「つまり…………………こういうことだ。
やつらがなぜわざわざ破棄されたコロニーにチューリップを置いておくのか。
それは、このコロニーが一種の防衛ラインとしての働きを持っているからだ。
もし地球連合が木星蜥蜴への反抗に打って出た場合、これだけ巨大なコロニーを無視するはずがない。
何かしらの処置は取るだろう、とそれを逆手にとって」
「…………………………トラップ」
「これまで封鎖されていた箇所を見てみると、どれも………………このチューリップがある
巨大なスペースに通ずる手前で塞がれている。このエリアをぐるっと一周する様な形で。
要は俺達を逃げさせたくないんだ。つまり、俺たちが今いるエリアの入り口から最も遠い通路。
Ｂ２−４７が通れる可能性が最も高いってわけだ」
「しかし………確かにナデシコは探査艇ではありませんから本格的なレーダーは搭載されていませんが
それでも、内部にトラップが仕掛けてあれば気付くはずです」
「その『本格的でない』ところがポイントなんだ。木を隠すなら森の中。
…………………………ならその森がないとき、どうする？」
「…………………別の隠れ場所を探す」
「いいや。作るのさ、その森を自分達でな」
「まさか…………………………………………！」
終わり無き旅
第十九話「窮鼠たる者の声を聞け」
最初はレーダーの故障かと考えた。
レーダーは三百六十度全てに反応。
ジャミングだろうか？
しかし、すぐにその推測が圧倒的に間違っていることを知らされる。
ヴォン………
それがきっかけのように、次々と鈍く赤い光が周り中に広がり始める。
それは、巨大な空間の隅々まで埋め尽くし、今まで視認することができなかった“それら”を浮き彫りにした。
巨大な空間の壁をびっしりと隙間なく埋め尽くす…………………木星蜥蜴。
その尋常でない数を目の前に、イツキの脳は何よりもまず自分の預かる部下達への警告を発した。
「「逃げろ！」」
どうやらアキトも同様のことを考えていたらしいが、とにかくそれだけで精一杯だった。
次の瞬間にはリョーコたちとイツキ達の間は、爆発によって生まれた膨大な瓦礫が埋め尽くす。
（閉じ込められた！？）
思考は状況に追いついてはいなかったが、体は襲い来るバッタやジョロに的確に対応していた。
すなわち、地獄の始まり。
ズガガガガガガガガガガアアアアアアアアアアアアアアアア！！！！！！
ミサイルの雨は文字通り避けることさえかなわず、イツキのディストーションフィールドの出力を容易く削っていく。
「ちぃっ！！！」
もはや狙いを定める必要もなかった。
どこを向いても敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵！
ダダダダダダッ！
特攻をかけてきたジョロに向かってイツキはラピットライフルの一撃を見舞う。
外れた弾もその後方にいた敵についでに当たった。
「テンカワッ！聞こえてますか！！！」
「ああ！やはり俺達を生きてここから出す気は無いらしい！」
ノイズ交じりの酷い声だった。
けれども、内容が決して希望的観測を抱かせるには程遠いものであることくらい言葉を交わす前から分かっていたことだった。
ラピッドライフルは止まることなく打ち続ける。
襲い来るバッタを体当たりで弾き飛ばすとそのとばっちりを受けて数機の木星蜥蜴も撃沈する。
（こいつら………自分達の身を守るとかそういう考えはないんですか！？）
あまりの数の多さに味方の攻撃で自滅している。
しかしそれでも猛攻は止む気配を全く見せず、目の前には異常を知らせるレッドシグナルが引っ切り無しに点灯していた。
ドゴオオオオオオオオ！！！！
ズガァッ！
「しまった！！！」
気付いたときには既にエステの右腕が根元からもぎ取られた後だった。
ラピッドライフルも同時に失い、否応無しにイミディエットナイフでの戦闘を強いられる。
拾う暇も、探す気も無かった。どうせ、今頃はその辺りで鉄屑へと変わり果てていることだろう。
一方のアキトもこの状況には苦戦していた。
「数が多すぎる……………があっ！！」
ほんの僅か前方に気を集中した瞬間、背後から大量のミサイルがアキトのエステに降り注ぐ。
「イツキッ！どこだ！！！」
レーダーすら敵個体反応で埋め尽くされ味方機が判別できない。
だがそれはイツキも同じ状況だった。
「近くですっ！」
チュドドドドドドドドドドドォォォォォォォォォォ！！！
ガキンッ
「弾切れかっ！？」
すぐさまアキトはラピッドライフルを近くにいたジョロに適当に投げ付け、イミディエットナイフを装着する。
しかし狙ってナイフで攻撃はせずひたすらに格闘戦で敵を蹴散らす。
ズガッ！バキィンッ！！！
一瞬の金属音がナイフの折れた音だということに気付くと、刺したジョロを集団で突っ込んできたバッタに放り投げる。
バッタとジョロのカラーリングである黄色と赤褐色は砂嵐のように動き回りアキトとイツキに考える暇さえ与えなかった。
状況はコンマ単位で悪化していき、イツキとアキトが撃沈されるのも時間の問題だった。
閉じ込められてからまだ五分程度。
