「The map of a blank paper」

第1話

 

 

2194年 火星

 

 

オリンポス山は火星最大の山だ。

観光地としても有名だが、直接見ても大きすぎて全体を把握できず実感に欠ける為、宇宙船を使用した観覧が主な方法となっている。

その山体は直径600km、平野部から急激に立ち上る6kmの崖に囲まれ、そこからゆるやかに中央の頂上まで続き頂上高度は26km、テラフォーミングされたとはいえ空気層の薄い火星では頂上付近はほぼ真空となる。

人が住むには厳しい環境だが、多少時間はかかるが低コストで1気圧下から真空状態までの実験が行えるとあって斜面にそって何本もの巨大なドーリーの軌道が走り、各種研究機関が存在していた。

 

そのうちの一カ所、ネルガル所属の研究所の廊下でソワソワとしながら何かを待っているらしき人影があった。

ちらちらと廊下の先を見る姿はかなり危ない人と勘違いされそうである。

と、視線の先にある部屋のドアが開くのが見えた。どうやら中の人が出てくるらしい。

慌てて角へ隠れると、自分の身だしなみを整えて問題が無いか確認し、深呼吸して気合いを入れる。

自分の居る方へと向かってくる足音から距離を判断すると、角から一歩踏み出した。

角を曲がると目の前にいる女性に、さも偶然出会ったかのように声をかける。

「あっ、丁度良かった。今持って行こうとしていたんですよイネスさん、この間の実験の結果をまとめたんですが・・・・・」

普通に部屋に持って行けばいいものをわざわざ待ってまで廊下で資料を渡しているのは、研究中のイネスに持参すると没頭しているイネスに資料だけ奪われてすげなく帰されてしまうからである。どうやら彼はイネスに気があるらしい。

「あら、ありがとう。・・・・・ふ〜ん、あまり芳しくないわねえ。」

白衣の上からでも分かる胸を押し上げて腕を組んだ状態で資料を読むイネスの姿に研究者の視線は釘付けである。

「この結果だと実用には使えないわね。硬度はいいみたいだけどその他が駄目だわ。他のは試してみた?」

「そうなんですよ。もうちょっといい結果が出ると思っていたんですが。今度は配合率を少し変えて試してみます。」

鼻の下を伸ばしながらも研究者としての対応はできるらしい。

「そう、よろしくね。あ、ついでに頼んでおいた極冠研究所のレポートはどうなったの?」

「まだ連絡が来てないんですよ。会社もオンラインでは扱えない情報だとか言って、ここと極冠を結ばないのはどうかと思いますよねえ。欲しい資料がすぐに探せないのは本当に不便ですよ。そんな大したこと調べてる訳でも無いのにどうしてなんでしょうね」

ごく一部の研究者しかその理由を答えることは出来ないだろう。

「そうね、多分極冠とここの間の為だけに専用回線を引くお金が無かったのよ。あ、資料ありがとう。レポートが来たら今度は部屋に届けておいてね、じゃ、また。」

「わかりました・・・レポートの方また催促しておきますよ。」

 

普段とは比較にならないほど話が出来た幸運に対する喜びと、それでもまだ物足りなさそうな複雑な表情をした研究者はイネスを見送った。

イネスが角を曲がり、視界から消えると肩を落としてため息を吐く。

「は〜緊張した。1週間前に突然倒れたと聞いたから何処か悪いところでもあるんじゃないかと思ったけど、顔色は良かったみたいだし、きっと働き過ぎだな。今度レポート渡す時はそこらへんから話を進めて・・・・・」

今度は部屋に届けておいて、と廊下でわざと待っていた事を見破られていたのはすっぱり忘れて都合のいい妄想を膨らませている。

その時全館放送が響き渡った。

『イネス・フレサンジュ女史、面会希望の方がお見えです。警備部へ確認をお願いします。繰り返しますイネス・フレサンジュ・・・・・・』

「・・・・・イネスさんに面会?警備部って事は外部の人間か・・珍しい、というか初めてじゃないか?」

元々オリンポス山という一般人の居住には適さない所である。当然来所する人も限られ、外部の人間が来ることなどほとんどない。

ましてや孤児であるイネスには育ての親しかいないし、その親も同じネルガルの研究員なのだ。普段のイネスを見ていると研究以外に何かをしているようには見えないし、休日に出かけることもない。外部の人間との接点があるとは思えなかった。

尚、特異な生い立ちに限らずイネスの様々な情報については研究所の男達の中では周知の事実である。情報を共有しつつも、敵を出し抜こうと水面下では虚々実々の駆け引きが繰り広げられているのだ。

「ま、どんな人が来たかは今日中に流れて来るだろうし、俺はイネスさんから頼まれた仕事をやらないと。」

イネスと話が出来たので上機嫌で自分の部屋に帰るのだった。

彼は後日、闇の結社から抜け駆けしたとの罪状で袋だたきにあったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

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 現実と想像がうまく両立出来るような小説は出来ないかと思って色々調べながら書き始めました。

 何故環境の厳しいオリンポス山に研究所があるのか?現状で重力が地球の2/5の火星で1Gを実現するには?(火星生まれのアキトが地球に飛ばされた後でも問題なく動けていた事からも1G制御していたはずです。)磁気圏の無い火星で大気を安定させ、有害な太陽風を防ぐ方法は?まあ通常気にしなくても「SFだから」で片のつく物なのかもしれませんが、これを多少の誤魔化しでもいいのでクリアして作品の中に設定として盛り込み、生かす事が出来ないか、というのがこの話の原点です。

 もちろん私ごときの考えることですから色々穴が出てくると思います。その時は容赦なくご指摘下さい。特にナデシコ本筋に関する知識がかなり欠落しているので矛盾している部分などありましたらご教授願えると幸いです。

 

 

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・ふむふむ、なかなかいい匂いがしますね。

匂いだけじゃなく、続けてでてくる料理が美味しいことを期待できますか?