「The map of a blank paper」

第8話

 

 

イネスがウリバタケと廊下へと姿を消し、残ったルリが簡単な質問に答えていた。

とはいっても、ほとんどの部分をイネスが説明してしまっているので、スケジュールの細かい打ち合わせや出発前日のパーティーの確認等の話へと変化している。

そんな会場の中、ちょっとした人だかりになっているルリの所から離れた片隅にパイロット3人娘が集まっていた。

「リョーコはどうするの〜?」

「そういうお前はどうなんだよ?」

「私?私は行かないよ〜。連載も差し迫ってるし、自分の作品ほっぽり出す訳にはいかないからね。冷たいようだけどそこまでしなければいけない理由が私には無いから。」

「イズミはどうする?」

「同じく理由が無いわ。理由・・千の理由、千利休・・・・プッ・クックック・・・」

「・・・・頼むから今駄洒落はやめてくれ・・」

イネスの話を聞くだけで消耗しきっていたリョーコは、イズミの駄洒落に力尽き、疲れた表情でそのままテーブルに突っ伏した。

「でも、ほんとど〜するの?」

脱力して伏せたままのリョーコの頭をヒカルがツンツンと指で突きながら遊び始める。

指で突かれるのに合わせてリョーコの頭が左右に揺れるが、反撃する気力も無いのかユラユラと揺れるに任せていた。

「・・・・・今考えてる。」

伏せている為に机に反射したくぐもった声が聞こえてくる。

その声が余計に心の中の葛藤を表しているかのようだった。

「そう。じゃ、最後のパーティーまでに決めないとね。」

「・・・決めないとなぁ・・」

口から出る言葉とは裏腹に、相変わらず伏せたままヒカルに遊ばれている。

そのうち、リョーコには珍しく深い溜息まで聞こえて来た。

「あはは、頑張ってねぇ。イズミ、邪魔しちゃ悪いから行かない?」

「そうね・・・リョーコ、いい?」

「?なんだ?」

「貴方の道は貴方の物。他人の事なんて考えなくてもいい。」

「な・・・なんだよ・・突然・・・」

イズミの言葉に驚いて起き上がると、下から顔を見上げる。

リョーコを見るイズミの表情は心なしか微笑んでいるように見えた。

「だから、貴方は自分自身が納得の行く選択を。迷っていられる時間は短い。自分に正直にね。」

「・・・・・戦闘以外でもシリアスモード出来たのかよ・・・・たまにはまともな事言うじゃねぇか。」

「次に会う時には迷いの無い顔でね。」

そうイズミが言い終わると、二人が揃って立ち上がった。

と、何やら出口の方から悲鳴が聞こえて来る。

「あれぇ?あの声はハーリー君じゃない?イズミ、見に行こう。」

泣き声に近いハーリーの声に、実に楽しそうな顔である。

「ええ・・・。」

無表情なイズミと、にこやかに笑って機嫌のいいヒカルが扉の向こうに消えて行く。

他のクルーも何事かと野次馬根性丸出しで集まり、即席『ハーリー君を励ましからかう会』が催されようとしていた。

 

そんな周囲の喧騒には全く関心を示さず、リョーコは考えていた。

机に伏せたり、悶えたり、頭を殴ったりと落ち着き無く動いていたが、ふと視線を下げ自分の右手を見る。

IFSの文様が浮き出た右手の甲を見つめ、しばらく手を開いたり握ったりする動作を繰り返した後、力一杯拳を握り締めた所で動きが止まった。

「自分に正直に、か・・・・・・・・」

ボソリと呟くように声を出し、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

「そうだな。俺が細かい事を考えても無駄か・・」

囁くような声で呟くと、それまでの緩慢な動きが嘘のように足早に出口へ向かった。

ハーリーを囲んで騒いでいる一団の横を通り過ぎ、ビル入り口へと降りて行く。

すぐに車を捕まえると、最寄りの駅へ向かうよう指示した。

 

と、リョーコが車に乗り込む後ろ姿を柱にもたれかかり眺めている人影がある。

軽薄系ナンパ男、タカスギ・サブロウタである。

「さてさて、リョーコちゃんはどうするんですかねぇ・・・」

聞く相手も居ない独り言が空へと消えていった。

青く晴れ上がった空を見上げ、西の空から差し込む光に眩しそうに目を細める。

「俺は・・・・・・・どうするかなぁ・・・・」

普段見せない真剣な顔をしているが、その思考までが真剣かどうかは分からない。

頭の中には今まで引っ掛けてきた女性の姿が浮かんでいるのかもしれなかった。

 

