終わり無き旅



第十五話「航海日誌 裏」








光の奔流が私の横をかすめていく。

それがラピッドライフルの弾が放つ炸薬の燃える光だと判断するのに、私の脳はあと一秒を要した。

―――――強い。

少なくとも昨日今日機動兵器に乗ったという感じではない。

明らかに戦闘訓練を受けている者の動きだった。



よく、IFSは直感で操作が可能だから操縦者のセンスがものを言う、と表現する人達が居るが

私はそうは思わない。特に機動兵器ではそうだ。

人間の形を模した形が多い機動兵器だが、その能力は当然のことながら人のそれを遥かに上回る。

しかしながら基本構造は人間なのだから、必然的に普段は注意を払わない方向―――上下後ろ方向への注意は散漫になる。

人は、外界の情報を得るための感覚の多くを視覚に頼っている。

ですが、機動兵器で視覚に一々頼るのは素人もいいとこ。

熟練した者はIFSをフルに活用し、五感の全てを使い敵を感知しなければならない。

・・・・・・・・・・・味覚も使うのかなんてつっこみはやめて欲しい。

とにかく、私が隊長だったら、そんなこともできない奴を宇宙に放り出したりはしない。

勝手に死ぬどころか、むしろ邪魔になりかねない。


テンカワアキトの敵を感知するという技能は、軍人として訓練を受けた私にも匹敵するものだった。

相手が素人でないというのなら、手加減をする理由など何処にもない。


ドウッ


私は一気にブーストをかけ、テンカワ機に近づいていった。











「ナデシコ・・・・ですか」

私は目の前の男が言った言葉をもう一度自分で反復する。

神話、山、星、生物・・・・・などなど、あらゆる固有名詞を持つものからその名を頂戴し戦艦等の兵器に冠し始めて幾星霜。

今の流行りはどうやら花の名前らしい。

するとナデシコも花の名前なのだろうと、私は一人納得する。そんな花見たことも無かったが。

今私は、連合軍所有の月面ドッグにある提督の執務室に居る。

たかだか伍長でしかない私には不釣合いな事この上ない場所だ。

「そうだ。機動戦艦ナデシコ。ネルガルが独自に開発、建造した最新鋭の戦艦だ。

 ディストーションフィールドとグラビティブラストを装備した、地球側で初めての戦艦でもある」

「あ〜、つまりその、俺達にそのナデシコに乗れっていう事ですか」

隣に立っている男、ジル・トリアンはその清潔感の無い髪を掻きながら月機動艦隊提督に尋ねる。

・・・・・・この男には提督を敬うとかいう気持ちはまったくないのでしょうか。

「つまりはそうだ。本来なら極東方面軍の士官が乗っていたらしいが何でも作戦に失敗したらしい。

 全く無様だな」

提督はそういって下品た笑みを浮かべる。

「それで、そのナデシコとやらの目的は何ですか」

「火星、だそうだ」




一瞬、世界が遠くなる。

何とか感情を理性で押さえ込むと、今の提督の言葉を頭で分析し始める。

ああ・・・・・分かった。

だから今私はここにいるのか。



私は部隊でも嫌われ者だ。

自分の態度が相手にとって不満を抱かせることは理解していたが、この性格を変えるつもりは今のところ予定していない。

なまじ実力があるだけに、周りの者も私の事は必要がない限り避ける。

隣のジルはそんな私に話し掛ける数少ない人物だ。

と言っても、こいつは誰にでも話し掛けるので私に特別感情を抱いているわけではない。

必要以上に馴れ馴れしく、不真面目な職務態度のジルもまた、部隊では嫌われ者の一人だった。

なんでこんな奴が少佐なのか私は疑問でならないが、こういう奴に限って上の憶えは良いのかもしれない。



要するに、体のいい厄介払いなのだろう。

最新鋭の戦艦だかなんだか知らないが、たった一隻であの火星に向かうなど気が触れているとしか思えない。

帰還率は限りなくゼロに近く、利益も少ない。

となれば、必然的に選択される人物は決まるというものだ。










(だからって、死んでたまるもんですか!)

私はテンカワの真下に回り込む。

間を空けずにラピッドライフルで狙い撃ちする。


ダダダダダダッ!!!


