「私にぐらい話してくれても良かったんじゃない?」

「おや、エリナ君、何の話だい?」

「テンカワ アキトの話よ、

 そりゃナデシコから追い出すのは賛成ですけどね、

 下手に泳がせたら危険だとは思わなかったわけ?」

「いや、あれはテンカワ君から来た話だよ。

 気にも知っての通り、ネルガルも軍に覚えが悪くってね、

 断れなかったんだよ」

「ふ〜ん、良いわ、

 そういうことにしておいてあげる」





ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
 第三十四話 撫子





「ルリちゃん、大丈夫でしょうかね」

「アキト君が出発したと思ったらとたんに気絶しちゃったものね」

「でもアキトさんなんでまた西欧なんかに行ったんですかね?」

「この間アキト君に聞いたら、

 "役者がそろうまでは話せない"って言われたわ。

 多分西欧にも"役者"がいるんでしょ?」

「"役者"ですか?」

「多分"アキト君が救いたい人"だと思うけど・・・

 何が基準なのかしらね?」

「さあ?」

「ま、それは兎も角、アキト君がいないとなると、面白い事になるわよ?」

「なんでですか?」

「ナデシコの中心・・・事実上の支配者はだれだったと思う?」

「アキトさん・・・ですね」

「そ、ネルガルは今ひとつ信用できないし、艦長は信頼できない・・・

 軍は問題外だから・・・

 一番信頼できたのがアキト君なのよね。

 プロスさんとかエリナさんはアキト君を警戒してた見たいだし・・・

 艦長はあれだったから、いままで一応まとまっていた。

 アキト君がいなくなった事で、ネルガルはどう動くかしらね?

 それに・・・アキト君がいるから艦長にも安心して付いていけたけど・・・

 どうなるかわからないわよ?」

「大丈夫です、ジュンさんもいますし・・・」

「ジュン君・・・ね、

 アキト君の秘密を少しでも知っている人・・・

 ルリルリも知ってるみたいだけど・・・

 さて、私はどうしようかしら」

「え?ミナトさんナデシコを降りるんですか?」

「それはないわ、私がナデシコに乗ったのは"社長秘書が面白くなかった"からなの。

 良くも悪くも時代の中心にいるナデシコを降りる気はないわ」

「じゃあ・・・」

「ネルガルと艦長・・・どっちについていくか・・・よ。

 ま、あっちの出方しだいね」





ジャンプ技術・・・

これさえあればネルガルの地位は不動のもの・・・

有人ボソンジャンプは今のままじゃ決して成功しない?

冗談、ネルガルの技術力を甘く見ないでよ。

今に見てなさいいテンカワ アキト!!

絶対に有人ボソンジャンプを成功させて見せるわ!!

始めは貴方に協力してもらおうと思ってたし・・・

貴方が協力してくれるほうが都合が良かったのは認めるわ。

でもね、貴方は知らないかもしれないけど、候補者は貴方のほかに二人いるのよ!!

イネス博士と艦長・・・

イネス博士には被験者になってもらうわけにいかないし・・・

艦長ね、

あの能天気娘なら簡単に落とせるわ!!

おっと、噂をすれば影・・・

「艦長?」

「どうしたんですか、エリナさん?」

「貴方・・・アキト君についてどう思ってるの?」

「どうって・・・決まってるじゃないですか、

 アキトは私の王子様なんです」

「そう・・・この間の・・・アキト君が西欧に行く直前の戦いを覚えてる?」

「覚えてます。私そんなに忘れっぽくありません!!」

「そ、そう、覚えてるならいいわ、

 あの時アキト君が"跳んだ"でしょう?あれについてどう思う?」

「どうって・・・」

「どうやったんだろうとか、あれはなんなんだろうとか・・・」

「アキトは私の王子様だもん、何でもできるんです!!」

・・・予想外ね、

ここまで能天気だったなんて・・・

仕方が・・・いいえ、ここで諦めたらテンカワ アキトの笑いものよ。

意地でも落として見せるわ!!

「そう・・・でもそのせいでアキト君が危ない目にあってるのを、

 貴方はほっとくわけ?」

「え?」

「例えばこの間の戦闘だって、

 "跳ぶ"のが一瞬遅かったらどうなっていたかわからないわよ?

