ある日の朝刊の一面を、こんな記事が飾った。


【謎のテロリスト 火星の遺跡を襲撃】


新聞だけにとどまらず、テレビやインターネットなど、

あらゆるメディアが、この事件は取り上げた。

しかし、犯人の素性、動機は一切不明。

なにせ、犯行に及んだ張本人は、遺跡と一緒に消し飛んでしまっているのだ。

断片的な情報から、過去にコロニーを襲撃した“幽霊ロボット”と関連があるのでは、

と推測されたが、それを断定する証拠も見つかっていない。

結局、世間を騒がせた遺跡襲撃事件は、

犯人死亡・真相不明という後味の悪い幕引きとなる。

それでも、歴史的建造物の損失が悔やまれたこと以外には、

この事件に関する物的、人的被害はゼロ。

一般の人々の生活にも、これといった悪影響は出ていない。

そのため、衆人の事件への関心は、思いのほか早く薄れていった。

例外として、ごく少数の人間を除いて―――。






「いったいコレはどういうことなのか・・・きっちり説明してもらうぜ」

統合軍所属のエステバリスパイロット、スバルリョーコは言った。

正面にいる少女、ホシノ・ルリを真っ直ぐ睨む。

その口調、視線は、まるで尋問する刑事のようだ。

リョーコとルリは戦友と呼べる間柄にあり、とても親しい友人である。

また、ルリと対峙しているのは、リョーコだけではなかった。

まずは、売れっ子漫画家のアマノ・ヒカルに、

とあるバーのママさんをしているマキ・イズミ。

なぜか、教師を務めるハルカ・ミナトと、

彼女のもとで暮らす現役女子高生、白鳥ユキナ。

さらには、声優兼俳優のメグミ・レイナードに、

下町で修理工を営むウリバタケ・セイヤまで。

みんな、リョーコと同じく、戦友という絆をもつルリの仲間である。

にもかかわらず、対峙する両者の間には、いつになく険悪な雰囲気が漂っていた。

その理由は、一同が取り囲むテーブルの上の新聞だった。

新聞社はまちまちだが、いずれも遺跡襲撃事件の記事が、大々的に載っている。

バンッ。

リョーコは散らばった新聞の上に手をついた。

「どう見ても、この犯人は、アキトとユリカだろ。

 まさかだませたとは思ってねえよな」

「・・・」

ルリは黙って、リョーコが押さえた新聞を見つめていた。

リョーコの口調が厳しくなるのは、純粋に真実を知りたいと思っているからだ。

全く怒っていないかと言えば、嘘にはなる。

それでも、仲間達が一同に会したのは、寄ってたかってルリを叱責するためではない。

みんな、おそらくなんらかの形で関与したであろうルリから、

事情を聞くために集まったのだ。

「ルリルリ〜。私達、別に怒っているわけじゃないのよ?」

黙り込んだルリを見かねて、ミナトが困ったように声をかける。

「ただ、どうも仲間外れにされていたみたいだから、ちょっと寂しいかなあ、って」

「そうそう!どういうつもりよ、あんた!?

 自分だけグルになって、こそこそしてるなんて!」

と悔しげにユキナ。

ヒカルも相槌をうった。

「だよねえ。どう見たってコレ、計画的犯行だよねえ」

「蚊帳の中には入れてもらえず、か」

イズミが、ぼそりとつぶやく。

「確か・・・“遺跡”を壊すと、歴史が変わっちゃうんですよね?

 でも、なにも起こらなかったってことは―――」

「“遺跡”は、今もどこかに存在している、ってわけだな」

メグミの言葉を引き継いで、ウリバタケは言った。

そこに、ジュンが指摘を加える。

「火星の遺跡から運び出したのなら、ボソンジャンプを使ったとしか考えられませんね」

「そして、そんなことができるのは、A級ジャンパー。

 そこまで考えれば、犯人は決まったも同然。

 まあ、全員、考えるまでもなかったとは思いますが」

サブロウタが小さく肩をすくめる。

「でも、おかしくないですか?

 ボソンジャンプを使ったなら、ボソン反応が出るはずですよ。

 でも、センサーにはなにも・・・」

最後に、ハーリーが疑問を投げかけた。

仲間達の視線が、ルリに集中する。

それを、ルリは顔を上げて受け止めた。

「まず・・・みなさんに謝らせてください。

 理由はどうあれ、みなさんをだましたことに変わりはありません」

一呼吸置いて、頭を下げる。

「本当にごめんなさい」

ルリはテーブルに額をぶつけるくらいに、深々と頭を下げた。

その平身低頭ぶりに戸惑ったのは、仲間達のほうだ。

「お、おい!そんなかしこまんなって・・・!」

「そうよ、ルリルリ!

