「西欧・・・か、

 やっぱり俺は英雄にはなれないよ。

 それでも、あいつはやって来るんだろうな。

 アンチ・メサイア・コンプレックス・・・ね。

 ・・・俺はどうしたらいいんだ?」





ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
 第三十二話 西欧





しかし・・・マジでどうするかな。

あまり人とかかわりすぎると、

テツヤの格好の獲物だが・・・

かといってだれとも仲良くならないのも・・・

少なくともシュン隊長とカズシさんと、

サラちゃんとアリサちゃんとは仲良くなる必要があるし・・・

・・・悩んでいても仕方がないな。





新入り・・・ねぇ。

お偉いさんも何考えてるんだか。

一人や二人増やして勝てると思ってるのか?

大体なんでこんな所に新人を?

極東地区とかもっと安全な場所で育ててから、

こういう危険地帯に配属した方が良いだろうに・・・

まぁいいか、いないよりいたほうが幾分まし・・・

使えるようになるまで持てばの話だが・・・

へ?

自分から志願してここに来る?





「しかし隊長、何でわざわざ出迎えなんて・・・」

「このご時世にわざわざこんな激戦区に来る馬鹿の顔が見たくってな」

「この辺りの出身ですか?」

「いや、火星生まれの火星育ちらしい」

「・・・なんでまたこんな激戦区に?」

「な、興味が湧いてきただろ?」

「ええ」

「お、ご到着のようだぞ」

俺たちの前に一機のシャトルが降り立つ。

・・・シャトル?輸送機でなくて?

エステバリスライダーだと聞いてたんだが・・・

そしてそのシャトルから一人の若者が降りてきた。

こいつか、新人は?

年は・・・二十前後、真っ黒い服を着ている。

・・・金色の目?始めて見たな。

しかし・・・英雄願望が強くて、手っ取り早く名をあげるために、

こんな激戦区にきたのかとも思ったが、

そんな熱血ヤローにも見えない。

ますます興味が湧いてきた。

「よお・・・お前が新入りか?

 確かエステバリスライダーって聞いたんだが、エステはどうした?」

「・・・ここに来る前に無茶やってな、大破した。

 多分今日中に届くはずだ」

新人じゃなかったのか?

確か軍にいた事は無いって聞いていたが・・・

どこかのテストパイロットか?

軍服も着ていないのが少し気に食わんが、

エステの無いエステバリスライダーなど休暇も同然、

まして今到着した所だからな、大目に見てやるか。

しかしエステを大破させて自分は無傷・・・

このぐらいの年のやつは無鉄砲なやつが多くて、

物になる前に惜しんでしまう・・・

特にテストパイロット上がりは、技術とプライドの割に、

実戦経験が少なくて、そのくせ妙に自信過剰なやつが多いんだが・・・

こいつは良いエステバリスライダーになるかもしれんな。

「そうか、俺はこの部隊の隊長、オオサキ シュンだ、

 よろしくな」

「本日付でこの部隊にネルガルから出向社員として配属された

 テンカワ アキトだ」

出向社員?

何なんだ、こいつは?

「ま、軍と会社の意地だと思ってくれ」

なるほど、"あの"ネルガルがそこまでして手放したくないほどのテストパイロット・・・

期待はできそうだが・・・

「おい、あいつを監視しとけ」

「なんでですか?」

「妙な事が多すぎる。

 特にネルガルがかかわっていると言う事が気になる」

「あの"ナデシコ"ですか?

 普通のガキに見えましたけどね?」

「だから、だ。

 何で普通のガキをわざわざ"出向社員"なんて形で、

 こんな激戦区に送る必要があるんだ?

 一応諜報部の連中にも聞いてみるが・・・

 気になるな」

「スパイ・・・ですか?」

「ああ、クリムゾンが木星蜥蜴と繋がってるなんて噂もあるくらいだ。

 ネルガルが繋がっていても不思議じゃない。

 そう考えれば単騎で火星に行ったというのも肯ける」

「でもあれは"あのパイロット"のおかげなのでは・・・」

「お前は本気で信じてるのか?

 "単機でチューリップを落とすエステバリスライダーがナデシコにいる"

 というあの噂を?」

「火の無いところに煙は立たぬ、といいますよ?」

「だが、それほどの腕ならなぜ戦争がはじまるまでうわさを聞いた事が無いんだ?

