第30話







行く意味を問われ、しかし答えは返せない

なぜならそれを知りに行くのだから








機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 問い掛けと答え 似た者同士 』

 

 







紅と黒が、交錯していた

激突するたびに火花を散らし、瞬時に離れ、そしてまた激突する

場所は選ばず、空も地面もなく、地形など飾りとでもいうように引き千切りながら、二つの色は駆け抜けていた

静止はない。止まれば死ぬ。それはその激突に身を投じている両者のみならず、それを見つめる全ての人間が、本能的に感じていたことだった

視認すら困難な速度と加速を持って、二色は闊歩する

紅が吹き飛ぶような一撃を担えば、黒はそれを回避などという綺麗な単語とは程遠い軌道で掻い潜り、懐に飛び込む

黒が弾丸が放てば、紅は嘲笑うかのように、内臓が潰れるような急制動でそれをかわす

全てが致命傷に結びつく、死への入り口だ

だが、それを互いに掻い潜りながら、北辰は自分の顔に笑みが浮かぶのを止められなかった

楽しい

本当にそう思う。楽しい

自分の命を相手が削り、相手の命を自分が削る

ホンの些細な、僅かな無駄すら見逃さず死が喰らい付いてくるその攻防が、北辰には面白く、楽しく、愉快でしょうがなかった

「ハハ・・・」

ブラックサレナが、夜天光の右手が放った錫杖の一撃をかわす。それもただの回避ではない。突き出された錫杖の先端をなぞるように身を逸らし、退くのではなく、前に踏み込んでの通過だ

かわされた、そう思うよりも早く、零距離からのハンドカノンが来る

だが、考えるより先に、北辰も動いていた。空いた左手で、眼前に突きつけられたハンドカノンの銃口を塞ぐ

そのまま放てば、銃口ごと暴発する

だがアキトは、迷わなかった。なんの躊躇もためらいもなく、構うものかと言わんばかりにハンドカノンを発射する

暴発

夜天光の左手の肘から先と、同じくブラックサレナの左手に携えられたハンドカノンが、鼓膜が破れるような破砕音と爆発音と共に吹き飛んだ

オイルと、繊細な部品の群れが舞う

楽しい。待った甲斐があった。本当に

あの禿頭と言葉をかわすより、あの未熟故に恐れを知り、そして追いすがってくる子供を相手にしていたときより

そんな物など紙くずすらの値打ちもないと思うほど、楽しい

「ハッハハハハ!」

笑いながら、次の挙動を選ぶ

目の前に乱れ飛ぶ部品の群れ。それをなにに利用するか、それに心を躍らせながら

そして、両者の思考は、全く同じだった

それすら目くらましにして、夜天光は右腕を、ブラックサレナは壊れたハンドカノンの下から露になった左手で、そのまま相手の顔面へと拳を繰り出した

どちらが先とも知れない、形だけのクロスカウンターとなったその一撃は

両者共、直撃

踏ん張る時間もなにもなかったその一撃は、お互い当てたというだけの代物だ

だがその衝撃だけでも、メインモニターがつぶれ、並の機動兵器同士の戦闘ならばそれだけで勝敗は決まっていた。引き分けだ

しかし両者は、構わなかった

夜天光は壊れた左腕と右腕を、ブラックサレナは瞬間にもう片方、右腕のハンドカノンをパージし、現れた右腕と左腕で、相手に掴みかかった

夜天光の左腕とブラックサレナの右腕が、夜天光の右腕とブラックサレナの左腕が、ガッチリと組み合う

だが、そこで止まらない。ホンの僅かな停滞すら惜しいとでもいうように、両者はその体勢のまま、相手を押し込むためにブーストに点火した

重力と空気が重くなるような圧力と、腹の底に響くような低音が、辺りを埋め尽くした

出力は拮抗。瞬発力ならば夜天光の方が上だが、重量と最高速度ではブラックサレナが上回る

結果、その全ての要素はプラスされ、零となった

各部のモーターが、要求された出力を搾り出すために、悲鳴のような駆動音を上げる

アイカメラを爛々と輝かせながら、夜天光とブラックサレナは押し合う

押し付けあった両手が、絶叫と言う名の軋みをあげる

五秒か、十秒か、互いに己の身を弾丸とした拮抗は続いた

だが、埒があかないと考えたのか、それともその拮抗すら退屈と不満に感じたのか、両者はさらに動いた

両手はふさがり、両足は互いの重量を受け止めるために地面に突き立てられている

ならば、出来ることは一つだった

身をそらす

夜天光は、掴みかかった両手と両足をそのままに、ブラックサレナは、掴みかかった両手と、バーニアと役割を兼用している両足をそのままに、上半身を空に向けるようにのけぞらせ

