第9話





「良く頑張った」

そういってクシャクシャと自分の頭を撫でてくる初めて見る男に、ハーリーは相変わらず呆然とした視線を向けることしか出来なかった

あれから、この老夫婦の家に突入してきた黒服達は、瞬く間にあの三人の男達を連れ出した

そして自分は、そのツキオミゲンイチロウと名乗った男に連れられ、こうして机を挟んで、老夫婦と向かい合っている

居心地悪く、正座をしていた体を揺すった

そんな自分を置き去りにして、横にいたツキオミが老夫婦へと口を開いた

「突然このように押しかけた無礼、どうかお許し願いたい」

「ん? ああ別に構わんがあな」

「そうねえ、貴方良い人そうだし」

深々と頭を下げるツキオミに、老夫婦は相変わらずの調子で返した

そのマイペース過ぎるほどマイペースな老夫婦に苦笑するハーリー

その横で、顔を上げたツキオミが、告げた

「本来なら事情を説明してからご同行願いたいのですが、あいにくそんな時間はありません。部下の者たちが見張りについてはいますが、ここも直に危なくなるでしょう」

「ほ? そりゃどういうことかの」

「・・・・先ほどあなた方を襲った連中は、連合政府の手の者です。彼らはこちらの、マキビハリという少年を追っていました。そして、目撃証言から彼がここに匿われていることを知った彼らは、先ほどのように強引な方法で、彼の身柄を確保しようとしました」

そのツキオミの説明を聞いているのかいないのか、二人はただボーっとしているようにしか見えない

だが、そんな二人の様子になど構わず、ツキオミはさらに続ける

「先ほどの連中を片付けたことで、彼らは我々の存在に気づいたはずです。もはや一刻の猶予もありません。増援を送られる前に、ここを出ます・・・・。当然、あなた方にもついてきて頂くことになります」

「ほ? なぜかの?」

話を聞いていたのか、頭を抱えるハーリーの横で、しかしそれにも全く動揺の色を見せないツキオミ

「先ほど申し上げた通り、彼らは連合政府の手の者です。申し訳ないが、連中ならあなた方のような一般人を消すくらい、簡単にやってのけるでしょう。この件にあなた方が不本意とはいえ巻き込んでしまった以上、我々と一緒に来て頂かなくては、あなた方の命が危ない」

