終わり無き旅



第十二話「果たすべきもの」






「では、こちらに・・・」

連合軍の制服に身を包んだ男は、そう言ってジュン達を軍の通信室に通した。

「はあ・・・本当に会えるのか・・・」

ジュンは、夢虚ろながらもイスに腰をかける。

「何気の抜けた声だしてるのよ。そんなんじゃ成功するものもしないわよ」

対するムネタケは、この状況に臆している様子は無い。

いや、むしろ一種の貫禄さえ感じられる。

ナデシコがサセボドッグで生き埋めになりかけたときとは別人のようだった。

(それとも、こっちが本当の姿なのか?)

ジュンは、未だに隣に座るムネタケの変貌振りに戸惑っていた。

(僕は、本当にユリカの役に立てるのだろうか・・・・)






















「ナデシコ親善特使?」

ジュンは、目の前の男―――ムネタケが発した言葉を、もう一度自分で口にする。

「そ。手紙はもう読んだわよね」

「は、はあ・・・・・」

「こんな所で立ち話もなんだから、中に入って良いかしら?」

「は?あ、え、ええ・・・どうぞ・・・・」

ジュンは未だに状況が飲み込めない。

この男がトビウメにいることは問題無い。

自分もコウイチロウが着艦許可を出すところに一緒にいた。

だが、何故自分の部屋を訪れたのだろう。

ナデシコ親善特使と言っていた。

あの手紙のことだろうか。

確かにあの任務を遂行するなら役職名はそうなるかもしれない。やや大げさかもしれないが。

しかし何故この男がそのことを知っているのだろう。

ユリカが頼んだのだろうか。

いや、それは無い。

ナデシコに乗艦してからユリカと別れるまで、自分がユリカと一緒にいる時以外に

ユリカと二人っきりになるところなど・・・・・・・恐ろしくて想像も出来ない。

ましてやユリカは職務時間以外はあの男に付きっきりではなかったか。

何故。

どうして。

まったくもって謎だ。

「何してんのよ。入らないの」

いつのまにか、ムネタケは部屋の中のイスに腰を下ろしていた。

いぶかしんでる様子ではないので、自分が思考していた時間はそれほど長くはないのだろう。

「あ、すいません」

とりあえず、話を聞いてみないことには何も分からない。そう判断し、ジュンは部屋の中へと戻っていった。





「さて、まずは何処から話そうかしらね・・・・・といってもそんなに話すことは無いけど」

「あの・・・・まず、どうしてあなたがこの手紙の事を知っているんですか」

「そうね。まずはそこから話そうかしら。・・・といっても大した事じゃないわよ。

 艦長に任ぜられた。これだけで充分でしょ」

ムネタケは、ジュンがまず否定したところを押してきた。

「え、いや、でもいつ・・・・?」

「・・・あの艦長。なかなかの策略家ね。初めからこうなることを読んでいたみたいよ」

「え・・・・・?」

「こういうことよ。サセボドッグで盛大な祝砲を上げたナデシコは当然の事ながら連合軍に目をつけられる。

 そうなれば、ナデシコがどこかへ行ってしまう前に拿捕しようとするのは当然。

 なら、その任務を遂行するのは誰か?これは高い確率でミスマル提督よね。

 何しろ艦長が娘なんだから。親の説得の方が効果がある・・・・上の連中はこう考えたはずよ。

 そして、ミスマル提督の親ばか振りを考えれば無理矢理拿捕するような真似はせずに穏便に済ませようとするはず。

 交渉人として、艦長にあのプロスとか言う男、そしてあんた。

 艦長が信頼するあんたと、軍上層部に顔が利くあたしとでビッグバリア解除の根回しをしろってことよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃああの反逆は?副提督は軍側の人間ではないのですか!?」

興奮しているのか、語気が荒くなる。

「もちろん軍から極秘任務を受けたわ。で、板ばさみの結果ああいう作戦を取らざるを得なくなったわけ。

 部下には絶対に発砲するなって厳命しておいたからね。怪我人はいないわ」

「きょ、狂言だったんですか・・・・」

「そういうこと。この艦が基地につくまで後数十分。そしたら軍の通信使って連語軍総司令官と会談よ」

「連合軍総司令官ん!?」

「ミスマル提督はビッグバリアの解除には反対でしょうからトビウメの通信は使えないのよ。

 それに内容が内容だし、ホットラインを使いたいのよ」

「・・・・・・・」

あまり事実に声も出ない。

ユリカがそこまで計算していたとは。

幼馴染の自分に話さずにムネタケが知っているというのも意外だったが、隠し事が出来ない自分のことを

気遣ってのことかもしれない。


賢明でない読者もお気づきだろうが、これは全てアキトとミズキの算段である。

別にビッグバリアを放っておいても問題は無いのだが、月軌道防衛ラインの事を考えて念のため、ということと

ジュンにも多少役に立ってもらうためにこれで度胸をつけさせたいということらしい。

そもそも、戦術家としては優秀なユリカだが、知略謀略関係はてんで駄目だった。

あの前向き過ぎる性格も原因の一つだろう。

そのためにもプロスが乗っていたのだろうが、さすがに未来を知っているアキト達には敵わない。

わざわざユリカが仕組んだことにしたのは、その方がやる気が出るだろう、とコック兼パイロットの談。

とにかく、ジュンは騙されていることにも気付かず一人やる気を出していた。

よく考えればナデシコから通信すれば済むとかかなりの矛盾点があるのだが、そんなことにジュンは気付く様子も無かった。

(ユリカの為にユリカの為にユリカの為にユリカの為にユリカの為にユリカの為に・・・・・・・・)



