「さすがはテンカワさん・・・と申し上げるべきですかな?」

「何がだ?」

「我々が特に救出したかった三名を選んでつれてきたことですよ」

「ああ、別にネルガルのためじゃない。どちらかと言うと俺自身のため・・・だ」

「テンカワさん自身のため・・・ですか」

「ああ」





ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
 第十二話 限界





結局、ナデシコ無事に合流を果たした俺たちだったが、

敵の第一陣を殲滅こそしたものの、敵の放った一斉攻撃で、

大気圏脱出もままならないほどの損害を受けてしまった。





「結局、あの人たちは、助けられないんでしょうか?」

「冷たい言い方かも知れないけど・・・仕方が無いんだ・・・」

「・・・なんで、なんでなんですか!!何で・・・

 未来を・・・これから起こることを知ってるのに・・・なんで・・・」

「・・・ルリちゃん、地球圏脱出のときジュンが言ってただろ?

 戦うと言うことは思いを継ぐ事だって、

 それは・・・俺がもっと確りしてればあの人たちも助けられたのかもしれない。

 過ぎてしまったことを気にすること、それ自体が悪いことだとは思わない。

 過去の過ちは、決して忘れてはならないと思う。

 でも、過去の過ちのせいで、新たな過ちを作るなんて本末転倒だよ。

 思いを継ぐ・・・本当の意味で思いを継ぐなんて無理だと思う。

 他人の考えを完全に理解するなんて無理だからね。

 でも、「思いを継ぐ」事で過去の亡霊から逃れることができるのなら、それは意味があると思う。

 最初のとき、ユリカも・・・自分があの人たちを殺したことを悩んでいた。

 でも・・・こくな言い方だけど仕方がないんだ」

「・・・アキトさんは強いですね」

「ルリちゃんも、もう少し強いと思ってたけどな」

「私・・・少女ですから」

「前回より一人でも多くの人を助けられた、それでいいじゃないか。

 後はあの人たちの望み・・・たぶん一刻も早い戦争の終結・・・

 それに全力を傾けるしかないよ。

 それが、あの人たちを助けられなかった事に対する償いになると信じて・・・ね?」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、今回もあそこが木連に見つかるとは限らない。

 言っただろ?何もかも自分でできるなんて思い上がりもいいとこだって。

 ルリちゃんの気持ちはわかる、でもそれは傲慢だよ?」

「・・・・・・・・・・・・

 そう・・・ですね、こんなことしている暇・・・ありませんよね?

 私が確りしないと、ナデシコが落ちちゃいますもんね?」

「そう、今を、未来を見て生きないと・・・闇に飲まれることになるよ・・・あのときの俺のように・・・」

「・・・はい」

「じゃあ俺はトレーニング室にいるから」

「はい、何かあったら連絡します」

「じゃあ、また後で」





「くそっ」

俺は八つ当たり気味にシミュレーターを難易度最高でプレイした。

『アキト兄・・・』

「解ってる、解ってはいるんだ、でもな、悔しいのはどうしようもないんだ」

リミッターを解除したシミュレーターはかなりのGが掛かるが本物には及ばない。

俺はさらにルリちゃんに作ってもらったブローディアのデータを入れて

むちゃくちゃな設定でプレイする。

しかし所詮はコンピュータ、北斗なんかとは比べ物にならない

北斗より劣る部分はダリアのデータの各数値を上げるのと数で補う。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

しかしいくら高性能機にしたところで、パイロットのデータがこれではなかなか気が晴れない。

北斗の気持ちがわかるな・・・





「で、どんな奇策を用意しているのかしら?」

「え?奇策って・・・」

「・・・あなた、何も知らないの?

 良いわ説明しま・・・」

「つまり、彼女たちはナデシコに搭載されている相転移エンジンとディストーション・フィールドの開発者だ。

 だからこの艦については俺たちより詳しい」

この非常時に説明なんかしてる暇はない。

仕方ないので俺はイネスさんの言葉をさえぎるように要点だけを伝えた。

「ま、まあ掻い摘んで言うとそういうことね。

 この程度は解ってるとは思うけど・・・

 今のこのナデシコ一隻では火星を開放することなんて夢のまた夢よ」

「そんな事ありません!!

 そんな事・・・」

「貴方・・・それ本気で言ってるの?