 いや、それだけじゃない。

 その噂が流れ始めたのは、つい最近だ。

 確かにナデシコが帰ってきたときと一致するが、

 たとえ、テストパイロットでも"ネルガルに凄腕のやつがいる"ぐらいの話は

 戦争前にも噂されないか?」

「ま、そうですが・・・

 でも"ナデシコ"はとてつもない数の木星蜥蜴を落としてますよ」

「それを言うならクリムゾンの製品だって軍にかなり貢献している。

 にもかかわらず噂は尽きる事が無いじゃないか」

「ま、噂ですから」

「そうだな、だからあいつを見張れ」

「はぁ・・・」





ふう、まさか出迎えてもらえるとは思わなかったな。

一体何が原因だ?

・・・考えても仕方が無いか。

ま、前回より第一印象が良くなった事だけは間違いないだろう。

取り敢えず・・・

食堂にでも行くかな?





「隊長」

「ああ、カズシか。で、どうだあいつは?」

「変化ありませんね、

 昨日から暇な時間は食堂に篭って料理しています」

「・・・そうか」

「やっぱり隊長の思い過ごしなんじゃないんですか?」

「だといいんだがな、

 これを見てみろ」

「これは?」

「アキトのデータだ。

 ま、軍のコンピュータに入っていた簡単なデータだがな」

「・・・別に変なとこは無いじゃないですか」

「ああ、確かに変なとこは無い、

 両親共にネルガルの研究者、

 子供の頃に両親を亡くす。

 中学を卒業後はコックを目指して修行、

 普通・・・とは言わないが、特に怪しくも無い。

 けどな、現住所を見てみろ」

「はい、現住所・・・火星、ユートピア・コロニー?」

「さらにいつ火星から地球に来たかは不明・・・

 さらに第一次火星会戦の日から約一年間記録がない。

 その後ネルガルに入社・・・、

 まあ、戦争の混乱にまぎれてデータが残らなかったと言う可能性もあるが・・・」

「ならいいじゃないですか」

「だが少なくともエステバリスライダーの経歴じゃない」

「・・・・・・・・・・・・」

「カズシ、お前はどう思う?」

「スパイならオペレータとか通信士とか・・・

 もっと安全な部署に来るんじゃ・・・」

「そこだ、一つ一つはそこまで変じゃないんだが・・・

 何から何まで"アンバランス"なやつだよ」

「そういえばあいつのエステですが・・・」

「聞いた、新型、しかもカスタムメイド機・・・だろ?」

「はい、ですが、もう一つ・・・」

「何だ?」

「格納庫にいたやつの話だと、

 何でもネルガルから来た専属の整備手も聞いてない、

 秘密があるらしいんです」

「・・・ネルガル以外にバックがいるのか?」

「さあ、そこまでは・・・」



「レイナちゃん、送られてきたのはこれだけ?」

「ええ、そうよ、それが?」

「そう・・・か、

 いや、別に良いんだが・・・」

「?」

そうか、ブラックサレナは無理・・・か、

ブラックサレナなら一足先に街に行って皆救えるんだが・・・

でもそうしたらサラちゃんと知り合えない・・・か。

仕方が無いから、一応シュンさんに話をして・・・

なんて言う?

明日街が襲われますよ?

いえるわけが無い。

・・・やっぱり、一人で背負うのは無理なのか?





「あいつに命令する権利が無い?どう言う事ですか」

「上からの話だ。

 テンカワ アキトは出向社員であり、

 軍の階級の外にいる。

 よって君に命令する権利は無い」

「そんな馬鹿な話があるんですか」

「ある。

 あいつには独立遊撃部隊として活動してもらう。

 以上だ」

「しかし・・・」

「話は終わりだ、下がりたまえ」

「ですが・・・」

「下がりたまえ」

「・・・はい」

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

そんな馬鹿な話があるか?

一体上は何を考えてるんだ?

いくら新型でも一機で独立行動なんかしたら簡単に落とされる。

命令もできないやつを隊列に入れるわけにも行かない。

どうしろって言うんだ?

もしかしてスパイの可能性があるからあいつを消すつもりなのか。

全く、ただでさえここは最前線なんだ、

そういうことは他所でやってくれ。





独立遊撃部隊?

