第24話







アズマという男は、頑固という単語の権化である

一度こうと決めたことは死んでも貫き通す。呆れるほどの頑固者である

そして、笑えるほど豪快な割り切り方をする男でもある

その気性は小さなときから脈々と息づいていた、幼いときから退くことを知らず、曲がることを知らない男であった。目の前にある問題がどんなに難解で、自分には解けない物と理解しても尚、彼は決して誰にもその解答を委ねはしなかった

不器用なりに、精一杯考え、常に答えを出してきた。その正解率は決して高くなかったが、間違ったことに対する泣き言もまた、漏らしはしなかった

そのときそのときの精一杯を捻り出す。そのため、例え同じ問題を彼に解かせたとしても、彼が出す正解はそのときそのときの状況で変わることもしばしばあった

そのときの自分が納得出来る答えならば、例え三秒前に自分が自信満々に叫んだ答えすらひっくり返す



アズマという男は、頑固の権化である

だが同時にそういう意味では、どうしようもないほど、いい加減な男でもあった





「・・・どう責任を取るつもりだ」

暗い闇の中、クサカベの言葉が響く

「貴様が、貴様が俺の考えを否定するのは別だ・・・・それなら俺に正面から挑みかかれば良い」

そこで、クサカベは机を叩き付けた。溢れるほどの怒りをその拳に乗せて

「だが先ほどの通信はどういうつもりだ! あの通信はどういうつもりだ!?」

コウイチロウは、ただ黙す

沈黙を保つコウイチロウにコメカミを引き攣らせ、クサカベは怒りのままに言葉を吐き出す

「貴様は、貴様らは今引いてはならない引き金を引いたのだぞ! 俺のクーデターを潰した代わりに! お前は全人類の目の前に絶望への道を敷いたのだぞ!? その意味がわかっているのか!!」

コウイチロウは、答えない。ただ黙ったまま、クサカベを正面から見つめるだけだ

ノレンに腕押しだった。それを理解すると、クサカベは項垂れたように視線を落とした

その生気を無くしたかのようにすら見えるその姿は、彼の外見そのままの、まるで老人のようだった

ポツリと、呟いた。その声は、震えているようにすら聞こえる

「終わりだ・・・・」

『・・・・』

「なにもかも・・・・終わりだ・・・・」

コウイチロウは、答えない












機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 アズマの正義、世界の正義 』

 

 











「・・・・反応、ありませんね」

地球と火星の間に浮かぶナデシコC、そのブリッジで、ハーリーは誰とも無しにポツリと呟いた

その視線の先に映っているのは、巨大なスクリーンに投影されている、地球

あの通信から、すでに十分近くが経過しようとしていた。だがその間、彼らの眼に見える変化はなにも見られなかった。地球で待機しているはずのツキオミ達からすら、なんの連絡も訪れない

それはつまり、まだ地球ではなんの変化も起こっていないということを示している

異常だ。と、ハーリーは思う

あんな、世界をひっくり返すような通信が行われたにも関わらず、地球にも、月にも、火星にすら、なんの変化も訪れない

混乱はしているはずだ。だがその上でまだ彼らは、彼ら自身に突きつけられた二択を選択しきれていないのだ

無理もない。そう思う反面。明らかにおかしいと思う

最悪の道にせよ、それとも自分達の希望通りの道にせよ、これほど時間が経ってもまだ尚なんの変化も訪れないのは、拍子抜けすらする

「信じて・・・・貰えなかったんでしょうか」

ハーリーの呟きに、しかし返答は返らなかった。皆固唾を飲み、ただ目の前のスクリーンを見つめる

ルリもまた、他の者達と同様だった。その顔に相変わらずの無表情とすら取れる顔を貼り付けたまま、ジッと待ち続ける

だがそこに、突如通信が入ってきた

『ナデシコよ』

ブリッジにいた全員が、ビクリと反応する

そこに映っていた人物に、ハーリーは見覚えがあった。あの四ヶ月前の火星の後継者事件の際、アマテラスで会った、あの男だ

あの、異様に連合宇宙軍を毛嫌いしていた、そして自分達を、ルリを道化にした、ハーリーの嫌いな人物

アズマだった

あれ以来全く思い返すこともなかったために、記憶から消されそうにすらなっていた突然の、そして意外過ぎる男からの通信に、しかしルリは動じなかった

「なにか御用ですか?」

その淡白なルリの反応も、アズマは全く気にしていないようだった

『貴様らに頼みがある』

「え?」

その、意外過ぎる人物の意外過ぎる言葉に、思わずハーリーが声を漏らした

あれほどまでに自分達を嫌っていた男が、よりにもよってその自分達に頼み事をするなど、思いもつかなかった

「なにをですか?」

『時間が無い、手短に話す・・・・これからワシ達が、いや・・・ワシがやることを、全て世界中の全コミュニケに転送してくれ』

その一言に、ルリの眉が怪訝そうに寄る

「どういう意味ですか?」

『時間がないと言ったろう。言葉通りの意味だ』

ウインドウのアズマ。その向こうから、大気圏に突入したことを知らせる彼の部下の声が聞こえた

漏れ聞こえてきた声に、ルリはさらに言葉を重ねた

「なにをする、つもりですか?」

そのルリの言葉に、アズマは三度同じ言葉を繰り返そうとして、止めた。この目の前の小娘は、その見かけから想像できるよりも遥かに頑固だ。おそらく自分がその目的を言わなければ、絶対に力を貸そうとなどしない

だが、とも思う。もし自分の目的を言ったならば、この小娘は力を貸してくれるだろうか

答えは、否だった。だからアズマは、抽象的な言葉で喋ることを選んだ

『なに、簡単だ・・・・貴様ら、今のこの地球の反応を、どう思う?』

「・・・・多分、どう反応して良いのか、わからないんでしょう」

ルリの言葉に、アズマは頷いた

『そうだ。おそらく、その通りだ・・・・だが、それは、いかん。それだけはダメだ』

「?」

言いたいことを察しかねたルリが、不信に表情を染める

だがアズマはそれでも、平然と語った

『貴様らの通信で、奴等が戦争への道を選択するのならそれも構わん。平和への道を選ぶのでも、構わん・・・・だが、だがな』

ウインドウの向こうのアズマが、怒りかそれとも苛立ちか、表情を曇らせた

『最初は奴等の選択を、待とうと思った・・・だが、無反応という選択は、ダメだ・・・・それは絶対にいかん。相手を殴る度胸もなく、手を取り合う勇気もない。ただ突きつけられた選択に狼狽し、なにも選べない無反応、誰かが選ぶことを誰もが待ち続ける。それは・・・・もっとも愚かだ』

