火星。
 彼の人生が始まった場所であり、終わった場所。そして再び始まった場所。
 私の人生も始まった場所であり、終わった場所。そして再び始まった場所。
 彼はここで一体どうする気なのでしょう?ここは一つの分岐点。最初で最大の分岐点です。ここでまだ決まっていないのでしたら、後々後悔します。
 私の方針は決まっています。どの様に動くかもう決めています。後悔はしません。
 でも、その上で私はあえて言います。
 私はどうしたらいいのでしょう?


  機動戦艦ナデシコ 新たなる目覚め
  第七章 又後で


「何で私はここにいるのでしょう?」
 表情は浮かべず、声に感情を乗せず、たださっきから思っている事を口にしてみました。
「……悪かったな」
「そう思うのでしたらあんな事言わないで下さい」
 少し顔を上げ、下から思いっきり睨んであげました。
 ちなみに今の状況を言いますと、


 場所――テンカワ・アキト用エステバリス、アサルトピット内
 状況――テンカワ・アキトさんが操縦して、私、アテナ・グリフィスはその彼の膝の上
 目的地――ユートピアコロニー
 私と彼の目的――Dr.イネス・フラサンジュ、ならびに他の生存者の保護
 私が不機嫌の理由――色々ありますけど、自分の意思と無関係でここにいて、この体勢を取らされている事


 以上です。
「……本当に何で私はここにいるのでしょう」
 今度は溜め息混じりに呟きます。
 聞こえているでしょうに彼は無言。まあ、何か言いましたらひどく返す予定ですけど。
 ちなみにちなみに、『あんな事』とは、


 変わらず提督から単独でユートピアコロニー探索の許可を貰った後、
「アテナ。一緒に来てくれ」
『は?』
 なんですと?
『ええええ!?』
 うるさいです。艦内の人全員叫んでいるんじゃないでしょうか?
「なんでなんでなんで!?なんで私じゃないのアキト!?」
「ユリカ〜」
「そうですよ。そんなお子ちゃまより私の方が」
「わお。メグちゃん大胆」
『ルリ、ラピス、いいの?』
「怒りたいのですが、内容が内容なので怒れません」
「複雑なの」
『分かる分かる』
「ミスターいいのですか?」
「まあ、一応規定には触れていませんからね」
「楽しそうだのう彼女は」
「提督もじゃありませんか?」
 以上、騒ぎを極めるブリッジでした。
 で、私はと言いますと、
「私が行ってもいいのですか?」
 設定上こうしなきゃいけない訳で、表情は喜びと不安を混ぜました。
「っ、ああ、なるべくならな」
 はあ、本当は断りたいのですけど…………
「プロスさん?」
「そうですな…………」
 断れ〜、却下しろ〜
「エースパイロット2人がいなくなるのは辛いのですが………………まあ、いいでしょう」
 いいのですか!?木連の認識が甘すぎですよ!
「プロス。助かる」
「いえいえ。たまにはアテナさんを休ませないといけませんからね」
 そんな理由で行かせるのですか。襲われなきゃいいんですけど。
「行くぞアテナ」
「あ、はい!」

 以上、回想終了です。
 あれから又ラピスと話せていないからこの機会にって思っていたのですけど………………そういえば、ラピスは何を言おうとしていたのかな?
「それで、私を連れて来た理由は何なのでしょう?」
「イネスの説得を手伝って欲しい。俺一人だとボロが出そうだ」
 そんな理由ですか。
「ラピス、ルリごめんね。お姉ちゃん不甲斐無いから悪に捕まって、汚されちゃった。もう貴方達が知っているお姉ちゃんじゃないけど、受け入れてくれるかな?」
「………………何を言いだす?」
「いえ、そんな理由でラピスの告白を聞けないのは正直腹立たしいので八つ当たりです」
「………………」
「ちなみに、これを艦内で言ったらどうなるでしょうか?」
 上目遣いでにっこり。うん、軽く青褪めているね。
「何が望みだ?」
 残念。その問いは間違いです。
「ありませんよ?ここにいる時点で手遅れなのですから」
 はい、死刑宣告。
「すまない。本当に悪かった」
「考えておきます」
 少し気が済んだ所で見えてきましたね。
 ユートピアコロニー。重要そうに思えて、実際はそんな事全然無い彼の生まれ故郷。あ、でも、あの人がいるからやっぱり重要かも。何はともあれ、そんな場所。
「この辺りでしたっけ?」
「ああ。その筈だ」
 前に彼が落ちたと思われる場所を探しまして………………あ、ここですね。さてと、
「ありましたよアキト様」
         ・・・・
「ああ………………アキト様?」
 気付いた?でも、もう遅い。
「な!?」
 数歩歩いた所に少し大きめな石。彼の歩幅、視界なら絶対に躓く場所に置いておきました。結果、
「きゃあ!」
 彼に押し倒されました。
「あ、ああ、アキト……様……」
「す、すまん」
 今この場所で変に動きますと、

