北極での任務を無事に果たしたナデシコ。


 そんなナデシコに深夜、新たな任務が下る。


「時差ぐらい考えなさいよ、まったく……」


 やる気なさげのムネタケをよそに、ナデシコは進路を変更する。


 目的地は、南国、テニアシン島。















 ・ 第十話 『「女らしく」があぶない』 つかの間の平和 ・








 〜 ジュン 〜



 医務室で目を覚ました俺は、イネスさんに断りを入れて自室へと戻った。


 前回の経験からか、どうにも医務室という場所は居心地が悪い。


 それはともかく、北極の事件からすでに一週間が過ぎていたが、俺はそのときのことをいまなお鮮明に思い出せていた。


「チハヤ……」


 あのとき、高熱で意識が朦朧としていた俺は、存在しないカエンの幻影に惑い、周囲のバッタや戦艦を手当たり次第に破壊していた。もしナデシコにも攻撃していたら……そう思うと恐ろしかった。


 それほどに、当時の俺に理性は残っていなかった……。





「ガァアアアア!!」


―――けっ、バァカ! どこ狙ってんだよ。


 うるさい、うるさいうるさぁい!!


 貴様が、貴様がぁ!!


「よくも、よくもよくもぉおおお!!!」


 こいつが、こいつがいたからぁ!!


「殺す! 殺してやる!! カエェエエエエン!!!」


―――ムリムリ! てめぇみたいなお坊ちゃんに、俺は殺せねぇなぁ!!


 もう、無人機を相手にしているのかカエンを相手にしているのかわからなくなっていた。


 ただただ、周囲にあるものを無差別に破壊していく。


 そして最後、目の前にある巨大な物体を手に持っていた白い刃で斬りつけた。


「くったばぁれぇえええ!!」


 一閃。それでその物体は簡単に破壊できた。


―――くくくっ、デカブツを倒した程度じゃ、俺は殺せねぇぜ。


 っ! カエン……!!


 俺の憎しみに満ちた視線は再びカエンの姿を捉え……。


 っ!?


 カエンの姿を探していた俺の目に飛び込んできたその人の姿に、俺は目を疑った。


 ありえない。でも、あれは確かに……。


「……チ……ハ……ヤ……」


 彼女は、チハヤはたしかにそこにいた。


 何も言わず、でもなにかを伝えようとしているような、悲しげな表情を浮かべて。


 ……あぁ……、やっぱり、そうなのか。


 君は、やっぱり、こんなことをする『僕』を見なくなかったんだな……。


「……ゴメ……ン……」


 体からドッと力が抜けていく。それと同時にすごい睡魔が襲ってきた。


 体中が鉛のように重く、まぶたもどんどん下へと降りていく。


―――……アオイさん。


 ……チハヤの呼ぶ声が聞こえる。


 俺はもう一度まぶたを開き、チハヤの顔を見た。


 手を伸ばそうと力をこめる。だが、力が足りない。手が、届かない……。


―――……いまは、まだ会えません。でも、いつか……。


 あぁ……いつか、必ず……。


―――また、会いましょう。


 また、会おう……。


 そのときは必ず、君を守るから……。


 必ず……!!




「チハヤ……」


 今も彼女は、俺のそばにいるんだろうか……。


「また、会おう……か」


 まぶたに浮かぶチハヤの笑みを見ながら、俺は静かに眠りの中へとおちていった……。








 〜 アキト 〜



 昼食の時間の喧騒が嘘の様に静まりかえった食堂に、俺はいた。


 そこへ、オペレーターの仕事を終えたルリちゃんとラピスがやってきた。


「アキトさん、ラーメン一つお願いします」


「わたし、チャーハン」


「あいよ」


 二人の注文を受けて、俺はそれぞれの調理を開始する。


 今は食堂で働く時間だったので、俺は厨房にいる。


 北斗がまだ現れていない今、俺は戦いの中よりもこうして料理をしているほうが充実感を覚えている。


 やっぱり俺は、根っからのコックだ、と実感する瞬間だった。


「……アキトさん、ジュンさんの話、聞きましたか?」


「あぁ。もう聞いているよ」


 ジュンは、前回の戦闘での暴走が原因でブラックサレナを降りることになった。


 特に誰も気にはしないのだが、その影にエリナさんの動きがあったことは間違いない。


「ジュンさんにはしばらくブリッジ勤務に異動になり、立場としては予備パイロットの扱いになるそうです。

 機体も現在ネルガルで製作しているテストタイプ四号機がくるまではリョーコさんたちと同じ通常のエステ・ネオを使用するそうです」


「ブラックサレナは?」


「現状ではジュンさん以外に乗りこなせる人がいないため、アキトさんの予備機にまわされるそうです。

 ……ところでアキトさん、前々から聞きたいとは思っていたんですけど……」


「ん?」


「アキトさんは、わたしの知らない一年の間にどのぐらい準備を進めてきたんですか?

 見たところ、ブラックサレナやユーフォルビアの製作、エステバリス・ネオの量産ですけど、それだけなんですか?」


 疑問形で聞いているけど、ルリちゃんの目は『それだけじゃないはずです』と雄弁に物語っている。


 まぁ、一年間も時間があったからね。それなりに手は打っておいたよ。


「まぁ、たしかにナデシコ発進までの一年間、いろいろなことをやったよ。表向きはテストパイロットだったけどね。

 ハーリーくんといっしょにDFSやグラビティ・カノンの設計をやったし、ゴートさんたちと一緒にクリムゾンへの破壊工作なんかもやったなぁ……。

 あ、あとアカツキと組んでネルガル社長派の連中の締め出しなんかもやったし」


 考えてみれば、そのあたりから俺とアカツキは悪友みたいな関係をやってたんだなぁ……。


 などと昔の思い出に浸っているとき、ふとルリちゃんたちのほうを見る。


 案の定、呆れられていた。


「……今だから納得できますけど、アキトさん本当に無茶苦茶なことやっていたんですね」


「うん……」


「そうか?」


 まぁ、言われてみれば確かに……おっと、麺はこれぐらいでいいな。


 俺は麺を茹でるのをやめ、カウンターで待つルリちゃんに、具を盛り付けて出す。


「はい、お待ちどうさま」


「いただきます」


 さて、次はラピスのチャーハンだ。


「……あ、それとアキトさん」


「ん?」


 先に刻んでおいたチャーハンの具を炒めながらルリちゃんの声に答える。

 
「ハーリーくんのことなんですけど……」


「ハーリーくん? そういえばここのところ姿を見ていないけど……」


 あれから一応気にかけてはいるんだけど、なんだかんだと理由をつけてははぐらかされている。


 なんで食堂に来るのがいやなんだろうな?


