「はあ?休戦条約だ?」

みんなを代表する形で不満そうにウリバタケが言う。他の者もまだ口には出していないが、どう見ても不服そうだ。

「そう、休戦条約」

そのみんなの様子を見て、アカツキは満足そうに頷いた。

朝っぱらから前クルーを緊急召集したアカツキが、開口一番に言った言葉がそれだった。

 

機動戦艦ナデシコ異伝
双頭の獣

第4話煩悶と『大岡裁判』

 

「ま、もともとは同じ地球人。昔の事はもう水に流してお互い仲良くやりましょうって事」

昔の事――その原因を作り出した事の一端をアカツキの父親が握っていたりするのだが、本人は待ったく気にも留めず、さらりとそう言い切った。

後ろのほうで「よく言うぜ」とリョーコが毒づくのが聞こえたりもしているが、完全に無視を決めて話しを続ける。

「実際に条約が結ばれるのは、まあ今年の秋ぐらいかな。今度の指導者はなかなか話の分かる人間だからね。おそらく、間違いないね」

「今度の指導者だぁ?」

と、眉をひそめながら毒づくリョーコに続けるように、ルリが言う。

「クーデター……ですか?」

「そう言うこと。流石はルリ君。相変わらず察しが早いね」

「どうも」

ルリがペコリと頭を下げる。

「ルリ君が言う通り、つい先日、木連でクーデターが起こってね。結果だけ言っちゃうとね、コレが成功しちゃって、政治体制が激変。

旧指導者層は駆逐され、穏健派の若手が実権を握ったと言うわけさ。…エリナ君、資料を」

「はい」

エリナが短く答え、アカツキの横に大きくウィンドウが開いた。そこには証明写真のような構図で、二人の男の写真が写っていた。

「で、これが……」

「あー!これ、元一朗じゃない!?」

アカツキの言葉を遮って、ユキナが大声をあげた。そしてユキナが指差した先には長髪の青年こと、月臣元一郎が写っていた。月臣は、彼女の兄、

白鳥九十九の親友で、ユキナも小さい頃から知っている。だが、その月臣が、自分の兄、九十九を暗殺した張本人だとは知らない。

一方、九十九暗殺の現場にいたミナトは、小さく息を呑んでいた。彼女には、月臣がクーデターを起こした理由がなんとなく分かった気がした。

『俺と九十九は親友だ』

そう言っていた生真面目そうな月臣の顔が妙に懐かしく思い出された。

「そ、突撃優人部隊、月臣元一朗少佐。そして、もう片方が、同部隊所属、秋山源八郎少佐」

「そして計画の立案は秋山少佐、実行部隊隊長は月臣少佐がそれぞれ担当していたようね」

二人の経歴を新しくウィンドに開きながら、エリナが解説した。どうやって手に入れたのか、そこには二人の詳しい経歴に加えて、

血液型や星座まで記載されていた。

「今回のクーデターは、『熱血とは盲信にあらず』に始まる月臣少佐の檄文から、向こうでは、熱血クーデターと呼ばれているそうよ」

「やけに詳しいじゃないか」

リョーコが聞こえよがしに言う。

「まさかそのクーデターにもネルガルが絡んでいるんじゃねえだろうな?」

そう、エリナを睨み付けるように言うが、

「ノーコメント」

そう切り返すエリナの口元には、悪戯っぽく笑みが浮かんでいる。だが、その笑みが肯定を表している事は、誰の目にも明らかだ。

「ハンッ、やっぱそういう事かよ」

「とにかく、熱血クーデターは成功したわ。これによって、軍を主導していた徹底抗戦派はなりを潜め、

地球との戦争終結を模索する動きが表面化したと言う訳。まあ、クーデターの成否はともかく、いずれ地球と木連は休戦する事になったでしょうね」

「そうそう。誰かさんが戦争の目的、何処かに跳ばしちゃったからね」

そう言って、アカツキはユリカの方を見やった。

が、その張本人こと、ユリカはアカツキ達の話を聞いていなかった。いや、聞いた上で無視をしているのかもしれない。

少なくとも表面上はまったく堪えた様子も見えず、アキトの横で、調子外れな鼻歌を歌いながら、楽しそうにアキトのものらしい服を繕っている。

その様子は、どう見てもたった一隻の戦艦で地球と木連の戦争を事実上集結させてしまった艦長にはとても見えない。

(相変わらずだね。まったく)

心の中で小さく苦笑して、アカツキは先を続けた。

「まあ、そういうわけで、地球と木連の戦争はこれで終り。もっとも木連の正体の公表とか、双方の被害に対する損害賠償とか、

煮詰めなきゃいけない問題は山盛りだけどね。そのあたりは軍人さんとか、政治家さんとかに任しておけばうまくするでしょ」

気軽な感じで言い切るアカツキに、

「質問」

ルリが疑問をぶつける。

「ん?なんだい、ルリ君?」

「私達はどうなるんですか?このままサセボ基地に抑留ですか?それとも軍法会議にかけられ、正式な処分が下るんですか」

「まさか」

アカツキは肩を竦めながら芝居かかった調子で答える。

「正式になんて処分しちゃったら、ボソン・ジャンプの秘密を世間の皆々様に大公開する事になってしまうでしょ。

それだけは、軍も、ネルガルも絶対に避けたいからね」

「また、大人の理屈ですか」

眉をひそめながら言う。その様子は、どう見ても納得しているようには見えない。

「そういうこと。ま、そのおかげで君達は自由になれるんだし、たまには大人の理屈も悪いもんじゃないだろ?」

「自由って……ここを出られるのか?」

横から口を挟んだのはアキトだった。アカツキはアキトをちらりと見て、

「まあ、そういうこと。しばらくは軍の監視はつくだろうけど、とりあえずは自由の身だね。

ボソン・ジャンプの秘密を世間に公表しないって条件はつくけど、そんなの、別に言う気なんてないでしょ?

まあ、そんなわけで抑留生活ともお別れ。軍に戻るのもいいし、別の職業につこうが構わない。どうだい、悪くない取引だろ?」

『取引』

そう言われ、アキトをはじめ、大半は面白くない顔をしたが、確かにそれは『悪くない取引』だった。

命令違反にはじまり、軍備奪取、敵軍との単独交渉、作戦目標の破壊、秘密漏洩、エトセトラエトセトラ、

アキト達ナデシコクルーのやったことを適正に判断すれば、重犯罪で収まるかも怪しいところだ。

それを考えると、半年の抑留だけで終りというのは、格段に軽い処罰だ。

それに、アカツキの言うとおり、ボソン・ジャンプのことなど喋るつもりなどないので、それはやはり『悪くない取引』なのだろう。

……しかし、このスチャラカクルー達がそんな風に深刻に考えているわけもなく、会議が行われている部屋は、一気に言葉で溢れ返っていた。

「ねえねえ、アカツキさん。抑留されている間ってお給料貰えるんですか?」

「そういえば、ボソン・ジャンプで八ヵ月跳んだよね。あの分もちゃんと貰えるのかなぁ?」

「仕事、どうしようかなぁ。このまま軍に残るのもなんだし……」

「私、このままマンガ家を目指そうかな」

「万が一のときはマンガ家……クククッ」

「いやはや、困りましたなぁ。これは急いで皆さんの勤務評定を出さないと……」

「しょーがねえなぁ、もうちょっとであの長屋が16身合体できたんだが」

「だから、人型はやめて、龍とか戦闘機のほうが早くあがると言ってたのに」

「仕方ないだろうが、こんな簡単に出れるなんて考えてなかったからお前等もOKしたんだろうが」

「ねえ、ユリカ。僕らは軍に戻って一緒に……」

「アキトは私とお店を開くんだよね!小さいけど評判のお店。腕の良いコックさんと可愛い看板娘。

定休日は火曜日で、二人で近所にお買い物!八百屋さんも金物屋さんも靴屋さんもお店のお得意さん。

今度サービスするよ、今日も綺麗だね、何て他愛ない話をしながら、アキトと二人で地元の商店街を歩くの……ねっねっ、そうしよっ!」

「諸君。もし再就職先が見つからない場合、ネルガルが斡旋するから、よろしくね。

ああ、分かってると思うけど、女性限定だから、男性諸君は頑張って〜」

「それより年齢はどうなるの?いつのまにか八ヶ月加算されてるなんて冗談じゃないわよ」

「え〜?八ヶ月早く大人になれて良いじゃない」

「ほら、大台が目の前の人はさぁ」

「こら!あんた達!まだ話は終わってないのよ。黙って聞きなさい!」

そんなことを言ったところでこのクルー達が聞くはずも無く、好き勝手に喋っている。

誰が誰に向かって喋っているのか、そもそも誰かに向かい喋っているのかすら怪しいほどの混乱状態。

その混沌とした狂宴はいつ果てると無く続いている。

……そして、この狂宴が終わったのはそれから4時間後だった。

 