 ボコ

「え?」
 落ちますよ?
「な!?」
 まあ、私も一緒に落ちるので不公平とかそういうのはありませんが。それにしても驚く余裕があるのですね。
「無事か?」
「あ、はい……手を…………」
 この人ならこの高さがあれば体勢を立て直して、私がどの様な存在か分かっていても庇うと予想した訳ですが、まさかここまで予想通りの動きをして下さいますか。
「あらあら、押し倒したと思ったら今度はお姫様抱っこ?服もお姫様みたいだし。貴方達は一体なにしに来たのかしら?」
 一応貴方を捜しに来たのです。
「降ろすぞ。後、悪かったな」
「…………いえ、大丈夫です」
 周りでこちらを窺っている方々にも見えるように少し自分の立ち位置を調整して、儚く見える笑顔と共に一筋の涙。私って器用です。おっと、凄い殺気ですね。無気力人間じゃありませんでしたっけ?
「なかなか恐ろしい娘ね。それで、貴方達は何者なの?」
「テンカワ・アキトだ。この子はアテナ・グリフィス。ナデシコから来た……と言えば貴方なら分かると思うがDr?」
 折角お姫様呼ばわりされたので、スカートの端を掴み優雅にお辞儀してみました。
「なるほど。遠路はるばるご苦労様。けれども誰も乗らないわよ」
「だろうな」
「あら?分かっているの?なら話は早いわ。早くナデシコに戻って火星から離れなさい。
 それともそこのお姫様と駆け落ちしたのかしら?」
 冗談でもそんな事は言わないで下さい…………って言えたらどんなにいい事か。はあ〜
「そんな訳あるか」
「そうです。私は「君は黙っていろ」……すみませんアキト様」
 本当に分かりやすい人ですよね。
「…………貴方まさか誘拐犯?」
「お、おい!」
「格好も怪しいし…………」
「待て!俺は!」
「発言は自分の服装を正確に把握してから言いなさい」
 なるほど。こういう風にやるのもいい訳ですか。勉強になります。
「それでお姫様は…………!」
「そこまで露骨に反応なさらなくてもよいと思いますが」
 大方目の色を見ての反応だと思うのですが。
「そ、そうね。ごめんなさい。まさかホシノ・ルリ以外にいるとは思ってもいなかったから」
 嘘ですね。彼女でしたらいるかもしれないと予想はしていた筈。では一体何に驚いたのでしょう?
「とりあえずこれ以上の立ち話はなんだからこっちにいらっしゃい。コーヒーぐらいは出すわ」
 果たしてコーヒーを淹れて飲む時間があるでしょうかね?
 ついて行った先はやっぱり変わらずの無気力人間の宝庫。何人かは私の姿を見て目に光が灯ったけどそれも大したものではない。彼と彼女は何か会話しているようですけれども、興味が湧かないので右から左に聞き流します。彼に助けを乞われていないので問題は無い筈です。そして、
「アキト〜!やっぱり心配だから来ちゃった!!」
 死地にやってくるナデシコ。
「どういう事だ!何故ナデシコがここに来る!!」
 予想通りといえば予想通りなのですが、まさかここまで感情を顕にするとは思ってもいませんでした。
「ちょっとテンカワ君!何をこんな小さな女の子に言っているのよ!」
 やっぱり演技は大事ですよね。Drを味方に付けられるのは僥倖ですよ。
「黙れ!アンタには聞いていない!」
「テンカ「とりあえず2人とも落ち着いて下さい」
 このままだと何時まで経っても話が進みそうに無いので割り込みます。
「アキト様。何故そのような事を私に聞かれるのですか?知っての通り私はアキト様と一緒にここに来たのですよ?そんな私が何でここにナデシコが来たかなんて分かる筈が無いじゃないですか」
 軽く首を傾げながら微笑を浮かべて言います。
「っ………………いや、俺が悪かった。とりあえずナデシコに戻るぞ」
 全然納得なさっていませんね。これは後で詰問されそうです。


