロウは机の上に置いてあった資料を一枚手に取った

「連合政府への批判や不満もあの事件を機に各地でポツポツと出始めている。それに勢いをつけた連合の非主流派の国もまた同様に動きを活発化している」

「思わぬ形で草壁ハルキの目的が達せられてしまうかもしれません、な」

「いや、もしかしたら奴の目的は最初からそこだったのかもしれん」

その言葉に、ムネタケがお茶を啜る

「連合政府・・・・いや、現在の木連と地球圏との問題点を浮き彫りにすること、ですか」

「正義があるからこそ、教訓がある。悪があるからこそ、平和がある」

呟くと、コウイチロウはすでに暗くなった窓から外を見やる

夜の街は、しかし未だ眠る気配など微塵も見せず、数え切れないほどの光と人々の生活を乗せ、輝いている

その街を見下ろしながら、コウイチロウは呟く

「草壁と我々・・・・一体どちらが正義だったのか」

コウイチロウの呟きに答える声はなく、ただムネタケがお茶を啜る音だけが、辺りに響いた





今日の夜空はとても綺麗だと思う

あまり夜風に当たると体に障ると看護婦さんに言われているのだが、やはり窓ガラス越しの風景とそれを取り払って見える風景とでは、確かな違いがある

連合大学付属病院特別隔離棟VIP室

それが今、ユリカがいる病室の名称だ

大の大人が十人くらい手を繋いで走り回ってもなんの障害にもならないくらい広いその病室の、大の大人が二人ほど暴れてもなんの障害にもならないくらい広いベッドから、ユリカは空を見上げていた

まだ歩けない。長い間遺跡と融合させられていた自分の筋力は予想以上の衰退を見せていた。だが、命があり、後遺症がなかっただけでも有難いと思わなければバチが当たろうというものだろう

夜空には、満天の星空と満月がある

ユリカは、アキトに会いたいとは誰にも言わなかった

言ってもしょうがないことなのは彼女にも痛いほどわかっていたし、なにより自分の体はまだ完全ではなかった

「こんなヘロヘロな体で会いに行っても、アキトに笑われるだけだよ」なんの文句も疑問も漏らさず、ただひたすら熱心にリハビリに取り組む自分を、少しだけ不思議そうに見つめていたルリに、ユリカはそう言った