 

 

各々が自らの進むべき道を模索している間にも時間は過ぎて行く。

その中心地であるサセボのドックでは寝る間も惜しんで突貫作業が続けられ、6日間に及ぶ大改修も終わりを迎えようとしていた。

機関部やグラビティーブラスト等大きな物のメンテナンス、改装は既に終了しており、現在は最終調整と平行して物資の搬入が進められていた。

不眠不休で作業が続けられていたドック内のそこかしこに、資材の影や重機の上で死んだように眠る整備員が転がっている。

罵声や怒号、スパナが飛び交っていたドックも久々の静けさが戻り、時々行き交うカーゴの音が響くだけ。

作業時間はぎりぎりだった筈なのに、何処にそんな余力があったのか解らないが外装まで綺麗に磨き上げられたナデシコBが照明の中に白い船体を浮かび上がらせていた。

と、その船体の下、メンテナンス用のキャットウォークを歩く人影がある。

長いツインテールの髪を揺らしながら歩く姿は、制服に身を包んだホシノ・ルリであった。

ルリの姿を見つけ、挨拶や手を振る整備班の人々に返答をしながらナデシコBの艦内へと入っていく。

予めコミュニケでオモイカネへ問い合わせ、ウリバタケの所在を確認していたルリは迷うことなくナデシコBのハンガーデッキにたどり着いた。

 

そのハンガーデッキでは、ウリバタケが部品状態で運ばれてきたディストーションフィールド発生器を前に整備員数名と話し込んでいる所だった。

図面を広げ、スパナを指示棒代わりに真剣な顔で施工手順を説明している姿は頼もしささえ感じさせる。

やるべき事を伝え、自らもスパナを握り締めて作業に取りかかろうとしたウリバタケだったが、そこへ現れたルリが背後から声をかけた。

「ウリバタケさん、ちょっといいですか?」

「お、おう、どうした?心配しなくても作業は順調だ、朝までには終わるぞ?」

突然現れたルリの姿にウリバタケは驚き、整備班全員の動きが止まる。

そんな周囲の反応を全く気にせず、ルリはウリバタケへと近づいていった。

「それについては整備班の皆さんを信用してます。心配はしてません。」

いつもと変わらず抑揚の無い声で答える。

人によっては冷淡だと捉えられかねない口調でも、受け取る側が良く分かっていれば問題はない。

整備班全員ルリがお世辞でそんな事を言う娘で無い事は良く分かっていた。

「じゃあ、何だい?」

「二人だけでお話し出来ますか?」

「ん?ああ、いいぜ。今区切りがいい時だしな。」

もちろんこれから作業を始めようとした状況で区切りが良い訳は無く・・・・周囲のメカニック達の目に恨みと嫉妬の色が浮かんでいる。

しかしウリバタケは周囲からの無言の非難を、睨み返す事で黙らせた。

「それじゃあブリッジへ行くか?色々いじくったからな。出航前に一度確認したほうがいいだろう?」

「そうですね。」

ウリバタケはスパナを手近な工具箱へ放り込み、二言三言するべき作業を指示するとブリッジへと向かう。

その後を追おうとしたルリだったが、2,3歩歩いた所で振り返ると、

「すみませんがウリバタケさんを少々借ります。」

そう言って、残った整備員達に頭を下げた。

ウリバタケがルリと行動を共にする事を快く思わなかったメカニック達であったが、ルリ自ら頭を下げられては納得するしか無い。

「大して時間は取りません。出来るだけ早く返します。皆さん後少し、宜しくお願いします。」

ルリの言葉に、下がっていた整備班のモチベーションが一気に復活した。

「うおぉぉぉ!みんな、きっちりやれよぉ!」

「おおぉぉぉ!」

皆、連日の作業で疲れている筈だったが、ルリの一言で気力を回復し魂の声を張り上げる。

男達の雄叫びを背に、ウリバタケを追いかけてルリはブリッジへと向かった。

 

ハンガーデッキからブリッジまでの間、ルリとウリバタケは無言で歩いていた。

さほど時間もかからずにブリッジへとたどり着く。

通常時には接舷していても即時対応出来るようブリッジだけは生かしておくものだが、メンテナンス中の為、常時起動のオモイカネを除いて全ての管制装置が落とされ、必要最低限の照明しか点灯していない。