バネのようにその身をしならせ、互いの顔面を激突させた

頭突きだ

機動兵器の機構を僅かでも聞きかじった人間が見れば、余りの非常識さに気が遠くなるような攻撃を、しかしアキトも北辰も迷う間もなく選択した

激突。轟音

損傷の度合いは、夜天光の方が大きい。だが北辰はそんなことに欠片の注意も警戒も与えず、再び身をのけぞらせた

再び激突、大気が震えるような振動と激突音が、辺りに響く

しかし、止まらない

二度、三度、四度、五度。数を重ねる毎に激突の間隔は短くなり、両者の頭部は原型を留めないほどにひしゃげ、潰れていく

二桁に届くか届かないか、それだけの回数、互いの頭部をぶつけあった二人は、しかしそこで止まった

ギリギリと押し付け合い、両手と両足と、そして頭で押し合う

金属がこすれる、耳障りで甲高い音が響く

「楽しいなあ」

そこで初めて、この激突が始まって最初の言葉を、北辰は口にした

歓喜と緊張と、そして恐怖に震える体が、なによりも心地良い

やはり、こうでなければならないと、そう思う

戦いとは、死闘とは、こうでなければいけないと

噛み締めた口の中から、ゴキリと音がした。直後違和感

力を込めすぎた奥歯が、折れたのだ。制御も抑揚も忘れた昂揚感のせいで、自分は今、限界を超えつつあるらしい

それがなによりも楽しい。人の身として、もはや高みを極めたと思っていた。後は、与えられる、求める戦場を練り歩き、戦いを愉しむだけだと

だが、自分にはまだ、超えられる限界があるらしい

たまらない。この男と戦っていると、いつも驚きと発見の連続だ

そしてそこでまた、己の中の欲望が一つ、鎌首をもたげる

まだだ、と

まだやれる、と

もっともっと、素晴らしい戦いが出来るはずだ、と

この目の前の男は、まだもう一段、強くなれる、と

それは意思か、それとも技術か

前者だ。北辰はそう思う

意思の強さというものは、不確定ながらも、しかし確かにその者の強さへと連結する

それを自分は、ずっと求めてきた。マキビハリも、そして四ヶ月前のこの男も、そうだった

心に秘める物が違うだけで、見違えるほどの強さを手に入れていた

そしてまだこの男に、なにか迷いがあるのなら、それを取り除いてやれば良い。そうすればもっと、この男は強くなり、もっとこの死闘が楽しめる

それは、なんと素晴らしいことか

幸いにも、この男の迷いに、北辰は心辺りがあった。それはかつて自分も同じようにぶつかり、そして迷った物だからだ

「まだ・・・迷っているな?」

北辰とて、人の子である。親もいれば、友もいた、子供であるときもあった

だからこそ、彼自身自覚している。自らの異常性も、他者との隔たりも、なにもかも

他人の目に、血飛沫を浴び哄笑をあげる自分が、どう写っているのかも

殺すために殺し、戦うために戦ってきた。そんな自分に疑問を持っていたときも、確かにあったのだ

だが、それはもう随分と昔に通り過ぎたもの

今も、そのときの苦悩や痛みを、思い出すことは出来る。しかしそれは、まるで他人事のように、見知らぬ人間の記憶のように、もはや遠くに感じるものでしかない

今の今まで、思い出すことも忘れていたほどの、小さく遠い記憶だ

だがそれが自分にあることを、北辰はこのときばかりは感謝した

少なくともそれは、この男を挑発する上で、この上もない武器になる

「わかる・・・わかるぞ? テンカワアキトよ」

顔面をぶつけ合ったまま、北辰は笑う

嘲笑うかのように、導くように

「・・・・黙れ」

ウインドウの中のアキトが、初めて表情に目に見える変化を起こした

それは、古傷を抉られたような。見たくなかったことを、首根っこをひっつかまれ、強引に向きなおさせられたような、そんな顔だった

はは、と北辰は笑う

良い顔だ、と

――― 昔の我と、同じ顔だ!

