「The map of a blank paper」

第5話

 

 

2202 地球ネルガル研究所

 

月から自分の研究室にジャンプアウトしたイネスは自室前に待機していたスタッフを従えて廊下を歩いていく。

コミュニケも使いながら次々と指示を出し、研究所ロビーから外へ出るとリムジンが待っていた。

リムジンとしては珍しく青い色に塗られている。

「あら、アカツキ君も手配がいいわね。これってこの前ウリバタケが作ったやつ?」

車体を見ると、所々車としては見慣れない・・・・妙なでっぱりが散見された。

後部トランク部分も怪しげな盛り上がりを見せている。

「はい。コード5までの暗号通信が可能です。会長がこれの方が良いだろうという事でお迎えするよう連絡がありました。」

運転手としてついてきた社員が分厚い後部キャビンのドアを開けた。

「さすが、いざという時にはそつが無いわね。普段はアレだけど。」

苦笑しながら乗り込むイネスだったが、その動きが途中で止まる。

ゆっくりと顔が横を向くと、扉を開けた運転手に固まった笑顔で問いかけた。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど・・・これロボットに変形したりしないわよね?」

聞かれた社員は苦笑いを返す。

「最初に発注した時、設計段階で会長に阻止されたそうです。本気で悔しがっていたという話ですよ。この車はそれとは別に作りましたから大丈夫です。」

「・・・・やっぱり作ろうとはしたのね。怪しげなボタンは試してみた?」

「一通りは。緊急回避で真横への4G加速や空港滑走路でないと使えないような物もありましたが。」

その顔は笑ってはいるが、どこかぎこちなく引きつっている様がその結果を物語っていた。

「それの何処がリムジンよ。お願いだから私が乗っている時に使うのはやめてね。」

リムジンのゆったりとしたシートに座ったイネスはコンソールを引き出してキーを叩き始める。

「まあ、移動中でも暗号システムが使えるのはありがたいわ。それはアカツキ君に感謝しないとね。」

画面を開き、情報を確認していく。

一緒に研究所スタッフが乗り込んだ後、社員がドアを閉め運転席へと回る。

「試運転で会長とウリバタケ主任が乗った時は悲鳴を上げながらも喜んでいましたよ?」

運転席の社員が通話モニターを介してイネスに楽しげに話しかけた。

「・・・あんな変態達と一緒にしないで頂戴。」

深いため息を残して車は静かに走り出した。

 

「最初は・・・ルリちゃんね。」

月で地球へ向かう事を決めたすぐ後に、地球へ連絡して研究所のスタッフに協力してもらい、ルリの居場所を探すよう手配してあった。

もちろん、地球にいる他メンバーはネルガルに集めるよう連絡してある。

「今は・・・・宇宙軍本部か・・急いでくれる?」

 

引き出した情報と、暗号通信機を駆使して関連各部署に連絡を取って行く。

「今の連絡状況は?10%?遅いわ。もっと急ぎなさい。」

「ルリちゃんにはアポはとってあるの?行動予定も押さえてね。この先の公式行事参加予定なんかあったら強制的にキャンセルさせちゃっていいわ。理由?なんでもいいわよ。適当に返事をしておいて。」

「ナデシコBの定期点検作業進行予定を繰り上げて。兵装関係のチェックは全て飛ばしていいわ。宇宙軍への連絡?そんな事をしたら臨検が入るわよ?必要無いわ。生命維持系は艦橋周りと生活ブロックだけ確認して、他のチェックは飛ばして。動力系とジャンプユニット、ディストーションフィールドの点検、修理を最優先でやって。人手が足りなければ他から借りてもいいわ。会長から委任状はとってあるから、存分にやって頂戴。」

「オモイカネのサブユニットは使えそう?・・・相互接続テストが終わってない?微調整は載せてから私とルリちゃんでやるからすぐ搬入して。ジャンプユニットの制御系へ接続して頂戴。」

「ワンマンシップオペレーションシステムの改修にどれぐらいかかるの?・・・・ちょっと、話を聞いてた?射撃管制システムと兵装コントロール系は無視して良いって言ったでしょう?オペレーション範囲をナデシコCレベルに持って行けと言ってるんじゃないわ。全ての切り替えは難しい?ジャンプシステムはオモイカネ経由でも動かせるから機関、航法システムを最優先でやれば間に合うはずよ?泣き言を言わずにやりなさい。」