ルリが艦長席からIFS操作をすると明るさが戻り艦橋機能の起動シークエンスが行われ自己診断画面が開いていく。

カウントダウン表示と共に徐々に生き返っていくブリッジ。

普段であればオペレーター達が並ぶ席には誰もおらず、ナデシコCでの運用をフィードバックしたワンマンオペレーションシステムに組み替えられた画面が映し出されていた。

艦長席に座るルリの後ろ、副長席あたりに佇むウリバタケは黙ってルリのしている事を見ている。

センサー類が未だ接続されていない区画や機能は空欄となって表示されるが、使用されない居住区等の今回のミッションでは重要度の低い所ばかりである。

起動指示を出した後は、完全に立ち上がるまでルリに出来る事は何一つ無い。

ルリは次々とその様子をしばらく見つめていたが、ぽつりと話を始めた。

「ウリバタケさん?」

「ん?なんだ?」

「その・・・お礼を言いたくて・・・」

「お礼?改装作業についてか?」

ルリが艦長席に座って前を向いたままなので顔を見る事は出来ないが、ウリバタケはそんな事を全く気にせず話しかける。

「それもありますけど・・・今言いたいのは違います。・・・・親について相談した事です。」

「ああ・・・。」

「・・・言って良かったです。ウリバタケさんの御陰ですね。」

「そうか。」

ウリバタケの言葉は短かったが、その顔には満足そうな笑みが広がっている。

「・・・ウリバタケさん・・」

「なんだ?」

「ちょっとだけ・・・・お話聞いてもらってもいいですか?」

「ああ・・・いいぜ。」

「私を作った所も育ての親も、研究とお金の対価として私を見てました。私を私と見てくれる人は居なかった。私の存在理由はマシンチャイルドの成功例、それだけです。」

ウリバタケはルリの言葉に相づちをうつでもなく、ただ黙って聞いている。

「最初にピースランドに行った時、少し期待してました。自分にも親と言える・・・呼べる人が出来るのかもしれないと・・・・でもあの時は、言葉に心のこもっていない親としての体裁だけを整える人・・そうとしか思えませんでした。その後行った研究所での思い出が余計にそう思いこませていたのかもしれません。」

「でも、今回初めて向き合って話をして・・唐突で、しかもお別れの話なのに私の話を全部聞いて、励ましてくれました。・・・少ししか会っていないのに遺伝子上の関係でしかないのに、私の事を娘だと、愛娘だと言って抱き締めてくれました。」

「・・・・」

独白を続けるルリの後ろ姿は、普段の冷静沈着ではなく年相応・・・むしろ遙かに幼い雰囲気を伝えてくる。

「絆、あったんですね。全然気が付きませんでした。・・・・その絆を自分から切ろうとしてるんです。あれほど願っていたのに、お笑いですね。・・でも、私はあの人を追いかけたい。・・・フフッ・・今になって迷ったんですよ。可笑しいですね?」

「・・」

「でも大丈夫です。単に無くした物を取り返しに行くんですから。・・・帰ってこられる可能性は低いですけどゼロでは無いですしね。帰ってきたらアキトさんを連れて母に報告するんです。この人が私の家族ですって。」

「だから・・・・その時はウリバタケさんも一緒に行きましょう。母に言ってあげます、私を励ましてくれた人だって。もしかするとちょっとぐらい研究費用を出してくれるかもしれませんよ?」

「・・・・・・・ああ、そうだな。じゃあ、俺も言わないとな。あんたの娘さんは頑固すぎる。しかも家族揃ってだ。こっちは振り回されて大変迷惑している。もう一度あんたの所で全員教育し直せ、ってな。」

「・・・・・酷いです、ウリバタケさん。」

肩を震わせて笑いながら振り返るルリの顔に影は無い。

自分の居るべき場所を見つけ、それを自らの力で勝ち取る。

目的を持ち、自らでそれを成し遂げようとする者の強さがそこにはあった。

「いい顔だ。しっかり首根っこに首輪かけて来い。」

「はい。」

 

 

 

その夜、開かれたパーティーは大いに盛り上がった。

ホウメイが腕によりをかけた料理をたいらげ、呑み、騒ぐ。

今までの人生に比べれば短い時間ではあったが、ナデシコで共に戦い、過ごした思い出をそれぞれが記憶に刻み込むように話に花が咲く。

そんな楽しい時間も余りのハイペースにダウンする者が続出し、さらにルリやイネスが就寝の為退席したのをきっかけに縮小し始め、様々な思いを胸に自然と解散となる。

 