「幸せになりたいのだろう?」

「・・・・黙れ」

「だが、邪魔をするのだろう? 自分が殺してきた死者の怨嗟が、遺された者の恐れと恨みが、怖いのだろう!?」

「黙れ!」

拮抗が、崩れた

互いに押し合っていた拮抗を、アキトが拒絶した

組み合っていた両手を引き剥がし、両足を浮かせ、顔面を引き離す

勢いをいなし、背後に回ろうとするブラックサレナの動きに、しかし夜天光は笑いながら対応する

まるで、わかっているというように

お前の考えなど、お見通しだというように

夜天光の繰り出した右拳が、ブラックサレナの顔面を打ち払った

「ハハハハ! 無駄だぞテンカワアキト!」

それがなにに対する無駄なのか、アキトは聞き返すことすらしなかった

ただ、我慢ならなかった。自分の罪など、今更言い訳するつもりはない。それは仕方の無いことだ

だが、これだけは、我慢ならなかった

自分を地獄に突き落とした。この男に、言われることだけは

我慢、出来なかったのだ

その事実は、アキトにとって無自覚の内の、ある真実でもあった

もうこの男に対して、憎しみや復讐ではない感情で戦おうと思っていたアキトの胸に

だが確かに、それらがまだ燻っているという。そういう事実だった

殴られた反動で、機体の制御が僅かに離れる。それを見逃すはずもなく、北辰はさらに追い討ちを掛ける

「貴様に幸せになる権利など欠片もあるまい! わかるだろう!?」

「・・・黙れ!」

ブラックサレナが牽制のように、マニピュレーターを振り回す

だが、所詮は苦し紛れだ

それを首の動き一つでかわした北辰は、さらに機体を懐へともぐりこませながら、尚も言葉を止めない

「何人をその手で殺めた!? クク、何人殺した!?」

マニピュレーターを掴み、引き寄せる

体勢の整っていなかったブラックサレナは、たったそれだけの動作で、いとも簡単に夜天光の接近を許した

「誰も許しはすまい、テンカワアキト。いや、殺人者よ? そして我は知っているぞ? テンカワアキト!」

「黙れ!」

「貴様が笑っていたことをな! 楽しかったんだろう!? 無関係でも、取るに足らないような雑魚でも、その命を屠るとき、貴様は笑っていたなあ!?」

「黙れええ!!」

憤怒の余り、アキトはただガムシャラに拳を繰り出した。だが、そんなものは所詮当たるわけがない

それどころか、その反動を利用した北辰のカウンターに、首ごと持って行かれそうな衝撃を受けた

吹き飛ぶ。黒い巨体が軽々と浮き、大地を抉りながら滑走した

無様にひれ伏すアキトを、北辰は哄笑を上げて笑う

「嬉しかったのだろう!? 死にゆく人間を見て、殺した死体を見て、安心していたのだろう!?」

「・・・違・・・う・・・」

「自分はまだマシだと、そう思っていたのだろう!? 貴様が殺した死体を見下ろし、笑って、貴様は思ったはずだ! 死したこやつ等よりは、五感も夢も全て奪われた自分の方が、まだマシだとなあ!?」