 私達は、ちゃんと説明さえしてもらえば・・・ねえ?」

そうだ、そうだ、と一同はうなずく。

促されてから頭を上げると、ルリはおもむろに口を開いた。

「では、この事件に関して、私の知りうること全てをお話します」




時間を一ヶ月ほど遡る。

五月上旬の某日。

仕事を終えたルリは、一人で宿舎の門をくぐった。

季節はもう春だというのに、珍しく肌寒い夜で、なんとなく自室へ向かう足を早める。

帰ったら、まず暖かいシャワーを浴て・・・。

その後はメールをチェック・・・。

などと考えながら歩いているうちに、自分の部屋に到着した。

自室のキーも兼ねている宇宙軍のIDカードを取り出し、

扉の横にあるカードリーダーに通す。

ピッという電子音と同時に、赤かったランプが緑色に変わった。

シュンッ。

軽やかな音を立てて、入り口の扉がスライドする。

部屋に入ろうと足を踏み出しかけたところで、ルリは硬直した。

「あ!おかえり、ルリちゃん!

 そろそろ帰ってくる頃だと思ってたよ!」

「・・・」

シュンッ。

ルリは無言で扉を閉めた。

本当にここは自分の部屋だったかな?と表札を確認する。

間違いなく見慣れた自分の部屋の番号だった。

ならば目の錯覚だろう。

あの三人が自分の部屋に居座り、クッキーなどのお菓子を広げ、

のん気にお茶をすすっているなんて、目の錯覚に違いない。

そう思い込んで、もう一度確かめてみようとしたところで―――

シュンッ。

今度は勝手に扉が開いた。

「なにやってるの、ルリちゃん?

 寒かったでしょ?