 

 

夜が明け、すでに日も昇って数時間経とうとしていたがナデシコBは静けさに包まれていた。

夜通し騒いでいたクルーも、さすがに疲れ切ったのか床やら椅子やらそこら中で死んだように眠っている。

静まりかえり、動く者の居ない艦内だったが艦橋では一人ルリが最終調整を行っていた。

「オモイカネ、どうです?」

ナデシコBを司る演算ユニットのオモイカネと協力し、ウィンドウボールの中でIFSを駆使して様々なデータの確認を効率よく進めていく。

『機関部、生活ブロック、各部チェックOK。』

チェック項目のウィンドウが次々と現れては問題がない事が表示され、最後に鐘の音と共に、

『たいへんよくできました。』

全てのチェックに問題が無かった事を伝えてくる。

「そう。整備班やネルガルの人達、頑張ってくれましたね。後で皆さんにお礼を言っておきましょう。」

満足そうに頷き、こちらも作業が終了したのかウィンドウボール一杯に広がっていたウィンドウに最後の確認の視線を走らせる。

と、その目が1枚のウィンドウの所で止まった。

「・・オモイカネ、このアクセス記録は?」

それはシステムへログインした人と、そのアクセス先の履歴だった。

オモイカネに直接アクセス出来る人はごく一部に限られる為、ルリかハーリー以外の名前が並ぶ事は滅多に無い。

しかし、今ルリの見ている履歴には良く知っている人物の名前が記録されていた。

『当該アクセスについて確認。イネス女史より許可有り。システム確認と点検、データベースへのアクセス後ログアウト。』

「・・・・イネスさんが許可?・・・そう・・」

何やら少々腑に落ちない様子であったが、整備上問題でもあったのかと納得してウィンドウを閉じる。

ウィンドウボールが閉じるられると、艦橋中程まで迫り出していた艦長席が通常位置に戻っていった。

「オモイカネ、統合軍宇宙軍の艦隊運行状況から遭遇確率の低い航路を算出しておいて下さい。」

『OK。ルリ』

即座に返答を返してくるオモイカネに満足そうなルリ。

艦長席から立ち上がるとちょっと背を伸ばし・・・崩れた。

「痛い・・・我ながら固い体ですね。少しは運動しないと駄目でしょうか・・」

日頃あまり体を動かさないルリに、ここ連日のハードスケジュールは厳しかったようだ。

いきなり動かすのは危険と判断し、ノロノロと肩や腰を動かしていく。

誰も居ない艦橋だから良いが、端から見ればその姿は変な踊りを踊っているとしか見えない。

時々可愛い悲鳴を上げながらのたうつルリの姿は、とても可笑しかった。

 

ルリの怪しい柔軟(?)も終わり、何か食事でもとルリが食堂へ向かおうとした時、艦橋へイネスが入ってきた。

「おはよう、ルリちゃん。」

「おはようございますイネスさん。」

「昨日は大変だったわね?」

イネスが感心したように声をかける。

ルリは昨日のパーティーでは皆から声をかけられ、会場中を飛び回っていたのだ。

誰とは言わず会う度に一緒に撮影してくれとせがまれ、揃ってフレームにおさまりその後少し話をして又次の人へ会いに行くというのを繰り返していた。

「はい。皆さんなかなか離してくれなくて・・・私未成年なのにお酒を次々と勧めて来るんですよ?断るのが大変でした。」

「ふふ・・・人気者はつらいわね。皆離れがたいのよ。少しでも思い出を残したかったんでしょう。」

「・・・・そうですね。でも、途中でウリバタケさんやアカツキさんの姿が見えなくなりました。今も艦内には居ないみたいですが、イネスさん知ってますか?」

「あら?言ってなかったかしら?おかしいわねぇ・・・」

おかしいと言いながらもイネスの顔は困惑や疑問ではなく、笑っていた。

しかも何かを含ませるような「ニヤリ」とした笑いである。

その言葉と態度のギャップは、ルリに警戒心を抱かせるのには十分だった。

「何です?」

ルリはイネスの胡散臭い態度に少し冷たい問いかけをするが、イネスの方は全く気にする様子も無く、とぼけて笑ったままわざとらしく考え込むフリをしたりしている。

「そうねぇ・・・説明するより行って貰った方が早いわ。時間も無いしね。」

「行く?」

「そ。さあ、艦長さん、礼服に着替えて頂戴。」

「はぃ?」

「早く。アカツキもウリバタケも上で待ってるわ。」

「上?え?」

「ほら。早く早く!」

「え?え?え?」

全く事態を把握出来ず、困惑した顔をしたままイネスに引きずられて艦橋を後にする。

『いってらっしゃ〜い』

その後ろ姿を暖かくウィンドウで見送るオモイカネであった。

 

