テンカワ・アキトの孤独な戦いは、ようやく終わりを迎えた。

自分を含む大勢の人間が、人体実験のモルモットとして拉致されたのは約二年前。

運よく自分だけは救出されたものの、実験台にされたおかげで、

自身の五感―――とくに味覚―――はほとんど機能しなくなっていた。

いまだ捕らわれの身である彼女が、同じ目に合わされるかもしれない。

もしかしたら、すでに“そう”なっているかもしれない。

すぐに彼は救出と復讐を誓った。

彼女の無事を信じて、不自由な身体に鞭を打ち、ひたすら戦場を駆け巡る。

そんな二年余りも続いた過酷な戦いの末、自分達をさらった仇敵を討ち、

身体を弄んだ研究者達と、その主導者の末路を見届けることができた。

達成感など欠片も沸いてこなかったが、

捕らわれていた彼女の無事を確認できただけで十分だった。

もう思い残すことはない。

アキトはまるで生きる目的を失ったかのように、

激戦を共にしたエステバリスの操縦席にもたれかかっていた。

彼の瞳はなにも映さないコックピットのモニタをぼんやりと眺めている。


≪ボソン反応増大≫


突然、警告を促すウインドウが飛び出した。

けたたましい警報が耳に突き刺さる。

死体のようにぐったりとしていたアキトは飛び起きた。

このタイミングでボソンジャンプをしかけられるとは、さすがに予想していなかった。

それでも、体に染みついた習性が、

呆けていた思考をすばやく戦闘用のものへと切り替える。

(追っ手か?・・・まさかナデシコ?)

(どっちにしたって、かかわり合うのはごめんだ)

アキトは念のためにエステバリスの戦闘モードを立ち上げようとした。

しかし、新たに表示された情報に度肝を抜かれる。

信じられないことに、コンピュータが示したボソンアウト地点は―――。

「コックピットの中だと!?」

アキトは叫んだ。

それがきっかけだったように、狭いコックピット内に光が収束し始める。

次第にはっきりとしてくる輪郭を認めて、アキトは目を見開いた。

「ば、馬鹿な・・・」






火星極冠遺跡奪還という極秘任務を終えて、

ナデシコは火星の引力圏を脱したところだった。

ボソンジャンプで一息に地球へ帰還する手筈なのだが、準備が整うにはまだ時間がある。

大半のクルーは時間を持て余してしまい、思い思いに時間をつぶしていた。

そんな中、準備完了の報告を待つ艦長、ホシノ・ルリの胸中は穏やかではなかった。

頬杖をつき、もう片方の手の人差し指で、とんとんと肘かけを叩いている。

どうもひどくいらいらしているらしい。

そんな彼女の様子を知ってか知ずか、

ブリッジのクルー達はそれぞれ好き勝手に暇をつぶしている。

ミナトとユキナは談笑しており、ジュンとゴートはなにやら雑務をこなしていた。

ただ一人、ハーリーだけが、ちらちらとルリを見上げては不安そうにしている。

露骨に挙動不審なハーリーなのだが、残念ながらルリの眼中には入っていない。

彼女の意識はもっと別のところへ向けられていた。

(ちょっとくらいならブリッジを離れても・・・)

(だめかな、私は艦長だし・・・)

(でも、まだジャンプには時間が・・・)

