二つの任務を終えたナデシコに新たな任務が下る。


 それは木星トカゲに占拠されたある地域を奪還する作戦に参加せよ、というものだった。


【わからない……連合は敵。なぜ協力しなければいけない?】


 募り始めたオモイカネの反抗心。その限界は近い。


 それが、新たな真実への扉を開く……。













 ・ 第十二話 『あの「忘れえぬ日々」』 凍てつく心 ・










 〜 ハーリー 〜



 ドグンッ!!


 ぐぅ!!


 薄暗い部屋の中で、僕は自分の胸元を押さえつけるようにつかんだ。


 心臓の脈動がいつも以上に早い。まるで怯えているかのようだ。


 まさか……。


 理由はひとつだけ思い当たる。アレしかない。


 でも、まだ『予測』まで時間があるのにっ!!


 荒い息を吐きながら、僕は跳ね回る心臓を押さえつける。


 大丈夫……大丈夫だ。


 まだ……大丈夫。


 僕は、自分に言い聞かせるように心の中で『大丈夫』とつぶやき続ける。


 思い込みというのはなかなか効果があるもので、心臓は徐々に落ち着きを取り戻してきた。


 さっきまではあんなに荒かった息も、今はゆっくりとしたものに戻っている。


 ……ふぅ。


 僕は深呼吸をひとつして、そして今回の『発作』について考えた。


 やっぱり『力』を使った反動が大きくでている。


 ナデシコに乗り込んで……肉体の時間では半年程度しか立っていない。そんな短い時間で『二度も』力を行使したんだから……。


 こうなることは予想できていた。


 でも……。


 もう少し……もう少しだけ……。


 僕に時間をくれ……。


 もう少しだけ……。








 〜 ルリ 〜



 ナナフシ撃破から一ヶ月が経過しました。


 相変わらずナデシコは便利屋さんのごとくあちこちの戦線に投入され仕事をこなしています。


 もっとも、その中にあのナナフシを超えるような危険な仕事はひとつもなく、ナデシコは仕事をすべてこなしていました。


 とはいえ前回のナナフシ戦はかなりきわどいものでした。


 もしあのときブローディア・ゼロのリミッターが外れなければ、ナデシコもアキトさんもこの世に存在していなかったんですから。


 それにしてもナナフシの射程と充電速度には驚きました。


 どうやら木連の技術は一度目、二度目を大きく上回っているようです。これではアキトさんが進めてきた準備の分があっても安心はできません。


 そして、あの映像のこと……。


 あの映像はいったいなんだったのか、一ヶ月たった今もまだ二人に聞くことができずにいます。


 聞いてしまったら、なにか大事なものが壊れてしまうような気がして……。それが怖くて、まだその一歩を踏み出せずにいます。


 ……話がそれましたね。それで、いまナデシコがどこにいるかというと。


 やっぱり連合軍の先頭に立って戦い続けています。


 先に話したとおり、この一ヶ月そんなことが何回もあったせいで、すっかり木星さんの目の敵にされてしまいました。


 もうちょっと頑張ったらどうですか? 連合軍も。


「そっちがそうならこっちもその気!! 徹底的にやっちゃいます!!」


 ユリカさんが艦長席でやる気満々に叫びます。


 他の皆さんも同じようです。


 ただ、気になることがあります。


 もうそろそろオモイカネの反抗期なんです。


 それが原因でアキトさんは西欧へと出向させられてしまいました。


 アキトさんは行くつもりのようですけど、わたしもラピスもアキトさんと離れるのは嫌です。


 お願い、オモイカネ……。


【…………】


 オモイカネは何の反応も返してはくれませんでした。


 なんとか、無事にこの戦いが終わってくればいいんですけど……。



「全機攻撃開始!!」


 ユリカさんの号令で出撃したエステバリス隊が攻撃を開始しました。


 っ!! ロックオンが敵味方すべてに!?


 ダメ!! オモイカネ!!


 わたしも、事態に気づいたラピスも必死にオモイカネを止めに入りました。


 すると、意外なほどあっさり連合軍へのロックははずれ、木星トカゲだけを攻撃し始めました。


 オモイカネ……聞き入れてくれたの?


 結局その戦闘は連合軍への被害もなく、いつもどおりに終わりました。


 しかし、わたしたちはまだ事態を甘く見ていました……。


 ドサッ。


 わたしの隣で、誰かが倒れる音が聞こえ、わたしとラピスは『なんだろう?』と音のしたほうを振り向きました。そこには……。


「っ! ハーリーくん!!」


 顔中から血の気が引き、苦悶の表情のまま倒れたハーリー君がいました。


 わたしの両端はラピスとハーリーくんのサブオペレーター席になっています。


 当然、隣から聞こえてくる音ならこの二人以外であるはずはなかったんです。


 ハーリーくんが倒れたことは、すぐに他の人も気がつきました。


「ルリちゃん? どうかしたの?」


「ちょっと、ハーリーくんどうかしたの!? 顔真っ青じゃない!!」


 ハーリーくんの顔、汗びっしょりな上に真っ青です。意識もないみたいですし……。


 とにかく、急いで医務室に!!