 アキト君に頼りきり・・・艦長として失格ね」

「・・・・・・・・・・・・」

考えてる考えてる、

後はここで道を示してあげ・・・

「で、でも私はアキトを信じてます。

 アキトを信じてるから、アキトのやりたいようにしたんです。

 クルーを信じて、クルーに任せる部分は任せるのも艦長の役目のはずです!!」

・・・ただのよう天気娘かと思ったら以外にちゃんと考えてるようね、

士官学校主席は伊達じゃない・・・か。

仕方ないわね、ここは出直しましょう。





アキトに頼りきり・・・

艦長として失格・・・

そんな事ない・・・アキトは・・・私は・・・

大丈夫・・・アキトは私の・・・

でも・・・なんでアキトはあんな・・・

ルリちゃんは大切な仲間だから?

私が危なくても、アキトはあんな事してくれる?

アキト・・・

ルリちゃんは?

ルリちゃんはなぜ・・・ 

ナデシコの為?

そういえば・・・

―アキトさん・・・なんで、なんでなんですか。私が・・・私がせっかく・・・―

―解ります、解ってます、でも!!―

・・・解ってます?

どう言う事?

ルリちゃんは・・・アキトが西欧に行く事を知ってたの?

アキトが西欧に行く・・・

アキトが望んで・・・

何でアキトが望むの?

アキトが西欧に行って、一番得するのは・・・軍?

―私が・・・私がせっかく・・・―

・・・せっかく?

もしかして・・・

ルリちゃんは、アキトを軍に取られないように?

ルリちゃんは今眠ってる・・・

イネスさんが、ルリちゃんはもう少しで死ぬところだったって言ってた・・・

私は・・・アキトのためにそこまで・・・

できる・・・

そう・・・思いたい・・・

でも・・・

私は・・・

アキトは・・・

ルリちゃんは・・・





ふう、テンカワもルリちゃんも・・・細かい事は何も教えてくれないんだもんな・・・

テンカワは西欧にいって、ルリちゃんは寝込んでて・・・

でもなんで・・・

テンカワとルリちゃんの目的は違うのか?

ユリカも昨日から考え込んでるし・・・

ミナトさんは隙あらばテンカワのこと聞き出そうとするし・・・

僕もそんなに聞いてるわけじゃないんだけどな・・・

エリナさんたちは何か企んでるみたいだし・・・

本当にこれで"みんなを助ける"ことができるんだろうか?

大体ひとつの戦艦で和平を実現させるなんて・・・

本当に"テンカワたちの世界の僕"はそんなこと考えてたんだろうか・・・

・・・ユリカに引っ張られてたんだな、きっと。

とにかく・・・テンカワがいないしルリちゃんは寝込んでてユリカは考え込んでいる今、

敵に襲われたら、副長の僕がしっかりしなくちゃ。

とりあえずは艦内の統一を・・・

難しそうだよな・・・

せめてルリちゃんが目覚めるまで・・・

いやいや、それじゃ・・・

でも・・・

いや、今・・・

けどもし失敗したら・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





・・・ここはどこ?

(ここは夢)

私は眠っているの?

(あなたは眠っている)

あなたは誰?

(私は私・・・そしてあなた・・・)

どういうこと?

(・・・・・・・・・・・・)

・・・・・・・・・・・・

これは・・・

水の音・・・私の音・・・私の故郷の音・・・アキトさんと行った・・・研究所の、河の・・・魚の音。

==暗転==

これは・・・公園?

(そう、大切な思い出・・・)

私の思い出・・・

アキトさんとユリカさんと、

三人で屋台を開いていた・・・

(なぜ?)

私が望んだから。

そうだ、起きなきゃ。

(なぜ?)

私はナデシコのオペレータだから。

(あなたはそれを望むの?)

それが私の役目・・・ここにいる意味・・・

(あなたがもしただの女の子でも・・・

 アキトさんは拒絶しない・・・

 あなたは何を望むの?)

私はなにも望まない・・・

アキトさんが幸せなら、それでいい。

それが私の望み・・・

それに・・・アキトさんが幸せにならない限り・・・

私が幸せになるわけにいかない。

私の身勝手な欲望を押し付けて・・・アキトさんを苦しめた・・・

その罰だから・・・

==暗転==

ここは?

(ここはここ)

ここは・・・ナデシコ・・・私の部屋?

起きたの?

(眠ってる・・・)

じゃあ・・・これは夢?

(これは記憶・・・)

記憶?

私の記憶?

それともオモイカネの・・・

―アキトさん、アキトさんは幸せになる義務があるんです―

そう・・・アキトさんには幸せになる義務がある。

(あなたは?)