「はぁ……やっぱり来ていませんか」


「うん。訓練なんかのあとに食事に誘いはするんだけどね……」


「わたしも休憩のときに誘ったりはしているんですけど……」


 はぁ……と、ルリちゃんがため息をつく。


「その様子じゃ、成果は上がってないみたいだね」


「はい……。なにか、ハーリーくんが食堂に来るようになる方法とか、ないんでしょうか?」


 う〜ん……。


 俺とルリちゃんは二人そろって頭をひねる。


「いいんじゃないかな、べつに」


「「えっ?」」


 ラピス?


 ラピスのいきなりの発言に、俺もルリちゃんも驚いた。


「何度言ってもハーリーが来ようとしないなら、ハーリーにもなにか訳があるからかもしれないし……」


「訳……って、どんな訳があるっていうんですか?」


「わたしに聞かないで」


 そういいながら、ラピスは俺の盛り付けたチャーハンを受け取り、自分の前に持ってくる。


「いただきます」


 そういってラピスは自分のチャーハンを食べ始める。


 結局、俺もルリちゃんもそれ以上ハーリーくんについて話をすることはなかった……。



 ……その日の夜、俺はオモイカネにマン・ツー・マンでウィンドウを開いてもらっていた。


 なぜなら今日は、前回、前々回と俺を襲った悲劇の日だからだ。


 そう……あの料理と形容したくもない物体が俺の下に来る日なのだ。


 この日の当直はミナトさんとハーリーくん。


 本当ならハーリーくんは眠っているべき時間なのだが、本人が頑として譲らなかったためこうなった。


 さて……そろそろ時間だな。


「それじゃオモイカネ、よろしく頼む」


【いいけど……そこまで警戒するものなの?】


 半信半疑のオモイカネ。やはり機械のボディであるオモイカネにはこの苦しみはわかりづらいのか。


「そうだな……。オモイカネ風に例えるなら、ボディの中を絶えずスパークが走りぬけ、悪性ウイルスがデータの中を跳梁跋扈するようなもの……かな?」


 俺は、自分の知るコンピュータ用語を総動員してなるべくわかりやすく例えてみる。もちろんこの程度のものじゃないけど。


 で、どうやらオモイカネにその内容は伝わったらしい。


 ウィンドウがブルブルと震えている。


【……ゴメン、僕が悪かったよ】


「わかってくれればいいよ。それじゃ頼むな」


【まかせて!】


 俺の言葉に元気よく返事を返すオモイカネ。


 俺が頼んだことは多数ある。


 一つは今日の夜間、オモイカネに食堂を封鎖してもらうことだ。そうすればユリカは調理をすることができない。


 もちろんこれは予防策程度にしかならない。なにしろマスターキーのほうが優先順位は高いからな。強引に突破されればアウトだ。


 続いて、ユリカとメグミちゃんの位置を絶えずモニターに表示してもらうこと。


 そうすれば、料理を持っている二人と出くわさずに済むだろう。


 こうして俺の命をかけたナデシコ内鬼ごっこはスタートした。



 先に動いたのはメグミちゃんだった。


 どうやらユリカは食堂の強行突破はせず、自室で何かを始めたようだ。


 さすがに俺ではルリちゃんたちのように部屋の中をモニターすることはできないので、その状況を知ることはできないが、とりあえず艦長室から動いていないことはたしかだ。


 とにかく、いまはメグミちゃんだ。


【アキト、メグミがいまアキトの位置を検索しに来たよ】


「そうか。まぁそれも予測済みだけどね」


 セイヤさんのセリフじゃないけど、こんなこともあろうかと、ってやつだ。


 あらかじめ俺のコミュニケは部屋においてきてある。


 いまつけているのはハーリーくんの予備コミュニケだ。


 む、いないと気がついたみたいだな。メグミちゃんが移動を開始した。


 出くわさないようにルートを確かめて……。


【アキト! 艦長が移動を開始!!】


 なにぃ!?


 ユリカのやつ、とうとう動き出したか。


 だが負けん。二人の勤務時間は朝六時から。それまで、逃げ切ってみせる!!


 こうして俺は、俺を追いかけてくる二人から逃げ続け、二人が当番にむかったことを確認してから部屋へと戻った。


 あぁ……太陽が黄色い……。








 〜 ルリ 〜



「ビーチ手前で着水。各自、上陸用意をさせて。」


「「「「「はぁ〜い♪」」」」」


 翌朝、ナデシコはテニシアン島にたどり着きました。


 昨晩はアキトさんの悲鳴が聞こえなかったので、どうやら無事のようです。


 いったいどうやったんでしょうか?


「ルリルリ、貴方肌が白いんだから日焼け止めはコレ使いなさい。ラピスちゃんも」


「すみません。海、二回目なんです」


「わたしは初めて」


「そう。それじゃ今日は思いっきり楽しまないとね♪」


「はい」


「うん」


 今日は思い切り羽を伸ばしましょう。



 ……と、思っていたんですけど。


「海に行かない、ですか?」


 わたしとラピスも準備を終えて、さて海へとむかおうというときに発覚した事実。


 なんと、ハーリーくんはブリッジに残るというんです。


「はい。いくら休暇でもブリッジに人がいないと緊急時に困りますから」


 休暇って……。


「一応、テニシアン島に落ちたチューリップの調査が目的なんですけど……」


「それについてはまぁ、あとのお楽しみということで……」


「「???」」


 ニコッと笑うハーリーくんに、わたしたちは首を傾げました。


「でもハーリー、本当に海、行かないの?」


「うん、まぁ……」


 気まずそうに苦笑するハーリーくん。まぁ、こないというのに無理に誘っても悪いですし……。


「わかりました」


「ルリ、いいの?」


「えぇ。あまり無理を言ってもハーリーくんに悪いですし」


「すみません……」


「いえ、ハーリーくんが気にすることはないですよ。それじゃ、気が向いたら来て下さいね」


「はい」


 笑顔で見送るハーリーくんを残して、わたしたちはブリッジをあとにしました……。



 そして、ハーリーくんを残してナデシコを降りたわたしたちなんですけど……。


「ちょっと待ちなさいあなた達!!

 あなた達わかってるんでしょうね!!

 あなた達はネルガル重工に雇われているのよ!!

 だから……遊ぶ時間は時給から引くからね」


「「「「「えぇ〜〜〜〜!!??」」」」」


 セコイですよ、エリナさん。


 って、あれ?


