ここは、とあるお寺の一角にある墓地。


 そこに、ある家の名前が彫られた墓石がある。


 その前に黒い服を着た一人の青年が静かに手を合わせていた。


「……母さん。俺、明日行くことに決まったよ」


 手を合わせるのを止め、青年は墓石にむかって語りかける。


 墓石に、自分の母の姿を重ねて。


「母さんが死んでもう二年。

 他の人達には『三回忌まで待ったらどうだ?』といわれたけど、やっぱり待てそうにないよ……。

 こういうところは親父譲りなのかな……?」


 青年はそう言いながら右拳を強く握りしめた。


 まるで、何かの想いをそこに集中するように……。


「俺はいく。親父を連れ戻しに。

 ……ひょっとすると、もうこっちには帰ってこられないかもしれない。

 でも、できるかぎり戻ってくるつもりだよ。じいさん一人じゃ可哀相だからな……」


「……母親の墓参りか?」


 墓石に向かい合う青年の後ろから、男の声が聞こえてきた。


 青年は振り向きもせず、その男と話し始める。


「あぁ。それで、あんたはなんの用だ? まさか、母さんの墓参りに来たわけじゃないだろ?」


「我が墓参りに来たとて、あの女は喜ぶまい」


「違いない」


 青年は後ろを振り返る。


 そこには、編み笠をかぶった老人が立っていた。


「で、それならなんのようだ?」


「餞別だ。それと、別件で我も墓参りだ」


「餞別?」


 青年が首をかしげると老人は何かを放り投げた。


 左手でそれをつかんだ青年は、その何かがなんなのか確かめてみる。


 それは、少々古めかしいリボルバー式の銃だった。


「汝の父親が我にむけた銃だ。彼奴が消える寸前、偶然に置き忘れていったものらしい」


「へぇ……親父の形見、ってわけか」


「我からの餞別はすでに受け取っておろう。それは汝の母親の分と思えばいい」


「母さんの分は、こいつ一つだけだと思ったけどな……」


 そういって青年は自分の顔にあるバイザーに手を当てる。


「……まぁいい。我も長くない身。汝が旅立つとなればもはや会うこともなかろう」


「ふん、ガラにもなく感傷にでも浸っているつもりか?」


「……かもしれん。汝は我が子以外にはじめて教えを説いた者ゆえな」


「けっ。殺したって死ぬようなあんたじゃないだろ? 現に親父に殺されて生きていたくせに」


「くっくっくっ。違いない」


 老人は昔を思い出したのか、楽しげに笑った。


 青年は老人に背をむけ、墓地の出口に足をむけた。


 と、歩く足を一度止めて、振り返らずに老人に問いかけた。


「……そういえば、あんたの墓参りの相手って誰なんだ?」


「……妻と、娘だ」


「意外……あんたに妻子がいたのか」


「我のような者にはもったいなく、よくできた妻であったよ。

 子は……未熟であったがな」


「……二人によろしく言ってやれ」


「あぁ……」


 そして、今度こそ青年は足を止めることなく墓地を出て行った。


 ……それから三日後、新聞の三面記事に老人は載ることになる。


『墓の前での孤独な死。身元不明の老人の遺体発見』


 という見出しで……。










 ところ変わって、そこは薄暗い格納庫の中だった。


 そこに鎮座する一隻の艦。


 全身を白亜の色に染め、まるで剣のように鋭く長い先端が特徴のその艦は、いま静かに目覚めのときを待っていた。


 そのすぐ横のデッキで、一人の少女がウィンドウ・ボールを展開して目まぐるしく動く情報を整理していた。


 そこへ響く一人分の足音。


 つい先日までは作業機械が大きな音を立てていたので気づきもしなかったが、ここは格納庫。足音はよく響いた。


 カンカンと鉄特有の音を響かせて、足音は少女のほうへと近づいていく。


「……どう? 調子のほうは」


「すべて順調。明日の出航には十分間に合うわ」


「そう……」


 暗がりから灯りの元へと現れたのは、中年ぐらいの女性だった。


 少女がこちらを見ないことを気にする様子もなく、女性は話を続ける。


「やっぱり行くの?」


「えぇ……」


「復讐、というわけじゃないけど、いまさら彼を追いかけても意味があるものでもないでしょ?」


「いえ、私たちには意味のあることよ。

 それに、あの人はそんな理由で納得する人じゃないもの」


「そうでしょうね。あなたたちの父親も、変なところで頑固だったもの」


「会ったこともないのに、どうして似てくるのかしらね。今度、研究してみようかしら……?」


「好きにしなさい。

 ……ところで、実際のところどうなの?」


「どうって?」


「とぼけないの。成功する確率のことよ」


「そうね。幸いログの回収には成功しているし、ナビゲーターが二人もいるんだもの。

 ただ、行き先は平行世界だからね。その分の不確定要素をマイナスして……。

 いいところで七割ってところかしら? 最低三割にもいかないかもね」


「それで本当に大丈夫なの?」


「心配いらないわ。私はもちろん、あの人のこの計画に賭ける想いは強いから。

 なんだかんだ言って会いたいのよ、父親に」


「あなたも?」


「私はそういうことを素直に言うタイプじゃないもの。

 もう母さんも認めてくれているし、会社のほうだって明日付けで退職よ」


「そう、できればあなたみたいな有能な人材を手放したくはないけれど……」


「人の意志は会社に縛れるほど弱くはないわよ。特に、私たちのは」


「重々承知しているわ。でも……これだけは約束して」


「できる範囲なら」


「無茶を言うわけじゃないわよ。

 ……絶対、死なないで。生きていれば、必ずチャンスがあるから」


「自殺癖も自己破壊願望も私にはないわよ。

 ……あと、その言葉はあの人に直接言うべきよ」


「だからあなたに言っているんじゃない」


「人を伝言板代わりにしないでよ」


 二人はとくに笑うでもなく、ただ淡々と話を続けていく。


 だが、その裏には二人にしかわからない相手に伝えようとする気持ちが込められていた。


「……それじゃあ、私はもう行くわ」


「そう。さよなら」


「あなたねぇ……、もう少し感動するようなセリフはいえないの?」


「私がこういう性格なのは知っているでしょ?」


「まったく……。それじゃ、元気でね」


「えぇ。あなたも……」


 短い言葉を交わし、女性は格納庫を去っていく。


 少女は一人、ウィンドウ・ボールの中で作業を続けるのだった……。










 そして、翌日。


「それじゃ、準備はいいか?」


「あぁ、もちろんだ」


 先日墓地にいた青年の言葉に答えたのはまた別の青年だった。


 歳は見たところそれほど変わりはなく、若干上程度だろう。


「各相転移エンジン、すべて異常なし。戦艦各部、異常個所無し。システム、オールグリーン」


【出撃準備完了】


 少女の言葉に続くように、一枚のウィンドウが表示される。


「よし、ではこれより発進する。

 まずは最初の目的地、火星極冠遺跡へとむかい、その後、時間調整終了と共にブレイクジャンプを決行する。

 各員の最終チェック終了後、ボソンジャンプを決行するので、準備を」


 バイザーをかけた青年の言葉を聞き、もう一人の青年と少女はすばやく作業を終える。


「光学障壁、展開終了。

 フェルミオン、ボソン変換順調。

 レベル上昇。3……2……1」


「ジャンプ」


 その言葉と共に、格納庫から白亜の戦艦が姿を消す。


 後に残ったのは、名残雪のように光る、青い光だけだった……。




















 機動戦艦ナデシコ 〜 時の流れに 〜 アフターストーリー


         『遠き日からの来訪者』















「……ブレイクアウト。座標位置確認。火星、旧ユートピアコロニー上空」


 静かなブリッジに、少女の声が響く。


「時代、及び現在の世界情勢を把握する。機関最大、地球へむけてジャンプを決行する」


 バイザーの少年の声が続いてブリッジに響く。


 たった三人の搭乗員の手によって、白亜の戦艦は青い粒子を残して火星の大地をあとにした。










 そして、それからすぐあとのこと。


 地球と月の間の宙域に、白亜の戦艦は姿を現した。


「……ジャンプアウトしました。重力波通信の傍受に成功。一般向けの世界規模通信と思われます」


「よし、そこから情報の収集を開始。状況がわかり次第行動を開始する」


 バイザーの青年の言葉を合図に、三人はそれぞれウィンドウ・ボールを展開。情報の収集を開始した。





 …………。





 そして、一時間後。


「こちらは情報収集終了。そちらは?」


 青年がウィンドウ・ボールを閉じて状況を知らせる。


「こちらも終了です」


「こっちも完了した。それじゃ、それぞれ調べたことを報告してくれ」


 少女、バイザーの青年、共に情報の収集が終わったことを告げる。


「それじゃ、まず私から」


 最初に報告を始めたのは少女だった。


「まず、二人もわかっていると思うけど一応報告。

 時代は予定通り2202年。蜥蜴戦争は終了し、地球と木連の間で終戦協定が結ばれています」


「それはこっちでも確認した。他には?」


「はい。

 まず、目的の『ナデシコ』のクルーのその後の足取りですが、ほとんどのクルーは地球でそれぞれの生活に戻っているようです。

 ただ、一部あちこちに放浪していた集団があるようです」


「集団?」


「ターゲット01『テンカワ・アキト』とターゲット02『ミスマル・ユリカ』。

 及びホシノ・ルリ、ラピス・ラズリを含む女性陣が構成率の九割を占める集団です」


「……あの野郎、ハーレムかなんかのつもりか?」


 少女の報告を聞き、いらだたしげに眉をひそめるバイザーの青年。


「詳しい事情は不明ですが、現在その集団はピースランド王国に居を構えているようです」


「たしか、ホシノ・ルリの実家はピースランドの王家でしたね」


「はい。おそらく、そこを拠点としているのではないかと」


「なるほど……。他には?」


「今度は僕が」


 そういって青年が手をあげる。


「頼む」


「木連側についての情報だけど、明らかに技術促進の跡が見られます。

 我々の世界での2202年の技術と比較してみても、こちらの世界のほうが技術力は上です」


「それは連合側でも確認した。特にネルガルの技術進歩の速度は蜥蜴戦争時に急激に上昇している」


「はい。恐らく、『彼』がその影響を与えた原因であると推測できます」


「……ということは、ブレイクジャンプは無事に成功したようだな」


「そうですね。現状の情報を見る限りは」


「あと、火星の後継者はこちらの世界では出現していません。

 どうも、ホシノ・ルリが大規模な妨害工作を行っているようで、中核を担っていたクサカベ・ハルキ、シンジョウ・アリトモ、ヤマサキ・ヨシオらはすでに監獄の中に収監済みのようです」


