思えばその頃の我は飢えていたのだろう。我の強さは1人際立ち、我の相手を出来る者が1人もいなくなった。我の師匠でさえも例外ではない。
 彼女に出会えたのはそんな時期であった。
 彼女は我よりも圧倒的に強く、賢く、美しかった。
 彼女ほどの女性を我は知らなかった。
 だからこそ我は彼女に惹かれた。だからこそ我は彼女の案に乗った。
 その選択が間違いじゃないと我は胸を張って思う。


   機動戦艦ナデシコ 新たなる目覚め
  第8章 プロポーズ、されちゃいました


 目を開ければ見た事が無い場所。けれどもなんだか懐かしく感じられる場所。一体?

『ジャンプアウト成功。場所、木連秘密格納庫』

 そっか。北辰さんの記憶か。

「どこか異常は?」

『問題無しです』

 ならOK。さてと、あれを取り出しましてっと、あ、北辰さんに声掛けなきゃ。

「北辰さん。2分ぐらい待って頂けますか?そしたら降りるのですけど」

『別に構わぬが、一体何をしておる?』

 やっぱりここは狭いかな。ちょっぴり無理があったよ。

「駄目ですよ女性にそういう事を聞いちゃ。こういう時男性は黙って待つのが礼儀です」

『ぬ。了解した』

 素直ですね。やっぱり私に負けたのが効いているのでしょうかね?
 ん〜こんなものですかね?

「アーサー。変な所無いかな?」

『大丈夫ですよマスター』

 アーサーがそう言うなら大丈夫だよね。よし、着替え完了!

「じゃあ、アーサー」

『イエス、マスター』

 外に出れば眼前にカリバーの腕。そこに乗って降ろしてもらいます。

「ありがとうアーサー。後は、ね?」

『分かっています。ご武運をマスター』

 青い光の中に消えていくカリバー。出来れば次に会うのは8ヶ月後がいいんだけど、きっとそうは言ってられないのだろうな。

「お待たせしましたって、どうしたのですか北辰さん?」

 振り返ってみれば呆然とした様子の北辰さんとその他一同。一体どうしたのでしょうか?

「いや……色々の事に驚きすぎて、何から驚けばよいものかと………………」

 色々な事?一体なんでしょうかね?

「驚いた内容を聞いても良いでしょうか?」
「うむ…………何と言うか、『戦乙女』がこの様な幼子だったとは思ってもいなかった」

「機体だけで跳躍した?」

 なるほど。その辺でしたか。しかし、私の容姿は伝わっていなかったのですか?