真実を知る日はそう遠く無いだろう。


















『君達かね。ナデシコの使者というのは』

「はい。本当なら直接会えればよかったのですが、何しろ時間が無いものですから」

『それはちょうどいい。私も時間が無かったところだ。君達ナデシコについて臨時総会があるのでな』

総司令の言葉には、明らかに怒気が含まれていた。

人類滅亡の危機に何勝手に行動してんだテメエらっていうかなんだよその艦そんなもんあんだったらこっちよこせよああ!?

ってな気分だろう。

「・・・ほら」

ムネタケがとなりで呆けているジュンを肘で小突く。

「あ、はい。単刀直入に言います、総司令。ビックバリアを解いて欲しいのです」

『・・・・・・・・・・・・・・・・』

総司令の表情は変わらない。

だが額の血管がぴくぴく動いているのは気のせいでは無いだろう。

『君・・・・名前はなんて言ったかな』

「アオイジュン、です」

『そうか。で、君はビッグバリアがどのような役割を果たしているのか分かって言っているのかね』

「もちろんです」

こうなりゃ自棄だった。

今ならユリカの為に爆弾抱えて木星蜥蜴に突っ込んでと言われてもジュンは素直にそれを実行するだろう。

『ビッグバリアは木星蜥蜴に対する重要な防衛拠点だ。それをナデシコ一隻が通るために解除するなど・・・

 ふざけるのも大概にしたまえ』

「月艦隊への補給の為の一時警戒解除を早めると思えば・・・・」

『その一時警戒解除の為にどれだけの戦力が動いていると思っているんだ。話はそれで終わりか?なら――――』

「この交渉を蹴れば、あなたの立場も危うくなりますよ」


ピク


ジュンのその言葉に、総司令の動きが止まる。

『どういう・・・・・・・・ことだ』

「総司令の仰った通り、ビッグバリアは対木星蜥蜴の重要な防衛拠点です。そしてそれだけにもしそれをナデシコに

 無理矢理通過されるようなことがあれば・・・・貴方の責任問題になりかねない」

『・・・・・・・ナデシコは宇宙へ出られん。連合軍の総力を持って阻止する』

「スペック上、ナデシコはビッグバリアを破ることが可能です。そして戦力は・・・サセボドッグの件で

 お分かりいただけますよね」

『それは脅しか?』

「いいえ。ですが自分の言ったことに嘘偽りはありません」

『・・・・・・・・・・・・』

「・・・・・・・・・・・・」

二人の間に沈黙が流れる。



その沈黙を破ったのは、ジュンでも、総司令でも、ムネタケでもなかった。


『通して差し上げたらどうですか、総司令』

凛と通った、女性の声。

『なっ!』

『アオイジュンと言いましたか。ビッグバリア解除、応じましょう』

『何をいうんだ君は!自分が何を言っているのか分かっているのか!!!』

総司令が立ちあがり―――座っていたようだ―――ウィンドウ外にいるらしいその女性に怒鳴り声を上げる。

『分かっています。ですが彼の言うことは全て事実です。臨時総選挙なんて私は嫌ですよ』

『それはそうだが・・・ううむ・・・』

総司令は腕を組み、黙り込む。

連合軍総司令としてのプライドか、今の地位に居続けることか。

「あの・・・・貴方は一体・・・」

てっきり総司令一人だと思っていたジュンは、予想外の乱入者に驚きを隠せなかった。

『ああ。すいません・・・・・・・・これでどうですか?』

ウィンドウがもう一つ現れ・・・・フェアブロンドの髪に灰色の目の女性の顔が映し出される。

その、こちらの心を見透かしたかのようなその瞳にジュンは軽い悪寒を感じる。

『はじめまして。私は連合軍総司令官秘書、ライラック・オルム・ステインと申します。

 ライラ、とお呼びください』

「はあ、それではライラさん。本当に応じていただけるのですか?」

『ご不満ですか?』

「い、いえ!そんなことは・・・・・ただ、総司令は・・・」

『構いませんよ。貴方達の手前、即断できないだけですから』

『お、おいそんなこと私は――――――――』

『もちろんただでとは言いません。いくつか条件も出させてもらいます』

「内容によりますが・・・」

『総司令?』

ようやく平静を取り戻した総司令は、カメラ位置まで姿勢を戻す。

『あ、ああ・・・・。そうだな、こちらから出させてもらう条件はナデシコの目的、こちらが新たに選抜した軍人の乗艦、

 そして最後に連合軍との協力体制の確立といったところか』

(ナデシコの目的はともかく・・・軍人の乗艦となると僕一人じゃ決められないな・・・・。軍への協力は仕方ないか・・・)