「……あいつは?」


「いえ。北辰とその配下、北辰衆はいまだ消息不明です。

 さすがの電子の妖精も、素性もわからない存在が相手では探し出せないようです」


「……そうか」


 バイザーの青年はその報告を聞いても特に感情らしいものを見せることはなかった。


「それで、そちらの方はどうだったんですか?」


「あぁ。連合軍は俺達の世界に比べて腐敗が進んでいるようだ。

 連合首脳部はほとんど形骸化し、クリムゾンやネルガル、明日香インダストリーの手駒に成り下がっている。

 ただ、連合宇宙軍と統合軍では指揮系統が違うようだ」


「どういうことですか?」


「統合軍がクリムゾンの傀儡に成り下がっているのに対し、宇宙軍はネルガルのサポートを受けて半ば独立している。

 ただ、そのネルガルもある集団に牛耳られている状態だが」


「その集団とは?」


「テンカワ・アキトとその一行だ。

 間違いなく今のヤツは地球で一番の権力を持つ個人だろうな。まぁ、本人にその気があるかどうかは別だが」


「恐らくないでしょうね。いえ、そういう知識がないというべきでしょうか」


「違いない。

 さて……情報の収集が終わったところで行動に移る。ターゲットの現在の位置を割り出せるか?」


「少し時間をもらえますか?」


「任せる」


「はい」


 少女は再びウィンドウ・ボールを展開すると目まぐるしく情報のやり取りをはじめる。


「……メインコンピューターにコンタクト。……アクセス拒否を確認。

 ……ウォールのキャンセルを施行。

 ゲート、第一から第八までをアクティブルーチンに変更、ダイレクトアクセス。

 ……ウォールのキャンセルに成功。

 管制AIの存在を確認。機種特定、ナデシコ管制AI『オモイカネ』と確認。

 パスコードの施行。……受け入れのサイン確認。

 オモイカネ、検索開始。

 対象。テンカワ・アキト、ミスマル・ユリカ両名の現在地点の表示。

 ……データの回収に成功。接続を解除。

 オモイカネのログを一部消去。なお、このアクセスは所有者、ホシノ・ルリへの報告は必要なし。

 ……デコイ散布。撤収」


 二人の青年が見守る中、少女は黙々と作業を続け、そして二十分が経過したころ、ようやくウィンドウ・ボールを閉じた。


「まさか、私たちの世界であなたが使っていたパスコードを知る者が来るとは思っていなかったようね。パスコードが同じなんて。

 情報の収集に成功しました。現在、両名は別々に行動中のようです」


「……ターゲット01、02の現在位置は?」


「ターゲット01はピースランド王宮の一室に。

 ターゲット02は連合宇宙軍の自室のようです。おそらく仕事ではないかと」


「……ターゲット02の確保を先に行う。ターゲット02の現状は確認できるか?」


「宇宙軍の部屋なら監視カメラが設置してあると思うから、そこからいけます」


「なら、状況を確認し次第、俺が現地にむかう。サポートはイリスに任せる。あと、ツクモ」


 イリスと呼ばれた少女は黙ってうなずき、三度ウィンドウ・ボールを展開する。


 そして、ツクモと呼ばれた青年はバイザーの青年のほうを見る。


「なにか?」


「ないとは思うけど、黒天楼のメンテナンスを頼めるか?」


「あぁ構わないよ。でも、君が自分で行くのか?」


「ボソンジャンプで部屋に直接乗り込む。このほうが手っ取り早い。

 それに……こちらの世界であいつが与えた影響とやら、この目で確かめてみたい」


「そうですか……。でも、気をつけてください。アキラ」


「心配ない」


 ツクモは苦笑しながらバイザーの青年、アキラにそういうと、アキラもまた苦笑してそれに答える。


「アキラ、現在ターゲット02は一人のようです。

 遠隔操作で部屋の鍵をロックしました。10分しか時間はありませんがあなたには十分でしょう?」


 イリスはウィンドウ・ボールを展開したままアキラのほうをむく。


「あぁ、十分だ」


 アキラはそういうとそばにかけてあった漆黒のマントを羽織った。


「それじゃ、行ってくる」


 そういってアキラはメインモニターに表示されたその部屋を凝視する。


「イメージ……。ジャンプ」


 アキラの言葉をトリガーに、ボソンジャンプが発動する。


 その瞬間、アキラの姿は青い光を残して消えた。










「ふんふ〜ふふ〜ん♪ きょ〜ぉはアキトとでぇ・え・と♪」


 自作の歌を口ずさみながら、ユリカは部屋で仕事を進めていた。


 ほとんどの仕事は同僚のジュンに任せ、自分は少ない書類にハンコを押すだけで仕事が片付く。なんとも楽な仕事だ。


 いつもなら、それで仕事は終わり、家で待つ自分が求める夫、アキトの料理を堪能する予定になっていた。


 だが、今日はそうはならなかった。


 突然部屋の中にボソンジャンプの光が現れる。


 いままでアキトがジャンプを行ってきたとき、必ず見ていた光だ。


 ユリカは驚きのあまり、それが人であると認識するまで数秒の時間を要した。


「ミスマル・ユリカだな?」


 驚きから復帰したユリカの目の前には、どこかで見たことのあるような服装の男が立っていた。


 しかも、その男は自分に銃をむけている。


「……あなたは? それと、人違いですよ。わたしはテンカワ・ユリカですから」


 さすがに歴戦の猛者というべきか、銃を突きつけられながら慄然とした態度を崩さずユリカは話を続ける。


「べつに苗字などどうでもいい。いっしょに来てもらおう」


「お断りします。どこの誰ともわからない人について行くほど馬鹿じゃありませんから」


「だろうな」


 ユリカは話を引き伸ばしながら何度も緊急用の呼び出しボタンを足で押していた。


「無駄だ」


「っ!?」


「いくら呼び出しボタンを押しても誰も来はしない。すでにこの部屋のすべての電子機器、通信回線はこちらの手中にある」


「そ、そんな……」


 『王手』あるいは『チェックメイト』でもいい。


 ユリカは完全に追い詰められていたのだ。


「なお、この部屋にC.C及びジャンプユニットがないことも確認済みだ。逃げ場はない。

 ……さて、テンカワ・ユリカ。いっしょに来てもらおう」


「いや! アキ……ぐっ……」


 『アキト』、そうユリカが叫ぶよりも早く、アキラの拳はユリカの鳩尾に入っていた。


「ぐっ……ゲホッゲホッ! ……っ」


 腹に受けた衝撃と痛みで、ユリカの意識が朦朧とし始める。


「手荒にはしたくなかったが、騒がれると困るからな。さて……」


「アキト……」


 アキラはうずくまるユリカを丸太のように担ぎ上げると、ボソンジャンプで再び戦艦へと戻っていった。


 消える最中、アキトを呼ぶユリカの声を残して……。










「お帰りなさい」


 ジャンプでブリッジに戻ったアキラをイリスが出迎える。


「映像は残しておいたか?」


「はい、しっかりと。これであの人は間違いなく激怒するでしょうね」


「そうだろうな。自分の蒔いた種とも知らずに……」


「とりあえず、これを渡しておきます」


「首輪? ちょっと悪趣味な気がするが」


「吹き飛ばすなら頭じゃないと効果がないので」


 恐ろしいことをサラッと答えるイリス。


 一方のアキラはその言葉を聞いて理由に気がついたのか、受け取った首輪をユリカの首に装着した。


「……あなたたちは、いったい……」


 ようやくダメージが抜けてきたのか、床におろされたユリカは自分を見下ろす二人を睨みつける。


「ユリカさん、忠告しておきます。

 その首輪には高性能プラスチック爆弾が仕込んであります。無理に外そうとしたりすると首から上が吹き飛ぶので気をつけてください。

 あ、あとこの艦の外に出ても起爆するので絶対に外に出ないように。

 艦の中は自由に歩いてもらって結構ですから」


「は、はぁ……」


 物騒なことを言われたかと思ったら放逐気味なことを言われ、ユリカはいささか混乱していた。


「一応、今晩寝る部屋もある。コミュニケに場所が表示されるから自分で行け」


 アキラは冷たくそういうと、ブリッジを出て行った。

「え〜っと……」


 どう対処したらいいのかわからず、ユリカは呆然と座り込む。


 こうしていてもしかたがないので、とりあえず艦内を見てまわることにした。


 手始めに自分に割り当てられたという部屋を見に行ってみる。


 部屋に入るまでは監獄のような質素な作りを想像していたユリカだったが、内装はベッドに艦内用端末、キッチンにトイレ、浴室も完備していた。


「なんだかナデシコみたい……」


 民間人を乗せるということで快適に使用できるように、と設計されたナデシコは戦艦の中では異質な部類に入る。


 それなのにこの艦はナデシコと同じぐらいの設備が整っていた。


 再び艦内の散策を始める。途中、自販機がおいてあってビックリした。


 いろいろ見てまわったが、艦内浴場と食堂がないことをのぞけば、間違いなくこの艦はナデシコと同じぐらいの設備が整っていた。


 そして、とうとう最後尾にある格納庫へとたどり着いた。


 そこにたたずんでいた機体のうちの一機を見て、ユリカの顔は驚愕に変わった。


「えっ……? ブラック、サレナ?」


 よく似ている、と思う。


 アキトがかつてナデシコを助けてくれたときに使用したものに比べてずっとスマートだが、その外観、装備、そして威圧感は間違いなくブラックサレナと同じものだった。


「でも……なんでこんな機体がここに?」


 首をかしげるユリカだったが、答えが出るはずもなく、ただじぃ……っとその機体を見つめていた。


『グゥ〜〜〜……』


 ……どこかから腹の虫が聞こえてくる。


 ユリカの腹の虫が鳴く音だった。


「お腹すいた……。あぁ〜あ、ホントなら今頃アキトの手料理を食べているはずだったのに……」


 天井を見上げ、愚痴をこぼすユリカ。


「でも大丈夫! アキトはわたしの王子様だもん! きっと助けに来てくれるよ」


 これまでもそうだった。


 そう信じて、とりあえずユリカは空腹を満たすことにした。










 一方そのころ、連合宇宙軍では大変な騒ぎになっていた。


 なにしろユリカは連合宇宙軍の総帥、ミスマル・コウイチロウの一人娘にして『漆黒の戦神』テンカワ・アキトの妻候補の一人である。


 そんな人物が誘拐されたのだから騒ぎにならないほうがおかしかった。


「なんとしても探し出せ! 草の根をわけてでも構わん!!」


 日頃からユリカのことを過剰ではないかと思うぐらい気にかけていたコウイチロウは烈火のごとく怒り、宇宙軍全軍に捜索命令を下したのだ。


 もちろんユリカ誘拐の報はピースランドのアキトにも伝えられており、ルリやラピスがすべてのネットワークを駆使して捜索にあたる一方、他のメンバーも必死で心当たりを探していた。


「…………」


 この状況で、アキトはいまだに動かなかった。


 動きたいのは山々だったし、実際に動こうとした。が、それは他の全員に止められた。


 特に、ルリから。


 まるで前回の歴史を再現しているかのような状態に、ルリは危機感を覚えたのだ。


「くっ!」


 ダンッ!!


 苛立ちが募り、アキトは八つ当たりに目の前の机を叩く。


「ユリカ……」


 ユリカの無事を祈るようにつぶやくアキト。


 そのとき、部屋に巨大なウィンドウが表示される。


《こんにちは、テンカワ・アキト》


「誰だ……」


《ずいぶんなご挨拶ね。まぁいいわ、私があなたの探している誘拐犯よ》


「っ!! 貴様が!!」


 怒りの眼差しでウィンドウを睨みつけるアキト。


 一方、ウィンドウに映る相手、イリスは怯む様子もなく話を続ける。


《今日連絡させてもらったのは他でもない、あなたに用件があるから》


「用件……?」


《そう、あなたとユリカさんの身柄の交換。どう? 簡単でしょ?》


「それだけのためにユリカを誘拐したというのか!?」


《まさか。彼女にも役目があったから誘拐したに決まっているでしょ?