「後、可愛い」

 誰だ最後のは!?あ、でも、可愛いのは別にいいかな。

「えっと、改めて自己紹介します。
 私はアテナ・グリフィス。こっちでは『聖剣を携えし戦乙女』の方が通りはいいですかね?」

『な!?』

 あー、やっぱり。私の名前なんてそんなもんですよね。

「我等もした方が良いか?」

「いえ、いいです」

 北辰さんとその他大勢で事足ります。

「して、何の用でここに来たのだ?」

「……草壁・春樹さんと2人っきりでお話したいのですが、可能でしょうか?」

 瞬間殺気立つ皆様。分かりやすくいいですね。

「理由を聞こうか」

「……彼に聞きたい事があるのです」

 それ以上は本人以外に語る気は無いと、視線に力を込めて言います。

「………………いいだろう」

『隊長!?』

 さすが北辰さん。話が分かります。

「ただし、我は同席させてもらうぞ」

「はい。それは構いません」

 もとからこっちはそのつもりでしたから。

「では、付いて参れ」

 北辰さんの後ろに続き、他の方々に躊躇なく背中を見せます。殺気が集中しますが、これぐらいなら軽く無視しちゃいます。

「なかなかの殺気ですね」

 後ろの方々が見えなくなったところで北辰さんに話しかけます。

「そなたは容姿に似合わずなかなかに剛の者のようだな」

「……おかしいですか?」

「いや。好感がもてる。やはり、女性と言えどもそうでなくてはな」

 やっぱり。基本的にこの人は戦士なんですね。

「言っておきますが、地球においても私の様な存在は稀ですよ」

「心得ておる。だからこその心の動きであろう」

 うん、知っています。

「そういえば『戦乙女』よ。再戦はいつしてくれる?」

「貴方の都合が付くならいつでも。それと、『戦乙女』と呼ばれるのは好きではありません。違う呼び方でお願いします」

「……了解した」

 そこからはお互い喋る事も無く静かに歩き進みます。北辰さんが何を考えているかは知りませんが、私はただルリとラピスの事を思っていました。

「着いたぞ。この部屋に閣下は居られる」

 ようやく、ですか。

「くれぐれも失礼なき様頼むぞアテナ」

 ………………へ?

「ん?どうした?」

「い、今、私の事を?」

「『戦乙女』が嫌なのであろう?」

 そうなんですけど、まさか名前で呼ばれるとは思わなかった。

「不都合か?」

「いえ、それでお願いします」

 さて、気を取り直しまして。

「北辰さん。お願いします」

「失礼します、閣下」

 音も無く襖を開け、声を掛ける。北辰さんの向こうに見えたのは、広い畳の部屋に1人だけで背中を向けて座っている男の人。この人が草壁・春樹。

「どうした北辰。予定より帰還が早いな」

「向こうの地で閣下に是非とも御会いして頂きたい者に会いましたので」

「何?」

 そこでようやく振り向いてくれました。私の気配に気付いていなかったのでしょうか?

「何者だ?」

 しかも私の正体に気付かない。やっぱり木連には私の名前しか伝わっていないのでしょうか?クリムゾンだと思っていましたが、違うのでしょうか?

「……『戦乙女』にございます」

「何!?」

 でも、名前に対してのこの反応。一体なんなのでしょうね?

「一体どうやってここに来た?いや、その前に北辰。何故をここに連れてきた?」

「申し訳ございません。我は敗者ゆえに勝者に従ったまででして」

「敗者?俄かに信じがたいが、それならば納得がゆく」

 それにしても、私はいつまで無視されれば良いのでしょうか?

「それよりも閣下。そろそろ客人の」

 北辰さん、ナイスです。

「そうであったな。待たせたな客人」

 座ったままこちらを向く草壁・春樹さん。それにしても、なんか態度が偉そうですね?少女ですから舐められている?

「私は草壁・春樹だ」

「アテナ・グリフィス。『聖剣を携えし戦乙女』です。お見知りおきを」

 音を立てずに静かに一礼します。洋服でしたらスカートの裾を摘まんでするのですが、今は和服でそれは似合いませんので、普通に頭を下げるだけ。それでも、普通の人に比べたら綺麗だという自負はあります。

「よく来た。本来であれば悪の地球の一兵に踏ませる土地は一片もありはしないのだが、その容姿と服装に免じてここにいる無礼を許そう」

 ………………なんという傲慢。和服は場に合わせただけでしたが、こうまで言われるとは……間違いでしたでしょうか?でも、私は心が広いので許します。

「その広い心遣い感謝します閣下。
 申し訳ございませんが、無礼と承知で2、3質問する事を許していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 それに、この手の相手は楽ですからね。

「良い。許可しよう」

 ほらね。
 それにしても、この人はこんな人だったのですね。そんな記憶は――文字通り記憶は――ありませんでしたから知りませんでした。やっぱりこれは頼りにはなりますが、頼ってばかりではいけませんね。

「ありがとうございます。
 それでは、閣下は何を目的に何と戦っていらっしゃるのでしょうか?」

「な、に?」

 さあ、これよりこの場は戦場。武器を携えて相手の体を傷付けるのではなく、言の葉を用いて相手の精神を、信念を打ち砕く戦場。対応に遅れればすぐさま討ち取りますよ?