まあ、そんなわけでナデシコ長屋は一気に慌しくなった。

条約締結となればこのナデシコ長屋も解体される。それまでに最低限、引っ越し先を探さなければいけない。

やらなければいけない事が決まれば彼等の行動は早い。

引っ越し先やら再就職やらカイトやユキナ、それにアキト達の戸籍関係などほったらかしていた事後処理なども

条約締結までに全て済ませなければいけない。とはいえ、もともと性格はさておき各分野においては超一流のナデシコクルー。

再就職にはさして苦労はしていなかった。

一番忙しいのはプロスペクター。今までの勤務査定や引っ越し先の斡旋やその手続きなどで大慌てである。そのせいか1人助手がついたようだ。

「プロスさ〜ん、この書類って何処に廻せばいいんですか?」

「はいはい、ちょっとまってくださいね。…どれどれ、ああ、これは軍に廻すやつですね」

そう言いつつ、『軍行き』と書かれた箱の中に放り込む。ちなみに他には、役所、本社など、十個ぐらいに分かれている。ただ、中には『裏行き』とかかれた怪しい箱もあったりする。

「いつもすいませんね〜、カイトさん。書類の手伝いをさせちゃって」

「構いませんよ。さしあたってやらなければいけないような事もありませんし」

そう言いつつ微笑む。ここまでくれば分かっていると思うが、助手とはカイトの事だ。

プロス一人では本当に終われるかどうかすら怪しいだけの量の事後処理。

ルリの引き取り手などの調整。クルー同士の衝突などの調停(本来は艦長であるユリカの仕事の筈だが…)。

流石のプロスでも一人では終わらないと判断したのだろう、助手のバイトの話を持ちかけてきたのだ。

「…さてと、これで今日の分は終わりですね」

そう言いながら、固まった体をほぐしたいのか、大きく伸びをする。

「はい、ありがとうございます。これでなんとか目処が付きましたよ」

「今回で大体の方の再就職先が決まりましたね」

「ええ、残っている方のほとんどが就職試験を受けるまではいっていますし、ほとんどの肩の荷はおりましたよ。

ところで、カイトさん。この先どうするかそろそろ決めてくださいね」

それを聞いたカイトの顔には『シマッタ』と書いてある。そう、今現在行き先が決まっていないのは、カイトとルリの二人だけである。

だが、その決まっていない理由がまったく違う。カイトは持ち前のマイペースで行き先を決めずに保留にしているのに対し、

ルリは引き取り手にクルーのほぼ全員が立候補をし、その調整に難航しているところだ。

「…まあ僕の方は追々考えますから、ご心配なく。まだ休戦まで2ヶ月はかかるでしょうし」

「そうは言われても……。どうですか?やはりネルガルへ来られては?」

そうプロスがまた誘うが、対するカイトの答えは決まっていた。

「流石にそれは最終手段にしたいですね。まあ、最悪決まらなければそうなりますし。

…ところでルリちゃんの引き取り手、今はどうなっているんですか?」

話はこれで終わりだとでも言うように、強引に話を変える。

「……ええ、なんとか二人にまでは諦めて貰えたんですが、この二人が強情で……」

「?…そこまで強情な人っていましたっけ?多分一人はユリカさんでしょうけど」

「ええ、もう一人はミナトさんですよ」

「……ああ」

それを聞き、何故か納得できた。ミナトはユリカと同じかそれ以上の愛情を注いでいる。それにユキナにも同じぐらい注いでいる。

確かにミナトならば絶対に引き取ろうとするだろう。それに、ミナトに任せれば、確実に真っ直ぐに育つだろう事もわかる。

だが、ここ一月程プロスの手伝いをしているカイトには、ミナトに任せるのは少しためらわせた。

ミナトの再就職先は教師だ。ナデシコで稼いだ分を考慮しても、自分を入れて三人を養うのは少々きついだろう。

対するユリカは軍の名門。どちらに預けた方が養いやすいかは明白だ。

「プロスさん、やっぱりユリカさんに預けた方が良いと思ってます?」

今考えた事がプロスと同じ考えかどうか、確認を取ってみる。

「…ええ。色々考えれば、それがベターだと思えるんですが……」

「それじゃ、僕が説得してみましょうか?」

「え?」

それは思ってもみなかったのか、流石に慌てる。しかし、なかなか良い手かもしれないと思ったのか、

「それでは、お願いできますか?」

と、プロスが頼む。

「ええ、それじゃ、これからちょっと探してきますよ」

「お願いします。私はもう少し、ここを片付けておきます」

「はい」

 

その頃、ユキナはエリナに連れられて、ある部屋に向かっていた。

はじめは拒否していたが、エリナの言う、『ちょっと懐かしくて知っている人』というのに興味を引かれ、大人しくついてきている。

(誰なんだろう?お兄ちゃん…なわけないか。……ダメだな……まだ引きずってる…。

……ミナトさんも……そうなのかな?最近はお兄ちゃんの話もしなくなったけど、それってやっぱあたしに気を使ってるからなのかな?それとも……。

ううん、そんなはずない!ミナトさんがお兄ちゃんを忘れるわけないじゃん!もしそうだったらわざわざ忘れちゃった彼氏の妹なんて引き取らないよ!でも……)

「さあ、ここよ」

そんな思考の堂堂巡りをしているうちにどうやら目的地に着いたらしい。

慌てた様子で顔を上げると、そこには貴賓室と書かれた扉があった。無味乾燥な扉が多い基地の中で妙なほど豪奢な感じのする木製の扉。

エリナは手早く扉横のスリットにカードキーを差し込んだ。扉はまるでユキナをじらすように殊更ゆっくりと開いた。

中には真っ白な学生服に見える服。無論、それは木連の軍服の事だ。それを着込んだ男が一人いた。

短く刈り込まれた髪、こちらに背を向けているが、それでも分かるがっしりとした体格。ただ佇んでいるだけでもその存在感がにじみ出てきている。

その男が、扉が開く気配でも感じていたたのか、開きると同時に振り向いた。

「秋山……さん?」

ユキナが目をまるくし、呆然と呟いた。

「久しぶりだな、ユキナちゃん。その様子だと元気みたいだな。いや、けっこうけっこう」

秋山源八郎は久しぶりに会ったユキナを見て、鷹揚に頷いた。

 

