「……」

シンジは眼下に広がる光景を眺めているが、何か特別なものが見えるというわけではない。
というよりも、大きな岩山は見えるが、シンジのいる場所がかなり高い所であるため他のものは小さくなって見えない。
シンジは後ろを振り返ると、今眺めていた場所とは反対側の方を見てみる。

少し前まで──数十分ほど前までは、今眺めていた場所と同じように大きな岩山がたくさんそびえ立っていた。
だが、今見えるのはうつ伏せの状態で倒れているEVA量産機と、一面に広がる荒野だけである。
シンジは今まで、タブリスの力を使わずに飛ぶ練習をしていたのだが、それがなかなか上手くいかなかった。
スラスターの扱い加減が難しく、すぐに滅茶苦茶な方向へと飛んでいってしまうのである。
全長40メートル近くあるエヴァがそんな動きをすればどんなことになるか、想像するのは難しくないだろう。

「……人がいないのがせめてもの救いだよな」

ここはシンジの夢の中であるため人は住んでいない。だが、もし人が住んでいたとすれば、軽く1万人は死んでいるだろう。
それを想像したシンジは顔を青ざめさせたが、すぐに頭を何度も振ってその想像を頭から消した。

「はぁ〜……よし行くか!」

シンジは一度大きく息を吐くと、気合の入った声を上げて元の位置へと向き直った。
崖から飛び降りる前に、シンジは背中に背負ったものが落ちないようしっかりと固定されているかの確認を始めた。
シンジが背中に背負っているのはロケットで、『安全第一 緊急脱出用ロケット』と達筆で書かれている。
これはレイに渡された物で、レイが言うには生身で飛ぶことによってイメージがし易くなるそうだ。
はっきりいってかなり嘘くさい話しであるが、それを信用したシンジはロケットの起動用スイッチを右手に持つと……飛び降りた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」



叫び声を上げながら地面に向かって落ちていくシンジ。当然のことではあるが、風の抵抗はすごい。
ゴーグルなどの目を覆うものをかけていないため、シンジは目を開けることができないでいる。

(恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い! せめて、バンジージャンプから始めればよかった!!)

そんなことを考えている間にも、だんだんとシンジと地面の距離はなくなっていく。

(いきなりはやっぱり無理だったんだ! 今回はタブリスの力を使って……)

『シンジ……逃げてはいかんぞ』



タブリスの力を使おうとしたその時、シンジの脳裏にゲンドウの言葉がよぎった。
シンジは力の解放を止め、強い風の抵抗の中で目を開くとキッと地面を睨みつけた。

(逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃ……ダメなんだ!!)

シンジは呪文の様に心の中で繰り返すと、手に持っていた起動スイッチのボタンを押した。
だが、シンジはこのとき失念していた。今のシンジは頭が下にあり足が上に向いている。
つまり、シンジが背負っているロケットの噴射口は空に向かって向いているのである。
そんな状態でロケットのスイッチを入れたらどうなるか……

「ああ!? しまったぁぁぁ〜〜〜!!」

ロケットから火が噴出し、シンジは地面に向かって加速していき──地面へとめり込んだ。
レイが何かしなくとも、勝手に不幸になっていくシンジであった。










広い空間の中で3人の人影が集まっていた。その空間はうす暗く、集まった3人の容姿がなんとか確認できるほどの光しかない。
3人の内2人は、横に並べられたパイプ椅子に隣同士で座り、残りの1人は2人の正面に置かれた高そうな椅子に腰かけていた。

「それで……僕をサルベージして何をさせようって言うんだいリリス? いや、その格好を見るとキール議長と呼んだほうがいいかな?」

パイプ椅子に座っていた内の1人が、足を組み、両手をポケットに入れた格好で正面に座る人物に尋ねた。
そう尋ねたのは少年である。雪の様に白い肌に灰銀の髪。そして、紅い瞳がかなり印象的である。

「それはこれから話すのよタブリス。それと、私の名前はリリスではなく綾波レイよ。間違えないで」

リリスと呼ばれ不機嫌そうに答えたのは、白いバイザーをかけたレイである。
どうやら今回は、秘密結社ゼーレの中核──『キール・ローレンツ』の真似をしているようだ。

「それはすまないねリリス。ちなみに、僕の名前は渚カヲルだよ。まあ、下の名前で呼んでいいのは1人だけだから、渚君とでも呼んでくれ」

微笑みながら返したカヲルだが、明らかに言葉の端々に悪意が感じられる。
なぜレイにつっかかるのか……理由は簡単、ただ単に機嫌が悪いからだ。
カヲルはサードインパクトが起こった後、実はLCLの海の中を漂っていたのである。
LCLの中では、ある人物と薔薇色の生活を送っていたのであるが、レイに強制的にサルベージされたためその夢は終わった。
夢のような世界から、突然赤い海しかない地獄のような世界に連れてこられれば不機嫌にもなるだろう。