不思議な気持ちだった。焦りも、なにもなかった

なにが起こるか分かるわけでは、当然ない

だが、なにが起こっても動じないのではないのかという気持ちが、なぜかあった

それは、例えば今

「・・・・久しぶりだね・・・・」

誰ともなしに呟き、視線を病室に移す

すると、まるで示し合わせたかのようにそのユリカの見つめる先の空間が、蒼い光を帯びた

顕現した人影は、まるで分かっていたように自らに目線を向けているユリカに驚いたらしい、その黒い影が一瞬揺らぐ

だが、それすら微笑みを持って見つめると、ユリカはゆっくりと口を開いた

「久しぶりだね・・・・アキト」

ベッドに体を起こし穏やかに笑うユリカの前に、黒尽くめの男が立っていた

久々に、本当に久々に見るユリカの姿に、アキトは胸が締め付けられる思いだった

痩せた。あの健康的だった彼女の笑顔はすでにそこにはなく、自分の知っているユリカよりも一回り、もしかしたら二回りも小さいかもしれない彼女の体がそこにあった

背後の窓から差し込む月の光に照らされたその顔は、青白いのを通り越して紙のように真っ白だ

右腕からは点滴が痛々しくぶらさがっており、顔色同様に唇も真っ白だった

俯く。何百人も犠牲にして、この様だ

自分は、彼女に背負わせたのに、彼女を助けるために、何百人の人間を自分が殺したという、事実を

それなのに、そこまでしたのに・・・・この様だ

奥歯を噛み締める。うめくように、アキトは告げた

「・・・・すまない」

もっとも辛いはずのときに、傍にいてやれなかった

「・・・・本当に・・・・すまない」

助けてやると意気込んで、彼女の命と引き換えに、その背中に何百人の命を背負わせてしまった

情けない、封じたはずの頼りない自分が、再び顔を出し始めた

やめろ、弱音なぞ吐くな。吐けば吐くほど、また彼女に重荷を背負わせることになる

だが、そのアキトにユリカが掛けた言葉は、彼にとって心底意外な言葉だった

「ありがとう」

ユリカは、嬉しかった

大切な、大好きな人が、自分の為に頑張ってくれた・・・・例えその結果、その大切な人が傷ついてしまったとしても・・・・やはり、嬉しいのだ

きっとアキトと自分の立場が逆ならば、彼もそう思ってくれると思う

だが、今の彼はわかっていない。そのことに気づかず、ただ助けることが遅れたことを、たくさんの命を自分に背負わせてしまったことを、悔やんでいる

鈍いのだ、彼は。昔から変わらないその本質が、ユリカは嬉しかった

アキトは、変わってなどいないのだ

「・・・・王子様は、ちゃんとお姫様を迎えに来てくれたね」

「っ」

ユリカの言葉に、アキトは息をつめる

そんなアキトを見つめたまま、ユリカは微笑んだ

「やっぱりアキトは、私の王子様だね」

違う、といった否定の言葉は、すぐには口から出てくれなかった

自分は王子様などではない、何百人も殺したただの殺人者、史上最大のテロリスト、それだけだ

そんな自分に、王子様と呼ばれる資格なんてない

「そんなんじゃ・・・・ない」

今すぐ逃げ出したかった。血まみれの自分が、酷く場違いに感じられたから

だが、今度こそ逃げ出す訳にはいかなかった

今まで散々後回しにしてきた問題。なにかと理由を付けて、怖がり、怯え、避けてきた出会い

しかしそれも今夜で最後なのだ

明日になれば、全てが終わってしまうのだから

手を握り締める。握力がほとんど篭らなかったが、それでも力いっぱい握り締める

震える声で、アキトは告げた

「ユリカ・・・・お別れだ」

明日の結果が、どうなろうと、それだけは事実だった

勝てば、アキトは自らその命を絶ち、負ければアキトは、当然ながら生きていることなどあり得ない

「勝手に助けて、勝手に背負わせて・・・・身勝手なのは、わかってる」

わかってる、だからなんだと言うのだろう。今まで殺した人間たちに、自分は面と向かってそんなことが言えるだろうか

ただそれでも、言わなければならなかった

視線を窓に移す。ユリカの顔を、見ていられなかった

「明日・・・・・全部、終わらせる」

「・・・・そっか」

僅かに俯き、沈んだ声を漏らしたユリカ。だが、アキトは相変わらず窓から見える空を見上げるだけだった

「だから・・・・お別れだ」

「・・・・うん」

寂しそうに、ベッドの布団を見つめながら微笑むユリカ

しばらく、沈黙が二人の間を支配した

だが、それもそう長いモノでもなく、なにも言わないユリカをもう一度だけ見つめると、アキトはゆっくりと踵を返した

懐からチューリップクリスタルを取り出す。それを握り締めようとしたときだった。ユリカが呟いたのは

「行ってらっしゃい」

その一言に、チューリップクリスタルを握り締めるアキトの腕が震えた

ユリカにも、わかっているはずだ。帰ってくることなど有り得ない。先ほど自分は、ハッキリと別れを告げたはずだ

掌の中の蒼い宝石を見つめながら、アキトは確認するように声を紡いだ

「お別れだ・・・・ユリカ」

「・・・・うん」

ユリカもわかっている、当然だ

アキトが別れを告げていることなど、わかっている

もう帰ってくることがないことも、わかっている

ただ

それでも―――



「行って・・・・・らっしゃい」





夜が明ける



最後の、夜が明ける








あとがき





シリアスだ・・・・困った



こんにちは、白鴉です

ようやっと配置が完了して、本編が始まると言った感じでしょうか

あー、プロローグ前編中編後編とかにした方が良かったかもしれません

とはいえ、やってしまったモノは仕方ありません。このまま突っ込みます

ところで北辰が生きていることですが、これは私も最近知ったことです

どうもナデシコ劇場版のドラマCDと言うものがあるらしく、それにだけ収録されているエピローグに、北辰の死体は夜天光のアサルトピットの中になかった、という言葉があるようです

まあもしかしたらネルガル辺りに死体が回収されてしまったのかもしれませんが、この小説で彼が生きてるのは、そこらへんが根拠となっております

さて、次回は因縁の対決です





それでは次回で








管理人の感想

白鴉さんからの投稿です。

いやぁ、シリアスですねぇ

最後の別れをすませ、決着をつけるべく宇宙へと向かうアキト!!

・・・ルリには一言も無いのか?(苦笑)

ま、今のルリにはサブもハーリーも居るから大丈夫か。

次回では北辰との2回目の対決ですね。

さてさて、どんな結末がアキトを待っているのでしょうか?