 ささ、はやく入って入って」

見間違いと思いこんだ人物の内の一人―――ユリカが顔を出し、

満面の笑みで、がしっとルリの腕を掴んだ。

そのままルリは、ほとんど引きずり込まれるようにして部屋に入った。

やはり目の錯覚ではなかったようだ。

お菓子が盛られた大皿を中心に、四つの座布団が敷いてある。

入り口から見て、右側にアキト、その向かいにユリカが腰掛け、

二人の間に桃髪色白の少女、ラピスが座っていた。

そして、ここに座れと言わんばかりに、一番手前の座布団が空けられている。

しかも、お気に入りのマグカップまで用意してあり、

淹れたてと思われるお茶がほかほかと湯気が立てていた。

それを見た瞬間、戸惑いは呆れに変わった。

ルリは、がくっと肩を落として、疲れた口調で尋ねる。

「一体、どうやって・・・いえ、それより、どうしてここにいるんですか?」

「うん。実はルリちゃんに大事な話があるんだ。

 メールや電話じゃなくて、直接ルリちゃんに伝えなきゃいけない大事な話」

「はあ。まあ、それはいいですけど―――」

いや、動機がなんであれ、ユリカ達が行ったのは不法侵入である。

決して褒められた行為ではないのだが、ルリはこの際気にしないことにした。

「よく今日、この時間に帰ってくることがわかりましたね」

「それはね、ラピスちゃんのおかげなんだ。

 ルリちゃんが帰ってくる時間わかる?って聞いたら、

 簡単だよ、ってすぐに調べてくれたの」

ユリカが悪びれる様子もなく、ころころと笑いながら言った。

なるほど、軍のコンピュータに侵入して、

スケジュールやら入出港の記録やらを拝見したらしい。

自分と同等の情報処理能力をもつ、マシンチャイルドである彼女ならば、

ネット検索程度の手間で、事もなげに済ませてしまったことだろう。

そう思ってふと正面の少女を見ると、

「ぶい」

ラピスは得意げにブイサインを作っていた。

ルリは大きく息を吐いた。

「ラピス・・・まったく、あなたという人は・・・」

「突然ですまなかったね、ルリちゃん。

 迷惑だとは思ったんだけど・・・。

 でも、もう俺達とは連絡が取れなくなるだろうから、

 どうしても話をしておきたかったんだ」

神妙な調子で言うアキトに、ルリは言い知れぬ胸騒ぎを覚える。

「その・・・大事な話っていうのは?」

「まあまあ、それもあるけどさ。まずは一息つこうよ。

 お仕事で疲れてるでしょ?ルリちゃん」

座って座ってというふうに、ユリカはぱんぱんと座布団を叩いた。

「はあ」

促されるままにルリは腰を下ろす。

ここは私の部屋なんですが、

とちょっとじと目になりながら、勝手知ったる我が家のように振舞うユリカを見た。

この無邪気なふてぶてしさが、彼女らしいといえば彼女らしい。

まあ、いいか、久しぶりに顔を見ることができたし。

驚き呆れたのも束の間、ルリはようやく込み上げてきた喜びに胸を高鳴らせ、

目の前にあったマグカップを手に取った。

「じゃあ、改めて・・・おかえり!ルリちゃん!」

「おかえり」

「おかえり、ルリちゃん」

「ただいま」

笑顔で迎えてくれる三人を前に、ルリの顔にも自然に笑みが浮かんだ。

なんだかくすぐったい気持ちが込み上げてきた。






「ほ、本気ですかっ?!」

思わずルリは手に持っていたマグカップを床に叩き付けた。

幸い、すでに中身は飲み干していたので、床がびしょ濡れになることなかった。

「本気で言ってるんですか?!」

ルリは大声で繰り返し、アキトとユリカの顔を交互に見た。

一頻り無駄話を楽しんだ後、いよいよ聞かされた二人の重大発表。

その現実離れした内容に自分の耳を疑った。

目を丸くしているルリに、アキトは重々しくうなずいた。

「俺に、このままのうのうと生きていく資格はない。

 だから、考えたんだ。

 なにかできることはないかって」

「それがどうして遺跡と自爆することになるんですか?!」

「自爆じゃなくて、自爆したように見せかけるだけだよ。

 その前に、遺跡を襲ってテロリストを装うけどね」

「そ、それはそうですけど・・・。

 でも、いくらなんでも無茶苦茶です!」

ルリは戸惑うあまり感情的な物言いになってしまう。

そんな彼女を説得するように、ユリカは穏やかな口調で言った。

「昔も私達は遺跡を跳ばしたことがあったよね?