「お〜、両手に花ったぁいい御身分だなアキト!」
「セイヤさん。急ぐので戯言は後にして下さい」
 ナデシコに戻っての最初の一言を彼は切って捨て、私達を連れブリッジに急ぎます。
「Dr。知っていると思うがこの道を真っ直ぐ行けばブリッジに着く。先に行ってくれ。
 アテナ。少し話がある」
 ここで来ましたか。まあ、何時でもいいのですけれども。
「さっきのお姫様に対する態度を見てそれを了承すると思うの?私は嫌よ」
 う〜ん、ここまで味方してくれなくても良いのですけどね。
「大丈夫ですよDrイネス・フレサンジュ。アキト様はそこまでする人じゃありません」
 何がどう大丈夫なのかはご想像にお任せします。
「………………いいわ。15分経っても来なかったら探しに行くから」
 あら。アキト様も大変な方に目を付けられてしまいましたね。
「…………それで一体何の用ですか?」
「分かっているんだろ?」
 それは勿論です。
「では、貴方は何を私に期待していたのですか?」
「何?」
 察しが悪いですね。
「何度か言ったと思うのですが、何で貴方は自分でなんとかしようと考えないのですか?もともと私はいない筈の人間ですよ。それなのになんで貴方は私を頼るのですか?
 今回のナデシコの行動に対してだって貴方は自分でどうにか出来た筈ですよ。それなのに自身では何もしないで私に頼るのですか?それはあまりにも酷いと思いませんか?本当にやる気あるのですか?」
「………………なら、君は何故、何もしなかった?」
 そんな事を聞きますか。
「私はその他大勢がどうなろうと知ったこっちゃありません。私にとって大事な人が無事ならそれでいいのです」
 彼を見ながら私は告げます。
「大事な人を守る為に他の人を殺さなければいけないのでしたら、私は何一つ躊躇する事無くやります。狙う組織があるのでしたら一晩で壊滅させます。狙う個人いるのでしたら生きている事を……狙った事を後悔させます。私にとって他人というのはそういう存在なのです」
「君は………………」
 彼のいささか呆然とした声は続かず、続かないならこれ以上残る必要は無いと判断します。それにこの先の展開ですとあまりのんびり出来ませんからね。
「君は汚れ役をし、その相手に気付かれ拒絶されたらどうするんだ?」
 何ですかその問いは?
「変わりません。見返りを求めてやっている訳では無いのですから」
 言葉を切り振り向き、バイザーに隠れた彼の目を真正面から見据えて続けます。
「私は「私はこれだけ貴方を大事にしています。だから貴方も私を大事にして下さい」とか言う人ではありません。これは私の自己満足でやっている事です」
 さ、話は終わりです。
「…………では、相手に泣いて止められたら?」
 それは実際にある事なのでしょうか?
「言った筈です。自己満足だと」
 振り向かず、声だけを放ち私は次の戦場に向います。
「強い……な。俺にも…………」
 彼は微かにそう呟き、それからようやく足を動かしたようです。
 それから訂正しておきます。私は強いのではありません。弱さが無いだけです。だから人の目には強く映るのです。ま、弱さが無いっていうのがある意味では弱さなのでしょうけど。とりあえずは内緒にしておきましょう。
「と言う訳で納得してくれたかしら?
 っと、お帰りなさいお姫様。大丈夫だった?」
「見ての通りです。それからお姫様は止めて下さい。私の名前はお伝えしている筈ですよ?」
「そうね。ごめんなさいねお姫様」
 全然止める気が無いっという訳ですね。諦め混じりに溜め息を一つ零し私は自分の席に着きます。
「ルリ、ラピス。ただいま。それと気を引き締めてね。これから山場だから」
 2人の困惑しながらも真剣な顔に満足満足。
「ねぇねぇアキト。アテナちゃんと何話していたの?」
「お前には関係無い」
「え〜ひどーい!」
 って、後ろで何を暢気にしていますか。ここから死線を潜るというのに。
「艦長。お楽しみの所申し訳ありませんが、敵です」
 さて、今回はどの様な結果になるでしょうかね?
「グラビティーブラストフルパワーで!!」
 どうせ言っても聞きはしないでしょうからここは素直に従いましょう。と言う訳で、
「はい、いってらっしゃい」
 ポチっとな、って感じで。
「やったー!」
 誰か、おそらくほぼ全員が歓声を上げます。でも、甘い。貴方達はDrの話を聞いていなかったのですか?
「ええー!?」
 無傷の木連艦隊に驚きの声が上がる。
「向こうもディストーションフィールドを持っているのよ?今までの様にはいかないわよ」
「な、なら!連射します」
「無理よ。ここは大気圏よ?」
 さてさて、一体どうするのでしょうね?
「な、なら、アテナちゃん!」
「言っておきますが、私とアキト様が出たとしても勝率は1割にも満たされません。それでもよろしいですか?」
 言いたい事は分かっていますので、先に回答を述べます。
「うっ」
「後分かっていると思いますが、今ここでフィールドを張りますと下の方々は間違いなく亡くなります」
『!』
 さて、
「その上で聞きますが、あの艦隊の攻撃をどうするのですか?」
 試練の時です。悩む時間はあまりありませんよ?
「え、あ………………」
 皆さんの視線が艦長に集まります。
「アキト様。今から行っても間に合いませんよ?」
 どう考えましても格納庫に着く前に向こうが攻撃してきます。
「………………分かっている」
 それでも行かずにはいられませんか。
「艦長。もう時間がありません。早く決断を」