そう言って、アズマは笑った

その余りに獰猛な笑顔に、僅かにハーリーが身を竦める。危険以外の何者でもないとすら感じられるその笑みに、底知れない不気味さを覚えた

『だから、背中を突き飛ばしてやるのだ。選択肢の前で足を竦ませている奴等の背中を、な』

やめるべきだ。ハーリーはそう悟った。目の前のこの危うげな笑みを浮かべる男がなにをしようとしているのかは知らないが、こんな男にこんな重要な事を任せるのは、危険すぎる

だが

「・・・わかりました」

間髪入れず返したルリの言葉に、ハーリーは思わず視線を向けた

ブリッジ中央の艦長席に座るルリは、ただまっすぐにアズマを見つめている

「か、」

「お願いします」

慌てて呼びかけようとしたハーリーの言葉を遮るように、ルリはそれだけ返事をした

その返答に、アズマは満足そうに口元を吊り上げた

『感謝する』

「ただし万が一のときは、こちらの判断でその通信を中断します・・・・それでも、宜しいですね」

この状況でルリが言う万が一という状況など、分かりきっている。どうやら自分の考えを、向こうも察したらしい。それを間接的に伝えてくるルリの言葉に、アズマは僅かだけ不満そうに眼を細めた。

だが、すぐにそれを再び浮かべた笑みで掻き消す

『了解した』

それだけ答え、通信を切ろうとする

だが、不意にその手を止めると、思い出したように、アズマは続けた

『・・・ホシノ中佐よ』

「はい」

初めて呼ばれた自分の名前にも、ルリは大した反応を示さなかった

だが、アズマも元よりそんなことを気にする余裕などなく、そのまま気まずそうに眼をあらぬ方向に逸らし、泳がす

そして、言いづらそうにこう告げた

『いつぞやの・・・アマテラスのときは・・・・悪いことをした』

その言葉には、さすがのルリも驚いたように目を見開いた

あれほど自分達を嫌っていたこの男が、その自分達に対して謝罪するなど、全く想像もしていなかった

そして同時にその瞬間、ルリの頭をヒヤリとした感触が通り過ぎた

この、目の前のウインドウで自分に謝っている男の姿が、妙に儚げに見えた

「・・・なにを、するつもりなんですか?」

『・・・言ったろう』

謝ったことが気恥ずかしかったのか、つまらなさそうに視線を逸らしながら、アズマは言った

『背中を、蹴飛ばしてやるのだ』





「急げ! このままでは見失うぞ!」

シンジョウの喝に、ブリッジのあらゆる場所から返事が返る

あのとき、北辰がその身を踊らせ襲いかかってきたそのときから、傷ついた自分達をアズマは戦闘の余波が届かないところに避難させていた

加勢したいと申し出たいところではあったが、もはやボロボロになっている自分達ではなんの役にも立てはしないだろうと自制し、結局その戦闘の最後までシンジョウは参戦したい欲求を懸命に押さえ付けた

そして、今に至る。突如、あの突然の通信を境に攻撃をやめた夜天光がチューリップに吸い寄せられた直後、アズマ達の艦隊は地球へと針路を向けた

あの通信に度肝を抜かれ、部下達に取り乱すなと言葉を掛けていたシンジョウは、その行動を見逃してしまったのだ

そして、その混乱もなんとか収まり、視線を戻した先に、すでにアズマの艦隊はいなかった

オペレーターの話によれば、地球へとそのまま降下したらしい

だから今シンジョウは、その足跡を慌てて追いかけている

と、そのブリッジに映るスクリーンに、不意に奇妙な影が映った

眼を凝らす

「あれは・・・・」

見間違えるはずがなかった。それは間違いなく今自分が追いかけている、アズマの艦隊だった

「准将!!」

慌てて通信を投げかける。そのアズマに対する敬称が昔のそれに戻っていることにすら、シンジョウは気づいていない

そして、現れたウインドウ。だがそに映っていた人物は、アズマではなかった

顔も知らない男が、困惑気味にその顔をゆがめていた

「准将はどうした!?」

切迫した、責めているようにすら聞こえるシンジョウの言葉に、男はさらにうろたえを深める

『そ、それが』

「いないのか!?」

『は、はい・・・その、突然我々に、ここへ残れとおっしゃって・・・・司令を乗せた艦だけで、地球へと』

「・・・・なんだと?」

意味がわからなかった。地球に降りた理由も良くわからないが、ここで、戦力であるはずの彼らを置き去りにする意味は、もっと分からない

なにをしようとしてるのか、あの男は、一体なにをするつもりなのか

思わず考え込む

そしてそれは、一瞬で閃いた。一年以上もの間アズマの元で彼の指示を受けていたシンジョウ。その彼の頭に、そのアズマの考えているかもしれない可能性が、一つだけ、浮かんだ

体が震えた。確かにあの男なら、やるかもしれない。本当にそれが正しいと思ったならば、やりかねない

「っ地球へ降下するぞ! お前たちも来い!」

突如表情を一変させたシンジョウに面食らう彼の部下と、ウインドウに映る男

だが、シンジョウにはそんなことを気に掛けている暇など、なかった

「急げ!!」

『りょ、了解!』

エンジンに今まで以上の熱がこもる

尻を鞭で叩かれた馬のように、四十隻以上の大艦隊となった彼らは、飛ぶように速度を跳ね上げた

―――・・・間に合ってくれ!

確かに現状では、今、おそらくアズマが取ろうとしている行動を起こせば、世界はなんとかなるかもしれない。大の為に小を切り捨てる。長い目で見れば、それは正解かもしれない

だが、それをさせるわけにはいかない。それだけは、させるわけにはいかない。そんなことを、すれば、行った本人である、彼自身もまた

―――命を無駄にするな。そう言ったのは、貴方だ!!