 各地でブーイングが起こる最中、突然開かれるふたつの通信ウィンドウ。


 そこに映っていたのはハーリーくんとプロスさんでした。


《残念ですがエリナさん、その件に関してはすでにナデシコ全クルーから有給休暇の申請が出ておりまして……はい》


「ちょっと!? わたしそんな話聞いてないわよ!?」


《まぁ……ナデシコの管理事務のおおよそはわたしが受け持っておりますからなぁ……》


「っていうか誰よ!? そんな申請出したのは!?」


 そういえば誰でしょうね? 少なくともわたしは出した覚えがないんですけど……。


《あ、それ僕が出しておきました》


 憤慨するエリナさんにあっけらかんと言うハーリーくん。


 いつの間に……あ、ひょっとしてさっきの『あとのお楽しみ』ってこれのことですか?


「な、ななな……」


 ハーリーくんの予想外の行動に、開いた口のふさがらないエリナさん。周囲からは『よくやった!』とか『偉いぞハーリー!』とか、いろんな声が聞こえてきます。


《まぁ、また前みたいにくだらない理由で反乱なんか起こされたらたまりませんし……ね》


 いろんな意味を含んでいるハーリーくんの言葉に、整備班をはじめとするあの反乱の参加者たちはピタッと馬鹿騒ぎをやめました。


 ……やっぱり、ハーリーくんの逆鱗には触れたくないんですね、皆さん。


《もっとも、有給休暇の条件には『チューリップの調査』が含まれていますので、時間になったら戻ってきていただきますが……》


 ……そういうところはしっかりしているんですね、プロスさんも。


《そういうわけで、半日ですけどよい休暇を〜》


 そういって二人のウィンドウは閉じてしまいました。


 通信が終わると、ほかの皆さんはさっさと遊びに行ってしまいました。


 その場にポツン、と残されたのは、自作したと思われるしおりを持ったエリナさん。


「〜〜〜っっっ!! あぁもう! いいわよ!! わたしも遊ぶからね!!」


 半ばやけくそ気味にしおりを放り投げると、エリナさんも水着になって走っていきました。


 なんだかんだいって自分も遊ぶ気マンマンじゃないですか……。



 

「ふう……ユリカやメグミちゃん、それにリョーコちゃん達は海で遊んでいる、と」


「ちなみに私は隣で情報収集しています」


「わたしはその隣」


 一応、こっそりと近づいたんですけど、アキトさんはそれほど驚きませんでした。


 やっぱり、二回目のわたしも同じことをしたのかな……? たぶん、したんでしょうね。


 その証拠にアキトさんが苦笑しています。


「あれ……? ところでハーリーくんは? 見当たらないけど」


「それが……、一応は誘ったんですけど……」


「『いくら休暇でもブリッジに人がいないと緊急時に困るから』っていってフクベ提督やキノコといっしょにブリッジに残った」


「そうか……」


 わたしたちの話を聞いて、アキトさんは残念そうにつぶやきました。


 ハーリーくん……どうしてこなかったんでしょう?


 少し時間を置いてまた誘ってみましょうか。








 〜 ハーリー 〜



 ふぅ……。普段はにぎやかなブリッジも人がいなくなると静かですね。


 パチッ。


 後ろのほうではフクベ提督とムネタケ副提督が将棋を打っています。


 パチッ。


「……ふむ」


「……提督」


「む?」


「なぜ……このナデシコにお乗りになったのかしら?」


「ふむ……」


「提督は退役した身でしょう? それも、英雄として」


「英雄、か……」


 副提督のその言葉に、フクベ提督のシワがさらに深まったように見えました。


「ムネタケ、覚えているか? あの第一次火星大戦を」


「えぇ……」


「わしはあの時、なんとかあのチューリップを破壊して火星を守ろうとした。

 が、結果はお前も知ってのとおり……」


「チューリップは落下地点を変えただけで、破壊することはできなかった」


「そうだ。わたしは落ちていくチューリップを見ながら後悔したよ。この手で、守るべきものを消してしまったことを。

 そしてわたしは、せめて生き延びた艦隊だけでも地球へつれて帰ろうと心に決めた。

 地球に戻れば何らかの罪を裁いてくれるものだと信じて。

 だが、地球に戻ってみればどうだ?

 わしは英雄と祭り上げられ、連合軍の苦戦を市民の目からそらす道具にされた。

 虚しかったよ……。自分の信じていたものがあまりにちっぽけに感じられてな」


 フクベ提督の独白に、僕もムネタケ副提督も黙って耳を傾けていました。


「だからだよ。ナデシコに乗ったのは。

 ナデシコが火星を目指すと知ったとき、わしは罪をつぐなえるのではないかと思った。

 今思えば、馬鹿らしくなるほどの『逃げ』だった。

 テンカワくんに言われてしまったよ。

『逃げたところで結局何も変わりはしない』とね。

 彼も、わしに故郷を破壊された身だというのに」


「そう、ですか……」


 独白を聞き終えた副提督は、ポツリとそう言いました。


「ムネタケ、このナデシコという艦は不思議だと思わんか?」


「はい?」


「ネルガルの新技術を使用した戦艦。能力ばかりの愚連隊。そういわれている。

 そんなナデシコだが、不思議とクルーの結びつきは強い。

 何者にも縛られることなく、ただ自分の信じた道を行く。

 普通の軍隊では考えられないことだ」


「えぇ……そのとおりね」


「しかしそれが時に羨ましくも見える。

 常に何かに縛られて生きてきた私には、とても輝いて見えたよ。

 それと同時に、かつて軍に入った頃の新米同然の兵だったころを思い出した……。

 純粋に、民間人を守る『正義』になれると信じていた、あの若かりしころをな……」


「…………」


「我々も、昔に戻ってみようではないか。

 あの、地位にも名誉にも縛られなかった新米同然のころの心に。

 なぁに、所詮人間五十年。少しばかり自分に正直に生きたとて罰は当たるまい」


「……それも、いいですね。提督……」


「どれ……、一杯、やらんか?」


「付き合いましょう」


 そういって二人は静かに酒付きを交わすと、ブリッジで飲み始めました。


 いいんですか? お酒をブリッジで飲んで。


 でも……自分に正直に、か。


 いつか、僕も自分のことを正直に話せるときがくるんだろうか……。


 いや……ありえないか、そんなことは。


 僕の抱えている『モノ』は、提督や副提督とは次元が違うんだから……。







 〜 アキト 〜



 ルリちゃんとラピスがビーチパラソルの下で持ち運び用の端末をいじっている間、俺は砂浜にシートを敷いてゴロリと寝転がっていた。


 なんか……久しぶりにのんびりだな……。


 ポカポカと暖かい日差しの中、俺はいつしかウトウトし始めていた……。


 ……Zzz。


「テンカワくん、ビーチボールでも……おや?」


「おいロン髪、どうしたんだ?」


「シィ……、テンカワくんが寝ている」


「おっと……」


「疲れているんだろう、そっとして置いてあげよう」


「……そうだな」



 ……んん、あれ、いつの間にか寝ていたのか。


 しかし、なんか頭の下に柔らかいものが……。


「ひゃっ」


 ん?