「私は過去において月であった事も、火星であった事も、そして、現状の木連の事も理解しているつもりです。だからお願いします。嘘偽りの無い、本当の事を教えて頂きたいのです」

 とは言え、最初っからそんなつもりでやる訳でもなく、まあ、とりあえずはこんな所から始めてみましょう。

「……なら私達の無念分かっている筈であろう」

 おや?表情が変わりましたね。ようやく私を『ちょせんは小娘』から『戦乙女』に認識を変えてくださいましたか?だったらいい事なのですが。

「それともその様な事も分からぬか?」

 ……訂正。話が話だったから表情を変えただけの模様。

「でしたら、何も知らない、知らされていない火星を問答無用に虐殺したのはどうしてでしょうか?」

「あそこは地球の物だ。ならそこを攻めて何故悪い?何も知らない、知らされていないと言うが、それはそっちの話でこちらには関係あるまい」

 ………………このままじゃ駄目ですね。仕方ありません。手を変えますか。

         ・・    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……では、火星のあれが目的で何も知らないと知っていながら攻めた訳ではない。それでよろしいのですか?」

 手段の一つとしては考えていましたが、出来る事ならこの情報は隠したまま聞きたかったのですけれども、仕方ありませんよね。まさか、草壁・春樹さんがここまで頑固で分からず屋だとは思ってもいなかったのですから。

「……そうだ。何を疑っているかは知らないが、私達は火星への地球への移住の為に戦争を始めた」

 隠そうとしても無駄です。貴方の一瞬の間が全てを物語っています。それに北辰さんもほんの少しだけ反応なさっていましたしね。

「そうですか。
 では、最後に一つだけ聞かせて下さい。貴方は自身を正義と謳いますか?それとも悪だと謳いますか?」 

「無論、正義だ」

「……そうですか」

 聞きたい事は聞けましたし、答えも得ました。だから、もういいでしょう。

「ありがとうございました閣下。質問は以上です」

「もう良いのか?」

「はい。木連どの様な気持ちでこの戦争に臨んでいるか分かりました。それだけ分かれば十分です」

 さて、次はどこに行きましょうか?

「待て」

 回れ右をし、歩き始めた私を止めたのは意外にも北辰さん。一体?

「そなたは何をしにここに来たのだ?そなたの目的は一体なんなのだ?」

 へ〜。素直に驚きました。いいでしょう。もう少し付き合いましょう。

「驚きました。もしそれを聞いてくるとしても、それは草壁・春樹さんだとばかり思っていました。なのに実際には北辰さんからなのですから」

「なに?」

 草壁・春樹さんは無視。もうこの人の存在は相手にしません。

「ですが北辰さん。私がそう簡単に御教えすると御思いですか?」

「いや、そんな事は無いであろう」

 さすが、よく分かっていらっしゃいます。

「だが、聞かせて貰いたいのだ」

「懇願?何似合わない事するのですか?貴方なら力尽くで聞き出すのでは無いのですか?」

 懇願だなんて似合わない真似しないで下さい。

「……そうだな。それが我に相応しい形であるな」

 呟く様に言うと、その場で構えを取る北辰さん。私はというと、その場を動かず自然体のままで立ちます。

「閣下。後ろへ」

「………………任せたぞ」

 立ち上がり、後ろに下がる草壁・春樹さん。そんな彼に私は一瞥もしません。そんな価値をあの人から見出だせません。

「そなたはその服装のままで良いのか?」

 確かに和服は洋服と違って動きにくいですが、

「無用な心配です。第一ここは一応敵地です。何時如何なる時でも戦いがあっておかしくない状況で、何も考えずにこの服装でいると御思いですか?それは侮辱です」

「そうか。それは失礼した」

「いえ。
 それよりお聞きしたいのですが、北辰さんが私に勝ったら私の心の内に秘めた事を話しますとして、私が勝った場合は如何して下さるのでしょうか?」

「……何が望みだ?」

 聞きましたね?

「貴方です北辰さん」

「何?」

「私は貴方という存在を欲します。どうでしょうか?」

 って言いますか、これって愛の告白みたいですよね?