「どうしてそんなに機嫌が悪いのかしらタブリス?」

「さあ? 自分の胸にでも手を当ててみたらどうだいリリス?」

「「フフ……フフフ……フフフフフフフフ……」」

2人の怪しげな笑い声が空間の中に響く。傍から見ているとかなり恐い光景である。
まさに一触即発な状態の中、パイプ椅子に座っていたもう1人の人物がパンパンと手を叩いて立ち上がった。

「いつまでも先に進まないから僕が話を始めるよ」

「……子供のくせに生意気」

「君が言うのなら仕方ないね」

2人の視線の先にはシンジがいた。といっても、もう1人のシンジである。もう1人のシンジは以前夢の中に出てきた時よりも成長していた。
前は3、4歳ぐらいだったのが、今は6、7歳ぐらいで着ている服もキレイなものになっている。

「それじゃあ、碇シンジの所に送る人材について話を始めるね……」

もう1人のシンジが言った言葉を聞いて、カヲルの身体が僅かに動いた。
もう1人のシンジはそれに気づいていたが、構わずシンジの周りで起こったことを簡単に説明した。

「コアもどきねぇ……じゃあ、少なくとも敵にはアダムの力を持ったやつがいるってことになるね」

話が終わると、カヲルが顎に手を当てながら口を開いた。
S2機関であるコアには魂と呼ばれるものが宿っている。そして、それを造りだせるのはアダムの力しかない。
もどきとはいえ、ナデシコが襲われたときに現れた紅い玉はコアに準じたものである。アダムの力がなければ造れない。
真剣な口調で話しているカヲルであったが、はっきりいって敵のことなどどうでもよかった。
一体誰がシンジの所に行くか──それがカヲルにとって今もっとも大切なことである。

「それじゃあ本題に入るわ。碇君の所に行くのは1人だけよ……そして行くのは……」

「分かってるよ。君はそのために僕をサルベージしたんだろ? リリス……君は好意に値するよ! シンジ君のことは僕に任せてくれ!!」

カヲルは椅子から立ち上がり、両手を上に広げて喜びを表現した。が、次の言葉を聞くとカヲルは石のように固まってしまった。

「違うわ。それに、あなたをサルベージしたのは……暇だったからよ

「じゃあ、まさか君が行くとでも言うのかい……?」

「それも違うわ。もう行く人は決まってるけど、今ここにはいないわ」

「決まってるんだったらこの会議に何の意味があるんだい……?」

カヲルは顔を俯かせ、震えた声でレイに尋ねた。ギリギリと歯軋りの音まで聞こえてくる。
レイはいつの間にかに造りだした机に肘をつき、いつものゲンドウポーズで答えた。

「特に意味はないわね。強いて言うなら……暇だったから?

レイの言葉を聞いた瞬間にカヲルが動いた。一瞬にしてレイとの距離を詰め、首に手を当てた。
ギリギリと首を締め上げるカヲル。その顔は無表情である分かなり恐い。

「流石ね……。碇君とは大違いだわ」

少し離れた所からレイの声が聞こえた。同時に、カヲルに首を締められていたレイがLCLへと溶ける。
カヲルが机の辺りを見てみると、そこには何かで溶かされたような穴が出来上がっていた。
どうやらレイは、この穴を通って移動したらしい。

「イスラフェルとマトリエルの力か……。いつの間に入れ替わったんだい?」

「あなたが馬鹿みたいに喜んでいたときよ……」

「リリス、やはり君は好意に値しないよ……嫌いってことさ」

「フフ……かかってきたらどう? 私に勝てたら碇君の所に送ってあげてもいいわよ?」

お互い睨み合って動かない2人。カヲルは軽口を叩いているが内心はそうでもなかった。
カヲルは使徒でありATフィールドの扱いはシンジよりも長けている。カヲルはレイの圧倒的な強さを感じていた。

(流石神になっただけのことはあるね。睨まれているだけなのに足が竦んでしまう……恐怖に値するよ。
 けれど、僕は自由を司る使徒タブリス。例え神であっても僕の自由を束縛することは許されない……君を倒して必ずシンジ君に会いにいく!)