―秋山源八郎―

半年前までは、木連突撃優人部隊かんなづきの艦長だった彼は、現在、木連の指導者的立場に立っている。

の異例ともいえる出世は、無論平時の物ではなく、先ごろ起こった『熱血クーデター』ゆえだ。

怨恨から端を発した木連対地球の『大戦』。それはその実、オーバーテクノロジーの争奪戦だった。

しかし、ナデシコが火星の『遺跡』。つまり、ボソン・ジャンプの演算ユニットを飛ばしてしまったが為、戦争は本来の目的を失ってしまった。

それに追い撃ちをかけたのが、木連での『熱血クーデター』発生である。

月臣元一郎少佐、秋山源八郎少佐等二人を中心とする若手穏健派が、当時の指導者、草壁春樹中将を放逐して新政権を樹立したのだ。

この突然のクーデターには理由がある。木連と地球の和平交渉時に死亡した白鳥九十九少佐の存在である。

当初、地球側による騙し討ちと発表され、木連国民の士気を大いに盛り上げた白鳥少佐の死だったが、

実際は草壁中将等上層部の陰謀であったことが発覚。和平に殉じた戦士として若手穏健派の象徴的存在となった。

急進的なクーデターとは縁遠いと考えられていた若手穏健派(後に熱血派と名を改める)の決起にはこうした背景があったのである。

決起した熱血派は草壁中将等の司令部を強襲。しかし、拙速な作戦であった為か、熱血派の指導者の一人である月臣少佐はこのとき草壁中将ともども行方不明となる。その為、源八郎は新政権の指導者として、政治に軍事にと忙殺されている筈なのだが……。

 

「秋山さん、どーしたの?なんでこんな所に?」

今だ驚き覚めやまぬユキナは矢継ぎ早に聞く。

「クーデターを起こして偉くなったって聞いたけど……あっ!ひょっとして、またクーデター起こされて逃げてきたとか」

「違うわ」

苦笑する源八郎に変わって、エリナが説明する。

「秋山少佐はね、和平交渉を進める為に地球にいらっしゃってるの。もちろん、内密にね」

エリナは周囲を窺う様に言った。ネルガルとしても、火星の『遺跡』という実利が無い以上、戦争を続ける意味はなくなった。

「じゃあ、本当に戦争、終わるんだね」

情報としては知っていたが、実際にそれを目の当たりにするとなると、感慨がまるで違った。その為か、本当に嬉しそうに源八郎に問う。

「ええ、そうよ。今はそうできるようにできるだけ努力しているところ。ねっ、少佐」

「ああ、そうだ」

源八郎は力強く頷いた。

「この戦争はまもなく終わる。いや、終わらさねばいかん!」

最近、人前で話す事が多くなってきたのか、すっかり演説のつもりで喋っている。

「所詮、戦争は何も生み出さん。我等は新たなる秩序に向け、和平への道を実現しなければならないのだ!」

『和平への道』

それを聞き、ユキナはまた兄のことを思い出していた。

地球との和平を願い、凶弾に倒れた兄。

最後まで馬鹿みたいに正義を信じていた兄…。

地球人と一緒にゲキガン祭りで騒いでいた兄……。

ユキナは不意に涙が出そうになって俯いた。

「ああ、すまんすまん。ユキナちゃんには退屈だったか」

俯いてしまったユキナを、話が退屈だったのだろうと勘違いしたのか、落ち着いてユキナに言う。

「少佐には、和平実現の折、たっぷりやっていただきますから」

「いや、そういうつもりではなかったんだが。嫌な癖がついてしまったものだ」

照れ臭そうに笑う。源八郎という男は、こういうそぶりにも嫌味が無い。彼を慕う将兵が多いという話も頷けるという話だ。

「そんなことよりも、ユキナちゃん。和平後のことなんだが」

「和平の後?」

「そうだ。…どうだろうユキナちゃん。木連に戻ってくる気はないか?」

「え?でも……」

ユキナの両親はまだ小さい頃に死んでしまった。親代わりだった兄も既にいない。無論、親戚や友人達はいるが……。

「できたら、俺は君を引き取りたいと思っている。もちろん、秋山の姓を名乗る必要はなく、白鳥ユキナのままでいい」

思わぬ申し出にユキナは顔を上げた。源八郎は、その大きな瞳で真っ直ぐにユキナを見つめていた。

「俺は隠し事が嫌いだから正直に言おう。君のお兄さんの九十九とは志を同じくした友だった。

だが、知らなかったとはいえ、俺は彼を救う事ができなかった。だからその罪滅ぼしを。…贖罪をしたい」

「………」

「だが、全ては俺の我侭だ。だから、もし嫌なら断ってくれて構わない。

しかし、木星で育った君が地球で暮らしていくのは、君が考えている以上に大変なことだと思う。

それに、和平が成立するといっても、直後の混乱は誰も予想できない」

源八郎の言葉には、どこか人を安心させるなにかがあるが、彼の言葉は真実を全て語った訳ではない。

無論、救えなかった友、白鳥九十九への贖罪という気持ちはある。しかし、今や木連の英雄となった白鳥九十九の妹を庇護するという戦略的な目的も

含んでいる。自分の我侭だと断ったのは、彼女にいらない負担感を与えないようにという配慮からだ。

―豪放磊落に見えて実は繊細―

それは、交渉にあたった地球連合宇宙軍高官が後に彼を表した言葉である。秋山源八郎という人物を実に端的に表した言葉だ。

「どうするかは休戦が締結されるまでに考えてくれればいい。どうだい?ユキナちゃん?」

「……うん」

ユキナは小さく頷いた。

木星と地球。自分はどちらで暮らすべきなのだろうか。

木星に残してきた友達や親戚。お兄ちゃんと暮らしたあの家。元一郎からおさがりで貰った自転車。街頭にあふれていたゲキガンガーのグッズ。

確かに木星は自分の故郷だ。懐かしくもある。

しかし……

ミナトの顔が不意に思い浮かび、俯いてしまう。

自分が木星に帰ると言ったらミナトはどう思うだろうか。引き止めてくれるだろうか。それとも……。

「秋山少佐。そろそろ…」

「おう、もうそんな時間か」

エリナに言われて、慌てて時計を見た。

「すまないな、エリナちゃん。俺はそろそろ行かなくてはならん時間になってしまった。さっきの答えはすぐでなくても良いから。

まあ、前向きに考えてくれると嬉しいが、君が望む方に決めてくれれば良い」

「ありがとう、秋山さん」

「いいさ。兄貴の彼女によろしくな」

と、源八郎はウインクをして見せた。

その仕草は、ちっとも源八郎には似合っておらず、ユキナはなんだか妙におかしくなった。そのおかげで、笑顔で別れを告げることが出来た。

それはその日、源八郎と出会ってから、初めて見せた笑顔だった。

 