 でもそれもすぐに済むし、あとはあなたの身柄との交換に使えればそれで十分よ》


「貴様ぁ……!!」


 奥歯が砕けるのではないかと思うぐらい強く歯を食いしばるアキト。


「ユリカをどうするつもりだ!?」


《それをあなたに教える必要はないわ。そうね、新たな歴史を紡ぐ礎、とでも言えばいいかしら?》


 イリスの物言いにアキトは火星の後継者と同じ匂いを感じ取っていた。


「ユリカになにかしてみろ……貴様らを一人残らず殺してやる!!」


《ふん、できるものならやってみればいいわ。

 でも、そのときあなたは自分の罪に耐え切れるかしら?》


「なんだと……?」


「「アキトさん!」」


「「アキト!」」


 二人が会話を続ける部屋に、ルリ、ラピス、サラ、メグミの四人が駆け込んでくる。


「アキト! 大丈夫?」


「あなたは誰ですか!? ユリカさんはどこです!?」


 部屋に入るなり、ルリがイリスに質問をぶつけ、サラがアキトの元に駆け寄る。


「あぁ、俺は大丈夫だ……」


「よかった……」


 アキトの無事を確認し、アキトの元に駆け寄る四人。


 その様子を見ていたイリスの表情に変化が起きた。


《……いい身分ね、テンカワ・アキト》


「……なんだと?」


 イリスの言葉に、再びアキトの敵意がイリスへとむけられる。


《あなたがそうやってぬくぬくと平和を感じている間、あの人がどれだけ寂しい思いをしていたか、あなたは知りもしないでしょ? あの人がどれだけ怒りを覚えたか……いえ、あの人の存在さえあなたは知らない》


「なんのことだ……?」


《歴史を変えて万々歳。『めでたし、めでたし』なんてすべてが済むと思わないことね。

 まぁいいわ。わたしたちは火星極冠遺跡で待っているわ。あなたが来ればユリカさんは無事に帰してあげる。でも、こないようならユリカさんは二度とあなたたちの元に戻ることはない。

