第14話








  人類が今まで歩いてきた決して短くはない歴史。その中で、人間達は二つの状況を交互に繰り返して、ここまでを歩いてきた

  平和と戦争。人類の歴史はこの二つの言葉で説明しようと思えば、出来ないこともないほどの単純な組み合わせでしかない

  争って、疲弊して、また争って

  戦う度に平和の尊さを唱え、戦うたびに戦争はこりごりだと叫ぶ。ならば一体いつになれば止めるのかと呆れそうになるが、その度に世代が変わり人が変わり、そして人は己の体験していないことを未知としているため、結局その人間にとって平和の尊さも戦争の辛さも実感を持ってわからない、そのため、また繰り返す

  もし仮に人類全てが不死になったのならば、案外と早く戦争なんて無くなっていたかもしれない

  そんな頭に浮かんできた取り留めのない考えを、ルリは首を振って振り飛ばした

  いけない、ここに連れて来られてから、すでに三、四日。余り疲労は感じないものの、精神的には大分参ってしまっているらしい

  ルリの今入っている部屋は、ミナトたちが収容されている第三刑務所の最下層。地下十五メートルの位置に建設された、特製の牢獄である

  牢獄といえば聞こえが悪くなるかもしれない、実際ルリが入れられている部屋は、牢獄という言葉とは余りにもかけ離れていた

  壁も天井も全て染み一つない純白で統一されており、あろうことか牢獄であるはずのこの部屋には、扉が二つついている

  その内の一つはトイレとバスルームへ、そしてもう一つの扉が、外へと繋がる唯一の出入り口

  付け加えるならば、この部屋には窓が一つもない。地下だから当然といえば当然であるのだが、四方を壁に囲まれているために、部屋の外で待機しているはずであろう看守の姿すら、ルリからは確認出来ない。部屋こそ綺麗だが、これは精神衛生上余り良くない。いつまで経ってもなんの変化も見込めないこの部屋にいるのは、想像以上の苦痛であった

  これは、電子の妖精と呼ばれるほど電子機器の扱いに慣れているルリ。それを警戒しての地下十五メートルであろうし、この、異常なまでの警戒態勢なのであろう

  「・・・・・はあ」

  当然だが、話し相手もなにもあったものではない。外を眺めようにも相変わらず窓は一つもなく、看守の様子を見ようにもその視線の先には白い壁にめり込んでいる扉しか映らない

  暇を持て余していた。食事を持ってくるのは、あの佐世保ドッグで自分を取り押さえた連中を現場で指揮していた、サカキバラという男だった。なぜそんな男が、自分の食事の世話までするのかはわからない

  そのサカキバラは、食事を運んでくるとき、事ある毎に自分へと話しかけてくる

  曰く、体の調子は大丈夫か

  曰く、シャワーの出は満足か

  曰く、監視カメラが気になるか、気になるのなら外すように上司に相談しようか

  挙げればキリがないほど、どうでも良い話題から聞いてもいない彼らの特殊部隊のことまで、彼は自分へと話しかけてくる

  当然軍人としては、そこで少しでも調子を合わせて幾らかでも情報を聞き出そうとするべきなのだろう。だが、実際問題彼はそんな必要などないくらい饒舌であったし、なによりルリは、彼のことが好きではなかった

  自分たちを拘束し、サブロウタを撃った連中の仲間。あのとき、血まみれのサブロウタが運ばれてきたときには、本当に驚いた

  結局自分はそのとき、彼の容態を聞くことすら出来ず引き離され、こうしてここに閉じ込められたわけだが、その後の彼が意識を取り戻し今はピンピンしていることは、サカキバラから聞いてもいないのに聞かされた

  だが、その情報はルリにとって限りなく有益だったために、その点においては少しくらいは感謝するべきであろう

  「・・・・」

  看守服の身を包んだルリは、ふらふらとした気だるい足取りで、部屋の一角へと歩いていった

  さして意味のある行動ではない。その証拠に、壁に額をくっつけたルリは、それ以上の動きを見せなかった

  「はあ」

  ため息をついて、思考を巡らせる

  ハーリーは、無事逃げ切っただろうか

  佐世保ドッグを出るところまでは確認しているし、中にいた部隊もルリが出来る限りの足止めをした

  問題は、外に待機していたはずの連中だ。ああ見えても実力的には一級の軍人のサブロウタがあれ程の痛手を負わされたのだ。まだ子供であるハーリーが、無事に逃げ切れているとは思えない。だが、つかまったらつかまったで、自分の耳になにか届いてきそうなものではある

