「新人類エヴァンゲリオンif」 Byプロフェッサー圧縮

    961129版Ver1.0

「・・・・・・ふぁ〜あ・・・・・・ぐーてんもるげん、シンジ。」

腫れぼったい目を擦りつつ、アスカはいつも通りキッチンに向かって挨拶を送る。

・・・が、返事を返す人影はなく・・・代わりに、ラップに包まれた皿が数点、テーブルの上にひっそりと置かれていた。

アスカは暫く、無言でそれらを眺めていたが・・・やがてラップを外し、ちょっと遅めの朝食に取り掛かる。サラダ類を中心とした、冷めてもまずくならないメニューには、葛城家の鉄人の気配りが見て取れる。

・・・だが少女は、ぼそりと洩らす。

「・・・・・・おいしくない。」

その背中は、ひどく小さかった。

何かが寒くて。

何かが足りなくて。

「・・・・・・バカ・・・・・・」

その言葉は、誰の耳にも届かず、消えた。

・・・・・・そう、本人の耳にも届かずに・・・・・・


新人類エヴァンゲリオンif 其の四「廻れメリーゴーランド(後編)」
In pursuit of happiness.


          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・綾波、入るよ?」

9時56分、綾波レイの部屋の前。

相変わらず鳴らないチャイムを早々に諦め、シンジはそっとドアを開ける。

「いらっしゃい、碇君。」

「わっ!?」

思わず、驚きの声を上げるシンジ。それはそうだろう。ドアを開けたらすぐに、人の顔が出てくれば。

「・・・どうかしたの?」

「あ、い、いや。な、なんでもないよ・・・そ、それじゃあ、行こうか?」

あたふたしつつ、ぎくしゃくと回れ右を敢行するシンジ。レイはその後ろ姿を、少しだけ見つめていたが・・・すぐにぱたぱたと、後を追い始める。

「・・・碇君。」

「え?」

あっという間に追い着いたレイは、シンジの袖を捕まえる。意外な行動に、シンジの動きが止まる。

「・・・あの・・・あのね・・・」

「な、何?」

頬を染めて俯くレイに、何故か顔が引きつるシンジ。だがそんな様子には気付きもせず、レイは蚊の鳴くような声で言う。

「・・・あの・・・わ、わ、わ、・・・私・・・どう?」

「・・・・・・え?」

思わず、問い返すシンジ。単に声が小さくて聞こえなかっただけなのだが、レイはますます真っ赤になってしまう。

「・・・あの・・・私、変?」

「え?・・・へ、変って?」

「・・・私の格好。」

「・・・あ、あぁ服装ね。」

言われて初めて、シンジはレイの姿に目を向ける。

萌木色のシャツに、ブルーのジーンズジャンパー。下はレザーのミニスカートに、太股まである黒のロングソックスと底厚のシューズ。そして頭には、小さめの帽子がちょこんと乗っかっている。

普段のレイからは想像も付かない、活動的なスタイルは意外なほど良く似合い・・・また、可憐でもあった。思わず、顔が赤くなるシンジ。

「・・・やっぱり、変なの?」

悲しげに顔を伏せるレイに、シンジは大慌てで弁解のようなものを並べ立てる。

「そ、そんな事無いよ!・・・そ、その格好・・・とっても良く似合ってる。」

「・・・・・・本当?」

「う、うん。」

「・・・良かった・・・」

思わず、口許が綻ぶレイ。それを見て、目を丸くするシンジ。

(・・・綾波が・・・笑ってる・・・?)

「・・・それじゃあ、行きましょう・・・碇君。」

「え?・・・あ、う、うん。」

促され、階段へと向かうシンジ。そのすぐ後に、ひっそりと寄り添うレイ。

その姿は・・・付き合い始めた恋人同士のようでもあり、喧嘩して仲直りしたばかりの兄妹のようにも見えた。

微笑ましくもありふれた、日曜日の風景である。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・・・・・・・・・・・まぢかよおい。」

たとえ世間一般様ではありふれていても、当事者によっては驚天動地の事実になる事もある。

ずり落ちた眼鏡を直しつつ、相田ケンスケは再びフレームを覗き込む。

そこには、どことなくぎくしゃくした動作の彼の親友と・・・何度か被写体にした少女が映っている。

「まさかとは思ったが、ホントにデートとは・・・しかも、お相手が《あの》綾波ときたもんだ。」

シャッターを切る事も忘れ、ケンスケは半ば茫然自失状態で呟く。

「・・・しっかし・・・昨日もそうだけど、ホントに綾波かぁ?双子の姉妹かなんかじゃないのか?」

ケンスケは、さほどレイの事を良く知っている訳ではない。否、何も知らないに近い。しかし学校に来ている時は、それなりに注目していた(稼ぐ為だが)。

だがそんなケンスケも、こんなレイを見るのは初めてだった。

絶対零度、と言われた雰囲気を強調していた白い肌には赤みが差し、機械的に真っ直ぐ前だけを見つめていた視線は下へ横へと忙しい。更に止めで、てこでも動かないと思われていた口の端が、本来の位置から微妙に上昇している。

・・・要約すれば「好きな奴の傍で幸せそうにしている」という一言で済むのだが・・・そう片付けてしまうには、その前の素行があまりにも問題であった。

「・・・コレは是非とも、真相を解明しなきゃな。」

呟き、追跡を開始するケンスケ。元々単なる冷やかしに来ていただけに装備は心許ないが、取りに戻っている暇はない。

「・・・・・・しっかし、《あの》綾波がねェ・・・・・・」

          ◇          ◇          ◇

「・・・も〜、何やってんのよ!そこでは横に並んで、手を握るんでしょうが!」

ケンスケと同時に動き出した人影は、苛立ちを言葉の端に滲ませていた。

ネルフ作戦部長、葛城ミサトその人である。

「まぁしょうがないですよ葛城さん。・・・そもそも、《あの》レイが《あの》シンジ君とデートなんですからね。コレだけでも、十分凄い事ですよ。」

「そうそう・・・しっかしシンジ君も、結構やるもんだねぇ。奥手だとばっかり思ってたんだけど。」

「でも、レイの方から誘ったんでしょう?・・・葛城さんの言葉を信じれば、ですけど。」

プロの動きを見せるミサトの後を、日向マコト・青葉シゲル・伊吹マヤのオペレーター三人衆は多少ばたつきつつもピッタリと追いかける。

何故彼らがここにいるのか?

『作戦部長として、自分の立てた作戦を最後まで見届けるのは当然です。』

『葛城さんに、じゃないレイに本貸したの私ですし・・・』

『何だかマヤちゃんが責任感じてるみたいだからほっとけなくて、さ。』

『作戦要員として葛城さんに駆り出された(涙)』

だそうである。

閑話休題、ミサトは彼らの呟きにまとめて答えを返す。

「シンジ君もレイも奥手だからこそ、私がわざわざ作戦立てたんじゃないの。・・・こんな初期段階で遅れが出てたんじゃあ、先が思いやられるわ。」

『それって、余計なお世話なんじゃあ・・・・・・?』

期せずして、同時に心の中で突っ込む三人衆。だがそれを口に出す事はなかった。

ここで一緒にこそこそしている以上、ミサトと同罪なのは明白だからである。

          ◇          ◇          ◇

「よっ、久し振り。」

「・・・・・・加持さん!?」

不機嫌、もしくは落ち込んでいると表現されるべき少女の表情が、驚愕一色に塗り返られる。

そこには、あるべき喜びはなかった。それほどまでに、葛城家に訪れた客は突然だった。

加持リョウジ。少女が−−−−−−アスカが憧れた男である。

「・・・・・・と、とにかく上がって?」

「いや、ここでいいよ。・・・ところで、シンジ君は?」

ぎこちなく笑みを浮かべるアスカに、リョウジは問う。少女が、今一番聞かれたくない事を。

「・・・・・・・・・あのバカなら、いないわよ。」

視線を外し、絞り出すように言うアスカ。その様子にリョウジは、次の質問を飲み込んだ。

「・・・そうか、シンジ君は留守か。そりゃ残念。」

リョウジは視線だけを天井に向ける。その仕草は一見おどけていたが・・・瞳の奥には、隠し切れない強烈な光が漏れいでている。

「・・・まぁ、しょうがないか。いきなり押し掛けた俺が悪かったんだ。」

軽く笑って、踵を返すリョウジ。ドアを開け、1歩踏み出し・・・ふと振り返ってみる。

そこには、先程と寸分変わらぬアスカがいた。自分には久しく、見せなかった表情だ。

「・・・じゃな、アスカ。また来るよ。」

そしてドアが閉まる直前、リョウジは聞いた。聞きなれた言葉を、聞いた事もない口調で。

「加持さん!これから、デートして!!」

          ◇          ◇          ◇

「・・・へえ〜、こんなところにこんな店があったんだぁ。」

住宅街の中にひっそりと佇む、アンティークな趣の小物店。表通りに面していない上に近くに店も無いので、近所の住民以外は「通」しか知らないと思われる、そんな店の前にシンジとレイはいた。