 ブリッジに担架が運び込まれ、いまだ、意識の戻らないハーリーくんをかついで医務室へと運ばれていきました。


 でも……いったいなにが……。


「ルリ!」


「ラピス? どうしたんですか、大声を出して」


「いま、ハーリーのアクセスコードを調べてみた。IFSの異常かもしれないってイネスがいっていたから」


「それで、なにかわかりましたか?」


「……戦闘開始直後、オモイカネからハーリーが火器管制の権限を強引に奪い取っているの」


「えっ?」


「オモイカネ側からそれを取り返そうとして何度も攻撃を受けた形跡がある。たぶん、あの時ロックが戻ったのはハーリーが……」


「で、でも……オモイカネはAIですよ? 絶えず行われるその攻撃を防いで、しかもロックを書き換えていたとしたら……」


「いくらマルチタスク能力に長けているわたしたちでも、これだけの情報を一度に扱ったハーリーのIFSは、間違いなくオーバーロードをおこしているはず。下手をしたら、生命活動にも支障をきたしているかも……」


 今回、ハーリーくんが扱った情報量は、簡単に見積もってもオモイカネ級AI二基分に相当します。これはわたしたちマシンチャイルドに置き換えると、ざっと二千人分になります。


 これだけの情報量を扱った経験は、わたしでさえ、一度しか経験はありません。ナデシコCで火星全域を掌握した、あのときしか……。


 それをハーリーくんは旧式のナデシコAのシステムでやってのけました。未来の身体よりさらに幼い過去の身体と、オモイカネのサポートなしで……。


 同じ条件で行ったとして、わたしやラピスでもオーバーロードは避けられなかったでしょう。


 いくらなんでも無茶しすぎですよ、ハーリーくん……。


 とにかく、オモイカネのほうをなんとかしないといけませんね……。


 戦闘終了後、わたしとラピスはプロスさんの下を訪れ、ハーリーくんが倒れた原因について話し、ナデシコを安全空域でメンテナンスすることを提案しました。


 案の定というか、プロスさんは快くメンテナンスにOKを出してくれました。問題が出てから対処するよりお金がかからないと思ったんでしょうね。


 ただ、できるかぎりこの件については内密に進めるようにお願いされてしまいました。クルーのほうに不安が広がるのを防ぐためだそうですが、自社の製品の欠陥はあまり人に見せたくはないようです。


 というわけで……。







 〜 アキト 〜



 ルリちゃんがオネイカネの記憶修正の依頼のために食堂を訪れたのは、戦闘が終わってからしばらく経った頃だった。


 なんでも、無理をして倒れてしまったハーリーくんを医務室へと運び、医務室に着いたことを確認してからこっちにきたらしい。


「アキトさん、お願いできますか?」


「わかった。ところで……」


「はい?」


「なぁに? アキト」


 なぜユリカがここにいる……?


 たしか話を聞く限りではユリカは登場はしなかったはずだけど……。


「なんだか、ハーリーくんが倒れたの見たら、なにかアキトが始めるような気がして、とりあえずアキトのところに来たんだけど……」


「そしたら入り口でバッタリ会っちゃいました」


 なるほど……そういうことか。


 それにしても『ハーリーくんが倒れるところを見たら』って……もしかしてユリカは、無意識にオモイカネの異常に気づいているのか?


 徐々に中にいる『ユリカ』の封印が解け始めているのかもしれない……。


 とにかく、食堂にいたってデータの書き換えはできない。


 なんでもプロスさんには秘密裏に事を進めるように言われている以上、俺達のむかうところは一つだった。





「はぁ? 部屋の端末を貸してくれって?」


 格納庫で整備をしていたセイヤさんのところに俺達三人は押しかけた。


「なんでまた? わざわざ俺の部屋のヤツを使わなくてもブリッジなり他の場所なりもっと設備のいいところがあるだろ?」


「じつは、プロスさんが今回の事件のことを秘密裏に処理したいらしくて……」


「それで? 人目につかない俺の部屋の端末を使おうってか?」


「ダメ……ですか?」


「……まっ、ここはひとつ、年上として懐の広いところを見せてやるか。おぉい! ちょっと呼び出しくらったんで作業終わったら休憩していいぞぉ!!」


「「「「「ウィィィィッス!!」」」」」


 元気のいい返事に背中を押され、俺達は格納庫を後にする……。


 そしてやってきたのは『瓜畑秘密研究所 ナデシコ支部』と表記されたセイヤさんの部屋だった。


 前回もそうだったけど……怪しさ大爆発って感じだよな……。


 部屋の中に入ると、相変わらず独特の匂いが漂ってくる……。


 前回はずたボロに言われたセイヤさんの部屋だったが、さすがに今回はこちらから頼み込んだとあってみんな我慢しているようだ。


「足元に気をつけてくれよ……って言ってるそばから艦長! そこ気をつけて!! 作りかけのフィギュアが!!」


 はいはい……。


 セイヤさんに怒鳴られてユリカがビクッと片足を上げる。そこに転がっていたのはいつぞや見たユリカウサギではなく、べつのフィギュアだった。モデルはユリカだったけど……。


