第八話

「・・・ち、ちょっとアスカ・・・そんなにくっつかないでよ・・・」
「うるっさいわねっ!!そんな事ゆーんだったら、もっと広くしなさいよ!!」
「そ・・・そんな事言われたって・・・」
「・・・碇君の温もり、碇君の感触、碇君の匂い・・・」

エヴァンゲリオン初号機・頭部衝角内部。

腰を青紫色の床に埋めこんだ少年の左右に、赤と青の少女が抱きついていた。

「・・・ったく・・・何だって、こんなに狭っ苦しいのよ!エントリープラグだって、もう少し広かったわよっ!!」

少年・シンジの右側から、左肩に手を回してもう一方の少女を牽制している少女・アスカは、さっきから似たよ〜な事をぶちぶちと言っていた。ちなみに彼女の腰は床にめり込んでたりはしないので、必然的にシンジの頭を胸に抱えこむよ〜な体勢になっている。口ではいかにも嫌そうに言ってはいるが、本当に嫌かど〜かは顔を見れば一目瞭然であった。

「・・・碇君の温もり、碇君の感触、碇君の匂い・・・」

そしてシンジの左側からは、至福としか表現しよ〜の無い呟きが、延々と聞こえてきてたりする。肩に女の子の柔らかさが押しつけられていたりするのでシンジも至福なはずなのだが、そうも言ってられない事情があったりもする。

『頭脳体。モ〜チョット、走ルノニ集中シテチョ〜ダイ。ナンニモ無イ所デ転ンダリシタラ、恥ズカシイジャナイ?』

シンジの脳裏に、澄んだ女性の《声》−−−−−−エヴァンゲリオン初号機の意識が、かなりど〜でもい〜よ〜な調子で語りかけてくる。だがそれほど初号機の巨体がふらついているわけではない。だから抗議というよりもむしろ、無理難題言って困らせているだけ、と取れなくもない。

「・・・何だよ、もう・・・皆で言いたい放題言ってさ・・・」

両側から身をすり寄せる女の子の匂いと感触に、顔を真っ赤にしながら・・・シンジは愚痴にもならない台詞をこぼす。それでもこの二人を降ろそうとか思わない辺りはまあ、彼も健康な男子中学生である証拠というべきか。

「いい、バカシンジ!?手ぇ動かすんじゃないわよ!この位置から1mmでも動かしたら、アンタ殺すからね!!」

抱きついてる男の子に負けず劣らず頬を染めながら、アスカは腰に回された腕に右手を添える。「掴む」ではなく「添える」辺りが、ビミョーな乙女心を現してたりなんかするのであるが、それが通じるくらいなら誰も苦労はしない。シンジはもう声もなく、ただ頷くだけであった。そんなシンジの様子に一瞬、寂しげな表情を過らせるアスカ。

「・・・それにしても・・・」

ふと呟き、アスカは正面スクリーンを見据える。そこには砂煙を上げて疾走する謎のマシンが、ミニカーのように小さく映し出されている。

「・・・あいつ、一体なんなの?ネルフ関係じゃなさそうだし・・・かといって、自衛隊にあんなのないし。」

既に大学まで卒業しているアスカの頭脳には、世界中の戦闘マシンの知識が詰まっている。某メガネ君と違い趣味で覚えたわけではないので、細かいディテールの違いまでは分からないのだが・・・それでも、大体の特徴と兵装関係は全て記憶している。

だが、あんな形のは初めて見る。二足が付いているから《ロボット》と呼んでいいのだろうが・・・昔日本で試作されたJAとか言うものとは、形状も設計思想も全く異なるようだ。JAとやらは足で歩いていたのに対し、あのマシンは足を動かさずに移動している。恐らくは、ホバークラフトか地磁気反発でも使っているのだろう。どちらにしても、これだけ長時間持続し、なおかつ高速に移動している所から察するに、かなり高度な技術が使われているに違いない。

「・・・少なくとも、個人で作ったものじゃないわね・・・」

半ば無意識に呟き、アスカは更に推論を組み立てる。

あのマシン・・・謎だらけの割には、登場がど派手であった。幾ら人が住んでなさそうなビルであっても、迂回せずに吹き飛ばしたからには理由があるはずだ。例えそれが、「単に目立ちたいから」等という、愚劣極まりない代物であっても理由には変わりない。

だがその可能性はまずない、とアスカは見ていた。それは、ひたすら突き進むだけの現状を見れば明らかである。目立ちたがりの大馬鹿者であれば、もっと暴走族まがいの行為に走ってもいいはずだ。

「・・・と、するとぉ・・・ねえ、シンジィ。あのマシン、追っかけてる奴ってあたしたち以外にいる?」

視線を左脇に落とし、アスカは密着している少年に問いかける。声音にどことなく甘えた調子が混ざってしまうように感じるのは、自意識過剰なのだろうか?