 そう覚悟することね》


「なにっ!?」


《それじゃ、私はこれで失礼するわ。いい返事を待っているわよ》


 そう言い残してイリスは通信を切った。


 部屋にはアキトたちだけが残された。


「……アキトさん、どうするんですか?」


「ユリカを助けに行く」


「まさか、交換要求に応じるんですか?」


「いや、ユリカは助ける。でもあいつらのいいようにはさせない」


「わかりました。ナデシコCの発進準備をします」


「頼む」


 アキトと会話した後、慌しく部屋を飛び出していく四人。


 アキトはそれを見送るしかなかった……。










 アキトとの通信を終えたイリスはフゥ、と息をつくと席を立った。


「仕掛けは終了。これで、アキラの望む展開となるはず……」


 イリスはそういいながらブリッジを出て行こうとする。


 ところがそこに緊急アラームが鳴り響き、イリスは足を止めた。


「なにごとですか? ヨモツオオカミ」


【テンカワ・ユリカの部屋より毒物反応】


「は? 薬品の類は私の部屋で厳重管理されていたはずですけど?」


【原因不明。テンカワ・ユリカは毒物反応が出る寸前まで調理をしていた模様】


 それを聞いたイリスは頭を抱えた。


「忘れていましたね……。あの人が極度の味オンチということを」


 イリスは自分のコミュニケを起動。アキラを呼び出した。


「アキラ、いますか?」


《イリスか、どうした?》


「ユリカさんの部屋から毒物反応が出ました。例のアレです」


《アレ、か。わかった……夕飯は俺が作る。

 ツクモにテンカワ・ユリカを俺の部屋に連れてくるように伝えてくれ》


「はい。私は部屋を洗浄してからむかいます」


《わかった。ところで夕飯のリクエストなんかはあるか?》


「そうですね……久しぶりにラーメンなんてどうですか?」


《……ヤツに対するあてつけか?》


「いえ、ユリカさんに対する皮肉です」


《はぁ……まぁいいか。ラーメンだな?》


「はい」


《わかった、作っておくよ。いつもどおり醤油だけどな》


「ふふっ……いいですよ」


《それじゃ、切るぞ》


「はい」


 そういってイリスはアキラとの通信を終える。


「相変わらず、ユリカさんには甘いんですね。アキラ」


 呆れと、ほんの少しの羨望の混じった声でイリスはつぶやくのだった。










「メシできたぞ〜」


 キッチンからアキラがフライパンをお玉で叩く。


 食事ができた合図だ。


『自分の分は自分で持っていくように』


 ということで、できたらこのように合図をするのだそうだ。


 アキラの部屋に集まったイリス、ツクモ、ユリカの三人はそれぞれ自分のラーメンを持って席につく。


「じゃ、いただきます」


「「いただきます」」


「いただきまぁ〜す」


 それぞれ箸をとって目の前のラーメンを食べ始める。


「わぁ、このラーメンおいしいね♪」


 捕まっている自覚があるのだろうか? と聞きたくなるぐらいユリカはいつものようにのんびりしている。


「以前より腕を上げましたか? アキラ」


「ツクモ、お前がラーメンを食ったのはもう二年も前の話だろう」


「………」


「イリス? どうかしたか?」


「……やっぱり二年のブランクは大きいかもしれませんね。味、落ちていますよ」


「やっぱりか」


 イリスの言葉に納得するアキラ。


 一方、ユリカとツクモはその言葉に驚いた。


「やっぱり二年も食べていないとわからなくなるんでしょうか……」


「えぇ〜、このラーメン美味しいよ? アキトのモノには負けるけど」


 ツクモは自分の評価にしゅんとし、ユリカは反論する。


「それだ」


「ふぇ?」


「テンカワ・アキトのものに負けている時点でやっぱり味が落ちている証拠だ」


「えぇ!? だってアキトはコックさんだよ? 勝てるはずないよ」


「………」


 ユリカの言葉にアキラは言葉を詰める。


「ユリカさん、その言葉は禁句ですよ」


「ふぇ? なんで?」


「それは……」


「イリス、いい。俺の味がまだまだだというだけのことだ」


「……はい」


「え、え?」


 ユリカに事情を話そうとするイリスをアキラが制す。


 その後、食卓は誰も話をすることなく静かに過ぎていくのだった……。










 そして、朝が来た。


 極冠遺跡上空で待機する白亜の戦艦、ユーチャリス・ネオ。


 その甲板にはユリカがブラックサレナに似ているといったあの機体、黒天楼が静かにたたずんでいた。


「……来たか」


 黒天楼の中で待機していたアキラは閉じていた目を開いて上空を見上げる。


 そこには大気圏に降下してくるナデシコCの姿があった。


「イリス」


《はい》


「テンカワ・ユリカはブリッジにいるか?」


《えぇ、特等席に座っていますよ》


「そうか……」


 アキラはイリスの言葉を聞いてこれから起こるであろう事に思いを馳せた。


 アキラが望むのはテンカワ・アキトとの一騎打ち。もちろんこれは計画のオマケに過ぎないが。


 こっちにいる間、アキラは蜥蜴戦争のころのアキトの戦歴を調べた。


 木連で製造された無人兵器の数と、地球に送り込まれた数。


 そして連合軍が撃破した数を総合してアキトが撃墜したおおよその数を割り出す。


 それを見たときアキラは思った。


 バケモノ、と。


 チューリップをたやすく破壊し、戦艦も機動兵器もアキトの敵ではなく、さらには落下するコロニーさえ破壊してみせるその戦闘力。


 そんなバケモノに自分はこれから戦いを挑もうとしている。


 そう思うと震えが来る。武者震いか、怯えか、その両方か。


 しかし、アキラは許すことはできない。


 自分と母親にあれだけの仕打ちをしたアキトを。


 だからこそこの計画を立案し、実行に移した。アキトとの戦闘はあくまでオマケだ。


 でも……もし自分が志半ばで果てたら……。


 そのときは、イリスが計画をついでくれるだろう。そういう約束だ。


《アキラ、ナデシコCから通信が来ました》


「こっちにまわしてくれ」


《了解……》


 イリスは若干表情を曇らせながらアキラの指示に従う。


 そして、通信は開かれた。


「はじめまして、かな? ナデシコC。そして、テンカワ・アキト」


《ユリカはどこだ?》


「見えているだろう? 目の前にいる俺達の戦艦、ユーチャリス・ネオにいる」


《ユリカは返してもらうぞ》


「お前と交換、という条件だったはずだけど?」


《俺がお前たちのもとに行って、ユリカが開放されるという保障があるか?》


「たしかに、ないな」


《なら、俺達はその要求は呑めない》


「そうか……それならこちらも力ずくで行くしかないな」


 アキラはアキトと話をしながらイリスとツクモに目で合図をする。


 二人もそれに答えて合図を返す。


 一触即発の雰囲気が漂い、ナデシコCの前にはすでにブローディアを始め、エステバリス隊が展開していた。


「ツクモ、イリス、ザコは任せる。俺はヤツを」


《了解》


《無理はしないでください》


「そいつは、無理だ!」


 両者が一斉に動き出した。


 一斉にユーチャリス・ネオを目指すエステバリス隊。


 その進行方向に、一機の機動兵器が立ち塞がる。


《なんだと!?》


《えぇー! ゲキガンガー!?》


 その姿を見たガイとヒカルが驚きの声を上げる。


 そう、ツクモの搭乗機、真・テツジンだった。


《すみませんけど、ここから先は通せません》


 ツクモを援護するようにユーチャリス・ネオから新型無人兵器、ギラファ、ヘラクレスが飛び出してくる。