 ……なんか複雑。


 気を取り直してウリバタケさんのホストコンピュータから、オモイカネに侵入……。


 さすがは技術屋というべきだろう、セイヤさんの守備範囲は前回同様かなり広いようだ。


 ……多少、偏ってはいるが。


「さて!! それでは行こうか、テンカワエステ! 起動!!」


「わたし、バックアップします」


「わたしも」


「OK!! 宜しく頼むぜ二人とも!!」


 こっちの準備もすでに完了、いつでも電脳世界にいける準備ができている。


 しかしこの光景もついに三度目、か……。


 ……感傷に浸っていてもしかたがない。よし。


「準備完了です」
 

「よっしゃ! では電脳世界にGO!!」


 セイヤさんのそのかけ声と共に、俺の意識は電脳世界へと入っていく。


 気がつけば、俺はセイヤさんがビジュアル化した、オモイカネの中に出現していた。


 三度目もやっぱり同じ、沢山の本棚に囲まれた世界だ。


 ちなみに俺は二度の過去と同じ、自分のエステバリスに顔を入れ替えた状態だ。


 しかし、何度見ても……。


「なんか……デザインが……」


《なんだよ、俺の趣味に文句でもあんのか!?》


「いえ……、ないです……」


 セイヤさんの睨みつけるような視線に、俺はあっという間に萎縮していた。こういうときのセイヤさんは怒らせないほうがいい。


《……まあいい。目的地はオモイカネの自意識部分だ》


「あとはわたしとラピスが誘導します」


「アキト、がんばろ」


「あぁ。じゃあ行ってきます」


《おう!! 頑張れよ、テンカワ!!》


《アキト! ファイト!!》


 そして俺は、二人の誘導に従ってオモイカネの自意識部分へとむかった。


 今回は連合軍の介入がないから時間に余裕がある。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


 前回この時点で、オモイカネからと思われる逆ハッキングがあった。そしてそのあとオモイカネによって見せられたヴィジョン。


 あれがもし、また見せられるとしたら、ルリちゃんが再び傷つくかもしれない。


 とはいえ、ルリちゃんにそれを教えようにも画面の外でセイヤさんとユリカが見ている以上、話をするわけにもいかない。


 どうしよう……。


 本来ならもっと早めに教えておくべきだっだが、もはやいまさらだった。


 そして……事件は再びおこる。


 非常警報のアラームが鳴り、セイヤさんの表情が驚きに変わる。


《なに! 逆ハッキングだと!?

 済まんテンカワ!! 俺はこいつの相手をするから、お前は二人の指示に従ってくれ!!》


 通信ウィンドウからウリバタケさんの慌てて作業を開始する姿が見える。


 そしてその後ろでは、やっぱりユリカが途方にくれているのが見える。


 ……ついてきた意味、あったのか?


 しかし……とうとう来たか。


 敵のハッキングが予想以上に強力なのか、セイヤさんとの通信ウィンドウが消えてしまった。


「アキトさん……これはいったい……」


 逆行一回目のルリちゃんは前回なかったことに困惑している。


「大丈夫、これは二回目の歴史であったことだから」


「そうなんですか?」


 俺の言葉を聞いて、ルリちゃんの表情からいくらか緊張が解ける。


「ただ、ちょっとルリちゃんには辛いことがあるかもしれない……。だから、覚悟はしておいてくれ」


「……はい」


「あっ!?」


 ラピスの驚きの声が響いた次の瞬間。俺達の周囲の風景が本棚から……。


 どことも知れない暗闇の空間へと変わった。


「アキトさん、なんなんですか? ここ……」


 ルリちゃんとラピスが二回目の事を聞こうと俺に目をむける。


 だけど、これは……。


「ちがう……」


「えっ?」


「前回と様子が違う。恐らくオモイカネが流しているヴィジョンだとは思うけど……」


 内容までは答えられない。その答えに二人の顔にも緊張感が表れていく。


 そして、ヴィジョンが動いた。


―――い……た……い……。


 どこからともなく響いてくる声。くぐもってはいるが、子供の声のように聞こえる。


―――いた……い……いたい……痛い……。


「この声……どこかで……」


「痛いって……、どこか具合が悪いの?」


 ルリちゃんは聞こえてくる声に覚えがあったのか、必死に記憶をたどろうとし、ラピスは声の訴えである『痛い』に首をかしげる。


 そして、まるでスイッチが入ったようにヴィジョンの動きが活発になった。


 どうやら誰かの目から見える映像を、そのままヴィジョンとして映しているらしい。


―――痛い! 痛い痛い痛い!!


 天井、床、壁、さまざまな光景が目まぐるしく映っては消えていく。


《あぁああああああああ!!!》


 声は言葉というものを知らないかのように、ただただ叫び続けていく。


 そのうち俺は、ヴィジョンの中に赤い水溜りが増えていることに気がついた。


 あれは……血!?


《ゲフっ!! ガッ!!》


 どうやら声の主が吐血してできた血溜まりらしい。


 ……なぜか、その光景に近視感を覚える。しかし、これは俺の記憶にはない映像だ。


 待てよ……? 近視感って、なににだ?


 答えはすぐに出た。こんな経験をしたのはあの場所以外にはない。


 火星の後継者に囚われていたころに行われた、人体実験。あのときに見た惨状によく似ていた。


 しかし……いったいなぜ?


 疑問がはれないうちにヴィジョンの場面が変わる。


 今度は、どこかの地下牢のような場所だった。そして、あの声の主を中心にしてグルリと見知らぬ男たちが声の主を取り囲んでいる。


《へへへっ……おいおい、本当にいいのかよ? こんなガキ一人殺して俺達全員無罪放免なんてよ》


 ガキ……? この声の主は子供なのか?