私は・・・アキトさんの幸せが、私の幸せだから・・・

私は・・・アキトさんを助けないといけない。

==暗転==

ナデシコ・・・海の上・・・

これは・・・オモイカネの記憶・・・

(いえ、あなたの記憶・・・)

でもこれは・・・

(これはこの間の戦闘・・・)

そう、私はアキトさんを守るため、オモイカネの代わりに・・・

(それをアキトさんが望んだ?)

そう、アキトさんを傷つけないため・・・

(じゃあ・・・これはなに?)

これはアキトさんのエステバリス・・・

!!

何で・・・なんでアキトさん・・・

こんな事・・・

こんなことしたら死んじゃう・・・

アキトさん・・・死なないで、

もう・・・二度と・・・

約束・・・もういなくならない・・・

だから・・・

(だからオモイカネの代わりを?)

そう。

(それをアキトさんが望んだ?)

そう・・・

(それをアキトさんが望んだ?)

そう・・・

(それをアキトさんが望んだ?)

違わない・・・

アキトさんは・・・

アキトさんが・・・

私は・・・アキトさんの・・・

(それをアキトさんが望んだ?)

だめ・・・違う・・・アキトさんは・・・私は・・・アキトさんが・・・

==暗転==

ここは・・・ブリッジ・・・

私の記憶?

(そう)

―なんで、なんでなんですか。私が・・・私がせっかく・・・―

せっかく・・・何?

(覚えてないの?)

ごめんなさい。

(いえ、あなたは覚えてる)

なぜ?なぜそう思うの?

(私はあなただから・・・)

でも・・・思い出せない。

何?何があったの?

(・・・・・・・・・・・・)

―ご、ごめんルリちゃん、でも、俺はどうしても行かないといけないんだ―

行く?どこへ?

(決まってる)

まさか・・・

(そう)

なぜ?

(・・・・・・・・・・・・)

―解ります、解ってます、でも!!―

私は解っていた?

(そう)

何で・・・アキトさんは・・・

私は・・・

・・・・・・・・・・・・

―ごめん、俺は大丈夫、絶対に帰ってくる、絶対に失敗しないから―

なぜ・・・

(アキトさんはやさしいから)

そう、アキトさんはやさしい、だから私はアキトさんが好き。

(でも、他の人に向けられるやさしさは・・・)

違う、私はそんなこと考えていない。

アキトさんの幸せが、私の幸せ・・・

(みんなにやさしい・・・それがアキトさんの魅力・・・)

そう、アキトさんは強い・・・

(でも弱い)

そう、だから私が・・・支えてあげたい・・・

アキトさんが・・・アキトさんの望みを・・・

アキトさんの願いをかなえられるように・・・

(それをアキトさんが望んだ?)

・・・そう。

(ほんとに?)

・・・・・・・・・・・・

―すいません、取り乱して・・・―

―いいよ、いや、むしろ嬉しかったよ。

 ルリちゃんがわがままを言うなんて今までほとんどなかったしね。

 それに、俺を心配してくれたんだろ。ありがとう、ルリちゃん―

(アキトさんは・・・何を望んでいる?)

・・・私の幸せ?

(・・・・・・・・・・・・)

アキトさんはやさしいから・・・

多分、私の不幸の上で幸せになれない・・・そう思ってる。

(・・・・・・・・・・・・)

でも・・・それは私も同じ・・・

アキトさんが幸せにならないと・・・私も幸せになれない。

(だってアキトさんの幸せが、私の幸せ・・・だから?)

そう・・・

(だからオモイカネの代わりを?)

そう。

(それをアキトさんが望んだ?)

アキトさんは望まないかもしれない。

でも・・・それがアキトさんの幸せのためだから・・・

(たとえそれでアキトさんに嫌われても?)

・・・そう。

(それをアキトさんが望んだ?)

・・・・・・・・・・・・

(あなたは・・・アキトさんがあなたの犠牲の上に立てると思う?)

・・・思わない。

(なぜ?)

アキトさんはやさしいから・・・

(でも、他の人に向けられるやさしさは・・・)

・・・・・・・・・・・・

(あなたの幸せは?)

私の幸せは、アキトさんの・・・

(あなたの幸せは?)

私の幸せは・・・

(あなたの幸せは?)

私の・・・

(あなたの幸せは?)

・・・アキトさんと・・・いっしょに・・・

ずっと・・・ずっといっしょに・・・

(だからオモイカネの代わりを?)