ルリはそんなことを、ぐるぐると考えていた。

じれったさが次第に彼女をいらつかせ、我慢すればするほど余計に考えてしまう。

会いたい思いと責任感の狭間で悶々とする。

だが、決心がつくのにそれほど時間はかからなかった。

意を決して席を立ったルリは、

「すみません、みなさん。

 少しの間ブリッジを空けます。

 すぐ戻りますから」

とだけ言い残し、返事を待たずに踵を返した。

「はいは〜い。いってらっしゃ〜い」

「なにかあったら、すぐ連絡入れるからね」

ミナトとユキナが、ひらひらと手を振る。

「ジャンプまでには戻ってね」

と、咎めようともせずに見送ったのはジュン。

普段は生真面目なゴートでさえ、

「うむ」

うなずいて了解の意を示した。

もはや彼らの言葉など耳に届いていないのか、

ルリは振り返ろうともせずにブリッジを飛び出していった。

後ろのほうで、ハーリーがなにか騒いでいたが、もちろんルリには聞こえていない。

向かうは医務室。

つい先ほど、火星の遺跡で救出した女性が収容された場所である。

今回の作戦目標は、火星極冠遺跡の奪還。

しかし、そんなもの、ルリにとっては二の次だった。

彼女が考えていたのは、その遺跡に捕らわれていた女性の救出だけだったのだから。

この二年余り、ずっと死んだと思っていた。

もう会うことは叶わないと諦めていた。

その女性が、今、手の届くところにいる。

ルリはブリッジから医務室までの最短ルートを全力疾走した。






「はっ・・・はあ・・・着いた」

肩で息をしながら、ルリは医務室の前に立っていた。

道中のことはあまり覚えていない。

気がつけば、いつの間にか医務室に到着していた。

そんな心地だった。

でも、不思議と疲れを感じない。

ルリは手櫛で髪の毛を整え、いそいそと衣服の乱れを直す。

それから、二、三度深呼吸して息を落ち着かせると、慎ましく扉をノックした。

コンコン。

「・・・」

しばらく待ってみたが、返事はない。

思い切ってルリは扉を開けて、医務室に入った。

室内を見渡す。

目当ての人物を見つけるのは簡単だった。

ベッドの上に一人の女の人が横になっている。

彼女は義理の母にして姉のような存在―――テンカワ・ユリカ。

一度は失ったはずの、生まれて初めてできた家族。

とくとくと鼓動が速くなる。

ルリは駆け寄りたくなる衝動を抑えて、忍足でベッドに近づいた。

ひょいっと彼女の顔を覗き込んでみる。

「・・・寝ちゃったんですね」

残念そうにつぶやいて、ルリはそばにあった椅子に腰かけた。

まるで息をしていないかのように、ユリカは静かに目をつむっている。

その横顔を眺めていたら、思わず溜息がもれた。

「はぁ・・・」

それと同時に、

「はぁ・・・」

ユリカの口からも溜息がもれた。

「え?」

ルリはびっくりして、もう一度彼女の顔を覗き込んだ。

しかし、さっきと変わらず彼女の瞳は閉じられたままである。

「ユリカさん?」

「ふえ?」

ルリが声をかけた瞬間、ユリカのまぶたが開いた。

黒い瞳に自分の顔が映る。

知らず知らずのうちにかなり顔を近づけていたことを知って、

ルリは弾かれたようにとび退いた。

「お、起きてたんですか!?」

「ん〜〜〜」

ユリカは、じいっと目を凝らして、目をまん丸にしているルリを見つめていた。

しばらくそうしてから、何度か目を瞬かせて、

「あれ?・・・ルリちゃん?

 いつの間に来てたの?」

「いつの間にって・・・気づいてなかったんですか?」

「あはは、ごめんごめん。

 ちょっと考え事してたからさ。全然気がつかなかったよ」

「もうっ。驚かさないでください。

 寝てると思ったんですよ。

 起きてるなら起きてると言ってください」

「ごめんね〜。でも、よかった。

 いいタイミングでルリちゃんが来てくれて」

ユリカは悪びれる様子もなく、けらけらと笑った。

そんな彼女を、ルリは非難するように睨み付ける。

でも、怒る気にはなれなかった。

むしろ、言いようのない懐かしさが込み上げてきていた。

屈託ないユリカの笑顔は三年前と少しも変わっていなくて、

まるで離れていた空白の時間が嘘のようだ。

(まったく・・・相変わらずですね、この人は)