「エステバリス生産ラインからディストーションフィールド発生器を5台分取ってきて。工場の対応が遅かったら私の名前を出していいわ。ナデシコBのハンガーデッキに搬入すれば後はウリバタケがやってくれるから。」

「ユリカさんの状態はどう?一般病棟に移された?それなら理由を付ければ退院はできそうね。ミスマル指令に連絡を取って、退院手続きをお願いして。病室では監視が厳しくて何も出来ないわ。・・・・・いえ、ミスマル指令には私から直接説明した方がいいわね。今は本部?・・・・わからない?追跡調査はしてるの?・・そう、分かったら連絡して。」

「CCはどのぐらい集まりそう?・・・・予定でそれだけ?その程度ではまだ少ないわ。その3倍は確保して。期限は1週間よ。」

忙しく指示を出している間に宇宙軍本部へ到着する。

 

 

「ルリちゃんに会ってくるわ。さっき指示した各種予定の進捗状況をチェックしておいて。遅れているところがあったら容赦なく催促していいわ。よろしくね。」

指示を残して車から降りると、白衣を颯爽とひるがえし宇宙軍本部へ入っていった。

ロビーへ入ると、イネスに気が付いた人から人へと話が伝わり、視線が集中する。

いまや二人だけのA級ジャンパーであり、火星の後継者事件でルリと共に活躍したイネスは宇宙軍では有名人だ。ロビーにいた人々の関心がイネスへと集まってくる。

そんな人々の視線を全く気にせず、受付へ向かうと受付嬢へ身分と用件を申告した。

「イネス・フレサンジュよ。ホシノ・ルリへ面会を申し込んでいるわ。」

「イネス・フレサンジュさん・・・あ、はい申告されていますね。ホシノ少佐へ確認致しますので少々お待ち下さい。」

受付嬢がルリの部屋へ連絡を取り、少しやり取りがあった後、通信を切るとにこやかに立ち上がった。

「執務室でお会いになるそうです。ご案内します。」

先に立ち、イネスを執務室へと案内する。

宇宙軍職員が廊下ですれ違うと、女性は自分の胸と見比べて羨望の眼差しで、男性は好色な目で振り返り、イネスの後ろ姿を追った。

悠然と歩くイネスを案内していた受付嬢の足が、ある部屋の前で止まる。

壁にかかったプレートには『ホシノ・ルリ』と書かれていた。

「失礼します、ホシノ少佐。イネス・フレサンジュさんをご案内しました。」

『どうぞ。あいてます。』

インターフォン越しに静かな声が聞こえると、ドアが開く。

 

イネスが部屋に入ると、大きな机の向こうに銀髪の少女がいた。

「お久しぶり。艦長さん。」

にこやかに挨拶をするイネス。対して艦長と呼ばれた少女の表情に変化は見えない。

「・・・・・・お久しぶりです。イネスさん。」

ルリはイネスにソファを勧めると、その向かい側に座る。

「どうしたの?不機嫌そうな顔してるわ。ルリちゃん?」

感情の見えない表情であるが、長く付き合ってきたイネスには不機嫌なのがわかるらしい。

「イネスさんですね?」

「何の事かしら?」

とぼけるイネス。

「ネルガル名義で私の予定が全てキャンセルされました。」

「あら。貴方が連絡すれば予定はそのままに出来たはずよ?何もしなかったって事は了承したと判断したのだけど?」

恨まれるのは心外だとばかりに肩をすくめる。

「・・・・・気乗りのしない予定ばかりなのでキャンセルはうれしいです。でも、理由を工夫してください。」

言葉は静かだが、かなり憤慨しているようだ。

「?理由?」

「飼っている犬が死にそう。趣味の陶芸で山に籠もる。写真集の撮影がある。もう無茶苦茶です。」

「プッ・・・ククク・・・・・た、大変ね。」

イネスは本人の前で笑いを堪えるのに必死だ。

「人ごとじゃありません。犬はまだしも陶芸と写真集って何ですか。軍広報部に、『お祈りしています』『売ってくれ』『発売日は?』って問い合わせが殺到してる。と言われました。」