地球へと、彼らは全力で駆ける





怒号が、その町を支配していた

上空から見れば動物の大移動のようにすら見えるその人の波は、その町に住む全ての人間とすら思えるほどの、膨大な数だった

だがその波は、二つに別れていた。そして互いに睨み合い、数メートル程の距離を挟み、罵声を飛ばし合っている

「騙していたな!? お前たち! 俺たちをずっと騙していたんだな!?」

「違う! 我々も知らなかったんだ!」

「嘘をつけ! あれだけ決定的な証拠を突きつけられてまだシラを切るのか!!」

「だから知らないと言っているじゃないか! 大体あんな通信の言うことを信じるのか!?」

「ふざけるなよ! そうやってまた俺たちを騙すつもりなんだろう! 火星の後継者事件のときのように!!」

その人波は、二種類の人間で構成されていた。片方の波は地球出身者、そしてもう片方が、木連出身者である

口論は、一方的な物であった。地球側の人間の罵声に、ただ木星側の人間達はそれを否定することしか出来ない

火星の後継者事件。それは正確に言うならば、ボソンジャンプの危険性を世間に説くために行われたクーデターである

そこには間違っても木星人と地球人との対立などなかった。だが世間一般の認識では、その彼らの指揮をとっていたのが元木連中将のクサカベハルキであったということや、その思想、言動などが戦時中の木連軍人と似通っていたことにより、一般では現体制に不満を持った元木連軍人が起こしたクーデターという、誤った認識がもたれていた

だが無論、それも完全な誤解と言い切ることは出来ない。彼らの中には確かに、そういう理由でクサカベに賛同した木連軍人も多くいたのは事実だからだ

そしてその火星の後継者事件、さらにはそれよりさらに以前、蜥蜴戦争時代から募っていた互いの不信感が、最悪の形で露呈していた

その現象は、この町だけに留まっていなかった。大した暴動になっていない場所も少なからずあるものの、現在地球上に存在する町の大半で、これとほぼ同じことが引き起こされている

「黙れ! この蜥蜴野郎!!」

大衆の一人が、言ってはならない言葉を口にした。蜥蜴野郎。戦後の社会にとって、その単語は差別用語と称され、使用を厳禁されていた

熱くなった議員の一人が国会でこの単語を言う場面も無いことはないし、実際子供達の間では戯れ半分にその単語が口にされることも少なくない。そして大人たちも、それは理解している。だが、今この状況で口にするには、その一言は余りに最悪な物だった

今までなんとか平和的にこの出来事を抑えようと耐えに耐えていた木連出身者達の逆鱗に触れるのに、その言葉は十分過ぎるほどの威力を誇っていた

「・・・・ふざけないで!!」

その中の一人の女が、叫んだ

「元はと言えば貴方達地球人が私達の先祖を月に追いやったのが原因じゃない!!」

そしてその言葉は、悪意と怒りに満ちた火薬庫と化していた彼らへの火種になるには、十分だった

「そうだ! ふざけるなよ! 自分達のことを棚にあげやがって!!」

「開き直ってるんじゃねえ!!」

怒号は、さらに勢いを増した。もはや理屈もなにもなく、ただ互いの悪意のみをぶつけるだけのその罵り合いが、殴り合いとなりそして命の取り合いになるほどの暴動になるのは、明らかに時間の問題だった

「っこの!」

一人の男が、足元の石を取り上げた

そのちっぽけな石は、この状況において核爆弾に匹敵するほどの破壊力を持っている。男も頭ではそれを理解していた。だが、沸騰し煮えたぎった怒りはどうにも抑えようが無かった

そして男が、その手に持つ石を手放そうとした直後、それは起こった

彼らにとっては、本日二度目となる、それ

だが唯一違ったのは、そのウインドウに映る光景だった

それは上空からの映像だった。手前に戦艦を置き、その下に町並みが見える

そしてその町の中、遥か空の高みから見える黒い波、その二つの波が、向き合っていた

「・・・・おい」

誰かが呟いた

「これ・・・俺達の町じゃないか?」

誰ともなしに、上空を仰いだ

そこから見える青空の中、雲に隠れるほどの遥か上空にちっぽけな点が一つ、浮かんでいた





「・・・・」

その戦艦のブリッジで、アズマは腕を握り締めた

ウインドウの中に映る、自分の足元に広がる、人の群れを見る

彼らは皆、生きている

そこには生活があり、命があり、そして大切な物がある

腕に、さらに力を込めた

自分自身に、言い聞かせる

耐えられるか? 背負いきれるか? 償いきれるか?