最初の数発はディストーションフィールドに阻まれる。

―――――実に羨ましい。

こんな物がもっと早く搭載されていれば、戦況はがらりと変わっていただろう。


残りの数発が、ディストーションフィールドを貫くと思われたその時、テンカワは上方へと引く。

すかさず間を詰める。

するとテンカワは急転換し、相対速度を利用して、今度は私が真下に潜りこまれた。

(ちぃっ!)

ここで止まれば格好の的だ。私は右下方に大きな弧を描きながらテンカワの攻撃を避けようとした。

だが、テンカワもそんな回避行動には惑わされること無く、正確に私の機体に当ててくる。


ズガガガガガッ!!!


フィールド出力低下の文字が、手前に映し出される。

うっとおしいその表示を、一睨みで―――実際にはIFSで―――消す。

その一瞬で戦況は変わり、テンカワと正面で対峙する。

時間の感覚が薄れていく。


一秒。


二秒。


三秒。


いや、まだ一秒も過ぎていないのだろうか。

時間の感覚が狂っている。

全ての鼓動がゆっくりと感じられる。

苦しい。

今の私の感情を素直に表せばこうだ。

そう、苦しい。

シミュレーションでしかないはずのこの模擬戦闘で、私はテンカワの気圧に押されている。

実戦のような・・・いや、相手が無人兵器の方が幾分気が楽かもしれない。

私はその緊迫感に耐えかねて、機体をテンカワの方向へと突っ込ませる。

別に作戦があったわけでもない。ただ闇雲に突っ込んだだけ。

しかしながら、実戦でどうしようもなくなった時、どうせ駄目なら何かしてみるというのも

立派な戦術の一つだ。

イミディエットナイフを抜き、横なぎに切りつける。

ディストーションフィールドが相互干渉を引き起こし、放電するが、私は構わずナイフを前に出す。

よく見れば、テンカワも同じようにナイフを横なぎに構えていた。


バアンッ!!


ナイフを振りぬくと、私はテンカワの方へと向きを変え、テンカワもこちらを向く。

私は右に回りこんでナイフをしまって、ラピッドライフルで弾をばら撒く。

テンカワは左に回りこみ、私と同じくラピッドライフルの弾をばら撒く。

私はテンカワに近づく。

するとテンカワも私に近づいてくる。

(・・・・・・・)

急制動をかけ、上方に回りこみ動きを止める。

戦場なら死に繋がる愚かな行為だろう。

・・・テンカワは下方に移動し、動きを止めた。

(・・・・・・・)

ここまでくればさすがに気付く。

イミディエットナイフを抜いたあたりから、テンカワは私の動きを真似ている。

はっきり言って不愉快だ。

私はやや曲線ぎみにテンカワに近づく。

途中で複雑に向きを変えながらラピッドライフルを放つ。








また・・・まただ。

テンカワはほぼ正確に私の動きをトレースしている。

若干の誤差は在るものの、私の動きを一瞬で読み取るその洞察力は驚愕を通り越して

私の心にどす黒いものを沸き立たせる。


私は私の経験に基づいて操縦している。

その動きをいとも簡単に真似されるなど、私のプライドが許さない。

が―――――――


「この動きまで・・・・・真似してくれますか!貴方は!!!」

テンカワ機の死角をつき、さらにフェイントを混ぜた移動からの射撃。

常人が真似できるようなものではない。

もう問答無用だった。

避けることなど何も考えずに、ただテンカワ機へとナイフを構えて突っ込んだ。

屈辱だった。

こんな男に真似されるなど!

「ああああああああああああああああ!!!」

気が付けば、私は叫んでいた。

既に、シミュレーションだとか実力を測るとかそういった事は私の思考に含まれていなかった。

あるのは、ただ目の前の『敵』を殲滅する事だけ。







ズガアアアアアアアアアアアン!



私とテンカワの機体が正面衝突し、互いのナイフが互いの機体に突き刺さる。


バチ・・・・バチバチッ!!!