 聞きながらもこれは無理かなって思います。でも、ギリギリまでは待ちましょう。
「オモイカネ。フィールド全開」
 艦長が口を開くか開かないかの瞬間を狙い、私は独断で指示を出します。
「提督、副提督」
 そして、間髪いれずの呼び掛け。
「許可する」
「思う様に暴れなさい」
 一瞬のタイムラグも無しに返ってくる返答。とても心地よいです。
「ルリ。この位置にグラビティーブラスト30%拡散で。
 ラピス。発射後全速でこの位置にナデシコを向けて。
 アキト様、アーサー。この位置で発進出来ます。回収はここ。行きますか?」
「はい!」
「らじゃー」
『勿論だ』
『行ってきます』
「ルリ、ミサイル全管発射。照準は気にしないで大丈夫」
「はい!」
 戦闘にもならない敗走劇は十数分にも及びます。その間一瞬たりとも気を緩められない訳なのでして。はあ、気が滅入る。
 で、最後に、
「アーサー、やりなさい」
『イエス、マスター』
 そして、放たれる黒い光。これで終了。
「アキト様、アーサー。帰還して下さい。逃げますよ」
『『了解』』
 ふぅ〜、終わった。シミュレーションは何度もやってたけど、失敗しないで良かった。それにこれは初回だったし。あ、と。
「提督、副提督。ありがとうございます。指揮権をお返しします」
「うむ。ご苦労だった」
「本当ね。あたしは覚悟してたのに無事に乗り切っちゃうなんて。さすが『戦乙女』よね」
「それは関係ありません。日々の努力の賜物です」
 微笑を浮かべて話していますが、う〜ん、艦長の命令がありませんね。仕方ありません。
「ウリバタケ・セイヤさん。エステバリスの修理は後回しでいいので、先にナデシコを診てあげて下さい」
『あん?別にいいが、エステは後でいいのか?』
「構いません。今回使わなかったのが後4体ありますから」
『あー、確かにあるが、いいのかそんな事言って?』
 なんの心配でしょうか?
「問題ありません。パイロットでしたら、実力で相手を黙らせるしか方法が無いのは分かっている筈です。それに、もし肉体で抗議してきましても軽く一捻りです」
『そ、そうか。じゃあ、どんな具合か分かったら連絡する。アテナちゃんにでいいのか?』
 何言っているんですかこの人は?
「あのですね、そういうのは普通艦長にするものだと思いますが?」
『そう言えばそうだな。悪い。アテナちゃんが艦長に思えた』
 それは何とも言えませんね。
『まあいいか。じゃあ仕事に移る』
「お願いします」
 あれ、まだ復活しませんね。ならもう少し会話を楽しみますか。
「ルリ、ラピス、お疲れ様」
「うん!お姉ちゃんもお疲れ様!」
「本当です。それにしてもさすが姉さんです。よくあの状況で乗り切れましたね」
「ま、ね」
 色々やったからね。
「アテナちゃん!」
 ん?ようやく艦長復活?
「何でしょうか?」
「何でしょうか?じゃない!一体何をしたのか分かっているの?」
 気付けば殆ど全ての人が私に注目しています。御丁寧に通信ウィンドまで開いて。
「何をとわ?今の撤退ですか?それでしたら、動かない艦長の代わりに艦を動かし逃げ切っただけですが?」
「うっ、それはありがとう。でも、違う!その前!何でフィールドを張ったの!?」
 何でそれで怒られないといけないのでしょうか?
「何か問題でも?」
「あるでしょ!下の人達がどうなるか分かっているでしょ!?」
「……つまり、艦長はあの場をどうにか出来たのに何を言わなかったって事ですか?」
「え?」
 あれ?違う?
「すみませんでした。私にはあれしか思い付かなかったのです。あの場を切り抜けるにはあの攻撃を耐え抜かないといけなく、私にはあれしか無いと思い、艦長の指示も無かったので独断で動きました」
「あ、アテナちゃん?」
「何でしょうかハルカ・ミナトさん?」
「なんとも思わないの?」
 なんとも?殺した事を、ですよね。
「何を思えばいいのですか?」
『え?』
 何を驚くのでしょうか?
「何を思えばいいのかな?」
「さあ?」
「分かりません」
 だよね。妹達だってそうなんだから私がそうでもおかしくないよね。
「人を殺して何にも思わねえのかよお前は!!」
「…………では、貴方は今この瞬間にも地球の何処かで亡くなっているでしょう命に心を痛めているのですか?」
「は?それとこれとは」
「同じですよスバル・リョウコさん。自分がいつ亡くなったかを知っているか知らないか。それだけの差しかありません。
 どちらも自分ではどうしょうもない。どちらも顔も形も知らない赤の他人。どちらも自分の興味外。違いますか?」
 何か反論はありますか?
「だ、だけどよ」
「それと言っておきますが、今回はどう考えてもあの結果か、私達諸共死ぬか。そのどちらかしかありません。すくなくとも私はまだ死ねない。だから迷わずああしました。
 もし、どうしても今回の結果を許せないのでしたら、艦長にでも当たって下さい」
「え?」
「アキト様と私が2人っきりでいる事が許せず、あそこまで行ったのは艦長の所為だと聞いています。だから責めるとしたら艦長です。まあ、それを止められなかった周りの方も同罪といえば同罪なのですが」
 まあ、こんな所でいいですかね。
「おや、アテナさんどちらに?」
「とりあえず死地は抜けました。なのでカリバーを見てきます」
 歩きながらプロスさんの顔を見ようとしたのですが、あれ?おかしいですね?何故か世界が斜めになっていく?
「お姉ちゃん!?」
「姉さん!」
 ラピスとルリの声が聞こえる。返事しなきゃ。あ、でも、ダメ。意識が………………