答えは、頷きと共に。例え償いきれぬとも、背負いきれぬとも、それでも今自分が持つ全てを賭けて、出来る限りのことを、する。してみせる

ならば、と決意する。ならばやるべきことは一つだ

緊張で干からびた唇を開き、アズマは命令を下した

「・・・・撃て」

ブリッジが、凍った

「・・・・え?」

砲手を担当している男が、信じられないことを聞いたかのように、振り返る

その砲手を睨み付けると、アズマは再び、呟いた

「・・・撃て」

ブリッジが、張り詰めた

皆呆然と、突然有り得ない命令を下した自分達の上司を、見つめる

だがその視線に晒されても尚、アズマは冷淡とも言える目つきで、砲手へと再度口を開いた

「撃てと、言っている」

底冷えするような言葉に、砲手の体がビクリと震える

「そ、それは」

「・・・・撃て」

アズマの声は、いつもの怒鳴り声ではなかった。いつも、命令を受けてからの行動が遅い部下を怒鳴りつける、その声ではなかった

まるで別人になってしまったかのような、決して荒げず、しかし底知れない冷たさを込めた声

「撃て・・・・!」

「・・・・で」

余りに強いアズマの視線にうろたえ、しかしその砲手の男は、それでも、何とかアズマを正面に捉えた

そして、チラリと視界の隅に映るウインドウを見つめる

息を呑む。そして、その視線をアズマへと向け

「・・・・出来ません」

彼は己の中にある勇気を、、最大限に振り絞った

だが

パスンと、空気が抜けたような音が、響いた

「・・・・え?」

彼は、己の上司を見る。その余りに信じられない光景に、間抜けな、引き攣った笑みすら浮かべて

自分の右足と、アズマを、交互に見つめた

銃口から煙を上げる拳銃を構えたアズマと、穴をあけ、そしてそこから血を噴出している、己の右足を

「・・・・え?」

間の抜けた音が、再び響いた。今度は、右肩に痛みが走る

撃たれた。アズマに、撃たれた。その事実を男が認識するには、さらに一秒程の時間を要した

「出来ないなら、どけ」

突如、有り得ない行動を始めた自分達の上司を、彼らはただ呆然と見つめることしか出来なかった

その彼らの中を歩き、アズマは右足と右肩を押さえる砲手の前に立ち

無造作に、その顔面を殴り飛ばした

豪力で吹き飛ばされる男、だがアズマはそんな彼の様子など目にも掛けず、そのまま

破滅への引き金を、引いた





「やめろ・・・・」

ウインドウに向かって、シンジョウは呟いた

その声は、震えている

そこに映る戦艦。そこにシンジョウは確かに見た。その主砲といえるグラビティーブラストの砲口に、暗い光が、微かに灯るのを

「やめろ・・・・」

まだシンジョウたちは、大気圏の外にいた。その影響でノイズが混ざっているそのウインドウに向かって、シンジョウはうわ言のように呟く

「やめてくれ・・・・!」

間に合わない。自分達では、間に合わない

止められない、自分達では、止められない

誰か止めてくれ、誰でも良い。人間でも動物でも虫でも魚でも古代火星人でも、なんでも良い。誰でも良いから、あの人を止めてくれ

そしてそのシンジョウの願いが、叶えられることはなかった

人間も動物も虫も魚も古代火星人も、誰もとめてくれはしなかった

そして絶望への扉は、唐突に、開いた



その光景を、世界中が見た

ある者はそれを、最悪な、人類史上稀に見る非人道的な行いだと後に語る

またある者はそれを、あの光景を引き起こしたあの男は人間ではなく、最低最悪の悪魔だと後に語る

その戦艦は無慈悲に、情け容赦なく、眼下に広がる人の群れへと、その圧倒的な火力の牙を向けた

ウインドウが閃光で白く染まる

それを見て、シンジョウは絶叫しながら腕を叩き付けた

それを見て、ルリは己の目を疑った

それを見て、アララギは微かにその表情を怒りに曇らせた

それを見て、プロスペクターは眼鏡を押し上げた

それを見て、クサカベは全ての終わりを絶望と共に悟った

それを見て、コウイチロウは顔の前で組んでいた両手に、さらに力を込めた





捻じ曲がった重力が、ありとあらゆる物を飲み込んだ。その重力の渦へとなにもかもを叩き込み、引き千切り、押し潰す

それは建物であったり、近所の子供に落書きされたベンチであったり、先月補修されたばかりの道路であったり、車であったり

人で、あったり

綺麗などという単語など太陽系の遥か彼方に置き去ってきたかのように、その一撃は余りにも凄惨過ぎる光景を産み落とした

直撃を受けた部分は、欠片も残らなかった。痛みを感じる暇もなく、なにもかもを、全て無とすら表現出来るほど平らに押し潰した

閃光が薄れ、ウインドウに白以外の色が戻ってくる

そこに広がっていた光景に、世界中が息を呑んだ

つい一瞬前まで映っていた二つの人波の内の片方が、跡形もなく、その波の近くにあった光景ごと、根こそぎ消えていた

そしてその余波は、もう片方の人波にまで影響を及ぼしていた。ウインドウに映る光景が、変化する。そこに映っているのは、ボロ雑巾のようにズタズタにされた人たちであったり、元は人であったはずの、しかし今は紅葉おろしのようにグチャグチャにされた、死体の数々だった

そのとき確かに、世界中が沈黙した

そしてその光景に呆然とする彼らの前に、新たなウインドウが浮かんだ

そこには

『諸君! 今こそ我らの決起のとき!!』

禿頭の、悪魔のような男が、映し出されていた

『諸君らも聞いたであろう! 先ほどの通信を! 極悪非道な木星蜥蜴共は我ら地球側を裏切っていた!』





机を叩きつける音が響いた

「これが・・・・」

悪鬼の如き表情で、クサカベは激昂した

「これが貴様らの選んだ結果だ!!」

『元より木星人などと言う人種自体がすでに自然の物ではなかったのだ! もはや彼らは我らと同じ人類ですらない!』

「もはや止める術はない! これから巻き起こる愚かな大戦争を止める術なぞもはや無いぞ!!」

『誇り高き地球の民よ! 今こそ立ち上がろう! 共にこの薄汚れた家畜にも劣る異星人共を根絶やしにしようぞ!!』

「・・・どう責任を取るつもりだ!」

コウイチロウは、答えない。顔の前に組んだ両手に顔を埋め、まるでなにかに耐えるようにその身に力を入れている

その態度に、クサカベの額に青筋が浮かんだ

「今更後悔でもしているのか!? ふざけるなよ! これは貴様が招いた惨事だ! 最後までケツを持て!!」

『同志達よ! 我が元へ集え!!』

高らかに叫ぶアズマのウインドウを、クサカベは殺意に満ちた視線で睨み付けた

「このような・・・・」

歯を噛み砕かんばかりに噛み締める

「このような屑に・・・!」

余りの怒りに、視界がぐらついているような感触すらあった

もはや抑えきれなかった。ここにこの塵がいないのはわかっていても、この通信が一方通行な物だとわかっていても、それでも喉から這い上がってくる罵倒を、抑えることなど出来なかった

「なにも考えていない屑が! その場の勢いのみで物事の是非を断定し! その価値観を絶対としているような屑が!」

尚もウインドウの向こうで叫んでいるアズマに、クサカベはさらに罵倒をぶつける

「この! 無能な愚かものが!!」

コウイチロウは、答えない





『雌雄を決するときが来たのだ!』

世界中の人々が見つめるそのウインドウの中で、アズマは大袈裟過ぎるほどの身振り手振りを交えて高説を語る

だがそれは、空回りだった

誰もそのアズマの言葉になど耳を貸していなかった。彼らはただその傍らに映る、先ほどの無慈悲な一撃で吹き飛ばされた光景を見つめている

驚愕に引き攣る世界

その中で、誰かが、言った



「・・・・ひでえ」



小さな、呟くような一言だった

だがそれは確かに、世界中の人間へと届いた

そしてそれは、まるで流行り病のように、驚く程の速度で世界中へと広がっていった

「ひでえよ」

「あんまりだ」

「やり過ぎだろ」

「俺らはこんなこと望んだわけじゃねえ」

「気に入らないからって殺すのかよ」

「戦艦で人を撃つなんて」

「なんでこんなこと出来るんだ」

「人間じゃねえ」

「狂ってる」

「頭おかしいぞ」

「なにが異星人だ」

「なにが敵だよ」

「なにが同志だよ」

「一緒にするな」

そして世界中のその敵意が、わかり易いほどわかり易く目の前に吊り下げられている、一人の愚か者へと集約されるのに、さほど時間は要さなかった

「ふざけるなよ」

「そうだよ」

「俺達はこんなことしねえぞ」

「なにが木星人を根絶やしにするだ」

「誇り高き地球人が何様だってんだ」

「技術の隠匿なんて普通の奴等は知らないに決まってるじゃないか」

「なのに無差別に殺して良い訳ないだろ」

「そうだよ」

「そんなことになんの意味があるってんだ」

そして、アズマの演説が終わり、そのウインドウが閉じるときには

彼らの決意は、固まっていた





「・・・・そんな」

ナデシコCのブリッジ。その一部始終を見ていたハーリーは、信じられないといった様子で、呆然と声を零した

「・・・・ひどい」

「・・・・・」

ユキナは先ほど見た死体の山に気分を害したのか、口に手を当て顔を青くしている。その横でミナトが、そのユキナの背中に手を当てながら、厳しい表情で前方のスクリーンを睨む