「我に主替えをしろと言うのか」

「はい」

「ふざけるなよ?何故北辰をお前にやらなければならない」

 草壁・春樹さんが何か囀っているようですけれども、全く関係ありません。私は北辰さんと話しているのです。

「どうでしょうか北辰さん。この条件呑んで下さいますか?」

「……クックッ、我が欲しい、か。その様な事を言われたのは初めての経験ぞ。
 良いぞアテナ。その条件呑もう」

「北辰!?」

 うるさいです。それにその様に驚くというのは、北辰さんの勝利を信じていないという事ですよね?まあ、機動戦という前例はありますが。

「ただし、我の方の条件を変えさせて頂く」

「……何にでしょうか?」

 予想は付きますが。

「我の下に来いアテナ」

 ああ、やっぱり。

「我はそなたが気に入った。そなたを我の傍に永遠に留めたく思うぞ」

 ……あれ?何かおかしくない?この北辰さんの発言って、

「えっと、プロポーズ……ですか?」

 まさかね。幾らなんでもそれは無いよね。

「プロポーズ……それもいいやもしれんな」

 そんなバカな!

「北辰!?」

「あの、私はまだ10歳の少女なのですよ?」

 精神年齢はもっと上でもっと下なのですが。

「関係あるまい。そなたほど我が興味を覚えた女性は過去居らず、将来現れる事あるまい。ならばこれも一つの選択であろう」

 完璧に本気ですね。

「それにそなたの方もプロポーズみたいであったぞ?」

 それは違います。誤解です。

「とりあえずプロポーズうんぬんは置いておきまして、これではどちらが勝っても殆ど変わりは無いのですけれども、よろしいのでしょうか?」

「かまわん」

 でしょうね。どちらが勝っても私が傍にいるって結果には変わり無いのですから。

「……分かりました。それでは」

 一度目を閉じ、一秒の間をおいて眼前の敵を見据えます。

「木連式 北辰。再戦を願う」

「――我流 アテナ・グリフィス――ならばもう一度地に着いて貰います」

 私からは動く事はしないで、北辰さんの動きを見ます。なにせこの服装。北辰さんにも言いましたが、戦う分には問題無いのですけれども、動きにくいのは――着物を傷付けない様に動くのは難しいのが事実。故に動きは最小限にし、カウンター主体の戦いにします。

「――――っ」

 空気を鋭く放つ様に吐き、瞬く間に間合いを0にするべく駆ける北辰さん。その動きはやっぱり早く、普通に相対したら対応出来ないのは当たり前。
 けれども、この身は普通からかけ離れた位置にある!

 トン

 軽く音をたて、左の方に身を躍らせる。動いたのは高々一歩分の距離。けれどもその速度ゆえに北辰さんは私を捉える事は出来ない。

「ヌ!」

 伸ばされた右腕が、真横を通り過ぎる。相手の勢いが無くなる前にその右腕に手を添えて、床に叩きつける様に投げ飛ばします。本来であれば私の腕を支点に1回転した後、背中から着地する筈なのですが、そこは北辰さん。

「フン!」

 強引に足から着地してみせます。そして、そこから流れる様に身を沈ませる。この時点で北辰さんが次に何をするのかが理解できました。この位置ですと後ろに跳んでも逃げられないのは確定。故に、

 フワ

 殆ど音をたてずに上に跳びます。
 力を籠めずの上への跳躍は、すぐに重力に囚われこの身は落下を始めます。落下先には振り抜かれている北辰さんの足。狙い通りの結果に満足しつつ、触れた瞬間に後方に跳びます。
 これで北辰さんとの距離は再び開きました。

「上手いなアテナ」

「北辰さんこそ流石です」

 向き合う距離は先程と同じ。一呼吸の間に詰める事が可能な距離。
 それにしても、ちょっと良くないですね。
 前言撤回する訳じゃないですけど、和服で北辰さん相手に挑むのは間違えだった気がしますね。負けるつもりは微塵もありませんが、余裕なんてありません。