迷うジュンを見かねたのか、最初に喋ったきり口を閉ざしていたムネタケが口を挟む。

「総司令。ナデシコの目的についてはお答え致しましょう。ですが軍人の乗艦、及び協力体制の確立についてはそこまでの権限を

 あたし達は与えられていません。いずれ、艦長が再び交渉を持ちかけると思いますのでその時にでも・・・」

ムネタケの提案に、何故か総司令とライラは警戒心を浮かべる。

『分かった。それで、ナデシコの目的とは一体なんだ?』

ムネタケはもったいぶるように総司令と、ライラを見つめる。

「ナデシコの目的は、火星です」

『火星?民間企業が博愛精神にでも目覚めたとでもいうのかね?』

「さて?少なくともあたしは火星に残された人々を救出する・・・・・そう聞いています」

『とてもじゃないが、信じられんな』

「もちろん、民間企業として何らかの利益を見込んでいるのでしょう。例えば・・・ナデシコ開発に関わる重要人物を

 救出する、とか」

『ほう?』

「あくまで例えですよ、例え。何にしろナデシコはそのクルーの大半を民間人に頼っています。従って人々を救出する

 という話も全部が全部嘘という訳でもないでしょう」

『するとムネタケ中佐はネルガルが真実を明かしていないにもかかわらず、それでもネルガルに協力するというわけですね』

ムネタケはネルガルを監視するために送られた派遣軍人でしかない。

その籍は今も連合軍に在り、一度反乱という形でナデシコを降りたムネタケにネルガルに協力する義理は無い。

ましてやネルガルがあからさまに何かを隠しているにもかかわらず、軍に戻らないというのはおかしな話だ。

先程総司令とライラがムネタケの発言に警戒を持ったのはこの所為だ。

最初の挨拶程度ならともかく、あの発言は今後もナデシコ側につくという意思表示に取られても仕方ない。

「いえいえとんでもありませんわ。あたしがネルガルのために何かするのはこの交渉までです。この交渉が終わり次第

 あたしは原隊に復帰させてもらいます」

『・・・そうですか』

『最後に一つ尋ねたい。ムネタケ中佐、君はナデシコが本当に火星から帰ってこられると思っているのか?

 あの、『処刑場』と呼ばれる火星から』

「・・・それは結果を見てみなければ分かりませんわ。それにナデシコがどうなろうとも総司令の懐には響かないでしょう?」

すると総司令は、この交渉で初めて笑った。

笑ったといっても、唇の端を歪めた程度だが。

『・・・・・・・そうだな』

その笑みに、一体どんな意味が含められていたのかは・・・ジュンには分からなかった。










「狸ですね」

「狸だな」

総司令とライラは、口をそろえて言う。

通信が切れ、しかし視線は今さっきまでそこに映っていたムネタケを射抜いている。

「ムネタケ・サダアキ。噂通りの男だな。アオイジュンはあいつの掌で踊っていたに過ぎない」

「本気でナデシコ側に回るつもりは無いのでしょうが・・・、どうにもきな臭い感じがします」

「ふん・・・・・・ライラ、ムネタケ中佐を徹底的に洗え。特に火星出向時のことは入念にな」

「承知致しました」

恭しく総司令に礼をすると、ライラはどこかへと通信を開く。

「ネルガル、か。さて、何を考えているんだか・・・」

総司令は気付いていなかった。ムネタケがネルガルの思惑など遥かに上回る範囲で動いていることに。

「木星蜥蜴、ネルガル・・・・やれやれ、今年もろくに休暇が取れそうに無いですね」

そんな総司令などお構いなしにライラは一人、同期の中で自分だけが結婚していない事実を思い、嘆息するのであった。

(給料を考えれば、辞められないんだけどね・・・)

臨時総選挙が嫌と言うのも、どうやら結構本気らしい。









これより数時間後、連合軍臨時総会儀が開かれる。

議題は、もちろん機動戦艦ナデシコ。









後書き

藍染児:ふう、ふう・・・・何とか書き上げたぞ・・・・。ふふっ、ざまあみやがれ。
ミズキ:わ〜たしにそんな言葉を吐くのはこの口かぁ?
藍:うげ!いつの間に!?
ミ:どうでもいいけど、最近ここ後書きじゃなくなってるわよ。
藍:う・・・・・・ま、いいか・・・・・・。

 

 

代理人の感想

 

一体火星で何があったんでしょうね、キノコ(笑)。(第十話の最後を参照のこと)

アキトも一体全体火星で何をしていたのか、はたまたアイちゃんやイネスさんはどうなるのか。

出発の時に出てきた二人だって怪しいし。

と、言うわけで謎解きを楽しみにしましょう(笑)。