「・・・入りましょう、碇君。」

言って、木製のドアをあけるレイ。慌てて続くシンジ。

「・・・へぇっ・・・」

見かけの5倍はありそうな店舗には、カップや皿と言った定番小物の他に、セーター・ジーンズ・ベルトと言った衣類も、大量に陳列されていた。かなり高い天井からもそういった衣類がぶら下げられている様は、正に「所狹し」と言った表現がピッタリといえる。

シンジはそれらを半ば茫然と眺めていたが・・・ふとある事に気が付き、視線を同行者に向ける。

その同行者は何故か背を向け、下を向いていた。

「・・・綾波・・・?」

シンジの呼び掛けに、バネでも仕込まれていたかのように背筋を伸ばすレイ。恐る恐る振り向くと・・・訝しげなシンジの視線とご対面するハメに陥った。

「な、な、な、・・・なに?碇君。」

「・・・なに、って・・・ごめん、何でもないんだ。」

「そ、そう・・・良かったわね。」

不自然なうろたえ方をするレイに、何だか悪い事をしてしまったような気がするシンジである。レイの方も、どうやら自分が何言ってるか解らなくなっているようである。

そして見つめあい、沈黙。

『・・・モ〜、何ヤッテンノヨ頭脳体。何カ聞キタインジャナカッタノ?』

珍しく、初号機がシンジの脳裏でフォローを入れる。この手の事に関しては大抵静観を決め込んでいるのだが・・・このままでは日が暮れるどころか年が明けてしまうと判断したようだ。

「・・・あ、う、うん・・・あ、あのさ綾波・・・」

「・・・な、なに?」

「カップ、どこに置いてあるの?・・・ほ、ほら、何時までもここにいたら迷惑になると思うし・・・って、綾波?」

あからさまに強張ったレイの顔を見て、またまたまずい事を言ってしまった気分になるシンジ。・・・だがそれはある意味、当たっていた。

(どどどどうしよう葛城三佐から貰った作戦メモには目標(カップ)の位置なんて書いてなかったしけどでも私が知らないって言うのは明らかに不自然だしでもでも分からないものは分からないしけどけど私が知らないって言うのは不自然だしでもでも)

などと、シンジの言葉によってRS作戦のバグが暴露されたレイは、思考の無限ループにハマってすっかりオーバーヒートしていた。

「・・・綾波?大丈夫?」

フリーズしたまま動かないレイを心配して、近づくシンジ。それがある意味、事態を悪化させようとは全然気が付かない。当たり前かもしれないが。

(あああああ碇君が近づいて来るななな何か言わないとけどでも目標の位置は依然不明だし今から探査をするには装備が不足してるし碇君がここにいたらそんな事出来ないしあああああ碇君がもっと近づいて来るななな何か言わないと)

別タスクに切り替ってもやっぱり無限ループしちゃってるレイの都合などおかまいなしに、更にずずいと近づくシンジ。比例級数的に、顔が赤くなるレイ。

「・・・綾波・・・顔、赤いよ?ホントに大丈夫?」

(いいいいい碇君がこんな近くにそんな未だ早いわ作戦では送ってもらってからなのにでもでも結果的に同じなら問題はでもでもみんな見てるしでもでも碇君が望むのなら人前でだってでもでも作戦がでもでもしてもらっちゃえば関係ないし)

すっかりパニクって、思考が段々妙な方面へ傾き始めるレイである。止めとばかりに、肩にシンジの手が置かれる。

(ああ・・・いいわ碇君、好きにして・・・)

期待に胸をときめかせ、そっと目を閉じる少女。だが現実は、少女の甘すぎる期待に応えてはくれなかった。当然ではあるが。

「綾波!綾波!大丈夫!?しっかりしてよ!!」

頭部に集まった血ごと、かっくんかっくん揺さぶられるレイ。本気で気が遠くなりそうになりながらも、何とか言うべき事は絞り出す。

「・・・あ・・・だ、大丈夫・・・だから・・・あの・・・揺さぶるのは・・・やめて・・・」

「・・・・・・あ、ご、ごめん!」

即座に、手を離すシンジ。だが、少々遅かったようである。三半器官にダメージを被ったレイは、ふらふらとシンジの方へと倒れこむ。

「あ、綾波!?・・・ど、どうしよう。何処か、休めるところ・・・!」

パニックを起こしかけているシンジの声を聞いた瞬間、グルグル眼鏡状態のレイの瞳が突然シリアスに光る。

素晴らしいアイディアが、天啓の如く降臨したのである。

「・・・碇君・・・私、いいところ知ってる・・・」

「ホント!?どこなの!?」

「・・・この近所の喫茶店・・・」

「わ、わかったよ!そこに連れて行けばいいんだね!?」

「・・・うん。」

具合いが悪くなったのになにゆえ喫茶店なのか?などと言う疑問をカケラも抱かず、シンジはレイを半ば抱き抱えるようにして店を後にした。もちろん、主にレイの方から密着しようとしているのは言うまでもなかったりする。

(碇君に支えてもらってる・・・うれしい。予定外だけど・・・この方が、うれしい。)

もっとも当人、あまり自覚はないようである。

          ◇          ◇          ◇

「・・・見て見てぇ、加持さん!これ似合う?」

「ん〜、どれどれ?」

タカシマ屋三階、婦人服売場。

アスカの手には、セカンドインパクト直前に流行ったとされる「臍だしルック」があった。苦笑するリョウジ。

「アスカには、未だ早いんじゃないのかい?そういうオトナっぽい格好は。」

「あ、ひっど〜い!今時、このくらいみんなやってるわよぉ。」

「そうかい?俺はあんまり、見かけないけどな。」

「加持さんの周りって、ろくな女がいないのね。」

「・・・そうでもないさ。」

不意に目を細めるリョウジ。その表情からは、何を考えているのか伺い知ることは出来ない。

・・・だがアスカには、リョウジが今何を思っているのか、良く分かった。分かりたくも無かったが。

「・・・じゃあじゃあ、こっちなんかはどう?」

それでも明るく、アスカは別の服を物色する。

だって今は、憧れの加持さんとのデートなんだから・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・どう?」

「・・・もう、大丈夫。心配かけてごめんなさい、碇君。」

喫茶店「南の島」。

クリームソーダとレモンティーを挾み、シンジとレイは向かい合わせに座っていた。

「・・・とにかく、大した事が無くて良かったよ。」

ほっとするシンジに、複雑な視線を投げ掛けるレイである。

(ホントはあのまま座りたかったのに・・・)

「あのまま」とは、ここに来るまでの状態を指す。だがシンジが恒例の鈍感な勘違いを起こし「あんまり酷いようだったら、病院行こうか?」などと言い出したのである。

慌てたレイが、突然しゃっきりしたのは言うまでもない。

「・・・じゃあ、そろそろお店に戻ろうか?」

「え?」

「・・・だって、未だ買ってないだろ?カップ。今日はそのために来たんだからさ。」

「そ・・・そうね。」

レイのこめかみに、流れ落ちる一筋の冷や汗。昔通りの無表情を保っている為シンジには気付かれる事はなかったが、それで状況が好転する訳でもない。

(どどどどうしようこのまま戻ったらまた同じ事になってしまうででででも一体どうすれば)

又もやパニクって、視線を彷徨わせるレイ。頭の中で、ちっちゃなレイが大挙して右往左往する。

・・・と、その視界に、動くものがあった。

(・・・あれは・・・葛城三佐?)