「……仕方ありませんね」

 ある意味卑怯かもしれませんが、そんな事は言っていられません。

「何?」

 構えを一度解き、もう一度、今度は違う構えをします。

「それは……!」

 見よう見まねでは決して出来はしない木連式。私はそれを構えます。

「……そなた、何奴?」

「………………今更、ですね。
 私は万能を意味する人工の戦乙女、アテナ。知っている筈ですよね?」

 知らない筈はありません。

「何故木連式を……いや、愚問であったな」

 そうですね。聞かれても答える気はありませんし。

「知りたければ私に勝たなきゃですよ?」

「我が勝てば知れるのか?」

「ええ。
 貴方が勝てば私は貴方のモノ
 少なくとも私はそのつもりでしたが?」

 認識が間違っていたでしょうか?

「ふ、ふふ」

 ん?何でしょうか?

「そうか。ならば是が非に勝たねばならない」

 な、なんか、その気にさせてしまいましたか?ま、まあ、いいです。私は負けません。

「次で決まる」

 どうぞご自由に。
 今の私には木連式の全てを使いこなす事は出来ないけれども、構えだけは別。そして、極めた木連式は構えとは言えそれだけで相手の戦力を削ぐ!

「ぐっ」

 対峙しているだけで削られる北辰さん。それに対して私は構えているだけで体力を削られていく。北辰さんが言ったように次で決着は付きますね。

「ほ、北辰……」

 その第三者の声で動けずにいた状況は動き出します。って言いますか、いたんでしたね草壁・春樹さん。
 駆ける北辰さん。その速さは削られている筈なのにも拘らず、先程と比べて何ら遜色無い。けれども、それでもまだ私には足りない!

「――っ」

 小さい体は北辰さんの懐に、握った拳は鳩尾に。

「……我の負けか」

「はい。私の勝ちです」

「今の動きは?」

「………………『縮地』というのはご存知でしょうか?」

 木連式の移動術には無かったのですか、どうでしょうか?

「……いや、知らぬな」

「古流武術にある奥義の1つである移動術です。1歩で数メートルを制覇する事を可能とします。私が使ったのはそれを私用に改良したものです」

 それが流動 歩法之型です。

「さて、それでは約束通り北辰さんは私のモノです」

「……我はどうすれば良いのだ?」

「特には。ただ私と行動を一緒にして下さればいいのです」

 後ろにいて下さるだけで十分に意味がありますからね。

「……承知した」
 
「では、行きましょう」

 さて、取り敢えずは着替えたいので、

「待て!」

 え?………………あ、

「そういう訳で草壁・春樹さん。ごきげんよう」

「待てと言った!」

 ?一体何だと言うのでしょうか?………………ああ!

「そうですね。私とした事が思い至りませんでした。
 北辰さん。積もる話もあるかとは思いますが、別れの挨拶は手短にお願いします」

「……申し訳ございません閣下。貴方と道を同じに出来るのはここまでのようです」

 よし、挨拶も終わりましたし、今度こそ、

「違う!」

 え?

「何故私が素直に北辰を手放さなければならない!北辰は渡さんぞ小娘!!」

 あ、あれ?何を言い出すのでしょうかこの人は?

「北辰も黙って着いて行かずに抵抗しろ!」

 的外れもいいところです。

「……行きましょう北辰さん。
 私はあの人という存在を見誤っていました。あの人の相手をする必要ありません」

「………………承知」

「北辰!?」

 うるさい。けれども黙らせようという気にはなりません。

「小娘!!」

 こちらに駆け寄り手を伸ばすのは分かりますが、それでも私は何もしません。

「幾ら閣下と言えどもそれ以上は許されません。お引き下さい」

 ちゃんと動いて下さいましたね。

「何故だ北辰!?」

「……政治家の貴方には分からない事です」

 そう、結局は暗殺者じゃなくって武芸者だっただけの話なのです。

「行きますよ北辰さん」

 振り向かずに言葉を掛けます。返事はありませんが、後ろに付いて来て下さっているのは分かります。

「………………一応お礼を言っておきます。彼を止めて下さってありがとうございます」

「……うむ。だが、それが我の仕事」

「ええ。だから“一応”なのです」

 続かない会話。ただ2人の歩く音だけが響きます

「で、どこに向っているのだ?」

「外ですが?」

 それ以外にどこに行けと?