カヲルは柄の様な物を2つ造り出して両手に1つずつ持って構える。
柄に力を込めると先端から黄色いエネルギーが溢れ出し、ビームサーベルのようになった。

「ビームサーベル……あなたがそうくるなら私は……」

レイが右手で強力なATフィールドを発生させた。それは、だんだんと物質化されていく。
レイが造りだした物は巨大なハンマーである。ゼルエルで腕力を強化したレイは、自分より何倍も大きいハンマーを軽々と振り回した。
ハンマーを一振りするたびにすごい風が巻き起こる。こんなハンマーで攻撃されたらひとたまりもない。

(シンジ君、僕に力を貸してくれ!! 君が笑っていてくれるだけで僕は力が湧いて来るんだ!!)

カヲルは、LCLの海に溶けていた時のことを思い出しながら心の中で叫ぶ。
そして、カヲルの脳裏にシンジが満面の笑顔でいるようすが浮かび上がった。

「リリスゥゥゥゥ!! 僕は君を倒す!!!」



頭の中で何かの様な物がはじけると、カヲルは喉が張り裂けんばかりの声を上げてレイに攻撃を仕掛けた。
なにやら自爆でもしそうな勢いで迫ってくるカヲルに対し、レイはハンマーを構えた。

「私はホモなんかに負けるわけにはいかないの……光になるといいわ!!

カヲルのビームサーベルをレイのハンマーが受け止めた。2人の間で激しいスパークが起こる。
レイはカヲルを吹き飛ばそうと、そのまま力任せにハンマーを振ろうとしたが、それより先にカヲルが後ろに飛んだ。

カヲルが手に持ったビームサーベルに更に力を込めると、ビームサーベルの輝きが増した。
レイも持っていた巨大なハンマーに力を込める。すると、ハンマーが金色に染まり淡い光を放ち始めた。
2人は持っている武器を構え直して自分の敵を見据えると、敵に勢いよく飛びかかった。


「リリスゥゥゥゥゥ!!」



「タブリィィィィス!!」



2人の武器がぶつかり合い、更に激しいスパークが起こる。その余波を受け、パイプ椅子や机が粉々に破壊されていく。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



2人の激しい戦いはその後数時間にも及んだという。
勝ったのは結局レイであったが、レイ相手にそこまで戦えたカヲルの力はすごいといえる。
ただ、誰がシンジのもとに行くのかということは、結局わからないままであった。

「綾波レイも渚カヲルも……一体何やってるんだか」

もう1人のシンジが呆れた様に呟くと、だんだんと身体が薄くなっていった。

「もうすぐ碇シンジが夢から目覚める……今日は何が起こるかな? おもしろいよナデシコは……」

「うう……僕はあきらめない。必ず君のもとに行くから待っていてくれ僕のシンジ君……!」

血だらけで倒れている少年が何か言っていたが、もう1人のシンジは完全に無視した。
もう1人のシンジが完全に消えると、今まで3人がいた空間も消えた。















赤い世界から送られし者


第六話『叛乱勃発! 銃VS契約書』

「ちゃんと契約書読んでおいてよかったですね……特にアキトさん」












前回、サツキミドリ2号が爆発するなど色々なことがあったナデシコだが、火星に向けて順調に航海を続けていた。
木星蜥蜴からの攻撃がときどきあるが、様子見程度なものなのでディストーション・フィールドで十分に防ぐことが可能であった。
火星圏内までは特に迎撃の必要がないと判断し、その2週間の間に葬式を執り行うことに決まったのである。

──ナデシコ内 イベント会場

今、会場にはナデシコのクルーが喪服を着て集まっている。当然お葬式をするためである。
会場からはポクポクという木魚を叩く音と、袈裟を着たユリカのお経を読む声が聞こえる。
ネルガルの社員契約には、戦争で頻繁に起こりうる葬式は本人の希望を出来るだけ実現するという特典がついている。
だが、そのために坊さんや神父を雇っていてはお金がかかる。そのため、それらの役は艦長が行なうことになっているのだ。

「いちまいだ〜にーまいだ〜さんまいだ〜……はぁ、おしまいだ〜」

「お終いじゃないよ」

やる気なさそうな声でお経を読み終えたユリカに、僧衣を身にまとったジュンが言った。
ジュンはそのままユリカの腕を掴むと、イベント会場を出て衣装室へとユリカを連れて行った。

「うわぁ……見たこともない服がたくさん……」

ユリカが部屋を見渡しながら、驚き半分、呆れ半分といった感じで呟いた。
衣装室というだけあってたくさんの服──それも見たことのないようなものばかりが置いてある。

「じゃあ、ユリカ。この服に着替えて……」

「ええ〜!? お葬式はさっき終わったでしょう!?」

ジュンの渡した黒っぽい服を持ったままユリカが文句を言う。
文句を言うユリカに、ジュンは人差し指を立てながら説明を始めた。

「ユリカ、地球は狭いようで広い! 様々な宗教、様々な風習、様々な葬式がある。
ネルガルの方針で、葬式は本人の希望を出来るだけ実現するようにしなくちゃいけないんだ」