その言葉を理解しているのかいないのか、老夫婦はお互いの顔を見合わせた

が、老人の方が不意に顔を向けてくる

「ああ、わしらは構わんがね」

「・・・・感謝します」

再び頭を下げるツキオミに老人は苦笑しながら、席を立った。そのあとに、老婆も続く

「じゃ、ちょいと準備してくるから待っとってな」

「え? 時間がないんじゃ」

言いかけたハーリーに、老人は笑った

「なに、すぐに済むね」

居間を出た老夫婦は、そのまま庭に面した廊下を抜ける

そして、突き当たりにある和室の襖を開け、中へと入った

部屋の奥には、仏壇がポツンと佇んでいた

その前に二人で正座すると、老人が静かに呟いた

「ちょっと用事が出来たからの、行ってくるわ」

「行ってくるわね、コウイチ」

その仏壇に、一枚の写真が飾られていた。まだ歩き始めたばかりの赤ん坊の、写真が

もう、十年以上も前のことになる

息子夫婦に、孫が生まれた

初めての孫だった。だが、その孫を産むときに、息子の嫁が、体を痛めた

幸い、母子とも命に別状はなかった。だが、そのときの傷が原因で、孫の母親は、二度と子供の産めない体になった

それでも、幸せだったと自負している

だが、ある日ふとした出来事で、その孫は死んでしまった

老夫婦がその孫を預かっているとき、公園に行った。そして、歩けるようになったばかりの孫から少し目を離した隙の出来事だった

車に、撥ねられた

即死だった

それ以来、息子夫婦との交流は途絶した

風の噂では、その一年後、息子夫婦がなにかの実験のために一人の赤ん坊を預かり育てているらしいが、未だに会わせては貰えない

「・・・・生きていたら、ハーリー君と同じくらいだったでしょうね」

「そうだあな・・・・本当に」





「ハーリー君」

撤収のために、老夫婦の家の前に止められていた黒塗りのバンに乗り込もうとしていたハーリーに、老婆が声を掛けた

「え?」

「これ」

そう言って老婆が差し出してきた手の中には、一丁の拳銃が収められていた

あの日、初めて会ったあの日に、ハーリーがこの老夫婦に突きつけた、あの拳銃が

「あ、でもこれ」

あの日、老夫婦が「これは子供が持つものじゃない」そう言って預かった。自分も、特に疑問は抱かなかった。こんな恐ろしい物を持つことには、抵抗があったから

困ったように佇むハーリーの手を取ると、老婆はその手にしっかりとその拳銃を握らせた

「もう子供じゃないでしょう?」

ニッコリと笑う

「ね、ハーリー君」

その笑顔に、なぜかハーリーはホンの少しだけ懐かしさを感じた

なぜか、自分を育ててくれた、大事にしてくれた父親と母親に、似ていると思った

「ありがとう、ございます」

「まあ気にするない。こりゃあ元々お前さんの持ち物じゃからよ」

「はい」

「おーい!」

そのとき、三人の間に、不意に声が割り込んだ

そちらに視線を向けると、一人の中年の男が、手を振りながらスクーターに乗って走って来ていた

「?」

その見覚えのない顔にハーリーが不思議そうに老夫婦を見やると

老夫婦は、口をへの字に曲げていた

そして、目にも止まらぬ速さで走り出す

「珍しいなゲンさんが服の仕立て頼むなんてよー・・・・あれ?」

凄まじい速度でそのスクーターへの距離を詰めた老夫婦は、そのまま二人で飛び蹴りを繰り出した

奇声を上げて吹き飛ぶその中年の男をさらに追いかけながら、老夫婦は叫ぶ

「遅いんじゃタケ坊! もう用無しじゃ!」

「そうよそうよ! せっかくハーリー君に服作ってあげようと思ったのに!」

「ぎゃあああ!!」

「ちょっ! ちょっと二人共!!」

その余りといえば余りな状況に、ハーリーも慌てて三人を追いかける

「あ! ちょっと!」

走り出したハーリーに慌てて声を掛ける黒服を、ツキオミが手で遮った

「少しくらい、待ってやろう」

「え? でも、良いんですか?」

「・・・・まあ、たまにはな」

ツキオミは眩しそうに目を細めると、尚も追いかけっこを続ける四人を眩しそうに眺めた

逃げ惑うタケ坊を追いかける老人と老婆、その後ろから、それを止めようとハーリーが慌ててついていく

自分の祖父と祖母に会ったことがない、IFS強化体質の少年

そして、息子夫婦が自分達の知らない孫を育てていることを知りながら、いまだ会うことの叶わない、老夫婦

それは、ちょっとした偶然が起こした、ちょっとした出会い

そして同時に、掛け替えの無い、大切な出会いだった





最初は、同情だった

約一年程前、街の小さな工房で、自分は声を掛けられた

内容は、ネルガルが近々月に建造する、一般には非公開とされるドッグの、整備員の仕事

断れば監視がつく。実質それは脅迫や恐喝に近いものであったが、それを通達してきた金縁メガネに真っ赤なベストのオジさんの出した条件は、断る理由が見当たらないほどの、高級な待遇だった

一も二もなく、頷いていた

連れてこられたその月ドッグは、金銭的にも精神的にも、申し分のないような環境だった

年上ばかりだが気の合う仲間。少し厳しいが尊敬出来る上司

実家に毎月仕送りしてもまだ余裕があるような、提示された通りの高給

高卒の自分には勿体無いような生活の中、ある日彼らは現れた

いつものように仕事をしていた自分達の前を、一組の男女が通り過ぎた

一人は、怪しすぎる黒尽くめの男と

その後ろをついて離れない、桃色の髪の少女

自分達が整備しているあの化け物のような機体と、明らかに専門外な仕事のため、外装の修理のみを宛がわれていたその戦艦が、その黒尽くめの男と桃色の少女が操縦している物だと知ったときは、心底驚いた

自慢できない学歴の代わりに、人当たりの良さにだけは自信を持っていた自分は、ある日その二人に声を掛けた

今考えたら、その動機もまた、不純だった。月ドッグの自分より年上な連中すら遠巻きに眺めるだけのその二人に声を掛け、仲良くなることで、少しだけ、自分の自己顕示欲を満たそうとしていた