 頭の下にあるものを触ってみると、なにやら妙な声が聞こえた。


 なんなんだ……?


 俺は薄っすらと目を開い……っっっっ!!!???


 ガバッ!!


「わっ。もぅ……アキト、起きるなら起きるって言ってよ」


「ゆ、ユリ、カ!?」


 いや、ちょっと待て、じゃあさっきの『アレ』は……。


「いや、おま、なにやって!?」


 いかん……、さっきのアレで少し混乱しているようだ……。


「へ? なにって、もちろん膝枕〜♪」


 や、やっぱり……。


「えへへ〜〜 なんだかアキトが気持ちよさそうに寝てたから、膝枕しちゃった♪ ビックリした?」


「そりゃ、もう……」


 心臓が止まるかと思ったぞ。


 しかし……ここまで接近されて気づかなかったとは……、少し勘が鈍ったかな?


「しかし、どうしていきなり膝枕なんか……」


「え〜? どうしてって言われても、なんとなく……かな」


 なんとなく、ねぇ……。


「なんか、アキトにいっぱい迷惑かけてるから、少しでもお返ししたくて……」


「えっ……?」


 ユリカ……?


「変、かな?」


「……いや」


 たまには、こういうのもいいかな……。


 ……ん? ゴートさんがいない……。


「動いたのか……?」


「どうしたの? アキト」


 ゴートさんが動いたのなら、時間的にもいいころだな。


「悪いユリカ、俺ちょっと用事ができたから」


「あ、うん……」


 俺は手元においておいた水色のパーカーを羽織り、ゴートさんを追って森へと入っていった。


 まったく、もう少し後でもよかったのに……。


 ……などと、心の隅で思っていたのは秘密だ。



 俺がゴートさんに追いついたときには、すでにクリムゾンのシークレットサービスと銃撃戦を開始していた。


「くっ! なかなか手強いな……」


「そうみたいですね、さすがはクリムゾンSSの精鋭部隊といったところですか」


「テンカワか……、なにもお前までくる必要はなかったんだぞ」


「ゴートさん一人に任せるのは気が引けたんで」


「ふん……、しかし、すでに敵についての情報を入手していたのはさすがだな」


「まぁ、昔とった杵柄ってやつですよ。それで、どうします?」


「何も手を出してこなければ、このまま見過ごすつもりだったが……こうなってしまったのなら仕方あるまい」


「しかし、なんで彼らは動いたんですか?」


「どうも、この島にいる会長の孫娘とナデシコのクルーの誰かが接触したらしくてな」


 ……まさか? いや、ありえなくはないか。


 今回、不覚にもうたた寝をして、しかもユリカの接近にも気づかなかったぐらいだ。監視の穴ならいくらでもある。


「せっかくきたんだ、いくらかお前にもやってもらう。元々そのつもりで来たんだろう?」


「えぇ。ざっと見たところ、数は10人。5:5でいきましょう」


「了解した。武器は……お前にはあってもなくても同じか」


「あはは……必要になったら相手から奪い取りますよ」


「そうか、それでは……いくぞ!」


 その言葉を合図に、俺とゴートさんは左右に姿を消した。








 〜 ルリ 〜



 ふぅ……。


 手元にある端末の回線を閉じ、わたしは一息つきました。


「ルリ? どうだった?」


「あぁラピス、やっぱりわたしの知るこの時代の情勢とはだいぶ違いますね」


 そう、今わたしたちは端末を利用して今の世界の状況について調べていました。


 火星でアキトさんたちのことを聞いて、もうすぐ二ヶ月になろうとしていますが、現状のわたしたちはなんの役にも立っていません。


 わたしたちにできることの大半を、アキトさんとハーリーくんが一年の間に済ませてしまっているからです。


 DFSやブラックサレナ、バーストモードのシステムや、秘密裏に進めていたジャンプシステムも、半分以上完成しているというんですから。


 どうも、アキトさんとアカツキさんとハーリーくんの三人がネルガルに集まったのが原因のようです。


 アキトさんの未来の知識をハーリーくんが設計し、アカツキさんがネルガルの製品として製作を指示する。


 製作コストなども気にすることなく確実に戦力の増強をしている間に、ネルガル社長派などの不穏分子を早急に排除する。


 一年という短い時間でしたが、アキトさんは未来の不安の種を可能な限り摘み取ったり、対処法を立てていたようです。


 現状、ネルガルとアキトさんの信頼度はかなり高いです。これなら株の買占めで強引に協力を迫るという必要もなさそうですね。


 ただ、それだけにわたしたちができることがかなり少なくなっています。


 このままではいけない……。


 そう考えたわたしたちは、とにかく現状の把握から始めることにして、それぞれ情報を集めていたんです。


「でも、アキトに聞いた『二回目』との差は、それほどでもない……」


「そうですね……」


 わたしたちにとってはこの歴史が『二回目』なので、話の上でしか聞いていないんですが、今のところアキトさんの『二回目』と大差がない……というより『ほとんど誤差がない』状態なんです。


 その点に、わたしもラピスも違和感を覚えていました。


 ナデシコは火星から人々を救い、そして戻ってきました。そこだけでもかなり歴史を動かすはずなんです。


 なぜなら、救出された人々の中にはイネスさんの義理のお母さんであるイリス・フレサンジュさんやフィリス・クロフォードさんなどの重要人物も含まれているんです。


 それに、アキトさんが三回目での不確定要素を警戒してさまざまな手を打っているんです。


 それでここまで差がないというのは……。


 なにか、意図的なものがある?