スパークが発生して、そのすぐあとにテンカワの機体が爆発した。










「ぜえ・・・・・ぜえ・・・・・・・ぜえ・・・・・」

目の前に『シミュレーション終了 お疲れ様』の文字が見える。

タイマーを見ると、私は三分弱しか戦っていなかったらしい。

「ぜえ・・・・・ぜえ・・・・・」

額の汗を、腕でぬぐう。

予想以上に汗をかいていたらしい。

時間の経過と供に、頭が冷えてくる。

そしてそれに反比例するかのように私の中の感情が沸き立つ。

勝因は明白だった。

テンカワが始める前に言っていた。

俺の機体はカスタムしてあるから通常よりフィールド出力が低い、と。

なんてことはない。

機体の差で勝ったのだ。私は。


バシュッ


シミュレーションの上部を覆うカバーが、エアの抜ける音と供に開く。

人工の光が差し込み、一瞬私の虹彩が収縮する。

人工灯であるはずのその光に、私はこんなに明るかったかと疑問を持つ。

まあ、それだけ私は集中していたらしい。

その光に目が慣れると、私はすぐにここを抜け出してテンカワに掴みかかる。

「・・・・・・なんですか、今の戦いは」

「俺なりに、精一杯やったつもりだが」

私に掴みかかられても、テンカワはまるで動じた様子が無い。

「ふざけているのですか!!!」

「ふざけてはいない。今の戦闘が気に入らないというのなら何度でも受けるが?」

「・・・・・・・・っ!!!!」

(この男は!!!)


私は掴んでいた服を突き放す。

「おっと・・・」

テンカワは危なげなくバランスを整え、こちらを見据える。

「つまらないプライドにしがみつくくらいなら、いっそのこと捨てた方が良い。

 『死ぬ』つもりはないんだろう?」

「大きなお世話です!!!!」

私はエアロックの自動ドアが開く早ささえイラつき、わざと大きな足音を立ててシミュレーションルームを出た。




(気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない!!!)

時が経てば経つほど、先ほどの戦闘が私の怒りを無尽蔵に増幅させていく。

目の前を三人の男女が歩いている。

内一人は私も知る人物、ジル・トリアン。

相変わらず飄々とした顔で私に話し掛けてくる。

「ありゃ、もう終わったのか。結果はどうだったんだい?いっちゃん・・・・・って聞くまでもない様だけど」

ジルは今の私の機嫌を逆なでするようなセリフをはく。

三人の前まで近づくと、私は壁にやつあたりをする。


ガンッ!


壁を拳で殴る。

当然拳には痛みが走る、が、そんなことを気にする余裕は私には無かった。

むしろこの怒りを紛らわせてくれるなら、痛みだろうと大歓迎だ。

「どうしたんだいっちゃん。負けたのは残念だが何もそこまで・・・」

「・・・・・・・いいえ。勝負は私が勝ちました」

ジルが予想通りの言葉を掛けてくる。

今の私の表情がどんなものか知らないが、余程酷いのだろう。

目の前の、そばかすの女がこっちを見て怯えている。

私は吐き捨てるように言葉を続ける。

「ですが・・・・・・ですがあんな屈辱的な『勝たされ方』をされたのは初めてです・・・・っ!!!!」

「な、何だか知らんがとにかく勝ったんだろう。ならそれで――――」

ジルの言葉を最後まで聞くことなく、私はジルを睨みつける。

その続きを言ったら、ただじゃおかない――――!

「よく・・・ありませんっ・・・!私にあんな侮辱をしたことはあとで必ず後悔させます。必ず・・・!!!」

そばかすの女を押しのけて、私は再び歩き出す。

「何なんだありゃ?」

「「さあ」」

後ろで三人が何かを言っていたが、私の頭の中はテンカワに対する憎悪でいっぱいだった。



―――――気に入らない。







何処をどう歩いたか、怒りで我を忘れていた私はよく覚えていなかったが、どうにか自分の部屋に辿り着いていた。

割り当てられた部屋に入るのはこれが最初ではあるが、コミュニケの恩恵だ。

私はベッドの上に身を投げる。


ドサッ

福利厚生を謳うネルガルらしく、ベッドは軍ほど悪くはない。

静まり返る部屋に、私の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。

先程の戦闘が、頭の中で何度も何度も繰り返される。

勝ったのに、こんな悔しい思いをしたのは始めてだった。

あれは、明らかに『格下の相手との戦い方』だった。

腕には、多少なりとも自信はあった。

部隊で最強、という訳ではなかったが、エースと呼ばれる人をてこずらせるぐらいには強かったはずだ。

なのに・・・・・・。



「結局・・・・私が弱いだけじゃない・・・・・」

じわりと、拳の傷が痛む。

このくらいなら放っておいても平気だろう。

(テンカワに怒鳴りつけて・・・・結局、私は何も変われていない)