だが、自分の挨拶は、見事なまでに無視された

聞こえていた訳ではなかったのだと思う。その証拠に、ラピスと呼ばれていたその少女がホンの少しだけ、頭を下げた

だが、当時の自分はそんな素っ気無い二人の態度に、怒ったのを覚えている

それ見たことかという視線を投げてくる先輩達と一緒になって、彼らの悪口を言った

「全身黒尽くめの男と、いつかテレビで見た遺伝子操作された軍のアイドルと同じ瞳の少女」「このドッグで整備を受けているのは彼らだけ」「化け物のようなあの機動兵器と、自分達が一切の立ち入りを禁止されている戦艦を、たった一人で乗りこなすまだ見た目小学生の女の子」「出撃のたびにニュースで報じられる、ターミナルコロニー襲撃事件」

彼らは人間ではないと言った整備班の中の一人を、誰が責めることが出来るだろうか

明らかに普通ではないその二人と、彼らは今後一切の関わりを絶つことを、決めた

そんな、ある日だった

久しぶりに大きな風呂に入りたいと、部屋にあるシャワー室ではなく大浴場へと向かっていたクラシキと、仲の良かった仲間数名

そんな彼らの眼前に、キョロキョロと辺りを見回している、一人の少女の姿が現れた

泣きそうな顔で、不安気に両手を胸の前で握り締めているその、桃色の少女

道に迷っているのは、明白だった

そのとき、不意に目が合った

涙で潤んだ。その明らかに自分達に助けを求めている、その瞳と

だが、それを理解しているにも関わらず、自分達の仲間は、まるで何も見なかったかのように、一瞬だけ止めていた会話を再び再開させながら、その少女の横を通り過ぎた

せっかく手に入れた、何不自由のない暮らし

その少女との接触が、その自分達の生活に波紋を投げかける物であるということなど、当然わかっていたから

そんな一団の中に混じり、クラシキも彼らと全く同じ考えで、ラピスの隣を通った

バカのすることだと、クラシキもそう思っていたからだ

こんな小さな子供に同情を掛けて、せっかくのこの生活を揺るがすなど、どう考えてもバカのすることだ

どうせ、あの黒尽くめの男が彼女を見つけるだろう。それでなくても、この月ドッグの責任者であるエリナか、イネス辺りが、どうせ彼女が見つけるだろう

ならば、こんな得体の知れない不気味な少女に、自分から関わる必要など欠片もない

彼らと同じ見解だったのは、そこまでだった

見えたのは、おそらく偶然だ。そのラピスが呟いた蚊の鳴くような声が聞こえたのも、偶然だ

「・・・・・・・医務室・・・・・」

だが、今ではその偶然に、心底感謝している

来た道を、戻った。背後から何事かと自分に向けられてくる声が聞こえてくるが、そんなものは聞こえなかった

廊下で立ち尽くしているラピスに、声を掛けた

そのときの、怯えるような、でもそれでも、ホンの僅かだけ滲んでいた、ホッとするようなラピスの表情を、自分は生涯忘れない



それが、ラピスとクラシキの、初めての会話だった






機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 君に会えて良かった 』

 

 