「え?・・・あ、うん。えっと・・・ちょっと待って。」

相手を意識、とゆ〜点ではこの中で一番のシンジは、いつもより3テンポほど遅れて質問の中身を理解した。ちなみに意識しているのは物理的な部分限定で、少女達が意識してほしい部分に関してはサッパリである。

閑話休題、アスカの目の前にサブウィンドウが開き、初号機を中心とした地図が映し出される。右上に方位を示す矢印がある所と地図そのもののスクロール方向から見て、どうやら上が初号機の向いている方角らしい。

中心に光る白い点は当然初号機。その3センチほど上で点滅している赤い点は、今追いかけている謎のマシンに違いない。更にその上10センチほどに十数個の動かない黄色の点と、やや右下−−−−−−方位で言えば5時−−−−−−に5センチほどの間を置いて併走する黄色い点があった。

「・・・ねえ、シンジ。この黄色い点はなんなの?」
「あ、それ?えっとね・・・・・・なんか、戦車とか、そ〜ゆ〜類いの物らしいよ。」
「・・・・・・ふぅ〜ん・・・・・・」

シンジの語尾が何故か伝聞形式になっていることに、アスカは少し柳眉を寄せた。だが最近では何時もの事なので特に気に留めず、更なる情報を得るため質問を重ねた。

「それじゃあさ、この黄色の点のもっと詳しい情報って解んないの?型番とかさ。」
「ん〜、ちょっと待ってね・・・・・・えっと、出せるのってコレくらいみたいなんだけど・・・・・・」

言うが早いか、黄色の点から二筋の線達が延び、更なるサブウィンドウが次々と開かれる。それぞれのウィンドウには、線のみの戦車だの自走砲だのが、詳細な外形寸法やら推定出力やらの数値と共に緻密に描きこまれていた。設計図顔負けの精度に、目を丸くするアスカ。

「・・・・・・あ、あのね。遮蔽物が途中にあるから、色とかは付けられないんだって。武器とかも、もう少し近づいて見ないとちゃんと分からないらしくて・・・・・・」

その様子を誤解してか、シンジがやや慌てた口調で付け加える。アスカは暫く、意外そのものの顔でシンジを見返していたが・・・やがて心底呆れた、と言わんばかりに頭を振った。

「そんな事、誰も言ってないでしょ・・・・・・十分よ、今のところはね。」

ほっとするシンジから視線をサブスクリーン達に移したアスカは、しかし別の考えに囚われていた。

(全く、ホントにど〜しよ〜もないバカね、こいつ。この探知能力だけでも、すっごい戦力なのに・・・なんでこんな奴が・・・)

そこまで内心で呟いたアスカの脳裏に、打ちひしがれたシンジの姿が浮かび上がる。巨大な力に脅える自分に、泣きながら離別を告げたあの時の姿。

今でも全く怖くない、といったら嘘になるかもしれない。少なくとも、羨ましくないというのは嘘っぱちだ。

でも・・・もしも立場が逆であったなら、今頃自分は世界を滅ぼしていたかもしれない。あの時の、飢えて傷ついた獣のような自分ならば。

それに、世界中で同族が誰一人としていないという孤独に、自分が耐えられる自信はない。昔はそんな事も解らなかったけれど、今なら解る。ほんの少しだけ、自分と向き合うことが出来たから。

そう。そうなのだ。

誰でも良いから見て欲しかったんじゃない。1番そのものに価値があるわけでもない。

ただ、必要とされたかったんだ−−−−−−−−−

「・・・・・・ねえ、シンジ。」

再び、少年の黒い短髪を見下ろし・・・アスカはささやく。繊細な硝子細工に触れるように、そっと。

「ん、何?アスカ。」

かなり不自由な首を回し、少女の碧い瞳を見上げ・・・シンジは優しく問い返す。そうするだけの何かを、感じたから。

「・・・あたしがいなくなったら、困る?」
「・・・・・・へ?いきなりどうしたんだよ?」

全く予想外の少女の言葉に、少年は目を丸くする。だが、予想していたのだろう。そのまま真剣に、少女は言葉を継ぐ。

「いいから・・・あたしがもし、どっかいっちゃったら・・・シンジ、困る?」
「・・・・・・困るって言うより・・・・・・さびしい、かな?」
「・・・そ。ならいいわ。」