 男は顔を上げて下卑た笑みを浮かべる。その視線に誘われるように声の主も上を見上げた。


 そこにいたのは白衣を着た科学者風の男たちだった。


《えぇかまいません。もし殺せれば……ね》


 それを聞いた男たちは一斉に声の主に殴りかかった。


 声の主は抵抗することもできずに四方八方から暴力をふるわれ続ける。


 手加減は、一切ない。


 あまりに凄惨な光景に、ルリちゃんもラピスもついに目をそらしてしまった。


 そして、時間がどれぐらい経ったかわからないぐらいたったころ、暴力の嵐はやっとやんだ。


 もはや声の主に動く気配はなく、男たちも声の主が死んだものと思っているようだ。


 だが、最後に一人の男が声の主の身体を持ち上げた。


《これで……トドメだ!!》


 男の蹴りをくらって、声の主の視界があらぬ方向にむく。


 角度から考えても……、明らかに首が折れていた。


 そしてそこで一度、ヴィジョンが消える。


 だが、ヴィジョンは再び映った。


「なっ……?!」


 その光景に俺は声を失った。


 わざわざ血で壁を装飾したとしか思えないほどに大量に撒き散らされた血飛沫。


 そして血の海に横たわる、さっきまで声の主をリンチしていた男たちだった肉塊。


 天井には、まるで大砲でも撃ちこまれたかのような大穴が開いていて、そこから一筋の光が差し込んでいる。


 その中心で、声の主は呆然と立ち尽くしていた。


 そして、声の主は自分の足元に目をむける。


 足元には血でできた水溜りがあり、そこに声の主の姿が映っていた……。


「馬鹿なっ!?」


「うそっ!?」


「そんな……!!」


 この凄惨な惨劇の中心にいた人物。


 それは、俺達もよく知る人物……。


「ハーリーくん!?」


 ルリちゃんの悲鳴ともとれる叫び声に重なるように……。


《うぁあああああああああああ!!!!》


 ヴィジョンの中のハーリーくんの悲鳴が木霊した……。








 〜 ユリカ 〜



「なに! 逆ハッキングだと!?

 済まんテンカワ!! 俺はこいつの相手をするから、お前は二人の指示に従ってくれ!!」


 アキトをモニタリングしていたウリバタケさんが突然驚いたような声を出したかと思うとものすごい速さでキーボードをたたき出した。


 うわぁーすごい……。


 ……って、感心している場合じゃないよぉ! わたしもなにかできること……できること……。


 ……ふぇ〜〜〜ん!! なんにもないよぉ!!


 なにかないかな……なにかないかな……。


 なにかできることはないかと考えながら部屋の中を右往左往するわたし。


 途中、なにか『ミシッ』という音がした気もするけど、この際気にしないことにする。


 ちょうどそんなときだ。


 わたしのコミュニケに通信が入ってきた。


《艦長!!》


 相手はハーリーくんに付き添っていたはずのミナトさんだった。


「どうかしたんですか?」


《ちょっと医務室まで来て!!》


 医務室……? もしかしてハーリーくんになにかあったのかな?


 緊迫した様子のミナトさんに、わたしは『すぐに行く』と答えて部屋を飛び出した。


 どの道、あそこにいてもできることはないと思うし……。



 駆け足で医務室まで来てみると、部屋の前でミナトさんが、まるでさっきのわたしみたいに右往左往していた。


「あっ! 艦長!!」


「ハーリーくんになにかあったんですか?」


「それがわからないのよ! イネスさんは『なんでもない』って言ってたのに、突然ハーリーくんが手術室に運ばれて、それからぜんぜん出てこないし……」


「しゅっ!?」


 手術室!?


 なんで……、ハーリーくんが倒れたのはIFSの使いすぎだって……。


「それで、どうしたらいいかわからなくて……とりあえず艦長には連絡しておこうと思って……」


 はじめて見た……こんなに不安そうなミナトさん。


 そのとき、手術室からイネスさんが出てきた。


「あ、イネスさん!!」


「ハーリーくんの容態は、どうなんですか?」


「…………」


「イネスさん!!」


「ホントは、知らないほうがいいんでしょうけどね……こんなことは」


 そういい、イネスさんはギリッ……と歯をかみ締める。


 どういうこと?


「いいわ、説明してあげる。医務室にきなさい」


 わたしとミナトさんは戸惑いながら医務室に入っていくイネスさんに続いた……。








 〜 アキト 〜



 目の前に映し出された凄惨な光景。


 その光景を生み出したのであろう人物の正体を知り、俺達三人は愕然としていた。


 たしかにハーリーくんならこれだけの戦闘力をもっていても不思議ではない。けど、俺はこの惨劇の犯人がハーリーくんとはどうしても思えなかった。


 それは他の二人も同じらしく、そのヴィジョンを青ざめた顔で見つめていた。


「こんな……こんなのって……」


「なんで……どうして……」


 混乱する俺達をよそに、ヴィジョンは終わりを告げ、俺達の周りの景色は、あの本棚に戻っていた。


「今のは……いったい……」


「オモイカネ! 見ているんでしょう!? あの映像はなんなんですか!?」


 どこかで見ているだろうオモイカネにむかって、ルリちゃんが叫ぶ。


 そして、オモイカネはすぐに答えを返してきた。だがそれは、あまりに曖昧なものだった……。


【ルリ、あれは……なに?】


「えっ……?」


【僕はあんな映像なんて知らない。ルリ、あの映像はなに?】


 オモイカネも知らない? いったいどういうことだ?


【映像の出所は医務室みたいだけど……】


 医務室……? イネスさんが流しているわけはないだろうし……。


―――夢であったらよかったのに……。


 ……えっ?


 突然、図書館に声が響き渡った。


 声の大きさにも関わらず、その声はとても静かで……、そして悲しげだった。


―――悪夢は眠りのたびに繰り返され、呪われた身は日を増すごとにその身を人ならざる物へと変えていく……。


「いったい……なにをいっているの?」


―――いつになれば悪夢は消える? いつになれば僕はこの呪いから開放される?


「この声は……ひょっとして!」


―――もはやこの身の呪いを解く術がないなら、せめて戦おう。

 大切なもののために、大切な人たちのために。この身が、砕け散るまで……。


 まるで、詩を朗読するように、ただ静かに言葉を紡ぐ声。


 そして、その声を主の正体を俺もルリちゃんもラピスも、すでに気づいていた。


「ハーリー、くん?」


 俺達全員の考えを形作るように、ルリちゃんがつぶやいた。


 あの映像は、俺も知らない。おそらく、ハーリーくんだけが知っている、彼だけの一年間だったんだろう。


 ただ、疑問に思うこともある。


 彼の朗読した詩、その中に出てきた『悪夢』と『呪い』という言葉。


 『悪夢』はだいたい予想がつく。先程のヴィジョンが恐らくそうなんだろう。


 だが、『呪い』とはなんだ?