「……目を開けたら知らない天井でした」
「そんな事言えるなら問題無いわね」
 ついっと視線を動かせば、
「Dr…………という事は、医務室……ですか」
「正解。本当に大丈夫そうね」
 身を起こし時計を見れば……6時間ですか。
「それで、倒れた原因なんだけど」
「分かっています。寝不足と疲労、ですよね?」
「そ。自覚はあったのね」
 勿論です。回復力の高い私が倒れるなんてその辺しかありえませんから。
「で、そんなになるまで一体何をしていたのかしら?」
「……シミュレーションですよ」
 どうせ暫くは何にも無いでしょうから、起こした体をポフっと後ろに戻します。
「シミュレーション?」
「この火星で起こり得る全て戦闘のです。それを皆さんが寝静まった後にこっそりとやっていました」
「全てのって、一体幾つよ?」
「さて?百を越えた時点で数えるのは止めましたから」
 本当に幾つありましたでしょうか?千はいっていないとは思いますが………………
「皆が寝静まった後って、1時以降って事よね?一体何時までやっていたのよ?」
「そうですね………………ホウメイさんが起きる前には部屋に戻っていましたよ?」
「ホウメイさんって確か料理長よね?えっと、シフトは………………朝は6時前?で、貴方のシフトは………………はぁ!?貴方もしかして睡眠時間2時間も無いの!?」
 えっと、6時位に寝て、起きて7時ちょっと過ぎですから、
「もっと言うのでしたら、1時間位ですよ」
「まさか……そのシュミレーションって何時頃からやっているのよ?」
「サツキミドリ2号を出て少しした頃からです。
 ああ、それは失敗でした。もっと早くから始めていれば今回の結果も、もっといいものになった筈ですし」
 時間が足りずにあの状況を出来なかったの痛いですね。
「貴方何考えているのよ!その年でそんな無茶をして死にたい訳!?大体、艦の人も人よ!何で誰一人気付かないのよ!?」
「あ、後のは無理です。オモイカネには私の姿を消して貰いましたし、シュミレーターのログは全て消してあります。後、移動の際は気配を消しているので、例え目の前にいましても気付かれません。
 で、最初のは、これ位では私は死にません。と言うより死ねません」
「……どういう事よ?」
 この人には話しておいた方がいいですかね?どうせ直ぐに嗅ぎ付けてしまうでしょうし。
「『人造神計画』」
「………………まさか、本当に行われていたの?そして貴方がそれ?いえ、噂の時期から言って違う?アテナ………………なら貴方は“万能”?」
「正解です」
 さすがDr。あれだけで辿り着きましたか。それにやっぱりあの計画は耳にしていたのですね。
「まさか、本当に存在していたなんて。そしてそれが私の目の前にいるなんてね」
「生きているっていう情報は伝わってなかったのですか?」
「まさか。あの計画自体が噂の域を出なかったのよ?それに研究所同士の繋がりって意外に薄いものよ。スパイでもいない限り正確な情報なんて伝わってこないわ」
 あ、そうなんですか。それは知らなかったです。
「だからこそ無茶出来た訳か。でも、大分心配掛けていたわよ?」
「……多くて7人でしょうね」
「………………何故そう思うのか聞いていいかしら?」
 何故?そんなのは決まっています。
「目の前で人を殺して平然としている様な人を誰が心配するのですか?」
 そう。それは真実。そんな人を心配するなんて普通はありえない。けれど、よく考えなくてもこの艦には7人ぐらいは心配しそうな人がいる。でも、それ以上はいない筈です。いちゃいけない筈です。
「残念。殆どの人が心配していたわよ」
「え?」
 今なんと?
「相手がどうであれ、こんな小さな女の子が睡眠不足と疲労で倒れたって知ったら心配もするでしょ?それにその原因もブリッジには報告したし」
「な!?」
 何でそんな事を!
「あら?秘密だったのかしら?でもあの子達がどうしても知りたいって言うものだからね。教えなきゃ色々ばらすって脅されちゃったし」
 くっ、しまった。それをすっかり忘れていた。
「それより、これからは医者としての注意だけど、幾ら“万能”といえどもちゃんと睡眠は取りなさい。目が覚めるまでどれ位時間を必要としたのか分かっていて?」
「?6時間じゃないのですか?」
「はずれ。約2日よ」
 2日?…………2日!?
「Dr!今のナデシコの状況は!?」
「どうしたの急に?」
「いいから!」
「まあ、いいけど。簡単に言うと、ナデシコは単独で火星脱出は不可能。北極冠にある研究所にはチューリップが邪魔で近付けない。だから途中で見付けたクロッカスを陽動に使えないかこれから調査に行く所」
 つまり、ギリギリセーフという訳ですか。
「私はこれからクロッカスに行くけど、貴方はもう自室に戻ってもらって構わないわ。ただし今日一日は安静になさい。ブリッジや格納庫に顔を出すのは構わないけど、絶対に仕事はしちゃダメよ」
「……分かりました。気を付けて下さいねDr」
「ええ。それじゃあ、ちょっと行って来るわ」
 さて、とりあえずルリとラピスを安心させに行きましょうか。
 それにしても参ったな。まさか2日も寝ていたなんて。起きるのが少しでも遅かったら間に合わない所でした。さあ、これからが私の舞台。上手く舞う事が出来るでしょうか?