  この部屋に閉じ込められてから、外の情報は一切手に入らない。一度だけダメ元であのサカキバラに聞いてみたが、さすがに頼まれてもいないのにペラペラと喋る彼も、このことに関しては口を開かなかった

  それでも、自分が必死なことに気づいたときに、何度か口がパクついていた

  こんなことを考えるのもなんだが、そんな人物に自分の監視を任せていて良いのだろうか

  そこでまた、ルリは首を振った

  精神的な疲労のためか、どうにも思考が逸れがちだ

  白い壁を手で撫でながら、呟く

  「・・・・皆さん、どうか御無事で」

  今の自分に出来るのは、祈ることだけだ

  随分と非科学的な思考をする自分に苦笑しながらも、ルリはその場で両手を組んだ





  「・・・・あ、母さん?」

  まだ空が白み始めたばかりの頃。ハーリーはとある公園のとある遊具の中にいた

  ツキオミに言われた通り、二日間を体力の回復へと費やしたハーリーは、作戦開始前の僅かな時間、彼の薦めで、こうして自分の両親へと連絡をつけている

  持っているのは、特製らしいパラポナアンテナと黒電話。盗聴の恐れがあるために通常回線が使えない状況で、ツキオミが手配してくれたものだ

  その本人は現在数人の部下を従えて、ハーリーがいる遊具の外で待っている

  「うん、大丈夫だった? 父さんも?」

  電話越しに聞こえてくる、実に久しぶりに聞く母親の声に、11歳の少年の胸はチクリと痛んだ

  「こっちは大丈夫・・・・うん、その人達は味方だよ。そう、そのツキオミって人が頼んでくれたんだって、だから大丈夫」

  ナデシコクルーは、ほぼ全員すでに例の部隊に拘束されている

  ただ、どうやらその対象はナデシコクルーの中でも主だったメンバーに絞られているらしく、実際に彼らの手に落ちた人達は、二桁に満たない

  しかしその代わり、そのメンバーに対する対策は完璧で、家族親戚、果ては親しかった友人にいたるまで、すでにあの連中の監視の目が届いているらしい

  ハーリーの両親は、幸運にもツキオミ達のお陰でその難を逃れ、現在どこかのセーフハウスに身を潜めている

  「・・・・え?・・・・ああ、うん・・・まあ、ね」

  なにを言われたのか、受話器を持つハーリーの腕に力がはいった

  「そっちに行きたいけど、うん、今はまだダメなんだって。でも大丈夫、ツキオミさん達がもうすぐ解決してくれるって」

  緊張で強張った手に、さらに力がはいる。顔面の筋肉が、緊張の余りかそれとも後ろめたさ故か、僅かにピクついた

  そのハーリーの顔からは、すでに先程までの安心し切ったような笑顔は消えている。ただ困ったように、曖昧な笑顔を顔に貼り付けるだけだ

  不意に、この黒電話を渡されたときにツキオミに言われた言葉が、頭を過ぎった



  「疲れは取れたか?」

  「あ、はい」

  「そうか・・・・いよいよだ。今日、日が昇り切る前に仕掛けることになる」

  「そう、ですか」

  「ああ・・・・これを」

  「これは?」

  「電話だ。通常回線は危険なので、こちらで用意した。今から一時間程余裕があるから、心残りがないようにしてくれ」

  「心・・・・残り?」

  「・・・・・」

  「どういう、ことですか?」

  「・・・以前にも話したが、今回の作戦の成功率は限りなく低い。我々もできる限りの材料を用意したが、正直勝てる見込みはほとんどない・・・しかし、やらない訳にはいかない」