強制的に礼服に着替えさせられたルリは、エレベーターで地上に出るとリムジンに乗せられた。

そのまま車はドック出口からほど近い宇宙軍の施設へと移動していく。

あらかじめ連絡がしてあったのだろう、全く止まる事無く入り口のゲートを抜けると、そのまま施設内をしばらく走った。

目的地に着いたのか車が停まると同時にリムジンのドアが開けられ、促されるままにルリが車を降りる。

降り立ったルリの目の前には・・・・紅い絨毯が伸びていた。

何やら周りは飾り立てられ、楽団や儀礼銃を抱えた行進隊が待ちかまえ、少し離れた見学台とおぼしき辺りには揃いのハチマキをした危なそうな一団が陣取っている。

絨毯の先、少し高くなっている台の上には不在のミスマル提督に代わり、秋山准将とムネタケ参謀の姿が見える。他にも宇宙軍、統合軍のお偉いさんが居並び、その中にアカツキの姿もあった。

と、ルリが到着したのに合わせて楽団が曲を演奏し始め、出席者一同が一斉に拍手を始める。

それに合わせるように見学台に横断幕が翻った。

【最年少美少女艦長ルリちゃんの航海の無事を祈って】

等はまだまともな方で、

【ルリLOVE】

やら、

【僕を踏んで下さい】

とか何かを勘違いしている文章まであった。

「はい?」

事態が掴めず、呆然としているルリのコミュニケにイネスから通信が入る。

『それじゃあ、説明するわね。これからワンマンオペレーション実験航海の出航式典が行われるわ。宇宙軍のお歴々や政府のお偉いさんが来ているから粗相のないようにね。訓辞、激励の言葉等を含めて1時間弱の予定よ。ほら、腕を上げるとか何か返事をしなさい。失礼でしょう?』

多くの人が注目している中だったので画面は出さず音声のみでの通信だが、どことなく笑いが含まれた声であったのは気のせいでは無いだろう。

ルリとしても大勢の前で何時までも呆けている訳にも行かず、イネスの言葉に誘導されるように手を上げた。

しかし、返礼として大きく手を振る等という行動パターンはルリには無い。

体の前にちょっとだけ右手をかざして礼の替わりとしたが、集まっている人々にとってはそれだけでも十分だったらしく、大きな盛り上がりを見せた。

周囲の異常な過熱ぶりを余所に、その張本人は外見は冷静な・・内面は引きまくっていたりするが・・態度を崩さず、目前に見える式典台の方へと歩き始める。

「イネスさん・・・・・・・・・・ワザとですね?」

とりあえず、右手はそのままに小さく振り、ゆっくりと歩いていた。

見学席から物凄い歓声が上がるが、そっちは見ない事にしてコミュニケで繋がったままのイネスに話しかける。

『言い忘れた訳じゃ無いのよ。例の説明会からルリちゃんに会う暇無かったでしょう?伝えようとは思ってたんだけどつい機会を逃しちゃってね。』

ルリはイネスがもっともらしい言い訳をしているのを完全に聞き流していた。

不在とはいえ連絡手段などいくらでもあった筈である。

特に、オモイカネに伝言を頼むぐらいの事はイネスでもアカツキでも・・・・この場に関わっている全ての人に取れる手段だ。

それをせず、あえてオモイカネにすら知らせずに事を進めていたという事実が、ルリに対して罠をしかけていたという証拠であった。

『・・・・隠し事って隠してあるから疑いたくなるのよ。それならこっちから公開してやればいい訳。変に邪魔が入るより余程いいと思わない?』

「・・それについて否定はしませんが・・・・・私に一言ぐらい・・」

『あらかじめ言ってたら、逃げるかこの話を潰すかしようとしたでしょう?』

「・・・・・否定はしません。」

イネスの言葉に気が抜けたのか、少し険しくなっていた表情をゆるめ、小さく溜息をつく。

「ここまで来たら逃げる事も出来ません。今回は大人しく騙されますが次はありませんよ。」

すでにルリ一人の我が儘が通用するような状況では無い。

何を言っても無駄であるのなら開き直って式典に望む方が精神的にも負担が少ないだろう。

『肝に銘じておくわ。それじゃ後でね。』

画像は無いが、コミュニケの向こうでイネスが笑っている様子が頭に浮かび少し肩を落とすルリであった。

 