 プシュー

「あ、お姉ちゃん!」
 誰よりも早く私の元に駆け寄ったラピスをしっかりと抱き止めます。
「お早うラピス。心配掛けたみたいだね?」
「大丈夫。ラピス信じてた」
 そっか。でも何を?
「姉さん」
「うん。ルリもごめんね?」
「いえ。こうして元気でいて下さるならば問題ありません」
 うん、いい子いい子。
「あ、あの、アテナちゃん?」
「何でしょうか艦長?」
 恐る恐ると言った感じで話しかけてくる艦長に、極寒の冷気を纏った眼差しで見返して上げました。
「え、えっとねごめんね?後、ありがとう」
「一体なんについての謝罪と礼なのでしょうか?」
 温度は変わらず。
「え、えっと」
 埒が明かない。とっとと先に進みましょう。
「先日の件でしたらお気になさらずに。私がやりたい様にやった結果です」
 視界を艦長から外して、妹達に戻します。
「ルリ、ラピス。ごめんね。お姉ちゃん今日は絶対安静言われちゃってるから部屋で休んでるね」
「うん、分かった」
「では、後程。部屋で待っていて下さい」
 私の体がどういう状況にあったのか知っているだけに、反応は素直。普段ならラピスが駄々を捏ねるんだけどね。寂しい反面少し好都合。これで、後はカリバーの所で待機していれば準備は完了。急ぎましょう。

「お、アテナちゃん。体はもう大丈夫なのか?」
「ええ。アーサーとお話したいのですけど、今大丈夫ですか?」
「ああ。整備は終わってるよ。けど」
「分かってます」
 何もするなって言いたいのでしょう?
「ならいいがよ」
 ふー、まったく甘いんですから。
「っと、2日ぶりアーサー」
『本当です。間に合わないかと思いましたよ』
 中に入り込み、アーサーとご対面。さて、あとどれ位かな?
『もう間も無くですよ。今クロッカスが動きます』
 出してくれたウィンドウを見れば、確かにクロッカスが浮上しますね。で、黒いエステがこっちに向ってきます。
「ところで、あれって提督が?」
『いいえ、彼です』
 はぁ、やっぱり。
「じゃあ、“円卓”を起動させてエステと彼をこっちにジャンプ。同時にクロッカスを掌握し、私を艦外にジャンプ。後は計画通りにいくよアーサー」
『イエス、マスター』
 そして、状況は目まぐるしく変化する事になります。