  「・・・はい」

  「そして、我々は君に抜けてもらうわけにはいかないのだ。今回の作戦、君の存在が勝敗を左右するといっても過言ではない・・・・だから、例え無理矢理にでも、君には我々と一緒に来てもらうことになる」

  「・・・・はい」

  「・・・・本当に、すまないと思っている。だから、これが我々にしてやれるせめてもの償いだ。当然払い切れるものではないが、どうか、受け取って欲しい」

  「・・・・」

  「君の御両親は、現在我々が保護している。安全は保障しよう・・・・こんなことを言える立場ではないが、どうか、声を聞かせてあげてくれ」

  「これが・・・・最後になるから、ですか」

  「・・・・すまない」





  「・・・ん? なんでもないよ。うん」

  少しの間呆けていたらしい。電話からの気遣うような声に、少年は慌てて答える

  成功する見込みが、ほとんどないということ、それは言い換えれば、自分がその戦場から生きて帰る見込みがほとんどないということに他ならない

  軍に入ってから短いわけではないが、実をいうとハーリーは今まで戦場らしい戦場を経験したことがない

  木連との戦争が終結した当初に軍属になったことも大きな理由の一つだ。与えられた任務は大抵がなんの危険もない哨戒任務だったり、極々小規模な盗賊紛いの連中を追い払ったりする程度のものだった

  だが、つい先日彼が経験した場面は、間違いなく、どこのどんな戦場よりも、彼にとっての戦場だった

  乱れ飛ぶ銃撃。なんの手加減も感じられない、無機質で冷たい銃弾の嵐

  壁が抉れる耳障りな音。どんなに自分が疲れて立ち止まりそうになっても、その音や他の数々のプレッシャーが重圧となって、背中をグイグイと押してきた

  見慣れていた人物が、あっという間に血に染まる

  サブロウタの姿を、思い出した

  最後に見たいつも通りの表情の中に、確固たる決意を秘めていたはずの、ルリの顔を思い出した

  これから自分が行くのは、そういうところだ。油断すれば死に、油断しなくても免れることの出来ない死が手薬煉を引いて待ち構えている、戦場

  正直な話、逃げ出したかった。いざそんな状況の目前まで来てみれば、その想いは今まで以上に強くなっている

  仲間のことを思い、無力な自分に苛立ち、それでも休むことしかなかったあの二日間よりも、その思いは強い

  だが

  心臓の位置へと手を伸ばす。そこに触れると、触りなれた軍服の感触と一緒に硬くて重い感触もある

  拳銃だ

  それに服越しに触れたまま、大きく息を吸った

  激しくなってきた動悸を収めるように、深呼吸を繰り返す

  逃げたい。でも逃げない

  ツキオミ達に強要されたからではない、これは自分で、決めたことだから

  「母さん」

  どこか雰囲気が変わったことを電話越しでも察したのか、相手の様子が少しだけ硬くなった

  「実を言うと僕、ちょっと生きて帰れそうもないんだ・・・・だから」

  その言葉を遮るように、凄まじい怒声が受話器から漏れた。それに驚いたように首をすくめる

  耳を突くような言葉の数々を聴きながらも、それでもハーリーの表情は穏やかだった

  純粋に、嬉しかった。自分の死の可能性を聞かされて、こんなにも怒ってくれる人がいることが

  「うん、でもね。それもムリなんだ・・・・今の状況で、ナデシコを動かせるのは僕だけなんだ。多分、そういうことだと思う・・・・うん、ごめんね。勝手なことばかり言って」