「ここの中を知っておるのか?」

 ああ、そう言う事ですか。

「違いますよ。あれを頼りにしているだけです」

 指差した先には、緑色の明かりを放つ物。人の形を模したモノが何かを潜るかのような光景が描かれています。脇には分かりやすく、簡潔に一言“非常口”。

「……こっちだ」

「助かります」

 本当言いますと、案内は必要無いのです。ですけれども、必要以上に怪しまれない様にとの配慮です。っと、そうです。

「北辰さん。外に出る前に御手洗いに寄っていただけませんか?」

「構わぬが、少し距離があるぞ?」

 あら。そんな気遣いが出来たのですか。

「大丈夫です。ただ着替えをしたいだけなので」

「ふむ……ならこっちだ」

 こっちって、何かありましたっけ?

「ここを使うがいい」

 そう言われて案内されたのは更衣室。そういえばその様なものもありましたね。

「どうやら、今は利用者もおらんようだから丁度良かろう。我はここで待っている故、着替えてくるがいい」

 まあ、使えるなら使わせて貰いますか。

「すみません。それでは少しだけお待ち下さい」

                  ・・・・・・・・・
 そして中に入ります。へぇ〜、確かに利用者はいませんね。まあ、いいですけど。とりあえず、着替えましょう。
 まず、帯を外して、あ、髪はどうしましょう?流したままでもいいのですが……軽く後ろで纏めておきましょう。

「〜〜〜〜♪」

 ナデシコで耳にした歌を口ずさみ、着物を脱いでいきます。全部脱ぎ終わった所で着替えの手を止め、傍らにある姿見の前に立ってみます。
 う〜ん、相変わらず成長の兆しはありませんね。この身は“万能”。将来的には背が高く、手足もスラッと伸びたスタイル抜群の女性体になる筈です。理論上では20歳前には老化現象も止まり、限り無く不老不死に近付くとありましたが、本当ですかね?

 ざっ――

 その時に殆ど音もたてずに私を囲む方々。それは初めから部屋に潜んでいた北辰衆。部屋に入るまで気付きませんでしたが、気配の消し方はあまり上手くない。襲撃するのに姿を見せるのもよろしくは無い。ぶっちゃげ雑魚ですね。……それにしても、どうしてここに潜んでいたのでしょう?

「何の御用でしょうか?見ての通り着替え中なのですが?」

 彼等に背中を向けたまま、下着一枚の姿で問い掛けます。

「黙れ!この売婦が!」

 ……は?

「その貧相な体を使い、隊長を誑かしたのは聞いている!」

 何ですと?

「その罪は「黙れ」」

 殺気を叩き付ける様に放ちながら振り返ります。視界に映った6人は、意識はあるものの体が後ろに下がっていました。あの復讐者譲りの殺気なのですが、気を失わないのは流石ですね。そこは評価します。

「貴方達は自身の隊長を何だと思っているのですか」

 けれども、これは許されません。

「あの人は武芸者である自身を誇りに思い、自身に対抗出来る者を待ち続けた人。待っている間に少しずつ狂ってしまった純粋な人」

 彼の世界での北辰さんのこの頃は知らない。この世界の未来の北辰さんも知らない。知っているのは今現在の北辰さんだけ。そして、今の北辰さんは外道なんかじゃない。

「そんな彼の思いも誇りも知らず、草壁・春樹さん如きに動かされている貴方達に彼をどうこう言う資格などありはしない!」

 ひとしきり思いのままに叫び、ようやく落ち着けました。

「来なさい。
         ちから       ちから
 彼の誇りを守り、武力を打ち破った私の武力、その身に刻んで差し上げます」

 構えは無し。ただその身を晒すのみ。なのに動きは無し。

「来ないなら、行きます!」

 流動を用いて接近し、体重と(主に)速度を乗せた掌底を打ち込みます。これで1人。

「き――」

 今更

「さ――」

 動いても

「まーー!!」

 遅い!
 言い終えた時にはもう1人意識を刈り終えています。これで、残るは4人!