ユキナと源八郎の会談が終わる頃、カイトはまだ、ミナトを探していた。

ミナトの部屋、アキトの部屋、遊戯室、食堂、エトセトラエトセトラ……。

いろいろ探し廻ってみても何故かに見付からない。

「……本気で何処いったんだろ?」

流石に一時間も探し回っていればバテてきたのか、また、食堂に戻り、水を飲みながら愚痴る。

「アキトさん達も何処言ったか知らない見たいだし……。説得しようにも何処にいるのか分からない事にはしょうがないじゃないか」

疲れがピークを過ぎたのか、愚痴からくだ巻きに変わってきた。

「どうしたんだい?こんなとこで伸びてるなんて珍しいね」

そう言いながら、厨房からホウメイが顔を覗かせた。ちなみに先程来た時は、夕食の仕込みの為か、奥に引っ込んでおり、会えなかった。

「いや〜、人を探しているんですけどね。どういう訳か、一時間探しても見付からないんで、一時休憩中なんですよ」

流石にそんな姿を見られてバツが悪くなったのか、無意味に頭を掻きながら弁解をする。

「それこそ珍しいじゃないか。あんたが一時間かけても見つけられないなんてさ。…で、それって誰だい?」

そう言われるのも無理が無かった。プロスの助手をはじめてから、ルリを引き取る相手の調整などでいろいろな相手のところに走り回り、

ほとんど人探しが特技となっている。そんなカイトがいまだに見つけられいないのだ。興味がわかない筈が無い。

「ええ、ミナトさんなんですけど。もしかして知りませんか?」

駄目元で聞いてみる。

「ミナトさんかい?……そういえば今日は何日だったけ?」

「へ?…ええと、15日ですよ」

何故とは聞かずに、コミニュケで確認しながら答える。

「それじゃ居ない筈だよ。たしか、13日から面接受けに行くって言ってたからね」

「…へ?」

流石に長屋の外にいるとは思っていなかったらしく、間の抜けた声を出す。

「あんた、プロスさんの手伝いをしてるんだろ?聞いてなかったのかい?」

「…あん人は〜〜」

机に突っ伏しながら、うなり出す。ぷろすも完全に忘れているのだろう。そのように教えてもらった記憶は無かった。

「その様子だと教えて貰っていなかったみたいだね。だけど、今日戻るって言ってたし、そろそろ戻ってくる頃だと思うよ」

ホウメイは食堂に備え付けの壁掛け時計を見ながら言う。現在時刻は五時五十分。確かに戻ってきていてもおかしくない時間だ。

「…そうですね。それじゃ、正門に行ってみますよ」

そう言い、残っていた水を一気に飲み干す。

「ああ、行っといで」

そしてホウメイに見送られながら、食堂を出て行った。

そしてここは正門と長屋とを繋ぐ道。

ミナトが帰ってくるならばこの道を通るはずだ。案の定、正門側からミナトが歩いてきた。

「お帰りなさい。ミナトさん」

「あら?カイト君?どうしたの、こんなところで」

出迎えがカイトだということに驚いたのだろう。自分を迎えに来たとは思わなかったようだ。

「ミナトさんを迎えに来たんですよ。…ところでどうでした?面接は」

「うん、好感触。上手くいけば来週の頭にも返事をくれるって」

「そうなんですか?それはよかったです」

自分の事のように喜びだす。

「ところでユキナちゃんの戸籍はもう取れたの?」

「ええ、もう取れてますよ。僕のと一緒に日本国籍で取っときましたから、書類上は問題なく日本の学校に行けますよ」

「ありがと♪カイト君」

と、ミナトはウインク一つ。

「これで再就職先も大体決まったし、ユキナちゃんの国籍も取れたし。後は家だけね」

独り言のように呟くミナト。だが、その内容に興味を引かれたカイトは突っ込んで聞いてみる。

「それじゃ、どんな家にするんですか?」

その問いに少し考えながら答える。

「そうね〜。流石に買うほどのお金は無いから借りることになるでしょうね。でも、譲れないのは一軒家」

「それじゃ、そこそこ郊外になるんじゃないですか?」

「…まあそれは覚悟しているわ。それで、その家に三人で暮らすつもり」

「…三人と言いますと?」

その答えはもう知っているが、とりあえず聞いてみる。

「私と、ユキナちゃんと、ルリルリの三人で」

それを聞き、カイトはやっぱりと思っていた。

「その様子じゃ、どうやら私を説得しに来たんでしょ?顔に出てるわよ」

「あっちゃ〜。顔に出てました?」

「もうはっきりと」

 

そう言いつつミナトはにんまりと笑った。

その頃ユキナはとぼとぼと歩いていた。源八郎に言われたことを延々考え続けていた為だ。

そうしているうちにどうやら正門へ続く道の前に辿り付いたようだ。

「あれ?ここ何処だろ」

どうやら周りも見ずに考えに没頭していたようだ。そしてきょろきょろとあたりを見渡すと二人の人影が見えた。

「あっ、ミナトさん!と、カイト?……なんか、珍しい組み合わせね」

どうやらミナト達は何かを話しているようで、ユキナには気付いていないようだ。

(……そうだ、いきなり飛び出して、驚かそっ!)

思い立ったが吉日とばかりに、足音がしないように気を付けながら小走りで、近くの建物の影に回りこむ。

そしてそのまま待っていると、だんだんと話声が聞こえてきた。

「……だから、ルリルリは私が引き取るから!」

不意にミナトが断言するように大声で言いきった。

「そうは言ってもユリカさん達も……」

カイトが何か反論をしようとしたが、それを断ち切る様にミナトが続ける。

「分かってる。プロスさんとカイト君が、みんなに身を引いてくれるように説得して回ってるのも知ってる。でも、私は降りないから」

その言葉には、何者にも譲らないという堅い意思が現れていた。

「……ミナトさん」

流石にそこまでの拒否を示されては、何も言うべき言葉が見つからなかった。

「どっちにしても、誰かがルリルリをを引き取る事になるんでしょ?だったら私がなる。私がルリルリを引き取って育てるから」

(引き取る!?)

その言葉は先程も聞いた言葉だった。そして、源八郎の言葉以上に、ユキナは衝撃を受けた。

ミナトがルリを引き取る。そして、自分を含めて三人で暮らす。そう、ミナトは言った。

ルリとは暇になればいっしょにゲームをしたりして遊んでいる。変わった奴だとは思うが、年齢が近い同性という事で親近感もある。

だから、ルリと一緒に暮らす事は別に嫌という訳ではない。

だが……

(私だけじゃなかったんだ)

ユキナは急に気付いてしまった。

(ミナトさんはみんなに優しい。

優しいから…だから、私を引き取るって……

お兄ちゃんが死んじゃって、身寄りのない私が可哀相だから……

私だけじゃないんだ……

あのコと一緒……

私には身寄りがいないから………引き取るんだ……………)

「でもそれじゃ………」

カイトが何かを言っているが、ユキナには何も聞こえていなかった。

そしてミナト達が立ち去るまで、そのまま立ちすくんでいた。

 

「あ、お帰り。何処か行ってたの?」

ユキナが戻ってきたのは、あれから一時間後の事だった。

ミナトは、もう外出着ではなく、家でくつろぐ格好になっていた。

「うん、ちょと散歩してた…」

確かにアレを散歩と言えないこともないが、自分自身、何をしていたかなど覚えていなかった。

ただ、色々なことを考えながら、何処かを歩いていた気もする。

「……?」

そんなユキナの様子がいつもと違うと感じたのだろう。ミナトがいぶしかげに首を傾げた。だが、それを聞く前にユキナが話しかけてきた。

「どうだったの?面接」

「え?……ああ、なかなか好感触かな。うまく行けば来週には返事くれるって」

「それじゃ、もう決まったも一緒だね」

ミナトがもう受かった物と考えているのだろう。先程までの悩みを無理やり忘れ、はしゃぎ出す。

その様子を見て、先程の違和感は何かの間違いだったと思ったミナトは話を続ける。

「それでこの間もいったけど、実際に見て来たら良いところだったわよ。オオイソ。緑も多いし、海も綺麗だったし」

「へえ〜」

土産話がよほど面白いのだろう。目を輝かせながら聞き入っている。

「今からじゃちょっと季節はずれだけど、海水浴をしたら気持ちよさそうだったわよ」

「カイスイヨク?」

聞いたことがない単語だったのか、オウム返しに聞き返す。

「え?木星には海ってないの?」

「あるよ。学校の研修で成分とか調べたりしたけど」

「ああ、そっか。地球の海はね、泳ぐことが出来るんだよ」

木星の海といえばアンモニアの海だ。そんな所では泳ぐことが出来ないと気付いたミナトは、ユキナに優しく諭す。

「うっそー!?」

今までの常識を覆され、よほど信じられないのだろう。すっとんきょんな声を上げる。

「ホント。海とか波とか気持ちいいんだから。長屋生活が終わったら連れてってあげるね」

そんなユキナの様子を微笑ましく見ながら話し続ける。

「じゃあ、約束したからね。ミナトさん」

アンモニアの海しか見たことがなく、泳ぐといえばプールしか知らないユキナには海で泳ぐということはいまいち実感できないが、

ミナトの話から察するに、相当面白そうなことらしいということは分かった。

「ええ。と言っても今からじゃ、ほとんど一年待たなきゃいけないけどね」

苦笑しながら了解する。

「その代わりって訳じゃないけど、冬は温泉もあるんだよ。……あれ?何処やったかな」

そう言いつつ、カバンを漁る。どうやら何かを探しているらしい。

「ああ、あったあった。ほらこれ、ホテルの温泉なんだけど、泊まらなくても入れるんだって」

「へ〜」

どうやら、探していたのはパンフレットだったらしい。

「ほら、中学のパンフレットだって貰ってきたんだから」

そう言いつつパンフレットを手渡す。そのパンフレットには大きく『オオイソ中学校・学校案内』と書かれていた。

そこに映っている校舎は真っ白な四階建てで、手前にはわりと大きなグラウンドが広がっている。

もし面接に受かったら、ここに通うことになるのよ」

 