その様子を想像したのかイネスの笑いは止まらない。

「報告をしてくれた広報部担当者も信じてるし、否定するの大変でした。」

かなり困ったらしい様子が、余計にイネスの笑いを誘う。

「フフフフ・・・・いいじゃない。この際、犬を飼って、お皿作って、写真集出してみれば?きっと大人気よ?」

「イネスさん・・・」

ルリが疲れた表情でイネスを見る。

「冗談よ。・・・しかし何でもいいからと指示したけど、そんな理由つけていたとはね。なかなかユーモアがあるじゃない?」

ようやく笑いが収まったのか、イネスは目尻に浮かんだ涙を指で拭った。

「・・・・イネスさん、遊んでます。」

ルリがため息をつく。

「フフフ・・・そうね、ごめんなさい。貴方が困っている様子を見るのは久しぶりだったから、ね?」

 

しばらく世間話をした後、イネスが話を切り出した。

「これから話す事が今日の本題よ。話をする前に確認したいんだけど、虫は駆除済み?」

虫、とは盗聴器や盗撮器の事だ。

宇宙軍施設に対し、外部からの盗聴はまず不可能だが内部にしかけられれば筒抜けになってしまう。

「いる訳ありません。毎日駆除してます。」

ルリも毎日のように発見される盗聴器に慣れているのだろう。

もっともその中のほとんどは諜報とは無関係な私設団体やファンクラブの物と思われるが。

宇宙軍施設の中に仕掛けられる人物は余程の腕利きか・・・・もしくは内部の者に限られる。

ルリとしては厳密に調査して機密漏洩罪の適用等をするとかなりの人数が引っかかる可能性が高く手間と時間がかかってしまう。

それに対して退治する手間はさほどかからない為、実害が無い範囲では駆除するだけで済ませていた。

「話をする前にもう一度駆除して頂戴。煙も出しておいてね。」

「わかりました。ちょっと待って下さい。」

ルリは自分の執務机から警備部へ連絡し、端末からツールを立ち上げ実行していく。

しばらくして報告を確認してから机を離れると、ソファに座り直した。

「終わりです、イネスさん。これでこの部屋は盗聴の心配なしです。」

「ありがとう。さてルリちゃん、ちょっと確認したい事があるのだけどいい?」

「なんでしょう?」

「宇宙軍に記録されているアキト君の情報、3ヶ月前から見れるかしら?」

 

「簡単です。・・・どうぞ。」

ルリはコンソールを操作して、すぐにイネスへ画面を回す。

「・・・やけに早いわね。」

ルリのオペレーション能力の凄さを分かっているイネスだったが、予想外の早さに驚きの声を隠せない。

「アキトさんに関するデータは、報告がある度に統合軍の分もまとめてます。」

そう言うルリの顔は少し誇らしげだ。

「ルリちゃんにかかっては統合軍も災難ね。」

「足跡を残すのは2流です。」

人類最高のオペレーション能力を持つルリにかかっては全ての防壁は無意味だろう。

報告がある度に、ということは毎日入っていると白状しているのも同義である。

「侵入した痕跡無いから、相手は防壁が役立たずって事に気が付きません。」

「はぁ・・・統合軍に同情するわね。」

「あ、宇宙軍もです。」

イネスの横からデータを見ながら当たり前のように言う。

「・・・・そっちはもう諦めてると思うわ。」

イネスはキーを叩きながらシステム担当者を哀れんだ。

 