 そのときルリちゃんが私に尋ねたこと、覚えてる?」

「・・・『ユリカさんにとって、大事なものってなんですか』?」

「うん、そう。

 あのときは答えられなかったけど・・・今なら迷わない。

 私はアキトのために私の力を使いたいの。

 それに、これは私にしかできないことなんだよ。

 イネスさんも言ってた。

 私はこの世界で一番遺跡に近しい人間なんだって」

ユリカはその瞳に真摯な光を灯して言った。

彼女のボソンジャンプに対する適正は、全人類中最高。

それは間違いないだろう。

ボソンジャンプに関するパラメータとして、遺跡へのイメージ伝達率というものがある。

簡潔に言うと、それはどれだけ正確に目的に着けるかを示すものだ。

そして、ユリカのイメージ伝達率は、ほぼ100%という驚異的な数値を示す。

遺跡に近しい、とはそういうことだ。

しかも、遺跡と融合という前代未聞の体験を経て―――

というよりは後遺症のようなものの影響で―――

彼女のボソンジャンプはさらにその本質に近いものへと進化していた。

ボソンジャンプは空間跳躍に見えるが、実際に行われているのは時間跳躍。

したがって、彼女の言うとおり理論上は可能であるはずなのだ。

タイムスリップさえも。

「だけど、私達の自分勝手のために、

 ルリちゃんの思い出まで奪うことはしたくないし、しちゃいけない。

 アキトもそう思ってる。

 だから・・・」

「だから、ボソンジャンプを使って一芝居うつ、というわけですか」

「うん。俺達が遺跡を狙い、ルリちゃん達がそれを防ぐ。

 戦闘の結果、惜しくも遺跡は破壊されてしまう。

 世間がそう思い込めば、誰も遺跡をどうこうしようなんて思わないだろうから」

「『謎のテロリスト、遺跡と一緒に消滅』。

 そんな記事が出れば理想的だね」

「もうミスマル提督には話を通してあるんだ」

アキトとユリカの説明を聞いたルリは、俯いて押し黙った。

すでに彼らの計画は、自分が止められる段階をとうに通り過ぎていた。

大体、一度言い出したら聞かないユリカと、意地っ張りなアキトのことだ。

この二人の意志捻じ曲げるのは、決して容易いことではない。

「やめてくれないなら、私は手首を切って死にます!」

と言えるくらいの覚悟があれば、

もしかしたら思い直してくれるかもしれない。

しかしルリには手首を切る覚悟などなく、その必要もないように思えた。

確かに最初は驚いたものの、

今は驚くほどすんなりと二人の言い分を受け入れている自分がいる。

いつかこういう日が来ると覚悟していたかのように。

なにより、アキトとユリカは彼らなりに前へ進もうとしているのだから、

止めるよりもむしろ応援したいと思う気持ちのほうが強かった。

彼らの行為が世界にどんな影響を及ぼすのか。

そして彼ら自身はどうなってしまうのか。

先の見通しは全く立たず、確かな保証など一つもない。

それらを十分承知した上で、ルリは二人の背中を押してあげたいと思ったのだった。

ただ一つ、気がかりがあるとすれば―――。

「他のみんなに・・・特に、ジュンさんやサブロウタさん、

 あとハーリー君にも教えてあげないんですか?