「違う!」

視界の中、ブラックサレナがその身を奮い起こす

鈍重な動きで

「俺は・・・・そんな理由で戦っていた訳じゃない!」

「クク・・・・クククク・・・ヒャハハハハハ!」

だが、アキトのその言葉すら、北辰は嘲笑う

「俺はあのとき・・・・ユリカを救うために!」

失言、だった。少なくともアキトにとっては、死ぬほど哀れで愚かな、失言だった

だがそれは、今までの三年間、アキトの胸の中に確かにあった、言い訳だった

理屈では、わかっている。殺したのは自分の意思だ。ユリカは関係無い

だが、毎晩毎晩、名前も顔も知らないまま殺した人々が襲い掛かってくる夢の中、恐怖と罪悪感に脅えるアキトの心に、どうしても浮かび上がってきてしまう

言い訳

そして、まるでそれを見通しているかのように、声が響く

「・・・・その言葉が偽善の慰みだと、貴様もわかっているだろう?」

北辰の口調が、唐突に一変した

狂気で満ちていた表情をひっこめ、北辰は真っ直ぐに、凍るような鋭い目でアキトを見据えた

「テンカワユリカを救う為? 否、違うな。テンカワアキト。貴様がいえないのなら、我が言ってやる」

やめろ、と、アキトは思った

その言葉自体は、極々ありふれている。自分も幾度となく、過去との自分と決別するために口にしてきた言葉だ

だが、目の前の男が、目の前の男にそう言われるのは、重みが違う

見えない影から手が飛び出し、引き摺り下ろされるような、そんな、ありもしない、馬鹿らしい悪寒がする

「違う!」

身を起こし、掴みかかる

夜天光は、抵抗しなかった。好きにしろとでもいうように、両手を構えることすらせず、ただブラックサレナの拳をその身に受ける

「違う・・・違う!」

拳を繰り出す。重い重量から繰り出されるそれは、夜天光に確実なダメージを蓄積していく、だが

この場で両者のどちらが有利な立場にたっているのかは、誰の目にも明らかだった

ウインドウの中、北辰は笑ったままだ

嘲るように口元を歪め、見下ろすようにアキトへと視線を向けている

「違う!!」

「復讐・・・・だ」

たった一言だった

だが、まるでその言葉が合言葉であったかのように、アキトの身から一瞬、力が抜けた

それを逃さず、夜天光が拳を繰り出した

胴体に直撃したそれは、しかし一瞬の無防備を的確に突かれ、ブラックサレナは再び吹き飛び、火星の大地に倒れ伏す

「貴様は、私怨で殺したのだ。テンカワアキト」

「・・・ちが―――」

「火星の後継者の決起の前に、敵が潜んでいるターミナルコロニーを無力化させる。貴様の愛した女、ミスマルユリカを救出すると同時に、クサカベハルキの計画の中枢である演算ユニットを潰す」

身震いするような哄笑が響く。他にはなんの音もない

その無音の中、北辰の声だけが、辺りに木霊した

「それは傍から聞けば随分と立派な動機に聞こえるであろうなあ。テンカワアキト。だが・・・違うであろう? 貴様が本当に戦っていた理由は、違うだろう?」

アキトは、答えない。ただその両目を見開き、北辰をただ見つめるだけだ

「復讐、だろう? テンカワアキト。クーデターへの機先を制するため、ミスマルユリカの救出のため、そんな言葉は飾りだ。お前は、ただ憎かったのだろう? 殺したかったのだろう? 貴様を壊した奴らが、我が、そしてなにより、なにも知らぬ癖に、それゆえに貴様を邪魔する。幸せな顔をしている軍人達が」