《けっ、どうせ見かけ倒しだ! 全機、攻撃開始ぃ!!》


 リョーコの言葉を合図にエステバリス隊とツクモ&無人兵器軍の戦いが始まった。


 そして、こっちでも……。










「望みどおり、一騎打ちの態勢になったな」


《それが、お前の望みか?》


 通信越しにアキトとアキラがにらみ合う。


「いや、これはオマケだ」


《オマケ?》


「そう、以前から俺は、一度お前を殴り飛ばしたいと思っていた」


《そんな理由でユリカを誘拐したのか!?》


「ふん、なんで俺が貴様にいちいちワケを話さなければならない。

 助けたければ力ずくで来い」


《後悔するなよ》


「するとすれば貴様だ。どっちに転ぼうが、な」


《戯言を!!》


 二機の漆黒の機体は一気に動き始めた。


 先手を取ったのはアキラの黒天楼。ハンドカンの砲撃がブローディアを襲う。


 だが、アキトの回避能力の前にかすりもしない。


「ちっ!!」


 反撃とばかりにブローディアがフェザーを撃ち返す。


 両者共に急旋回をくり返し、隙を見つけては相手に撃ち込むという行動を続ける。


 だが、機体スペックで考えれば黒天楼のほうが圧倒的に不利だった。


 第一にエネルギー。黒天楼は重力波ビームと高出力バッテリーを併用しているものであるのに対し、ブローディアは相転移エンジンが搭載されている。


 何度かユーチャリス・ネオの重力波ビーム圏内に入っては出ているが、それもいつかは気づかれるだろう。


 そして、武装。黒天楼はDFSを搭載していない。


 替わりに多重ディストーションフィールドを搭載しているものの、それではDFSは止められない。


 その他にもさまざまな部分で黒天楼はブローディアに劣っている。


 それでも、アキラは退くつもりはなかった。


 黒天楼を限界まで振り回してブローディアに戦いを挑む。


 DFSを構え、接近戦に切り替えるブローディア。


 黒天楼も多重フィールドを展開して迎え撃つ。


 真正面からでは勝負にならない。ならば……。


 神速の斬撃が黒天楼を襲う。


 それをアキラは紙一重で回避して見せた。


《なにっ!?》


「いけっ!!」


 DFSはフィールドをかすめて機体から反れる。


 その隙をついて黒天楼はブローディアに体当たりを食らわせた。


「おぉおおおお!!」


 フィールドがぶつかる寸前、DFSを解除し、ブローディアのフィールドがその侵攻を阻む。


 激しく競り合う二つのフィールド。だが強度なら多重型である黒天楼のほうが上。


 押し切られる寸前、ブローディアは黒天楼を蹴り飛ばす。


 一瞬機体が浮き上がり、その隙にブローディアは黒天楼の後ろに回りこむ。


 黒天楼も逃がすまいとハンドカノンでブローディアを追いかける。


 弾丸は一発も当たることはなく、お互いの間に間合いができる。


「くっ……」


《………》


 機体を振り回し、全力で挑むアキラ。


 だがアキトにはまだ余裕が残っていた。


《……もうよせ》


「っ!?」


 落ち着いた声でアキトがアキラに呼びかける。


《お前がどんな思いで戦っているのかはわからない。だけどお前の実力じゃ俺は倒せない。それがわからないほど弱くないはずだ》


「っ!!」


 わかっている。


 そんなこと、アキラは最初からわかっていた。


 だが、それでも退くことはアキラの心が許さなかった。


「あんたに……なにがわかる!!」


《なに?》


「一人残された者の気持ちが……それを見続けてきた者の気持ちが、あんたにわかるか!?」


《なんの、話だ?》


「俺はあんたを許さない、母さんが許したって、絶対に許すものか!!」


 アキラの叫び声とともに黒天楼の装甲が爆発する。


 装甲がはずれ、中から見覚えのある機体が姿を現した。


《あれは……まさか!?》


「テンカワ・アキト! 俺は貴様を許さない!!」


 真紅に染まったその機体は、右手に握る錫杖を持ってブローディアに斬りかかった。


 先程までの冷静さはいまのアキラにはなく、ただ鬼神のごとくブローディアに襲いかかっていた。


「はぁあああ!!」


《くっ……!》


 斬撃を回避するブローディア。それを追撃する黒天楼。


 しかし、優勢のはずのアキトの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


 アキトは、アキラの気迫に圧されていた。


「跳躍!!」


 アキラが叫ぶとともに黒天楼の姿が消える。


《ボソンジャンプ!? どこに……なに!?》


 奇襲を警戒して周囲を索敵するアキト。


 だが次に黒天楼が出現したのは意外にもブローディアの真正面だった。


「突!!」


 実体化するのが速いか遅いかという速さで黒天楼の錫杖がブローディアに牙をむく。


《くっ!》


 さすがにこれは回避できず、ブローディアは左肩の付け根に錫杖を生やすことになった。


「打打打打打ぁ!!」


 間髪いれずに黒天楼の連撃の拳がブローディアを襲った。


 フィールドを纏った連撃は、威力の低い虎牙弾を連続で放っているようなものだった。


《ぐっ、このぉ!!》


 もちろんアキトもやられっ放しではない。


 カウンターで黒天楼の頭に一発、パンチを見舞う。


 衝撃に吹き飛ばされる黒天楼。だが、駄賃とばかりに至近距離からミサイルを乱射する。


 今回はフィールドが間に合い、たいしたダメージにはならなかった。


 しかし、いまだ黒天楼の、アキラの気迫は衰えることはなく、むしろ高まっていた。


《どうして、そこまで……》


「はぁあああ!!」


 再びブローディアに格闘戦を挑む黒天楼。


 一方アキトはアキラの気迫に圧され、ジリジリと後退していた。


 それが、大きな隙を生んだ。


 急接近した黒天楼はブローディアの頭をつかむと地面に向けて投げ飛ばした。


「砕!!」


《くっ! このぉ!》


 バーニアを噴かして勢いを弱めようとするブローディア。


 だが、そこに予想外のものが飛来する。


「おぉおおお!!」


 黒天楼だ。


 自身で投げ飛ばしたブローディアに急降下しながら体当たりする。


 さすがにブローディアのバーニアでも押さえきることはできず、二機の機体は火星の大地に不時着した。


 落下の衝撃か、二機ともバーニアをいくつか損傷しており、再び飛び立つことはできなかった。


「これで、決着をつける……」


《待て、一つだけ教えろ》


「………」


《なぜそこまでして戦う? それほど俺を憎む理由はなんなんだ?》


 アキトにしてみれば純粋な疑問だっただろう。


 だが、この言葉はアキラの怒りの火に油を注いだ。


「貴様に語ることなどなにもない!! いくぞ!!」


 残っているバーニアをすべて噴かして、黒天楼はブローディアへと突っ込んでいく。


 振り上げられる拳。黒天楼の狙いはブローディアのコックピットだった。


 そこに、ブローディアの拳がカウンターで黒天楼のコックピットを貫く。


《終わった……》


「まだだぁ!!」


 黒天楼を撃破し、戦いが終わったと思ったアキトの耳に、アキラの声が響く。


 そこには、一本の刀を握りしめ、ブローディアに斬りかかるアキラの姿があった。


《なっ!?》


 さすがのアキトもこれには驚いた。


 機動兵器に肉弾戦を挑むなど、特攻覚悟としか思えなかった。


「チェエエエエストォオオオオオ!!!」


 一閃。ブローディアのコックピットのハッチにアキラの斬撃が刻まれる。


 刀はその衝撃に耐え切れず、根元から折れてしまう。


 だが……。


 バキン!!