ま、こっちとしては渡りに船なんだが・・・

なるほど、何かあったら出向社員だから自分たちに責任はないとか言うつもりだな。

予想以上に俺は警戒されてるな。

まあ良い、俺は俺の目的を果たすだけだ。

例えそれが、地獄へと続く道であっても・・・な。

「レイナちゃん、調子はどう?」

「特に何も・・・

 ねぇ、昨日からどうしたの?」

「い、いや、何でもない、気にしないでくれ」

・・・やばいな。

「そう?なら良いんだけど・・・」

・・・ブラックサレナはマジで間に合わない・・・か。

「じゃあレイナちゃん、俺これからちょっと用事があるから、

 何かあったら、連絡入れて」

「え、ええ。解ったわ」

俺だけでも街に行っとくか、

少しでも役に立つだろう。





「全員整列!!」

俺の前にいるカズシが大声で部下に号令をかける。

・・・アキトは・・・どこだ?

いない?

!!エステは・・・ある・・・か。

「・・・以上、解散!!」

は!!

どうやらカズシが作戦を伝え終わったらしい。

俺の命令を理解した(らしい)部下たちに戸惑いの表情が浮かぶ・・・

当たり前だ、人間なのだからな。

今の命令は余りに死亡確率が高い。

下手をすると味方と木星蜥蜴の一斉攻撃に、巻き込まれるのだからな。

だからこの作戦を拒否しても誰も責めはしない。

ま、俺は発案者だから絶対に参加するがな。

それは良いとして・・・

アキトはどこだ?

「俺も付いて行きますよ隊長」

「え?あ、ああ、お前は既に決定だ」

「・・・せめて一言、俺の意見を聞いて欲しかったですね」

「それは良いとして・・・アキトはどうした?」

「え?隊長が許可出したんじゃなかったんですか?街に行くって・・・」

「・・・俺にあいつに対する命令権は無いらしい」

「・・・どう言う事ですか?」

「あいつは独立遊撃部隊・・・と言う扱いらしい」

「・・・面白いですね」

「確かに面白いが・・・くそっ」

「あの・・・」

ん?こいつは確か・・・アキトの専属整備員?

「テンカワ君から連絡です」

・・・アキトから?

「アキト、何のようだ?」

「いや、地形の確認のために町に向かっているのだが、

 敵が現れたと聞いたんでな、

 住民の安全確保のため、部隊の出動を要請する」

ほう、"住民の安全確保"・・・ね。

(カズシ、予定が変わった、お前はエネルギーフィールド発生装置と、

 アキトのエステを持って街へ向かえ)

(解ってますよ、隊長)

(ついでにアキトの監視も忘れるな)

(ええ)

「アキト、部隊としての出動は無い、

 ただ志願者を募って住民の救助に向かう、

 この作戦は志願制、しかも俺にはお前に対する命令権は無い、

 だが、お前のエステを先に向かわせたので、住民の避難を頼む」

「貴方の"要請"を受理します」

・・・"要請"か、

意外と話せる奴だな。

しかし・・・街に向かっていたのは偶然なのか?

いずれにしろこの戦闘で見極めてやる。





・・・やっぱり、怪しまれているよな。

まあいい、他に方法も無いしな。

さて、急がないとないけないんだが・・・

ジャンプはもとより、走った方が早いけど、

後で車も無かったら怪しまれるだろうから、そういうわけにも行かない。

俺はアクセルを思いっきり踏み込んだ。

明らかに速度オーバーだが、緊急事態だから良いだろう。





そして街に到着し・・・

木星蜥蜴の先行部隊も今は撤退している。

くっ、間に合わなかったか・・・

「もっと早く来てくれれば!! お母さんは死ななかったのに!!」

「お父さんを返してよ!!」

「何が連合軍だ!!

 肝心な時には助けてくれないくせに!!」

「私の家を、家族を帰せ!!」

何かに八つ当たりしないとやってやれない・・・

俺に当たる事で気が晴れるんなら喜んで非難の的になろう。

この方法なら、罪滅ぼしの方法として、ルリちゃんも許してくれるだろう。

「とっ」

瓦礫の下にかすかに聞こえた呼吸音を聞いて、瓦礫を動かす。

幸い死んではいないようだ。

簡単に止血をして近くの人に預ける。

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

確かサラちゃんの家はこの辺り・・・

いた!!