 私たちはアキト君がそのことを確り認識した上で私たちにナデシコに来るように言ったから、

 あの後地球で何か私たちの知らない技術でも見つかったのかと思ってたんだけど、

 さっきの戦闘、今のナデシコの状態を見る限りそんな事なさそうだし・・・

 はっきり言ってこのままでは火星を脱出することすらままならないわ。

 よっぽどの奇策でもない限りね?」

「そ、そんな・・・」

「それはこっちの台詞よ、

 地球から艦がきたって言うから雑魚を倒して英雄気取りの馬鹿が来たのかって思っていたら、

 以外に冷静だからもしかしたらもしかするかも・・・って思ってたのに・・・」

イネスさんがあからさまなため息をつく。

そんな策があれば・・・あの人たちを救えるかもしれないが・・・

「とにかく先程の戦闘で、木星蜥蜴もディストーション・フィールドを張れる事は解ったわね?

 これでナデシコのグラビティ・ブラストは、一撃必殺ではなくなったわ。

 あの・・・フィールドランサーだっけ?

 あれはかなり有効な技術だけど、一つしかないんじゃ話にならないわ。

 さらに敵第二陣は今もチューリップから増援を呼び続けている・・・」

「まぁ第二陣到達まで時間はあるんだ。対策は今から考えても遅くは無い」

これ以上はさすがにユリカが不憫だからな。

「ま、そこは艦長の能力に期待するとして・・・」

「するとして・・・」

俺以外の全員がイネスさんに注目する。

「流石にお腹が空いたわ・・・アキト君。

 食堂にでも連れて行ってくれないかな?」

やっぱり・・・

まあ仕方ないか・・・

「それは困りますな、テンカワさんの状況把握能力は捨てがたい物があります。

 私としてはテンカワさんにはここで作戦会議に出席してもらいたいのですが・・・

 食堂でしたら代わりの方に案内させましょう」

・・・ほう、そう来るか。

なるほど、さっきの「俺のため」って言葉を警戒してるのか。

「私はアキト君がいいな・・・なんだか彼とは、初めて会った気がしないのよね。

 作戦会議なんてコミュニケ通してでもできるでしょ?」

「はぁ、しかし・・・」

さて、どうするか・・・

『イネスさんを案内しなよ』

〔どうしてだ?〕

『ま、この場合その方が良いんだって』

〔?まあいいが・・・なんていったプロスさんを納得させるんだ?〕

『そうだなぁ・・・"あの約束"の件はこれでいいよね?・・・とか言えばいいんじゃないの?』

〔・・・今のイネスさんが"あの約束"を覚えてるとは思えないんだが・・・〕

『大丈夫大丈夫、覚えてないんなら別に良いとか何とか言っちゃえば』

〔はいはい了解〕

一体何を企んでるんだ?

「ま、俺はかまいませんよ。"あの約束"の件もありますし・・・

 "あの約束"の件はこれでかまいませんね?」

「あら?私あなたと何か約束なんてしたかしら?」

「良いですよ、覚えてないんなら・・・」

「そう?まあいいわ、"あの約束"が何かわからないけど、案内はしてくれるのね?」

「ええ、そこまで言われるのでしたら・・・俺でよければ」

「そんな他人行儀な事言わなくても。

 まあ確かにユートピア・コロニー跡で話したときみたいなしゃべり方でも困るけど・・・」

そりゃそうだろう、あの状態で平然としてられるのは・・・北斗ぐらいのものじゃないのか?

「そうですか?特に意識してるわけじゃないんですけど・・・

 それより、イネスさん。食堂はこっちですよ」

「ええ、じゃあちょっと食堂に行って来ます」

「テンカワさん、食堂へ案内したらすぐにブリッジにきてくださいよ」

「ええ、解ってますよ」

その後

「アキト、"あの約束"って何よ〜〜!!」

と言う声が聞こえたが、俺は無視した。

と言うより答えようが無いではないか。

全く、ディアもブロスも何考えてるんだ?