「全員で囲め!」

 甘い。密室での一対多数は私が尤も得意とするもの。

「――」

 吐き出す息と共に繰り出す拳。その数は都合4回。

「我流 旋風」

 呟く声は小さく、儚く、けれども強く。響く声に紛れて倒れる音がします。

「………………着替えましょう」

 数秒だけ彼らを眺め、止めていた着替えを再開します。………………あれ?止めていた?
 改めて自分の姿を見れば、上半身は裸。下半身は下着と靴下のみ。この人達はこんな私を見ていた訳でして……

「裁判起こしたら幾ら貰えるでしょうか?」

 罪状は殺人未遂に猥褻行為だけですかね?

「じゃなくって」

 思ったより混乱している?冷静でいられると思ったんですけどね。

「これが羞恥心なのでしょうか?」

 取り敢えず着替えながら思った事を口にします。
 感情を覚えられるのは嬉しいのですが、反面、これが足を引っ張らないか不安です。

「戦闘中は気にせずにいけるとは思うのですが……」

 あくまでも推測。確証がある訳ではない。

「っと、終了」

 着替え終わり、おかしい所は無いかと姿身で確認します。
 服の色は黒。袖はフリフリ。スカートはヒラヒラ。ふんだんに使われているレースやリボン。まあ、つまり、世間一般ではゴシックロリータと言われる洋服なのです。
 ……ん、大丈夫。おかしい所は無いですね。では、行きましょう。

「お待たせしました北辰さん」

「いや、問題――」

 ん?どうしたのでしょう?私の格好がおかしかったりしますか?

「どうかしましたか?」

「む、いや、大した事は無い」

「なら話して下さい」

 気になるじゃないですか。

「……ただ、そなたの姿が洋の姫に思えただけよ」

 洋の姫?お姫様?

「和服も良いが、そなたにはそちらの服の方が良く似合う」

「あ、ありがとうございます」

 驚きました。まさか北辰さんにそんな事を言われる日が来るとは思いませんでした。いや、本当にビックリです。

「そ、それより、行きましょう。案内お願いします」

「うむ」

 今度は始まらない会話。包まれる空気は気まずいもの。けれども、実は私はもう気にしてはいない。驚いたけど驚いただけ……の筈。

「もう出るぞ」

 久々に掛けられたのはそんな言葉でした。
 見上げれば造られた青空。頬に撫でるのは人工の風。鼻に付くのは自然だけれども何処か人工染みた匂い。耳に届くのは遠くだけれども確かな人々のざわめきの声。
 人工の大地とは言え、確かに人が根付いているのですね。

「これから何処に行く?」

「街とそこに暮らす人々の生活を見てみたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ならこちらだ」

 前を歩いて下さる北辰さんの後に続きまして考え、ようやく結論を出す事にします。

「北辰さん」

 返事はありませんが、気にしません。

「いつでも来て下さい」

「……何?」

「貴方との約束事をそのまま続行します。いつでも――それが奇襲であっても良いので、いつでも挑んで下さっていいですよ」

 私の方を振り向いて下さった北辰さんを下から真っ直ぐ見つめます。

「………………いいのか?」

「ええ。どの道このまま――負けたままでいる北辰さんじゃないでしょう?なら、より一層励んで貰える方が楽しそうです」

 あの人と違って今のこの人はどこまでも武芸者の様ですから。一体どこまで強くなってくれるのでしょうか?

