終わり無き旅



第九話 「ナデシコ発進 後編」

 

 

 

 

「遅れて済みませんでした」

ルリがブリッジに入ると、そこにはブリッジクルーが全員揃っていた。

若干名違うのもいたがとりあえず無視する。

「大丈夫だよ、ユリカも今来たところだもん♪」

威張るようなことではないのにえっへんとユリカが胸を張る。

本人は意識していないのだろうが、こういうユリカの言動は

時としてクルーの緊張を解きほぐしてくれる潤滑剤のようなものだった。

ルリはそれに感謝しながらも顔には出さずにオペレーター席に座る。

「オモイカネ、戦況データをリアルタイムのものに変更」

ナデシコAIであるオモイカネはゼロウェイトで命令を実行する。

(未来だったら返事ぐらいしてくれるのですが・・・・、時間はたっぷり有りますし、教育しなおしましょう)



表示されたデータは、木星蜥蜴の攻撃により地上部隊が次々とキルマークになっていくのを表していた。

「迎撃よ、迎撃!ナデシコの対空砲火を地上に向けて打つのよ!」

副提督、ムネタケ・サダアキがヒステリックに叫ぶ。

「でも、上にいる軍人さん達も巻き添えにしちゃうよ?」

「どうせすぐ死ぬわよ・・・」

「それってぇ、非人道的って言いません?」

「うるさいわね!」

このやり取りで、ブリッジクルーのムネタケに対する評価が決まってしまったのだが、ムネタケ本人は

そんなことに気付く余裕すらないように見える。

「艦長は、何か意見はないかね?」

ユリカに視線が集まる。

その視線に臆することなく冷静に作戦を立案する。

「エステバリスを囮として出撃させ、その間にナデシコは海底ゲートを抜けて浮上。

 一箇所に集めた木星蜥蜴をグラビティブラストで一気に殲滅しす!」

「フム、妥当だな」

「そこで俺様の出番!敵を惹きつけている間にナデシコは脱出!く〜〜〜、燃える展開だぜぇ!」

「おたく、足折れてるだろ」

「しまった〜〜〜〜!」

パイロットがいなければユリカの案は実行できない。

すぐに他の案を考え始めるユリカだが、そこにルリの報告が入る。

「エステバリス一機、エレベータ―で上昇中」

「「「「「「「「え?」」」」」」」

綺麗にはもる。

だが、この中にフクベ提督は含まれていなかった。

すぐにルリに命令を下す。

一瞬、思考が停止してしまったユリカと違い、さすがは老練の名将と言ったところか。

「通信を開きたまえ」


ピッ


短い電子音と供にエステバリスと通信が繋がる。

アキトが映し出されると、フクベ提督は詰問する。

「誰だね、君は」

「テンカワアキト。コックです」

前回と変わらぬ答え。

「コック!?コックがなんで俺のエステバリスに乗ってんだよ!」

「彼は先程私がコックとして雇いまして・・・」

「だから、なんでコックが俺のエステバリスの乗ってるんだよ!?」

ガイは質問の矛先をプロスに向ける。

一方プロスも、何か訳有りだと踏んでいたがいきなりエステバリスに乗っているのには驚いた。

他のブリッジクルーもアキトに質問やら忠告やらを投げかけ、やかましいことこの上ない。

だがそんな喧騒もまったく耳に入らず、記憶を遡っている人物がいた。

 

 

 

「テンカワ・・・・・テンカワアキト・・・・・」

地球連合大学の頃。

 

 

 

「テンカワアキト・・・・・」

高校の頃。

 

 

 

「アキト・・・・・・」

中学の頃。

 

 

 

「アキト、アキト・・・?」

小学校の頃。

 

 

 

「アキト・・・・・・・!?」

そして、火星に居た頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「あーーーーーー!!!!アキトだ!アキトアキトアキト!

 も〜、何であの時言ってくれなかったの?

 相変わらず照れ屋さんなんだからぁ!」

いきなりの行動に驚きながらも、一番ユリカとの付き合いの長いジュンがユリカに尋ねる。

「ユ、ユリカ・・・・。あいつ、誰なんだい?」

今のユリカなら、アキトに関することは包み隠さず話してくれる。

そんな勢いでユリカはジュンに自分の主観的な考えのみを伝えた。

「うん!アキトはユリカの王子様なんだよ!