「次は・・・・負けない・・・・」

瞼が重くなっていく。

シミュレーションながら、相当に疲労したらしい。

せめてシャワーを浴びたかったが、体が石のように重く感じられ、そこまで歩くのも億劫になっていた。

眠い・・・・・・・・。

意識が混濁してくる。

テンカワの機体が爆発に包まれる姿が頭に浮かんだ次の瞬間には、私は深い眠りへと引きずり込まれていた。


















目の前に、見覚えのある景色が広がる。

これは、そう。あの時だ。



と、すれば夢なのだろう。

夢だから、止められない。

夢だから、仕方がない。

夢、なのだから・・・。


私はあまりに無力だった。

私一人ではどうしようもなかった。

私は・・・・・・。


目の前が、光で埋め尽くされる。

―――何故。

私は叫んだ。

―――嫌。

叫んで、叫んで、喉が潰れそうなぐらい。

―――分からない。

轟音に掻き消されぬよう。

―――これは、既に起こった事。

目の前の現実が夢であるよう。

―――夢であれば、どんなに良かっただろう。

光が消える。

―――代わりに地獄が見えてくる。

あとに残っている物は―――――――――














意識が一気に覚醒する。

見知らぬ、違う意味では見なれた、戦艦の天井。

「また・・・・・・この夢・・・・・・・・」

ベッドから体を起こす。

どのくらい寝たのかは知らないが、シミュレーションの疲れは取れているようだった。

もともと精神的なものが大きかったのだろう。

今の嫌な夢のおかげで、多少は和らぐ。

毒は毒を持って制すというか・・・夢の方に関しては多少心構えがあるから、足して二で割ればちょうど良い。

それほど長い時間寝ていたわけでもないだろう、と感覚で見切りをつけ、時計を探す。

ぼ〜っと周りを見渡すが、目的のものが見つからない。

頭に血が回っていないのか、少し眩暈がする。

・・・・・・そういえば、私はここに配属されたばかりなのだから、愛用していた壁掛け時計などある筈もない。


私は、その壁掛け時計を非常に気に入っていた。

デジタルなどではない、正真正銘の機械式壁掛け時計だ。

市に出ていた物を、たまたま暇つぶしに来ていた私が見つけ、一目見て気に入ってしまい、

次の瞬間には、その時計を出品していた中年の男性と商談していた。

今時、クォーツ式だってアンティークの部類だが、その更に昔に起源を持つ機械式のその時計は、博物館や辞書などでしか

お目にかかる事が出来ない貴重品だ。

私と話す数少ない知人は時計を見てこう言った。

―――物好き。

そう言われても仕方がない。

確かに、私以外で機械式の時計を使っているものなど皆無に等しい。

それでも私はその時計が好きだった。

理由を聞かれても分からない。

ただ・・・・強いて言うなら、強さに惹かれたのだろうか。

現在主流の時計というのは、それ単体では意味を成さない。

というのも、宇宙にまで人類が進出してきている以上、時差、というのは避けて通れない問題があったからだ。

週末に遠出する感覚で地球の裏側まで出かけてしまうような時代に、行く先々で時刻を再設定しなければいけないのは