廊下でアキトとクラシキが対峙してから、随分と時間が経った

最初に声を掛けてから実に二分、その間なにも言わないクラシキを、アキトは急かす訳でも声を掛けるわけでもなく、ただ無表情に見つめていた

そのバイザーに隠された瞳の奥にあるのは、明らかな侮蔑だった

なにも知らない、わかっていないこの月ドッグの人間の代表としての、クラシキに対する

緊張でカラカラになった喉を唾で濡らすと、クラシキは勢いよく顔を上げた

なんの表情も読み取れない、アキトに向かって

「復讐を・・・・やめて下さい」

その、つい先ほども聞いたその言葉に、アキトが動じることは、なかった

なんの反応も返さないアキトに狼狽したのか、わずかにクラシキの表情が歪む

だがそれでも、続けた

「ラピスちゃんは、そんなこと望んでません」

アキトは依然、無反応

「あの子が本当に望んでいたのは・・・・テンカワさんの、幸せだから」

言うと、クラシキは頭を下げた

「お願いします! 復讐を・・・・やめて下さい!」

アキトの瞳が、さらに侮蔑の表情を深めた

胸の中に広がるのは、ただの失望

こいつも、先ほどのエリナと全く同じだ。逃げている

ラピスが死んだという事実にただ目を閉じ、その思い出を、復讐することさえ頭に浮かばない自分を正当化し、大切な思い出と題名をつけて、頭の片隅に仕舞おうとしている

相手にするのも、バカらしかった

アキトはなにも言い返すことなく踵を返すと、足を踏み出した

その、余りに予想外な、取り付く暇もないアキトの態度に、クラシキの困惑はますます深まった

だが、すぐに追いかけた。アキトの前に回りこみ、彼の行く手を遮るように両手を広げる

アキトの顔を真っ直ぐに見つめ、声を出す

「お願いします!」

だが、それにすらアキトは無反応のまま、歩みを止めることなく、クラシキの目の前へと向かった

そのまま右手を差し出し、クラシキの肩に手を乗せると、押しのけるように力を込める

だが、クラシキはそれに屈しなかった

抗いがたい強い力を掛けて来るアキトに構わず、クラシキは目の前にまで迫ったアキトの顔に、もう一度叫んだ

「お願いします!」

その叫びに、不快そうに眉をしかめる

幾ら力を入れても、クラシキは譲らなかった。睨むようにその顔を見つめるその目には、この道を譲る気など、欠片も映っていなかった

その、なにも知らないくせに、いや、なにも知らない故のそのクラシキの態度に、アキトは初めて感情らしい感情を露にした

「どけ」

「どきません!」

間髪入れず、そう答える

しつこいクラシキの態度にアキトは苛ただしそうに舌打ちをすると、もう一度だけ告げた

「・・・・どけ」

「嫌です!」

喚き立てるクラシキ

「復讐を諦めてもらうまで! どきません!」

その一言に

その、自分の行動の正しさを信じて疑っていない目の前の青二才のその言葉に、アキトは怒りに目を見開いた

「どけ!」

「どきません! 絶対どきません!」

我慢の限界だった。元々先ほどのエリナとの一件で苛立っていたアキトが、怒りをその態度に表した

「どけと行ってるだろう!」

「貴方は本当に復讐することがラピスちゃんのためになると思ってるんすか!」

その一言が、引き金だった

なにも知らない部外者が、その思いが、アキトの胸を満たした

胸倉を掴んだ。そのアキトの行動に、一瞬だけ怯えたような表情を浮かべたクラシキだったが、すぐにその瞳に、またあの目障りな感情を浮かべた

その目に、アキトの怒りがますます深まった

「貴様と話すことなどない!」

「あります! 少なくとも俺には!」

まだ言うか。怒りに任せて、アキトは勢い良くクラシキの胸倉を掴んでいる腕を振り回した

その尋常ではないアキトの力にロクな抵抗を見せることも出来ず、クラシキは成す術もなく廊下の壁へと叩きつけられた

「ぐえっ」

マヌケな、蛙の潰れるような声を漏らすクラシキ

肺の空気が一気に飛び出し、クラシキは呼吸もままならない様子で、そのままズルズルと崩れ落ちた

そんな若造の様子を見て、アキトは再び歩みを再開しようとして

その足に、クラシキが縋りついた

「お願いします!」

擦れたその叫びに、今度こそその顔にハッキリと不快の表情を浮かべると、アキトはそのクラシキの取り付いたままの足を振り上げた

力も満足に入っていなかったクラシキは、そのまま振り飛ばされる

廊下に投げ出されたクラシキを一瞥する、今度こそ、立てないだろう