そう・・・レイ達が座っている列の、席2つ離れたところで顔を半分覗かせて手招きしているのは、間違いなく葛城ミサトである。

稾をも掴む心境で、立ち上がるレイ。突然の行動に、キョトンとするシンジ。

「綾波・・・どうしたの?」

「何でもないわ・・・ちょっと、行って来るから。」

言うが早いか、すたすたと歩き去るレイ。

「・・・綾波、何処行くのかな?」

呟き、後を追おうとするシンジを止めるものがあった。初号機の声である。

『頭脳体・・・ココデ待ッテタ方ガイインジャナイノ?』

(どうしてさ?)

『ダッテ・・・追ッ掛ケテ行ッタラ、恥ズカシイ思イヲスル事ニナルワヨ?』

(恥ずかしいって・・・・・・?)

『ダカラァ・・・れいチャンダッテ、女ノ子ナノヨ?』

(・・・あ、そうか。)

『解ッテクレタ?頭脳体。』

(うん。・・・そうだよね・・・綾波だって、トイレにくらい行くよね。)

『・・・・・・・・・』

一見普通に見えて実は全然噛み合っていない会話をする二人(?)を尻目に、レイはミサト達のところに到着していた。

「レイ、何やってんのよ一体っ。」

「問題が発生しました、葛城三佐。」

詰め寄るミサトに、レイは昔通りの冷静な口調で報告する。

「問題って・・・何よ。」

「目標の場所が未確認でした。」

「目標って?」

「カップです。」

あっ、と言う表情になるミサトである。・・・言われてみれば、レイが知らないのはおかしいのである。

「・・・すいません。メモに書いておけば良かったですね。」

店の選定担当のマヤが、申し訳なさそうに首をすくめる。・・・本借りただけじゃなく、そんな事までやらせてたのか葛城ミサト。

「マヤちゃんのせいじゃないって。元はといえば、ズボラな作戦たてた葛城さんが・・・すいません、俺が間違ってました。」

殺気立った視線を受けて、いきなり謝ってしまうシゲルである。意外と根性が無い。

「・・・それよりどうします?あんまりこうしてると、シンジ君が心配してこっちに来ますよ。」

取り成しつつ、問題提起をするマコト。それを受け、ミサトは一瞬考え込んだが・・・すぐに目を開け、凛々しく宣言する。

「作戦を、一部変更します。レイ、このまま遊園地に行きなさい。誘い方はこうよ。いい?・・・」

真剣そのものの表情で、これからのデートについて打ち合わせるミサトとレイ。

その様子を三人は、半分呆れて見守っていた。

「しかし何つーか・・・作戦会議の時より真剣なんじゃないか?この二人。」

「・・・言えてる・・・」

「でも・・・女の子にとってはデートって、すっごく大切なものなんですよ。」

思わずまじまじと自分の顔を見つめる2対の視線に、恥ずかしげに下を向いてしまうマヤであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・何だかな〜・・・・・・」

すこし温くなって来たカフェオレをすすりつつ、ケンスケは呆れ顔で呟いた。

彼のポジションは、シンジとミサトの席を底辺とする、二等辺三角形の頂点の辺りである。ほぼ、ベストといえよう。

この位置だとシンジやシゲル・マコトコンビの顔は良く見えないが、元々そんなものはどうでもいいのである。

「しかしまぁ、おかしいと思ったら・・・まさかミサトさんが絡んでたとはね。」

鈍感お子様比率の高い2−A男子の中にあって、最も普通に近い感性を持つケンスケは、この光景でほぼ事情を把握した。

「・・・ま、人の恋路を邪魔する気は最初から無いし。いい写真が撮れればそれでいいさ。」

呟き、愛用のデジタルカメラに視線を落す。・・・不意に、このフレームに何度か収めた事のある、栗色の髪の少女が脳裏を過る。

「・・・・・・惣流の奴、今どうしているのかな?」

          ◇          ◇          ◇

噂されてもくしゃみ一つせず、アスカはカフェテラスでリョウジに話し掛けていた。

「・・・何か久し振りよね〜、ここに来るのって。」

「そうだな・・・アスカの水着を買いに来た時以来かな?」

「さっすが加持さん!良く覚えてるじゃない。」

「ひどいなぁ。俺は未だボケるような年じゃないよ。」

「あはははは・・・でもバカシンジだったら、絶対覚えてないわ。」

「そうなのかい?」

「そうよ!あいつバカな上に鈍感だから、そーゆー事は絶対に覚えてないわね。」

「・・・ふ〜ん・・・ところでどうだい、彼との生活は?幸せにしてもらってるかい?」

「な、な、な、何てこと言うのよ加持さん!」

「ははははは、すまんすまん。」

真っ赤になって喰ってかかるアスカに、大人の笑みで対処するリョウジである。だがそれも、アスカの次の言葉で一瞬にして変わる。

「・・・・・・大体、ミサトだっているんだし・・・・・・そもそもあいつに、そんな気無いもの。今日だって、ファーストとデートなんだし・・・・・・」

見た事も無い・・・そう、本当に見せた事のない顔だった。少なくとも、自分には。

だからかもしれない。少女には未だ早い、話すまいと思っていた事を口に出したのは。

「・・・なぁ、アスカ。人を好きになった事が、あるかい?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・へぇ〜・・・」

シンジは、感嘆のため息をついていた。本日二回目である。

新向ヶ丘遊園地。

セカンドインパクト後に作り直され、某米国映画会社のそれに優るとも劣らぬ規模を誇るようになった、日本最大級の巨大遊園地である。

「・・・入りましょう、碇君。」

言ってぎくしゃくと、シンジの手を取ろうとするレイ。だが先に言葉に反応したシンジは、さっさと入口へと歩き出してしまう。

「・・・あれ?綾波、どうしたの?早くおいでよ!」

そのままの体勢で固まっているレイに、不思議そうなシンジの声がかけられる。

「・・・・・・何でもないわ。」

ちょっぴりムッとしつつ、シンジを小走りに追いかけるレイ。そのまま「1日フリーパスカード」を改札機に滑り込ませ、シンジの横に並ぶ。

「・・・スゴイね、綾波!僕、こんなにおっきい遊園地って初めて見たよ!」

興奮しているのか、珍しく早口で捲し立てるシンジを・・・レイは幸せそうに見つめていた。

(碇君、すごく嬉しそう・・・・・・私も、嬉しい。)

さっきちょっぴり怒った事など、レイの脳裏にはカケラも残っていない。

「どれから乗ろうかな・・・綾波、どれがいい?」

「え?・・・そ、そうね・・・アレなんて、どう?」

いきなり振られて多少うろたえつつも、レイは作戦通りに、ある乗り物を指さす。

「・・・スーパーアクロバットジェットコースター?・・・そうだね、これだけおっきな遊園地なんだから、きっとスゴイよね!」

期待に瞳を輝かせ、シンジは受付目指して駆け出した。慌てて後を追いかけるレイ。

(碇君・・・なんだかいつもと違うみたい・・・)

戸惑いつつも、決してそれが嫌ではないレイなのであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・え〜っと、これでいいのかな?」

「・・・多分、そうだと思うわ・・・」

二人は安全バーを下ろし、キョロキョロと前後を見まわしていた。

「・・・うん、他の人達もこうしているみたいだし・・・これでいいんだよね?」

シンジが救いを求めるように、レイに問いかける。これから起こるであろうスリルより、今恥ずかしい事をしているのではないか?と言う方が気になるあたりが、初心者である事を如実に物語っている。

「・・・多分、そうだと思うわ・・・」

さっきとまったく同じ受け答えをするレイ。気のない返事にも聞こえるが、それ以外に答えようが無い。生まれてこの方、こんなところには全く縁が無かったのだから。

がくん。

・・・と、余り実りがあるとは言えない会話を交す2人を軽い衝撃が襲う。

ジェットコースターが動き始めたようだ。

「・・・あの・・・碇君は、乗った事無いの?こういうの。」

カムの擦れ合う軽い音を聞きながら・・・レイは何気なく、本当に何気なく、傍らの少年に訊いて見た。

だが少年の反応は・・・少女を後悔させるのに十分だった。

「・・・・・・うん・・・・・・昔は乗ったのかもしれないけど・・・・・・覚えて、ないんだ。」

「ご、ごめんなさい、碇君。」

「え?」

「だ、だってぇえぇぇぇっ!?

