終わり無き旅



第三話 「心に巣食う、闇と影」





『ボソンジャンプ正常に終了。現在位置確認。ポイント(078,226,510)』

「ふう、これでひとまず安心だな・・・」

とりあえず、目的地も無かったアキトは火星と木星の間にあるアステロイドベルトにジャンプした。

小惑星が辺りに漂うこの一帯は隠れ場所にはもってこいだ。

(あれだけの事をして、まだ誰かに怯えるのか俺は・・・)

幾つものコロニーを襲撃し、幾千もの人々を殺し、宇宙を恐怖に陥れた

恐らく今世紀最大級の犯罪者であろうテンカワアキト。

愛する妻を救うため、ただそれだけのために。

(ユリカはドクターに任せておけば平気だろう・・・・。幸せになれよ)


ガン!


「ぐおっ・・・・・・・どうしたミズキ」

「どうしたもこうしたも・・・今あんた私の事忘れてたでしょ」

「・・・・・・・・・そんなことは無い」

ふと、投げられたものを見ると其処にはどこから持ってきたのか修理用のツールボックスがあった。

軽く見積もって5キロは有るだろう。

(こんなものが投げられるならほっといても平気じゃないのか?)

一瞬そんな考えが頭を過るがミズキの青ざめた顔を見て、訂正する。

「イリス、バッタを数体回してくれ。それからICUの準備もだ」

実験艦であるユーチャリスだが設備はそれなりに整っている。

そして、アキトの体のこともあり、医療施設には通常の戦艦よりもはるかに充実した設備が導入されている。

『了解、マスター。航行モード002に移行。医療設備の電源、及び生命維持を最優先として設定します』

「大丈夫か、ミズキ?」

「は、あんたの目はバイザーがあっても節穴なの?見てわかるでしょ」

「それだけの口が叩けるなら平気そうだな」

アキトはミズキの体を抱きかかえると医務室に向かった。









幸い、出血が酷かったものの、銃弾はミズキの体を貫通しており大事に至ることは無かった。

両手首の骨折は酷かったものの、日常生活に差し障りの無い程度には再生することができた。

現代医療技術の勝利と言ったところか。

「それにしても・・・・・・・化け物だな」

「アキト程じゃないわね」

つい先程手術が完了し、輸血を済ませると、ミズキはあれほどの重傷が嘘のように復活した。

今は、ブリッジでお気に入りのモカキリマンジャロを飲んでいる始末だ。

なぜ、そんなものが戦艦にあるのか。

それは、アキトが料理をすることを無いと思いつつも心のどこかで願っていた某会長秘書、エリナのせいだった。

「・・・・・ん、やっぱりコーヒーは煎れたてが一番よね」

「一応、ブリッジでの飲食は禁止されているのだが」

「そんなことは、長期保存の効く物は片っ端から積んだあの秘書にでも言うのね。

 そこにある物を戴くのは生き残るための常識よ」

「その事と、ブリッジで飲むことに因果関係は無いだろう」

はあ、とアキトは溜め息をつくが、本気で止めるつもりは毛頭無い。

ユーチャリスには今アキトとミズキしかいないのだからアキトが気にしなければいいだけのことだ。

ミズキとのコミュニケーションのようなものだ。

「で、一体何があったんだ。あの警報はおまえのせいだろう?」

「ああ、あれ?」

ミズキは一旦コーヒーを受け皿に置くと、こちらに向きなおして言った。

「上司と喧嘩してむかついたからお返しにネルガルのメインコンピュータにハッキングを仕掛けたの。

 思いのほか手間取って、見つかっちゃったけど」

相変わらずだな・・・、と今度は心の中で溜め息をつく。

「あの怪我は誰から受けたんだ?」

カチャ、と受け皿にカップを置くとミズキはどこからかクッキーを取り出した。

ドクロマークのついたなんとも怪しいクッキーだ。

「甘いものを食べると、コーヒーの苦味がより一層感じられるのよね」

「話したくないことなのか?」

「・・・・・・・・・・・」

コーヒーの香りがブリッジに漂う。

もう嗅覚など無いにもかかわらず、アキトは何故かそれを感じることができたような気がした。




ほんの、一瞬の間。

ミズキがクッキーをを食べる音がやけによく聞こえる。

「月臣と戦ったわ」

「!!」

半分予想した答えでもあり、同時にありえないとも思っていた答えだった。

木連式柔ではないが、ミズキも格闘技の心得がある。

本人に言わせれば、ただの戦闘術に過ぎないらしいが。

そして、それだけにミズキに怪我を負わせる事のできる(たとえ銃によるものだったとしても)者は

限られてくるが、同時に生き残ることが勝つ事だとアキトに教えたミズキが、

勝てるはずの無い相手と戦うとも思えなかった。

「信じられないって顔してるわね。安心しなさい、私もそうよ」

「勝ったのか?」

「まさか、実力が違いすぎるわ。反則技を使わせてもらったのよ。

 スタングレネードを間近で使ったから私もダメージを受けてね。

 油断してたら、他の奴にやられた」

「なんと言うか・・・おまえらしくないな」

「いってくれるわね」

ミズキはコーヒーを飲み干すと、クッキーの残りを食べ始める。

「んぐ・・・・でも、ま、なんか似てたのよ」

「似てた?誰に」

「昔の私」

「よく分からんが・・・・・・」

「わかんなくて当たり前よ。むしろ分かったら私はあんたのことをストーカー扱いするわ」