 ユリカがピンチになるといつも駆けつけてくれるのよ!」

もうこれでもかってくらい、愛情たっぷりに言うもんだから

周りは誰も止められない。

簡単に言うと一人暴走してた。

「それにしても久しぶりだね、アキト。

 なんで連絡してくれなかったの?それにアキトがこのナデシコのクルーだったなんてユリカ知らなかったよ。

 あっ、まさかユリカを驚かそうと思ったの!?だからあの時言ってくれなかったのね。

 そんなにユリカに会うのが嬉しかったのね!も〜、ユリカ感激ぃ!!!」

 

 

 

 

ルリは相変わらず騒がしいナデシコクルーを見て、くすっと笑う。

誰にも見られていないつもりだったが、いつのまにか操舵席に座っていたハルカ・ミナトに目撃されていた。

「あれ、ルリちゃん今笑った?」

「えっ、ミナトさんいつからそこに・・・・」

「酷いなぁ、さっきからいたよ?」

久しぶりのナデシコに、やや気が緩みがちなのかなと自粛する。





「アキト、貴方の気持ちは嬉しいけどそこは危険よ。

 でも、分かってる。女の勝手で止められないものね。

 ナデシコクルーの命、貴方に預けます!」




((((((((((おいおい、勝手に預けるなよ))))))))))

もっともな意見である。




ユリカの暴走は最高潮をキープしたまま続くが、さすがにそのままなのもあれなのでアキトが止めにかかる。

「ユリカ、とりあえず時間を稼げばいいんだな?こっちはどうにかするから、お前は艦長としての責務を果たすんだ」

「分かったわアキト!それじゃ、皆さんぱぱっとやっちゃいましょう!」

「エレベーター停止。地上に出ます」

ルリの報告と供に、戦況データにナデシコ所属の信号が出された機体が一機。

やがてそれは海岸線へと移動し始める。

持ち場についた面々は、外部カメラからの映像が回ってくると、視線はそちらに移った。











「おいっ!逃げてねえで反撃しろ!」

「彼は立派に囮を果たしている」

「私のためにがんばってくれてるのねアキト!」

作戦が始まっても緊張感と言うものがまったくない。

ルリは再び顔をほころばせそうになる。

(こんな事じゃいけませんね。無表情、無表情・・・・)

それを押さえ込むと、オモイカネが新たな機影を捉える。

(前回と違う?・・・私達がいる時点で過去とは違うわけですからそのせいかもしれません)

「所属不明機、二機接近中。・・・信号確認、連合軍です」

「繋いでください」

ユリカの指示に従うルリ。

彼女は、前回との相違点が気になっていた。

「通信開きます」


ピッ


「おやぁ?これまた美人ぞろいだね〜。俺もその艦に乗りてえなあ〜」

開口一番、軽薄そうな男は間延びした声でそう言った。

「・・・ウェン?」

同時に開いたもう一つのウィンドウからは、そんな男を蔑むような視線で見ている、フェアブロンドの女性が映っている。

「うっ・・・いいじゃんかよ〜ルイカ〜」

「はあ・・・・すいません。気を悪くしないでください。後でたっっっっぷりと言っておきますから」

ルイカと呼ばれた女性が本当に申し訳なさそうに謝罪してくる。

「い、いえ・・・かまいませんよ。ところで、エステバリス二機で一体どうするつもりですか?」

今現在もなお、アキトはバッタやジョロを適当にあしらいながら囮役をしている。

敵は約五百。

エステバリス二機が増援と言うのは、少々少ない気がする。

「どうするって、もちろん美しい貴方のためにこの身を捧げて――――――」


ザザッ!