面倒の一言に尽きる。

もちろん、太陽系標準時というものは存在する。

しかし、そんなものを使用しているのは軍か天文学者くらいなもので、今もなお多くの人間にとってお昼というのは

太陽が高く上る十二時であった。

ではどうすれば良いかというのは至極簡単であり、時計をただの情報端末に変えればいいだけの話だった。

常にその地域の正確な時刻を電波で発信し、常に時計はその情報を受け取りつづけ、常に表示しつづける。

電波の速さというものは、感覚的には分かりにくいかもしれないが、光と同じ速さだ。

可視光線も電波の一種ではあるのだから当然といえば当然だが、詳しく説明するのは面倒なので割愛する。

ともかく、それだけの速さで駆け巡る電波で誤差が出るはずも無く、現行の時計というものは

数十年前からデザインの変更以外これといった進化をしていない。

・・・話を元に戻すと、私は何にも頼らずただ己の力のみで時を刻みつづける時計に強さを感じた。

確かに壊れやすいかもしれないし、重いし、何より時計としては致命的とも言える、時刻がずれるということもしばしばある。

しかし、機械式時計は刻みつづける。

秒針と、長針と、短針を動かすための命の源を授けられたその瞬間から、その時計は世界から独立する。

自分だけの時を刻みつづけ、自分だけの速度で進みつづける。



その強さは、私には無いものだった。

憧れ、とも言えるかもしれない。

時計に憧れるなど、古今東西聞いた事のない話だ。

自分でも馬鹿だと理解できる、が納得はしたくない。

少なくとも私の時計に自分で満足している。それだけで充分だ。



無機質にデータを表示しつづけるコミュニケで時刻を確認すると、ご飯を食べる時間としてはやや遅目の夕食時を過ぎながらも

夜食と呼ぶにはまだ早い。まあそんな時間だった。

当然、こんな例えをするのだから私の胃袋は仕事をくれと先程から泣き叫んでいる。

どうか人前ではやめて欲しい。

胃袋の職業的充実感のためにも、私は食堂へと向かうことにした。









「ホント、福利厚生万歳だわ・・・・・」

ナデシコ食堂は、今まで私が見てきたどんな軍艦の食堂よりも立派なものだった。

空気に乗って流れてくる香りも、メニューの質の違さを物語っていた。

夕食時から外れていたおかげか、人はまばらにしか居なかった。

私はカウンター席に座ると、中で皿洗いをしているコックに話し掛ける。

どういう訳か、ウェイターらしき人物は見当たらなかった。

「ねえ、コックさん!ここにはどんなメニューがあるの?」

「え?大概の物は作れますよ・・・・って、お客さん、見ない顔ですね。新しく入ったって言う軍人さんですか?」

見た目に若い、けれど、落ち着いた雰囲気は私よりも年上に感じる。

こういう人が、あと十年ぐらい経った時に年齢不詳とか言われるのだろう。

「何でも?・・・・・まあ、何か適当に作ってくれる。私、基本的に好き嫌いないから」

「それじゃあ、俺の作ったラーメンでも食べるかい?」

奥の倉庫らしき場所から出てきたのは・・・・ついさっき私と勝負していたテンカワアキトだった。

(そういえば、コック兼パイロットとか言ってたっけ・・・・)

