「The map of a blank paper」

第2話

 

 

研究所入り口にある守衛室に研究所内からアクセスがあった。

『お疲れ様です。イネス・フレサンジュです。先ほど私に面会希望者がいると聞いたのだけど・・・』

画面に映るのは所内でも有名なイネスである。当然、守衛の人々も良く知っている。

少々体格のいい、如何にも守衛だ。と言わんばかりの強面がイネスに応答した。恨めしげな視線を送る他の男達の手には白い紙縒が握られている。応対している警備員の手には端が赤く塗られた紙縒があった。誰が出るかで一騒動あったらしい。

「フレサンジュ女史にわざわざご確認してもらうのも気が引けるのですが、一人来てます。」

『確認をしなければいけないってことは外部の人ね?』

「完全にうちと関係が無いって事ではないんですが、今はそうです」

『・・・・今は?・・・・・誰なのかしら?』

「テンカワ博士のご子息、テンカワ・アキトです。」

と、警備員が言い終わらない内に画面が消えた。

 

『あら?画面が消えたわ。端末の調子でもおかしいのかしら。こちらの声は聞こえている?』

「ええ、大丈夫ですよ、聞こえています。他の端末を使用されたらいかがですか?こちらはお待ちしますから」

守衛室でイネスの顔が見られるのは多くて朝夕2回、そのままイネスが泊まり込むことも良くあるのでさらに少ないのである。イネスの顔が見られなくなってしまった警備部の人間は折角の機会を逃すものかと声をかける。

『用件はこのままでも伝えられるからいいわ。で、本人の確認は終わっているんでしょう?』

警備員の希望はもろくも崩れ去り、何も写さなくなった画面に落胆しながらも仕事を続けた。

「ええ、間違いなく本人です。博士が亡くなって彼自身は研究所の人間というわけではありませんから一応確認をと思いまして。」

『今は少し時間もあるし、問題無いわ。すぐに通して。』

「わかりました。それではどちらに?」

『私の研究室でいいわ。私もすぐに戻るから。』

「一応規則で外部の人間との面会は第三者立ち会いの下でということになっていますので私が同席しますがよろしいですか?」

『わかっているわ。じゃ、切るわね。』

イネスと話す機会がほとんど無い警備員は画面が切れた後、イネスの声色がほんの少し変わったことに気が付かなかった。

画面はイネスがわざと切ったのだが、切れていなければ彼はイネスの涙と笑顔という貴重な映像に出会っていただろう。

 

「ようこそ、ネルガルオリンポス研究所へ。テンカワ・アキト君?」

イネスが警備員に連れられて入ってきたアキトへ声をかけた。

アキトは流れるような動きでイネスの前まで来ると丁寧に挨拶を返した。

「初めまして、イネス・フレサンジュさん。突然お伺いして申し訳ありません。」

イネスはアキトへ椅子に座るよう指示し、隣の部屋へ行くと3人分のコーヒーを持って戻ってきた。

「アキト君コーヒー大丈夫よね?」

「あ、はい、すみません。」

「あなたもどうぞ。」

そういってイネスは警備員にコーヒーを勧めた。

「こりゃどうも。イネスさんにコーヒーをいただけるとは光栄です。」

所内の憧れであるイネスから出されたコーヒーという事に舞い上がっていた警備員は、そのイネスの顔がある微笑みに彩られていたことに気が付かなかった。

程なくコーヒーを飲んだ警備員が大きな音と共に床に倒れる。

「予想値より10秒ほど早かったわね。個体差かしら?」

「個体差って・・・・そういう問題ですか?」

事もなく言い放つイネスに呆れるアキト。

「あら、この警備員がいたままで良かったの?わざわざ遠いユートピアコロニーから来たんだもの、何か重要なお話なのかと思っていたのだけれど?」

そういいながら、イネスは近くの端末を操作する。

「ユートピアコロニーから来たってよくわかりましたね?」

「貴方の事は・・・テンカワ博士の研究に興味があったから研究資料を調べたことがあるし、その時にお亡くなりになった前後の話は聞いているからよ。さて、これでこの部屋の記録はダミーにすり替え終わり。何を話しても記録には残らないわよ。」

警備員の食器を片づけ、イネスはアキトの正面に座り直した。

「この警備の人は大丈夫なんですか?」

床に伏せたままの警備員を心配そうに見るアキト。

「ま、2時間は目を覚まさないわね。それ以上は色々と誤魔化すのが面倒だし、何よりこの人が後で不憫なことになるしね。」

コーヒーを飲みながら

「不憫?」

「こっちの話よ。でも床にそのままだと邪魔ね。隣の部屋に移動させてくれるかしら?」

当然移動させるのはアキトしかいない。引きずりながら隣の部屋へ移動させるとイネスが扉を閉め、椅子へ座る。

「で、何を話してくれるのかしら?」

アキトは意を決したように姿勢を正すと、イネスに話を切り出した。

「これから僕が話すことはとても信じられない事だと思います。初めてお会いした貴方に話をするかどうか、かなり迷ったんですがこの火星で万が一にも信じてもらえそうな人は貴方しかいないと思ってお伺いしました。」

真剣な表情でイネスに訴えかける。

「まあ、話を聞かないと信じるかどうかも解らないけれど・・・どうも貴方は私を良く知っているような口ぶりだけど?」

「それは・・・・・これから話す内にご説明出来ると思います。話を聞いてくれた後で警備員に突き出すなりしてくれてもかまいません。どうか最後まで話をさせてください。」

アキトは正面からイネスの瞳を見つめ、返事を待つ。

その瞳には強い意志と決意が表れていた。

と、アキトを見るイネスの表情がゆるみ、唐突に笑い出した。

「フフフ・・・駄目ね、貴方のそんな目をまた見られるとは思っていなかったから嬉しくて、これ以上我慢できないわ。」

「え?」

アキトは咄嗟にイネスの言葉が理解できなかった。

混乱しているアキトの隣に移動したイネスはアキトに抱きつきながら耳元に語りかける。

 

「信じるよ、お兄ちゃん。」

 

 

代理人の感想

・・・やっぱりイネスって研究所では人気あったんだなあ、美人だし・・・・はさておき。

やっぱり逆行アキトなんでしょうね、彼。

イネスさんは逆行なのかそれとも記憶を取り戻しているのかは定かではありませんが・・・・・

面白そうですね、この後の展開は。

現在2194年ですから火星会戦まで後一年。

さて、この後の歴史はどうなります事やら。