  尚も受話器から聞こえてくる戸惑いと怒りの声に、目を瞑る

  例えばここで、きっと生きて帰ってくると言ったならどうなるのだろうか

  きっと、この人達は自分のことを、待ってくれる。いつまでも、待ってくれる

  口約束なら簡単な、たった一言二言で良い。そして、自分も絶対に生きて帰ると思えれば、それはきっと凄いことだと思う。その意思の強さは、賞賛に値すると思う

  ただ、とハーリーは思う

  理想を掲げ、そこで理屈を全て取り払った言葉を大事な人達に残す

  それよりも、現実をありのまま受け入れ、出来る限りその事態に備えることの方が、よっぽど凄いことなのではないのかと

  だからこそ、ハーリーは告げた。己の死の可能性を、包み隠すことなく

  「・・・・行って来ます」

  相手からの声は、いつの間にかやんでいた

  「僕は父さんと母さんの子供で、幸せでした」

  言ってから、相手の言葉を待たずに受話器を置いた

  俯けた顔からは、その表情を伺うことは出来ない

  受話器に手を掛けたまま、少年は動かない

  なにかに耐えるように、こらえるように、その顔を伏せている

  黒電話に掛かったままの手が、小刻みに震えていた

  それは葛藤だった。もう一度この電話を使おうとする自分と、このまま手を離し、全てにケリを付けようとする自分との

  一分か、二分か。しばらくその体勢のまま、時間が過ぎた

  「・・・・っ」

  が、顔を上げる。悲しんでいる暇も、後悔している時間もない

  僅かに滲んでいた涙を振り払い、黒電話とアンテナを持って外へと足を向ける

  「・・・・もう、良いのか?」

  遊具の外にいたツキオミが、まだ十五分も経っていないにも関わらず姿を現したハーリーに、少しだけ意外そうな顔つきで問いかけた

  「まだ時間はある。言いたいことがあるのなら」

  無言のままハーリーが差し出してきた電話とアンテナを受け取る

  その顔を見て、ツキオミは一瞬だけ驚いたような表情を顔に浮かべ、そして、笑った

  「・・・・すまないな」

  「謝らないで下さい」

  それだけ告げ、ハーリーはそのまま歩き出した。公園の外に止めてある、自分達が使っているライトバンへと向かって

  その姿を見ながら、ツキオミは横にいた部下に電話とアンテナを渡す

  そして、遠ざかって行く少年の後姿に向かって、不意に姿勢を正した

  背中を向けているハーリーには当然わからないが、それでも、ゆっくりと頭を下げる

  「・・・ありがとう」

  いつの間にか町並みから顔を少しだけ覗かせていた太陽が、辺りを明るく照らしていた











  機動戦艦ナデシコ
  『 Lose Memory 』





  『 前哨戦 』

   

   







  午前八時。そのツキオミとハーリーの一行は、とある町外れにあるとある道路に車を止めていた

  窓から見える景色は、辺り一面の草原。そしてその先にポツンと、豆粒のように小さな鉄の塊が見える

  第三刑務所から実に5キロの位置にある道路に、実に十台にも及ぶ数の宅配便の偽装を施した装甲車が止まっている

  その中の一つの車内。助手席の窓から双眼鏡で微かに見えるそれを睨むハーリーの耳に、運転席に座っているツキオミの言葉が入ってきた

  二人共、装甲服を身に着けている

  「今から十分後。近くに待機しているヘリが敵通信施設に爆撃を始める。そしてそれとほとんど同時に我々も突入。施設内に囚われているはずのホシノルリを救出する」

  双眼鏡から見える第三刑務所は、静かだった。チラチラと見える突起物は、おそらく衛星通信のためのアンテナだろう

  「打ち合わせ通り、他のナデシコクルーの救出は後回しだ。まずなによりも最初にホシノルリを確保し、その直後別働隊が確保するはずのテンカワユリカの手で、ナデシコCの艦内へと直接跳ぶ」

  「・・・・サブロウタさんや、他の皆さんは・・・・見殺しですか」

  双眼鏡を覗いたまま、ハーリーが尋ねる。あらかじめ聞かされていたこととはいえ、やはり気に入らない

  僅かに、手に力が入る

  「そうではない・・・・わかってくれ。現状、我々に余分な戦力を必要とする余裕も、それを匿う余裕もない。今必要なのは、A級ジャンパーであるテンカワユリカと、そしてナデシコCを扱える君とホシノルリだけなんだ」

  そんなことはわかっている。施設内にいるはずの他のナデシコクルーのほとんどが、今回の戦闘にほとんどなんの役にも立たないはずの人間であることは、わかっている

  ユリカのボソンジャンプで、ナデシコC艦内へと跳ぶ、そしてそこからさらに、敵本部へと乗り込み、ナデシコCのシステム掌握で片を付ける

  無茶苦茶な作戦だった。その別働隊とやらがユリカを確保しても、自分達がルリの救出に手間取ってしまい、向こうが潰されてしまえばそこまで、そしてそれは逆もまた然り。理論上は確かに出来ないことはないが、その確立はそれこそ1%を切っているほどの天文学的な確立だ