 彼らは、実際にアキトさん達と戦うことになると思うんですが」

「教えたいのは、やまやまなんだけど・・・。

 敵をだますには、まず味方から、っていうしね」

「みんなには俺達を本当のテロリストと思って応戦してほしいんだ。

 だから、必要最低減の人にしか話せないんだよ」

「そうですか・・・」

自分で尋ねておきながら、ルリは反論しなかった。

仲間達をだますことに後ろめたい気持ちがないと言えば嘘になる。

しかし、アキトとユリカの手助けをすると決意したのだ。

たとえ後で叱責を浴びようとも。

ルリは知らず知らずのうちに、顔を強張らせていた。

思いつめる様子のルリを慮って、ユリカは気楽に笑った。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。

 ジュン君達なら、すぐ私達だってわかっちゃうから、

 教えても教えなくても同じだよ」

気休めのような、のん気な発言だが、その内側には仲間達への信頼がある。

なにも知らされてなくても、彼らなら上手く対応してくれる。

そうユリカは言っているのだ。

彼女の自信満々の笑顔につられて、ルリも微笑んだ。

「それじゃあ、ルリちゃん―――」

不意に、アキトが口を挟んだ。

その表情は真剣そのもので、ルリを射抜くように見つめている。

「今度会うときは、敵同士だ」

「わかりました。そのときは、私も容赦しません」

アキトの迫力に臆することなく、ルリは真っ直ぐに見つめ返す。

今度は、ユリカが言った。

「絶対に油断しないことだね。私達は躊躇いなくルリちゃんにも引き金を引く」

そう断言するユリカの口調は、普段の彼女からは考えられないくらいに冷たい。

冗談でも脅しでもないということは、彼女の目を見ればわかった。

「遠慮なくどうぞ。二人がそうするというのであれば、私はあなた方を・・・」

そこで、ルリは微笑む。

「アキトさんとユリカさんを信じるだけです」

そう告げられたアキトとユリカは、驚いて目を見開いた。

だが、すぐに笑顔になって、口を揃える。

「ありがとう、ルリちゃん」

アキトとユリカが仲間達を信じているように、ルリも二人のことを信じているのである。

『敵を騙すには、まず味方から』

彼らはそう言っていた。

そして、ここでの敵とは世界全体。

なんとも巨大な相手ではないか。

それでも、アキトとユリカならば、遅れはとらないだろう。

論理的な根拠などなくても、ルリはそう信じることができた。






事件当日。

アキトとユリカがどう立ち回っていたのか、ルリも実際に見ていたわけではない。

敵を装っていた共謀者、ラピス・ラズリから聞いた話しか知らないのだ。

初め、彼女ら三人は、遺跡とは正反対の南極冠にいた。

アキトとユリカは同じ形の人型兵器、ブラックサレナに、

ラピスはその母艦であるユーチャリスに搭乗している。

まずは、火星の北極冠側にボソンジャンプ。

遺跡の護衛部隊、戦艦アマリリスの前に姿を見せ、適当に交戦する。

そして、遺跡襲撃の連絡が、宇宙軍総司令、ミスマル・コウイチロウの耳に入った頃、

ラピスのハッキングにより、アマリリスの動きを封じる。

ちなみに、コウイチロウはアキトらの計画に加担する数少ない協力者のうちの一人。

遺跡警護にアオイ・ジュンを選んだのも、

異常時には総司令部に即報告するよう計らったのも、彼である。

コウイチロウから、ナデシコが動き出したことを聞くと、

ユーチャリスはわざわざ遺跡とは正反対の南極冠にジャンプしなおし、

ルリが援軍として現れるのを待っていたのだ。

「ナデシコ、アマリリスのグラビティブラストを防御。

 損傷なし」

ラピスは船首で待機している二人に報告した。

予想どおりとしつつも、アキトが感嘆の声を上げる。

『さすがナデシコ、いや、るりちゃん、か』

『じゃあ、今度は私達の出番だね。

 ラピスちゃん!準備おっけー?』

「ジャンプフィールド、安定。

 いつでもいけるよ」

『それじゃあ・・・ジャンプ!』

ユリカが意気揚々と告げると、周りの風景が一変した。

目の前にアマリリスとナデシコが現れ、眼下には極冠遺跡が広がっている。

再び火星の最南端から最北端まで瞬間移動したのだ。

ユーチャリスの登場を待っていたかのように、ラピスの前にウィンドウが一つ現れる。

極秘通信。

ルリからの合図だ。

『いくよ・・・ラピス』

ウインドウ越しのルリが、小声で言った。

ラピスはうなずいて、すぐに戦艦アマリリスへのハッキングを中止する。

アマリリスのシステムを乗っ取ったのは、ナデシコと同士討ちをさせるためではない。

ルリに匹敵するハッキング能力を見せつけておくことで、

“電子の妖精”と称えられる彼女であっても、

簡単に取り押さえられる敵ではなかった―――そう思わせることが目的である。

ラピスはルリとの通信は切ると、今度はアキトとユリカに告げた。

「アキト、ユリカ。アマリリスのハッキングを解除したよ。

 私とルリは“目隠し”にまわるから」

『わかった。あとは頼んだ、ラピス。

 俺とユリカは戦場をかき回して時間を稼ぐ』

「了解」

『了〜解』

ラピスとユリカの返事と同時に、アキトのブラックサレナが飛び出した。

ユリカも後を追う。