急激な落下感に、思わず語尾をシンクロさせてしまうレイ。シンジに気を取られていて、心構えがまるっきり出来てなかったのだから当たり前ではある。

「うっひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「§☆▽※#$%*Δ&^+/¥@〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

そして辺りに結構楽しげな少年の叫びと、いったい何語なのかは当人にも解らないであろう、謎の叫びが響き渡るのだった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・大丈夫?綾波。」

「・・・だ、大丈夫よ・・・」

カラスウリもかくや、というくらい真っ赤っ赤に顔を染めたレイに、シンジが心配そうに問いかける。

「でも、顔赤いし・・・やっぱり何処か、具合いが悪いんじゃ・・・」

「ち、違うの!・・・身体は何処も、おかしくないから・・・」

今にも「もう帰ろうか?」と言いそうなシンジに、必死になって弁解するレイである。

・・・まぁ身体は本当に正常だから、別に嘘を言っている訳ではない。

(碇君に、さっきの聞かれた・・・恥ずかしい・・・)

もっとも、別の意味で死にそうになっているようだが。

「・・・ホントに大丈夫?」

「う、うん。全然平気。」

「そう?ならいいんだけど・・・・・・」

「・・・そ、それより!次はあれに乗らない?」

照れ隠しも含めて、レイが急遽指さしたものは。

「ミラクルパズルリングコースター?・・・何だか解んないけど、凄そうだね!」

「・・・じゃ、行きましょう。」

言って、再び手を取ろうとするレイ。だがその指は、再び空気だけを掴まされる。

「・・・どうしたの綾波?早く行こうよ!」

「・・・・・・・・・うん。」

さっきと全く同じ展開に内心涙しつつ、ぱたぱたとシンジの後を追いかけるレイであった。

(・・・もう・・・碇君のいぢわる・・・)

          ◇          ◇          ◇

「・・・楽しそうですね。」

「そうね・・・あんなにはしゃいでるシンジ君、初めて見るわ。」

遊園地中央部休憩所。

マヤとミサトは並んで腰を下ろし、シンジとレイを目で追っていた。そこへ両手にアイスを持って、戻ってくるシゲルとマコト。

「・・・はい、どうぞ。」

「ありがと。」

そのまましばし、アイスに専念する一同。・・・そして、一番早く片付けたマコトが口を開く。

「・・・なんか・・・良いですよね、こういうのって。」

「そうね・・・シンジ君もレイも、きっとコレが本当の姿なのよね。」

「・・・そう・・・かもしれませんね。」

「・・・14才、なんだよな。シンジ君も・・・レイも。」

・・・ふと、こんな時に思う。自分達は、とんでもなく残酷で愚かなのではないかと。

子供達の笑顔を奪っているのは、自分達ではないのか?

本当に、ここまでしなければならないのか?

「・・・だけど・・・やらなくちゃならないのよ。あの子達がまた、こんな風に笑えるように・・・」

ミサトは、言ってから後悔した。

その矛盾に。その自己満足に。

「・・・そうですよね。生まれて来たんだから、生きなくっちゃ。」

だが努めて明るく、マヤが言う。それを受け、シゲルとマコトが口々に言う。

「そうだな・・・生きてる限り、何時か幸せになれるかもしれないし。」

「その為に・・・出来る限りの事をしたいですね。何もしないよりは、いいはずですから。」

ミサトは、微笑った。

それが、一番いいと思ったから。

そのくらいしか、思い付かなかったから。

・・・そして四人は、フリーフォールへと駆けて行く少年少女を見やる。

ずっと見守っていたい。そう思いながら・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・ふう。ちょっと疲れたね。」

「・・・・・・そ、そうね・・・・・・」

カラフルなパラソルと白塗りの丸テーブルと椅子が点在する、東部休憩所。

ジェットコースター系のハードな乗り物をハシゴしまくった少年と少女は、コーラなぞ飲みつつ並んで座っていた。

・・・いや、少女の方は、半分テーブルに突っ伏していると言った方が正しいか。

(い、碇君って・・・意外とタフ・・・)

ちゃんと気構えが出来ていさえすれば、エヴァの発進で慣れている為かまるっきり怖くはなかったのだが・・・流石に23種類も連続で乗ると、いくらなんでも疲れるのが普通である。

だがシンジは口では「疲れた」とか言っているが・・・実は未だ乗り足りなくてウズウズしていた。それはあちこちの受付を彷徨う、その視線を見れば一目瞭然である。

「これ飲んだらさ、もう一回りしてみない?きっとそろそろ、最初に乗ったのも空いて来てるよ。」

「・・・そ、それより碇君。・・・私、あれに乗りたい。」

心成しか引きつった顔で、レイは人工的に造られた池を指さす。

「貸しボート?・・・うん、いいよ。」

意外なほどあっさりと首肯し、シンジは手持ちの紙コップを一気にあおる。

そして。

「・・・え・・・?」

少女は、その赫い目を限界まで見開いた。少年に、引きずられるように歩きながら。

引きずられる・・・・・・?

(碇君が・・・・・・私の手を・・・・・・)

ほんのり桜色に頬を染め、少女はありったけの勇気を込めて少年の手を握りかえす。

それは少年に気付かれないくらいささやかな力だったが・・・少女にとっては、これで十分だった。

少年の温もりを、確かめる事が出来たのだから。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・・・・たまげたねこりゃ。」

キッチリとシャッターを切った後、ケンスケは今日何度目か分からない呟きを洩らした。

その視線の先には、仲良く手を繋いでいるシンジとレイの姿がある。

「まさか碇の方から手を取るとは・・・お子様だとばっかり思っていたけど、あいつも結構やるもんだな。」

それにしても、とケンスケは思う。

最近の、いや今日の綾波レイの、何と可愛らしい事か。

前々から、美人だ、とは思っていた。

だが、それはいわばマネキンの美しさであった。「生」と言うものがまるで感じられない、作り物の美しさ。

しかし今はどうだ?生きる喜びが、こんなにも彼女を輝かせているじゃないか。

それを教えたのは、ケンスケの親友で・・・栗色の髪の美少女と同居している、繊細で鈍感な、一人の少年。

「・・・碇・・・泣かしたりしたら、今度はオレが殴るからな。」

ぼそり、と呟いて・・・ケンスケは二人を追うべく、ミサト達のところへと向かった。

超望遠レンズを持って来てなかったからである。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・な、何を言っているの?やだな、加持さん・・・・・・」