  敵の本部はわかっている。統合軍総司令部だ。そこにボソンジャンプし、そこから作戦通りに行ったとしても、他の地域ですでに始まっている戦闘をどう止めるのか

  そもそも、自分達のような存在を警戒して、本部の位置を変えているのではないのか

  軍の象徴である作戦本部を総司令部から動かすのは、確かに見栄えの良いものではない。普通なら確かに移動などしない。だがもし相手が、面子や他の部隊の人間に与える士気低下よりも、自分達の存在を重視しているような用心深い人物であったなら

  隠れられれば、当然それらを探すような時間などない。もしそうなったなら、自分達は確実に蜂の巣になる

  穴だらけの作戦だ。ツキオミが勝てる見込みがほとんどないと言ったことや、自分の両親へと電話をさせたことも、十分頷ける

  この戦いは、考えられる全てのプラス要素が発生すると確定した上での、それでも勝算薄い戦いなのだ

  「馬鹿にしたい気持ちはわかる。だが、我々には他に方法が思いつかなかった」

  その自分の雰囲気を察したのか、ツキオミが口を開く

  「・・・アナタは、アナタ達は、どうしてこんな無謀な作戦に、付き合えるんですか?」

  双眼鏡から目を離し、視線を向けてくるハーリーに、苦笑する

  そして、しばらく弄ぶように身に着けている装甲服の襟元をいじった後、ポツリと呟いた

  「昔・・・俺は正義の味方に憧れていた」

  「正義の、味方?」

  問いかける言葉に頷くと、窓から外へと目を向ける

  「ゲキガンガーというアニメがあってな。そこに出てくる、己の正義のために信念を燃やし、悪と戦う人達に、俺は心底憧れた。俺も、いつかはあんな存在になりたいと思った。それは、今でも変わらない」

  「・・・・正義の、味方ですか?」

  「・・・そうだな。もしそんなモノになれるのなら、どれほど誇らしいかと思った。だが、現実にはそんなモノなどどこにも無かった。そこには立ち向かうべき完全な悪も無ければ、心から従えるような完璧な正義もなかった」

  自嘲するように笑うと、ツキオミは目を閉じた

  「誰も彼もが己の正義を信じ、相手が悪だと疑わなかった。そしてそう信じ、そう叫んで死んでいった。俺の親友だったある男も、死ぬそのときまでその正義を振りかざして死んでいった」

  「死んだ・・・んですか」

  「・・・・・ああ、死んだ。だがアイツは、死ぬときまで己の正義を貫き通した。俺には出来なかった。自分の正義に疑問を持った俺に出来なかったことを、アイツはやってのけた・・・・それが羨ましくて、自分が酷くちっぽけで矮小な存在だということを思い知ったよ」

  「・・・・」

  「その時、思ったんだ。正義なんてモノは、なにかを妄信しそれをただひたすら遂行することではないということが、例え先程まで自分が行っていたことでも、信じて疑っていなかったことでも、悪だと思えばそれにすら反発出来る信念、そしてその考えが、どれほど絶望的な状況の中であろうとも貫ける意志の強さ。それこそ正義なのだと・・・・俺は思った」

