第11話







「お疲れ様でしたー」

愛想良く笑いながら、都内某スタジオの入り口から姿を現したのは、すでに言わずと知れたアイドルとなっている、メグミレイナードだった

ナデシコを降りてからの三年間、彼女は今までの声優業を再開した。経過は順調であり、戦争という物事の一面を、ナデシコを通して僅かながらに理解した彼女の演技は世間に多いに受け入れられた

戦争中、ただでさえ目立っていたナデシコという戦艦のブリッジメンバーであったという事実も、彼女の知名度を上げることに少なからずの貢献をした

彼女の名前や顔を知らぬ人間はほとんどいないという、声優としては異常ともいえる状況にあったメグミが、声の演技から人の演技へとその舞台を移動するのに、それほどの時間は要さなかった

そしてまた、彼女の俳優としての演技も世間に受け入れられ、彼女は一躍名女優、そしてトップアイドルという二つの名前を同時に得ることとなった

唯一心配なことといえば、メグミとほとんど同時期にデビューしたホウメイガールズもまた、その活動の幅を徐々に広げて来ているということなのだが、元々ナデシコクルーとして親しかった彼女達に対して、メグミもホウメイガールズも、お互いに大した警戒心も敵愾心も抱いてはいなかった

本来の仕事である声優業に、俳優や歌手としての仕事、さらに四ヶ月前に火星の後継者を相手に行ったライブのことに対する、マスコミの執拗なインタビュー

正直なところ、クタクタだった

だから、もう随分と長いこと、ナデシコのことも、その乗員であり仲間である彼らのことも、考えなかった

だが、スタジオを出たマネージャーが言った言葉が、不意にそんな自分に終止符を打った

「メ、メグミちゃん!」

慌てて駆け寄ってきたマネージャーの尋常でない様子に、思わずメグミも焦った

「ど、どうしたんですか?」

「お・・・お」

全力疾走してきたためか、ゼイゼイと息をつきながら、切れ切れに告げてくる

「お客さん・・・・ネルガルの」

「ネルガルの?」

「か、会長さん」

「・・・・え?」








機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 それぞれの二日間 』

 

 







「いやあ悪いねえ。こんなところに呼びつけちゃって」

言葉とは裏腹の悪びれた様子など欠片もない態度で、目の前のソファーに座るアカツキ

「用件は、なんですか?」

そのアカツキの態度などいつも通りなので、特になんの感慨も抱かず、メグミは警戒しながら尋ねた

あの後、マネージャーと引き離された自分は、黒塗りのバンに乗せられ、こうしてこのどこともしれないホテルのスイートルームへと通された

途中に通った廊下やエレベーター、そして玄関ホールに、数えるのも面倒なほどの数のSPがいたことから、ここに呼ばれた用件が普通でないことなど、容易に察しが着いた

「ああ、警戒しなくて良いよ。ここの警護は完璧だから、なんの心配もいらない」

その警護が必要な理由が知りたいのだ。そう思ったメグミは、その警戒を緩めることなどしなかった

そんなメグミの態度など歯牙にも掛けず、アカツキは相変わらずの態度で続けた

「いやあ実は込み入った事情でさ・・・・と、その前に」

そういうと、アカツキはそのだだっ広い部屋の扉に向けて、声を掛けた

「君らもはいっといで」

その言葉に答えるように、扉が開く

「え?」

その扉から現れた意外な人物達に、メグミが思わず声を上げる

現れたのは、ホウメイガールズの面々だった。多数のSPに囲まれた彼女は、メグミと同じく状況が掴めていないのだろう。ミカコとエリとハルミはそれぞれ怯えたような様子で、そしてサユリとジュンコは気丈にもその自分達を取り囲んでいるSPたちを睨みながら、部屋へと入ってきた