 でも、これが木星の遺跡の手によるものだとしても、木連全軍を操作することなんでできるとは思えませんし……。


「……! ……リ! ルリ!!」


「えっ?」


「もう、ボーッとしちゃって、どうかしたの?」


「いえ、なんでもありませんよ」


「そう? ……あぁーあ、でもせっかくの海なのに、ハーリーがいないとなんだかつまんないね」


「……そうですね。もう一度誘ってみましょうか?」


「うん、いこっ♪」


 わたしとラピスは互いに端末をしまうと、ナデシコの中へと戻りました。



 部屋に端末を置いたあと、その足でブリッジへとやってきたんですけど……。


「あ! ルリさん! 助かった!!」


「……どうかしたんですか?」


「い、いえ! ……事情はあとで説明しますから!」


「は、はぁ……」


「……む、マキビくん、どこへいくのかね?」


「あ、あの! ルリさんたちが呼んでいるのでここで失礼させていただきます!!」


「そうか、では我々だけで飲もうか! のぉムネタケ!!」


「はい! 提督!! アハハハハハ!!」


 ……な、なんなんですか、この状況は。


「ルリさん! さ、行きましょう! ね!! ほら、ラピスも!!」


「は、はい……」


「う、うん……」


 ハーリーくんに急かされて、わたしとラピスはそそくさとブリッジを後にしました……。



「いったい、なにがあったんですか?」


 ナデシコから降りたあと、ハーリーくんにさっきの状況の説明を求めました。


 さっきの状況はどう見ても明らかに異常でしたし……。


「はぁ……、フクベ提督って、意外と酒癖がすごくて……。なんかハイテンションになるみたいで、もうほとんど笑い上戸でしたよ。

 そこに副提督まで加わって……二人で僕に絡んでくるんですよぉ……。ホント、二人が来てくれて助かりました……」


「だから最初に誘ったときに来ればよかったのに……」


「まったくです」


「はい……」


 まぁ、ハーリーくんもまさか、あんなことになるとは思っていなかったんでしょうし……。


 許してあげましょうか。


「えっと……、ねぇハーリー」


「ん? なに?」


「どう、かな……?」


「どう……って……」


 どことなく上目づかいなラピスに、ハーリーくんは最初戸惑っていたようですが、しばらくしてその理由に気づいたみたいです。


 なんとなくDFSみたいですね。白い部分がどんどん赤くなっていきます。


 そしてとうとう、ハーリーくんは真っ赤になってしまいました。


「えと、あの……その……」


 露骨なぐらい慌てているハーリーくんに、ラピスはどこか満足げです。


 むぅ……。

 
「……に、似合ってるよ……水着……」


「ホント!?」


 かなり小さい声だったのに、ラピスは聞き逃さずに大喜びです。


 ……むぅ!


 ラピスばっかり……ずるいです。


「えっ? あの……ルリさん?」


 わたしの行動に、ハーリーくんはかなり慌てたようです。


 まっ、突然腕を組んだりしたんですから、しょうがないんでしょうか?


「ハーリーくん、ちょっと森のほうに行ってみましょうか」


「え? は、はい……」


「あーーー!! ルリ、ずるい!!」


 そういうや否や、反対側の腕につかまるラピス。


「ふふ〜ん♪」


「むぅ……!!」


「……えっと、二人とも、仲良く……ね?」


「わかってます」


「わかってるもん」


 そういいながら、腕を離さないわたしたち。


 ……ハーリーくん、なに泣いてるんですか?








 〜 ハーリー 〜



 ルリさんとラピスに挟まれて(連行されてともいうけど……)森の中を散策していた僕たち。


 ここは常夏の島……のはずなのに、僕の周囲はまるで北極のように冷たい……。


「「…………」」


 うぅ……なんでこんなことに……。


 っ……、視線? それに……。


 っ! 殺気!?