  閉じていた目を開け、口元に再び苦笑を貼り付けると、ハーリーへと目を向けた

  「幸い、今回はわかりやすかった。俺には、統合軍の人間がやろうとしていることが、どう考えても正義とは思えなかった。だから抗う・・・・・簡単なことだ」

  そのツキオミの意外な饒舌さと、そしてその言葉に、ハーリーは驚いた

  自分の考えを、貫く信念

  「でも・・・・もしそれが、間違っていたら、どうするんですか?」

  信念を貫くことは凄いことだと思う。だが、その自分が信じた答えが、必ずしも正義であるとは限らない

  脳裏に、先程自分の母親へと告げた言葉が蘇った。あれは、正しかったのだろうか

  生きて帰ると、言えば良かったのではないか。その方が、無駄な心配も掛けずに済んだのではないか、と

  そのハーリーの言葉に、意外そうに目を剥くと、ツキオミは今度こそ笑った

  「間違いなのか、それとも正しいのかなど、誰にも決められないと俺は思う」

  「え?」

  「それを決めるのは、きっと自分ではない。きっとそれは、何年も何十年も経った後の人間達が決めることだろう・・・・だから」

  手元のコミュニケに触れると、時間が現れた。もう、三分もない

  「だから、今出来ることをするだけだ。今自分が、正しいと思ったことを、するだけだ」

  その言葉に、ハーリーは僅かに口元を歪めた

  「そう・・・ですね」

  「ああ」

  頷くと、踵を返した。全車両へと繋がっている通信を開き、ツキオミは告げる

  「作戦開始一分前。各自準備最終確認を怠るな。突入予定は八時十分」

  それだけ言って通信を切ると、ツキオミはハンドルを握った

  「行くぞ。我々が正しいと思ったことを、するために」

  「はい!」





  「ふあああ」

  第三刑務所の正面口の両脇に立っている二人の男。その内の一人が、大きなあくびをした

  「・・・おい、油断し過ぎだぞ」

  「んなこと言ってもよお・・・・こんな辺鄙なところで一体なにが起こるってんだよ」

  「そんなものわかるか、ただ上の方からのお達しだ。今日の警備は特に念入りにしろってな」

  その男の言葉に、先程あくびをした男が身を乗り出した

  「そうそうそれなんだよ俺が訳わかんねえのは。聞くところによるとその命令って本店の方から来た命令なんだろ? おかしいってありえねえって、なんで司令部がこんな片田舎にある刑務所に一々命令なんて飛ばすんだよ」