「メグミさん!?」

その中の最年長であるサユリが、メグミを見つめた

その横を、ミカコが通り過ぎた

「あーんメグミさーん!」

半泣きでそういいながら、メグミへと抱きつく

それを少し驚きながら抱きとめ、メグミは視線をサユリたちへと向けた

「貴方達、どうして?」

「わかりません。いきなりこの人たちに連れてこられて。メグミさんも?」

「私も、まあ似たような物かな。訳わかんないうちにこんなところに連れてこられちゃって」

「さて、挨拶も済んだようだし、そろそろ本題に入ろうか」

アカツキの言葉に、サユリがキッとその視線を向ける

「その前に説明してくれません!? なんでこんなところに連れてきたのか!」

「だからそれを話そうとしてるんじゃない」

サユリのその言葉を受けても、アカツキは尚も余裕の態度を崩さない

その言葉に、押し黙る

「結論から言うと、もうすぐクーデターが起こる」

一瞬、部屋の空気が止まった

サユリも、エリもハルミもミカコも、そしてメグミさえも、なにを突然言い出すんだこの人は、という視線をアカツキへと向ける

明らかに信じていなかった

だが、そんなことなど予想していたアカツキは、尚も続ける

「そんな目で見ないで欲しいねえ。僕は真剣だよ?」

ヘラヘラとした態度でそういうのだから、信憑性など上がろうはずもない

メグミ達の目がさらに不審そうに細まる。ほとんど半眼に近い

その彼女達の態度に、流石にアカツキも苦笑いを浮かべる。まさか自分の信用がここまで低いとは思っていなかった。正直、少しショックだ

「うーん・・・・じゃ、これならどうだい?」

そう言ってアカツキはその手に持っているコミュニケを操作すると、一つのウインドウを浮かべた

そのウインドウに、先程まで高速飛行するチンパンジーの存在を力説するような人物へ向けるような視線を向けていたメグミ達の目が、驚愕に見開かれた

ウインドウの中には、佐世保ドッグを襲撃してきた黒尽くめの部隊に拘束されている、ルリの姿が浮かんでいた

絶句するメグミ達の様子に満足するように頷くと、アカツキは告げた

「つい先日の映像だよ。佐世保ドッグに停泊していたナデシコBに残っていた彼女と、そして映像には映っていないが、サブロウタ君、と言ったかな? 彼が拘束された。ちなみに君たちは知らないだろうけど、この時期に前後して、ナデシコクルーの主要メンバー。ミナト君、リョーコ君、ヒカル君、ユキナ君、ウリバタケ君・・・・えーと、まあ、とにかくそれだけの人間が彼らに拘束されている」