「なに!?」


 アキトは自分の目が信じられなかった。


 大気圏突入の熱にも耐えるブローディア。そのコックピットのハッチが、一本の刀に真っ二つにされたのだから。


 そして、アキラはコックピットに入るなりアキトの顔を殴りつけた。


「ぐっ……」


「やっとツラ拝めたな、テンカワ・アキト」


 そう言いながらアキラはヘルメットを外す。


 そこから現れたのは、綺麗な藍色の髪だった。


「てめぇの負けだ。テンカワ・アキト」


 そういい、アキラはリボルバーの銃をアキトに突きつける。


 狭いコックピットでは回避しようがない。


「おい、AIども」


【……なによ?】


 あからさまにアキラを警戒するディア。


「こいつの仲間に戦闘を止めるように伝えろ。

 あと、テンカワ・アキト。テンカワ・ユリカがブリッジでお待ちかねだ。いっしょに来てもらう」


「……あぁ」


【アキト兄……】


「ディア、みんなには心配しないでくれと伝えてくれ」


【うん……】


「いくぞ……ジャンプ」


 青い光を残して、アキトとアキラはコックピットから姿を消した。










 一方、ナデシコCではブローディア敗北の報にパニックを起こしかけていた。


「そんな……アキトさんが負けるなんて……」


「それで、アキトさんはどこに!?」


【う、うん。敵の男といっしょに敵の戦艦に……】


「そんな……」


 誰もが意気消沈し、言葉を失う。


 地球圏最強のブローディアは敗北し、アキトとユリカは敵に捕らわれてしまった。


 それがいまの現状だった。


 だが、その現状を打ち破る報が入った。


「艦長! 敵戦艦から通信!!」


「っ! 繋いでください!!」


 ルリの指示でナデシコCのモニターに通信が表示される。


 そこには、アキラやイリス、そしてアキトとユリカの姿があった……。










 アキトを捕まえたアキラはユーチャリス・ネオのブリッジに戻ってきた。


「アキラ! 大丈夫ですか?」


「あぁ、黒天楼は破壊されたけど、ヤツはしっかり捕まえてきた」


「………」


 アキラが指差すほうには、警戒心丸出しのアキトがいた。


「アキト!」


 アキトの存在に気がついたユリカがそばに駆け寄る。


「さて……イリス、採血は終わっているな?」


「はい」


「ならナデシコCに通信をいれてくれ。テンカワ・ユリカは返還するってな」


「了解」


「どういうつもりだ?」


 アキラたちの会話を聞き怪訝な顔をするアキト。


「言っただろう。『お前がこっちに来るならテンカワ・ユリカは開放する』と。幸い、必要な血液は手に入れられたからな。あとはお前がいれば計画は順調だ」


「それは……いったい」


「いずれわかる」


「アキラ、ナデシコCと通信が繋がりました。メインモニターに出します」


 イリスは報告するなりメインモニターに映像を表示する。


《アキトさん!! 大丈夫ですか!?》


 通信には切羽詰まったルリの姿が映し出された。


「あ、あぁ。大丈夫だ」


「ぶぅ、ルリちゃん。私は?」


 ルリの必死に表情に一歩退くアキトとルリに無視されてむくれるユリカ。


「ナデシコC、これからテンカワ・ユリカを返還する。そっちで勝手に回収しろ。

 俺達はここでの目的は果たしたので自分の世界に帰らせてもらう」


《そんなことさせません! アキトさんは必ず取り返します!》


「ふん、まるで自分の物のような言い草だな。人から奪った男だろうが、ヤツは」


《なっ!?》


「その様子じゃ忘れているようだな。まったく、なんで母さんはこんな女狐を信用していたんだか……」


《だ、誰が女狐ですか!!》


 女狐呼ばわりされて憤慨するルリ。


「お前以外に誰がいる。イリス、状況は?」


「もろいですね。二対一でこの程度とは……ふざけているとしか思えません」


「そうか。おい、女狐」


《わたしは女狐じゃありません!》


「ハッキングしたところで無駄だ。貴様らの手の内は読めている。そこの二人ではイリスには勝てない」


 アキラの言葉にルリの顔から血の気が引く。


《ラピス!? ハーリーくん!?》


《だめルリ!! 押し切られる!!》


《オモイカネ! なんで敵の味方をするんだよ!?》


 予想外の状況にハーリーとラピスから悲鳴のような声が上がる。


 そして、ナデシコCは沈黙した。


「ナデシコCのスペックは向上してもオモイカネのマスター権限譲渡のパスコードが同じならやりようはあります。

 いくらIFS強化体質でもAI二基を操る私を相手に勝てるはずはありません」


《そんな……いったい、どこでオモイカネの権限譲渡パスコードを……》


「あなたに教える義理はありませんよ。

 アキラ、もうすぐ時間です。ユリカさんを降ろしましょう」


「そうだな……」


「待って」


 ユリカを降ろそうとするアキラに、ユリカが待ったをかける。


 そして、驚きの発言が飛び出した。


「私も連れて行ってよ」


《《《《「「なっ!?」」》》》》


 ユリカの発言にアキラをはじめ、皆が声を失う。


「っ! イリス、話したな?」


 ユリカの発言の原因に心当たりがあったのか、アキラがイリスに問いただす。


「……すみません、戦闘中にあまりにうるさかったので、黙らせるために……」


「ちっ、厄介なことを……」


《ユリカさん! なにを言い出すんですか!?》


「ルリちゃん、私、イリスちゃんから話を聞いたよ。なんでアキラくんたちが私やアキトを必要としたのか……」


《えっ……?》


 ユリカの真剣な表情にルリはただならぬものを感じた。


「アキラくんは……」


「言うな、テンカワ・ユリカ。他人に言われるぐらいなら自分で話す」


「他人じゃないよぉ。ユリカはアキラくんのお母さんなんでしょ?」


《《《《《「えぇええええ〜〜〜!!?」》》》》》


 ユリカの爆弾発言にナデシコCは騒然となった。


 だが、アキラはその発言を否定した。


「違う! あんたは母さんと似て非なる存在というだけだ! 母さんじゃない!!」


「アキラくん……」


「どういう、ことだ?」


 事情の飲み込めない一同を代表して、アキトが問いかける。


 アキラはしばらく目を閉じていたが、やがて目を開き、静かに話し始めた。


「まず俺の名前から話そう。俺の名前はミスマル・アキラ。あんたとミスマル・ユリカの間にできた息子だよ」


「なっ!?」


《あなたが、アキトさんとユリカさんの子供?》


「といってもそこにいるテンカワ・ユリカじゃない。

 あんたたちが置き去りにしていった元の世界のミスマル・ユリカさ」


 アキラの言葉にアキトとルリは言葉を失った。


「あんたたちが消えてからも、母さんはいつかあんたたちが帰ってくると信じていた。死ぬ瞬間までな」


《そんなはずは……、ユリカさんはわたしたちが消えたときには退院間近だったはずです》


 アキラの言葉が信じられないのか、ルリが話に口を挟む。


 その質問に、アキラはルリを睨みつけながら答えた。


「あんたたちが消えたという一報を聞いてから、母さんは心労を溜め込んでいたそうだ。

 それが積もりに積もって、体内のナノマシンに対する抵抗力を奪い、遺伝子情報に致命的な損傷を与えた。

 結果、体のあちこちで次々に異常が発生し、……とうとう母さんは自力では歩けなくなってしまった」


 話すほうも辛いのか、アキラはルリから視線をそらし、うつむく。


「それでも母さんは信じて待ち続けた。いつか二人は帰ってくる、そう周囲の人たちに何度も語っていた。

 そして、母さんの要望であんたが残した精子と母さんの卵子を人工的に受精させて生まれたのが俺、というわけだ。

 そして、母さんは心だけで十五年も命を繋いだ。だけど、あんたたちは帰ってこなかった! 葬式に出たナデシコのクルーは、みんなあんたたちは死んだと言うが、俺は信じなかった。