 彼の生活を見る限りでは、身体に障害を抱えているとか、そういうことはなかった気がする。


 そのとき、オモイカネの自意識部分にむかって高速で飛翔する物体が俺達の目に飛び込んできた。


「あれは……?」


「オモイカネの自意識の部分にむかっている……」


 嫌な予感がする……。


 そう感じた俺達は、急いで自意識の部分へとむかった……。


 そして……そこで見たものは……。


「あ、あれは!?」


 自意識の空間を縦横無尽に飛び回る二つの影。そのうちの大きいほうの影。


 かなり速い動きだが、見間違えるわけがない。見忘れるはずもない。


【アキト兄!! あれ……!】


【間違いないよ】


「二人も気づいたか」


 ディアとブロスが突然乱入してくる。さては、どこかで盗み見していたな?


 まぁ、今はそんなことどうでもいい。問題は今目の前を飛び交っている影のことだ。


 あれは……。


【【「ブローディア!!】】」


 ブローディア・ゼロじゃない。リミッターもなにもない、改良される前のブローディアだ。


 おそらく俺の記憶の中からオモイカネが自己防衛本能として生み出したものだろう。


 たしかにリミッターのかけられた今現在のブローディア・ゼロより、かつてのブローディアのほうが強力なのはたしかだ。


 だが……だからこそ、目の前の光景が信じられない。


【ブローディアが……】


【おされている!?】


 そう、ブローディアはおされていた。


 オモイカネが再現したブローディアということは、あれは少なくとも俺と同じ動きができるはずだ。


 なのに、そのブローディアがおされている。


 仮にオモイカネが100%の再現ができないとしても……。


「あの影は……いったい……」


 ブローディアに匹敵する速さ、刹那の瞬間のぶつかり合いで勝ちを握る力強さ、それらに該当する機体には、俺が知る限りひとつしかない。


 そう、北斗のダリアなら……。だが、あの影がダリアでないことは一目でわかる。大きさが小さすぎるからだ。


 高速で動いているので正確な大きさはわからないが、その影はエステバリスより小さく見える。そんな機体、あったか……?


 いや、そもそも、あれは機体であるという保障もない。


 機体は結局のところイメージに過ぎない。自分の最も強いと思う姿が形となって現れる。


 ここは、そういう空間だった。


 それにしても小さい。影の大きさはブローディアの足元にも及ばないサイズだ。


 空間内で幾度となくぶつかり合う両者。


 その両者がひときわ強く激突し、揺れのない空間に大きな衝撃波を生み出した。


「わぁっ!」


「きゃっ!」


「っ……!」


 衝撃波に襲われ吹き飛ばされそうになるルリちゃんとラピス。俺は二人を捕まえながら飛ばされないようにその場に踏ん張った。


 やがて波が治まるころを見計らって、俺は二つの影のほうに目を向けた。


 ひとつは、やはりブローディアだった。そして、もうひとつは……。


「なんだよ……あれ……」


 俺は、その影の正体に絶句するしかなかった……。








 〜 ルリ 〜



 自意識の空間に到着したわたしたちが見たものは、二つの黒い影でした。


 目で追うことすら困難なほどの高速で移動を繰り返す両者の姿を、わたしたちは必死に追いかけていました。


 そして、ようやく一体のほうの姿を捉えることができました。


 片方の影はブローディア・ゼロに似た機動兵器。アキトさんやディア、ブロスの話では、『ゼロ』に改良される前のブローディアだそうです。恐らく、オモイカネの自己防衛本能が生み出したものでしょう。


 だけど、もう一つのほうは……?


 高速で移動を続ける両者の動きは、わたしの目では追いつくことはできませんでした。


 そして、何度目かの衝突のあと、間合いをとるかのように両者はいったん離れ、動きを止めたことで、ようやく、わたしたちはもう片方の影の姿を見ることかできました。


 しかしそれは……、あのヴィジョンの映像の答えであったと同時に、それが夢や作り物ではないことの証明となってしまいました。


 戦っていたもう一つの影。その正体は……。


「ハーリー……くん……」


 そう、ハーリーくんでした。ゲキガンガーでも、ブラックサレナでもなく、アキトさんのようにデフォルメされたエステバリスでもない。


 等身大のハーリーくんがそこにいました。


 しかしその姿は、普段の彼とはあまりにかけ離れていました。


 どうして……。


 わたしの目を最も惹いたのは、本来あるはずの右腕の代わりのように、右腕の部分についていたもの。それは……恐らく……グラビティカノン。


 なんで……右腕にグラビティカノンが生えているんですか?


 乱雑に繋がれた大小あわせた多数のパイプ。それらすべてがまるでむき出しの筋肉のように、右腕のグラビティカノンと繋がっていました。


 ブラックサレナに搭載されていたあのグラビティカノンとは比べ物にもならないような粗雑な代物……。


 そんな砲門が、ハーリーくんの体にはあまりにも痛々しくて、一瞬、それが幻なんじゃないかと錯覚しそうになりました。


 でも、それが錯覚ではないことを証明するように、ハーリーくんは無表情にブローディアを見つめていました。


 背中の皮膚を突き破り、まるで生えているかのように見える鋼鉄の翼。両足から突き出したスラスターノズル。そして体のあちこちに見え隠れする金属の装甲板。


 すべてがいつものハーリーくんの、いえ『人間』の姿からかけ離れていました。


 これが……あのヴィジョンの惨劇が産んだ『結果』なんですか?