アカツキの言葉を、メグミ達はただ絶句して聞いていた

にわかには、信じがたいことだった

「君らが襲われなかったのは、君たちが単に芸能人という、身柄を押さえるのがもっとも困難な人間だったというだけの話さ」

そう言って、アカツキはそこで言葉を切った。目の前の彼女達の理解が追いつくまで

「そ、それじゃあ」

最初に口を開いたのは、サユリだった

「本当に、誰かが企んでるの? その、クーデターを」

頷く

「前指導者クサカベハルキがいなくなってからも、彼らは宇宙のどこかしらで息を潜めてたんだろうね。そして、その彼らに接触を図った連中がいた」

「一体、誰がそんなこと」

「連合宇宙軍の上層部、平たく言えばミスマルコウイチロウ総司令だね」

「・・・・・え?」

アカツキが告げた意外すぎる人物の名前に、メグミ達はまたも固まった

ミスマルコウイチロウという名前がこの場面で出てくるということは、彼女達にとってそれほど驚愕すべきことだった

思わず、メグミが身を乗り出した

「ミスマルコウイチロウって艦長のお父さんじゃないですか!」

「そうだね」

「そうだねって・・・・そんな、どうして」

一緒に火星の後継者を相手にライブをおこなったからこそ、メグミは混乱していた

ミスマルコウイチロウという人物が、そんなことを行うはずがない。それが、あのとき一緒にいたメグミが彼に抱いた印象だった

そのメグミの肩に手が置かれる。振り返ると、その手の持ち主は、サユリだった

彼女はメグミに落ち着くのを促すように小さく頷くと、その目を真っ直ぐにアカツキへと向けた

「・・・・そろそろ、本題に入らない? 一体どこの誰が、どんな目的で、クーデターを起こそうとしているのか」

「そうだねえ、前置きはこれくらいで良いかな」

アカツキの言葉に、その場にいた全員の顔が、無意識の内に引き締まる

そんな彼女達を、唯一マイペースな様子のアカツキが面白そうに眺めて、そして、ゆっくりと話し始めた

「ことの顛末を、最初から話そうか。そもそもの始まりは、とあるアステロイドベルトからが始まりだった。君達も知っている通り、前回の火星の後継者事件は、一隻の戦艦による強制ハッキングを使っての敵戦力の無力化という、前代未聞の方法によって解決した」

「それで?」

「戦争・・・・特に思想とか宗教とか、そういう精神的な部分が関わってる戦争っていうのはさ、基本的にどっちが上かハッキリ決着つけないとダメなんだよ。でないとまた同じことが繰り返される。今回はそれが最悪の形で露出したことになるね。確かに彼らはルリ君のハッキングで僕達に一発逆転されたわけだけど、逆に言うとそれさえなければ勝てたかもしれない。そして、それだけを防ぐ手段なら、幾らでも考えられる。次こそは。彼らの頭にはそういう風に前回の事件のことがインプットされてしまったってわけ」

「そんなこと、聞いてません」

メグミが、冷静に声を挟んできた

アカツキの戦争論理など興味がない

「手厳しいねえ。もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないんじゃないかい?」

「こんなときでもヘラヘラするような人じゃなければ、もう少し優しく出来ますよ」

その言葉に苦笑すると、アカツキは続けた

「ま、とにかくそんなこんなで、彼らの士気そのものは、実はそれほど低下してはいなかった。むしろ彼らの指導者クサカベハルキを再奪還するために、決起中よりも高まっていたとすら言えるかもしれない。そしてそんなとき、つまり火星の後継者事件から一ヶ月ほど経ったある日、一隻の連合宇宙軍所属の戦艦が、その彼らが潜んでいたアステロイドベルトの周辺に現れた」

「それに、艦長のお父さんが?」

「その通り、ミスマル総司令自らのご出陣ってわけさ。彼は、そのアステロイドベルトの周辺で、無線で無差別に呼び出しを掛けた」

皮肉に口を歪める

「『次代の礎を担う者達よ。我らが呼びかけに答えよ』ってね」

「次代の・・・礎?」

「意味は僕にも良く分からないよ。ただまあ、単純に彼らが好きそうな言葉を並び立てただけじゃないのかな?」

メグミ達も同様の感想を持ったらしい、そのことに対してそれ以上の追求はしてこなかった

「そうして宇宙軍と火星の後継者残党は接触。そこからはもう驚異的という以外にないほどの速さで準備を整えたみたいだね。統合軍に連合政府の一部をも巻き込んで」

その聞き捨てならない単語に、思わず一同が叫ぶ

「統合軍に連合政府!?」

そんな彼女達の声をケロリと流す

「目的は聞かないでくれよ? 僕達にもわかってないんだから、まあとにかく、今回のクーデターにそれだけの規模の組織が動いてることが発覚したってわけさ。そして、彼らがその計画の中でもっとも高い障害として目をつけたのが、前回前々回と圧倒的力を誇った、ナデシコってわけだ」

無論、全ての戦争がナデシコの力だけで終結したのではない。だが、四年前の戦争では遺跡をほとんど単独で占拠し、それを外宇宙へと飛ばすという前代未聞の常識外れの行動を打ち出した