「ああ、アキトさん。調味料のチェック、もう終わったんですか」

失敗した。

こんな奴と顔を合わせなくちゃならないなんて。

「貴方のラーメン?食べられるの」

「味は私が保証しますよ」

せっかくの嫌味も、女コックに打ち落とされる。

「・・・・じゃあ、それにするわ」

こんな男の作った料理、本来なら食べたくなかったが、話の流れはそうとしか頼ませてくれそうになかった。

それに、料理には罪はない。

「ラーメン一つね。すぐつくるよ」

「じゃあアキトさん。私はホウメイさんのところに行ってきますね」

「ああ。こっちの方はもう大丈夫だと伝えておいてくれ」

「はい」

その会話の意味は分からなかったが、すぐにテンカワは野菜を包丁で刻んだり、麺を茹でたりとせわしなく動きはじめる。

私は基本的に食べられればいい主義なので味にはさほどこだわらないが、もちろん美味しい方がいいに決まっていいる。

不味いラーメンを出されたら問答無用に文句を言うつもりだ。


待つことしばし。

「はい、テンカワラーメン一つ、お待ちどう様。熱いから気をつけてくれ」

私の前に、湯気立ったラーメンが置かれる。

醤油の香りが鼻腔をくすぐる。

空腹の腹も手伝って、私はすぐに麺を口に運ぶ。



悔しいけど・・・さすがにこれで食っていっているだけのことはある。

文句のつけようがない。

空腹だった所為か、すぐにラーメンを平らげてしまった。

「・・・・・ご馳走様。美味しかったわ」

「そうか。それはよかった」

テンカワは、先程とは違って柔らかい笑顔を私に見せる。

その人懐っこそうな笑みからは、とてもあのエステバリスの操縦をしていた者には思えない。

「絶対に詐欺よね・・・・」

「何か言ったか?」

テンカワは私が食べ終えたラーメンのどんぶりをすぐに洗い始める。

「その・・・・・・まあ、うん・・・・・」

「?」

どうにも私の中で、上手く言葉がまとまらない。


キュッ、キュッ


洗物がどんぶり一つなので、すぐに終わってしまった。

タオルで拭く音が、私が入った時より人が更に少なくなった食堂に響く。

「その手・・・どうしたんだ?」

言われて、私は自分が怪我している事を思い出す。

「貴方には関係ありません」

テンカワの質問に私は即答する。

「ちょっと待ってろ」

そう言いながら、テンカワは一旦しゃがみ、すぐにカウンターを回って私の側へ寄って来る。

差し出す手は、おそらく怪我を見せろといっているのだろう。

「必要ありません」

「・・・・・・」

「あっ」

テンカワは強引に私の手を取り、逆の手に持っていた止血スプレーを噴き掛ける。

さっき、しゃがんだ時に取ったものだろう。

プシュッという音と共に、スプレーの無臭が微かに漂う。

噴きかけた薬品は、極薄の膜を形成し、エアフィルターとなる。

「何、勝手なことしてるんですか。私は頼んでいません」

「そうだな。なら、怪我から雑菌が入ってイツキさんが風邪にでもなったら周りが迷惑する、というのはどうだ?

 閉鎖された空間で雑菌やウィルスが繁殖する事がどれだけ危険な事か知っているだろう?

 生き残る確率を少しでも高めたいといっていたな。なら、怪我の治療はすべきだ」

「・・・・・・・・・だったら、礼は言いません」

「ああ」

テンカワは再びカウンターの中へと入る。

「ところで・・・・イツキさんは何を焦っているんだ」

「何を根拠に、そう断言するんですか」

「瞳、だな」

「・・・・・・焦ってなんか、いませんよ」

「・・・・・・・ふう・・・・。あれぐらいじゃ変わらないか・・・・」

「?」

その言葉に、私は疑問を感じてテンカワの方を向く。

何が言いたいのだろう?

「さっきは済まなかったな。気を悪くしただろう」

「・・・・今更謝りますか?」

再び、憎しみの感情を込めてテンカワを睨む。

どのような意図があったにせよ、私のプライドが傷ついた事に変わりはない。

「いいや。俺の事は許してくれなくて構わない。ただな・・・・」

「ただ?」

「愛だろうと友情だろうと憎しみだろうと・・・・強い感情はただそれだけで生きる糧になる。

 これは、知人の受け売りだ。

 イツキさんは俺から見て、いかにも死にたそうな目をしていたんでな。

 たとえ俺を憎む形になったとしてもそれでイツキさんが生きる目的を得られるのなら、それでも構わないと思っていた。

 だが、イツキさん自身が言うように焦っていないと言うのなら・・・・杞憂だったか?」

「・・・・強者の言い分ですね。貴方はいつもそうやって高いところから他人を見下しているのですか?

 他人を助けて満足ですか?嬉しいですか?そんなお節介、いつ誰が必要だと言いました?

 そんなもの・・・・・そんなもの私には必要無いんですっ!!!!」

テンカワが口を開くより早く、私は荒々しく席を立つ。

「貴方のことは気に入りませんが、貴方のラーメンの美味しさとエステバリスの操縦の腕は認めます。

 言いたいことはそれだけです。ご馳走様」

早口にそう言うと、私はさっさと食堂を出た。












(はあ・・・何してるんだろ、私・・・)

テンカワの腕は本物だ。

ならば、感情論を別としても職務上では協力する意を伝えたかったはずなのに・・・。

あの状況であのような言い方をしたら、ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

(私が・・・・・死にたそうな目をしてる・・・・・・?

 ・・・・・まったく・・・・私自身気付いていなかった事をよくもまあ・・・・・)

テンカワの言葉を聞いた時、私は核心を突かれたようについかっとなった。

自分自身その辺りの事はよく分かっていない。

今の私に・・・・生きる目的など無いに等しい・・・・・かもしれない。

(確かに・・・・私は戦闘で死に対する恐怖を持ってなかった・・・・・。

 それが、他のパイロットとの実力の差だったってこと・・・・・?)