こちらの二機が動くと、すぐにエステバリス隊が展開された。

アマリリスとナデシコも動き出している。

さすがは優秀な部隊だ。

アキトは前方から向かってくるエステバリスを警戒しながら言った。

『ラピス。ナデシコとアマリリスに応戦する必要はない。

 守りに徹するんだ』

「わかった。警戒するように見せればいいんだよね」

『ああ。ユーチャリスのフィールドなら、ナデシコにも引けをとらない』

『アキト、アキト!来たよ!来た!!』

ユリカが通信に割って入った。

早口に注意を促した直後、ブラックサレナとエステバリス隊の戦闘が開始される。

二機対五機の多勢に無勢。

その戦力差を、アキトとユリカは巧みな連携でカバーし、互角の戦いを繰り広げる。

ラピスは黒い二機の機動をしばらく不安げに見つめていた。

だが、自身に任された役割を思い出し、今後の作業手順を、ざっと頭に思い浮かべる。

1.相転移砲の発射準備を整える

2.頃合を見計らって、アキトらが“遺跡”を搬出する

3.ユーチャリスを撃破させ、遺跡に落とす

4.遺跡最下層部で相転移砲を発射する

ラピスは、まずはユーチャリスに新しく搭載した、相転移砲の発射準備に着手した。

相転移砲とは、相転移エンジンのメカニズムを応用したもので、

射程範囲に存在するあらゆるモノを、空間ごと消滅させるという凶悪な兵器だ。

しかし、この兵器こそが、今回の作戦において、

遺跡と陰謀の証拠をまとめて消し去るために必須のものだった。

「全システム、正常」

続いて、ラピスは相転移砲の発射準備に移った。

発射は手動で行うのではなく、自動で行われる。

そのタイミングは高度。

ユーチャリスが遺跡の最下層部に達した時点で、トリガーが引かれるように設定する。

こうしておくことで、墜落していくユーチャリスが、

あたかも動力炉を暴走させて自爆したように見せかけつつ、相転移砲を発射。

全てを消し去ってくれるという寸法である。

なお、相転移砲ユニットは、ディストーションブロックと呼ばれる防御機構で、

堅牢に護られている。

「発射タイミング、設定完了」

いよいよラピスは相転移砲のエネルギーのチャージに入る。

しかし、なんの工夫もなしに相転移砲をチャージすれば、

エネルギーの上昇が探知されるのは間違いない。

そこで、戦場にいる全戦艦のセンサーのみをハッキングし、偽の情報を流しておく。

これが“目隠し”。

情報処理能力に長けたラピスとルリの二人がかりならば、

ボソン反応だろうと熱量増大だろうと、誤魔化せない情報はない。

「チャージ開始」

ラピスが相転移砲のチャージを開始した頃、アキトがユリカも行動を起こした。

追っ手を引き離し、ナデシコのディストーションフィールドに突っ込んでいく。

間を置かず、フィールドが消失。

しかし、これはブラックサレナの体当たりによるものではない。

ルリがフィールドを破られた体で、密かに解除しただけだ。

ブラックサレナはそのままブリッジへ。

そして、ハンドカノンを構える。


ガァァァン!


ハンドカノンを撃つ―――と見せかけた―――瞬間、片腕が吹っ飛ばされる。

アキトとユリカは驚くこともなく後退し、ナデシコと距離をとった。

『いい腕をしているな。さすがだ』

『ナイスタイミングだったね』

通信機から、アキトとユリカの安堵の声が聞こえる。

言うまでもなく、二人がナデシコを討とうとしたのは芝居だった。

その狙いは、ナデシコとの敵対関係を強調することで、

ホシノ・ルリやネルガル重工との関連性を隠すこと。

だが、たとえ芝居であっても、ルリに銃を向けたくない。

アキトとユリカはそう言っていた。

(また同じことをしなくていいように、早く発射準備を整えなくちゃ・・・)

ラピスが作業を急ごうと思った矢先―――。


ドォォォン!!!


今度は、ユーチャリスを轟音が襲った。

『ラピス!』

『ラピスちゃん!?』

勢いよくウィンドウが飛び出す。

心配顔で覗き込むアキトとユリカに、ラピスは言った。

「だ、大丈夫!ちょっと驚いただけ・・・!」

『もう援軍来ちゃった!?

 ど、どうしよう!思ってたより早いし、多いよ!?』

『三隻か・・・仕方ない!

 予定より早いが、急いで“遺跡”を運び出す!

 ユリカ!操縦をオートに切り替えろ!』

『で、でも・・・!』

「私は大丈夫だから!急いで!

 チャージももう終わるよ!」

『うん!すぐ戻ってくるから!!』

通信機越しのユリカ達の気配がなくなった。

“遺跡”のもとにジャンプしたのだろう。

すかさず、ラピスとルリで完璧に“目隠し”した。

アキトとユリカの動きを模倣する、無人のブラックサレナが、

エステバリスを引き付けてくれてはいるが、

ユーチャリスのディストーションフィールドの出力は、

新たに現れた戦艦の砲撃により、ものすごい速度で低下していく。

この増援も計画の内だが、ユリカの言葉どおり、想定より数が多かった。

「もう少し・・・・」

ラピスは祈るような気持ちで、インジケータを見つめた。

表示されているチャージ時間は、あとわずか。

そのほんのわずかな時間が、何時間にも感じられる。

次第に、振動と騒音が激しくなってきていた。

(あと十秒だけがんばって!)