そして、前回の火星の後継者事件では、もはや圧倒的というほかのない力で、たった一隻で、火星の後継者の本部を占拠した

彼らがナデシコを重要視するのは、極自然な成り行きなのだ

そう言ってアカツキは芝居がかった仕草で指を一本立てた

「そこで、気づいたことはないかい?」

「え?」

いきなりのアカツキの言葉に、彼女達も呆然とする

連合宇宙軍、そして統合軍に政府。そんな連中がクーデターを目論む

目的がわからないのならば、自分達に他のなにがわかるのか

ただ、その彼らの企みを阻止すること以外に、一体なにが

「うーん、多分僕の言いたいことと君らの考えてることはちょっと違うと思うよ」

その彼女達の思考を読んだように、アカツキは言葉を付け加えた

「言い方を変えようか、なぜ、数あるナデシコのメインクルーの中でも、君達だけは見逃されたのか」

「そんなの」

メグミが答える

「さっき言ったじゃないですか、私達が他の人たちより有名だからって」

アカツキが先程言ったばかりだ。メグミ達は他のナデシコクルーよりも遥かに一般の知名度が高い。そんな彼女達が行方不明になれば、それを隠すのは幾ら政府や軍でも無理だ

特に、軍に対する不信感が高まっているこの世論の中では、それはより一層不可能になる

「うんまあそうなんだろうけどさ。それ以上に思わないかい?」

「?」

アカツキの言いたいことが理解できず、メグミ達は首を傾げる

そんな彼女達に、アカツキは挑発的な笑みを浮かべた

「たかだか通信士一人と料理班の連中なんか、捕まえる価値もない」

その一言に、一同が息を詰めた

言われて見れば、その通りだ

確かに他のメンバーと比べて、自分達に出来ることは通信士の仕事と、料理

明らかに、優先度は低い

「それって、つまり」

自分達は、なめられている

自分達程度なら見逃しても、クーデターにそれほどの支障がないと、そう思われたのだ

仮に自分達の立場にいる人間がホシノルリなどだったらどうだろうか

彼らは、自分達の芸能人などという立場など全く無視し、身柄を押さえに掛かっただろう

得も言えぬ悔しさと不快感が、胸の中を渦巻いた

別にそれはホシノルリよりも下と見られたことに対するものではない、それは仕方がないことだ

だが、自分達が精一杯ナデシコのためにしてきたことが、彼らにとっては取るの足らないことであったという事実は、見逃すことが出来なかった

「まあ、要するに君達はなめられたってことだね」

全員の顔に不快の表情が滲むのを見て、アカツキはその口元をゆがめた

「で、提案なんだけどさ」

そのアカツキに、全員の視線が集中する

それを確認すると、面白そうに手を振った

「ぶち壊してみないかい? 君達で、彼らのそのご立派な計画を」

「・・・・私達、で?」

「そ」

そう言うと、これまたわざとらしい動作でウインクする

「というわけで」

寒気で背中を震えさせているメグミ達に内心でだけ傷つきながら、アカツキは言う

「二日後、空いてるかい?」





「・・・・はあ」

真っ暗な自分の部屋で、クラシキは思いっきり後悔していた

内容は、ついさっき廊下で行ったアキトとの凄絶な口ゲンカ

いや、それは正確に言うならば、大乱闘寸前にまで発展した、ただのケンカだ。現に自分は蹴られるわ振り回されるで散々だった

だが

口元に、笑みが浮かぶ

伝えられることを、全て伝えることが出来た

思っていたことを、全て言うことが出来た

胸の中を、不思議な充実感が満たしていた。あの自分の言葉で、アキトがどうするのかは、やっぱりクラシキにはわからない

ただそれでも、良いと思う。自分の言葉が人から見れば単なる思い込みに過ぎないということは、クラシキにだってわかっている

ラピスが本当になにを望んでいたのかは、結局のところ誰にも分かりはしないのだ