コンソールを操作してデータを並べていくイネスは、整理し終わるとしばらく画面を眺めていたが納得したように顔を上げる。

「・・・・・・・・・・・・やっぱり・・・・」

「やっぱり?何ですか?」

まだ状況が理解できないルリは小首を傾げてイネスの言葉を待つ。

「ルリちゃんには知らせていなかったけど、アキト君2ヶ月前から帰港していなかったのよ。」

「え?」

「ネルガルの方で色々あってね。アキト君にはしばらく月を離れて欲しいって言ったんだけど・・・・・」

そう言いながらイネスはキーを操作してデータをグラフ化し、ルリに説明を始めた。

「この記録だと、2ヶ月前から急に戦闘回数が上がっているわ。確認されていない戦闘もかなりの数になるでしょうね。」

ルリに画面を回し、グラフの変化している部分を指さす。

「アキト君は艦とサレナの消耗頻度を十分理解していたはずよ。それなのにこんな無茶な戦闘を続けていたのは・・・・ワザとね。」

顔を曇らせるイネスの表情を見て、ルリも何かを感じたようだ。

「・・・・・もしかして無補給でこれだけの戦闘を?」

「ええ・・・・・そうよ。」

苦しげに返事をするイネス。

「そんな・・・修理、メンテナンスはどうしていたんです?」

「ある程度は自動システムで修理できたはずよ。ただ、こんなに戦闘を継続するのは・・・・修理どころかメンテナンスも出来なくなっていたでしょうね。」

戦闘状態にある艦がメンテナンスすらできない・・・・それがどれだけ恐ろしい事かルリには良く分かった。

「知っていれば止めたのだけど・・・・ネルガル諜報部も散発的に行われる戦闘ばかりでは調べつくすのは無理だったわ。」

イネスの様子にルリも何が起こっているのか気が付いた。

「イネスさん、アキトさんに何かあったんですか?・・あったんですね!?」

ソファから立ち上がり、激しい勢いでイネスに詰め寄るルリ。

「落ち着いて、ルリちゃん。いい?結論から先に言うと、アキト君を追いかける手段はあるの。あるのよ。それを憶えておいてね?」

ルリの勢いに押されながらもイネスは必死にルリを落ち着かせる。

 

「・・・・はい・・」

表面上は落ち着いたように見えるが、その目はイネスの言葉を聞き漏らすまいと必死だ。

「じゃ、言うわね、アキト君はユーチャリスと共に消えたわ。」

「え?」

「数時間前の大規模ボソンジャンプ反応、知っているでしょう?あれの原因がアキト君なの。」

「アキトさんが?原因?消えた・・・・?」

「今まであんなボソン反応が確認された事は無いし、それで何が起こるのかも全くの不明。推測として言えるのは同じ時間に帰ってくるならその場所にも同じ規模のボソン反応があってもおかしくないわ。でも、そんな反応は記録されていない。ということは、太陽系外の遙か遠くへ跳んでいるか、未来か過去か、どちらかへ跳んでいる・・・・しかも8ヶ月なんて霞むぐらい遠くに、ね。」

 

「アキトさんが何処かへ・・・・跳んだ?」

呆然とするルリにイネスが提案をする。

「全てを捨てる事になるけれど、貴方が協力してくれればアキト君を追いかけられるわ。どうする?」

イネスの言葉にルリがじっと考え込む。

「・・・・・・・・・」

今、何が起きているのか、何が出来るのかを整理しているようだ。

真剣な表情で1点を見つめ、考えをまとめているその姿はとても美しかった。

自らを取り巻く環境と、未来、アキトへの自分の想いを心の天秤にかけ、目を閉じる。

 

 

そう時間はかからず、ルリはゆっくりと目を開いた。

「イネスさん。さっき追いかける事が出来ると言いましたね。私に出来る事って何ですか?私は追いかけたい。火星でも言いましたね、戻ってこなかったら、追いかけるまでです、と。ナデシコのみんな、私に優しくしてくれたみんなには感謝しています。でも私は追いかけたい。みんなと別れる事になったとしても・・・・私は追いかけたいです。あの人は私の全てだから。」

そう言い切るルリの目に迷いは無かった。

 

 

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実は下半分のルリとの会話部分は一度書き上げてました。

読み返してみると何か違和感があります。何故かと考えていたら・・・・・

ルリの表現がSSルリバージョン(もっと感情が豊かな感じ)になっていました。

色々なSS読んでて慣れてしまっていたみたいで、書いてる当初は全く気が付きませんでした。

慣れって恐ろしいですね。全部削除して書き直しましたがどうでしょうか?

 

読んで頂けているだけで感謝しております。

よろしければ誤字脱字、罵倒、叱咤、少しの激励等お待ちしております。

 

 

 

 

代理人の感想

全てかい(爆)

・・・・・・・・・・この時点で「壊れ」の影がチラホラ見えるよーな気がするのは私だけか(苦笑)?