そのパンフレットを興味深げに見ていたが、あることに気付く。

「?どうして二つもあるの?」

このパンフレットには申し込み用紙が全部セットされており、ユキナ一人では二つもパンフレットを持ってくる必要はない。

「ああ、それ?ルリルリの分よ」

「――!」

その瞬間、まるで奈落にでも叩き落された気分になった。今まで必死に目を背けようとしていた部分をミナトに言われ、硬直してしまう。

「あのコも戸籍上は13歳だからね。もし、私が引き取ることになったら、学校ぐらい行かせないとね」

面接が上手くいった高揚感か、久しぶりに外で羽を広げられ浮かれているのか、ユキナが硬直しているのに気付かずに話を進める。

「私がいない間、ちゃんと勉強してた?ルリルリは大丈夫だろうけど、あなたは勉強苦手なんだから」

そういうミナトの口元には笑みが浮かんでいる。

ユキナには冗談のつもりだと分かっていたが、それにやり返す気力はもう残っていなかった……。

 

「なあ、カイト。お前はここを出たらどうするつもりなんだ?」

 

面は変わって、ここはアキトの部屋。夕食も終わり、食後の団欒の話は、休戦後の事になっていた。

 

それに対するカイトの答えは至って呑気だった。考えているんだかいないんだか、のほほんとそれを三人に告げる。

「まあ、何とかしますよ……どうしようもなくなれば、ネルガルのやっかいになるって手もありますし……」

地球に降りてからもうすぐ半年、ネルガルの協力の下でカイトの身元調査も行われたが、現在のところ収穫は無し。

未だにカイトは本名すら解らない状態だった。

「ジャンプ実験に協力するつもりですか?」

「いや、それだけはするつもりはないよ」

「でもそれで、あのネルガルが協力してくれるんですか?」

「……まあ、そこいらは交渉次第だろうけど、何とかするしかないでしょ」

気楽にカイトが言う。そんな調子が癇に触ったのか、

「……あなたは企業という物を甘く見ています」

「ルリちゃん?」

「ネルガルと言ってもナデシコに乗っていた人達は、どちらかといえば甘い人たちなんです。

中には利益の為には他人の命を虫けらぐらいにしか見ていない人もたくさんいます」

実験中にそういう扱いを受けていたのか、その言葉には説得力があった。

「ルリちゃん……」

ユリカをはじめ、誰も声をかけることができなかった。

「ネルガルに行けば、アカツキさん達の目の届かないところなんてたくさんあります。

他人に強制されて無理矢理行動させられるほど嫌なことはありません。カイトさんもそう思うでしょう?

だったら拒否するべきです。先が見えなくても、行動すれば意外と何とかなるものですよ」

ルリは珍しく饒舌だった。

厳しい口調ではあるが、言っていることは至極解りやすいことである。

これも、ナデシコクルー達の『自分らしく』を貫くための心構えの一つなのだろう。

「…じゃあ、ネルガル行きは破棄だな。……さて、どうしようか…すべり止めがなくなっちゃったな……」

考え込んでしまったカイトをアキトとユリカは、思った通り、と視線で会話していた。

そしてユリカがおもむろにカイトに向き直り、あっさりと言い放った。

 

「それじゃあさ、カイト君もルリちゃんと一緒に家に来る?」

『は?』

突然のユリカの台詞に、間抜けな声で答えるルリとカイト。

「私の行き先ってまだ決まっていませんよね?」

確認するようにカイトに聞く。

「うん。プロスさんも頭悩ませてるし……」

そんな二人のやり取りを聞いて、アキトが驚く。

「ええっ?そうなのか?ユリカがルリちゃんを引き取ったって言うからてっきり決まったもんだと思ってた」

それを聞いた二人がジト目でユリカを見る。

「艦長……」

「ユリカさん、調停人として、その発言は無視できませんよ……」

そう言い責める二人にむかい断言するように言う。

「良いんです!私がもう決めちゃいました!」

「そんな無茶苦茶な事は出来ません。ルリちゃんのことは後でもう一度説明します。

まあ、それは一時おいといて、……ユリカさん、ホントにいいんですか?まだ会って間もない僕なんかを家において……」

「なーに言ってるの!同じナデシコに乗って戦った仲間じゃない!記憶が戻って行くあてが見つかるまでは私の家で面倒見てあげます!」

まっかせなさい!とばかりににこやかな表情を浮かべるユリカ。アキトもどこか晴れ晴れとした表情をしている。

「俺はここを出たら、ラーメンの屋台を引くんだ。セイヤさんのコネで部屋を探してもらえるから、そこに落ち着いてね」

「…まあ、私はまだ決まっていませんが」

「ルリちゃ〜ん」

冷めた口調で言うルリに対し、情けない声を出すユリカ。

そんな三人を見て、カイトはしみじみと思った。

自分はこの人達に世話になってばかりだ。迷惑をかけるばかりで何も返せない。

そうは思っても、今は純粋に彼らの親切がありがたかった。

だからカイトは、精一杯の感謝をこめて頭を下げた。

「……ありがとうございます」

「頑張って下さい、カイトさん」

「頑張ってね、カイト君!」

「がんばれよ、カイト」

拘留中の宿舎の中での、ある一日の出来事だった。

 

「おはようございます。プロスさん」

「おはようございます、カイトさん。で、説得はどうでしたか?」

一夜明けて、ここはプロスの執務室。今日もカイトは朝からバイトだ。そしてプロスは挨拶もそこそこに昨日の成果を聞いてくる。

「結論から言いますと、すいません。無理でした。

いろいろ話を聞きましたけど、諦めさせるのは無理ですね。説得は諦めて別の方法を考えた方が良いですよ」

「やはりそうでしたか…。それでは艦長の方を…」

「それこそ諦めた方が良いですよ。昨日もルリちゃんを引き取ったつもりになっいて、まだ決まっていないって事を説明するだけで骨が折れましたし」

 

プロスの言葉を最後まで聞かずに、説得の困難さを簡潔に告げる。

「…仕方ありません。皆さんが納得できるような方法を探してみますか」

こうなることを予測していたのだろう。言葉を告げるとともに、ウィンドウが大量に開く。そのウィンドウには、古今東西の裁判の記録が表示されている。

 

「…それは?」

 

そのウィンドウ達に興味を引かれたのだろう。その内の一つを覗きながらプロスに聞く。

「先達の知恵に頼ろうかと思いましてね」

「へ〜、それじゃ、手伝いますよ」

そう言い残し、作業に没頭する。

 