アスカは、突然といえば突然なリョウジの言葉に、戸惑いの笑みを浮かべていた。

「・・・俺には、ある。いや、今でもそうさ。」

「やだ・・・やめてよ、加持さん。」

アスカの笑みが、徐々に強張って行く。だが気が付かないのか、リョウジは更に言葉を継ぐ。

「・・・確かに、結婚したら一生苦労しそうな、そんな相手さ。だけど・・・」

「・・・やめてっば・・・」

「・・・だけど、俺はそいつと一緒にいたい。そいつの顔が、毎日見たい。」

「・・・やめて・・・!」

「何でかなんて、俺にも分からない。ただ・・・俺はあいつの笑っている顔が、見たいんだ。」

「やめてっ!!」

とうとうたまらなくなって、アスカが叫ぶ。だがリョウジは冷静に・・・しかし真剣に言う。

「・・・アスカ、すまん。だが聞いてくれ・・・俺はアスカの兄貴にはなってやれる。父親の真似事は・・・出来るかどうかは分からんが。」

一旦言葉を切り、リョウジはアスカの様子を見やる。アスカはさっき叫んだきり、俯き、小刻みに震えている。

リョウジは一つため息をつくと、伝票を掴んで立ち上がる。

「・・・そろそろ、行こうか・・・」

それだけ言うと、リョウジは背を向ける。・・・と、その背中に、か細い声がぶつかった。

「・・・・・・どうして、別れたの?」

振り向き、再び少女を見る。さっきと同じように俯いてはいたが、もうその身体は震えてはいなかった。

「・・・どうして、別れたのよ?」

もう一度、少女が口を開く。わずかに、強い口調で。

リョウジは再び椅子に座り、表情を改める。

「あいつは・・・葛城は、親父さんを憎んでいた。いや、憎もうとしていた・・・だから、俺の中にそれを見出した時・・・逃げ出した。」

「・・・そんな事、聞いてない・・・どうして、追い掛けなかったのよ?傍にいたかったんでしょ?」

「・・・言い訳なら、色々ある。随分と居場所さえ分からなかったし、俺自身身動きが取れなかった時期でもあった。・・・だけど正直言えば、怖かった。」

「・・・・・・怖い?」

「そうだ。・・・俺は本当に、嫌われたんじゃないか?それを確かめるのが、どうしようもなく怖かった。」

「・・・・・・そう・・・・・・」

そして、沈黙。何処かで騒いでいる子供の声が、妙に耳に付く。

「・・・・・・・・・ふふ・・・・・・・・・」

「・・・アスカ?」

不意に、アスカが笑い始める。いぶかしむリョウジに、上げた顔は・・・妙にさっぱりとしていた。

「・・・ふふふ・・・なぁんだ。結局加持さんも、バカシンジと同じなのね。肝心な事からは、逃げてばっかり。・・・男って、みんなこうなのかしら?」

「・・・アスカ・・・」

「・・・・・・ん〜〜〜〜〜〜っ・・・・・・何だか解んないけど、スッキリしちゃった。そろそろ、帰りましょ?」

「・・・ああ、そうだな。」

すたすたと歩き去るアスカの後を、ゆっくりと追いかけるリョウジ。その背中を見つめながら・・・リョウジは我知らず呟いていた。

「・・・アスカ。強くなったな・・・」

          ◇          ◇          ◇

「・・・あ、あの・・・碇君。」

「・・・なに?綾波。」

夕日が水面に映える、池のほぼ中央。

シンジはオールを漕ぐ手を休め、正面のレイに視線を向ける。

「・・・あの・・・その・・・い、いい天気ね。」

「・・・・・・そうだね。夕焼けがあんなに綺麗だし。」

突然妙な事を言い出すレイに多少戸惑いつつ、シンジは茜色に染まる空を見やる。

その横顔に一瞬魅入ったレイであったが、すぐにぷるぷると首を振る。

(違う違う!ここではレストランに誘うの!)

深呼吸をし、頭の中で言葉を組み立て・・・レイは再び、声をかける。

「・・・あ、あのね、碇君。」

「・・・なに?綾波。」

再び、レイを見つめるシンジ。その途端、レイの思考はすっかり蒸発してしまう。

「・・・あ、あの・・・その・・・えっと・・・い、いい池ね。」

「・・・・・・うん、まあ、そうかもね。」

何だか分からないながらも、適当に相槌を打つシンジ。一方レイの脳裏では、ちっちゃいレイが頭を抱えて転がりまくっていた。

(違うぅぅぅ!何言ってるの私ぃぃぃぃぃ!!)

「・・・・・・ねえ、綾波。」

「え!?」

突然のシンジからの呼び掛けに、びくっ、と体を震わせるレイ。

だがシンジは、そんな反応に珍しく気が付かなかった。否、それどころではなかったと言うべきか。

彼はこれから、全身の勇気を振り絞っても未だ足りない、重大な事を聞くつもりだったのだから。

「・・・あ、あのさ綾波・・・あの・・・その・・・」

必死になって何かを言おうとしているシンジを、レイは神妙な面持ちで見ていたが・・・不意にある事に気が付き、頬にうっすらと紅が差し始める。

(も、もしかして碇君・・・そ、そんな、未だ早いわ。作戦では確か・・・確か・・・)

「・・・あの・・・その・・・あの・・・なんて言うか・・・」

暴走とリセットを繰り返すレイの事など当然知る由も無いシンジは、何とか言葉を紡ぎ出そうと必死になっている。

一方。

「・・・なぁ〜にやってんのよシンちゃん!!男ならズバッと言いなさいっ!!」

「ミ、ミサトさん落ち着いて!碇達に聞こえますよっ!!」

池の畔の茂みで、ミサトはネルフ謹製偵察機材にかぶりついていた。それを宥めつつ、ケンスケは今のでズレてしまったレンズを再度調節する。

言うまでもない事であるが、このポジションの選定と機材のセッティングを行ったのはケンスケである。・・・と言うより、それを条件にミサト達と合流したのである。

さしものミサトも、この手の機材の扱いはケンスケには敵わない。

「・・・それにしても、流石はネルフ製。凄い性能だぁ!」

「それはいいけど・・・ちゃんとモニターしてよ。」

「分かってますよ、ミサトさん。バッチリ、決定的瞬間を押えて見せますよ!」

「本当に、大丈夫?」

「はい!この相田ケンスケにお任せを!!」

とか何とか、妙に盛り上がっている二人に、残りの三人は呆れた視線を送っていた。

「・・・なあ・・・何だか俺達って、芸能レポーターみたいじゃないか?」

「・・・そうですよねぇ・・・」

「・・・単なる覗きかも・・・」

そんな騒ぎなど当然の如く気付かない二人は、未だ若いもん同士にされたお見合いカップル状態を続けていた。

「・・・あの・・・その・・・つまり・・・その・・・」

(・・・碇君が起きて来たら、程よく焼けたトーストと紅茶で、二人だけのスイートモーニング。そして私は碇君のネクタイを直してあげて、それから・・・)

・・・全然前に進んでいないシンジはともかく、レイの方は話が無軌道ワープしてしまっているようである。そこに至るまでの過程が大幅に省略されてしまってたりするのは、まぁレイらしいと言うべきか。

・・・・・・そして。

「・・・あ、綾波!・・・じ、実は・・・き、聞きたい事があるんだ!!」

「え?・・・・・・な、なに?」

ここに至るまで、実に8分41秒。相手がレイで、しかも妄想モードに突入してなければ怒り出してもおかしくないほどの間である。現にミサトなど、半分キレて貸しボート屋にダッシュしかけてるのをマコト達に押し止められてたりしている。

閑話休題。

「・・・・・・あのさ・・・・・・綾波、何かあったの?」

「・・・え?」

「だってさ・・・いつもと違うじゃないか、綾波。いつもは・・・その・・・」

そのまま口を閉ざし、俯いてしまうシンジ。いくらなんでも、その後の言葉を口にする事は出来ない。いや、怖かった。

「・・・・・・・・・碇君は、どっちがいいの?今の私?それとも・・・・・・・・・」

抑揚のない声で、レイが問う。シンジは顔を上げ・・・そしてはっ、とした。

こんなに悲しい瞳を、見た事が無かったから。

・・・シンジの口から、声が洩れる。震えひび割れた、乾いた声が。

「・・・・・・ぼくは・・・・・・いまのあやなみより・・・・・・」

          ◇          ◇          ◇

「・・・それじゃ・・・今日はありがとね、加持さん。」

「なぁに、いいんだよ。どうせ、他に用はなかったんだ。」

夕闇迫る、葛城家玄関。

アスカは玄関の中から、外のリョウジに向かって離別の微笑みを送っていた。

その笑みはとてもやわらかで・・・そしてどことなく、寂しげであった。

「・・・じゃ、頑張ってね。」

「・・・アスカも、な。」

穩やかな声を、交す二人。

そしてリョウジが踵を返す直前、扉は閉められる。何かを断ち切るように。

アスカは暫く、開閉スイッチを押したままの体勢でジッとしていたが・・・不意に自分の頬を両手で叩くと、何事も無かったかのようにリビングへと消えて行った。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・ぼくは・・・・・・いまのあやなみより・・・・・・」