「でもでも、それじゃアキトと全然お話しできないよ〜!?」

「……」

ユリカの葬式を嫌がる理由を聞いてジュンの動きが止まり、衣装室に妙な沈黙が訪れる。
沈黙が十数秒続き、ジュンは突然ポケットからスケジュール表を取り出すと、それをビリビリに破いた。
ジュンはさっきまで着ていた袈裟をたたみ始め、それが終わると恐いほどの笑顔でユリカに言った。

「文句を言っちゃいけないよユリカ。今日はあと……11回お葬式があるんだから」

「じゅ、11回〜!?」

「そうだよ。僕もがんばるからユリカもがんばろうね」

「う、うん」

有無を言わせない雰囲気を纏ったジュンに、ユリカはただ頷く事しか出来なかった。
ちなみに、そのあと行なったキリスト教の葬式では、何故かジュンが修道女の格好をしていた。
それから少しの間、ジュンに女装癖があるのではないかという噂がナデシコの中で広まったのであった。










「さあ、どんどんいくよ!」

忙しいのはなにもユリカ達だけではなかった。葬式が終われば当然その後には宴会が行なわれる。
そして、その宴会料理を作るのは全てナデシコ食堂のコック達である。
厨房に入っている全員が鍋を見たり、料理を盛り付けたりと大忙しであった。

「今日の仏さんの再確認! イタリア、アラブ、ロシア、タイ……」

ホウメイが今日葬式があった人の国籍を読み上げていく。
宗教が違えば葬式が違う。葬式が違えば宴会料理も変わってくるのは当然だ。
そのため食堂のコック達は、それぞれの宗教に合わせた料理を作らなければならないのである。

「テンカワ! トムヤンクンには醤油じゃなくてナンプラー!」

醤油を入れようとしているアキトにホウメイが注意する。
アキトは聞きなれない調味料に首をかしげホウメイに尋ねた。

「何ですかそれ?」

「魚から作った醤油のことさ。わかったらとっとと探しにいく!」

ホウメイに言われてアキトはナンプラーを探しに行く。
それを見たホウメイは両手を腰に当てると、ジュンの様に説明を始めた。

「地球は狭いようで広い! その土地にはその土地なりの味ってもんがある……。
 自慢じゃないが、当店ナデシコ食堂には地球300地方の調味料が揃ってるのよ」

「あの、ホウメイさん。一体誰に向かって話してるんですか……?」

説明をしているホウメイに、不思議そうな顔をしたシンジが尋ねた。
ホウメイガールズもアキトも忙しそうに働いていており、話を聞いているようには見えない。
そもそも、ホウメイの見ている方には誰もいない。シンジが不思議に思うのも無理はなかった。

「……そこは突っ込んじゃいけないところだよ碇。そんなことより、ブリッジの出前を頼むよ」

「はい、わかりました!」

元気よく返事を返したシンジは、注文の品を岡持ちに入れてブリッジに向かった。










「ナデシコ食堂です! 注文の品をお持ちしまし……って艦長なんて格好してるんですか!?」

ブリッジに入ったシンジはユリカの格好を見て驚き、思わず岡持ちを落としてしまいそうになった。
今のユリカの格好は、いつもの白を基調とした明るい感じの制服ではなく、むしろ真逆の雰囲気をかもし出す服を着ていた。
まず、ユリカは色つきメガネをかけ白い手袋をはめている。その上着ている服は紺色で、ナデシコの雰囲気にはあまり似合わない服である。
今は葬式中なので黒っぽい服を着ているのは当たり前かもしれないが、シンジはその服に見覚えがあるため驚いてしまったのだ。

「お葬式の格好らしいですよ……あれ」

「ル、ルリちゃん……あれが本当に葬式の格好……なの?」

「そうらしいです。本当に地球は狭いようで広いですね。あんなお葬式見たことありません」

「一体どんな葬式だったの……?」

「見てみますか? 映像はオモイカネに残ってますよ」

「う、うん……」

シンジが頷くとルリはコンソールに手を添えて操作した。
ルリの両手のIFSが輝くと、2人の正面にウィンドウが現れ映像が流れた。
ウィンドウに映ったのは照明が落とされて真っ暗になった部屋だ。ポクポクという木魚の音だけが聞こえてくる。
木魚の音だけが聞こえること数分、部屋の中央にスポットライトが灯りユリカが現れた。

「すべてはシナリオ通りだ……問題ない」

メガネを押し上げて言うユリカ。その両脇には、茶色を基調とした服を着たプロスと白衣を身にまとったジュンが立っている。
部屋の隅ではゴートがひたすら木魚を叩き続けている。また木魚の音だけが響き始めると、ライトが消えて葬式の映像は終わった。