「あ、そうだ、プロスさん」

作業をはじめてから二時間ほどたった頃、何かを思い出したかのようにカイトが言う。

「どうしました?何か使えそうな事件でもありましたか?」

「いえ、それはまだ見つかっていないんですが、ここを出た後の身の振り方が決まりました」

「ほう。それはどうするんです?」

それは流石に予想の範疇ではなかったのか、驚きながらも聞く。

「はい、ユリカさんが『記憶が戻るまでうちにいればいい』って言ってくれたんで、居候することにしました」

「それは良かったですね」

そういうプロスの顔は優しい。プロス自身もナデシコクルー。企業の利益よりも人としての幸せを取るのだ。

「それですいませんが、ジャンプ実験には付き合えません」

「分かりました。会長にはそのように言っておきますよ」

「すみません。あ、でも、イネスさんが実験に危険がないって太鼓判を押してくれるなら、少しぐらいは手伝いますよ」

流石に悪いと思ったのか、妥協案を出す。

「…私が言うのもなんですが、そんなことを言っても良いんですか?」

プロス自身、ジャンプ実験の危険さを知っているために、そう確認を取る。

「ええ。イネスさんが危険がないと判断したのなら、大丈夫でしょうし」

それは、科学者としてのイネスに絶対の信頼を置いている証だった。だが…、

「私が言うのもなんですが、あの人は確かに天才的な科学者ですが、頭にマッドがつきますよ」

「………」

「………」

「……ま、まあ信頼してますし」

そういうカイトの声は震えていた。どうやら、絶対の信頼に亀裂が入ったようだ。

「…まあ、そう言われるんですたら、良いですが」

さすがにしゃれになっていないと気付いたのだろう。プロスもそれ以上は何も言わずに作業に戻る。

一方カイトは、いまさら早まったかなどと半分悔やみ始めていた。それでも作業効率が落ちていないのは、ルリに鍛えられたおかげだろう。

そうしながら、つらつらと資料を見ていると、あるビデオが映ったウィンドウに目が止まった。

「?これは…?」

「何か見つけましたか?」

カイトの呟きを聞き取ったのか、プロスが聞いてくる。それもそのはず。カイトは仕事中は全神経を集中するかのように無駄口一つ叩かないのだ。

そのカイトが呟いたのだ。何かあったと考えるのが普通だろう。

「ええ。これって使えるんじゃないですか?」

そう言いながら、ウィンドウをプロスの方に飛ばす。

「こ、これは…」

そういうプロスの声は震えている。

「ナイスですぞ、カイトさん。これで万事解決間違い無しです」

そう言い放つプロスが見つめる画面には時代劇『大岡越前』の一場面が映し出されていた。

「それではあとは煮詰めていきましょうぞ!」

それから半時間。計画は完成した。

「さてと、これで大体は廻りきったかな?」

その後、カイトは昼一で長屋中を回っていた。計画通り、明日の昼の一時過ぎから、ユリカとミナトによるルリ争奪戦をみんなに知らせるためだ。

回覧版で回す方が楽なのだが、このお祭り好きのナデシコクルーには、噂話として流した方が確実に細部まで情報が行き渡ると考えたからだ。

実際、どういう方法を使ったのかはわからないが、カイトが行くまでにはもう知っており、詳細を説明させられたりもした。

そのついでにセットの設営を頼んだりもした。

そしてアキトの部屋や遊戯室等の人の集まる場所を回り終え、プロスに報告をする為に執務室へ戻ろうとしていた。

だが、ここからだと普通に道を行くよりも、運動場と呼ばれている広場を横切っていく方が、

そのまま道を行く半分の時間ぐらいで行ける為にみんなが重宝している。

「あれ?」

誰もいないと思っていた広場の隅に、一本だけ生えている木の下にユキナが座っていた。

ただそれだけだったのなら、気にせずにそのまま通りすぎただろう。だが、今のユキナは何故か捨てられた子犬を連想させた。

そんな様子でいたのだから見過ごす事ができなかったのだろう。カイトはユキナを驚かせないようにゆっくりと近づいていった。

「……誰?」

人が近づいて来たのが分かったのか、ユキナが尋ねる。だが、その声はいつものユキナを知っているカイトには信じられないぐらいに沈んでいた。

「どうしたんだい?ユキナちゃん。何かいやなことでもあった?」

そう、優しく聞く。

「……なんで?」

「そりゃそれだけ思い悩んでいれば、何かあったのかなって思うよ」

「……そう」

そう言う声にもいつもの覇気がない。

「何を悩んでいるのかは知らないけど、なんだったら、話してみないか?」

その言葉ではじめてユキナが顔を上げた。

「え?でも……」

「何、この手の悩みは一度全部吐き出してしまえば楽になるもんだぞ。体験者が言うんだから間違いないって。

あ、それにここで聞いたことは絶対に吹聴しない。約束する」

そう言い切り、ユキナの眼を見つめる。その瞳には、焦り、迷い、苛立ちなどの感情が混ざったように揺れていたが、

カイトを信じる気になったのか、瞳には『決意』が宿った。

「…分かった。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いて」

ユキナの話ははじめに断ったように長かった。頭の中で思っていることをまとめずに全部吐き出しているからだろう。

自分が今悩んでいる事、困っている事、なんだか心に引っかかっているモヤモヤを。

カイトはユキナが話す事を黙って聞いていた。ユキナが話に詰まると、促すように相槌を打ち、時折、肯定するような言葉をかけたりする。

気がつくと、心に溜まっていた全てを吐き出していた。

その内容を簡潔に記すと以下の通りになる。

ユキナはミナトに好かれていると思っていた。自分は、ミナトにとって特別な人間だと思いたかった。

だが、ミナトがルリを引き取ると言った時、その思いは崩れさった。ミナトにとって自分は、何処にでもいる可哀相な子供の一人に過ぎないのではないのだろうか。

源八郎の申し出に、確かにユキナの心は動いた。故郷に帰りたい気持ちがないと言えば嘘になる。だが、ミナトがもう一度、一緒に暮らそうと言ってくれれば、源八郎の話を断ることが出きるだろう。