副長席に座るサブロウタは、なにを考えているのか、ただ黙って眼を閉じている

「か、艦長!」

慌てた様子で、ハーリーはルリを仰ぎ見る

「・・・・なんですか? ハーリー君」

「なんですかって・・・今すぐ通信を切るべきでしょう!? これ以上こんなことされたらもう木連の人達の信用なんて一生取り戻せませんよ!」

やはりあのときの自分の直感は、正しかったのだ

あの禿頭は、狂っていた。幾ら短絡的で直情的だといっても、これは限度を超えている

怒りすら、湧いた

これ以上、ナデシコCのシステムが、あんな男に使われるなど、我慢ならなかった

「艦長!!」

だがそのハーリーの声にも、ルリはただ黙ったままだ

そしてその視線をゆっくりとハーリーに合わせると

首を、横に振った

その動作に、ハーリーは愕然とした。ルリは一体、なにを考えているのか

これ以上、あの禿頭の言葉を世界中に流せと言うのか。意味がわからない。なぜだ。あんな男の言葉など、自分達には一欠けらの利にもならない。むしろその言葉は、この混沌とした状況をさらに掻き混ぜるだけだ

一体ルリは、あの男になにを期待しているというのだ

「どうしてですか!?」

怒りに駆られたハーリーが、初めて本気でルリを怒鳴りつけた

しかしそれにすら、ルリは無反応

「通信を遮断しても、今更意味は無いでしょう。あの映像はすでに世界中の人達に届けられました」

「でも!」

「それに」

さらに抗議の声を上げようとしたハーリーの言葉を遮り、ルリはポツリと呟いた

「私にはあの人が・・・・」

静かな言葉は、しかし静寂に満ちているブリッジの全てに、染み入るように広がっていった

「泣いているように、見えました」





「・・・・」

皆、絶句していた。アズマの行動と、そしてそれによって引き起こされた、結果に

彼に二発もの弾丸を撃ちこまれ倒れている砲手の元に集まっていた彼らは、その瞳を驚愕に見開きながら、アズマの背中を見つめる

一体、この目の前の男はどうしてしまったのだと

つい先程、彼は言ったではないか。あの狂気に満ちた男に、自分達は仲間だと、そしてあんな通信で、そんな自分達の気持ちをどうこう出来るものかと

だが、今目の前にいるこの男の行動は、どうだ?