そう思ったら、急に目頭が熱くなって、目の前の景色が歪んだ。

熱いなにかが頬を伝う。

「あ、あれ?」

最初、ルリは自分が泣いていることにさえ気づかなかった。

「私、泣いて・・・なんで?」

慌てて手の甲で目元を拭う。

しかし、涙は後から後から止め処もなく溢れてきた。

「ごめんなさい・・・泣くつもりなんてなかったのに、

 嬉しくて、安心したら、なんだか懐かしくて」

ルリはたどたどしく自分の気持ちを伝えようとした。

それでも胸中に溢れてくる感情を持て余し、どうすればいいのかわからない。

しゃくりあげてしまうのを必死に堪えて、なおも言葉を紡ごうとする。

その肩にふわりと手が添えられた。

「え?」

ルリは顔を上げることができなかった。

心地よい温もりが押し付けられ、身動きがとれない。

ユリカに抱きしめられているのだとわかったのは、

彼女の声がすぐ上から聞こえてきたときだった。

「ごめんね」

ユリカが、ぽつりと謝罪の言葉を口にした。

あまりにも短い言葉だったが、ユリカの意図はしっかりとルリの心に届いた。

なにより、抱きしめられているだけでも、彼女の思いは伝わってくる。

さらにユリカは、まるで宝物を愛でるかのように、優しくルリの頭を抱き寄せた。

「ただいま」

そのたった一言で、ルリの心はぐちゃぐちゃに乱されてしまった。

ずっと待ち望んでいた言葉に、抑えていた感情が爆発する。

とうとう堪えきれなくなって、ルリは嗚咽をもらした。

ユリカの胸に顔を押し付け、背中に回した腕に力を込める。

「おかえり・・・なさい」

ルリはやっとの思いで、ユリカに答えた。

もう自分は新しい居場所を見出している。

大切な過去もきちんと清算した。

それは間違いないのに、心の奥底ではずっと取り戻したいと願っていたに違いない。

ユリカが子供をあやすように背中を叩くのを感じながら、

ルリは彼女の腕の中で肩を震わせていた。





どれくらいそうしていただろうか。

ユリカがそっとルリの身体を押し離した。

「もう大丈夫だよね、ルリちゃん。

 ほらほら、いつまでも泣いてたら美人さんが台なしだよ?」

からかうように言われたルリは、かあっと頬を赤くした。

もうとっくに落ち着きを取り戻してはいたが、

なんとなく心地よかったので、されるがままにしていたのだ。

ユリカもそれを知っていて声をかけたのだろう。

ルリは、むすっとした様子で、素っ気なく言った。

「か、からかわないでください」

精一杯取り繕ってみせたのだろうが、全然そうは見えない。

ユリカが、くすくすとおかしそうに笑った。

「ゆ、ユリカさん・・・!」

ルリは耳まで真っ赤にした。

「だから、からかわな―――」

「じゃあ、そろそろ行くね」

唐突に、ユリカが真剣な顔になった。

文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけていたルリは、

ぽかんと間抜けな表情で固まってしまう。

「出発前にルリちゃんとお話できてよかったよ」

「え?出発って・・・どこへ行くつもりですか?」

「アキトのところ」

「ッ?!」

ルリは息をのんだ。

驚きすぎて言葉も出てこない。

事もなげにユリカが言うので、彼女の言葉を理解するまでにかなりの時間を要した。

(い、今、なんて・・・?)

(アキトさんのところへ行く?どうやって?)

(居場所を知ってるの?)