ま、見た感じメグミちゃんはジュンに惹かれてるようだし、それだけでも二回目よりはましか・・・





『(さて、これでイネスさんの"あの約束"のフラグは消えたわけだ)』

『(まあその分"食堂に案内"と"あの約束とは何か?"のフラグは立ったけど・・・)』

『(どっちみちイネスさんがアキト兄に興味を持つのを止めるのは難しいし・・・

 ならアキト兄に対して強制力のあるフラグを消したほうが良いよ)』

『(ま、その通りだね)』





「不思議だな・・・アキト君見てると何故か落ち着くのよ。」

「そうですか?」

「"あの約束"の話といいこの事といい・・・

 ねえ?貴方と会うのってはじめてよね?」

「そうですね・・・イネスさんと会うのは初めてってことになりますね」

「何か引っかかる言い方ね?」

「そのうち解りますよ」

「そう、まぁいいわ。その話は後にしてあげる。

 それより・・・貴方よくネルガルの艦に乗る気になったわね?」

「別にナデシコに罪はありませんし・・・それに、俺は俺の目的のために戦ってるんです。

 そのためにナデシコに乗るのは都合がいいんですよ。

 それに・・・ここにこないと皆に会えませんから・・・」

「・・・どういうこと?」

「ナデシコには会いたい人がたくさんいる、だから乗った。

 単純で良いでしょう?

 ナデシコがネルガルの艦でも軍の艦でも、

 はたまたグリムゾンの艦でも関係ないんですよ、今の俺には。

 それより着きましたよ、ここが食堂です。

 じゃあ俺はブリッジに行かないといけませんので」

「そう。で、貴方の目的って?」

「少なくとも貴方の害になることじゃないですよ」

ふう、なんだか怪しまれまくってるぞ、俺。





「ではテンカワさんもいらっしゃいましたので、作戦会議をはじめさせていただきます」

「まず状況だが・・・ホシノ」

「はい、現在ナデシコの相転移エンジンは出力がかなり落ちています。

 修理・・・火星から脱出可能な程度までですが、それでも最低二日はかかるそうです。

 また敵第二陣は順調にその勢力を増やしつづけています。

 これがこの二時間の敵の数の変化です」

ルリちゃんが言い終わると、目の前に大きな棒グラフが現れ、

敵が一定の割合で増えつづけているのが解る。

「・・・このままいくと十時間後には確実にナデシコを沈められる数になるな」

俺がそう分析するとユリカが口をはさんだ。

「でもその前にチューリップの中にいる敵が出つくしちゃうんじゃない?」

「そうね、そういう考え方も成り立つわ。

 でも私たちはあれは一種のワームホールだと、考えてるの」

突然ブリッジに入ってきたイネスさんがユリカの希望的観測を一刀両断に切って捨てる。

「そんな・・・チューリップが一種のワープ装置だと、言うんですか?」

「そうよ・・・そう考えれば、木星蜥蜴が何故あれ程の軍隊を、瞬時に動かせるか説明がつくわ。

 アキト君も同意権みたいね?」

「ああ、それがもっとも無理が無いからな」

「そんな、アキトはイネスさんの味方をするの?」

「味方をするしないの問題じゃないだろう。

 問題はこれからどうするか?だ」

「前方に反応があります」

「何?」

ブリッジの全員が固まる。

「センサーに反応・・・間違いありません、護衛艦クロッカスです」

「そんな、信じられない!!

 クロッカスは地球でチューリップに吸い込まれた筈なのに・・・」

「これで私の仮説が証明されたわね。

 あれがワームホールで無い限りこんなことは起こらない・・・」

嬉しそうだなイネスさん、俺たちがかなり不利な状態だと証明されたばかりなのに・・・





俺はまた言い争っているユリカたちに背を向け、ルリちゃんと話すことにした。

「ルリちゃん、クロッカスに生命反応は?」

「ええ、やはり全くありません。

 それより・・・先程トレーニング室での様子をみさせてもらったんですけど・・・」

「あ、ああ、あれね・・・」

見られてたのか・・・

「やっぱりアキトさんはアキトさんですね。安心しました。

 すいません、私のために無理させちゃったみたいで・・・」

「いいよ、そんな謝らなくても」

「でも・・・今度からは、私にも話してくださいね?

 といってもアキトさんには無理かもしれませんけど・・・」

「かなわないな、ルリちゃんには」

「でも、私もアキトさんに頼ってるんです、アキトさんも頼って下さい」

「・・・解ってるんだろ?俺にそんなことができないって」

「そんなことありません、アキトさんは・・・

 私が思ってたより、アキトさんが考えてるより、ずっと弱い人です。

 だから、あのときみたいに自分を見失う前に、闇に飲み込まれる前に

 私に頼ってください、私のところに帰ってきてください。

 私なんかじゃ頼りないかもしれませんけど・・・愚痴ぐらい聞かせてください。

 それが、あの時私に寂しい思いをさせた罰です」

「解ったよ、じゃ、今度頼むよ・・・」

「はい」

ふう、ルリちゃんなんだか無理してるから負担をかけたくないんだが・・・

二回目は最初よりは大変そうだったけど、今回ほどじゃなっかったよな?