「二人とも、伏せて!!」


「「っ!?」」


 僕らが伏せた次の瞬間、銃弾が数発頭の上を飛んでいった。


 僕は二人を抱えると、すぐに近くの木の陰へと隠れた。


「二人とも、怪我は?」


「わたしは平気です」


「わたしも大丈夫」


 二人が無事なことを確認してホッとする一方で、むこうに隠れているだろう敵の気配を探る。


 相手はおそらく……。


「クリムゾンSS……か」


「っ! そういえばアキトさんにそんなことを聞いたような……。うかつでしたね」


「いまさら言ったところでしょうがありませんよ。幸い、敵の数もそう多くはありませんし、目的はアクア・クリムゾンの護衛でしょうから、引き返せば追っ手はきませんよ」


「でも……大丈夫かな?」


 不安そうな顔をするラピスに、僕はそっと頭をなでてやる。


「大丈夫だよ、絶対に。

 とにかく今はこの森を抜けましょう。ルリさん、ラピスの手をしっかりつかんでいてください。僕が最後尾になります」


「……はい」


 ルリさんも少し不安げな表情をしていたけど、しっかりとうなずいてくれた。


 ……よし。


「……走って!」


 僕の声を合図にルリさんとラピスは海のほうにむかって走り出す。


 そして僕は……二人とは逆の方向にむかって駆けた。


 元々、ここでケリをつけるつもりだったからね。


「ハーリーくん!?」


「ハーリー!!」


「大丈夫! 行って!!」


 僕の予想外の行動に、二人の足が止まりそうになるが、僕はかまわず走るように叫んだ。


 やがて、二人の姿は森の中へと消えていった。


 さて……あまり時間をかけると心配されるし……。


「悪いですけど、腕や足の一本は覚悟してもらいますよ」


 鋼糸鉄線を構えて、僕は森の中を駆け出した……。








 〜 アキト 〜



 森の中での戦いを終えた俺とゴートさんは、何事もなかったように森から出てきた。もちろん、ナオさんともバッチリ出くわした。


「あ、アキト〜♪」


「ユリカ?」


 むこうから、ユリカがこっちに駆け寄ってきた。


「アキト、もう用事は終わったの?」


「ん? あぁ……まぁな」


「……? アキト、なんか火薬くさいよ?」


「そ、そうか……?」


「うん」


 自分の腕を鼻の前にもってきて臭いを嗅いでみる。ん〜たしかに火薬くさいかも……。


 しかし、その妙なところで鋭いのは相変わらずだな……。


「気のせいだろ。それよりそろそろ昼飯にするから」


「あ、ひょっとして浜辺に用意してあったバーベキュー?」


「アタリ」


「うん、わかった。みんなに声をかけておくからね♪」


「あぁ、頼む」


 ユリカは『りょーかい♪』と言い残して走っていってしまった。


「……艦長には秘密なのか?」


「……えぇ。なにもわざわざ危険なことに巻き込む必要はないでしょう」


「……ふっ、たしかにな」


「ん〜〜〜っと……、さてバーベキューの用意でもするか」


 体をひと伸ばししてバーベキューの作業を始めようとする俺。


 ところが……。


「アキトーーー!!」


「アキトさーーーん!!」


「ん? ルリちゃん? ラピス?」


 むこうからルリちゃんとラピスがこっちに走ってくるのが見える。しかし……。


「なにやら、慌てているようだが……」


 ゴートさんの言うとおりだな。


「二人とも、どうしたんだ?」


「はぁ……はぁ……、ハー……ふぅ……」


 俺のところにたどり着いた二人は何かを伝えようとするが、息があがっていてうまく言葉にできていない。


「二人とも、落ち着いて。はい、深呼吸」


「「すぅ……はぁ……」」


「どう? 落ち着いた?」


「はぁ……、は、はい」


「いったい、なにがあった?」


「あっそうです! ハーリーくんが!!」


「ハーリーくん? 彼に何かあったのか?」


「はい、じつは……」


「僕なら大丈夫ですよ」


「「「「っ!?」」」」


 ルリちゃんが事情を話そうとしたとき、その声にあわせるようにハーリーくんが姿を見せた。


「ハーリー!!」


「ハーリーくん! 怪我はありませんか?」


「はい。一応……」


「いったい、なにがあったんだ?」


「いえ、ちょっとそこの森の中でクリムゾンのSSと接触しただけですから」


「なんだと!?」


「もっともすでに撃退したあとなので問題はありませんけど」


「なに?」


「そうか、見たところ怪我もなさそうだし、よかったじゃないか」


「はい」


「それじゃ、もうすぐバーベキューを始めるからむこうに行って用意しておいてくれるか?」


「わかりました」


 俺は少し強引に話を切り上げると、ハーリーくんたちをバーベキューの場所へとむかわせた。


「テンカワ……」


 不満げに声をかけてくるゴートさん。おそらく、ハーリーくんのことを警戒しているんだろう。


「大丈夫ですよ、彼は」


「しかし、あの年齢でクリムゾンのSSを撃退する実力となると……」


「彼に武を教えたのは俺ですから」


「なに?」


「ハーリーくんは素質がありますからね。今が伸び盛りなんでしょう」


「……そうか」


「えぇ。そろそろバーベキューの準備を始めるので、これで。

 あ、そうそう。ちゃんとゴートさんの分もありますから食べに来てくださいよ」


「……シイタケは」


「好き嫌いはダメです」


「むぅ……」


 ったく、いい年してなに言ってるんだか……。



 バーベキューパーティは前回の面々にラピスを加えて行われた。


 ハーリーくんはいつの間にか姿を消していたそうだし、フクベ提督は……すまないけど発言を控えさせてもらおう。あの人の名誉のために。


 そしていよいよ、新型のチューリップの破壊が開始された。


 そこで俺たちが見たものは……。


《うわぁー、真っ赤なチューリップだぁ♪》


 ヒカルちゃんが現状を的確に表現してくれた。


 そう、目の前にあるのは小型で赤く塗装された従来のチューリップとは異なるものだった。


 だが、一回、二回目は共に小型だが緑色のチューリップだったはずだ。


 いったい、あの中になにが……?


《どうやらあれが新型のチューリップのようだけど、あれは……バリア装置? それもクリムゾンの紋章入りと来た》


《なにを考えてるのよ、クリムゾン家は……》


 上空からチューリップの様子を伺っていたアカツキとその映像を見たエリナさんが呆れたようにつぶやく。


《どっちにしろ、あれを破壊しなきゃならねぇんだろ? なら、とっととぶっ壊しちまおうぜ》


《一応、名目としては調査が目的なんですけどねぇ……》


 リョーコちゃんの言い分に弱弱しくプロスさんがツッコミをいれる。


【でも、どの道壊しちゃうんだよね】


「まぁな。あの中に入っているものがなんであれ、敵の兵器であることには変わりないだろうし」


【っ! アキト兄、チューリップに熱量増大! バリア装置への負荷が強まっていくよ!!】


「なに……?」


 ブロスからの警告に、俺がチューリップへの警戒を強めた次の瞬間、チューリップはバリア装置ごと大爆発を起こした。


《キャアア!!》


《ぐあっ!!》


 チューリップ上空にいたアカツキと、チューリップ近辺にいたヒカルちゃんのエステ・ネオが爆風で吹き飛ばされる。


《自爆したの!?》


《いえ、違います! 爆発中心部に大型の熱量感知!!》


 キィィィィイイイイイイ!!


 金属をこすり合わせたような嫌な産声を響かせて、その無人兵器は姿を現した。


《なんだありゃあ!?》


《カブトムシ!?》


 そう、そいつの姿はまさにカブトムシそのものだった。


 基本ベースこそ、バッタやジョロと同じ形だが、その特徴的な巨大な角はやはりカブトムシを思わせる。


 だがなにより驚くのはその巨体だ。


 エステバリスより一回り大きいブローディア。その体よりさらに倍はあろうかという巨体はすでにそれ自体が凶器だった。


《ちっ、こんなもんただのこけおどしだ! 全機、攻撃開始ぃ!!》


 リョーコちゃんの言葉を合図に、全エステ・ネオのハンドカノン、レールカノンが火を噴いた。


 敵がディストーションフィールドを張るよりも着弾のほうが早い。


 みんなはそう思っただろうし、俺もそうだと確信していた。


 ディストーションフィールドは間に合わなかった。そのはずだ。


 ……だが。


【敵機反応、いまだ健在!!】


 ヤツは黒煙の中からその姿を現した。


《ウソだろ、おい!?》


《あの砲撃を受けきった……?》


 驚愕の事実に誰もが驚き、戸惑っていた。


 あれだけの砲撃を受けて、なお戦闘行動に支障が出ないということは……。


【あのカブトムシ、少なくとも戦艦クラスの装甲を持っているってことだね】


 そういうことになるな。


 敵カブトムシはこちらを敵と認識したのか、再びあの鳴き声を響かせて行動を開始した。


 だが、その歩行速度はお世辞にも速いとはいえない。


《なんでぇ、ずいぶんのろまじゃねぇか。全機、散開して回り込め! いくら装甲が硬くても破れねぇ装甲はねぇ!!》


 たしかに、リョーコちゃんの言うとおりだ。


 物質である以上、その強度には限界がある。


 だが、敵の能力はこちらの予想を超えていた。


 あれだけ鈍重な動きを見せていたカブトムシが、突然、爆発的な勢いで突進してきたのだから。


「なっ!?」


 突進するカブトムシ。その標的は俺、ブローディア・ゼロだった。


【アキト兄!!】


【避けて!!】


「……いや、ダメだ!!」


 俺も一瞬、回避しようと考えた。


 だが、いま自分のいる位置を思い出したとき、その案は却下された。


 俺の後ろには、ナデシコがあったからだ。


「ぐぅ!!」


 ブローディアのバーニアを全開にしてカブトムシの突進を食い止める。


 それにしてもこいつ、なんてパワーだよ!!


《アキト!!》


《アキトくん!!》


《テンカワくん!!》


 俺が押さえている間に、エステバリス隊のみんながカブトムシに攻撃を加えるが、その堅牢な装甲に守られたカブトムシはまるで止まる気配を見せない。


 その間にも、ブローディアはどんどん競り負け、ナデシコが近づいてくる。


 くそっ! どうする!?