だが、そんなアキトの期待などまるで無視し、クラシキは這いずるようにアキトへと迫ってくる

床に這いつくばり、亀のようにノロノロとした動きで、しかしその瞳には、諦めの色など一切浮かんでいなかった

今度こそ、アキトの頭に血が昇った

クラシキの胸倉を再び掴むと、片手一本で引きずり立たせた

「良いか、よく聞け」

苛立ちの余り食い縛られた歯の間から、呻くようにアキトは告げた

「ラピスは、殺されたんだ」

アキトのその言葉にも、クラシキは全く動じない

相変わらずのその頑なな態度に、怒りのボルテージが上昇する

「殺されたんだ! ラピスは!」

「復讐を! やめてください!」

「貴様っ!」

感情に任せて、殴り飛ばした

床に大の字で放り出され、それでもクラシキは叫んだ

「復讐を! やめてください!」

それが、クラシキの答えだった

どれほど殴られても、殴り倒されても、譲れない答え

自分はバカだから。自分の想いもラピスの想いも、両方満たせるような器用な答えなど、考え付かなかった

ならば、どちらを取るのか

そんな物は、決まっていた

「復讐を! やめてください!」

その、余りに直球で真っ直ぐな言葉に、アキトの胸の中で、あの不愉快な考えが鎌首をもたげた

つい先ほど捨てたはずの、雑念に捕らわれた、気弱な自分が

「黙れ!」

なぜ、どいつもこいつも邪魔をするのだ

なぜ、自分の決意を揺るがそうとするのだ

「殺されたんだぞ! ラピスは!」

やめろ、と、自分の中で声が聞こえる

言わせておけ、どうせこんな連中に、あのラピスの気持ちなどわかりはしない

だが、その言葉すら、クラシキの不愉快な叫びに掻き消された

「ラピスちゃんは! 誰も恨んでなんかいません!」

それは、禁句だった

今のアキトにとっての、最大の禁句だった

「貴様っ!」

倒れているクラシキの胸倉を、みたび掴んだ

「貴様になにがわかる! 死ぬ直前の、死を前にした人間のなにがわかる!?」

「わかりません!」

「なら黙ってろ!」

「黙りません!」

「っこの!」

胸倉を、両手で締め上げた

「良いか! 何度も言わせるな! ラピスは死んだんだ! 殺されたんだ!」

さらに締め上げる

その締め付けに、クラシキが空気を求めて口を開く

先ほど殴られ、投げられ、そして今のこの状況に、クラシキの意識が遠のいていく

「なんで殺されなきゃならない!? アイツはなにも悪くない! あんな小さな子供に人殺しさせてたのは俺なんだ! あれは、俺のせいなんだ!」

それは皮肉にも、ラピスの死を知ったエリナがイネスへと叫んだ言葉とほとんど同義だった

「アイツはなにもわかっていない! 自分のしてることもわかってなかった! 当たり前だ! 俺達がそう教えたんだからな!」

完全に冷静さを失ったアキトが、叫ぶ

「殺されるべきなのは俺だ! あの、まだなにも知らないラピスの手を血で染めたのは俺だ! なのになぜだ!? なぜ俺の代わりにラピスが死ななきゃならない!?」

それは、禁句だった

今のクラシキにとっての、最大の禁句だった

「ふっ・・・・」

限界など、とうに超していたはずだ。意識の無くなり掛けていたクラシキがアキトの拘束を振りほどけたのは、奇跡に近い出来事だった

「ふざけるな!!」

逆上した

その、先ほどまで一方的にやられるだけだった青年の突然の変貌に、一瞬、アキトが身を引いた

だが、そのわずかに出来た隙間を詰め寄ることで埋めると、今度はクラシキが、アキトの胸倉を掴んだ

「なにもわかってないのはアンタの方じゃないか!」

叫びすぎたために、ガラガラになった声で、それでもクラシキは叫ぶ

「あの子はわかってた! わかってたんだ!」

「なにを―――」

「自分の殺した人間に家族がいたはずだってことも! 自分の引く引き金が! 何十何百の人間を泣かせることになることも!」

遺言状に書かれていた一文が、脳裏をよぎる

―――きっと私が殺した人の中にも、アキトみたいな人がいたと思います

「・・・・ガキなんて言わせねえ」

ギリギリと、胸倉を掴む腕に力を込める

「あの子は全部背負ってた! アンタらが子供だと決め付けてたあの子は! 何百人の死体を背負っても! それでもアンタについてくこと決めたんだよ!」

初めて、アキトの顔が驚きの表情を浮かべた

「アンタの横にいたのは・・・・なにも知らない子供じゃねえ! アンタと肩並べられる! たった一人のパートナーだったんだよ!!