 俺は同じ人工授精で生まれた異母妹のイリスとともに遺跡のログを調べた。そして、あんたたちが過去に飛んだことをつきとめた。

 遺跡から映し出された映像を見て俺達は愕然としたよ。あれだけ母さんが信じて、俺達が捜し求めた父親はこっちのことなんて気にも止めずに幸せな暮らしをしていたんだから!!」


 アキラは怒りの篭もった目でアキトとルリを睨みつける。


 二人は、返す言葉もなく黙っていた。


「そして俺は考えた。

 あんたたちが歴史を変えたなら俺も歴史を変えてやる。治療の手立てがなかった母さんを唯一治せる方法、ナノマシンの除去と正常な遺伝子の投与、ようするに輸血を実行に移すと。

 そのために時間の壁を超え、ここにこうしてやってきたというわけだ。

 長かったよ、ここに来るまで。

 あんたを殴り飛ばすために母さんの仇である北辰に武術を学び、ネルガルの力を借りて専用の戦艦や機動兵器を完成させるまで……」


 アキラの独白は終盤を迎えていた。


 誰もが言葉を発することなく、ただじっとアキラの話に聞き入っていた。


「ホシノ・ルリ、あんたに俺達を阻む資格はない。

 あんたがこいつを連れ帰っていれば、こんなことにはならなかったんだ!!」


《……ごめん、なさい》


 掠れ声になりながら、ルリはアキラに謝った。


「謝るなら母さんに謝れ。

 クソ親父、あんたには俺達といっしょに来てもらう。そして、母さんに謝ってもらうからな」


「……わかった」


 もはや、アキトに反論する意志はなかった。


 アキラの気持ちは正しい。アキトはユリカに謝る義務があったのだから。


「ナデシコC、まだ俺達の行く手を阻むというなら、全力で押し通る」


 アキラはそういってモニターを睨む。


 だが、その言葉にルリが待ったをかける。


《ま、待ってください!! わたしも……》


「断る」


 ルリの言葉が終わる前にアキラがその言葉を遮る。


「来たければ自分たちの力で来ることだ。

 テンカワ・ユリカ、あんたも降りろ」


「だめ、なの?」


「ダメだ」


「そっか……」


 残念そうにうつむくユリカに、アキラはC.Cを一つ投げてやる。


 『自分で跳んで帰れ』ということだった。


 アキラの意を理解したユリカはC.Cを使ってナデシコCのブリッジへとジャンプする。


「イリス、もうあいつらに用はない。通信を切れ」


「はい」


 ユリカが跳んだことを確認したアキラはナデシコCとの通信を切るようにイリスに命じる。


 そして、ユーチャリス・ネオは極冠遺跡の上空から姿を消し、その場にはナデシコCのみが残された……。















 2210年。


 火星の後継者クーデターからすでに九年の月日が流れ、人々の記憶からその名前が薄れ、消え始めていたころ。


 その戦いでナデシコCに救出された一人の女性、ミスマル・ユリカはただボーッと窓の外の景色を眺めていた。


 とある事件以来、心労を溜め込んだ彼女の肉体はナノマシンへの抵抗力を失い、体のあちこちに支障をきたしている。


 下半身は完全に麻痺し、車イスでの生活を余儀なくされている。


 その車イスでの行動さえ容易ではない。


 両腕の筋力はこの二年の間にすっかり衰え、今では小学生ほどの力さえ残っていなかった。


 かつての仲間たちがヒマを見つけては見舞いに来てくれるが、その中に待ち望む人物の顔はいつもなかった。


 七年ほど前のことだ。


 自分を救おうと奮闘していた夫、テンカワ・アキトを追いかけた義理の娘、ホシノ・ルリが自分の乗る戦艦ごと行方不明になった。


 夫のアキトをかくまっていたらしいネルガルのエリナからの話では、ちょうど同じ頃からアキトも行方がわからなくなっているらしい。


 仲間たちの誰もが暗黙の了解のごとく彼らの死を受け入れていた。


 かつて、自分と夫の事件があったからそういう考えにいってしまうんだろう。


 彼女はそう考えた。


 そして宣言した。二人はきっと帰ってくると。


 それからすでに七年……いまも彼女は二人が帰ってくるのを待ち続けていた。


 コンコン。


 個室のドアからノックの音が聞こえてきた。


 誰だろう……? 今日は平日で見舞いに来るような人もいないのに……。


 首をかしげながらそんなことを思うユリカ。とにかく中に招くことにした。


「どうぞぉ〜」


 ユリカの声を聞き、ノックをした人物はそっとドアを開いて中に入ってきた。


 その姿を見てユリカは声を失った。


 そこには、自分が求めてやまない人物が立っていたのだから。


「ア……キト……」


「ユリカ……」


 そこに立っていた人物、テンカワ・アキトは見舞い用に買ってきたのだろう花束を持ったまま、入り口で立ち尽くしていた。


 あまりに突然の登場で、ユリカもなにを言ったらいいのかわからず黙っている。


 とりあえず、入り口に立ちっぱなしもなんだからと部屋の中に招く。


「……久しぶりだね、アキト」


「あぁ……」


「エリナさんから行方不明になったって聞いたから心配しちゃった」


「そうか……」


「あ、ルリちゃんは? 無事なの?」


「大丈夫、元気でやっているよ」


「そっか……」


 ようやく続き始めた会話はそこで途切れ、再び二人の間に沈黙が下りる。


「……すまなかった」


「えっ?」


「その……戻ってきてやれなくて」


「ううん、アキトは戻ってきてくれたじゃない」


「いや……俺はここに留まっているわけにはいかないんだ……」


「どうして!? ルリちゃんも無事なんでしょ!? だったらまたみんなで……」


「……そうだな、そうできたら、よかったのにな……」


「アキト……」


「全部、話すよ。俺達がこの世界から消えて、それからなにがあったのか……」


 アキトは、ようやく決心がついたようにポツポツと話を始めた。


 どうして火星で姿を消したのか。なぜこの世界から消えたのか。


 ランダムジャンプしてたどり着いた先、過去の話。


 ここに至るまでに起こったことを、アキトは時間をかけてゆっくりと話していった。


 ユリカもまた、アキトの語る言葉に口を挟むことなく、ただじっと聞き入っていた。


「そして、俺はアキラに連れられてこの世界に戻ってきた。

 ただ一言、お前に謝りたくて。ユリカ……すまなかった……」


 そういってアキトは頭を下げた。


 ユリカはそんなアキトから視線を外し、いつしか暗くなり始めた窓の外に目を向けた。


「そっか、アキトは自分のいるべき場所を見つけちゃったのか……」


「…………」


「……いいよ」


「ユリカ?」


「わたしなら大丈夫。

 アキトはいつも誰かのために頑張ってきたんだもん。

 だから、アキトはアキトの望むように生きたらいいんだよ。わたしも、そんなアキトでいてほしい」


「ユリカ……。だが」


 アキトは今の気持ちをどう言葉にしたらいいかわからなかった。


 正直に言えば、今ユリカに『この世界に残ってほしい』といわれれば、アキトはあの世界には戻らず、この世界に留まっただろう。


 だがユリカはいった。『アキトの望むように生きたらいい』と。


 まるですべてを許すかのように。


 答えが……見つからない。


 本来なら罵倒されてもしかたがないのに……。


「俺は……」


「アキト」


 答えが見つからずうつむくアキトの体を、ユリカはそっと抱きしめた。