だから、これから先のアキトの行動を邪魔する権利は、きっと誰にもない

自分の言葉を聞いて、それでも復讐を選ぶのならば、それはきっと仕方がない

自分がラピスのことを考え好き勝手に行動したように、アキトにもその権利があるのだから

そこまで考えたとき、不意に部屋の扉が開いた

暗くしていた部屋に差し込んでくる廊下の明かりに、クラシキは思わず目を細める

その入り口に、一人の男が立っていた。逆行で見えにくいが、シルエットからセトであることが、なんとなくわかった

「よお」

「・・・・うっす」

どうということのない挨拶をする二人

セトは相変わらず入り口に立ったまま、部屋に入ってこようとも、出て行こうともしない

「どうしたんすか? いきなり」

「・・・・復讐は、やめたのか?」

その言葉に、クラシキは苦笑いを浮かべた

「・・・・はい」

「・・・・そうかい」

逆行の中、そのクラシキに満足そうに笑うと、セトは入り口の枠に背中を預け、寄りかかった

二呼吸ほど間を置いて、セトはゆっくりと呟いた

「テンカワの野郎も、やめるそうだ」

「え?」

相変わらず察しが悪い部下に苦笑する

「復讐だよ。つい今しがた、そう言いに来た」

その言葉に、クラシキが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をし

次の瞬間、その驚きを、喜びへと、変えた

「そう・・・・っすか」

「ああ」

笑顔のクラシキは、噛み締めるように、もう一度呟いた

「・・・そうっすかあ」

そのクラシキを見て、セトはもう一度笑う

「伝票整理」

「え?」

突然のセトの言葉に驚く

セトは口元に笑みを浮かべたまま、クラシキを手招きした

「伝票整理、手伝えや」





そうしてやって来た格納庫の休憩室で、二人は机の対面に座り、それぞれコミュニケから浮かぶウインドウと睨めっこしていた

作業を行いながら、クラシキはちらりと向かいに座るセトを盗み見た

目の前の彼の上司は、相変わらず黙々と作業を進めている

と、不意にそのセトがウインドウを見つめたまま、口を開いた

「で、どうやったんだ?」

「え?」

いきなりの質問に、クラシキが思わず慌てる

そんなクラシキの様子に苦笑し、セトはウインドウから目を外しながら付け加えた

「あの聞かん坊を、どうやって説得したのかってことだよ」

その言葉にようやく合点がいったのか、クラシキは頷いた

「どうって言われても・・・・なんて言うんすかね」

言葉を探すように頭を掻くと、小さい声で言った

「体当たりっすよ。もう本当、ただ叫んだだけでした」

はは、と苦笑しながら、クラシキはなんともいえない表情を顔に貼り付けた

「俺、バカッすから、誰かを説得するとか、納得させるとか、そんな方法考え付きもしなくて・・・・だから」

顔を僅かに伏せる

「だから、ただ叫んだだけっすよ。本当、それだけっす」

セトは、ただ黙って話しを聞いていた

「本当は、ラピスちゃんがなに考えてたのかなんて、わかんねえっす。でも・・・・自分のために復讐するテンカワさんが見たいかって言うと、絶対ラピスちゃんは違うって言うと思って」

再び顔に苦笑を浮かべると、クラシキは頭を掻いた

「だから、無我夢中でした。そして、それでもテンカワさんが復讐を続けるって言うんなら、正直、もう止めるつもりはありませんでした」

その一言に、セトが意外そうに目を開いた

「そうなのか? 俺はてっきりアイツの考えを変えるまで、何度でも行くつもりなのかと思ったが」

そのセトの言葉に、クラシキは苦笑したまま首を振った

「最初は、そのつもりでした。でも、話してる内にわかったんす。テンカワさんはテンカワさんの考えの元に、ラピスちゃんのこと考えてるんだって。多分、俺と同じか、それ以上に・・・・だから」