・・・そう。

(アキトさんは・・・それを?)

・・・多分・・・知ってる。

たとえアキトさんが気付かなくても・・・

(ブロスとディアが?)

・・・そう。

(アキトさんはあなたを拒絶する?)

・・・多分、しない。

(なぜ?)

アキトさんはやさしいから。

(でも、他の人に向けられるやさしさは・・・)

・・・そう。

(だからオモイカネの代わりを?)

・・・そう。

(アキトさんはあなたを拒絶する?)

しない。

(あなたは・・・どうする?)

私は・・・アキトさんの・・・

(それをアキトさんが望むの?)

・・・望まない。

(あなたは・・・どうする?)

アキトさんは・・・

(あなたはどうするの?)

アキトさんが・・・

(あなたはどうするの?)

アキトさんの・・・

(あなたはどうするの?)

・・・・・・・・・・・・

("あなたは"どうするの?)

私は・・・私が・・・

(・・・・・・・・・・・・)

私は・・・アキトさんと・・・

(それはアキトさんが望むの?)

・・・わからない。

―いいよ、いや、むしろ嬉しかったよ。

 ルリちゃんがわがままを言うなんて今までほとんどなかったしね―

私を受け入れてくれないかもしれない。

でも・・・多分・・・もしかしたら・・・きっと・・・絶対・・・

・・・間違いなく、アキトさんは喜んでくれる。

(アキトさんは"二回目の二の舞は・・・"って言ってるのに?)

・・・違うの?

(・・・・・・・・・・・・)

・・・違わない。

私は・・・そう思う。

(本当に?)

うん。

(アキトさんは"二回目の二の舞は・・・"って言ってるのに?)

私は・・・アキトさんと・・・アキトさんの隣を歩く。

それが・・・私の望み。

私の願い・・・

そして・・・アキトさんの・・・

(アキトさんの?)

多分、それをアキトさんも喜んでくれる。

(アキトさんは"二回目の二の舞は・・・"って言ってるのに?)

私はアキトさんの隣を歩く。

アキトさんの前でも・・・後ろでもない。

アキトさんの隣を・・・

(でも、あなたは二回目のあなたじゃない・・・

 そんなあなたに、アキトさんの隣を歩く権利があるの?)

いつか・・・二回目の私も・・・私にしてみせる・・・だから・・・大丈夫。

(そう?)

大丈夫。

(それをアキトさんが望むの?)

私は・・・そう思う。

(本当に?)

私は、そう思う。

(アキトさんは"二回目の二の舞は・・・"って言ってるのに?)

二回目の私も・・・私にしてみせる、でも・・・私は三回目の私でもある。

だから・・・大丈夫。

(そう)

そう。

==暗転==





第三十五話に続く





あとがき

今回のメインはルリ君の夢です。

ただひたすらついて行く人では、アキト君は救えないでしょう。

しかし、ガンガン引っ張っていく人でも救えないと思います。

「時の流れに」のどの方と一緒になっても、

アキト君は幸せになれたとは思えませんし・・・

"過ぎたるは及ばざるが如し"

バランスが大事なのです。

まあ、基本的な部分で勘違いしているのは相変わらずですが・・・

自分の望みと、アキト君の望み・・・その違い・・・

今までは、結局ルリ君の理想とするアキト君のために行動していたわけですから・・・

アキト君もルリ君も、目的のためには手段を選ばないタイプですし、

同時にやや暴走癖があり、たびたび手段と目的を取り違えがちです。

今回の話で、一応ルリ君は見失っていた目的を再認識しましたが、

この先どうなるかは考えていません。

目的を完全に補足すると壊れかねませんし、

見失うと話が進まない・・・

やっぱり"バランス"が重要です。



ネルガルはネルガルで動いています。

エリナ様はユリカを使って有人ボソンジャンプの実験をするつもりです。

ユリカは悩んでいますし、

突っつけば簡単に落ちるでしょう。

しかしアキト君としてはそれを見過ごすわけに行かないでしょうが・・・

さてさて、どうなる事やら・・・



ミナトさんはすっかり"観戦モード"です。

イメージ的には某パシリ魔族をちょっといい人にした感じでしょうか?

ナデシコの実情をだれよりも的確に理解しているようですし、

アキト君とは別の意味でのキーパーソンです。



なお、ナデシコについて書きたいことを書ききっていませんので、

しばらくは西欧編と同時進行していく予定です。