そこまで言ったところで突然ウィンドウが揺れる。

「おおっと〜、あぶねえあぶねえ。ちょっとかすっちまったぜ」

「私達がこいつ等を片付けます。そのドックはいつまでも持たないでしょうから今のうちに脱出してください」

「ああっ!ルイカ俺のセリフ取るなよな!」

「ぼ〜っとしてるお前が悪い」

戦闘中、しかも向こうはこちらよりも更に危険なのにナデシコより緊張感がない。

その様子にブリッジクルー全員が呆ける。

「っだよ、分かったよ。真面目にやりますよ〜。あ、そこの君、名前は?」

「え、え、私ですか?ミスマルユリカです」

突然話を振られついどもる。

名前を聞くとウェンは満足したようで、ウィンクを残して通信を切る。

「ほんっと、ごめんなさい!」

続いてルイカも通信を切る。

 

 

 

 

「何だったんでしょう・・・・?」

「「「「「「「「「「さあ・・・?」」」」」」」」」」

ユリカのその言葉に、一同は揃って首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、行きますか!」

襲いかかってきたバッタをラビットライフル一発で黙らせると、ウェンの顔つきが急に変わる。

「いつもこうだと良いんだけど・・・・」

ルイカの方は先程と変わらず、しかしIFSが輝きを増している。

二機のエステバリスは、ブースターを噴かせると一気に敵の中心地へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「す、すごい・・・・・・・・・!」

誰かが洩らしたその言葉。

それは全員の気持ちを代弁していた。

どう見ても強そうには見えなかったあの二人。

いや、仮に強かったとしてもエステバリス二機でここまで戦えるものだろうか?




ウィンドウに映るのは先程の二人、ウェンとルイカが操るエステバリスが

鮮やかに木星蜥蜴の無人兵器を倒していく姿だった。



あっという間に無人兵器が半分に減る。

ルリ以外は気付いていなかったが、実はこの時アキトもウェン、ルイカと同じぐらいのスピードで無人兵器を倒していた。

だが、二機のエステバリスの派手な攻撃に皆目を奪われていた。





ミサイルの雨の中を駆け抜け



全方向からの攻撃も予想もしない角度からかわし



バッタやジョロをナイフの一撃で戦闘不能にし



遠方の敵にはラビットライフルの精密射撃を



まさにそれは『舞』といえるものだった

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃアキトが出るまでも無かったわね・・・・」

格納庫の一角で、ミズキは呟く。

「何か言いました?副班長」

「ん〜ん、何も」

整備班の殆どが、この一箇所、大型モニターに集まり外の戦闘を見物していた。

自分のコミュニュケで見れないことはないが、やはり大画面で楽しみたい

とはここにいる者達の言い分だ。

ミズキもどうせ見るんだったらということでこっちに来た。

「それにしてもあの二人、つえ〜な〜」

感嘆の声が上がり、周りもそれに同調する。

ウェンとルイカの強さが、二人の腕だけではなくよく整備された機体がある

からだと感じているからかもしれない。

この辺りは、裏方特有の感情だろう。

少なくともブリッジクルーが感じることではない。



(さて、そろそろ海底ゲートを抜ける頃だけど・・・)

 

 

 

 

 

「ナデシコ、浮上します」

ルリの声に合わせて、ブリッジから地上が見え始める。

「早いな、まだ二分残っているぞ」

「アキトのために急いできたのよ!」

アキトから通信が入ると、ユリカは嬉しそうな表情になる。

これで尻尾があったらもっと分かりやすいかもしれない。

「敵、少数ですが残っています。グラビティブラスト、撃ちますか?」

「ナデシコの初陣ですから派手にやっちゃいましょう!