「……我が勝っても後悔しそうに無いな」

「……そうですね。後悔しそうな理由が見当たりません」

 ただ、ルリ達になんて報告すればいいのかな?
 そんな私の内心も知らず、北辰さんは笑みの形を作りました。

「我にとって閣下の思想はどうでも良かった。ただ、地球に居るやも知れん猛者と戦えればそれで良かった。故に我は閣下の影となった。そんな我の前に、今、最高の相手が居る。
 礼を言うぞアテナ。良くぞ我の前に現れてくれた」

「……汝、北を統べる者――北辰。汝の剣、汝の拳、汝の盾、その他ありとあらゆる全ての物を我の為に振るうか?」

 唐突の言葉。文面は誓い。驚く北辰さんはこれに答えてくれるでしょうか?

「無論だ。我が剣、我が拳、我が盾、その他ありとあらゆる全ての物は我が主の為に」

 驚きは一瞬。北辰さんはすぐさま物語の騎士の様に片膝を付いて、私の目を真正面から見て言い切って下さいました。

「ならば、汝の力が我を超えしその時まで、汝の命我が預かり、汝の主に相応しき姿を汝の前に晒し続けよう」

 だから、返礼として、私が出来うる限りの言葉を紡ぎました。

「その時までよろしくお願いします、北辰さん」

「うむ。
 我がそなたに勝つその日まで、そなたは我が主だアテナ」

「はい。
 北辰さんが私に勝ったその日からは、私は北辰さんの下に下ります」

 そこで、ちょっと思い付いちゃいました。ので、早速実行です。

「扱いが、奥さんか娘か部下か愛玩動物かは知りませんが」

 ニヤリと笑みを作り、言ってみました。
 そして、それを聞いた北辰さんはと言いますと、

「無論、我専用の猫耳メイドだな」

 立ち上がり、私と同じ笑みを浮かべて言いました。
 お互いに笑顔のまま数秒間向き合いましたが、

「すみません」「すまぬ」

 それが限界でした。
 お互いに顔を赤くして謝る姿を客観的に捉えながら思うのは唯一つ、これが羞恥心なのですね。

「さ、さあ、そろそろ行きましょう」

「う、うむ」

 目指す街は眼前に見えてきました。
 さ、木連の街は一体何を私に見せてくれるのでしょうか?正直楽しみです。

 ………………それにしても北辰さん。一体何処で猫耳メイドなんて言葉を覚えたのでしょうか?


〈あとがき〉

「初めまして、こんにちは。アテナ・グリフィスです。
 えっと、何故か知りませんが今回のあとがきは私1人で担当する事になりました。
 一応作者の蒼月からは言い訳の手紙は頂いています。それによりますと、

『木星までどうやって行けと!?』

 ………………あ、もう1枚ありました。

『アテナ嬢に怒られるのが怖いから』

 ………………(怒)
 あの馬鹿は置いときまして、取り敢えず毎回のお約束になりつつあるお詫びをします。
 今回は今迄以上に長くなってしまったのは、偏にモチベーションの低下だそうです。言い訳としましては、

『2年目だからって、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!!』

 だそうです。社会人は大変ですね。
 それから、今回から本格的に出始めました木連側の人達の人格・言葉遣い等、原作と違う所が多々出て来るとは思いますが、

『原作の世界とは別の世界だから違うのです』

 だ、そうです。まあ、ようは良く覚えていないだけなんでしょう。
 後は次回予告なのですが、三羽烏は出すつもりのようです。後は、英雄の妹さんも。内容は……木連の現状把握〜市民編〜?……つまりは、ラピスは出て来ないと。早く出さないと怒るわよ作者?
 最後になりますが、今回本中でも出てきた私と北辰さんの関係なのですけれども、作者曰く、

『油断から北辰に負けて、首を着け歩かされる涙目のアテナも面白いけど、やる予定は無し。少なくとも本編終了時までアテナが主の予定。』

 良かった。そんな姿はとてもじゃないけどあの2人には見せられません。
 あれ?手紙がもう1枚?

『けれども、予定は未定。この先の展開次第では……』

 ………………作者!!」


 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
え? 北辰ってロリコンでしょ?(爆)

それはさておき今回はちょっともっさりしてたかなぁ。
もう少し流れに緩急があったほうが良かったような気もします。


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