情けない。

テンカワに言われて、初めてその事に気付くなんて・・・・。

複雑な思いを抱きつつ食堂を出た私は、そのまま格納庫へと向かった。

予定通りなら、そろそろ私の機体が搬入されている頃だ。

テンカワの言葉に心乱していた私だったが、ポーカーフェイスは得意な方なので動揺が他人に悟られる事は無いだろう。

「よう!イツキさんじゃねえか」

格納庫に入ってすぐ、メガネをかけ、ツナギを着た男が話しかけてくる。

「貴方は?」

一度見かけた気もするが、名前は聞いていないはず。

「そういや俺自己紹介はしてなかったな。整備班長のウリバタケセイヤだ。

 まあこれから長い付き合いになるだろうからな。よろしくな」

「ええ、よろしく。ところで、私のエステバリスはもう来てるの?」

「ああ。ちょっと見させてもらったが、ずいぶんごちゃごちゃとチューンしてるんだな」

セイヤさんが言う通り、私のエステはかなりチューンを施しているために、外見はともかく中身は

ノーマルエステの影すら無くなっている。

「ただ、ハードに無理させてる所為か、ソフトの方が追いついていないみてえだな。

 こっちでもいろいろ変えさせてもらうが構わないな?」

「ええ。性能を落とさなければ何してもいいです」

「そうか。ならちょっとこっちに来てくれ。見ていていろいろ案が浮かんだんでな」

セイヤさんは、どうやら結構腕がよさそうだ。

あれだけチューンした機体を少し見ただけですぐにアイディアを思いつくなんて。





「・・・・この黒色のエステは誰のですか?少し、他のとは違うようですが」

セイヤさんの説明を受け、ほとんどの案にOKを出すと、私は隣にあるエステのことを尋ねる。

どことなく、今までのエステとは違った雰囲気を持つように感じられる。

実際、脚部を始めとして見た目にも仕様が違うのがわかる。

「ああ、そいつはテンカワのだ。何でも注文した数が足りなくて、新型のテスト機を回してきたらしい。

 本来ならテスト機ってのは不安定なのが相場なんだが、その機体はテスト機の割には安定性があるんで

 そのままテンカワの専用機にしちまったって訳だ」

「これが・・・・」

 あのテンカワが乗る機体・・・。

「詳しいことが聞きたいんなら、専属メカニックがいるからそいつに聞いてくれ。

 ミズキは何処にいたっけかな・・・」

「呼んだ?」

「うおっ!」

セイヤさんが突然叫んだので、私はそちらに振り向く。

するとそこには、真っ黒いツナギに身を包んだ女性が立っていた。

人の趣味にとやかく言うつもりはないが・・・制服とツナギが微妙にマッチしていないのは愛嬌なのだろうか。

「全く人を驚かせるなよ・・・」

「まあまあ、軽い茶目っ気じゃないですか。で、なにか用?」

「ん。新しく入ったパイロットがテンカワのエステに興味があるらしい」

「始めまして、カザマイツキです」

「始めまして、イツキちゃん。副整備班長のタチバナミズキよ」

イツキちゃん・・・。

ジルのいっちゃんもそうですが、この歳でちゃん付けはやめて欲しいものです。

「あの・・・・せめてさん付けにしてくれませんか」

ややきつめの語調でミズキさんに言う。

大抵の人ならこれで通るのだけど・・・。

「や」

「・・・・・何故です」

「そう決めたから」

「・・・・・・・・・・・・分かりました。好きに呼んでください」

いっちゃんよりはマシだから。

「で、何が聞きたいの」

「えっと・・・・フィールド出力を下げてあるって本当ですか」

「ああ、それ。うんホントよ。その分機動力を上げているの」

どうやら、テンカワの言っていたことは本当らしい。

しかし、機動力を上げたのなら私より速く動けたはず。

やっぱり気に入らない。

「まあ他にもいじってあるけどね。にしてもどこでそんなこと知ったの」

「テンカワが言っていました」

「ああ・・・・そういえば勝負したんだっけ。アキトも”えげつない戦い方”するわねえ・・・」

「まったくです」

この時の私は気付いていなかった。

何故、妨害されていたはずのシミュレーションの彼女が知っていたのか。

テンカワに対する気持ちが先行しすぎて、ミズキさんとの会話の中に含まれている矛盾が隠れてしまっていた。

もっとも、外でそんな事があったなど私には知る由もない。

「それにしても、フィールド出力を下げてしまって大丈夫なんですか。私達はともかくナデシコでは

 パイロットは貴重な人材でしょう」

「ああ、前はこれでやってたから」

「前?」

「ん〜ん、何でも無い。それより、私達はいつまで月に居なくちゃならないの?」

「それでしたら確か、あと三人到着するまでだとか・・・」

「あと三人?ナデシコに乗るのは、お前さん達だけじゃなかったのか?