「ち・・・が・・・・」

「なぜ違うといえる? なぜ認めようとせぬ? 本当に貴様が世界のために己を投げ出すような聖人ならば」

そして北辰は、言った

「なぜ・・・・あのとき笑っていた?」

フラッシュバックのように、アキトの頭を記憶が過ぎった

それは四ヶ月前、まだ、世界にとってなにも始まっていないとき

ルリが、ナデシコBが、ターミナルコロニー連続襲撃事件の調査のため、アマテラスを訪れていたとき

三年振りの再会を果たす、ホンの少し前

アマテラスのレーダーに補足され、多数のグラブティーブラストや艦隊が自分を向いた瞬間

自分は確かに

笑っていた

「違う!」

吐き出すような叫び

火星の大地へ手と足を突き立て立ち上がりながら、アキトは喚くように首を振る

「違う! 違う! 違う違う違う違う!」

まるで駄々っ子のように身を捩るアキトを見つめ、北辰はその口元をさらに酷薄に歪めた

ああ、良い声だ。と

もう一押しだ、と

「認めよ・・・・テンカワアキト」

夜天光が、まるで迎え入れるように、ゆっくりと右手を差し出してきた

「貴様は、我と同じだ。他人の死を見ること、他者と震えるほどの死闘を演じること、それ以外に、自らの存在意義を見出せぬ、愚かで哀れで恥知らずな修羅なのだ」

ふと、視界の端にそれは見えた

残り時間を示す時計。それが、残り五分を切ったことを告げてきた

その事実に、北辰は軽い驚きを覚える

戦い始めてから、すでに七分以上もの時間が過ぎていたのだ

「・・・・クク」

通常、機動兵器同士の一騎討ちなど、一分も掛からない。特に、どちらも逃げ回らず、策を弄さず、ただ全力でぶつかるだけの戦闘など、一分掛かること事態有り得ない

だが、自分達が戦い始めてから、すでにこれだけの時間が経っている

堪らない、と思う。最高だ、とも

そして、やはりと思う

この男は、自分と同じになれる

誰も届かなかった自分のいる場所まで、この男なら、来れるのだと

世界の終わりまで、残り五分

だが、もうそんなことはどうでも良い。終わろうが終わるまいが、もはやどうでも良い

一瞬でも、ただ一撃でも良い。自分と同じ場所に立ったこの男と、拳を交えたい

「認めよ。そうすれば楽になるぞ? くだらぬ言葉で、ちっぽけな自尊心と正義感を満たしてどうなる? 事実はもはや貴様の目の前だ。笑いながら殺していたという事実が、なにより貴様の本性を現しているではないか」