「今のがお葬式の映像です」

(艦長が父さんでプロスさんが副司令。アオイさんが……リツコさん? やっぱり、あの噂は本当だったんだ)

ジュンの格好を思い出したシンジは、今ナデシコに流れている噂を信じてしまった。
人の趣味に口出しする必要はないと思ったシンジは、とりあえず自分の仕事を果たすことにした。

「ルリちゃんはチキンライス、メグミさんはサンドイッチですよね?」

シンジは岡持ちから注文の品を取り出して2人に配る。

「またいつでも注文してくださーい。食器は後で取りにきますので!」

配り終えたシンジはドアの前で一礼すると走って食堂へと戻っていった。

「うぅ……アキトぉ〜」

ユリカの疲れきった声がブリッジに響くが、ルリとメグミは全く気にしない。
ルリは黙々とチキンライスを食べ、メグミは週刊誌を読みながらサンドイッチを食べている。

「……」

サンドイッチを食べ終えたメグミがチラリとユリカを見た。
その視線にユリカは全く気づかず、アキトの名前を連呼し続けている。

(幼馴染かぁ……)

心の中で呟きながらため息を吐くメグミ。

「……おいしい」

チキンライスを食べながら満足そうに呟くルリ。
一部何か事情がありそうであったが、ナデシコはおおむね平和であった。










その日のお葬式も終わり、食堂の仕事も終わって暇になったシンジは『レクリエーションルーム』に来ていた。
その名の通り、ここにはゲーム機や卓球台などの様々な娯楽施設が置かれている。
特にやることがなく暇になったシンジは、今まで忙しくて来れなかったこの部屋を訪れたのである。

「新世紀ロボット大戦……?」

部屋を見て回っていたシンジは1つのゲーム機に目が留まった。
そのタイトルに何となく興味を引かれたシンジはゲーム機にコインを入れた。
どうやらロボットを使った対戦ゲームらしい。すぐに機体選択画面に映像が変わる。

「……」

機体を選択しようとしたシンジの手が止まった。口をポカンと開いてかなり驚いている。

「何で……選べるロボットがエヴァなの? しかも、使徒までいるし……」

シンジが驚くのは無理もなかった。選べる機体はEVA初号機から量産機、さらに全ての使徒が選択可能だったのである。
しかも、機体にカーソルを合わせるたびにそのパイロットや使徒の声がスピーカーから聞こえてくる。
シンジはとりあえず扱いなれている初号機を選ぶ。シンジが選び終えると、CPU側がランダムで機体を選び始めた。

「相手は……サキエルか。それにしても、随分リアルに作ってあるな。電源コードまであるなんて……」

ゲームの内容はかなりリアルであった。初号機の背中からは電源コードが延び、武器はプログレッシブナイフが装備されている。
背景はシンジが経験した通り夜の第三新東京市であり、サキエルの攻撃方法もシンジの記憶通りである。

「……絶対に負けられない!」

ただのゲームなのにムキになってしまうシンジであった。










「勝った……勝ったんだ! 僕はアスカに勝ったんだ!」

シンジはまだゲームをしていた。今はEVA弐号機を倒したところである。
ゼルエルやラミエルとの戦いでは苦戦を強いられたが何とか倒し、次はとうとうラストステージであった。

『乱入者 襲来』



ラストステージに入る直前、突然大きな文字が現れた。どうやら反対側のゲーム機から乱入してきたようである。
シンジ側の画面に相手が何を選んだのかが表示される。相手が選んだのは──EVA量産機であった。
画面が変わり背景にジオフロントが映し出される。背景の中には戦自のヘリが飛んでいる様子もしっかりと映っている。

(量産機なんかに……負けてたまるか!!)

シンジは連続で攻撃を仕掛けてみるが、その攻撃はことごとく避けられてしまう。
逆に相手の攻撃は確実にシンジの初号機を捉え、ヒットポイントを削っていく。

(し、しまった!?)

初号機が量産機の蹴りをモロに喰らって吹き飛ばされ、その拍子に電源コードが外れてしまった。
画面端にカウントダウンが表示される。シンジは焦り攻撃を仕掛け続けるが一向に当たらない。
そして、とうとう初号機のエネルギーが0になり動かなくなってしまった。

(ま、負けちゃう!? 次がラストなのにぃぃ! 動け! 動け! 動け! 動け! 動いてよ!!)

ゲーム機のレバーとボタンを滅茶苦茶に操作するシンジ。

(今動かなきゃ……今勝たなくちゃ……また初めからなんだよ! そんなの嫌なんだよ……だから動いてよ!!)