疑問や疑惑が頭の中を駆け巡る。

混乱しているルリに、ユリカは神妙な面持ちで語りかけた。

「アキトがどこにいるのか、今ならわかる気がするの。

 私のことは心配いらないよ。

 きっとアキトのところへ行けると思う。

 だから―――」

ユリカは申し訳なさそうな響きを滲ませながらも、決意のこもった口調で告げる。

「だから、今は黙って行かせてほしいんだ」

ルリは真意を探るようにユリカの瞳を覗き込んだ。

ユリカも目をそらさない。

互いに一言も喋らないまま、じっと見つめあう二人。

数秒か、あるいは、数十秒か。

どれくらい睨み合っていたかはわからないが、

結局、先に音を上げたのはルリのほうだった。

「わかりました」

諦めたようにつぶやいて、溜息をつく。

「どうせ駄目だと言っても、聞く気はないんでしょう?」

「ルリちゃん・・・」

「行ってください、ユリカさん。

 きっと今のアキトさんと渡り合えるのは、あなたくらいです」

ルリは苦笑まじりに言った。

彼女が彼のもとへ辿り着ける保証はないとか、身体の具合が心配だとか、

その他にも不安な要素は多々ある。

それでも、決意を固めた彼女を無条件に信頼するのは、何年も前から変わっていない。

「こっちのことは心配しないでください。

 みんなには私のほうから説明しておきます」

「ありがとう、ルリちゃん」

「でも、絶対に無理はしないでください」

「・・・そうだね、気をつけなきゃ・・・いけないよね」

ルリはベッドから数歩下がって距離を置くと、にこりと微笑んで手を振った。

「いってらっしゃい、ユリカさん」

「うん、いってくるね」

ユリカが手を振り返す。

それから、すっとまぶたを閉じた。

彼女の身体に光の模様が浮かび上がる。

「ごめんね」

ユリカがつぶやいた瞬間、狭い医務室にまばゆい閃光が走った。

一瞬、ルリは目をつむる。

光が収まり、再び目を開けたときには、彼女の姿は消え去っていた。

余韻にひたるように、ルリはしばらく空になったベッドを眺めていた。

ふと我知らず笑みがこぼれた。

今度、ユリカがひょっこり戻ってきたときには、あの人も一緒かもしれない。

漠然とした期待に心を躍らせる。

しかし、このときのルリは知らない。

その予感が近い将来に現実のものとなることを。

そして、再び別れが訪れることも、このときの彼女は知るよしもなかった。






「ば、馬鹿な・・・」

アキトはかすれた声でつぶやいた。

しかし、それ以上の言葉は続かず、ぱくぱくと口を動かす。

なんの前触れもなくボソンアウトしてきたのは、一人の女性だった。

彼女は、驚愕の表情のまま固まっている彼を前にして、安心した顔になった。

「あ、よかった。やっぱりここだった」

アキトの膝の上に抱かれる形で、彼女は照れくさそうに首をかしげた。

「ええっと、まずは・・・久しぶり・・・でいいのかな?」

「・・・」

アキトは返事をすることができなかった。

目の前にいるのは、自分が必死で助け出そうとした女性。

そして、もう二度と会うまいと心に決めていた女性。

今頃、彼女はナデシコの仲間達と共に地球へ帰っているはずだ。

少なくともアキトはそう思っていた。

だからこそ、心の準備などしていたはずもなく、

不意をつかれて再会を果たしてしまった彼が受けた衝撃は計り知れない。

しかし、アキトはかすかに残っていた冷静な部分で考えた。

(なんで俺の場所がわかった?)

その疑問を察したかのように、彼女―――ユリカはおもむろに口を開く。

「アキトが生きてるって話は聞いてたの。

 だからね・・・考えたんだ。

 私がアキトならどうしただろうって。

 自分だけ助け出されて、アキトが捕まったままだったら、

 私はどうしただろうって考えたの」

「だから、か・・・」

「うん。今ならまだアキトは自分のエステの近くにいると思ったんだ」

ユリカの口調は自信に満ちいていた。

なるほど、とアキトは納得する。

今の自分の乗機は、ナデシコA時代の機体に改良を加えたもので、

外観にはその趣を残しているが、中身はほとんど別の機体と言っても過言ではない。

しかし、コックピット部に関してはそうではなかった。

当時の機体のそれを丸ごと移植し、多少のバージョンアップを加えて流用しているのだ。

かつて自分のエステに乗ったことがある彼女なら、ここをイメージできたのもうなずける。

反面、アキトは、そんな馬鹿な、とも考えた。

一体、何年前のことを覚えているというのだ。

そもそも当てがはずれて、見当違いのところにジャンプしたらどうするつもりだったのか。

どう考えても無謀で、軽率すぎる彼女の行動だが、

そこに昔と変わらぬ彼女を感じて、胸の奥が熱くなる。

だが、そんな思いが膨らめば膨らむほど、アキトはかたくなに彼女を拒むのだった。

「お前がここに来られた理由はわかった。

 でも、ここに来る必要はない。

 お前は今すぐみんなのところへ帰れ」

「やだ。一人で帰るなんて絶対やだ。

 帰るのならアキトも一緒に帰ろう?」

「無理だ」

「どうして?」

「・・・」

アキトは返事に窮して押し黙った。

ユリカにだけは今の自分を見られたくなかったのだ。

もし自分の犯した罪を知れば、彼女は一体どんな反応を見せるだろうか。

それを考えただけで、どうしようもなく恐ろしくなる。

ふとユリカのほうを向くと、彼女は真っ直ぐに自分の顔を見つめていた。

彼女の視線は決して威圧的ではないのに、もう逃げられないと思わせる不思議な力がある。

下手な言い逃れは通用しないだろう。

アキトは覚悟を決めた。

「俺はもうお前の知っているテンカワ・アキトじゃないんだ。

 コロニーを壊した。人も殺した。

 それも数え切れないくらい・・・」

今にも泣き出しそうな、不安と悲しみに満ちた表情で告白した。

ユリカはなにも言わずに、じっとアキトを見つめている。

いたたまれなくなって、アキトは顔をそらした。

「今の俺はただの犯罪者なんだよ。

 手は血まみれだし・・・体だって・・・。

 とにかく俺にはもうみんなのところへ帰る資格はない。

 帰ろうとも思わない。

 だから―――」

今度は正面からユリカを見据える。

「帰るのはお前だけだ。

 お前はすべてを忘れて、普通の暮らしに戻ってくれ」

アキトはありのままの真実を包み隠さずさらけ出した。

ユリカがどう返答しようとも、それを受け止める覚悟はできていた。

なんでそんなことを、と嘆くだろうか?