少年の、純朴とさえいえる返答に・・・少女は満面の笑みを浮かべ、頬を少年の額につけた。ただの数字でしかない平均体温などとは別の暖かさが、少年から流れ込んでくる。

(・・・うん、やっぱりあったかい・・・あったかいよ、シンジィ・・・)

求めてやまなかったものが、確かにここにある。

ずっと将来は分からないけれど、少なくとも今は何処にも行ったりはしない。

「・・・・・・あの・・・・・・アスカ?」
「うるっさいわね。しょぉがないでしょ、狭いんだから・・・・・・」

少年の当惑した口調にも構わず、アスカは頬をこすりつける。目を閉じ、幸せな笑みを口の端に浮かべて。

それは一種絵画的な、恋する乙女の光景であった。

が、その雰囲気は長続きしなかった。間延びした、澄んだ女性の声が少年の脳裏に響いたから。

『頭脳体。ラブラブノトコロ悪インダケドォ、みさとチャンカラ通信入ッテルワヨ。』


          ◇          ◇          ◇



「・・・・・・ふぁ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜っ・・・・・・」

修理が完了した第一発令所に、遠慮も何もないバカ欠伸が響き渡る。

ついでとばかりに首に手を当て、ぼりぼりと掻いたりなんかしてみる。

涙の滲んだ目で見るともなしに辺りを見回すと・・・編み物しているマヤと、漫画に見入るメガネと楽譜と格闘するロン毛が目に入って来た。この三人のみならず、誰も彼もが自分の内職に夢中で、大欠伸ぶちかました当人のことなど気にも止めない。こんなのが人類最大最後の要塞の実体と知れば、使徒でなくとも潰しに来たくなるかもしれない。

「・・・・・・ま、いいっしょお。普段からがちがちになってちゃあ、いい仕事は出来ないもんね・・・・・・」

自分に聞かせるような調子で、平和ボケでおねむの作戦部長・葛城ミサトはぶつぶつと呟いた。このぶったるんだ雰囲気が誰の影響であるか、自覚はおろか考察しようとも思わないらしい。

「・・・それにしても暇ね〜。いっそのこと、使徒の発見はMAGIに任せちゃえないもんかしらん?でなきゃ、自衛隊に一任するとか・・・」

・・・人間、やることがないとロクな事を考えないというが・・・普通、ここまで無責任なことは思ってても言わない。

「ダメですよ、葛城三佐。こんなところで・・・・・・」

案の定、編み物から顔を上げたマヤのツッコミが入る。だが、発想そのものを否定してる訳ではない所が中々に困ったもんである。

「・・・まあ、自衛隊にもメンツがありますからね。索敵だけ任されても、馬鹿にされたって思うのがオチじゃないですか?」

漫画から目を離そうともせず、日向マコトが穿った見方を表明する。それに同調して、鉛筆を嘗めながら青葉シゲルが言う。

「自衛隊だって、役に立ってないことはないさ。時間稼ぎで、結構助かってるし。」
「・・・ま、確かにそれはそうね。」

初号機が覚醒した現在はともかく、過去の使徒殲滅戦に於いて自衛隊の存在は必要不可欠なものであった。

確かに、使徒を滅却することこそ出来ないが・・・一度の負けが人類滅亡に直結して来なかったのは、自衛隊及び国連軍の働きに依るものといっていい。エヴァ及び第三新東京市の迎撃装備だけでは、戦略も戦術も成り立たないのである。今までの戦いに、そんなものがあったかどうかはさておいても。

「・・・でも、それって私達に十分な装備があればそれで済むことなんじゃないですか?こんな事言っては何ですけど、普通の弾薬浪費されるくらいだったら、その分兵装ビルの装備とかを充実させた方が・・・」
「ま、それはそうなんだけどねー・・・中々、世の中って正論通んないのよ。」

不満げに言うマヤに、肩をすくめてみせるミサトである。マヤはリツコに次いでMAGIに向き合っている時間が長いだけに、ネルフの台所事情を良く知っている。それが解っているだけに、そうでも言って誤魔化すしかない。深く追求したところで、自分達の後ろ暗さに「こんにちは」とでも言ってそそくさと引き返すしかないのだから。