うつむいて泣いているようだ。

・・・そうか、間に合わなかったのか。

取り敢えずサラちゃんを助け出す。

「触らないで!!」

俺のように復讐に身を焦がし、全てを巻き込むよりは、

死んだほうがいいのかもしれないが・・・

そうはいかないよ、サラちゃん。

君は俺の目的のために必要だから・・・

ははは、俺らしくは無いが・・・下手な正論より好感が持てるな。

ま、それを言うわけにもいかない。

怪我の様子を調べながら考える・・・さてどうするか、

ディア曰く俺の慰め方はどちらかと言うとナンパに近いらしい。

慰める必要はあるし、サラちゃんとアリサちゃんにもナデシコに来てもらう必要もあるが・・・

二回目の二の舞だけはごめんだ。

『アキト兄』

(ん?どうしたディア)

『アキト兄がどう思っているか知らないけど、

 サラさんが軍に入ったのは、アキト兄に惚れたからだと思うよ』

(・・・そうなのか?)

『そうなの』

(・・・じゃあ何か、俺にサラちゃんを口説けと?)

『アキト兄の性格じゃ口説こうと思ったら口説けないでしょ』

女の子を口説こうとした経験なんて無いから解らないが・・・

確かにその通りかもしれない。

(じゃあどうしろと?)

『二回目と同じように慰めれば良いよ』

(ああ、解った)

ひどい言われようだな。

ま、これで次の目的は決まったわけだ。

っと、そろそろ怪我の具合を言わないと怪しまれるな。

「骨は折れていないが、内出血をおこしている。

 そろそろ医療班が来るはずだ、ちょっと待ってろ」

内出血を直すなんて事は、簡単にはできないからな。

一応方法が無いわけでもないが・・・

切り札は最後まで取っておく必要がある。

ビシッ!!

サラちゃんが俺の頬を叩く。

・・・本気じゃないのか、それともこの後だれからか護身術を習うのか、

二回目のように威力が無い。

本気じゃない可能性は低いからおそらく後者だろう。

ナオさんかアリサちゃんか・・・

ま、護身術ができるのはいいことだ。

戦闘術を習うというのなら話は別だが・・・

「何よ今更!!

 もう、もうお母さんもお父さんも死んじゃったんだから!!

 私もここで死にたかったのに!!」

「簡単に死ぬ、なんて言うな!!」

「ひっ!!」

俺の怒声にサラちゃんが身を竦める。

「俺も理不尽な理由で両親を奪われた。

 だけど、今生きているだろう?

 今は悲しいけど死んでも何も解決しないよ。

 サ・・・君が死んだら他の家族だって悲しむよ。

 少し落ち着いて・・・

 君の両親が生きてたら君に何をして欲しいと思うかを。

 君が死んだら君の親戚がどう考えるかを」

危ない危ない、今はサラちゃんとは初対面だからな、

俺は名前も知らないし、妹がいる事も知らないんだ。





第三十三話に続く





あとがき

ちょっと間が開きました。

毎回更新を目指していたのですが・・・

ま、正月にも更新できませんでしたし、

かまわないでしょう。



今回は西欧編其の一です。

シュン隊長はアキト君を疑っています。

正体不明の人をすぐ受け入れるようでは、部隊長は勤まらないでしょう。

ユリカなら疑いもしないでしょうが・・・



サラちゃんの両親・・・

助けようかとか、助けてはみたものの既に手遅れで、

死ぬところをアキト君たちに看取らせようか、

などなど、色々と考えたのですが、

サラちゃんの両親の性格がよくわからず、

非常に書きにくかったので、死んでもらうことにしました。



しかし・・・アキト君危機一髪です。

たまにはぼろを出してみようと、そういうわけですが・・・

知っている人を知らない振りをして励ます・・・

どんな俳優でもたまにはNGを出す事もあるでしょうから・・・

ま、サラちゃんは気が動転しているので気付いていません。

気付かしても良かったのですが、

収拾がつかなくなりそうなのでやめました。

やっても面白かったかもしれませんが・・・



追記

内出血を直す方法・・・

昂氣を使った方法です。

そのうち使うと思いますが・・・

とんでもない技術です。