猛攻に耐えるユーチャリスと、自分を励ますように、心の中で叫ぶ。

それからすぐに、ラピスは目を輝かせた。

「・・・完了!」

「ラピスちゃん!」

ラピスとユリカの声は、ほとんど同時だった。

緊張が緩んだラピスの目に涙が浮かんだ。

「ユリカ・・・!」

「いける!?」

しゃくりあげそうになるのを我慢して、ラピスはうなずいた。

轟沈一歩手前の戦艦に一人取り残され、黙々と作業を続けていた彼女。

どれだけつらい思いをしていたかは、聞かなくてもわかる。

ユリカはラピスを優しく抱きしめた。

「お疲れ様・・・がんばったね」

ラピスもユリカに抱きついた。

しかし、のんびりとはしていられない。

「跳ぶよ、ラピスちゃん・・・ジャンプ!」

ユリカは一言断ってから、返事を待たずに、ボソンジャンプを敢行した。

ユリカとラピスの身体から光が溢れる。

一瞬の閃光が走り、二人の姿が消え去った。

直後、ブリッジは炎に包まれる。

ユリカ達が脱出するのと、ユーチャリスが墜ちるのは、まさに紙一重の差だった。






「もう行くの?」

ラピスは寂しそうに、アキトとユリカを見上げた。

三人がいるのは、ネルガルの月秘密ドック。

いつもならばユーチャリスが停泊しているエリアである。

火星から脱出し、ジャンプアウトしたら、ここに着いたのだ。

そして、到着して間もなくだった。

二人が、出発する、と告げたのは。

こうなることはわかっていたが、やはりラピスは寂しいと思わずにはいられなかった。

しょぼんと肩を落として、目を伏せる。

その心細げな様子は、まるで迷子の子供のようだった。

ユリカはラピスの真正面にしゃがむと、

「ほらほら、そんな顔しない。

 笑顔で見送ってくれるんじゃなかったの?」

と、ラピスの頬を指でつついた。

からかうようなユリカの言葉と、励ましてくれる視線が、

ラピスの心に改めて決意を蘇らせた。

(そうだよ・・・こうなることはわかってたんだから)

(私がルリの分もしっかり見送ってあげなきゃ・・・)