言いながら、すでに北辰の口元には堪えきれない愉悦からの笑みが、ありありと浮かんでいた

もうすぐだと、そんな声が聞こえる程の、無邪気で楽しそうな笑みが

「さあ・・・・我のいる場所へと来い。テンカワアキト」

無言が、支配した

この戦闘を見ているどの人間も、誰一人なにも言えず、ただ黙って、その場を見つめることしか出来なかった

右手を差し出す夜天光と、片膝をつき、俯いたまま動かないブラックサレナ

十秒か、二十秒か。それとも一分か

無音の時間は続き、しかしそれは

「・・・・確かに・・・」

アキトの、ポツリとした呟きに、打ち消された

火星の白い大地、ブラックサレナがゆっくりとした動きで、その身を奮い起こす

すでに装甲の表面のほぼ全て、無事な部分の方が目に付きにくいほどボロボロになった機体を引き摺って、アキトは立ち上がった

「確かに俺とお前は・・・・似ている」

ふらつく機体を押さえつけ、ブラックサレナは地面へとその両足を突きたてた

「俺も・・・支えてくれる人がいなければ・・・・」

それは嘘偽りない、アキトの本心だった

「背中を押してくれる奴らが・・・・いなければ・・・・お前のように、なっていたかもしれない」

それは、否定しようもないほどハッキリとしている。アキトの中の真実だった

自分とこの男は、酷く近い。全てを憎み、全てを壊そうとする。アキトも、そうだった

「だけど・・・」

拳を握り、ブラックサレナは背面部にあるブースターを点火した

大気圏内用の、莫大な熱量を内包する青白い炎が灯る

「支えてくれた奴が・・・・いたんだ」

頭によぎるのは、一人の少女

自分なんかを助けるために、その小さな体を投げ出し。自分なんかのために、その命を亡くしてしまった少女

だが最後の瞬間に、自分の幸せを呟いてくれた、少女だ

「背中を押してくれた・・・奴らがいるんだ」

頭によぎるのは、たくさんの人々

会長秘書の多忙の中、それでも自分のことを気遣ってくれた人

自分のせいで人生を狂わせてしまったのに、それでも顔色一つ変えず、自分の崩れそうな体を診てくれた人

ブラックサレナの強化を頼み、バカを言うなと笑ってくれた人

そして

両手の爪をボロボロにして、IFSまで打ち込んで、それでも自分に復讐をやめてくれとすがり付いて来た、馬鹿な男

それら全ての人間の顔を思い浮かべ、アキトは、ゆっくりと息をついた

北辰の言う通り、笑っていたことは、事実だった

アマテラスのときも、その他のターミナルコロニーを襲ったときも

自分は確かに、笑っていたのだ。北辰の言った言葉の通り、今、目の前で死ぬこいつ等よりは、なにもかもを奪われた自分の方が少しはマシだと、そう思って

それは多分、この目の前の男も、きっと通った道なのだろう

そしてこの男は、そのままその道を突っ走り、こんな、なにもかもを壊さなくては気が済まないほど、なんの躊躇もなく、全てを壊せるほど、狂ってしまった

自分とこの男は、だからきっと、とても近い

だが

それでも、目の前の男のようになっている自分が想像出来ないのは、なぜだろうか

笑いながら殺して来た。それは事実だ。なのに、この男のようになっている自分が想像出来ないのは、なぜだろうか

それは、きっと

「そいつらがいなかったら・・・俺は、きっとお前になっていた」

違いがわかるかと問われれば、わからないとしか答えられない。自分とこの男と、一体なにが違うのか

だがそれでも、自分には、ありがたい人達がいた

こんな自分をそれでも、支えてくれた人がいた。怒ってくれた人がいた、怒鳴ってくれた人がいた、心配してくれた人がいた

北辰と自分。どう違うのか、わからない

だが少なくとも、自分には、そんなありがたい人達がいる

ならきっと、自分には、それだけで十分なのだ

「だから・・・」

震える息を吐き、アキトはそれでも、ハッキリと告げた

「俺は・・・・お前とは、違う」

言葉を聞く北辰の顔に、笑みが浮かぶ

「そうか・・・・それが貴様の答えか」

嘲笑うように、しかし、まるで褒め称えるようにすら聞こえる声色で、北辰はそう言った

苦笑ともつかない息を漏らしながら、顔を落とす。歪んだ表情のまま、弄ぶように、IFSの上においてあった自分の手を開閉する

「クク・・・・」

何度も開閉を繰り返す。まるで暇人が手持ち無沙汰に行う意味のない行為そのものといった挙動を、北辰は行う

「ハハ・・・・」

だが

直後、それが裂けるように割れ、その下から怒りに満ちた顔が現れた

「いつまでそんな戯言で己を偽るつもりだあ!!」

爆発的な加速で、まるで瞬間移動かと錯覚するような急制動で、夜天光はブラックサレナの懐へと、一瞬でもぐりこんだ

右手首が回転する。その威力をもって、北辰はブラックサレナの左腕を、肩から抉り落とした

反応の遅れたアキトが、掠れていた意識を夜天光へと集中する

だがそんな物など構いもせず、夜天光は身を退こうとするブラックサレナの懐へと、再び潜り込む

「我が貴様を待っていたのは、そのような下らぬ言葉を聞く為ではない!!」

雷のような一撃だった

表面装甲の下。剥き出しになっていたアキトのエステバリスの左肩目掛けて、北辰は右腕を振るった

「っ」

息を止め、歯を喰いしばり、アキトはその衝撃を逃すために全力で右手側へと飛んだ

結果、夜天光の攻撃は掠るに留まり、アキトと北辰の間に距離が出来る

「・・・・我と貴様は・・・・違うと言ったな。テンカワアキト」

言葉は、静かだった。だが、それを発している当の本人である北辰の顔には、隠そうともしていない苛立ちと、失望と、怒りが浮かんでいた

残り時間は、後三分を切っていた

「ならば見せてもらおうか、テンカワアキト」

もはや、北辰の顔に笑みはない。剥き出しの怒りと、苛立ち、それだけだ

ハーリーを前にしていたときのような、奇跡を期待するような、まるで子供のような気配など微塵も伺わせず、ただ細めた目でアキトを見つめる

「どう違うのか・・・・・見せてみろ。テンカワアキト」

左腕を失ったブラックサレナと、左手首を失った夜天光が、火星の白い大地の上に対峙する

まるで四ヶ月前の、再現のように

あのとき、完全には着けられなかった決着を、今、着けようというように

キッカケは、なかった

少なくともそれを見つめる全ての人間にとっては、キッカケと呼べるようななにかは、起こらなかった

だが、まるで示し合わせたかのように、なにか決定的な合図があったかのように

全く同じタイミングで、二人は、全力で相手に向かって突貫した

両者共、左腕は決定打にならない。もはやこの衝突にはフェイントもなにもなかった

ただ全力で、機体の重量を乗せた右腕を、互いに振りかぶる

唸りを上げ、両者の距離はほぼ一瞬で零になる

そして

アキトが、振りかぶった右腕を、全力で突き出そうとした瞬間

声が、聞こえた

つい先ほど聞いたばかりの言葉であり、声で

北辰のそれは、語りかけてきた

――― 幸せになりたいのだろう?