リョーコたちが素直に撤退してくれたかは確認のしようがないが、それを気にしているほど今のアキト達には余裕はない。
（ここまで寄り道して約二十分………迷わず行って十分弱といったところか…………。
救助は期待できそうにないな……………いざとなったらあれを使うしかないか……………………）
装備リストの一番下に表示されているそれ…………………、それを苦虫を噛み潰したかのような表情で見つめるアキト。
「小型とはいえ……………………出来ることなら使いたくはないな……………………………」
「五、五千………………………………！？」
ユリカは、ルリの報告の内容に驚愕した。
サセボドッグでの戦闘の約十倍に相当する戦力。
ユリカの脳裏に最悪の状況が映しだされる。
「………………………………………はうっ」
バタッ
「ちょ、ちょっとユリカ！大丈夫！？ユリカってば！」
突然倒れたユリカに慌てふためくジュン。
指揮官がこれではさすがに能天気なナデシコクルーも不安を感じずにはいられない。
「ねえ…………もしかしてヤバイ状況……………？」
ミナトは、おそらくこの状況で最も頼りになるであろう上段のプロスやジル、フクベ提督に問いかける。
「う〜む………とりあえずゴート君、艦長を医務室に運んでください。まあ、すぐに目覚めるでしょうが。
それから副艦長。艦長の職務遂行が不可能となったため、一時的に指揮権限が副艦長に委譲されます。
さて………どうします？」
このような状況にもかかわらず、まるで試すかのようなプロスにジュンは一瞬呆気に取られる。
しかし、こんな状況だからこそそれに構っている暇もない。
表情を引き締め、先程までユリカがいた場所に立つ。
「オペレーターは引き続き状況を監視！どんな些細な変化でも必ず報告してください！
それから操舵士、ナデシコを左三十度、プラス二十に方向転換。
グラビティブラストもいつでも発射できるように準備しておいて！」
「了解」
「はいは〜い。でもわざわざ向きを変えるの？」
「最悪、コロニーごとグラビティブラストを発射する可能性もあります。
その際にエステバリス部隊の進入ルートを避けるためです」
「ああ、成る程ぉ」
確かに幾ら巨大なコロニーとはいえ、コロニーに向かって撃てば中にいるエステバリス部隊を巻き添えにしかねない。
「外周部に三つの熱源反応接近」
「敵か？」
「いえ………形状から確認する限り、味方機です。
………信号確認、リョーコさんとヒカルさん、それにイズミさんみたいです」
「通信繋いで！」
ピッ
「状況報告！」
ジュンの張り詰めた声がブリッジに響く。
皆分かっているのだ。
三人しかいないということが何を意味しているか。
『………………………………………作戦は失敗。中にまだ隊長とコックが残ってる…………………………』
リョーコは俯いたままそう言った。
ウィンドウに映るその姿に、いつもの覇気はない。
「コロニー内部より熱源体多数接近。数、約二百です」
新たなルリの報告にジュンはすぐさま指示を飛ばす。
「よし、エステバリス三機は迎撃に当たれ」
『ちょ、ちょっと待てよ、救助は！？』
「現状では手の打ちようがない。それに、今はナデシコも戦闘宙域にいるんだ。
部隊の指揮は………イズミさんが執ってください」
『指揮官にはリョーコが適任だと思いますが』
「今の彼女は冷静な判断を欠いている。君が指揮を執れ」
『……………………了解』
ダダダダダダダダダダッ！！！
バッタに照準を合わせ、ＩＦＳ信号に呼応してエステバリスはラピットライフルのトリガーを引く。
弾頭は火花を散らしながら一直線に突き進み、高質量をもってディストーションフィールドを突き破る。
表面の黄色に塗装された金属装甲を引き千切るとやがて電子回路へと影響を及ぼし、ショートによって発生した
アークは燃料に着火し、やがてバッタは爆発によって四散する。
「くそっ！隊長たちが五千で俺たちゃあたったの二百かよ…………」
積もりに積もったフラストレーションを、バッタに八つ当たりすることで晴らしていくリョーコ。
だがその行為は同時にイツキとアキトの置かれている状況がどれほど危険なものかを自分自身で証明しているようで。
結局リョーコはフラストレーションを再び積もらせていくのであった。
「ふう………………………………」
ジュンは大きく息を吐く。
コンソールについた手が、自分の意識を離れ微かに震えている。
誤魔化すように、ぎりっと拳を強く握り締め、再び開く。
それを何度か繰り返すと、どうにか震えだけは止まっていた。
（怖い………………………………………。
自分の命令一つで誰かの命が危険に晒される……………………………。
いや、今もカザマさんとテンカワが…………………………………くそっ。
何もできない、何も………。
二人とも……………………………どうか無事に帰ってきてくれ……………………。
僕が最初に指揮を執った戦闘で死人なんて出したくない……………………………！）
それが自分本位の勝手な願いであり、そして無茶なものであることは分かっていた。
ただそれでもジュンはそう願わずにはいられない。
その願いが、指揮官としては欠点になるであろうことだと理解していても。