『早くチューリップに!って、何?』
『艦長!エステバリスとクロッカス艦内、後ナデシコ艦内にボース粒子増大!』
『え、何々!?何が起きているの!?』
 閉じていた視界を開き、状況を確認。うん。間違い無し。
『テンカワさんとテンカワさんのエステバリスを格納庫に確認!同時にカリバーが艦外に出現!』
『艦長!!木星蜥蜴の艦隊がこちらに向ってきます!!数は……先日を大きく上まります!!』
 さて、通信を開いてっと、
「進みなさいナデシコ。クロッカスはいまだナデシコを狙っているわ。それに今の貴方達に悩むなんて贅沢な時間は無い。分かっているのでしょう?」
『お姉ちゃん!!』
『どういう事ですか姉さん!?』
 予想通りの妹達。そして、
『これが君の選んだ道か』
 予想外に冷静な黒い方。
「はい。最初っから私はこれだけを決めていました。最大を狙うのでしたらここしか思いつかなかった。貴方が何を狙っていたか想像しか出来ませんが、私の邪魔はさせません」
 他の人を置いてきぼりにした2人だけの会話。
『君はこれからどうするんだ?』
「裏工作です。とりあえず、そちらの感覚で言うと「又後で」、です」
 又後で。再開を約束して。
『………………一応気を付けろよ』
「ええ。
 そう言う訳だからルリ、ラピス。又後でね」
『絶対だよお姉ちゃん!』
『信じてますから』
 2人の妹に笑いかけて、強制的に通信を切ります。そして、ナデシコはまっすぐにチューリップに向います。
「クロッカスを自爆させて」
『イエス……完了。後5秒』
 チューリップが閉じると同時にクロッカスが爆発。チューリップは炎上。これで舞台に余計な脇役はいなくなったね。
「さあ、アーサー行こうか」
『はい!マスターとなら何処までも!』
 向ってくるバッタやジョロ達を見据えて、私は最終リミッターを外します。
               ア ル ト リ ア
「行くよアーサー、カリバー。“誓い合う永久の勝利”!」
 最終リミッター解除のキーワードを唱え、カリバーはその力を遺憾無く発揮します。
「さあ来なさい無垢なる機械達!感情を知らない貴方達に死の恐怖を与えます!!」
 群をなすバッタやジョロを蹴散らし、真っ直ぐにチューリップに向います。これを潰さないと幾らやっても限が無い!
「そして、いつまで高見の見物を決めていますか『北を統べる者』!」
 火星全域に届けと思いっきり叫びます。
「私を待っていたのではないのですか!?」
 叫ぶ間に2機目のチューリップを落とし、3機目に向います。
「私は待っていたのですよ!?」
 3機目、撃墜。次――
「貴方に会えるこの瞬間を!!」
 4機目。
「『北を統べる者』――北辰!!」
 次次次次次次――――

『流石だな『戦乙女』。あれだけの数全て落とすとは』
「レディーを待てせるのは男性として最低の行為ですよ?一体私が何時間待ったと思っているのですか?」
 動く物が無くなった大地にカリバーの白い機体と、北辰さんの赤い機体が対峙します。
『すまんな。なにせ我を待つような女性など目に掛けた事が無いものでな。そなたが我を呼んだのも何かの罠かと疑ったものだ』
「そうでしたか。それでしたら許します」
 まあ、もともと大して怒っている訳でもありませんからね。
「それよりも、私の事を知っていたのですね」
『そなたこそ我の事を知っていたのだな』
 私は裏技を使ってますからね。彼の場合は………………クリムゾン、ですかね?
『それにしても、そなたの機体はまだ動くか。一体どの様な動力で動いているのやら。持ち帰ればあれが喜びそうだな』
「余裕ですね北辰さん。
 エンジンは特別製ですが、他は従来のエステバリスと変わりは無いですよ」
『そんな事を伝えるそなたの方が余裕に見えるのだがな』
 ええ。基本的に余裕です。
「さて、そろそろ始めましょうか?」
 私の言葉に返事は無く、ただ構えをもって応える北辰さん。
 対して私は、背中に背負ったままでいた剣を構えます。
『ほう、それを使うか。てっきりただの飾りだと思っていたぞ』
「そうですか。実はこの剣は貴方の為だけに造りました最強の剣なのです」
 右手に剣を持ち後ろに向けて構えます。
『つまり、この勝負は純粋に力の勝負という訳か』
「そうです。そして、貴方に一片もの勝利の可能性はございません」
 何せ未来の北辰さんを想定して造った物ですからね。
「それでは」
『うむ』
 姿勢を低くして、飛び出す一歩手前で止まります。
『木連式、北辰。一手所望する』
「……我流、アテナ・グリフィス。お相手致します」
 そして、そのままの姿勢で待機し続けます。私から仕掛けてもいいのですけれども、それではあまりにもあれなので待ちます。
『参る』
 言葉と共に矢の様に駆けて来る北辰さん。きっと生身の方が早いでしょうにと思いつつ、それでもその早さには驚愕します。でも、やっ  ・・
ぱり遅い。
『………………我の負けか』
「はい。私の勝ちです」
 何の事は無い。一直線に来た北辰さんを回る様に避けて、その首筋に剣を添えただけの話。様はどれだけ機体が動かせたかの話。
「落ち込む必要はありませんよ。地球と木連の機体性能の差だけですから。実力ではどうかは分かりません」
『……だが、負けには変わり無い。
 殺すがいい『戦乙女』。それが勝者の責務で、敗者の義務だ』
「違います。敗者の義務は勝者に従う事です。勝者に責務はありません」
 暗殺者ならその様なものはありませんが、今の北辰さんは武芸者ですからね。
『生き恥を曝せと言うのか?』
「生き恥?何を言っているのですか?高が負けただけで命を捨てるなんて最低ですよ。死んだらそこでお仕舞いですが、生きていればまだ幾らでもやり様はあるのですよ?負けは負けとして一つの立派な経験です。負けた事が無い人は強いのではありません。そこの所を間違いないで下さい」
 後は無言。言いたい事は言いました。暗殺者なら言う必要も無い事。武芸者なら言わなきゃいけない事。さて、どっちの心に響くでしょうか?
『………………我は何をすればいい?』
 どうやら武芸者の様ですね。
「とりあえず木星に行きましょう。あそこでならもう一度、今度は生身でちゃんとした勝負が出来るでしょうから」
『我にもう一度戦えと?』
「何を言っていますか。貴方なら私に勝つまで何度も挑んでくるでしょ?」
   ・・・・・
 私の知っている北辰さんならそうする筈です。
『くっ、まこと面白い者だ。
 だが、どうやって来る気だ?跳躍は未だ我しか出来ないぞ?』
「問題ありません。
 ところで北辰さんは跳躍――ボソンジャンプの原理とかは知っているのですか?」
『いや、詳しいのは知らん。ただ、行き先を明白にイメージして跳躍門を潜れと言われておる』
 ふ〜ん、あの人はどうなのでしょうね?
「では、イメージはお願いします。後は私がやりますので」
『跳躍門無しで飛べるのか?何者だ主?』
「知っているのでしょ?だったら答えるまでもありません」
 自分で言いたい事ではありませんしね。ただまあ、ジャンプのタネはそのうち教えるかもですね。教えたところで他人がどうこう出来るものではありませんから。
「さて、それでは行きましょうか?
 アーサー。準備は?」
『問題無し。“円卓”も無事起動中。いつでも行けます』
「北辰さんは?」
『いつでも行ける』
「では、行きます。ジャンプ!」
 さあ、この8ヶ月の準備期間にどこまで出来るかに掛かっています。頑張りますよ!