騙していたのか? そんな考えが頭をよぎった。しかしそれにしてもやはり、意味がわからない

「・・・し」

「喋るなバカ!」

撃たれた彼の傷口に応急処置を施していた男が叫んだ

だがその彼の警告を無視し、撃たれた男は、出血のせいで霞み始めた視界の中、アズマを見た

皆が彼の動向に注目している中、アズマもまたゆっくりと、彼へと顔を向けた

そして

「っ!」

「貴様ら全員。この船から降りろ」

「・・・・なに?」

アズマのその言葉に、怒りに満ちた返答が返った

もはや彼らのアズマを見る眼は、上司に向けるそれでも、仲間に向けるそれでもなかった

当然である。同僚を撃ち、そして今彼らの眼下に広がっている、あの凄惨過ぎるほど凄惨な光景を引き起こしたこの男を、もはや仲間と思うことなど、不可能だろう

こうなってしまった理由はわからない。だがもはやそれは確実に起こった現実なのだ

この目の前の男は、引いてはならない引き金を、本当の意味で引いてしまった

挙句、まるで自分が地球人類代表だとでもいえるようなふてぶてしい態度で、世界中に胸糞の悪い演説までかましたのだ

これだけの要素が揃って尚、この男を庇おうと思えるような人間など、誰もいなかった

もう、あの自分達のためにそれがどうしたと叫んでくれた男は、どこにもいない

かつてのこの男が、信じて信じて信じ抜いていた統合軍が悪となったことを認めたように、自分達も認めよう

この男は、狂った。理由も原因もなにもなく、唐突に、しかし確かに

もはやこの男は、自分達の、いや、世界の敵だ

「アンタは・・・・狂ってる」

吐き捨てるようにそう言った。しかしその部下の言葉にも、アズマはどこ吹く風といった笑みを浮かべた

「結構結構。志もなにも持たない貴様らのような屑の言葉など、欠片も効かぬな」

「っ!」

怒りが振り切れたのか、その一団の中の一人が、拳を握って勢い良く駆け出そうとした

「よせ!」

だがその行動は、その彼の背後にいた複数の人間が阻止された

「離せよ! こいつぶん殴ってやる!」

「やめろって!」

視線を移すと、そんな彼らの行動を、アズマは冷めたような眼で見つめている。そしてその手には、いつでも撃てるとでも言いたそうに、構えられた拳銃が自己主張をしている

今襲い掛かっても、なにも出来ずに殺されるだけなのは明白だった

男を羽交い絞めにしている彼らはそれを悟り、怒りに唇を噛み締めたまま、そのまま男を羽交い絞めにしたまま、入り口へと向かう

「離せよ! 離せ!」

「・・・・昔の、よしみです。我々はこのまま、この艦を去ります」

「ああ、そうしろ。すぐにでもワシの言葉に賛同してくれる者達が集うだろうからな。代わりなど幾らでもいる」

そんな訳があるか。男はその言葉を辛うじて飲み込んだ

あんな下らない糞のような演説や、反吐が出るような行いを見て、誰が貴様に手を貸す物か

―――わかっている、くせに

血を流し過ぎ、とうとう意識を失った砲手の男を心配そうに見つめながら、彼らはそうして、ブリッジを後にした

物悲しい、沈黙が降りた

一人きりとなったブリッジで、アズマは無表情のまま、視線を移した

眼下を見下ろす。そこには先程自分自身の手で引き金を引いた残虐な光景が、広がっている

何千、何万の人間を消し飛ばしたあの一撃。それはなんの疑問を挟む余地などなく、間違いなくアズマが巻き起こした現実だ

その結果を見下ろし、そしてアズマは、上を向いた

「・・・・来たか」

なんの感情も浮かべず、そう告げる

その視線の先、抜けるような青空の向こう

そこには、シンジョウが率いる、総勢四十隻にも昇る大艦隊が、ゆっくりと降下してくる姿があった





「ふざけるな!」

世界のどこかで、誰かが叫んだ

アズマに対する彼らの敵意は、すでに臨界点を突破していた

わかり易く目の前にぶら下げられた、その忌むべき対象。彼を憎むことにより、世界は皮肉にも一つの敵に対する一種の連帯感を得ていた

そしてアズマへと向けられる敵意は、そのまま反発感へと変わる

あの男の言うことなど聞いてたまるかという、感情へ

それはつまりあの男が叫んだ、地球と木星の全面戦争の否定に他ならなかった

興奮などの感情の昂ぶりは、人間を極端から極端へと走らせる。それが今世界中で、極端な程露骨に、そして顕著に、誰も彼もの表に露出していた

皆、叫ぶ。奴を倒せと

あれほどのおぞましい行いを遂行した、奴を殺せと

それはもはや、一部の人間の怒りの声ではなかった

地球の、否、世界の総意として、それは形を変え始めていた





「ナギちゃん、大丈夫?」

昼下がり、小さな公園

その片隅でうずくまる小さな少女に、小さな男の子が寄り添っていた

「・・・・うん」

「気持ち悪かったもんね」

「・・・・うん」

先程見せられた、子供に向けるには余りに残虐なその映像を見て、その少女は嘔吐した

「ナギちゃん、木星から来たもんね」

「・・・・ケンちゃんのお父さんは、地球だよね」

「うん」

そうして言葉を交換しあう二人の子供。その頭に、その映像を作り出したであろう、あのウインドウに映っていた、あの男の顔が浮かぶ

「あのおじちゃんが、やったのかな」

「・・・・多分。よくわかんないけど」

「・・・そっかあ」

そう呟いて、少年は再びうずくまる少女の背中を、優しくさすった

「ひどいね。あのおじちゃん」

「うん・・・ひどいね」





『・・・・なにを考えているんだ』

四十隻の艦隊が、その中心に一隻の戦艦を置いて、半円状に編成におこなっていた

その大艦隊の実質的な指揮官となっている男、シンジョウの言葉にも、アズマは無表情のままだ

「それはもう・・・わかっておるんじゃないか?」

告げられる言葉に、シンジョウは僅かに身を震わせた

迷うように、視線を逸らす

『わかって、いる。わかっている・・・・だが、それは貴方がつい先程我々に言った言葉に・・・反するじゃないか』

「・・・」

『命を粗末にするな、貴方は我々にそう叫んだ。自分の命の価値すら認められない奴に、なにも出来はしないと、そう言って貴方は、意味のわからない力で我々を圧倒した』

怒鳴る気力すら、なかった。シンジョウは疲れきったように、今にも泣き出しそうな程心細そうに、ただ喋る

『では今貴方が取っている行動は・・・・なんなのだ。これが・・・・これが』

逸らしていた視線を、アズマへと戻す

すでに半分以上、絶望に侵食された表情

『これが命を粗末にするという以外の、なんだというのだ』

「・・・・なあ、シンジョウよ」

彼の問いかけに答えず、アズマはその表情に、苦笑を落とした

「世界は今・・・どうなっている?」

『・・・それは』

言い掛け、しかし言葉を止め、シンジョウは手元にあるパネルを操作した

そしてそれを合図とするように、アズマの元へとデータが転送される

『あの悪魔を倒せ!』

『あんな奴の言いなりになんかなるな!』

『技術の隠匿がどうした!』

『地球人がなんだ! 木星人がなんだ!』

『もう戦争なんて嫌よ!』

数え切れない程のウインドが、ブリッジを埋め尽くした

戦争への、アズマへの憎しみを吐きながら、数多くの人間達が街を練り歩いている光景

赤子を抱き、涙を流しながら、拳を空へと掲げる人々の映る光景

先程まで戦っていたはずの軍隊達が、見事なまでの艦隊行動を取り、非戦を訴える行動を起こしている光景

その、数多のウインドウに囲まれ、アズマは笑った

その笑みに、しかしシンジョウは納得が出来なかった

『なぜ、です・・・・なぜ、待てなかったのです』

アズマは、答えない

『後五分。いえ、後一分待つことが出来れば、貴方がこんなことをしなくても、世界はこれと同じ道を歩んだかもしれないのに』

「・・・・まだだ」

『え?』

アズマは、首を振った

「まだ、終っていないさ。ここに映っているのは、貴様がワシに見せるために選んだ映像だろう?」

『っ』

「戦っている奴等も、いるはずだ。ワシの言葉に賛同したのか、それともそんな物など聞いていなかったかは知らんが、な」

自分の周りに浮かぶウインドウを、一つ一つ、確かめるように眺めながら、アズマは言った

「同じ物を共有出来る人間はいても、全く同じことを考えられる人間などいない。千人いれば、そこには少なくとも百通りの考えがある・・・・少なくともワシは、そう思っとる。だからきっと、今尚戦争への道を選ぼうとしている連中も、いるはずだ」

だが、そう呟いた

「だがワシは、嬉しく思う。ここにいる彼らは、少なくとも戦争を望んでいない。無意味な殺し合いを、よしとしていない」

『だから・・・こんなことをしたのですか、こんな・・・似合わないことを』

そのとき、アズマの手元で、電子音が鳴った

それを確認すると、アズマはまた、笑った

似合わない、まるで似合わない、穏やかな笑顔で

「今、この戦艦に乗っていたワシの部下達が脱出艇で離脱した。負傷者もいる、収容してやってくれ」

負傷者。その単語に、シンジョウは眼を見開いた

『・・・撃ったの、ですか』

「ああ」

『傷つけたの、ですか』

「狂っていると、言われたよ」

『・・・・なぜです』

目元にこみ上げて来る何かを押さえ、シンジョウは悔しさに歯を噛み締めた

『なぜ貴方は・・・・そこまでして』

「・・・・なあ、シンジョウよ」

アズマは、そう言って己の右手をかざした

「わかるか?」

『え?』

一瞬アズマがなにを言いたいのか察しかね、シンジョウは呆けた

だが、すぐにその意味を理解した

震えていた。アズマの右手が、目に見えるほど明らかに、小刻みに、震えていた

『准将・・・』

「怖かったよ」

その手をそっと置きながら、アズマは告げる

「あの男に、あの機体に乗っていた狂人に怒鳴りつけていたときから、ずっと震えていた」

あの獰猛な笑顔を浮かべ、怖い物などなにもないと叫んでいた男は、続ける

「戦争が始まればどうすると聞かれ、ワシはぶん殴ると答えた。だが、ぶん殴れる気がしなかった。出来るかと答え、ワシは死んでもやると答えた。だが、死んでも届くかどうか、自信がなかった」

右手を、左手で掴む

「戦争が始まったら、そう思うと、怖くて仕方がなかった。何万何億の人間が命を削り合う光景を想像したら、その現実の前にワシのような男には、なにも出来ないような気がしてしょうがなかった」