  「・・・・知らん」

  「やっぱあれなのかね。この間運び込まれてきた連中に関係あるのかね。ほら、あの黒尽くめの奴らが護送してきた司令も詳細を知らないっつう奴ら」

  「ああ・・・確かにまあ、関係がないわけがないだろうが・・・・」

  「そいつらが脱走するってことかね?」

  「それは無いだろう。大体そんな凶暴な連中なら、もっと警備が厳重なところに連れて行くだろう。第一か第二かに」

  「うーむ、そうだよなあ・・・・あ、そうだ! もしかし―――」

  男の言葉は、そのとき彼らの背後で巻き起こった大爆発で中断された

  慌てて振り返ると、門越しに見える第三刑務所の風景が、一変していた

  どうやらミサイルかなにかを撃ち込まれたらしい、門から見えるだけでも数え切れないほどの火の手が上がっている

  半径五百メートルという広大な土地の全てを見通せるわけではないが、それでもこの攻撃らしい爆発でこの施設が相当なダメージを負ったことがわかる

  混乱した様子で、その二人は門へとしがみつく

  「おいおいおいおいどうなってんだよこれ!」

  「・・・攻撃らしいな」

  「どこから!?」

  「知るか」

  だが、その動転している二人に追い討ちを掛けるように、その門から中を覗き込んでいる彼らの背後から、けたたましいエンジン音が聞こえてきた

  「ああ!? うっせえなあ今度はなん―――」

  振り返った視界の中に飛び込んできたのは、こちらへと突っ込んでくる何台もの大型車の群れだった

  全速力で、正面口をふさいでいる門へと突っ込んできた

  「ぎゃあああああ!」

  最初の車が衝突したときの衝撃の余波で、二人は吹っ飛んだ

  鉄製の門がひしゃげた。元々こんな風に衝撃を与えられる事態など想定して作られていなかったらしい、そのまま門は形を崩し、その車に吹き飛ばされた

  開いた正面口から、なだれ込むように次々とその大型車が侵入していく

  刑務所から、また爆炎が舞った

  その数秒後、今度は銃声が聞こえてくる。壁一枚隔てた向こうで、なにやら戦闘が起こっているらしい

  呆然とその場で尻餅をついていたあくび男が、ぎこちなく首を動かして自分と同じような体勢でへたりこんでいる相棒へと顔を向けた

  「な、なにごと?」

  「・・・・知るか」





  「な、なになに!?」

  突如として襲ってきた振動に、ミナトが跳ね起きた

  慌てて牢にすがり、向かいにいるユキナへと視線を向ける

  当のユキナは、この振動の中でもまだ眠っている

  「ユキナ!!」

  「!!っはいい!?」

  ミナトの怒鳴り声で跳ね起きたユキナが、布団を蹴飛ばして起き上がった

  「ね、ねえねえミナトさん! これって!?」

  その隣の牢から、ヒカルが眼鏡を掛けながら尋ねてくる

  「わかんない。なにか起こったってことは確かなんだろうけど・・・」

  こんな牢獄の中では、ろくに状況などわかるわけがない

  困った顔をして、ミナトがなにかないかと視線を辺りに向ける

  と、睨むような顔で天井を見つめているリョーコを見つけた

  「・・・・リョーコちゃん?」

  「やっと来やがったか」

  「え?」

  真剣な様子で天井を凝視するリョーコへと疑問の声を投げる

  すると、リョーコはニヤリと笑うと、その視線をミナトへと向けてきた

  そして、こう告げた

  「助けがだよ。俺らもグズグズしてらんねえな、こりゃあ」





  「ロの一番機から報告! 施設内の通信施設の破壊に成功したそうです!!」

  炎上している刑務所の敷地内。比較的広い駐車場に展開したツキオミ達の耳に、通信士の怒鳴り声が聞こえてくる

  その内容は、作戦の第一段階の成功を示すものだった。これで敵に自分達が動き出したことを知られることはなくなった、後は一刻も早く、目的の人物の所在を掴むだけだ

  「よしこのまま突入するぞ! 予定通り一斑から三班まではA棟、四班から六班まではB棟! 残りはC棟へ急げ!」

  了解という掛け声と共に、部隊が散開する

  それを一瞥すると、ツキオミは背後にいるハーリーへと振り返った

  「我々も行くぞ!」

  「は、はい!」

  辺りから吹き上がる炎と響き渡る轟音と、そしてすでに戦闘が始まっているのか、遠くから響く銃声に体を硬くしながらも、ハーリーは大声で答えた

  マシンガンを持ち先頭を行くツキオミの後を、ハーリーとその他の部下が追いかける

  周りからの炎で赤く照らされているその建物へと突入した

  廊下を駆ける。建物の中は防音処理がしっかりとしているのか、拍子抜けするほど静かだった。外がすでに火の海であることなど全く悟らせないほどの、それは異様な静寂だった

  不気味過ぎるほど静かな廊下に、ツキオミ達の足音だけが反響する

  やがて、建物の端へと辿り着いた。そこには意外なことに、地下へと伸びる階段があった

  「し、下なんですか!?」

  驚いて尋ねるハーリーに、ツキオミは立ち止まり部下を先に階段下へと誘導しながら答える

  「普通の囚人はここから上の階に収容されている。だが、ナデシコクルーはこの下、地下に幽閉されている」