 それとも、サツキミドリで乗る予定だったヤツラか?」

ミズキさんとの会話にセイヤさんが入ってくる。

やはり、これからの自分達の予定は気になるものらしい。

「ええ。ゼロG戦フレームに欠陥が見つかったらしくて、月のラインに修理しに行ったらしいです。

 幸い重要な欠陥ではないそうですから、半日程度で終わるそうですけどね」

「は〜ん・・・。なら、もうすぐにでも着きそうだな」


「班長!副班長!ちょっと来てください!」

「おう!今行く!・・・・・それじゃあな、イツキさん」

「じゃね。イ・ツ・キ・ちゃん♪」

この人・・・絶対わざと言っていますね。










ドサッ

今日二回目になる、ダイブインベッド。

さっき軽く仮眠を取った所為か、あまり眠くはない。



少し落ち着いたところで、私は今の状況を整理してみることにした。

なにしろ、提督にこのナデシコに乗るよう命令を受けてからこっち、慌しかったためろくに考える時間もなかった。

(・・・まず、ND−001機動戦艦ナデシコ。

 まあ、名前なんてどうでもいいですけど。

 ディストーションフィールドとグラビティーブラスト、さらに相転移エンジンを搭載した

 地球圏では、間違い無く最強の戦艦。

 なぜ、ネルガルはこれほどの戦艦を火星になんて向かわせようとしているのでしょう?

 確かにこの戦艦は凄い。ビデオライブラリで見たサセボドッグ出撃の際の戦闘。

 数こそ少ないものの、数百体はいた木星蜥蜴を一瞬で葬り去った。

 人命救助、というのが目的だという話ですけど・・・・。

 だから火星に向かわせる?

 そこまでするメリットは一体何?

 ネルガルが人命救助の為にこんな戦艦一隻用意するとはとてもじゃないですけど思えません。

 ・・・やはり現時点では情報が少なすぎます。どうにも推測しようがないですね。

 ただ、火星に向かう。これだけは確実。

 でも・・・・・・今更私が火星に行って何になるというの?

 戦う意味を失った狼が、その牙で一体何を狩るというの?

 私は・・・・・・・・何がしたいんだろう・・・・・・・・・・)



 

ちょうどその時だった。

木星蜥蜴の接近を知らせる艦内放送が流れたのは。





後書き

藍染児:アキト、またイツキとのコミュニケーションに失敗しました十五話です。
ミズキ:な〜にやってんだか・・・・。
藍:ついでに私も一人称に失敗。てへ。
ミ:あんたがそれやると目の毒通り越して公害にしかならないから止めなさい。
藍:難しいなぁ一人称。やっぱエセ三人称の方が楽だ〜。
ミ:根性無いわね作者?一度こうと決めたらそれで突っ走りなさい。優柔不断はみっともないわよ。
藍:う、うるさいな・・・・。これでも結構苦労してるんだぞ・・・。
ミ:例えば?
藍:ミズキの性格どんなんだったけかなとか、口調どんなんだったかなとか、影薄くなってきたけどまあいっかとか。
ミ:つまり私に喧嘩を売っていると。
藍:うんそう・・・って、はっ!?しまったぁ!!!つい本音が!
ミ:分かったわ。久しぶりに思い出させてあげる・・・・・・・フフフフフフフ。
藍:ああ!それは第二話で出てきた暴走!?そ、それは反則だと――――

ゴキ

藍:首が!首が!?首がアアアアアアアア!!!ぐへっ。
ミ:ふ・・・・・もうこんな設定読者も忘れてるわよね・・・・・。

 

 

代理人の感想

コミュニケーション・・・・取る気があるんですか(爆)?

食堂ではまだしも、シミュレーションの行動は

喧嘩を売ってる様にしか見えないんですけど(笑)。