「っ」

鉄が捻じ切れるような甲高い、耳障りな音が辺りを貫いた

そして

誰もが、我が目を疑った

そこに、彼らの期待していた光景はなかった

ただ、あるのは

全身の関節部から煙を吐き出しながら、右腕を突き出した夜天光

そして

その夜天光の右腕に、胸部装甲を貫通されている

ブラックサレナの、姿だった







ネルガル月ドッグ

「・・・うそ」

隠し通路の先にある。その一室

アウインの本体。ラピスの脳味噌が浮かぶ浴槽がある部屋

そこで、目の前にあるウインドウを固唾を飲んで見つめていたエリナとクラシキは、突きつけられた残酷な映像に、思わず息を呑んだ

残り時間は、すでに三分を切っている

だがそんな物など、二人には見えていなかった

エリナが口元を押さえ、まるでなにかに耐えるように、言葉を吐き出す

「うそ・・・・」

クラシキも、その光景に言葉がなかった

遠目からの映像となっているそのウインドウからは、夜天光の拳がどこに突き刺さっているのか、正確には把握出来ない

だから、アサルトピットを逸れている可能性は、ある

だが

それでももはや、ブラックサレナは、これ以上の戦闘など出来るようには見えなかった

そして、その事実が指し示す事実は、たった一つだ

アキトが、負けた。残り時間は、まだ三分ある

あの悪魔のような男が操る夜天光なら、それだけの時間があれば十分にナデシコCを落とせる

つまり

全身から力が抜ける感覚と共に、クラシキは床へとへたり込んだ

「もう・・・・終わり・・・・かよ」

「馬鹿なこと言わないで!」

エリナが涙の溜まった瞳を揺らしながら、クラシキを怒鳴りつけた

だが、その声にも微動だにせず、クラシキは首を振った

「・・・・無理・・・っすよ」

零れ落ちるようなその呟きに、エリナも思わず言葉に詰まる

「もし今ので、テンカワさんが生きてても・・・・もう、ブラックサレナは動かない」

拳を握り締め、クラシキは、呟く

「もう・・・終わりっすよ」

『いいえ』

突然だった

なんの前触れもなく、唐突に、二人の前に新たなウインドウが浮かんだ

文字だけの物。無機質で無愛想な、そんなウインドウ

『まだ、終わりではありません』

それが一体何によってもたらされたものなのか、クラシキもエリナも、一瞬わからなかった

「・・・・ラピス・・・ちゃん?」

呆然としたエリナの言葉に、僅かに間が空く

そしてその直後、二人の背後に光が生まれた

慌てて振り向く二人の眼前。その発光を行う物体があった

それは

ラピスの脳が収められている、液体に満たされた浴槽だった

『まだ希望は、死んでいません』







気付いたそこは、格納庫だった

その光景に、思わず混乱する。つい先程まで自分は確かに、ブラックサレナのアサルトピットに乗っていたはずだ。ボソンジャンプを使った記憶もない

アキトは混乱した顔で、慌てて辺りを見渡す

その格納庫には、見覚えがあった

それは、五感を失ってから拠点としていたネルガル月ドッグの物ではない。それよりもずっと前、まだ自分が全てを持っていて、一番満たされていたときに、見た光景

そして、もう二度と取り戻せない。戻れない場所

ナデシコAの、格納庫だった

「どういう・・・・ことだ?」

無人のそこで、意味がわからずアキトは呟く

目の前に広がるそこは、間違いなく、記憶の隅へと追いやられていた、ナデシコAの物

――― これは・・・・夢、なのか?

「その通り」

独白のように思った心に、しかし答えが返って来た

その事実に、身構えながらアキトは振り返る

反射的に懐から取り出したブラスターを向け、しかし、そこでアキトの挙動は止まった

「アッブねえなあ。いきなりなにすんだよ」

「・・・・お前」

呆然と、信じられないような目で見つめる、アキトの目線の先

そこには、アキトにとっては酷く懐かしく、そして信じられない光景があった

それは

「おう、久しぶりだな。テンカワ」

「・・・・うそ・・・だろ?」

アキトの向けた銃口の先、五メートル程の距離を置いて、その男は立っていた

ナデシコA時代のままの、パイロットであることを示す赤い制服を着て

昔のまま、記憶の通り、妙に自信に満ちた目と態度で

ダイゴウジガイが、そこに立っていた








あとがき



生まれた意味を知るRPGが物凄く面白いです



こんにちは、白鴉です



ここでコイツかよ、と怒られてしまいそうですが、それでも出してみました

彼の存在は、個人的にとても興味深いと思ってます

さて、どうなることか





それでは最終話で