倒れて動かなくなった初号機に近づく量産機。もうダメかと思ったその時、奇跡が起きた。
初号機の目に光が灯り、0だったエネルギーがどんどん回復──いや、無限になった。

(初号機が暴走……いや、覚醒した! これなら勝てる!!)

シンジの操作を離れ、初号機は勝手に動き始めた。
獣のような動きで量産機に攻撃を放ち、どんどんヒットポイントを削っていく。
相手側のヒットポイントが黄色から赤色へと変わった。もう少しでシンジの勝利である。

(な、なんだ……?)

勝利が目前に迫った時、相手の量産機に変化が起こった。
突然、天に向かって咆え始めたかと思うと背中の羽を広げて飛んだ。その手には量産機の武器が握られている。

(一体……何が起こるんだ?)

カットインが入り動かなくなった初号機。どうやら相手は必殺技を使ったようである。
量産機は持っていた武器を放つ。それをATフィールドを使って止める初号機だが、その武器はロンギヌスの槍へと変わった。
槍に貫かれる初号機。そして、どこからともなく複数の量産機が現れ初号機を攻撃していった。

『YOU LOSE』



その攻撃が終わった後、シンジの画面には敗北を示す文字が表示される。
画面には破壊された初号機の姿が映りカウントダウンが始まっていた。

「はぁ……負けちゃったか」

「惜しかったね。シンジ君」

「え……アマノさん」

反対側のゲーム機から顔を出してきたのはヒカルであった。
その後ろにはイズミとリョーコの姿も見える。

「ヒカルがあそこまで追い詰められるのは初めて見たな」

「甥が箱詰めに……甥、詰められる……おいつめられる……追い詰められる……クハハハハ」

さっきの対戦を見ていた2人が感想を述べる。
追い詰められたといっても、それは初号機が覚醒してからの話である。
覚醒する前はほとんど一方的な戦いであった。ヒカルのゲームの腕は相当なものなのだろう。

「それにしても、初号機が覚醒した時は驚いたなぁ。あれって、コマンドが複雑な上に発動する可能性がかなり低いんだよ?」

「はぁ、そうなんですか」

可能性が低いといわれても生返事を返すことしか出来ない。
シンジはただ滅茶苦茶にコマンド入力をしていただけなのだから。

「でも意外だったなぁ……。シンジ君ってゲームとかしなさそうだったから」

「嫌いじゃないですよ。ただ、今までやる機会が少なかっただけで……」

前の世界では使徒との戦いとレイの修行でそれどころではなかった。
この世界に来てからは、サイゾウのもとで料理の修業を行なっていたのでゲームなど出来なかったのである。

「あの、そろそろ眠くなってきたのでもう行きますね」

「うん、また対戦しようね〜」

「ん、じゃあな」

「じゃあな……じゃあな……ダメね。思いつかない……」

ダジャレを真剣に考えているイズミにシンジは苦笑しながらレクリエーションルームを出て行った。

ヒカル達と別れたシンジは1人で通路を歩いていた。シンジは何度も右手を握ったり開いたりしている。
シンジが考えているのはさっきのこと──新世紀ロボット大戦のことである。

「おもしろかったなあのゲーム……またやろう。もう負けたくないし」

碇シンジ──意外に負けず嫌いであった。










葬式  葬式  葬式……と葬式ばかりを行ない続け瞬く間に2週間が過ぎた。
木星蜥蜴からの攻撃も未だに様子見程度だったので、ナデシコは何の問題もなく火星圏内に到達しそうだった。
だが、火星を目前に控え1つの問題がナデシコで起こったのであった。それは……

「我々は〜断固〜ネルガルの悪辣さに〜抗議する〜!!」



格納庫では拡声器を使って整備員の1人が叫び、その後ろのエステには『断固反対』と書かれた紙が貼られている。
他の整備班も×印の書かれたネルガルの旗を振りながら声を張りあげている。
ナデシコで起こった問題──それは一部のクルー達によって引き起こされた叛乱であった。










叛乱は格納庫だけではなくブリッジでも起こっていた。
現在ブリッジにはウリバタケ、リョーコ達3人娘、警備班数名が抗議に来ていた。
警備班やリョーコ達は銃を片手に構え、ウリバタケはスパナをルリとメグミに向けている。

「皆さん一体どうしたんですか!?」

メグミの通信を受けてユリカ、ジュン、シンジ、アキト、ミナト達の5人がそれぞれブリッジに入って来た。
ユリカ達は一体なぜ叛乱が起こったのかが分かっていない。ミナトに至っては、たった今起きたばかりで眠そうにアクビをしている。
ブリッジに入ってきたユリカ達に、ウリバタケは一歩前に出ると話し始めた。