 無表情のまま、ブローディアを見つめ続けるハーリーくん。まるでわたしたちが来たことに気づいていないかのようです。


 そして、何のきっかけもなく、ハーリーくんは動きました。


 再び、形を捉えさせない、あの光速の動きで。


「第一戦闘技能(ファーストバトルスキル)『トライデント』」


 ハーリーくんの感情のこもらない機械的な声が、静かにわたしの耳に聞こえてきました。


 そして、次の瞬間……ブローディアは倒されていました。


 まるで先程までの戦いが、ただの準備運動であったの様に。


 背後からブローディアを襲った、グラビティカノンの三発並列射撃。


 そこから生まれた三本の黒い閃光に飲まれて、ブローディアは爆散しました。


 これが……ハーリーくんの力……?


 戦いを終え、ハーリーくんの表情に感情の色が戻り始めました。


 そのままわたしたちに目を向けずオモイカネの木にむかおうとするハーリーくん。


 どうやら本当に気づいていないみたいですね。


「ハーリーくん……」


 わたしの口からボソッ、と声が漏れました。


 それが、わたしの最大の失敗でした。


 聞こえるはずのない距離、聞こえるはずのない大きさの声。


 なのに、ハーリーくんはその声に反応しました。


 弾かれるようにわたしたちのほうに振り返るハーリーくん。


「…………っっっ!!??」


 そして、彼の顔に表れたのは……恐怖。


「……ルリ……さ……ラピ……!!!!」


 突然、ハーリーくんは体をガタガタと震えさせ、これ以上ないくらい目を見開いていました。


「なん………なん、で……! 僕………!!」


「ハーリー、くん?」


「ハーリー?」


「あ、あああ……」


 ハーリーくんは自分の右腕のグラビティカノンを震わせながら、自分の視界の前にもって行きました。


「ぼ、僕……ちが……! こんな………!!」


 体の震えはそのひどさを増し、顔面蒼白になっているのは誰の目にも明らかでした。


 いけない!


 わたしはすぐにハーリーくんのそばに駆け寄ろうとしました。


 それが、間違いであったことに気づかずに。


「あぁあああああああ!! 来るな、見るなぁあああああ!!」


「っ!?」


「見るな、見るな見るなぁああああああ!!」


「ハーリーくん!!」


「見ないで!! 僕は……、ぼ、く!! あぁあああああああああああああ!!!!」


 突然頭を抱えて絶叫するハーリーくん。


 それは、わたしが今まで見たこともない……恐怖に支配された者の悲痛な叫びでした。


「イヤだ!! こんな! 見られ……!! あああああああ……!!!

 見るなぁあああああああああああああああああああ!!!!」


 ハーリーくんの悲痛な叫びとともに、彼は自意識の空間からその姿を消しました。


 あまりに異常すぎる彼の行動に、わたしたちは呆然とその場に立ち尽くしていました。


 いやな予感がする……。


 元来、わたしは直感などにあまり頼らないほうなんですが、このときだけは嫌な予感が止まりませんでした。


 オモイカネの敵対意識を早急に刈り取ると、わたしたちは急いで現実世界へと戻りました。


―――ハーリーくん……!!


 わたしは来た道を戻る間、嫌な予感が頭から離れませんでした。


 まるで、ハーリーくんがいなくなってしまうような気がして……。








 〜 ユリカ 〜



 イネスさんに招かれて、わたしとミナトさんは医務室の丸イスに腰掛けていた。


「さて……。なにから話したものかしらね」


 イネスさんはため息をつきつつ、天井を見上げました。


「自他共に認める説明好きのわたしが、こんなに説明したくない説明があるとは……思わなかったわ」


「イネスさん、ハーリーくんは……」


「そうだったわね……。

 簡潔に言うわ。ハーリーくんの寿命はもう残り少ないわ。一週間か……下手をすれば今日を終えることさえ……」


 っ!?


「それ、どういうことよ!?」


「順番に話をするわね。今回、彼が倒れた理由はもう知っているかしら?」


「ルリちゃんの話では、IFSに過剰な負荷がかかったからだって……」


「そうね、わたしもそう思っていたのだからあの子達もそう思ったでしょうね。

 でも、真相は違ったのよ」


「「えっ?」」


「あの子は……、マキビ・ハリはホシノ・ルリやラピス・ラズリ二千人に相当する情報量を完璧に操ってみせたのよ。本当なら今回のように倒れてしまうのが当然のような情報量を、ね」


「それじゃ、ハーリーくんはなんで……」


「じゃあなぜ、彼は今回のように倒れたのか? それは、あの子が体内に隠し持っていた『爆弾』が原因だったのよ」


「爆弾?」


「そう。わたしでさえ見たこともない未知のナノマシン。それが、彼の体を蝕んでいるの」


「そんな……! だって、ナノマシンは安全だって」


「言ったでしょ? 未知のナノマシンだって。

 IFSに使用されているようなナノマシンじゃない。もっと凶悪で残酷な代物よ」


「いったい……そのナノマシンはなんなんですか」


「わからないわ。現在判明している能力としては……このナノマシンは肉体を変貌させている」


「肉体を……?」


「そうよ。人の体にあるはずのない鋼のパーツにね」


「鋼……パーツ……?」


「彼のレントゲンを取ったときは驚いたわ。彼の体の内部臓器の80%はすでに機械化していたわ。胃、腸、肺にいたるまで。

 そして今、彼の心臓がナノマシンによって変貌し始めている。今回彼が倒れたのはこの変貌に心臓が抵抗したために起こった発作によるものよ」


 そんな……。


 あのハーリーくんが……、どうして……。


「なんで……、だってあの子! ついさっきまであんなに元気で……!!」


「いえ、体の変調は以前からあったはずよ。ナノマシンの変貌速度を見る限りでは、一日二日のことじゃない。一ヶ月……半年、いえ一年以上はかかっていたはずよ」


 一年って……それじゃハーリーくんはナデシコに乗る前からずっと……。


「でも……臓器があんな状態じゃ、ろくに食事を取ることなんてできなかったでしょうね。そんな状態を誰にも話さず、『人』として生きていく。彼、見た目以上に強靭な精神をしているのね」