信じられない、と蔑むだろうか?

もしかすると、人殺し!と罵るかもしれない。

しかし、ユリカが見せた反応は、アキトの予想を大きく上回るものだった。

「無理だよ、アキト」

寂しさとも諦めともとれる表情を浮かべ、頭を振る。

それだけだった。

「もう・・・無理なんだ」

同じ調子でユリカは繰り返した。

辛らつな言葉の一つ二つを覚悟していたアキトは、拍子抜けしてしまう。

一方で、彼女らしからぬ弱々しい雰囲気に、妙な胸騒ぎも覚えた。

「どういう意味だ?」

「・・・」

アキトの問いには答えず、ユリカは静かに目を伏せた。 

なにかを念じるような、あるいは精神を集中させているような雰囲気。

「なにをしているんだ?」

もう一度そう尋ねた矢先、ユリカのまぶたがゆっくり開けられた。

その奥に輝くものを見つけて、アキトは息をのんだ。

ぞくりと全身の毛が逆立つ。

「お、お前・・・!その目は!?」

自分を見つめる彼女の瞳は、先ほどまでの黒色ではなかった。

数え切れないほどの細かい光の線が、ちらちらと瞳の奥を駆け回っている。

おそらくそれが原因となって、彼女の瞳はさまざまに色を変えた。

また、光の線は瞳の中だけに収まらず、

そこから溢れ出したように、顔全体がきらびやかな模様で埋めつくされている。

マシンチャイルドと見まがう彼女の容貌。

それは間違いなく人体実験の後遺症である。

たまらずアキトは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。

激しい怒りで全身が震える。

このときになって、初めてアキトは己の行為を後悔した。

(甘かった・・・!)

(こんなことなら、火星の後継者など皆殺しにしてやればよかった!)

一度はおさまっていたどす黒い感情が、再びアキトの中で燃え上がる。

(今からでもボソンジャンプで戻って、息の根を止めてやる!!)

しかし、

「アキトもなんだよね?」

突然、そんなふうにユリカに尋ねられて、アキトは、はっと我に返った。

「実は私・・・アキトがぼんやりとしか見えてないんだ。

 声もね、あんまり聞こえないの。

 ・・・アキトもそうなんでしょ?」

「な、なにを根拠にそんな―――」

「ばればれだったよ、アキト」

ユリカは、くすっと力なく笑った。

「だって、会った瞬間から、アキトの顔ってば光りっぱなしだったよ?」

「ッ!」

アキトは驚いて、モニタを鏡代わりにして自分の姿を確認した。

ユリカの言うとおり、自分の顔は動揺している己の感情を如実に表し、

今の彼女と同じく光の紋様を顔中に浮かべていた。

「だからね・・・もう無理なの」

ふいにユリカの身体から力が抜けた。

「私も・・・昔のようには、戻れな・・・」

「おい!どうした?!」

「それに、アキトを忘れるなんて・・・できないよ。

 アキトはぼろぼろ・・・体で戦ってくれた。

 やっぱり、アキトは私の知ってるアキ・・・」

「もういい!喋るな!ユリカ!!」

「ふふ・・・やっと名前・・・呼んでくれた・・・ね」

「馬鹿!そんなこと言ってる場合か!」

ユリカは満足げ笑みを口元に浮かべて、それを最後に目を閉じた。

かくりと首が折れ、力の抜けた彼女の体が重くなる。

アキトは全身の血が凍りついた気がした。

「ユリカ!しっかりしろ!ユリカ!ユリカァ!!」

泣き叫ぶように彼女の名前を連呼し、肩を揺する。

彼女は答えない。

しかし、まだかすかに息はある。

アキトは彼女の体を強く強く抱いた。

(絶対に助けるからな・・・!)

そう誓って、アキトはすぐに行動を起こす。

もう火星の後継者への憎しみや、罪の意識はどこかに吹き飛び、

彼女を遠ざけようとしていたことさえ忘れていた。

それは復讐鬼という仮面は脱ぎ捨てた彼が、

初めて自分の純粋な感情をあらわにした瞬間だった。












<あとがき>

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

イメージしたのは『再開』。

劇場版直後から、身勝手な設定を加えて書かせてもらいました。

拙い文章ですが、またお付き合いいただければ幸いです。

本当にありがとうございました。

 

 

 

第二話