「艦長……色々な葬式をやってくれることは分かった。だが、俺達はそんなこと知らなかった」

「ですからそれは契約書に書いて……」

「今時、契約書よく読んでサインする奴なんているか普通!!」

そう言ってウリバタケは1枚の紙──契約書を勢いよくユリカ達の前に取り出した。
取り出された契約書には小さな文字で紙一面にビッシリと契約の内容が書かれている。

「うわぁ……細かい」

途中まで読んでいて目が痛くなったのか、目を擦りながらユリカは呟く。
ウリバタケは契約書の一番下の特に小さな文字を指さすと、読んでみろと言うように顎をしゃくった。

「え〜と、なになに……『社員間の男女交際は禁止いたしませんが、風紀維持のためお互いの接触は手を繋ぐ以上のことは禁止』……何これ?」

「読んでの通りだ。お手て繋いでってここはナデシコ保育園か!? いい若いもんがお手てを繋ぐだけで……」

ウリバタケはリョーコとヒカルの手を取り、お遊戯のように手を前後に振りはじめた。
リョーコとヒカルの2人から鳩尾に肘打ちを受け膝をつくが、ウリバタケはそのまま話を続けた。

「手を繋ぐだけで済むわけなかろうが……俺はまだ若い!

最後の若いと言うところを強調して言うウリバタケ。
それを聞いたアキトが不思議そうな声を上げて尋ねる。

「若いか?」

「若いの!!」

ウリバタケは叫んで立ち上がると両手を上に広げる。
そして、今度は大げさに身振り手振りを付け加えながら話し始める。

「若い2人が見つめ合い……見詰め合ったら!」

「唇が!!」

「若い2人の純情は純なるがゆえ不純!」

「せめて抱きたい抱かれたい!!」

ヒカルとウリバタケが息を合わせて話しを続けていると、突然ブリッジの照明が落ちた。
ブリッジの一段高い所にスポットライトが灯りプロスとゴートが現れた。

「そのエスカレートが困るんですなぁ。やがて2人が結婚すれば、お金……かかりますよねぇ」

右手の親指と人差し指で輪を作るプロス。その隣では、ゴートが同意するように頷いている。
プロスは右手で作っていた輪を解くと、両手を腰の後ろに当ててさらに続けた。

「それに加えて子供でも出来たら大変です……。あなた方の言うように、ナデシコは保育園ではありませんので……ハイ」

「黙れ黙れぇ〜! いいか? 宇宙は広い、恋愛も自由だ! それをお手て繋いでだとぉ〜!」

冷静なプロスにヒートアップしたウリバタケが叫ぶ。
熱くなってきたウリバタケに、プロスはメガネを押し上げて続けた。

「ウリバタケさん。あなたは先ほどから恋愛だの何だのおっしゃってますが、あなたは既に結婚されているではないですか?」

「うっ……」

プロスの言う通り、ウリバタケは既婚者──しかも子持ちである。
ウリバタケがこの契約に関して文句を言う理由はそもそも存在しないはずなのである。
だが、それを言われてもウリバタケは屈しなかった。契約書をプロスに見せながら怒鳴りつける。

「こんな細かい契約書を一体誰が読むってんだ! しかも最後のだけ特に小さくしやがって、ほとんど詐欺じゃねぇか!」

「私ちゃんと読みましたよ」

「僕も読みました。それでちゃんと消してもらえましたよ……そこの部分」

「俺も一応……」

ウリバタケの発言に対してルリ、シンジ、アキトが答えた。それを聞いたウリバタケがポカンと口を開き、プロスが笑みを浮かべた。
ルリとシンジはあの細かい契約書をしっかりと読んでいた。アキトは契約書などを読まない方だが、シンジに言われて読んでいたのである。

「私とて鬼ではありません。契約の時に言っていただければ、ちゃんと契約の内容を変更するぐらいのことはしました」

遠まわしに、契約書を読まなかった方が悪いと言うプロス。
説明されなくとも十分その意味が分かったウリバタケは再び叫んだ。

「うるさ〜い! これが見えねぇか!!」

「この契約書も見てください」

銃を構えるリョーコ達とスパナを構えるウリバタケ。
プロスはそれに対して、どこからともなく取り出した契約書で応戦する。
明らかにプロスの方が不利に見えるが、プロスの纏っている雰囲気がそれを全く感じさせない。
お互い睨み合うこと数秒、突然立っていられないほどの振動がナデシコを襲った。

「な、なんだ〜!?」

揺れのために倒れたウリバタケが素っ頓狂は声を上げる。

「ルリちゃん、フィールドは!?」

ジュンに支えながら立ち上がったユリカがルリにフィールドの状況を尋ねる。
今までの木星蜥蜴の攻撃は全てフィールドで防いでいたが、これほどの揺れが襲ったことはなかった。