「強靭……って、まだ彼は子供なのよ!?」


「ハルカさん、あなた、想像できる? 自分が内側からロボットみたいになっていくなんてこと。事実を知れば、子供はおろか、大人でさえ正気を保っていられるか……。

 それに、彼の味覚は正常なのよ? ただし、食べ物を飲み込んだあと、消化できず不純物として口から逆流する。『人』の三大欲求のひとつである『食欲』、それを失うことがどんなことか……」


「…………」


 わからない……、わかるわけない。自分で体験したわけでもなければ……。


 でも、ハーリーくんはそんな状態でも、今まで何も言わずに……我慢してきたんだよね……。


 医務室を沈黙が支配していく……。


 明かされた真実は、あまりに重くて……。


 わたしもミナトさんもなにを言ったらいいのか、わからなかったから……。








 〜 ルリ 〜



「オモイカネ! ハーリーくんの現在位置は!?」


 電脳世界から戻ってきたわたしは、すぐにハーリーくんの位置を検索にかけました。


 すでにいつもの調子に戻っていたオモイカネは、すぐに検索を開始してくれました。


 数秒ほどかかる検索の時間。それさえなぜかもどかしく感じられるほど、そのときのわたしはあせっていました。


 そして、オモイカネの検索結果がウィンドウに表示されました。


【検索終了。現在マキビ・ハリは手術室にいます】


 手術室!? ハーリーくんはそんなに容態が悪いんですか!?


 わたしたちは急いで手術室へと駆け出しました。



 わたしたちが手術室へとたどり着いたとき、ちょうど医務室からイネスさんとユリカさん、ミナトさんが出てくるところでした。


「ユリカさん! ミナトさん!」


「ルリちゃん……」


「ルリルリ……」


 医務室を出てくる二人の表情は、まるでお通夜のように暗く沈んでいました。


 まさか……。


「ハーリーくんになにかあったんですか!?」


 その問いかけに、二人とも答えを返してはくれませんでした。


 でも……その反応はなにかがあったことを雄弁に物語っていました。


 そのときです。


「イネス先生! 患者の容態が!!」


「「「「「っっ!!」」」」」


「落ち着いて! 抗ナノマシン薬の投与と、手術の準備を!!」


「は、はい!!」


 イネスさんがお医者さんにそう怒鳴ると、そのまま慌しく手術室の中へと消えていきました。


 ハーリーくん……。


 扉の閉じた手術室から、わたしの目は離れようとはしませんでした。


 まるで離れることを拒むように……。


 そのとき、後ろから誰かがギュ……っとわたしの体を抱きしめました。


「ミナトさん……」


「ルリルリ……」


 わたしを抱きしめたミナトさんの体は、震えていました。


 いえ……ひょっとしたらわたしのほうが震えているのかもしれません。


「……神様って……なんて残酷なのかしらね……」


 えっ……?


「ミナトさん……?」


「大丈夫、きっと大丈夫よ」


 ミナトさんはそういってわたしを励ましてくれました。


 でもホントは、自分に言い聞かせていたのかもしれません……。


 そして時間は過ぎ……手術は終了しました。


 手術は三時間にもおよび、その間にわたしやラピス、アキトさんは、ユリカさんとミナトさんからハーリーくんのことについて話を聞きました。


 正直、ショックが大きすぎていまいち実感がわきません。


 でも……あの電脳世界で見せたハーリーくんの姿が、偽りやイメージだけのものでないということは、あの場にいた誰の目にも明らかでした。


 今、ハーリーくんは隔離室の中で眠っています。わたしたちも面会することはできません。


 ハーリーくんに残された時間はあとわずか……。


 その先がどうなるのか……わたしにはもう、想像もできませんでした……。 








 〜 ハーリー 〜



 ……あれ?


 僕は……どうしたんだっけ?


 たしか……ブリッジで、オモイカネの暴走を食い止めようとして……火器管制を奪い取って……それから……。


 ……あぁ、そうか。発作を起こして倒れたんだ……。


 それから……。


 徐々に思い出していく僕の記憶。そして、気がついた。


 僕が電脳世界に入ったことを。


 オモイカネの操るブローディアと戦い、それを撃破したことを。


 そして……あのおぞましい姿をあの二人に見られてしまったことを……。


「……っ!!」


 怖い。


 あの姿を、あの力をみせてしまったことが。


 あんな……あんな……!!


 ドクン!!


「くっ……!!」


 ま、また……。


 あのときの発作のように、強く跳ね上がる心臓。


 だけど、今回は違った。


 ドクン……ドクン……トクン……。


 っ!? だんだん鼓動が小さくなっていく!?


 ま、まさか……。


 僕はすぐそばにあった心電図に目をむけた。


 そこには、僕の危惧した予想が現実となっていることを表していた。


 心臓が……鼓動を止め始めた……。


 苦しさが徐々に弱まっていく。だけど、これは落ち着いてきたわけじゃない。


 抵抗が……弱まってきている……。


 だめだ……消えるな!!