  それだけ答え、ハーリーの背中を押す。見るといつの間にか、階段を下りていないのは自分とツキオミの二人だけになっている

  部下の一人が、ハーリーの手を引いてさらに階段を下っていく

  「え? あのちょっ、ツキオミさんは!?」

  引っ張られながら、一人その階段前に残っているツキオミへと声を掛ける

  それに目を向けると、ツキオミは親指を立てた

  「やらなければならないことが出来た。お前は行け、そして出来ることをしろ」

  意味がわからない表情のまま、ハーリーはそのまま部下に連れられて、階下へと姿を消した

  それを見届けると、ツキオミはそのまま視線を、先程自分達が走ってきた廊下へと向ける



  「・・・・殊勝な心掛けだな。部下を先に行かせ、自身は我の足止めとなるか」



  廊下の向こうから響いてきた声に、ツキオミは挑発的な笑みを浮かべた

  「我々には戦力の無駄遣いをするような余裕などないのでな。お前の相手は俺で十分だ」

  「まあ我にとっても都合が良いことには変わりない。丁度鍛錬の相手を皆殺しにしてしまったところでな・・・・少々、付き合ってもらおうか」

  「ふっ、望むところだ」

  そういうと、ツキオミは笑みが浮かんだ顔のまま、マシンガンを構えた

  遠くから、まるで他人事のように低い爆発音が響いてくる

  そんな外の状況も、なにもかも関係ないとでもいうように、二人は対峙した

  ツキオミの構える銃口の先

  参度傘を被り、灰色を外套を身に纏った男

  北辰が、いた





  連合大学付属病院は、表面上平静を保っていた

  往診もいつも通り行われているし、救急の患者もいつも通りに適当に受け入れたり受け入れなかったりしている

  ただその中にあるVIP病棟が、つい先日から異様なほどの警戒態勢になっていることを知っているのは、この病院の院長と、そしてテンカワユリカ本人と、その主治医だけであった

  異様なほどの警戒態勢とはいっても、さすがに病院そのものを営業停止する訳にもいかないらしい、その上まさか病院に入ってくる全ての人間を身体検査する訳にもいかず、テンカワユリカの軟禁は、関係者からすれば不満だらけの警備体制で行われていた

  そんな病院の中庭に、二つの影が現れた

  片方はヒョロリとした細長い影

  もう片方は、まるで山のように巨大な影。横にいるのが常人よりも華奢な体型のため、それはより一層巨大に見える

  「いよいよですなあ」

  ヒョロリとした影が、眼鏡を押し上げながらそう呟く

  「予定では、そろそろナデシコクルーの救出作戦が始まるはずです。我々も急ぎましょう」

  「そうですな。余り時間もないことですし」

  そういうと、懐から通信機を取り出した

  「・・・ミスター。ここでの通信のやり取りは危険では?」

  「心配無用ですよ。これをおこなった直後にここから半径一キロほどに妨害電波を出します。我々の通信を聞いて敵が気づいたとしても、本部への連絡は間に合わないでしょう」

  そういうと、細長い影は眼鏡を光らせ、通信を始めた

  「あ、あー・・・皆さん、これより作戦を開始します。目標はテンカワユリカ氏ただ一人、幸いなことにここは防衛設備なんて欠片もないただの大学病院です。他の皆さんよりも遥かに簡単な仕事でしょう。気楽に行きましょう。それでわ、各自行動を開始してください」

  決定的に緊張感に欠ける態度でそれだけ言うと、通信を切った

  「・・・随分、軽いですね」

  「なに、肩肘張っても仕方ありません。緊張したら良いこともありますが、その程度の精神操作なら、皆さん各自でやっておられるでしょう」

  「・・・うまく行くでしょうか、この作戦は。私には、穴だらけの無謀な作戦としか思えないのですが」

  「さて、取り敢えず上手く行くとは思いますよ。なにせあの会長が考えた作戦ですから・・・もっとも、あの方は我々にもまだ隠している切り札がありそうですがね」

  それきり、二人の間に沈黙が下りた

  中庭から見える病院には、なんの変化もない。いつも通りの、日常の中にある極自然な病院だ

  「さて・・・」

  手袋を取り出す。拳銃を取り出す。周りにいた散歩していた入院患者や看護婦が何事かといった視線を向けてくるが、二人は全く取り合わなかった

  不敵とすら取れる笑みを口元に浮かべる

  「行きますか」

  「・・・・了解」

  そうつぶやくと、プロスペクターとゴート=ホーリーはゆっくりと歩き出した







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  あとがき



  寝過ぎる人は早死にするらしいです・・・・早く死んでも良いから、たくさん寝たいなあ



  こんにちは、白鴉です

  ようやく役者が揃いました

  後は突き進むだけです。決着を付けていくだけです

  それが一番難しいといえばそうなんですけど

  ここからは結構時間軸とかが複雑になりそうなので、出来るだけわかり易く書きたいです・・・出来るだけ

  まあなんにせよ、次回から最終決戦です

  罠にはまったりはめたり、裏切ったり裏切られたり、殺したり殺されたりです

  バイオレンスです。素晴らしい





  それでは次回で