「効いています。この攻撃……今までと違う。迎撃が必要です……!」

シンジに支えられ倒れなかったルリがユリカに答える。
いつもと比べると幾分か強い口調のルリに、ユリカの顔が真剣なものに変わる。

「契約書についての不満は分かりますが、今はその時ではありません! 戦いに勝たなきゃ、戦いに勝たなきゃまたお葬式ばっかり……!」

声を震わせ、顔を俯かせるユリカ。今ユリカの脳裏に過ぎっているのは、爆発するサツキミドリ2号の光景とここ2週間のこと。
死んでいった人々と連日連夜のお葬式。ここ2週間、ユリカは様々な宗教の葬式を執り行っていたのである。
お葬式をするのは勘弁して欲しいとユリカが思うのは当然のことであった。

「どうせするなら……アキトと結婚式がした〜い!」



気の抜ける様なことを言うユリカ。それを聞いていた者全員が苦笑を漏らす。
毒気の抜かれたクルー達は、皆それぞれの持ち場へと急いで戻っていた──生き残るために。










《エステバリス隊、発進してください!》

メグミの合図で次々と格納庫から発進していくエステバリス。格納庫にはただ1人、シンジだけが残されていた。
またガイが乗っていってしまったため、0G戦フレームが足りなかったのである。

「綾波、同じ理由でお仕置きはしないよね……?」

祈るように呟くシンジだったが、それが叶うものではなことを本人がよく知っていた。
とりあえずブリッジに戻ろうと思ったシンジは後ろを振り返ったが、そこに何かが立っていた。

「……ロボット?」

シンジの言うようにそれは明らかにロボット──それも女の子を模したものである。
そのロボットの目が突然光りだし、ロボットはシンジに視線を合わせた。

「ワタシ、リリー。ウリバタケハカセにツクラレタノ……」

このロボットはどうやらウリバタケが造ったものらしい。
そういうのを造るのが好きだということは聞いていたシンジはとりあえず安心した。
もちろん、レイが送ってきた物でないと分かったからだ。だが、次のリリーの言葉を聞いてシンジは凍りついた。

「イカリシンジ……ワガ神レイ様に代わり、ワタシガオマエに罰をクダス」

「……そのことに関しては、前回しっかりと罰を与えられましたけど……」

恐る恐ると言った様子でシンジは答えたが、それは全く意を成さなかった。
リリーは何故か右腕に装着されたドリルを勢いよく回転させ始める。

「モンドウ……ムヨウ!」

その言葉を聞いたシンジは一目散に格納庫から逃げ出した。
それを足のキャタピラを回転させて追いかけるリリー。

(あ、綾波の……ばかやろぉぉぉぉー!!

心の中で叫びながら必死に逃げるシンジ。シンジとリリーの命懸けの鬼ごっこが始まったのであった。








つづく
































あとがき

こんにちわ、アンタレスです。
今回は完全にギャグでした。頭の中で思いついた内容をそのまま書いて出来上がった話です。
ちなみに、リリーはテレビの第一話でウリバタケが改造していたロボットのことです。
シンジとリリーの鬼ごっこ──レイによるお仕置きは次回の話に続きます。
すみません。あとがきが何か箇条書きのようになってしまいましたが、代理人様感想よろしくお願いします。



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代理人の感想

食堂の食券や自動販売機もカードで払うんですから、ゲーム機もコインじゃなくてカードの方が自然じゃないかなぁ。

まぁウリバタケあたりの趣味かもしれませんが。

 

それはともかく・・・・・・・・・・・・やっぱりいいなぁ。w

隙間商売ならぬ隙間ネタですが、これだけ最強が氾濫している中でこう言う主人公を見るとホッとするというか。

 

 

>今は葬式中なので黒っぽい服を着ているのは当たり前かもしれないが、シンジはその服に見覚えがあるため驚いてしまったのだ。

この部分、盛り上げる(受けを取るために)のであれば、「シンジはその服に見覚えがあるため驚いてしまったのだ。」などという平坦な言葉ではなく、

 

無論、シンジが動揺しているのはそんなことが理由ではない。なぜなら・・・・

 

「と、父さん!?」

 

そう、片やムサイヒゲオヤジ、片や豊満な体躯の美女とはいえその服、その手袋、そのサングラスまでもがシンジの記憶にあるものと全く同じであった。

要するに「あの」どこかの特務機関司令そのままであったのだ。

 

私も上手いとはいえませんが、せめてこのくらいの手管は駆使できるようになりませんと。

レッツ精進。