しかし、今となっては聞く勇気がない。

『故郷に帰った方が良いんじゃない?』

『私はどっちでも良いわ』

もし、ミナトにそんな事を言われてしまえば、自分はもう木星に帰るしかない。

「そっか」

一通り話きり、黙ってしまったユキナに、カイトは納得したように頷いた。

「それじゃ、もう答えは出てるんじゃないかな」

「え……?」

「帰るんだよ、木星に」

「木星に?どうして!?」

慰めてもらえると思っていたのだろうか、その言葉に大げさなほど反応する。

「だってそうだろ?」

ゆっくりと、諭すように言う。

「木星はユキナちゃんの故郷だ」

「そうだけど……」

「僕みたいに故郷すら解らない奴はともかく、ユキナちゃんにははっきりと解る故郷があるんだ。

人間、何も分からない場所にいるよりも、故郷にいるほうが良いに決まっている。

それに、君を引き取ると言っていた秋山さんって、木連の指導者なんだろ?お金、地位、権力、どれもミナトさんとは比べ物にならない」

「でも!私は……お金なんて……」

「だが、無いよりはあった方が良い」

カイトは、先程までの諭すような口調からがらりと変わって、断言するようなものだった。そして、ユキナの目を見て話す。

そのカイトの目は、まるでどんな嘘も見逃さないと言っているように厳しい物だ。

「君は本当は木星に帰りたいんだ。だが、木星には帰れないと思っていた。だから、仕方なく、ミナトさんと暮らす事にした」

「仕方なくなんかじゃない!」

ユキナは激昂して立ち上がった。

「私はミナトさんが一緒に暮らそうって言ってくれたから!だから……」

「それは、君が木星に帰れないと思っていたからだろう?木星に戻れると分かっていたなら、ミナトさんも引き取るとは言わなかった」

「それは……」

心が揺らぐユキナに更に追い撃ちをかける。まるで、心を追い込むかのように……。

「特別に地球が好きな訳でもない。木星が嫌いになった訳でもなく、ただ、帰れないと思っていただけ」

「………」

「望まれない場所にいるよりも、みんなが望んでくれている場所にいる方が君も幸せになれる。そう思わないか?」

『望まれる場所』

その言葉にユキナの心は更に激しく揺れる。

自分は何処で望まれているんだろう。ミナトは、自分のことを望んでくれていたんだろうか。

望まれる自分。

望まれる場所。

望まれるって………なに…………?。

「君が望まれているのは、木星だ」

「…違うよ」

ユキナはきっぱりと言い切る。

カイトは興味深そうに話の続きを促す。

「違うよ。絶対に違う。私は望まれたからここにいるんじゃない。望まれないからってここを出ていくつもりも無い」

「ほう」

「私は……私が望んだから、ここにいる」

ユキナのなかで、何かの殻が弾け壊れた。その瞳には、もう迷いは無い。

「私は、自分でこの長屋に残るって決めたの。ミナトさんと一緒に暮らしたいから。そう、私が望んだから」

そうだった。

ユキナは誰かに望まれたから、ここにいるわけではない。自分で選び、望んだ。だから、ここにいるのだ。

「今度もそう。誰かに望まれているから行くんじゃない。自分が望んだ方に行く。木星か地球かは私が決めるの」

ユキナはここに至って、漸くいつもの自分を取り戻していた。

いつもそうだった。誰かに言われたわけではない。自分がしたいと思う通りにしてきた。兄と一緒にいたいから戦場までついてきた。

兄の恋人を見るために和平の使者となり、ナデシコまで行った。今回もそうだ。ミナトと一緒にいたいから……。

「私はミナトさんが好き。ミナトさんと一緒に居たい。ミナトさんがどう思うとか、誰がどう思おうが、そんな事は関係ない。

私が一緒に居たいの。私が一緒に居たいからここに残る。ただ、それだけの事」

ユキナはそこまで一気に言って、カイトを睨み付けた。その眼は、邪魔をするなら、みんな敵だと言わんばかりに。

だが、

「カイト……?」

当のカイトは愉快そうにユキナを見つめていた。さっきまでの断定口調の時の厳しさとは、まったく逆の、優しい眼で。

(もしかして、わざと!?)

その眼を見た瞬間、ユキナは悟った。カイトはわざと自分を挑発して、自分を取り戻させようとしたのだ、と。

それより、カイトに言わされてきた事に驚いていた。

ルリが一緒に居るだとか、源八郎が言ったことなんてどうでもいい。

自分はミナトが好きだ。

ミナトと一緒に居たい。

だから、地球に残る。

何て単純な話なんだろう。今まで悩んでいた自分が馬鹿らしく思える程に。

「私……」

ユキナは、カイトの顔を見たまま、立ち尽くした。

「よくできました」

カイトはそう言いつつ、ユキナの頭をなでる。まるで、兄が、妹をあやす様に。

「それじゃ、ご褒美をあげよう。…ミナトさんがなんで、そうまでしてルリを引き取ろうとするかを教えてあげる」

「……え?」

突拍子もない話題に、ユキナが声を上げる。

「なんでだと思う?」

なでるのをやめ、優しい目でユキナに問う。

「それは……身寄りのないルリが可哀相だから……」

口篭もりながらも、答える。

それに苦笑を返しながら、

「確かにそういうのもあるかもね。だけど、僕が聞いたのはそんなんじゃない。この間、ミナトさんに聞いたんだけどね」

多分、それは昨日の事を言っているんだろうとユキナは思ったが、口を挟まず、耳を傾ける。

「ミナトさんがまだ学生だった頃に両親が離婚したんだって。その時に力になってくれたのが、兄さんと友達だった。

だから、兄弟と友達は大切にしているって言ってた」

兄がいるという話は聞いた事があったが、両親が離婚しているという話は、初耳だった。

「だけど、ユキナちゃんは兄である九十九さんを亡くしてしまった。だから、せめて友達は作ってやりたいって」

「友達……?」

「そ。同い年ぐらいの女の子。木星人だって事を知っても特別扱いしないで、できれば事情を分かっていてくれる友達をって」

「!」

ユキナの頭の中で、妙に強硬だったミナトと無表情なルリの顔が重なった。

同い年ぐらいの女の子?

事情が分かっても特別扱いしない?

だから……?

「……それで、なの……?」

そういうユキナの声はかすれていた。

「少なくとも、僕はそう聞いたよ。後は、ミナトさんに聞いてみな」

「……うん」

「それじゃあ、僕はもう行くよ。やることもまだ残ってるしね」

そういい、ユキナの頭をポンっと叩き、去っていく。

「……ありがとっ、カイト」

自分が驚くほど素直に、ユキナは感謝の言葉を口にしていた。

「良いって。ミナトさんと仲直り、するんだよ」

振り返りながら、気楽にいう。

「もう!ケンカなんかしてないわよ!」

ふくれながらユキナがいう。

「あれ?そうなの?……あ、忘れる所だった。明日の昼の一時過ぎから、ルリちゃんの争奪戦をやるから、応援にいってあげるんだよ」

「争奪戦?なにやるの?」

「まだ秘密。じゃあね」

そういい残して、走って逃げていく。多分、捕まれば根掘り葉掘り聞かれると思ったからだろう。

「あっ!もう、カイト、待ちなさいよ!」

そう言いながらも追いかけ様とはしない。そうしているうちにカイトの後姿が見えなくなった。

「まったくもうっ!………カイト、ありがとう」

そうカイトの去っていった方向にポツリと言い残すと、

「さ〜て、私も帰るか」

元気にそういい、長屋の方向に去って行った。

 

そして一日明けた次の日の一時過ぎ、昨日カイトとユキナが話していた広場には垂れ幕が下がっていた。

その垂れ幕には、『決戦!!ホシノ・ルリ争奪戦 ミスマル・ユリカVSハルカ・ミナト』と、仰々しく書かれていた。

多分、作ったのは整備班の連中だろう。しかも、その垂れ幕の下では、ウリバタケが堂々と賭博屋をやっている。

「さあさあ、買う奴いないか、買う奴いないか!現在四・六でミナトさんが有利だよ!」

どうやら現在の掛け率ではミナトが多いようだ。そして、舞台を囲むようにたこ焼き、ヤキソバ、かき氷、りんご飴、たい焼きなどの食べ物を扱った屋台が列をなしている。ちなみにこれらもナデシコの何でも屋こと整備班の手によって運営されている。