レイの目が、哀しげに伏せられる。

逃げ出したかった。

ボートなんかに乗るんじゃなかったと、後悔した。

こんなものに乗ってさえいなければ、碇君の言葉を最後まで聞かずに済むのに。

・・・いや、本当は池に飛び込んででも。でもそれでは、服が汚れてしまう。

葛城三佐に貰った、想い出をいっぱい作った、この服が。

「・・・・・・いまの・・・・・・悲しそうな綾波より、さっきまでの綾波の方がいいや。」

レイの瞳が、ゆっくりと上げられる。

「・・・・・・今、何て言ったの?」

「・・・・・・悲しそうにしてたり、何もかもどうでもいいって感じの綾波より・・・・・・僕は、生き生きしている綾波の方が・・・・・・その・・・・・・いいな。」

物凄く照れ臭そうに言うシンジを、レイは信じられないものを見るような目で見ていたが・・・やがてその頬に、銀色の連なりが流れ落ちる。

「あ、綾波?・・・ご、ごめん!その、あの・・・へ、変な事言って・・・だからそのあの、僕の言う事なんか気にしないで・・・」

おたおたするシンジに、レイはただただ首を振るばかりである。

・・・私は、このままでもいいんだ。碇君の事、好きでいていいんだ。

そう思うと、胸がいっぱいになる。

沈み消え行く夕陽を感じながら・・・レイは、夕陽まで好きになりそうになっていた・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・やれやれ、結局お子様なんだからなぁ碇の奴。」

「そーだな・・・男だったらやっぱり、そっと抱き寄せて『俺の胸で好きなだけ泣け』くらいは言わなくちゃ。」

「あら青葉さん。いつもそんな事言ってるんですか?」

「・・・あ、いや、その・・・」

「でも、ハンカチくらい差し出したって良さそうなもんですけどねぇ。」

「・・・ま、それが出来ないのがシンちゃんなのよね〜。」

モニターの前で額を寄せあい、ミサト達はそれこそ好き放題な事を言い合っていた。

だがその顔には皆「微笑ましくて羨ましい」と書いてある。

「・・・・・・でも正直言って、驚きましたよ。綾波に、あんな一面があったなんて。」

「驚いているのは私達も同じよ、相田君。・・・レイもやっぱり、女の子だったのね。」

ミサトの言葉に、その場の全員が頷き・・・そして口を閉ざす。

今はあの二人を、ただ見守っていたかったから。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・えっと、その・・・・・・おいしかった、ね。」

「・・・・・・うん。」

遊園地南部、レストラン「るくしおん」。

シンジは『何カ食ベサセタラ、落チ着クンジャナイノ?』と言う初号機の言葉にしたがい、ここに来ていた。

二人の前には、既に空っぽになった皿がそれぞれ、置かれている。

「・・・あのさ・・・その・・・き、今日は楽しかったね。」

「・・・・・・うん。」

「・・・え、えぇっと・・・ほ、ほら。夜景が綺麗だよ。」

「・・・・・・うん。」

何とも言い難い−−−−−−あえて言うなら、泣き笑いに幸せいっぱいを滲ませたような、そんな表情でレイが小さく頷きかえす。

レイはここに来るまでに、泣きやんではいたのだが・・・さっきからずっと、シンジが何を話し掛けてもこの調子である。

「・・・・・・あ、あのさ、綾波。さっきの事・・・・・・ホントに、気にしないで欲しいんだ。僕、バカだからさ、あの、その・・・・・・ごめん。」

とうとうたまらなくなって、もう一度謝ってしまうシンジ。レイは表情を曇らせ、平板な声で問いかえす。

「・・・どうして、そんな事言うの?」

「・・・・・・え?」

「私・・・嬉しかったのに。」

「・・・綾波?」

「・・・私・・・最初はおかしくなったんだと思った。今まで、こんな気持ちになった事無かった・・・嬉しい、楽しい、恥ずかしい、・・・そして、悲しい。」

「・・・綾波・・・」

「知識として・・・言葉としては、知っていたわ。でも・・・理解は出来なかった、今までは。」

「・・・・・・」

「今なら、解る。嬉しいって事、楽しいって事、恥ずかしいって事・・・悲しいって事も。」

「・・・綾波・・・」

「碇君・・・人って、こういうモノよね?私、人よね?」

「な、何を言ってるんだよ綾波。綾波は、人間に決まっているじゃないか。」

「・・・・・・本当に?」

「ほ、本当にも何も・・・当たり前の事じゃないか。何でそんな事言うんだよ?」

シンジの問いに・・・レイは、黙って俯いてしまう。

言えない。

これを言ってしまったら、私は碇君に嫌われてしまう。

・・・でも、隠し事なんてしたくない。嘘もつきたくない。

『チョット、頭脳体。駄目デショ、れいチャンイジメチャ?』

そんなレイの葛藤を察してか、初号機が再びフォローする。だがシンジの反応は、予想通り的外れなものであった。

(何言ってるんだよ。僕が綾波をいじめたりするはず無いじゃないか。)

『ダカラァ・・・問イ詰メルヨウナ事、言ッチャ駄目ダッテ言ッテルノ。』

(・・・どうして?)

『れいチャンハネ・・・特別ナ子供ナノ。チョット見レバ、解ルデショ?イクラ頭脳体ガ鈍クッテモ。』

(うん。それくらいは解るよ・・・って、何だよ鈍いって。)

『マァ、ソレハトモカク・・・れいチャンハ、普通ノ人ニコンプレックスヲ持ッテイルワ。ダカラ、自信ヲ持タセテアゲナクッチャ。』

(・・・どうすればいいの?)

『マズハ、サッキ頭脳体ガ言ッタ事ガ嘘ジャナイッテ言ッテアゲル事ネ。』

(・・・・・・さっき言った事?)

『ダ〜カ〜ラァ。《生キ生キシテルれいチャンガ好キナンダ!》ッテ言ッタデショ?』

い、い、言ってないよそんな事!・・・・・・そりゃ、楽しそうな綾波の方がいい、とは言ったけどさ。)

『ソレモチョット違ッテルワヨ、頭脳体。』

(そうだっけ?・・・って、覚えてるんじゃないかぁ!

『細カイ事ナンテ、ドーデモイ〜ノ。今大事ナノハ、れいチャンニ元気ニナッテモラウ事ヨ。違ウ?』

(それは・・・そうだけど・・・)

『ジャア、今スグ言ッテアゲル事ネ。』

(い、今ぁ!?)

『アッタリマエデショ?れいチャン・・・泣イテルワヨ。』

(え!?)

慌ててレイに意識を戻してみる。レイの顔は、俯いていてシンジからは伺い知る事は出来ないが・・・確かにレイは、泣いているように見えた。

そう思った瞬間・・・・・・不思議と、肚が据わった。

「あのさ、綾波・・・さっき言った事、嘘じゃないから。」

ぴくり、とレイの身体が反応する。シンジは構わず、静かに言葉を継いだ。自分でも驚くくらいに。

「・・・僕ってさ、他人の考えてる事って解んないんだ。・・・だから、まずいと思ったらすぐに謝っちゃう。そうすれば、最低でも嫌われずには済むから・・・だけど、そうしても、いやそうしてしまうからこそ、人を傷つけてしまう事があるんだね。ごめんよ、綾波・・・だけど、言う事がころころ変わる僕だけど、これだけは信じて欲しい。僕は・・・僕は、色々話してくれたり、笑ったりする綾波の方が・・・いい。」

「・・・・・・碇君は、私に笑って欲しいの?」

顔を伏せたまま、レイが問う。シンジは迷う事無く、キッパリと言った。

「もちろんだよ、綾波。」

レイの顔が、ゆっくりと上がる。・・・その顔には、口許だけを上げた、いつか見た微笑みがあった。

「・・・これでいい?碇君。」

レイが問う。かつてこの表情を浮かべた時には言わなかった、しかるべき返答を期待する言葉で。

「・・・うん。」

シンジは答える。これ以外有り得ない、けれど色んな思いを込めた言葉を。

・・・二人はしばし、そのまま見つめあう。今、この絆が、永遠になるような気がしたから・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・ふう。すっかり暗くなっちゃったね。」