《ガァイ! スゥパァァァ、ナッコォォォォ!!!》






 真横から奔る衝撃。突然現れたその機体に殴り飛ばされて、カブトムシは500メートルばかり吹っ飛んだ。


《待たせたな、アキト!!》


「ガイ!?」


《あっ! てめぇヤマダ!! 今までどこにいやがった!?》


《いやぁワリィワリィ。エステバリスが空飛んでて慌てて戻ってきたんだが、途中で道に迷っちまってなぁ。

 そういえば、途中でスゲェスプラッタな惨状になってた場所があったなぁ。いやぁ……あれにはビックリした。

 それと! 何べんいったらわかんだよ!! ガイだ! ダイゴウジ・ガイ!!》


 のん気だな……ガイ。こっちは死にそうな目にあったっていうのに。


 そんなガイにちょっぴり殺意を抱いたことは、そっと胸の奥にしまっておくことにする。


《おいおい、そんなことよりどうするんだい? あのカブトムシくん、まだ生きてるよ?》


 なに? あの攻撃を喰らってまだ動けるのか?


 さっきのユーフォルビアの攻撃『DNB(ディストーション・ナックル・ブラスト)』は実質DFSと同じ破壊力を持っている。


 それで破壊できないとは……。


 どうする……?


 もうすぐ体勢を立て直し終わるカブシムシに、俺たちは必死に対抗手段を考えていた。


 そのときだ。


 上空から一条の閃光がカブトムシめがけて飛来した。


「な、なんだ!?」


【これ……グラビティブラストだよ!!】


「なに……? 発射地点は?」


【えぇ〜っとぉ……あれ?】


「どうした?」


【おかしいよ! だって発射地点の上空12000のところには戦艦や機動兵器の反応かないんだもん!】


「なんだと……? ボース粒子は?」


【未計測。少なくとも発射地点と予測されたところからは検地されなかったよ】


「馬鹿な……。ジャンプでもなく、機動兵器や戦艦でもなければ、あのグラビティブラストはどこから飛んできたって言うんだ!?」


【わたしに聞かないでよぉ……】


 どうなっているんだ……?








 〜 ??? 〜



 まったく……、運命とやらはつくづく皮肉が好きらしい。


 なにもこんな日にこの『力』を使用しなくてもいいだろうに……。


「敵、巨大虫型戦闘機の機能停止を確認。相転移反応、徐々に低下……。完全に停止を確認」


 しかし、FCA(フィールド・キャンセラー・アーマー)か。厄介なものを持ち出してきたな……。


 あれは、対DFS用にヤツが生み出したものだ。DFSが一撃必殺の最強兵器でなくなった以上、この先ナデシコは苦しくなるな……。








 〜 ルリ 〜



 結局、その日の戦いは謎のグラビティブラストに助けられる形で終わりを迎えました。


 カブトムシはまるで狙い済ましたように戦闘用AIの制御部分だけが破壊され、大部分がナデシコに持ち込まれました。


 これからイネスさんとセイヤさんが解体、解析作業に入るそうです。


 まぁそれはともかく、ナデシコのチューリップ調査はひと波乱ありましたが無事に終わりました。


 それにしても……。


「ルリルリ〜? ラピスちゃ〜ん? 二人ともなんでうつむいているの?」


「顔、あげられません……」


「右に同じ……」


「???」


 わたしとラピスの様子に、首をかしげるミナトさん。


 じ、じつは……その、ナデシコに戻ってだんだん冷静になってきたら、途端に今日の自分の行動が恥ずかしくなってきて……。


 わ、わたし……ハーリーくんに、う、うで、腕を……。


 あ、あぅうぅぅ……。


 うぅぅぅ……恥ずかしくて死にそうです……。


 そして運命って残酷なもので、こういうときに限って一番出会いたくない人が来るんです……。


「あら、ハーリーくん」


「こんにちは、ミナトさん」


 は、ハーリーくん!?


 な、なんでこんなときにくるんですかぁ!?


「それがね、ルリルリたちがさっきから変なのよ」


「変……なんですか?」


「そっ、いくら呼んでも頭をあげてくれないのよ」


 あぁああ、み、ミナトさん! 余計なこと言わないでください!!


「……あのぉ、ルリさん? ラピス?」


「……なんですか?」


「……なに?」


「いや、顔を見て話をしましょうよ……」


 そ、そんなこと言ったって……。


「……あら?」


 ふと、ミナトさんがなにかに気がついたらしい声を上げました。


 チラリと顔を上げてミナトさんの顔をのぞき見てみると……。


 な、なんなんですか! その『なにか企んでいます』みたいな笑いは!!


「ハーリーく〜ん、どうもルリルリ少し熱があるみたいなのよ」


「えっ!? ホントですか!?」


 み、ミナトさぁん!?


「ホントホント。だってほら、見てみなさいよ。ルリルリ、耳の先まで真っ赤じゃない」


「ほ、ホントだ……」


 ちょ、どこを見ているんですか!


 なんだか、ますます恥ずかしくなってきました……うぅ〜顔があげられません。


 って、えっ?


 突然、ハーリーくんがわたしの顔を上に持ち上げました。


「失礼します」


 そのままハーリーくんのおでこがわたしのおでこにピタッ……と。


「!!!!?????」


「あらあら♪」


「ホントだ、少し熱があるみたいですね……。一応、医務室でイネスさんに見てもらい……ルリさん? ルリさん!?」


「あら、ちょっと刺激が強すぎたかしら……?」


「ルリさ〜〜〜ん!!??」


 ……キュウ……。


 その後、わたしが目を覚ましたのはそれから半日ほど経ったあとでした。一生の不覚です……。








 〜 アキト 〜



 とりあえずテニシアン島での任務は無事に終了した。もっとも、予想外のアクシデントは多数あったが……。


 あのカブトムシもそうだが、あのグラビティブラスト……。


 いったい誰が……、まさか木星の? いや、それならナデシコを助ける理由がないし……。


 火星でも一度、同じことがあったというし……。


 う〜ん……。


 考え事をしていた俺は、いつしか展望室へとやってきていた。しかし……。


「あれ? アキト?」


「ユリカ? どうしたんだ、こんなところで」


 展望室にはすでに先客がいたようだ。


「うん、これからアキトの部屋に行こうと思って。ホラ、昨日はアキト、部屋にいなかったし……」


 ま、まさか……。


 ユリカサン、ソノウシロニモッテイルモノガソウデスカ?


 俺は顔面が蒼白になりそうなのを必死に耐えた。しまった、もうすでにユリカが動き出していたとは……。


「ホントは部屋にもっていこうと思ったんだけど、アキトがいるならここでもいいよね。

 はい、アキト♪」


 そういって俺の前に突き出されたのは地獄の釜……ではなく、ただのバスケットだった。


「……これは?」


「クッキー、焼いてみたの。甘くておいしいよ♪」


「う、うん……」


 俺はバスケットの中からクッキーを一つつまんで取り出した。


 見た目はよし……。問題は味だ。


「そ、それじゃ……いただきます」


「はぁい♪」


 ユリカがニコニコしながらこちらを見ている。


 えぇい! ままよ!!