「・・・っ!」

もう、意地だった

胸倉を掴むクラシキの腕を払い落とすと、アキトは叫んだ

「だったら尚更俺は復讐を果たす! 殺されたラピスのために! 違うか!?」

「あの子はそんなこと望んでない!」

「なぜわかる!? 死を前にした人間が想うことは恨みだけだ! それがわからない貴様にラピスのことを語る資格なんてない!」

「ラピスちゃんは絶対そんなこと思わない!」

歯を噛み締めたアキトは、そのまま荒々しい動作で歩き出した

「見解の相違だ! これ以上貴様と話すことなどない!」

そのアキトの背中を見つめ、クラシキは、それでも、諦めなかった

信じているから。ラピスを

大好きだから、あの妹が

だから、クラシキはその場に跪いた

正座をし、そのまま頭を床にぶつけるように下げた

土下座だった

「お願いします!!」

その体勢のまま、クラシキは続けた

「復讐を! やめてください!!」

余りにしつこいクラシキに、アキトは再び振り返った

「いい加減に―――!!」

その目に飛び込んできた、土下座のクラシキ

そのときアキトは、初めて気が付いた

クラシキの両手の爪が、ボロボロになっていることを

その手に、IFSの紋章が輝いていることを

止まったアキトの気配を察しているのか、クラシキはそのまま微動だにしなかった

相変わらず、頭を床にこすり付けるように下げている

「・・・・なぜだ」

呻くように、アキトは叫んだ

その視線は、クラシキの両手へと注がれていた

「なぜそこまで出来る! なぜそこまで想っていながら! 思い出にしようとする!?」

もう、理解出来なかった

目の前の男の行動も、思惑も、考えていることも、なにもかも

「悔しくないのか!? そこまでしながら諦めなければならないんだぞ! そこまで想っていたラピスが殺されたんだぞ! なぜ復讐を考えない! なぜ諦める!!」

そのアキトの言葉に、土下座の男は、そのまま叫ぶ

「信じてるから! ラピスちゃんを! 信じているから!!」

「・・・・ふざけるな」

動揺、していた

つい先ほどまで、歯牙に掛ける価値すらないと思っていたその青年に、アキトは完全に冷静さを奪われていた

「どんな人間だって同じだ! 死ぬときに自分以外の人間の幸せを願える人間なんているはずがない! ラピスが死ぬときに願ったことは自分のための復讐だ!」

「違う!」

「違わない!」

「違う!!」

もう、怒りとかそういうのではなかった。単純に、知りたいと思った

これほどまでにラピスを信じられるこの目の前の青年の、その理由を

「なぜだ!? なぜそこまで信じられる!!」

距離を詰める、相変わらず土下座したままのクラシキの目の前に立ち、アキトは声を荒げた

「なぜそこまで想える! ラピスがそう思わなかったと! なぜ信じられる!!」

「簡単だ!」

顔を伏せたまま、クラシキは叫ぶ

出会いはそれこそ、偶然だった

気味の悪い、人形のような女の子

そのことを疑いもしなかった。彼女には、およそ人間の持ちえるような感情など、欠片もないのだと

だが、それは違った

人間だったのだ。彼女は、どうしようもないほど、人間だったのだ

そして自分は、そんな彼女を、信じた

彼女は、間違った道になど進まない

彼女なら、きっと大丈夫

仮に間違った道に進んだとしても、彼女なら大丈夫だと、彼女なら

ラピスなら・・・絶対に、立ち直るから

「俺達は!!」

床にぶつけるように、頭をさらに下げた

例え世界中が彼女を疑っても、自分達は、自分達だけは、信じ抜いてやる

ずいぶんと遠回りをしたけれど

それでも、今自分の中にあるこの思いを、信じてみよう

守って、いこう

「・・・・俺達はあ!!」

そう

だって

自分達は―――



「俺達は!! ラピスちゃんファン倶楽部だから!!」





君に会えて、良かった






あとがき



自動ドアに挟まれました・・・・。



こんにちは、白鴉です

予想通り凄い量になったので、取り合えずここで区切ります

このペースでいければ、四月中にでも完結できるかもしれません

このペースでいければ、の話なのですが・・・・



それでは次回で