「・・・・・・うん。」

シンジとレイは、遊園地の出口に向かって並んで歩いていた。

二人の横顔を、色とりどりのイルミネーションが七色に照らし出す。

・・・ふと、レイの歩みが止まる。その視線は、一際豪奢に飾られた、円筒状の乗り物に注がれている。

「・・・乗りたいの?」

「うん。」

こっくりと頷く少女に、少年は微笑み・・・そして頷きかえす。

「・・・そうだね。行こうか?」

「・・・うん!」

少年が差し出した手をごく自然に握り、少女は一緒に駆け出した。

14才に相応しい、屈託のない笑顔を浮かべて。

          ◇          ◇          ◇

『・・・これが噂の凄い奴、スーパーアクロバットジェットコースター!』

アスカはリビング入口近くに陣取り、寝そべってテレビを眺めていた。

その横には、冷蔵庫から引きずり出されたペンペンが、迷惑そうに転がっている。

『・・・こんな、こんな!こぉぉぉんなっ!!凄い乗り物盛沢山っ!』

テレビに、ゴーカートやプール、そしてメリーゴーランドの映像が次々と映し出される。

『・・・みんなで行こう!新向ヶ丘』ぷつん

「くぇ〜〜〜〜〜〜。」

唐突に消されたテレビに、ペンペンが抗議の鳴き声を上げ、消した犯人の方を見やる。

「・・・うるさい。」

だが押し殺した声に、ペンペンは口をつぐまざるをえなくなった。

・・・そして暫くの間、ペンペンはうつ伏せのまま動かないアスカを見つめていたが・・・やがて自分の部屋である冷蔵庫へ、よちよちと歩いていく。

「・・・待ちなさいよ。」

再び、押し殺した声。ペンペンは振り返った状態でしばし固まっていたが・・・よちよちと、アスカの傍へと戻って来る。

・・・それっきりアスカは何も言わなかったが、ペンペンがその傍を離れる事はなかった・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・え゛?」

シンジは、作り物の白馬の前で固まっていた。

「・・・・・・駄目?」

頬を染め、上目使いにレイが言う。

「・・・いや・・・その・・・駄目って事は・・・」

などとへどもどしている内に、開始を知らせるブザーが鳴る。慌てて飛び乗った二人は・・・結局レイが提案したタンデム体勢になった。

動き始めたメリーゴーランドに振り落されないよう、シンジの腰に回した腕に力を込めるレイ。必然的に密着する、シンジの背中とレイの胸。

(・・・あ、あ、あ、綾波の胸が・・・)

(・・・碇君・・・碇君の匂い・・・碇君のぬくもり・・・)

真っ赤に茹で上がっているシンジ、幸せそうに目を閉じるレイ。

(・・・碇君・・・)

きらびやかに廻り続ける、光の奔流。心地好く波打つ、少年の鼓動。

その中で・・・少女はそっと、宣言する。

(・・・碇君、私は・・・貴方を守る。あの人でさえくれなかった、この想いに誓って。)

メリーゴーランドは廻る。少女の想いと、命よりも大切なぬくもりを乗せて。

少女は生まれて初めて、心の底から生の喜びを感じていた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・じゃ、また明日ね。」

レイのマンション、玄関前。

ここまでレイを送って来たシンジは、軽く笑うと踵を返そうとした。

が。

「・・・?どうかした、綾波?」

俯き、裾を捕まえているレイを、不思議そうに見るシンジ。

「・・・あ、あのね、碇君・・・」

ほんのり桜色に染まりながら、顔を近付けていくレイ。何かヤバいものを感じ、顔が引きつっていくシンジ。

「・・・碇君・・・」

          ◇          ◇          ◇

「そこよっ!そこで一気に行くのよっっ!!」

「葛城さん、不潔ですっ。」

物陰からそんな二人を伺いつつ、手に汗握るミサト。マヤもなんだかんだ言いつつ、食い入るように見つめている。

ちなみに男三人は、物も言わずに集中しまくっていたりする。

で。

「・・・碇君・・・今度の日曜日、一緒にカップ、買いに行きたいの!」

シンジの鼻先で、訴えるように言うレイ。シンジは一瞬、呆気に取られた表情をしていたが・・・すぐに優しく微笑む。

「・・・・・・そうだね。今日は色々あって、最初の目的すっかり忘れていたよ。・・・いいよ。一緒に行こう。」

「うん!ありがとう碇君!!また明日!!!」

ぱっ、と輝く笑顔を咲かせ、レイは小走りにマンションに駆け込んで行った。そうすれば、早く明日が来るかのように。

シンジは少しの間、その背中を見送っていたが・・・今度こそ踵を返すと、いつもよりすこし早い足取りで帰路に就いた。

・・・そして後には、盛大にコケたであろう状態の男女が五人、風に吹かれていた。

・・・レイ・・・あんたね〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・

          ◇          ◇          ◇

「ただいま〜。」

「クェッ!」

「あれ、ペンペン?どうしたの、こんなところで?」

リビングの入口で立ち尽くすペンペンに、シンジは首を傾げる。

そしてペンペンが何か言う前に、もう一人の留守番が顔を出す。

「・・・あ、シンジ?おかえり。」

「・・・・・・あ、う、うん・・・・・・ただいま。」

今まで1度たりともかけられた事のない言葉に、目を白黒させるシンジである。

そんな様子に気が付いてるのかいないのか、アスカはいつも通りの調子で言う。

「なに何時までも突っ立ってんのよ?さっさと入りなさいよ。」

「あ・・・うん。」

躊躇いつつも、リビングに入って来たシンジに・・・アスカはいきなり、ヘッドロックをかける。

「わっ!?ち、ちょっと、アスカ!?」

「で?どうだったのよ、ファーストとの《おデート》は?キス位した訳ぇ?」

「な、な、な、何言ってんだよっ!?大体、デートなんかしてないよっ!」

悪戯っぽく聞くアスカに、真っ赤になって否定するシンジ。だがそのくらいで、アスカが引き下がる訳はなかった。

「ほほぅ、じゃあ一体、こんな時間まで何やってたのよ?」

「・・・えっと・・・買物行ったら、綾波が具合い悪くなって、喫茶店で一休みした後、綾波が遊園地に行きたいって言い出して・・・」

「・・・ふ〜ん、それで遊園地でデートって訳だ。」

「ち、違うよっ!ただ一緒に、遊んで来ただけだよっ!」

「・・・アンタねぇ・・・ほんっっっっっとに、バカなのね。」

「・・・何でだよ。」

「・・・うるさい!バカだから、バカって言ってんのよっ!」

むっとしたシンジが、何か言い返そうとした瞬間・・・シンジの頬に、何かが弾けた。

「・・・アスカ・・・?」

「・・・うるさいわね。こっち見たら、殺すわよ。」

張りの無い声で言って、シンジを引き揚げるアスカ。そしてそのまま、背中に抱きつく。

「あの・・・アスカ・・・?」

「・・・うるさいって言ってるのが解んないの?こっち見れない様にしただけよ。何か、文句あるの?」

「・・・いや・・・文句はないけど・・・」

「じゃあ、黙って立ってなさい。・・・言っとくけど、変な事考えたりしたらただじゃ置かないからね。」

シンジが頷くと、アスカはその背中に顔を埋める。

(・・・アスカ・・・何かあったんだね。)

染み入って来る熱いものを背中に感じながら・・・シンジはただ、立ち尽くしていた。

何か、出来るようになりたい。

痛切に、そう思いながら。

・・・そしてアスカは、シンジの背中を、肌で感じていた。

(・・・シンジ・・・シンジの背中って、こんなにあったかかったんだ・・・あんなにちっぽけで、頼り無く思えたのに。)

それに。

・・・それに、とっても・・・とっても気持ちいい。安心出来る。

加持さんの背中にも感じなかった、この気持ち。

・・・そっか。

やっぱり、そうだったんだ。

(・・・・・・あたしは・・・・・・シンジの事が・・・・・・)

・・・そして、影は再び二つになる。振り返ろうとするシンジを、アスカの言葉が押し止める。あるべき鋭さではなく、その弱々しさで。

「・・・こっちみないでって、いってるでしょお・・・」

「・・・うん。わかった。」

ごめん、と言いかけるのを無理矢理押え、シンジはそれだけを口にする。

そして、沈黙が二人を包む。だがそれは、ギスギスしたものでも居心地の悪いものでもなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・シンジ、ありがとう。」