〈あとがき〉
 今回も何とか後書きまで来ました蒼月です。
「そして又謝るダメ作者でしょ?」
 え、えっと、何の事でしょうかねえ?(−3−)〜♪
「下手な顔文字までいれるな。あるでしょ謝る事が」
 え〜?
「…………4月の後半」
 うっ!
「3月中に出したい?」
 うう!
「しかも中身省いたわね?」
 申し訳ございません。
「最初っからそうしていればいいのよ。
 それにしても、カリバーの機能ってどうなっているのよ?ナデシコ無しに何時間も動いたり、ジャンプしたりさせたり。いい加減説明したら?」
 いえ、それは本編で書く楽しみなので。ただ言えるのは、君にしか動かせないって事です。
「………………とか言いながら本当は何も考えていないだけじゃないかしら?」
 いえいえ、そんな事は。
「そう。じゃあ、前回のタイトルの元ネタは?」
 あーそれね。色々考えたんですけど、題名は伏せます。
「は?何で?」
 だって、ボーイスカウトをやっていれば誰でも知っているような歌ですし、やっていない人にとってはぶっちゃげどうでもいい?って感じじゃないかと。
「……つまり貴方の独断ね」
 オーイエス。
「ところで、何で私はあんなに冷酷人間なのよ?」
 人殺し?
「そ」
 いや、だって、他の人との繋がりの薄い君ならありえるのでは?自分と自分にとって大事な人以外――他人は認識していない。認識する価値も無い。だから君にとっては妹達以外は死んでも心動かされない。
「………………そうね。否定はしないわ。他人が幾ら死んでも私は知らない」
 だからこそユリカが取る筈だった行動を何の躊躇も無く出来た。他人から見れば冷酷。自分としては当然。自分の邪魔になる他人は排除してしまえ。
 後は前回自身で言っていた様に他人が怖いから。恐怖の対象だから。だからこそ殺せるっていうのもあるかなと。
「それが私」
 そ。ま、10年ぐらい生活を続ければまともになれるのでは?
「いいわ別に。
 それよりも、ようやくと言ったところなのかしら?」
 ええ。ここからがようやく、完璧に私のオリジナル。これから君は北辰を背後に引き連れて、木連内を上から下まで大暴れ。
「はあ、一体ラピスといつ話せるのかしら?」
 それはごめんなさいとしか………………

 

 

 

 







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代理人の感想

・・・・超展開?

負けたからっていきなり任務ほっぽりだしていいのか、北辰(爆)。

これはひょっとして噂のあれか、キ○グクリムゾンと言う奴なのか!?




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