ラピスはユリカの瞳を見つめ返して、こくんとうなずいた。

「今まで、本当にすまなかった、ラピス。

 それから・・・ありがとう」

アキトはラピスの頭を撫でた。

その手には、一言では言い尽くせない感謝と謝罪の気持ちが込められている。

ラピスはくすぐったげに首を横に振った。

「ううん。気にしないで」

「私からもありがとう、ラピスちゃん」

ユリカはラピスを抱き寄せた。

別れを惜しむように、ぎゅっと彼女の細い身体を抱きしめる。

ラピスもそれに応えて、ユリカの首にしがみついた。

しばらくそのまま抱き合った後、ユリカはそっとラピスの耳元でささやいた。

「いよいよお別れだね」

「・・・また会える?」

「もちろんだよ。

 ね?アキト!」

「ああ」

まだ寂しさを引きずるラピスに、アキトとユリカは力強く答えた。

迷わず即答した二人の言葉は、自分を安心させるための嘘ではない。

二人が言うのだからきっと大丈夫だ。

そう思えた。

ラピスはもう一度だけ、ぎゅっとユリカに抱きつくと、自分のほうから身体を離した。

「がんばってね!」

「うん。ラピスちゃんも元気で」

ユリカは立ち上がり、二、三歩下がった。

アキトもならって、ユリカの横に並ぶ。

いつの間にか、ユリカの身体が光りだしていた。

次第に、その輝きは全身に広がり、アキトにも伝染していく。

二人がぼんやりと光に包まれたのを見て、ラピスは言った。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

笑顔で見送ってくれるラピスに、アキトとユリカも笑顔で答えた。

それをきっかけにして、二人から閃光が溢れる。

あまりのまぶしさに、目を覆った。

すぐに光はおさまり、次に目を開けた頃には、もう二人は目の前から消えてしまっていた。

ラピスは辺りを見渡した。

いないとわかっていても、なんとなく二人の姿を探してしまう。

やはりどこにもいない。

「行っちゃった・・・」

改めてそう実感すると、急に涙がこぼれそうになった。

脳裏に、これまでの数年間が蘇る。

アキトとユリカは空っぽだった自分にいろいろなものを与えてくれた。

一度は失くしてしまった人間らしさ、人との触れ合い方とその大切さ。

いつしか二人はかけがえのない存在となっていた。

だからこそ、ラピスは、最後まで付き添う、力になりたい、と訴えていた。

しかし、彼らはそれを認めず、自分にこの世界で生きることを望んだ。

だったら―――と、密かにラピスには決意していたことがあった。

たとえ一緒にいられなくても、精一杯生きていこう。

今度二人と会ったときには、もっと成長した自分を見せられるように。

それが、今までの戦いの日々に代わる新しい目標なのだ。

ラピスは、ごしごしと目を擦る。

そして、胸を張って歩き出した。






時間は現在に戻る。

「ふう・・・」

ルリは大きく息を吐いた。

事件の真相を話し終えた今、部屋には彼女一人。

仲間達はみな、納得して帰っていったので、

ようやく胸につかえていたものが取れた心地だった。

話の内容は、襲撃犯を装うとか、過去にタイムスリップするとか、

非常識極まりないものばかりだったが、誰一人として、反論、批判する者はいなかった。

「相変わらず無茶苦茶するわねえ・・・」

「くっそー!こんなことなら、オレも遺跡警備についてりゃよかったぜ!」

「やっぱり挨拶くらいはしたかったです」

「まあ、そのうち帰ってくるんじゃない?」

「それもそうだな」

などなど。

寂しがったり、悔しがったりはあったものの、

アキトとユリカ、そして、ルリが信じたとおり、仲間達はよき理解者だった。

彼らに感謝しつつ、ルリは少し休もうと、背もたれに体重を預けた。

「あれ?」

ふと出入り口に目をやったところで、ルリは首をかしげた。

観音開きの扉が閉まりきっておらず、若干隙間があいている。

最後に出ていった人が閉め損ねたのだろうか。

そこまで考えて、ルリは扉の隙間から部屋の中を覗く影に気が付いた。

思わず、くすりと笑う。

「入ってきてもいいですよ。

 みんな、もう帰ってしまいましたから」

扉に向かって言うと、桃色の髪の少女、ラピスが顔を出した。

一応、きょろきょろと中を見回してから、室内に滑り込む。

そのままルリのほうへ歩み寄ると、隣の席に腰かけた。

「私も話したほうがよかった?」

「ううん・・・初対面でいきなりっていうのは。

 まずは、みんなにあなたのことを紹介しないと」

「そっか。そうだよね」

「また日を改めて紹介します、って伝えたから、挨拶を考えておいてね」

「う・・・」

顔をしかめるラピスを見て、ルリは微笑んだ。

それから、何気なく窓の外を眺める。

「今頃・・・なにしてるのかな」

「あ、言い忘れてたけど・・・」

「なに?」

「前にユリカが、『ついでに新婚旅行しよう』って言って、

 アキトに呆れられてた、ことがあったよ」

「そう言えば、あの日はちょうど六月十九日・・・偶然?」

「さあ?どうかな」

「確信犯でしょ、絶対」

「たぶんね」

ルリとラピスは、くすくすと笑い合った。

六月十九日。

その日のことを、ルリは忘れたことはない。

アキトとユリカの新婚旅行の出発日。

そして、命日。

人の記憶に残りやすいのは、良くも悪くも、印象深い出来事であり、

ルリにとっての六月十九日は、あまりよい印象の日ではなかった。

でも、今は違う。

なぜならその日は、アキトとユリカの新たな旅立ちの日。

行き先は、火星。

もっとも、火星は火星でも、古代火星。


―――昔の火星に行って、“遺跡”の仕組みを教えてもらえばいいんだよ!


我ながらナイスアイデア!とばかりに言い放ったのはユリカだった。

この突拍子もない発言こそが、今回の計画の趣旨でもある。

“遺跡”を悪用させないためには、どうすればよいのか。

どこか遠くに跳ばしても回収された。

破壊も駄目。

だとすれば、残りは制御。

しかし、制御の方法がわからない。

わからないのなら、わかる人に聞けばいい。

それがユリカの提案だった。

しかし、今、思い返してみれば、計画にかこつけて、

新婚旅行を考えていたなどという可能性も否定はできない。

ルリは苦笑した。

「やれやれ・・・あの人はなにを考えているんだか」

「大丈夫だよ、ユリカなら。

 アキトもついてるしね」

「ええ、まあ、心配なんてしてないけど。

 なんと言うか、ユリカさんらしいと思って」

ルリはもう一度窓の外を眺めた。

その視線を追って、ラピスも窓に目をやる。

二人が見上げるのは、雲一つなく、どこまでも真っ青に染まった快晴の空。

それは、まるでルリやラピス、他の仲間達の心を映しているようで、

また、アキトとユリカの旅立ちを祝福してくれているようでもあった。

ルリは眩しそうに目を細めて、穏やかな口調でささやいた。

「いってらっしゃい、アキトさん、ユリカさん」












<あとがき>

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

イメージは『出発点』。

それぞれが新しい一歩を踏み出す。

その一歩が前進なのか後退なのかはわかりませんが、

まずは一歩を踏み出すことが重要で、また勇気を要します。

踏み出すことを恐れず、みんな前を向いて進んでほしい。

そう思って締めくくったつもりです。

私めの駄文に最後までお付き合いいただいた読者様に、心から感謝したいと思います。

本当にありがとうございました。







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代理人の感想
前に頂いた作品の改訂版です。
ハッピーエンドではないかもしれませんが、新しい、希望に満ちた旅立ちであったと思います。
前回のに比べてちょっとすっきりしすぎてるような気もしないではないのですが、まぁこれはこれで。



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