消え入りそうな声でそれだけ言うと、アスカはバタバタと自分の部屋へと駆け込んで行った。シンジはその足音が消えるのを確認すると、明日の準備の為にエプロンを手にした。

「アスカ・・・・・・明日はちょっと、奮発するからね。」

          ◇          ◇          ◇

そして翌日、晴天の月曜の朝。

「碇君、おはようっ!」

元気に明るく挨拶する美少女に、教室の空気が音を立てて砕け散る。

そんな事など丸で気付かず、少女は小走りに、前を向いたまま石化している少年の元へと向かう。

「碇君・・・今度の日曜日、楽しみね。」

「・・・ちょっと、ファースト。何よ、今度の日曜って。」

全然反応しないシンジの代わりに、いち早く復活したアスカがレイに詰め寄る。

「昨日は、色々あってカップが買えなかったの。だからもう一度、買いに行くの。」

淀みなく答えるレイに、しばし目を丸くしていたアスカであったが・・・すぐに猛然と、喰ってかかる。

「何よそれ!何でそうなるのよ!?」

「必要だから、そうするの・・・何か問題があるの?」

「大有りよっ!」

「だから、何が?」

「・・・そ、それはその・・・そ、そう!今度の日曜は、あたしの用に付き合うのよ!」

「・・・そうなの?碇君。」

「・・・・・・え?あ、あぁおはよう、綾波。」

自分に振られて、ようやっと石化が解けたシンジではあったが・・・そこまでのやり取りなど、聞いているはずも無かった。思いっきり、ボケた返事をかましてしまう。

「碇君。今度の日曜日、この人と約束があるって・・・ホントなの?」

そんなシンジの反応に毛ほどの動揺も見せず、レイは一見冷静に問いかける。だが、その右手は固く握り締められていたりする。

「・・・え?アスカと?・・・別に何も・・・」

「あぁぁぁぁっ、シンジ!何朝っぱらから寝惚けてんのよ!?ほ、ほらぁ。この前言ったじゃない。デートの下見に付き合えって。」

何故か慌てて捲し立てつつ、目で合図を送るアスカ。だが事前に打ち合わせもしてないのに、鈍感シンジにアスカの意図など解る訳はなかった。

「・・・え〜?聞いたかな〜そんな事〜??」

「ばっバカ!わ、忘れたのねホントにもうしょーが無いんだからおほほほほ・・・」

首をかしげまくるシンジに、冷や汗たらたらのアスカ、ジト目のレイ。

きーんこーんかーんこーん・・・・・・

「あ!ベルが鳴ったわ勉強の準備しないとほらファーストも自分の席についてほら早く!」

まるで委員ちょのような事を言いつつ、レイを席に連れ去るアスカ。その後ろ姿を茫然と見送りつつ、思わず呟いてしまうシンジであった。

「・・・一体、何がどうなってるんだ・・・?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・うふふふふふふふふふふふふふ・・・」

(弐号機パイロットはあんな事言ってたけど・・・明らかに嘘ね。・・・あぁ、早く日曜日にならないかな・・・)

「・・・ふっふっふっふっふっふっふっ・・・」

(バカシンジを言いくるめるのなんて、簡単よ。後で何とでもなるわ・・・見てらっしゃいファースト、アンタの思い通りにはさせないからね!)

「・・・うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・」

(綾波さんの上に、アスカまで・・・一体、どぉしたらいいのよぉっ!?)

妖しい笑いをする美少女2人に、頭を抱える委員ちょ、そして凍りまくるその他大勢。

・・・・・・この状態は、ヒカリが折衷案(シンジ・レイ・アスカの三人で買物してデートする)を出した金曜日まで続いたと言う・・・・・・

《つづく》

                        by プロフェッサー圧縮


あとがき<其の四(後編)>


「・・・こんにちは〜!次の話の事なんですけど〜!・・・って、あれ?誰もいない?」

『手紙ガ置イテアルワヨ、頭脳体。』

「ホントだ。どれどれ・・・

後は任せた。

                        by プロフェッサー圧縮」

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』

「コレって、やっぱり・・・・・・」

『逃ゲタノカシラネ?・・・マァ、コレダケ遅レマクッタンダカラ、読者ノ皆サンニ会ワセル顔ガ無イノハ、分カラナイデモナイケド。』

「でも・・・困るよこんなの。」

『マァ、ナルヨ〜ニナルンジャナイノ?』

「・・・またそんな無責任な・・・」

『イ〜ノイ〜ノ、人生楽シク生キナクチャネ。』

「ホントにもう・・・一体どういう人生送って来たんだよ。」

『ドーユー人生ッテ言ワレテモ、私ハ頭脳体ト合体シテカラガ《人生》ナンダケド。』

「そ〜じゃなくて・・・もういいよ。」

『ソレハソレトシテ・・・結構私ニ関スル質問ッテ、多イノヨネ。』

「そうだね。一番多いのが《初号機ってユイさんなんですか?》って質問。」

『フフン・・・ド〜カシラネ〜?』

「またそーゆー受け答えを・・・真面目にやってよ。」

『ジャア真面目ニ言ウケド、正確ニハ違ウワ。丸ッキリハズレッテ訳デモナインダケド。』

「・・・もうちょっと、解るように言ってよ。」

『悪イケド、ソーユー訳ニハ行カナイノ。追イ追イ明カサレルハズダカラ、暫ク待ッテテネ。』

「しょうがないなあ。・・・じゃあ、こっちの質問は大丈夫だよね。《戦闘した後の、初号機の食事ってどうしてるんですか?》

ソレガネ、ヒドイノヨ!ホ〜ンノチョッピリシカ出シテクレナイノ!育チ盛リダッテ言ウノニ・・・鬼ヨネ、ヤッパねるふッテ。』

「・・・・・・ネルフ全職員1ヶ月分の食料って、そんなに分量無いの?」

ソ〜ヨ、決マッテルジャナイ。私ノ出力考エタラ、完全分解シタッテ全然足リナイワヨ。・・・デモ私ッテバ心優シイカラ、必要最低限ノ摂取デ我慢シテアゲテルノヨ。』

「・・・そ、そうだったの・・・」

『ソモソモ私ガチャント満腹シテレバ、頭脳体ダッテ疲レ知ラズノ空腹知ラズ、ツイデニ睡眠ノ必要モ無クナルノヨ?』

「そうなの?」

『ソ〜ヨ。ソレナノニ、アァソレナノニ。味モツイテナイ貧シイ食事。私ッテ、何テ不幸ナ星ノ元ニ生マレテ来タノカシラ!?』

「僕が食べてるのには、ちゃんと味がついてるじゃないか。」

『ソレハソ〜ダケドォ・・・量ガネェ・・・』

「・・・分かったよ。後で、ミサトさんに相談してみるから。」

『ホント!?らっきー!』

「じゃ、次の質問ね。・・・と、と思ったけど、やっぱり作者がいないと次の話出来ないから・・・探しに行こう!」

『アラ〜?コノ質問ソンナニマズイカシラァ?《しんじ君ハ、れいトあすかノドッチヲ・・・》

「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!と、とにかく行くよっ!!」

『ハイハイ。』

バタバタと、部屋を出るシンジ。その風に煽られて、手紙が宙に舞う。

裏を上に落ちた手紙には、こんな字が書かれている。

《皆様ごめんなさい・・・・・・しくしくしく》

プロフェッサー圧縮

次回予告

無敵の力を得た少年、碇シンジ。

彼を取り巻く状況は、深く静かに、複雑に進行しつつあった。

そしてその混乱は、シンジとネルフを遠く切り離す。

そこへやって来る新たな使徒が、新たな真実を浮き彫りにする。

次回、新人類エヴァンゲリオンif「ゴルゴダの丘を撃て」。

この次もサービスサービスぅ!
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代理人の感想
砂糖を吐く展開・・・と思いきやなんかスラプスティックコメディが進行する一方でさらりと重要な場面が流されたよーな。
まぁアスカにしろ加持にしろこれは通過儀礼(本編ではなかったけれども)として重要なはずなので、必須の展開ではありますが。

・・・後はミサトのファザコンの矯正かな。
シンジのニブチンの矯正? 無理な事は最初から期待するもんじゃないでしょう(ぉ


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