ドガアァッ！！！！
ドドンッ！！！
バキ！ズガアアアアアアアン！！！！
「はっはっはっは…………………………くうっ！？」
戦闘開始より十五分。
イツキとアキトは健闘していた、そうとしか言いようが無い。
この最悪の状況の中、二人は最大限の力を持って木星蜥蜴を撃破していた。
これが並みのパイロットであったら、僅か数分で撃墜されていただろう。
しかし、それも圧倒的物量に押され、ジリ貧だった。
各関節、装甲、電子機器類は悲鳴を上げ、やがて沈黙していく。
バッテリーは本来とっくに尽きているはずだが、その点二人は極めて優秀だったと言えるだろう。
どう動こうとも三百六十度が敵だらけの状況で、エネルギーを馬鹿食いする推進に回すような無駄なことはせず
必要最低限の駆動部分のみ動かすことによってエネルギー使用効率を上げていた。
だがそれもいつまでも続くものではない。
いつ機能停止してもおかしくない機体では、戦闘すら儘ならなくなるのもそう遠いことではない。
更に、短時間とはいえこの過酷な戦闘により精神が疲労しきっていた。
流れ落ちる汗を拭うことすら億劫に感じられ、心の闇は安息へと誘う。
（いつになったら……………………終わるんですか……………………この戦いは………！！！）
刹那。
神の気まぐれか。
悪魔の企みか。
はたまた運命だったのか。
しかし、そのいずれにしたところでその“事態”は起こった。
ディストーションフィールド発生装置はほんの僅か、時間にしてコンマ一秒にも満たない時間、その活動を停止した。
そしてエステバリスで最も重要な部分。
パイロットが乗り込んでいるアサルトピットに一発のミサイルが直撃した。
「ああああああああああああああああああああ！！！！」
「イツキ！」
相当数減らしたためにある程度視界が利くようになってきたとき、アキトの目に、ミサイルがエステバリスに直撃する光景が飛び込んできた。
纏わり付く木星蜥蜴を振り切り、爆発の中へと突っ込む。
爆炎と震動の中、半ば超常的な力でアキトはイツキを見つけ出した。
エステバリスで機体から放り出されたイツキを拾い、そして。
「使うしか…………………………無いのかっ！！！」
脚部のスロットに金属パッケージ詰めで入れられたそれを取り出して、アキトはその場に放り投げる。
そして脇目も振らず当初の目標…………チューリップへと翔けた。
「え、これは一体………………………………？」
「どうした！？」
「コロニー内部で重力場が発生！拡大していきます！」
「重力場？まさか戦艦がコロニーの中にいる？」
「いえ、違います、重力場は球状に拡大しています！」
「使ったのね…………………………アキト」
「副班長、何か言いました？」
「……………………………なんでもない」
「何だ…………………………？」
「リョーコ……………………何か変な音聞こえない？低い唸り声みたいな」
「宇宙空間で声が聞こえるなんて、奇妙なこともあったものね」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン…………………
「……………………………………重力場、収束していきます……………………………」
「収まったのか？」
「一体なんだったの？」
「分かりません………………ただ言える事は………………………………言える事は…………………」
「どうしたの、ルリルリ？」
「コロニー内の熱源反応…………………………全てロストしました………………………………………」
後書き
藍染児：ラストの方の展開を前回と似た感じに仕上げてみたよ。
ミズキ：ん？手抜き？
藍：いつもながら心にグサっとくる一言をさらりと言うねえ、ミズキ。
………じゃなくてさ、私自身こういう展開が結構好きなんだけどもっと効果的な演出方法はないかな〜とか
間の取り方はどれぐらいがいいだろうかな〜とか、ま、ぶっちゃけた話実験かな。
ミ：向上心は認めるけど、その結果が作品に反映されなきゃ意味無いよねぇ。
藍：……………………………………………………ふ、ふむ。まあそりゃ置いといてね。
……………………………………戦闘って難しいな〜ってつくづく思います。
いい作戦が思い浮かばなかったからついユリカを退場させちゃいました………。
私がもっと意外な作戦思いつけばユリカも活躍できるのに………ファンの方、すみません………。
ミ：どれだけ誠意持って謝罪しても活躍してないのは事実よね。
藍：こう、私の中にあるユリカのイメージとしては定石を踏まないってのがあるんだが、逆に言うと
定石通りの作戦だと彼女に指揮を執らせたくないと言うか何と言うか………。
ミ：イメージだけで書いてるもんね〜。
藍：う、うるさいな………。ま、火星ではきちんとＴＶ版の様に苦渋の決断から成長していくように………できるかも。
ミ：自信無いわね………？
藍：書いてみなくちゃ分からん。
ミ：相変わらずいいかげんなんだから………。
代理人の感想
言偏に悦と書いて小説と読む。
重ね求めよ言葉の工夫。
文章は、腕だ、心だ、魂だ！
・・・・・・まぁ、勿論「面白い」と言ってもらえるのが一番嬉しかったりはするんですが(核爆)。