手元のコミュニケを特に意味もなく触りながら、セトへと続けた

「だから、俺が俺の考えを曲げる気がないように、テンカワさんもきっとその気がないだろうから。俺の言葉が届かなければ、きっとそれまでだって、そう思ってましたから」

クラシキの顔に、嬉しそうな、照れくさそうな笑顔が浮かんだ

「でも、伝わったみたいっすね。決定打になったのかはわからないっすけど、俺の気持ち、ちょっとぐらいは伝わったすよね」

そのクラシキの言葉にセトは笑うと、ゆっくりと頷いた

「ああ、伝わったさ。きっとな」

嬉しそうに笑う目の前の青年の笑顔は、年齢以上に幼く見えるような笑顔だった

クラシキの言葉が結果的にアキトを動かしたのかそうでないのか、セトに確かめる術などない

ただ、それでもなんとなく、目の前の青年の言葉が、少なからずともアキトの心に響いたような気が、根拠もなくした

実際はなんの関係もないのかもしれない。アキトの心を変えたのは、クラシキの言葉とは全く関係のないことかもしれない

だが、そんなことは考えても詮無いことだ

そして分からないのなら、無理に悪い方に考えることもない

「・・・あれ?」

そんなことを考えているセトの目の前で、ふとクラシキがなにかを見つけたようにウインドウへと視線を向けた

「どうした?」

「いや、ここなんすけど」

ウインドウの一部分を指で示す。セトも体を乗り出して、その部分を覗き込んだ

「なんだこりゃ?」

そこに映っていた文章は、使途不明の物品が月ドッグに運び込まれたことを示していた

「『12月23日』・・・・この日にパーツの発注なんてしてましたっけ」

不思議そうに尋ねてくるクラシキに、セトは自分の記憶を探る

「いや・・・・そんなもんしてないはずだけどな」

月ドッグにある、ブラックサレナやユーチャリスの整備や補修に使う部品は、基本的に月に一度だけ持ち込まれる極秘船からの支給で補われている

支給とはいってもその量は膨大で、ちょっとやそっとの故障などでは底を付くような量ではない

現に、あの夜天光にボロボロにされたブラックサレナの改修すら、予備の部品だけで十二分に足りたのだ

極秘船が来るのが毎月の5日、間違っても23日などという中途半端な時期に来ることはない

そこまで考えたとき、二人の脳裏に一つの可能性が浮かんだ

「おやっさん」

「・・・・おう」

なぜか、嫌な予感がした

背中が汗ばんでいるのを感じる。根拠もなく冷や汗が浮かぶ

唾を飲み込む。なんの根拠も理由も思い浮かばないその予感に、思わずお互いの顔を見合わせる

「・・・・お前も、か」

「おやっさんも、すか」

二人の視線の先には、23日という日付が浮かんでいる

それは、ボロボロになったユーチャリスが回収されてきた日付と、全く同じだった

「・・・おやっさん。確か23日、格納庫にユーチャリス運び込まれましたよね」

「・・・・ああ」

「じゃ、じゃあこの使途不明の物品ってのは、ユーチャ―――」

「のことじゃ、ねえだろうな」

セトの言葉に、クラシキは思わず息を呑んだ

「公式記録に使途不明って残すなら、まだ納得いくがよ。俺達への情報にそんな風に残すわけねえだろ」

そのセトの言葉にうっと言葉に詰まると、慌ててクラシキはまくし立てた

「で、でも消し忘れかもしれないっすよ。だ、大体そんな大事なものなら、こんな分かりやすく使途不明なんて怪しげな分類するはずないじゃないすか」

「・・・・・実はよ」

深刻に口を開くセトの雰囲気に押され、思わずクラシキもまくし立てていた言葉を止めた

「この伝票、ネルガルとは関係ねえんだ。ここに搬送してる業者から、直接渡してもらってんだよ」

「でもウォンさんなら知ってるんじゃないですか? だったらこんな風に残すような指示を出すわけ」

「本当に、そう思うか?」

「・・・・え」

「ウォンの奴に、ラピ坊が死んでからのウォンの奴に、そんな余裕あると思うか?」

言われて、クラシキの脳裏にそのときのエリナの姿が過ぎった

ラピスが、死んだ日。イネスにその事実を突きつけられたあのとき、彼女は人目もはばからず泣き叫んだ