ポツポツと己の心中を語るその男の姿は、もはや別人だった

『准・・・将』

「そして、これしか、思い浮かばなかった。だから、ワシは選んだ。死ななくても済んだかも知れない何万人を殺し、苦しまなくても済むかも知れなかった何十万人を苦しめた」

枯れたような笑みを、浮かべた

「ワシは、最低な男だ。己の弱さのために、何万人の人間を殺した、何億人の人間を苦しめた」

もはや見る影もないほど、シンジョウにはその男の姿が、小さく見えた

『殺せ!』

小さな、声が聞こえた

その方向に、二人は視線を向ける

彼らの大艦隊の真下、つい先程アズマが自分自身の手で残虐を振りまいたその光景の中

生き残った地球人の波が、叫んでいた

彼らはすでに事切れている、彼らがつい先程まで罵り合っていた人々の亡骸を抱きしめ、涙を流しながら、叫んでいた

『殺してくれ! そいつを殺してくれ!!』

「・・・・彼らは、強いな」

下へ向けていた顔を、前へ

「自分達よりも圧倒的な力を誇る鉄の塊に、怯まず、牙を向ける」

『・・・・』

「・・・・本当に、強い」

笑顔が、零れた





「・・・・ん」

目覚めたそこは、脱出艇だった

「目が覚めたか?」

先程、アズマに銃弾を叩き込まれ、意識を手放していた男が、体を起こす

「・・・ここは?」

「まだ、動くな」

上げた体を、また戻された。背中から柔らかい感触を受ける、どうやら自分は布団に寝かされていたらしい

血が足りないのか、頭がまだハッキリしない。巡らせた視界の中、たくさんの人間達の姿が見える

「お前、司令に撃たれたんだ。覚えてるか?」

―――撃たれた?

聞きなれない単語に、男は靄の掛かった記憶に思考を巡らせた

そして、その光景は、当然のように、男の頭に蘇った

「そうだ!」

寝かされた体を再び跳ね起こし、彼は自分を介抱していた男に掴みかかった

「司令は! 司令はどうされた!?」

掴みかかられ、男は狼狽した

「どこだ!? 司令は!」

「・・・・あそこだ」

気まずそうに、男はある方向を指し示した

そこには、強化ガラスで作られた、巨大な窓があった

そして、その窓の前、自分と、そしてその自分を介抱していた彼以外の者たちが全員、乱れ一つない姿勢で、立っている

それを押しのけ、怪我をした右足を引き摺りながら男は前へ出た

窓ガラスに、張り付くように顔を寄せる

「っ」

そして、そこに広がっている光景に、眼を見開いた

もはや米粒程の大きさにまで小さくなってしまった、自分達がいた戦艦

そして視界を巡らせると、そこには、その戦艦を包囲し、その主砲を向けている、数え切れないほどの、大艦隊があった

絶句した

そしてその直後、その光景をただ黙って見つめている自分の同僚達に、怒りが湧き起こった

「お前ら! なにを黙って見ている!!」

手近な男の胸倉を掴み、怒鳴った。だがその男は、そんな彼の様子など眼中にでもないように、ただまっすぐに窓から見える風景へと、視線を向けている

「司令を見捨てる気か!?」

揺さぶられても、男は微動だにしない

その態度に、さらに怒りが募った

男は、確かにあのとき、見たのだ

揺れる視界の中、撃たれた自分が意識を手放す、その直前

息も絶え絶えだった自分を仲間が取り囲んでいる中、その輪から外れた場所に一人立っていたアズマが、その向けていた背を自分へと向け

頭を、下げたところを

演習でも、訓練でも、動きが遅い部下をいつも怒鳴りつけ、殴り倒していたあの男が

褒めるという単語とはとんと縁がなかった。自分達に弱み一つ見せることをしなかったあの男が

あのとき確かに、謝ったのだ

頭を下げて、自分に向かって、すまないと頭を下げたのだ

「貴様ら本当に! 司令が望んでこんなことをやったとでも思っているのか!!」

その一言に、初めて胸倉を掴んでいる男の顔が、歪んだ

「司令は! 司令はな!」

だが続く言葉は、その男が繰り出した拳によって、中断した

殴り飛ばされ、倒れ伏す

「わかってるよ!!」

怒声が、響いた

「わかってるに決まってんだろう! ガキじゃねえんだ! あの人がどんなことを考えあんなことをしたのかくらい、ここにいる全員わかってんだよ!!」

唇から、血が流れた。殴られた拍子に口の中を切ったらしい

だがそれでも、倒れた体を、右腕と右足を庇いながら奮い起こすと、男は叫んだ

「だったらどうして置き去りにしたあ!!」

「何度も言わせるな!!」

立ち上がった彼の胸倉を掴むと、男は鼻が触れるほど距離をつめ、歯を噛む砕くほど強く噛みながら、言葉を漏らした

「男が一人! テメエのために命張ってんだ! 誰が止められる!!」

「っ」

「とめたところで司令が喜ぶか!? 言ってみろ! 喜ぶか!? 喜ぶわけねえだろ!」

頬に、水が当たった

男は、泣いていた。否、それは男一人ではない。その場にいる人間が、全員、もはや窓の外でただ、処刑の瞬間を待つ自分達の上司のために、泣いていたのだ

「俺達に・・・・俺達に出来ることは! ただ黙ってあの人のすることを見ることだけなんだよ!! 見てることしか出来ねえんだよ!!」

なにも出来ず、なにも言えず、ただ、その至近距離にある男の泣き顔を見つめる

そしてそのとき、呆然としていた彼の懐から、なにかが落ちた

「え?」

なんだ? と思った。こんな薄っぺらい物、自分は持っていない

緩められた力から開放され、男はそれを覗き込んだ

それは、一枚のカードだった

薄っぺらいプラスチックのような物で作られた、一枚のキャッシュカード

「っ」

あのときだ。あのとき、殴られたときだ

そして、そのカードの裏側に、一枚の紙が張り付けられていた

右手を庇いながら、震える手でそれを拾い、その紙の文面を見つめる

そこには

『治療費の、足しにされたし』

初めて見る、アズマの肉筆が、そこにあった

全身が、震えた

「おお・・・・おおおおお・・・・」

声が、漏れた。あふれ出た涙で、視界が滲む

両手を叩きつけ、床に突っ伏して、男は、叫んだ

叫ぶことしか、出来なかった

「うおおおおおおおおおお!!」





「・・・・撃てと、言ったとき」

『え?』

脈絡のないアズマの言葉に、シンジョウは思わず聞き返した

「あのとき、グラビティブラストを撃てと命じたとき、砲手の奴がワシに言ったのだ」

もはやもうほとんど残っていない時間の中で、アズマはゆっくりと喋る

「そいつはな、どうしようもない奴だった。机上訓練のときすらびびって命令を聞けぬし、実践演習のときなど震えてなにを言っとるのか、ワシにも誰にもわからん・・・・本当に、どうしようもない男だった」