完全に開き直ったルリは大人しく式典に参加した。

壇上に上り、一通り挨拶を済ませたルリが指定された席へと向かう。

その席の隣には元大関スケコマシ、アカツキ・ナガレがいた。

「やあ、ルリ君。昨日はご苦労さん。」

近づいてくるルリに普段と変わらぬ口調で話しかける。

しかし、その外見は高級スーツを着こなし外交用の爽やかな笑顔をルリに向けていた。

ルリとしては普段見慣れない姿に多大な違和感を感じるが、その姿は企業代表としての表の顔なのかもしれない。

「アカツキさんも。歩いてただけですから私は平気です。」

「そうかい? ならいいけど。ま、無理はしないようにね。」

台の中央に宇宙軍の将校が立ち、何か演説を行っているが全く聞く耳ももたずルリに話しかける。

「・・・・・アカツキさんも知ってたんですね?」

「?何をだい?」

「この式典の事です。」

「そりゃそうだよ。この会場の準備をしたのは僕だよ? 3日前に言われてここまで整えたんだから誉めて欲しいねぇ。しかしルリ君の人気はさすがだね。こんな無茶なスケジュールだと人なんか集まらないと思ってたんだが・・・君の名前を出したら皆二つ返事で出席だよ? しかも若いのから年寄りまで。」

「・・3日前?・・・・・・なるほど、やはり元凶はイネスさんですか・・」

「どうしたんだい?やけに不機嫌だねぇ。」

「いえ・・・いいです。もう諦めましたから。」

「?」

経緯の分からないアカツキにはルリの不機嫌な理由が掴めない。

しかし自ら答えようとしないルリに対し突っ込んで聞いてみても答えが返ってくる筈もなく、やぶ蛇になりそうな雰囲気を察して深く聞かない事にしたようだ。

その後は多少の情報交換とたわいもない話をしている間につつがなく式典も終わり、最後に出席者と握手を交わす。

最後の時になって誰が来ているのか気になったルリが改めて眺めてみると、誰も彼もルリの事を孫のように気にかけてくれていた人々である。

だからこそ、急な招集にも応えてくれたのだろう。

結果的には彼らを騙す事になるルリの胸がちくりと痛んだ。

 

 

最後の物資が搬入され、出航の準備が整ったナデシコB。

そのナデシコBのブリッジにイネス、ルリの姿があった。

二人が顔をつきあわせた直後はルリがイネスに冷たい態度を取っていたが、その程度の事が伊達に年は取っていないイネスに堪える訳も無く、不毛な事を悟ったルリが心の中で白旗を上げて普段の関係へと戻っている。

「イネスさん、ユリカさんは?」

「医務室で眠ってるわ。」

「そうですか。・・・・オモイカネ、乗艦者を確認。」

『検索中・・・・・・・現在乗艦者名、ホシノ・ルリ、イネス・フレサンジュ、タカスギ・サブロウタ、スバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミ、他にウリバタケ・セイヤ以下登録された整備班、以上です。』

「サブロウタさん? リョーコさん達まで・・・イネスさん、何か聞いてます?」

「いいえ。何も聞いてないわ。」

「オモイカネ、リョーコさん達をブリッジへ。」

『了解』

 

リョーコ達がオモイカネの誘導でゾロゾロと連れ立って艦橋へ入ってくる。

この先には困難が待っているという緊張など無く、いつもと変わらない様子の4人。

先頭を歩いていたリョーコがルリの姿を見ると街で会ったかのように軽く話しかけてきた。

「よう、ルリどうした?」

「どうしたじゃありません。何故です?」

「何故って言われてもなぁ・・・強いて言えば悔しいから、かなぁ・・」

「悔しい、ですか?」

「ああ、あいつにはやられっぱなしだからな・・・。あいつが大変だった時に俺は何もしてなかったし、結局火星極冠でも捕まえられなかった・・・その後も止めなきゃいけないのに敵わなかったしな。このまま終わりに出来る訳無いだろ?すっきりしないんだよ、このままじゃ」