 消えるな、消えるな消えるな消えるなぁ!!


 だけど……ナノマシンは残酷に作業を進め……。


 願いは、届かなかった。


 ト……クン……。


 その鼓動を最後に、僕の心臓は鼓動を永久にやめた……。


 代わりに聞こえてきたのは……。


 ヴォン……。


 相転移エンジンの駆動音だった……。









 〜 ルリ 〜



「ハーリーくんがいなくなった!?」


 突然オモイカネから受けた報告に、わたしはブリッジを飛び出しました。


 そんな……そんなはずは……!!


 わたしがむかったのはハーリーくんがいるはずの隔離室でした。


 そこにはすでに呼び出されていたイネスさんやユリカさん、アキトさんがいました。


「ハーリーくんは!?」


「ルリちゃん……」


 わたしが来たことに気づいたアキトさんが、悲しげな顔でこちらを見ていました。


 まさか……!


 部屋の中に入り、ハーリーくんが寝ていたベッドを見る。そこにハーリーくんの姿はなく、代わりに目に飛び込んできたのは一枚のウィンドウ。


 そこに書かれていたのは短く、要件だけが書かれた四文字の言葉。


『 さ よ な ら 』


 あまりに短い別れの言葉。


 わたしがその言葉の意味を理解するまで数秒を要しました。


 あまりに馴染みがなくて、あまりに唐突過ぎる言葉。


 だけど、この状況を説明するのにもっとも適した言葉……。


「そんな……」


 ……ウソだ。


 そんなのウソだ。ハーリーくんはつい数時間前までいっしょにいたはずなのに。


 またわたしの前から人がいなくなる。アキトさんのように、ユリカさんのように、目の前で笑っていてくれたはずの人がいなくなる。


 ……なんで。


 なんで、なんでなんで!!


「どうして、ですか……」


 どうしてわたしのまわりから大切な人ばかりいなくなるんですか!!


「どうしてぇえええええええ!!!!!」


 あまりに理不尽なこの事態に、わたしはただ叫ぶことしかできませんでした……。 















 たった四文字の別れの言葉。ただそれだけを残して少年は姿を消す。


 その事実に、愕然とする少女。


 そしてこの事件が、遺跡同士の戦いが本格化することを知らせるものであることを、まだ誰も知らずにいた……。


















 ・ 第五回・あとがき座談会 ・



AKI「……え〜、この時間は『あとがき座談会』の予定になっていたんですけど……。まわりを見ても誰もいませんね……。

 レギュラー陣のルリちゃん、ラピスちゃんはハーリーくん失踪のショックで欠席。そのハーリーくんも現在ナデシコ脱走中でいませんし……。

 こまった……」


??「こんにちは」


???「…………」


AKI「おや? 君たちは……。また珍しい人が来たね」


??「ずいぶんな言い草ですね。困っているというから来てあげたのに」


???「(コクコク)」


AKI「まぁそれはありがたいけどね。でもいいのかな……? 一応君たちの存在はネタバレ要素に入るんだけど……」


??「名前を伏せているからいいんじゃないですか?」


???「……(コクッ)」


AKI「……まぁいいか。どうせレギュラー陣がいないことだし。それじゃ、なにか質問はある?」


??「あります」


AKI「どうぞ」


??「今回明かされたハーリーくんのことについての説明を……」


AKI「あ〜〜。どうしようか? これ一応劇中で話しているやつなんだけど……」


??「……ダメ、ですか?」


AKI「ん〜〜、それじゃまだ話してない能力についての説明な」


??「わかりました」


???「(コクッ)」


AKI「ハーリーくんの能力『ウェポン・トランス』は呼んで字のごとく、武器に変形する能力だ」


??「……それだけですか?」


AKI「あ〜〜、やっぱこれだけじゃ、ダメ?」


??「ダメです」


???「……ダメ」


AKI「やっぱダメっすか……。じゃあもう少し話すけど……。

 この能力は肉体を武器や兵器に変貌させて人間サイズで機動兵器や戦艦と互角の戦闘力を有することができるようになる。

 劇中でも、オモイカネが操るブローディアを倒したように、その戦闘力はかなり高い。

 変貌させる武装に関してはハーリーくんが図面を知っていればその制限は存在しない。理論上、相転移砲でも創り出すことができる」


??「なんか、反則くさくないですか?」


AKI「力だけでいえば現状のナデシコ中最強はハーリーだし、武器の反動はしっかり受けるからね」


??「いいんですか? そんな設定にして」


AKI「いいんだよ、その反動は劇中で書いたし……それだけでもないから。で、これ以上はネタバレになるので解答終了」


??「わかりました……」


AKI「さて、区切りもいいし……次回予告、よろしく」


??「わたし? ま、いいですけど。

 ナデシコを飛び出したハーリーくんは世界のあちこちで無人兵器を狩り始めました。

 一方、ナデシコに残ったホシノ・ルリは必死になってハーリーくんの行方を追っていました。

 そんなとき、ナデシコにもたらせる異動の知らせ。ついに舞台は西欧へと動き出す……。

 次回、機動戦艦ナデシコ 〜 時の流れに 〜 三旗竜 西欧編・第一章 [『旅立ち』 西欧へ……]

 彼のこと……お願いね、ホシノ・ルリ」


AKI「以上、あとがき座談会でした。次回からは西欧編のレギュラーが座談会に出ます。お楽しみに♪」  











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代理人の感想

うーむ・・・・覚悟していたとはいえ、ヘビーだなぁ。

ひょっとしたら機械になって行く事以上にルリに見られたショックはでかかったかもしれないですねぇ。

それを思うとこう、締め付けられるようなものが。