「いや、そうじゃなくて・・・似てると何故戦う?」

「わかんない?」

「わからん」

「・・・代償行為ってやつね」

「・・・?」

「今日はずいぶん多弁なのね?」

わざとらしく話を逸らす。

「・・・・結局一人が寂しいんだろうな」

アキトは、ミズキの態度を一瞬いぶかしんだが、無理に話させる理由も無いのでそのまま続けた。

「北辰の言うとおりだ。俺は自分の弱さを鎧で隠しているだけだ」

「・・・・・・・」

「結局俺一人では何もできないんだ。ラピスに頼り、サレナに頼り、アカツキ達にも頼り・・・」

ぎり・・・、と拳を握る。痛みなど感じないが、いやだからこそ自分が情けなかった。

「ふん・・・・、相変わらずガキね。あの時から何も変わってない。

 自分一人じゃ何もできない?

 エステバリスで私に勝てない奴が何偉そうなこと抜かすか。

 今のアキトは私の足元にも及ばないわ。そんな奴が自分一人で何かを成そうなんて甘いのよ。

 人間の力なんてたかが知れてる。

 ただし、いい?人間は群れで動く動物だとかなんとか言う奴も居るけど

 私から言わせてもらえば駄目な奴はいくら群れようが駄目なのよ。

 個々の能力が前提に無きゃね。

 だから死ぬほど足掻きなさい。死ぬほど努力しなさい。

 そうしたら、他人にかける負担が少しだけ減るわ。

 自分より他人が占めるウェイトが大きいからそんなこと思うのよ」

「そんなものか・・・?」

「そんなものよ」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

ブリッジに沈黙が訪れる。



先にその静寂を打ち破ったのはミズキのほうだった。

「アキトはこの先どうするの?」

「死ぬ・・・・つもりだったのだがな。

 そんなことをお前が許してくれそうに無いからな。

 ・・・・・・火星の後継者の残党狩りをする。あの時にいた奴らが全員とは限らないからな」

「理由がむかつくけど、あんたにしては前向きな意見ね。ま、いいわ。私も

 それに付き合ってあげる。どうせ行く当ても無いしね」

「いいのか?」

もうアキトはネルガルとの関係を絶ち(向こうがどう思っているかは知らないが)

頼れるものは何も無い。

「俺はもう、ネルガルとはなんの関係も無い。ラピスも預けてきた」

「ん、そうなの?・・・・逆にそっちのほうが都合がいいわ。こちとらネルガルに喧嘩売った身だし。

 食料庫には、半年分の補充が在ったし、問題無いわ。

 それに・・・・・・・・・」

ミズキがそこで言葉を区切る。

アキトに向けた背中は、いつものように何も語らない。

だが、アキトにはそれが何かを苦しんでるようにも見えた。

そして――――――――











「アキトの体が今どうなっているのか、私が知らないと思ってる?」

「!!!・・・・・知っていたのか」

「だてにシークレットサービスなんてやってないわ。元、だけどね」

そう言うとミズキは、コーヒーセットを持ちブリッジを出る扉へ向かう。

アキトの横を通り過ぎ

「確かに私は良い教官じゃなかったけどね。良い見本でもなかったし。

 それでも・・・・・馬鹿弟子のやることぐらい見届けてみたいのよ。

 アキトをこの道に引きずり込んでしまったのは・・・私にも責任があるわけだから」

それは!とアキトが言いかけて後ろを振り向くと、すでにミズキは通路へ出てしまっていた後だった。











「それは俺の望んだことだ・・・・・。後悔はしていないしおまえに責任があるわけでもない。

 あの頃は・・・・・肉体だけでも強くありたいと思っていたからな・・・・・・・」

孤独なブリッジに一人、アキトの声が響く。

時計を見るとすでにいつも寝床につく時間を数時間オーバーしていた。

「もっとも・・・・・・、それで得られたのは血に汚れたこの肉体だけだったが・・・・・」









「心は・・・・・・どうやっても強くならなかった」








「いつのまにか・・・・・・・・・目的と手段がすり替わってしまった気がする」







「今の俺は・・・・・・・・・なんの為に『生かされて』いるんだろうな?」









「後、半年か・・・・・・・・・・・」















































「早く死にたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」













































後書き


藍:あああああ!後半アキト暗すぎ!
ミ:ていうか、私のセリフは提督のパクリかしら?
藍:さ、次回予告に行くか。

げし!

ミ:『えぐって』あげようか・・・?
藍:ぼ、暴走は反則だああああああああぁぁぁぁぁ・・・・!!!
ミ:あ、やりすぎた。
  ・・・・・・・あらら、骨まで綺麗にえぐれちゃって・・・。
  もうちょっとえぐり応えがあると良いんだけど。

 

 

 

代理人の感想

 

うわ、本当に暗い(苦笑)。

まあ、この状況じゃしょうがないですか。

でも・・・・もし自分がこんな状況になったら・・・・みなさん、どうします?