「そんな曖昧な理由ですか・・・・」

「いいんだよ。俺はそれで納得してるんだ。親、親戚とも話して来たから後腐れも無い。それに、あいつ捕まえるのに実働部隊が必要だろう?そういう事で頼むよ。」

「リョーコさんなりによく考えて出した結論なんですね?」

「そうだ。」

真っ直ぐルリを見るリョーコの目を見たルリには真剣さが伝わってくる。

「・・・わかりました。助かります、宜しくお願いします。」

「おう、よろしくな。」

「リョーコさんはわかりましたが、ヒカルさんとイズミさんは?」

「こいつらは・・・」

リョーコが言いかけたのを横から押しのけてヒカルが前へ出てきた。

「ねぇねぇ、ウリピーに聞いたよ。2週間戻るんだって?しかもその後、救命ポッドで缶詰なんでしょ?」

「え?ええ・・・そうですが・・・」

陶酔したような、何か危ない目つきでルリへと迫ってくる。

「2週間・・・・それだけあれば十分だわ。それにロハで人手もある。うふふふふ・・・」

「・・・?」

ルリを見ているようで見ていない、何処かへ逝ってしまった様子のヒカルに、ルリは事情が全く掴めない。

その様を見かねて横からリョーコが補足を加える。

「あ〜、なんか次の締め切りがヤバイらしいんだ。昨日までは乗るつもりは無かったらしいんだが、パーティーで俺がウリバタケに色々と細かい事聞いてたら2週間戻るって話に反応してなぁ・・・余分に時間が取れるって事に狂喜してるらしい。」

「はぁ・・・でも、確実って訳じゃ無いですよ?」

「ルリとイネスが組んで失敗するような事は無いだろうしな。とにかく余分な時間が出来るのなら悪魔とでも取引したい程だったらしい。まあ、跳躍するまでのガードには役に立つだろ?乗せてやってくれよ。」

「・・・・いいんですか?ヒカルさん?」

「ルリルリ、守ってあげるから、その換わりに時間を頂戴ね。」

ルリの両手を取ると胸の前で合わせて握り締め、ルリの瞳を見つめてお願いをする。

すでに頭の中には2週間の時間が出来る事しか頭に無いらしい。

「はぁ・・・よろしく・・」

非常に上機嫌でハイになっているヒカルに何を言っても無駄だと適当に返事をすると、ヒカルは身を翻してあっという間に視界から消え去った。

あまりの素早さに呆気にとられたルリだったが、消える直前、足が4本あったように見えた。

「?」

何かを忘れているような・・・ルリがそんな疑問詞を頭に浮かべている。

図らずもその疑問はリョーコの独り言で解決する事となった。

「そういや、サブは1年前アシスタントの経験があったか、可哀想に。」

その言葉にサブロウタに理由を聞き損ねたと気が付く。

しかし時既に遅し、今ヒカルの部屋へ行けば艦長のルリでさえもアシスタントに使いかねない。

わざわざ自分から身を危険にさらす必要は無かった。

ルリはあっさりと諦めてサブロウタの健闘を心の中で祈ると、残ったもう一人、イズミに話しかける。

「イズミさんは?」

「・・・暇だから・・」

「ひ、暇だから、ですか?」

理由とするには余りにも酷い言葉を聞いてルリは呆れかえる。

「そう・・暇・・・・」

「でも危険ですよ?」

「ヒカルと一緒に降りるから大丈夫・・・・・大きな勝負・・ダイショウブ・・ダイジョウブ・・・・・フフフ・・・」

くだらない駄洒落をつぶやきながら、その視線は遠い方向を見ているようだ。

「そ、そうですか・・・・宜しくお願いします。」

あえて反対する気力も無く、ルリはそれしか言えなかった。

 

 

 

ルリが艦長席に座り、コミュニケに一斉放送の設定をすると小さく息を吸い込み目を閉じた。

艦内だけに留まらず、ネルガルのビルに集まっているナデシコクルーにも送るよう設定されている。

何も喋らず、ただ表示されているだけのルリの顔を皆黙って見ていた。

ほんの数秒、しかしそれが何かとても長い時間のようにも感じられる。

動きの無い、止まった画面の中のルリに時間が戻り、その目がゆっくりと開かれると受信している全ての人に挨拶をした。

「皆さん、聞いて下さい。私の・・・いえ、私達の我が儘に協力してくれて感謝しています。言葉だけで片づけられるような事ではありませんが、あと少し、皆さんの力を貸して下さい。」