 触れているだけ、という程度の力しかないユリカだったが、それでも精一杯の抱擁だった。


「ユリカ?」


「もういいんだよ、アキト。もう……いいの」


「だが……俺は、俺は!」


「アキトはなにも悪くない。

 たしかに罪を犯したかもしれない。でも、その罪をつぐなうのに十分なぐらいアキトは人を助けてきたじゃない。

 だから……もういいんだよ。自分の思うように生きていいんだよ。

 ラーメン屋、また始めようよ。アキトのラーメン、とっても美味しいんだから!」


「ユリカ……っ!」


「ね? アキト……」


「俺は……俺は……!」


 ユリカの笑みを見た瞬間、アキトの心からなにかが溶けていく気がした。


 長い……長い間、溶けることのなかった、『罪』という名の氷が……。


 アキトは、ユリカに抱きしめられたまま、声を殺して泣いた。


 アキトにとって最大の恐怖、それは自分が守れなかった最初の存在であるユリカが自分を憎んでいるのではないかということだった。


 どうして守ってくれなかったの? どうして?


 アキトの心の生み出した偶像のユリカはいつもアキトにそう問いかけていた。


 それは、アキト自身が生み出した幻に過ぎない。


 それを消すことができるのは現実の、あのユリカの言葉だけだった。


 だが、過去に戻り、アキトがアキトにかけた『罪』の呪縛は誰にも解くことができなくなってしまった。


 ルリやラピスでも、過去のユリカでさえ解くことのできない呪縛は、いま、静かに解かれたのだった……。










 2222年。季節は……夏。


 アキラは、イリスをつれて再び母親であるユリカの墓を訪れていた。


 ……あれからもう一年が過ぎた。


 ユリカはあのあと、アキラがイネスに渡した血液と手術によって回復し、普通の生活ができるようになった。


 今では宇宙軍に復帰し子育ての傍ら、マニュアル操作のナデシコBの艦長をしている。


 アキトは再びあの逆行した世界に戻り、自分の夢であるラーメン屋を始めた。結婚の話は十六人全員を断ったらしい。


 いまはひたすら、自分の味を追及するそうだ。


 そして、アキラとイリスもまた自分たちの生きる、この世界に戻ってきた。


 歴史は変化した分だけ分岐していくもの。


 過去でユリカを救ったとしても、この世界のユリカが蘇るわけではない。それは、出発前から予測していたこと。


 それでもアキラは満足していた。


 倒れて以来、寝たきりだった母。その元気な姿をもう一度、目にすることができたのだから。


「一年ぶり……母さん」


「お久しぶりです。ユリカさん」


 一年ぶりにやってきた母親の墓の前で、今度も二人で並んで立った。


 一年前は無事に帰還したことと、すべてを成し遂げたことの報告に。


 そして今日は、また別の報告に……。


 暑い夏の日々は、まだまだ続きそうだ……。










 星の数ほど人がいて、人の数ほど歴史がある。


 ならば歴史もまた、星の数ほどあるだろう……。


 これはそんな歴史の中の特異な例の一つ。


 母を思う子が起こした、三つの時を越えた物語。


 そして、時の流れは止まることなく未来へと続いていく……。





                         『 完 』




















 ・あとがき・



 どうも、はじめまして。


 とりあえず短編ですが書き終えることができました。


 じつはナデシコSSはこれが初めて。


 一応未完の長編がいくつかパソコンに眠っているのでいつか書ききりたいですね。


 さて、とりあえず今作ですが、テーマとしては『アキトはモテるのになぜ結婚しないのか?(笑)』ですね。今見ると。


 最初はただ単に作者がアキトをぶん殴りたいから書き始めたヤツなんですけどね。


 で、生まれたのがユリカの息子のアキラ。思いっきりアキトを怨んでいますね。


 アキラも根は優しいんですが、それだけに母親のユリカが寂しそうに父親のアキトを待つ姿が耐えられなかったんです。


 しかも、アキトはこっちのことなんか気にもしないでむこうで暮らしている始末。


 これは怒りますね。


 同じ理由でルリも怨んでいます。


 ルリの場合、アキトを連れ帰るとユリカと約束していた(していたよな……?)にも関わらず約束を破り、アキトと連れ添おうとしているわけですから、アキラから見ると『母親をだまして父親を奪った女』と映るわけです。


 これじゃ怨んでもしょうがない、というわけです。


 で、もう一人のアキトの娘、イリスですが、結局誰の子供なのか判明していません。


 と、いうわけなのでここでネタばらしをしますが(感がいい人は気づいているかも……)イリスはイネスの娘です。


 本名、イリス・フレサンジュ。この歴史ではユートピアコロニーで死んでいる義母から名前を貰い、イネスが娘につけました。


 生まれてくる際に未熟児で、命の危険もあったためナノマシンの遺伝子手術を受けています。そのためオペレーター用IFSも使用可能というわけです。


 イリスもアキラほどではないですがアキトのことを不快に思っています。


 というのも、アキラが必死になっている姿を一番近くで見てきたのはイリスなんです。


 少なからず好意を寄せているアキラが必死に探していた人物がアレではさすがにいい気はしないでしょう。


 最後にツクモですが、彼はジュンとユキナの息子です。


 ユキナの兄から名前をもらったんですが……父親から受け継いでしまったのかほとんど出番がない。


 こればっかりはしょうがないかな、と作者も諦めました。


 それではこの辺で失礼させていただきます。











 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うーん、ネタとしてはちょっと惜しかったかも。

第三部で真ユリカが爆誕しましたからね。

後、ちょっと分かりにくいですけどアキラたちは 

原作ナデシコの世界の十数年後

→ 原作ナデシコの世界の2205年時点の(ユリカ生存時)である並行世界

→ 時ナデ世界

と移動して、二番目の世界のユリカの命を助けて最初の世界に戻っていったということでOKですよね?

 

 

 

 

 ・ あとがき その2 ・



 どうもAKIです。初めての改正版です。


 今回の失敗は二つ。一つは代理人様に指摘されていた、第三部で現れたという真・ユリカの存在を知らなかったこと。


 そしてもう一つは、プロローグでルリが『ユリカがもうじき退院する』というセリフがあったのをスッカリ忘れていたことです(汗)。


 これじゃ話がつながらないと気がついたのは投稿した後のこと……。


 あぁぁぁぁぁ、コッ恥ずかしい……。


 以後はなるべくこういうことが起きないようにがんばります! 


 あと、時間跳躍の仕方で誤解があったようなので、改正は入れてみましたが、それでもわからなかった時のためにここに記入しておきます。


 まず、アキラたちの世界の火星極冠から跳躍 → 時ナデの世界の旧ユートピアコロニー跡に出現。

 その後、時ナデの世界の火星極冠から跳躍 → アキラたちの世界の時間軸に繋がる2210年に出現。

 ここでアキラたちが歴史を変えて『ユリカが死ぬ歴史』と『ユリカが助かる歴史』に分岐。

 その後、アキトを時ナデの世界へと送り返し、アキラたちは自分たちの時間軸に帰還、となります。


 わかりづらくてすみません……。