 俺は一息にそのクッキーを口の中に放り込んだ。


 モグモグ……。


 あれ……?


「おいしい……」


「ホント!? よかったぁ」


 意外だ。悶絶ぐらいは覚悟していたんだけど……。


 ちょっと甘すぎることをのぞけば十分おいしい。


「あとねあとね、紅茶もあるんだよ。飲む?」


「あぁ、もらう」


 そういって俺はユリカの注いでくれた紅茶を飲む。


 ただ……。


「甘い」


「甘くておいしいでしょ?」


「たしかにおいしいけど……俺にはちょっと甘すぎ」


 このクッキーとこの紅茶では甘すぎる。虫歯になりそうだ。


「そっかぁ。アキトにはちょっと甘すぎるのかぁ」


「まぁな。俺、コーヒーは砂糖とか入れないから」


「えぇ〜そうなんだ? 甘いほうがおいしいのに」


「『過ぎたるは及ばざるが如し』、何事もほどほどがいいんだよ」


「そうだね……。うん、それじゃ次はもう少し甘くないように作るね♪」


「あぁ。楽しみにしている」


「うん♪」


 それから俺とユリカは展望室で星を見ながらクッキーを食べるのだった……。



 しかし、いい気分に浸っていてすっかり『襲撃』のことを忘れていた。


「アキトさん! 私の料理食べて下さい!!」


「テンカワ……俺、初めて料理してみたんだけど……味見、してくれないかな?」


「……ちょっと俺、用事が。あ、あはは……じゃ!!」


 しくじった……。ユリカの成功に浮かれすぎたか。


「待って下さい、アキトさ〜〜ん!!」


「せっかく作ったんだぞ! 食べろよ、テンカワ!!」


 そんなこと言われても……いくら俺でもアレを食べたらぶっ倒れるのは目に見えている。


 なら逃げるしかないじゃないかぁ!!


 俺は昂気を発動、全力でその場を離脱していった……。


「は、はやい……」


「逃げ足の速さも一流……ってか?」


 なんとでもいってくれ……。








 南国の島でひと時の休息を得たナデシコ。


 そして再び白亜の戦艦は戦場へと舞い戻る。


 すべては、守りたいと願うものを守るために……。













 ・ 第三回・あとがき座談会 ・



AKI「さて、今回も始まります『第三回・あとがき座談会』の時間がやってきました。ご存知作者のAKIです」


アキト「ルリちゃんの代理で来た、テンカワ・アキトだ」


ユリカ「ラピスちゃんの代理、ミスマル・ユリカでぇす♪」


AKI「なお、ハーリーくんは諸事情により欠席することになりました。大変申し訳ありません」


ユリカ「というか、二人が欠席した理由って↑(あれ)なんだよね?」


AKI「えぇ、まぁ……」


アキト「ルリちゃんにしては珍しい……かな?」


ユリカ「そうだね」


アキト「まぁそのあと、ラピスが同様の理由でぶっ倒れたのはここだけの話だがな」


AKI「まぁ……ルリちゃんがぶっ倒れて、ラピスちゃんも同じ状態といわれたら心配しますわな……で、同じことをラピスちゃんにもした、と」


アキト「それが原因なんだけど、ハーリーくんはまだ少しそういうところが疎いからな」


ユリカ「アキトにいわれたらお終いだよ?」


アキト「(グサッ!!)ゆ、ユリカ……お前って時々容赦ないよな……」


AKI「さて、夫婦漫才はこの辺で切り上げて、いつものコーナーに移りたいと思います」


ユリカ「質問コーナー、だっけ? なんでもいいから作者に質問するヤツ」


AKI「そそっ」


ユリカ「じゃぁユリカから質問!! 今回、アキトのピンチを救ったヤマダさんの機体『ユーフォルビア』だけど、どんな花なの?」


AKI「お答えしましょう。

 ユーフォルビアとは、トウダイグサ科トウダイグサ属のポインセチアの別名で、和名では猩々木(しょうじょうぼく)とも呼ばれます。

 見た目としては燃える火のような真っ赤な花びらが特徴的。なお、花言葉は『祝福する』という意味のほかに、『私の心は燃えている』というものがあります。ガイの機体の名前にした理由は主にこれ。

 英名がクリスマススターというだけあって、入手時期は10月から12月ごろになっているそうです」


アキト「へぇ……そうなのか」


ユリカ「『祝福する』かぁ……。よかったね、アキト♪」


アキト「は? なにがだ?」


ユリカ「だって祝福するっていったらわたしとアキトの将来に決まっているじゃない♪ キャーーー♪」


アキト「いや、主な花言葉は『私の心は燃えている』だってさっき……、おいユリカ!! 聞けよひとの話を!!」


AKI「……なにやら会場のほうが混乱してきましたね。これ以上混乱しないうちに次回予告を……三番手、ユリカさん!!」


ユリカ「はぁーい♪

 ナデシコに与えられた次の任務は巨大砲台ナナフシの破壊でした。

 でも、その予想外の射程とあまりの時間のなさに、ナデシコは大ピンチに!?

 戦車もゾロゾロやってくるけど、アキトがいるからへっちゃらだもんね♪

 次回、機動戦艦ナデシコ 〜 時の流れに 〜 三旗竜 第十一話 『気がつけば「お約束」』 轟け! 竜王の咆哮!!

 次回も読んでね♪ ユリカのお・ね・が・い♪」


アキト「だからなぁ、前からひとの話を聞けって何度も……だから待てって! ユリカぁああああ!!!」


AKI「……以上、あとがき座談会でした。(なんとか終わったか……)」





注).作者の使う花言葉は『池田書店 濱田豊監修 花言葉・花贈り』より抜粋されています。

   本によっては違うかもしれないのでそのあたりはご了承ください。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

相変らずほのぼのですねぇ。マシンチャイルド三人組とか、アキトとユリカとか、一人減って毒料理コンビになった二人とか(ぇ

一方で相変らずハーリー君は謎だし、新しい謎の影も出てきたし、いいですねぇ。

いろいろ読んでると思いますけど、こうして謎を持たせつづけるのって物語の展開上かなり重要なんですよね。

 

>花言葉

本によっては、というか、花言葉は厳密に決まっている物ではなくてかなりいい加減に(一つの花に5、6個あるのも珍しくはないらしい)つけられている物のようなのであんまり気にすることもないかと。w