静かに、とても落ち着いた様子で語りかける。

誰も一言も喋らず、ルリの言葉を聞いている。

「ナデシコのみんな、ネルガルの人達へ心からのお礼と感謝を込めて。」

「ありがとう。私達、行きます。」

ルリの話の終わりと共に、全員から言葉が返ってきた。

その声は艦橋に響き渡り、すでに個々の言葉を聞き取れる状況では無いが、ルリは接続を切る事もせずじっと聞いている。

その様子を艦橋後方でイネスが腕組みをして見ていた。

一人一人は非常に短い時間ではあったが、ルリのコミュニケに次々と人々が表示されていく。

心配する声、励ます声、挨拶の声、各々が自分達の事を気にかけていてくれる、それが十分に伝わってくる。

流れ続ける声をBGMにIFSを操作すると、ルリが宣言した。

「ナデシコB、出航します。」

 

 

 

轟音と共にナデシコBが成層圏を駆け上がっていく。

それをネルガルのビル最上階、臨時会長室で見送るアカツキとプロス。

「行ったねぇ。」

「行きましたなぁ。何事も無ければ良いのですが。」

「そんな訳無いよ。あんな無茶して無事で済むわけが無い。」

「しかし会長・・・」

「それは彼女たちが一番良く解っているさ。その無茶を押してやり遂げようとするのはテンカワ君を救う事、だ。いやはや、あんな奴の何処にそこまで惚れ込むんだか。」

「会長・・・」

「・・この件の後始末は任せたよ、プロス君。」

アカツキはナデシコBの消えていった方角を見上げたまま、取るに足らない案件処理を任せたかのごとく事務的な口調で命令する。

その表情に何も感情は見えず、ただ、空を見ているだけだ。

プロスがアカツキの横顔に視線を走らせると、その口が声は出さず小さく動いたように見えた。

何となくではあるが、(大変だねぇ、テンカワ君)と動いたような気もするが、はっきりとは解らない。

プロスはあえてそれを確認するような野暮な事はせず、アカツキの言わんとする所を汲み取る。

「わかりました。」

具体的に何をするとも言わず、答えのみを返した。

それを聞いたアカツキは、見上げていた顔を降ろし何事も無かったかのように話しかける。

「さて、次は本社で会議だっけ?急いで行くよ。」

「・・・・は、すでにゴートが車で待機しておりますので。」

「お、手際がいいね。それじゃ、行こうか。」

 

 

追いかける事を選択した者、この世界を選択した者、それぞれの扉が開こうとしていた。

 

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よし、前回は6ヶ月空いたが今回は3ヶ月だ。早かったなぁ・・・・え?月一回投稿?なんの事でしょうか?(^^ヾ

 

とりあえずやっと飛び立ちました。未来な過去のお話もあと少し、・・かな?

5話、6話辺りを書いてた時はこんなペースで何時元に戻るのかと心配してましたが(笑)何とかなりそうです。

 

ブリッジの起動描写は自分の想像です。というか主電源まで全部切った状態から起動する時はこんな感じかな〜って想像して書いてます。このお話はナデシコ本編での科学描写を無視、新設定して描写する事が多くなりますので、そういう物だと割り切って読んでください。

 

今までのお話、ちょっと登場人物を絞り込みすぎたような気もします。名前すら出てこない人物が多数いますが、無理にでも出してほんの少し喋らせた方がいいですか?それとも今の感じでいいんでしょうか?どうもこう、バランスを掴みきれない部分があって・・・出来れば色々ご意見をお聞かせ下さい。

 

よろしければ叱咤、罵倒、少しの激励等頂けると励みになります。

 

 

イズミの駄洒落って難しい・・・(泣)

 

 

 

代理人の感想

ん〜。間違いなく、無理して数を増やすよりは絞った方がいいと思います。

普通の創作とは違い、二次創作のキャラは既にある程度キャラが立ってますから、そう言ったことも

腕次第では不可能ではありませんが、それでも重要人物の印象がぼやけてしまうのは避けられません。

それくらいだったら登場人物を絞って、余り重要じゃない人は置いておいてもいいと思います。

どうせ出てきても本題には関わらないのだったら、読者の注意を余計な方向に分散させることはありません。

そう言う意味では今回のルリとピースランドの家族の話なんか、余計な登場人物を増やさず

ルリと家族の絆を印象付けた上手い展開だと思いますね。

 

後、科学設定の無視とか新設定云々についてですが、

それでも付けられるなら設定が違うことに対する屁理屈の一つか二つはつけておいたほうがいいと思います。

そう言うところを楽しむ人も気にかける人もいますので。