 メグミちゃん、二人にグラビティブラストの射線上から退避するよう伝えてください」

「分かりました!」

「グラビティブラストチャージ完了。いつでも撃てます」

「目標、敵まとめてぜーんぶ!」

「グラビティブラスト、発射」


グラビティブラストが発射され、僅かに残っていた無人兵器が跡形も無く消え去る。







「敵、完全に消滅。施設の被害は甚大だが、戦死者数は零!」

ルリの報告でブリッジに活気が戻る。

とは言っても戦闘中もそんなに沈んでいたわけではないのだが。

やはり、具体的な結果を聞くと精神的に安心する。

「ふん、なかなかね・・・・・・」



「よくやった、艦長!」




「いや〜、見事ですな」


 
「上出来だ」







勝利したのはウェンとルイカの活躍が多分にあったが、民間船であるこの

ナデシコでそんなことを指摘するものはいなかった。

初陣で勝利、立派な結果だろう。







ドッグはもう使い物にならないらしいことが判明すると、ナデシコは予定を三日繰り上げた。

ユリカがアキトに暴走モードで迫ったり、ウェンが再び通信を入れてきて

ルリ以外の女性(ルリは守備範囲外らしい)を口説いたり、ウェンがルイカに

エステバリスで殴られるなど、少しの騒動はあったが、それ以外はいたって平穏にナデシコは発進した。




「機動戦艦ナデシコ、発進!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコが飛んでいくのを見守るウェンとルイカ。

「ねえ、ウェン・・・・・・」

「何だ?お前がそんな表情するなんて明日はチューリップが降ってくるかもな」

「茶化さないで!」

ルイカがいつになく真面目な表情をするので、ウェンも押し黙る。

「あの時、ナデシコ所属のエステバリスの戦闘、見てた?」

「あのピンクい奴か?チラッとは見たが・・・それがどうかしたのか」

「・・・・何となくよ?何となく感じたんだけど・・・・・・」

「何だよ、はっきりしろ」

いつものパートナーらしくない行動に、ウェンはいらつく。

いや、もしかしたらウェンにもルイカが何を言おうとしているのか薄々感づいたのかもしれない。

「あの戦い方・・・・隊長と同じに見えなかった?」

「そんな馬鹿なことあるかよ。もし隊長ならあの程度の無人兵器、一人で倒せるだろう」

「それは・・・!そうだけど・・・・、ほら、隊長って他人の自主性を大切にするじゃない。

 私達が出てきたから、任せてくれたとか・・・・」

「だッたらなんで通信開くかナデシコに聞くとかしなかったんだ」

「だって・・・・・・もし違っていたら・・・・・・・。ねえ、ウェンはどう思う?」

自分の言っている事にルイカは自信が無かった。

何処か迷っているような口調でウェンに話し掛ける。

「・・・・・・・・・・俺にゃ、難しいことは分かんねえよ」

「私だって分かんないよ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」



「あああああ!もう辛気くせえ!ほらルイカ、帰ったらエステバリスの無断

 使用でハゲに説教食らわなくちゃいけねえんだからな!今から暗くなってどうする!」

「な、何よ、憂さ晴らしに行こうって言ったのはあんたでしょ!?」

「さっさと帰るぞ!ハゲが三途の川から戻ってきちまう!」

「分〜かったわよ!!!」


ドウッ!


ブースターを嘶かせて、ウェンとルイカは基地への帰還ルートを取る。

その動作に一切の淀みは無く、二人が熟練のパイロットであることを伺わせた。













(もしも・・・もしも貴方が隊長なら・・・・・・生きていたんですか?)

















後書き

藍染児:何やら最後の部分でアキトの過去が容易に予想できますが・・・。
ミズキ:この裏には実はとんでもない事実が隠されてたりするんだけど、それはまた今度。
藍:今回の反省点は戦闘シーンが手抜きってとこか。
ミ:もうちょっと気合入れなさい。
藍:む〜、ちょっと手抜きかなとは思ったけど、これ以上は今は無理。
  激しい戦闘シーンなんてどんな風に書いたら良いのか分からん。
ミ:・・・・・・実力の無い奴はこれだから・・・・・・。

  
<プロフィール>

>ウェン・ミシュート
連合海軍極東方面軍所属のエステバリスパイロット。
女と見ればまず声を掛ける。
だが、本当のところはルイカにべたぼれらしい。
エステバリスの腕は一流。

>ルイカ・オールド
ウェンと同じ所属。
普段は生真面目タイプだが、一旦酒を飲み始めると
手が付けられないので彼女を知るものは絶対に酒を飲ませようとはしない。
極少量で酔う割にはどんなに飲んでも酔いつぶれるということを知らない。
いつもウェンが何かやらかす時はついつい付き合ってしまう。
エステバリスの腕は一流。
特に格闘戦が得意らしい。