やっぱり、俺のせいだよな・・・





「ねぇ、アキト君。アキト君は目的のためにこの艦に乗ってるって言ってたけど・・・

 貴方はこの提督の下で戦っていて平気なの?」

突然、イネスさんが話し掛けてきた。

前と同じ・・・すいません提督、また貴方の心の傷をえぐることになりそうです。

「この提督が火星対戦で、ユートピア・コロニーに、貴方の故郷にしたことを・・・知ってるの?」

「ええ、知ってますよ」

俺の感情のこもっていない声を聞いてブリッジの全員が固まる。

裏の、もう一人の俺、今回はこれを見せるのは初めてじゃないはずだが、

以外に効果があるな・・・

「ですが、あの場合それが提督に思いつく中で最善策だったんでしょう。

 今の俺なら他の手段を取ったでしょうが・・・

 それも今の俺、木星蜥蜴に対してある程度知識がある人だから言える事です。

 何より提督はそのことを深く後悔している・・・

 そんな人を責めるのは卑怯なんじゃないんですか?

 許せないのは解りますが、いずれにしてもこんな場で公に言うことじゃないですよ。 

 ま、提督が英雄気取りで威張り散らしてたら、とっくに俺が殺してたがな」

最後の台詞とともに殺気を少し撒き散らす。

「そ、そう、ごめんなさい・・・」

「俺に謝っても仕方ないじゃないですか」

気持ちはわかるが・・・提督を責めないで下さいよ、イネスさん。

「そうね、すいませんでした」

「いや、かまわんよ、私はそれだけの事をした。

 ところでアキト君・・・

 君は本当に私を恨んでないのかね?」

「さあ、貴方みたいな人には生き続ける事の方がつらいことですから・・・

 全く責めないことで、逆に復讐してるのかもしれませんよ?」

「ははは」

俺の冗談で少しだが場が和む。

二回目はイネスさんの行動と、ルリちゃんたちの視線で和んだんだが・・・

「ま、冗談は置いといて、俺もいろいろと見てきましたからね。

 それに・・・俺にとってはもう過ぎたことなんですよ」

何せ俺にとっては六年以上前・・・しかもその間の六年は異常に密度が濃かったからな・・・

「強いな・・・君は。

 私はそれ程強くなれんよ」

そんな事ありませんよ、貴方も六年・・・いや、二年経てば割り切れますよ、きっと。





あとがき

と、言うわけで「育て方」の第十二話です。

火星の生き残りの人たち・・・助けるべきか助けざるべきか・・・

いろいろ悩みましたが、結局助けられなかったことにいたしました。

ま、こういう無力感にさいなまれる部分が「時の流れ」なのではないでしょうか。

また前回のアキト君は無理していました。

解っていることと、納得できていることは別ですから・・・

彼なら、ルリ君が悩んでいるのであれば、自分の悩みなど見せずに正論や

自分の理性が言う言葉を言って励ますでしょうから。

後・・・だれかイリスさんのデータ持っていませんか?

フィリスさんの性格は何とか解るのですが、

彼女の性格は全然解らないのです。

と、言うより初めから無い?

このままでは出番が作れないのですが・・・

それともこちらで勝手に設定を作っていいのでしょうか?



追記

「代理人の感想」に対して・・・

それもそうなので、初めは一人で行く話を書いていたのですが、

そうするとフィリスさんをナデシコに乗せる交渉が不自然になるのです。

また、「自分の仲間を優先的に助けることのどこが悪い」という話も書きたかったですし・・・

ま、「ルリ君がいないと何もできない」ということもないでしょうし、

御都合主義ってことでお願いします。

 

 

代理人の感想

 

イリス女史は大蒲鉾本人のキャラなので、そう言うことは直接大蒲鉾に聞いた方がよろしいでしょう。

・・・まぁ、「最初から考えてない」という可能性もなくはないのですが。

(本編では設定する必要のあるキャラでもありませんでしたしね〜)