その光景を思い出しているのか、アズマの顔には似合わない笑みが浮かんでいた

「だが・・・だがな・・・そいつが、言ったのだ。ワシが撃てと命じたとき、震えながら、それでもしっかりと、ワシの目を見据えて」

右手を、確かめるように開いた。自分が撃ったあの男の右手は、大丈夫だろうかと、そんなことを考えながら

「出来ません。そう言った・・・・あのビビリが、どうしようもないほどの臆病者だったアイツが、言えたのだ。ワシに・・・・出来ません、と」

眼を閉じる

「そして他の人間も、そうだった。多分あいつらは、ワシの浅はかな考えなどお見通しだったに違いない・・・・しかしそれでも、奴等は乗ってくれた。このワシの下手糞な演技に、乗ってくれたのだ」

上を向く、こみ上げて来る何かが、零れないように

「奴等は・・・・ワシの誇りだ」

『・・・・私も』

上を向いたまま、アズマは次の言葉を待った

『私も・・・・・私も貴方を・・・・誇りに思う』

「っ」

その言葉に、アズマの頬を、なにかが伝った

上を向いたまま、アズマはその閉じた目からなにかを零しながら、皮肉気に口を歪めた

「馬鹿者があ」

眼を閉じているアズマからは、見えなかった

シンジョウも、泣いているのが、耐えるように口を引き結び、その眼から堪えようのない涙を零している

『なにをやってるんだ! 早くそいつを殺せ!』

『おい! まだ息があるぞ! 病院に運べ!』

『ママー痛いよー』

一方通行のウインドウから、様々な叫びが聞こえる

「・・・・撃て。シンジョウよ」

『・・・・』

上を向いたまま、アズマは言った

「観客が、待ち望んでおる。もう、終わりにしても良かろう」

シンジョウの涙が、膨れ上がった

「公開処刑・・・・極悪人の最後には、相応しいだろう」

『・・・っ』

シンジョウは、泣き顔を見られたくないのか、俯いた

『殺せ!』

『なぜ撃たないんだ!』

『おい、ひょっとしてあいつ等、あの男の仲間になるつもりじゃないのか!?』

「シンジョウよ・・・・」

アズマの声が、響く

「ワシは・・・・ワシはちゃんと・・・・悪だったか?」

その一言に、シンジョウはその身を震わせた

わななくように何度も口を開閉され、言葉にならない言葉を、何度も漏らす

そして

『・・・・はいっ』

言った

『貴方は確かに・・・・悪でしたっ』

そのシンジョウの言葉に、笑みを浮かべる

自分が殺した人々

今から自分が払うその代金は、少ないけれど

それでも、少しは、足しになるだろう

「そうか・・・」

シンジョウが、片手を上げた

『グラビティ・・・・グラビティ、ブラスト』

上を向くアズマと、下を向くシンジョウ

――― 『誰もお前について来なくなってもか?』

不意に思い出したのは、あの、殺したいほどいけ好かない、あの男の言葉だ

クク、と笑う

――― 貫いたぞ・・・・ワシは、確かに

どうだ。と、誇らしげに笑う

――― 『一人きりになってもか?』

その言葉に、今度は苦笑を漏らした

――― 一人きりには・・・なれなかったな

部下には見抜かれ、目の前の男には泣かれた

孤独と呼ぶには、あまりにも情けない

だが、悪くない気分だった

上に向けた苦笑を、笑みへと変えた

そして、その中で、

自分を殺せと叫ぶウインドウに囲まれる中で、もはや世界中から敵意と悪意と殺意を向けられる、その中で

悪である自分を、ここまで憎んでくれる世界に思いを馳せて

アズマは、満面の笑みを浮かべた

「世の中まだまだ・・・・捨てたもんじゃあない」

『・・・・発射あ!!』

後の世の歴史の教科書に、悪の権化としてその名を連ねられることになる男の、それが最後の言葉だった





全ての人間の元へと届けられているそのウインドウの中、閃光が、走った

四十隻に昇る戦艦が一斉に放ったその青黒い閃光は、過剰な程の爆音を周囲へと撒き散らした

そしてその膨大な一撃が直撃した一隻のちっぽけな戦艦は、もはやひとたまりもなく、欠片一つ残さず、この世から消滅した

世界が、沈黙した

そして

『・・・・諸君』

沈黙が響く中、シンジョウを映し出したウインドウが、浮かび上がった

その中にいる男は、もはや先程流していた涙の片鱗など微塵も見せず、堂々と顔を上げ、そして、告げた

『悪は・・・・』

震える声が、そこで詰まった

だが、そのままシンジョウは全身に力を込め、そして、叫んだ

『悪は・・・・滅んだ!!』

世界中から、歓声が上がった





『・・・・ふー・・・・』

連合宇宙軍本部

まだ尚組んだ両手の中で俯くコウイチロウの目の前のウインドウに映るクサカベが、全身を脱力させて身を沈めた

『一時はどうなること思ったが』

クサカベは、喋る。安堵のためか、随分と饒舌になっていた

『だがこれで終わったと思うなよ。まだ我々には戦力が残っている』

癪に障る笑みを浮かべ、クサカベは語る

『わかっているだろう? まだ、我々の戦いは終っていない・・・・むしろ世界にとって本当の意味での分岐点は、今から始まるのだ』

コウイチロウは、答えない。ただその身に震えるほどの力を込める

『あの屑め。だがまあ・・・お似合いの末路ではあったな。所詮己の器の大きさも見定められないような男に、あのような大役が―――』

「黙れ!!!」

だがその悪態は、コウイチロウの発した怒号に掻き消された

その余りの迫力に、クサカベは思わず気圧される。言葉を止める

そしてコウイチロウは、絶句するクサカベなど視界に入っていないように、顔を上げた

なにもない虚空。だがそれを、まるで命の恩人でも見るような目で、見つめる

そしてコウイチロウは、机の上に両手をついた。そのまま、その両手に自らの頭を当てる

座った状態で、上半身だけを土下座の形にしたコウイチロウは

殺せと罵られ、悪と叫ばれ、そして、死んだ、名も知らぬ男に向けて

搾り出すような声で、叫んだ

「・・・・・ありがとう・・・・!!」










あとがき



BGMはEternallyで



こんにちは、白鴉です



とんでもない長さになってしまいました。本来ならこれは二話編成で前編後編に分けるべきなのですが、なぜか一話に抑えることに異様なこだわりを発揮しまして、こうなりました

色んな部分を削ればもう少しすっきりしたのですが、それはしませんでした

そのせいで面長に感じる方もいるかもしれません、そのときはすみません

さて、残すはラスボスとの大決戦のみです

どうなることやら





それでは次回で