完全に祭りと勘違いしているクルー達は、メインイベントである争奪戦を今や遅しと朝っぱらから騒いでいるのだ。

そうこうしているうちに白州(時代劇などで出てくる裁判所)の上にカイト、ルリを引きつれ、裃姿のプロスペクターが現れた。

ちなみにカイト、ルリは着物を着ている。言うまでもないが、この白州を作ったのも、整備班だ。

しかし、半日しか時間が無かったのにどうやってここまで完全な物を完成させたのだろう。

「お待たせしました。只今より、ホシノ・ルリ争奪戦、開幕です!」

舞台の上からプロスペクターが高らかに宣言する。

『ゥオオオオオォォォォ!!!』

地鳴りのような歓声があがる。その声は基地全体を揺るがすほどだ。その歓声が治まるを待ち、続きを話す。

「では、これより選手入場です。ナデシコ艦長。ミスマル・ユリカ、前へ」

「いえ〜い!」

無意味にピースサインなどを出しながら、ジュンを伴い、現れる。余談だが、アキトは公平な立場にこだわり、ユリカのセコンドを辞退している。

よって、ジュンにお鉢が回ったわけだ。

「次!ナデシコ操舵士、ハルカ・ミナト、前へ」

「は〜い」

こちらは適当に愛想を振り撒きながら、ユキナを伴い、現れた。どうやらユキナはミナトとのわだかまりを完全に払拭したようだ。

両者、舞台にあがり視線をぶつけ合う。火花でも散りそうな雰囲気だ。

「ルリちゃんは、私達と暮らすんだから〜」

「ルリルリは、私達と暮らすのよ」

「そうよそうよ」

すでに彼女たちの勝負は始まってるようだ。

だが、ジュン自身はあくまでセコンドに徹している為、数の上では二対一になっている。

「さて、肝心の勝負の方法ですが」

『ですが!?』

みんなの視線がリングに集中する。ユリカ、ミナトなど、ほとんど睨んでいる様に見える。

ルリ自身は興味があるんだか、ないんだか。まるで他人事のように見ている。

「カイトさん、説明をお願いします」

そう言って、カイトに場所を譲る。

「分かりました。…方法は簡単です。ルリちゃんをお二人で引っ張り合ってください。勝った方が引き取り手の権利を得ます。

それでは準備はよろしいですか?」

「ちょっと待った―!」

いきなり待ったをかけたのは、ユキナだ。

「なんなのよ?それは?野蛮すぎるわよ」

そう言いながら、カイトとプロスに詰め寄る。

「大丈夫です。この方法は、日本古来の裁判です。見た目ほど野蛮じゃありませんよ。他に質問はありますか?」

プロスがさらりとかわす。

「何よー!無視しないでよー!」

「まあまあ、ユキナちゃん。これは大岡裁きって言う裁判を元にした奴で、プロスさんの言った通りそんな野蛮じゃないから……」

ユキナが何か騒いでいるが、カイトが何とか宥めている。

「……無い様ですね。では、いきますよ」

その言葉とともにルリが前に出る。

「……よろしくお願いします」

「よ〜し、負けないんだから。ルリちゃんは私と暮らすんだもん」

そう言いながら、ユリカは気合い十分にルリの右手を握る。

「それはこっちの台詞よ、艦長。私達と暮らした方が絶対にいいんだから」

ミナトもいつもの何処か余裕の残っている感じはなく、気を張り詰め、ルリの左手を握る。

「がんばれー、艦長!!」

「ミナトさん、ファイト〜!」

そこらかしらから声援が飛ぶ。どちらにもに声援を送るもの、純粋にどちらかについて声援を送るもの。

中には賭けた方を応援しているものもいる。人の思いそれぞれの声。そして、プロスペクターが高らかに宣言する。

「お二人とも準備はできておるようですね。それでは、ホシノ・ルリ争奪戦、初め!」

『えぇ〜〜い!!』

同時に掛け声を出し、ルリを引っ張り出す2人。

ユリカは子供の様に口をへの字に曲げ、顔を真っ赤に染めて、ルリを引っ張り続ける。

対するミナトは、普段の何処か力を抜き、余裕を作っているミナトらしくなく、歯を食いしばり、力いっぱいに引っ張っている。

間で引っ張られているルリは、ただ単に我慢強いのか、相変わらず無表情でいる。

大人が両方から全力で引っ張っているというのにうめき声一つあげない。

どうやら、勝負がつくまでは時間がかかりそうだ。

「そろそろ諦めてよ〜。ルリちゃんは私と暮らすの!」

ユリカがなんとか声を絞り出す。

「なに言ってるのよ。艦長こそ諦めなさい!」

対するミナトにも余裕がない。

少しでも気を抜けば、そのまま一気にもっていかれそうな程拮抗している。

ユリカが引っ張れば、ミナトも引っ張る。そしてその力がそのままルリにかかる。

そんな拮抗が1分も続いた頃、ルリに変化が現れた。

「……んっ」

とうとう、ルリが根負けし、小さく声を洩らした。

その声を聞いた瞬間に、ミナトの手から、一瞬力が抜けた。拮抗していた力の一端が無くなった以上、ルリが一気にユリカの方に持って行かれる。

そしてそのまま、ルリはユリカを巻きこんで地面に倒れこみ、ミナトもその場に尻餅をつく。

観衆が一斉に静まった。ちなみに、最初に騒いでいたユキナは、始まると共に、ミナトの声援に移っていた。

注目は壇上のプロスペクターに集まっている。果たして、どちらが勝ったのだろうか。

結果だけを見るならば、ユリカの勝ちだ。だが、大岡裁きの例をあげれば、ルリが痛がったので離したミナトが勝ちという判定でもおかしくはない。

ユリカか、それともミナトなのか?

一同が固唾を飲んで見守る中、プロスペクターがゆっくりと右手を上げる。みんながその手に注目する。

「この勝負………艦長の勝ち!」

そう言い切り、腕でユリカを差す。

『ゥワアアアアァァァァァ!!!!』

その瞬間、先程の倍以上の声が上がった。歓声、悲鳴、怒声、何をいっているのか分からないが、声をあげるもの。チケットを破り捨てているもの。

とにかく、何をやっているのかすら分からないほど、騒がしい。

「アキトー!勝った、ユリカの勝ちだよー!」

まだ握っているルリの手をぶんぶん振り回し、壇上から、アキトに報告している。

一方、ミナトの方はおさまらない。

「ちょっと待ってよ!これじゃ大岡裁きの逆じゃない!」

そう言いつつ、プロスペクターに詰め寄る。

「と、申されましても、これは大岡裁きではなく、あくまで勝負です。そして、それに勝ったのは、艦長です。…何か問題でも?」

と、宥めながらも答える。

「あたり前でしょうが!私はルリルリを気遣って離したのよ!それが何で負けなのよ!」

「最初に言ったはずですよ。勝った方が引き取り手だと。それには納得してくれていましたよね。そして勝ったのは艦長です。問題はないはずですが?」

「だから、人道的に………」

「ですから……」

話は延々平行線を走る。途中からはユキナも混じり、展開された。それに少し遅れて、カイトもプロスペクター側に参戦。

ちなみに参戦が遅れたのは、話がこじれない様にユリカに口出しをさせない為だ。

「さあさあ、買う奴いないか、買う奴いないか!現在四・六でプロスさんが有利だよ!」

第二ラウンド開始だといわんばかりに、ウリバタケが一度閉めた筈の賭博屋を再開している。

 

……そして、話がついたのは、それから優に三時間は過ぎていた。

ミナトとユキナは完全には納得していなかったが、ユリカが引き取る事に一応合意。その頃にはカイトとプロスは完全に消耗しきっていた。

 

そしてそれから二月後、七ヶ月間慣れ親しんだナデシコ長屋は解体され、それぞれの居場所へナデシコクルー達は歩んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対談あとがき

カイト(以下K)「これで長屋編は終わりですか?」

そっ、これ以上書くことないし。それに、今回も小説から結構エピソードを引っ張ってきたし。

K「とりあえず、秋山さんとの会談と、その後の僕とユキナちゃんとの会話大体この二つですか?」

だね。二つとも付け加えをしたくらいだし。後者は元はフクベ提督との会話だったんだけどな。他のシーンも小説から引用した場面がかなりあるし(笑)

 

K「またパクリですか?」

人聞きの悪い。小説の2次SSだと思ってほしいね。

K「……詭弁じゃないんですか?」

まあ、文句さえ来なければ良いんじゃない?

K「……ですね。それじゃ、次。ジュンさんを使うんじゃなかったんですか?」

ああ、あれ?あれ、動かんから気にしない事にした(笑)

K「は……?」

だってあいつ、動かそうとしても動いてくれないんだもん(笑)まあ、次回少し出番があって、その後しばらくでないな(笑)

K「何度も言いますが、いいんですか?それで?」

だってジュンだし(笑)……ま、ここらで締めようか。

K「……ですね。これ以上地雷を踏まないうちに(笑)……それでは、」

また。