普段の気丈な彼女なら、自分達のような人間に絶対に見せないだろう態度だった

そして、葬式のときもそうだった

ラピスの棺桶を前にしたエリナは、また、泣いたのだ

「それは・・・・」

余裕は、なかった。あのときの彼女に、そんなものなど欠片もなかった

だが、と、それでも違うなにかを探そうとする自分に気づき、不意にクラシキは思った

なぜ自分達はこんなにうろたえているのか、なぜ自分達はこうまでして違う可能性を求めるのか

それは、今まで二人の心の奥底に、ずっとあった願い

有り得ないと目を瞑り、目を背けていた、一つの可能性

だが、それにもう、気づいてしまった。あとはもう遅い。頭の中に浮かぶのは、その、今まで自分達が目を逸らしていた可能性を示唆する要素ばかりだった

「・・・・考えてみりゃあ、変なことばっかだったんだよ」

セトの言葉に、クラシキは視線を向けた

「おかしな話じゃねえか」

「な、なにが・・・っすか」

「テンカワ一人のために、本当にネルガルがオモイカネ級のAIを用意するか?」

言われて見れば、その通りだった

オモイカネ級のAIは、本来ならば戦艦をIFS強化体質の人間一人で運用する、ワンマンオペレーションシステムの補助としてその機能を果たす

さらに、人格などという高度な処理が可能なAIなど、世界中を探しても、一桁くらいの数しか存在しない

そしてその数は直接、オモイカネ級のAIの数につなげることも出来る

そんな貴重で高価なAIを、幾らA級ジャンパーとはいえ、テンカワアキト一人のために開発するとは、とても思えない

ネルガルは決して慈善企業などではない。地球圏の軍事兵器でナンバーワンのシェアを誇る企業なのだ

そして、さらに言えば

「そもそも、人間の五感なんてもんを・・・・AIにサポートなんて、出来るのか」

理論上は、確かに可能なのかもしれない。だが、ソレを実現するほどの技術が、今のネルガルに、いや、世界にあるのか

一度浮かんだ疑問は、留まることなく、ドンドンと大きくなっていく

「ラピスちゃんの葬式にも・・・・死体はなかったっすよね」

「・・・・ああ」

二人の間に、長い沈黙が降りた

葬式の場に、死体はなかった。ユーチャリスが沈んだ宙域を調べても、そこになにも発見することは出来なかった

自分達は、確かにそう聞かされた。そして、それを信じた

だが、今になって思う

それは本当に、事実だったのか?

騙されていたのではないのか?

いざそういう先入観を持って物事を見てしまうと、なにもかもに疑問が付いて回った

明らかに利益など見込めそうにない、一個人に送られたオモイカネ級のAI

しかもそのAIは、人間の五感すら補完するという、およそ常識からは遥かに外れた性能を示している

そして、ユーチャリスが運び込まれたその日に搬入された、使途不明の物品

遺体の無かった、葬式

それらが示す可能性など、一つしかなかった

そして、その目の前に吊るされた可能性を無視することは、クラシキにも、セトにも、出来はしなかった

「もしかして」

声が震えていたのは、不安のせいか歓喜のせいか

頷き、それに答えるように続いたセトの声も、震えていた

なぜそうするのか。理由はわからないし、そもそもこの推論が当たっている証拠があるわけでもない

ただ、その頭に浮かんだ可能性を、そのまま、口にする

「ラピ坊の奴・・・・生きてるのかもしれねえ」










あとがき



趣味は生きることです



こんにちは、白鴉です

反撃開始。とはまだ程遠い状況です

というか、こんなんで本当に勝てるのかと私自身が結構不安な感じな今日この頃です

長かったです、ここまで来るのに

次回の話では、そもそも私がこの話を書こうと思った場面の一つが出てくるわけですが・・・・

もしかしたら次回のさらに次回に持ち越しになるかもしれません

ごめんなさい。なんせ結構行き当たりばったりで書いてるものでして

まあ、なにはともあれ、そんな感じです





それでは次回で