「それはそれとして・・・知ってますか?何か今度、自衛隊のほうで大幅な配置転換あったらしいですよ。」
「へ〜?まあ、いちおー四半期末といえばそうだしねえ。」

そんな所を察してか、マコトが微妙な方向転換を話題に施した。その意図を即座に了解して乗って見せる辺り、ミサトも伊達だけで作戦部長やってる訳ではなかったらしい。

「あ、その話なら俺も聞いてる。何でも、こっち方面は総入れ換えだとか・・・」
「そうなんですか?それじゃ、連絡先関係書換ですね・・・・・・ふう。」
「ぼやかないぼやかない。今、そんなに忙しくないんだろ?修理もひと段落はついた訳だし。」
「何言ってんですか。ここと索敵関係の修理が終わっただけじゃないですか。兵装ビルなんて、予算の関係でほとんど手をつけてないんですよ。こんな状態で、使徒に来られたら・・・」
「その辺は、大丈夫じゃないか?まさか今、シンジ君を何処かに行かせるなんてことはないだろうし。」
「それは・・・・・・そうかもしれませんけど・・・・・・」

ビーッビーッビーッビーッ・・・・・・

他愛もなくなった空気を突き破り、誰にも構ってもらえてなかったコンソールがけたたましい叫びを上げる。即座に全員、手にした内職を放りだし、駄々っ子のように喚き続けるコンソールに向き直る。

「市街地に向けて、未確認物体が接近中!」
「識別パターン・・・・・・黒!通常兵器と思われます!」
「日向君!連絡入ってる!?」
「いえ、何も・・・どういうことでしょうか?」
「それはこっちが聞きたいわ!青葉君!確認入れて!」
「了解!」

にわかに騒がしくなる発令所。だが何時もの事とは違い、その喧騒には当惑が多分に含まれている。

「総員、第二種警戒態勢!シンジ君達は?」
「・・・いました!初号機モードで未確認物体を追跡中!」
「・・・・・・そっか、あの近くにはレイのマンションあったっけ・・・・・・」

マヤの報告に、一瞬眉根を寄せるミサト。恐らくは3人とも、あれに接触したのだろう。となれば、即刻事情を聞かねばならない。

「マヤ、弐号機立ち上げて!」
「しかし、アスカが未だ・・・・・・」
「通信システムだけ使えればいいわ!他に初号機と連絡取る方法無いンだから、急いで!」
「りょ、了解!」
「・・・・・・あの・・・・・・UNから、通信入ってますけど・・・・・・どうします?」
「とにかく繋いで。」

鋭くマヤに指示を飛ばすミサトに、遠慮がちにシゲルがお伺いを立てる。別に今更、ミサトの剣幕に恐れおののくはずもなく・・・どちらかと言えば、困惑しているようだ。それを一瞬で読み取ったミサトは、意図的な簡潔さで答えた。一瞬の躊躇いの後、回線を繋ぐシゲル。

「やっほーーーーーーーーーっ!ミサトちゃん、元気ィーーーーーー!?」

繋いだ瞬間。そう、1/100秒の狂いもなく、通信回線が接続された正にその瞬間に、スクリーンを突き破らんばかりの超音波が襲来する。予想する方がどうかしている攻撃に、発令所の全員が一瞬、幽体離脱する。

特に名指しで攻撃を受けたミサトなぞ、タマシイが因果地平の彼方にまで逝ってしまった。まさにクリティカルヒット、某ゲームでいえば「くびをきりおとされた」である。

「・・・・・・あれぇ?ど〜したんですかぁ皆さん?」

だが当の本人、自分の攻撃力をカケラも認識していないらしい。人差し指をあごにちょんと当て、小首なんぞを傾げたりする。

これがむさくるしい野郎だったりしたら、戦自からもう一度ポジトロンライフルを徴発せねばならない所だが・・・幸いというべきか、スクリーンの中にいるのは、まず間違いなく美女といってよかった。

年の頃は二十才前半。下手をすると18才くらいかもしれない。ミサトよりも青味が強いブルネットの髪をストレートに伸ばし、後れ毛にはレイよりも強めのシャギーを入れている。ディープブルーの大きな瞳は生気に富み、全体の印象をより《おんなのこ》にしていた。

「・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・どちら様ですか?」

なんとか衝撃から立ち直ったマヤが、絞り出すように尋ねかける。もっとも質問内容の間の抜け方からすると、立ち直ったと思ってるのは本人だけかもしれない。

「あ、これは失礼致しました!本日付でこらちに配属になりました、栗須川由梨花一佐です!宜しくお願いしますっ!!」

余り似合わないしかめっ面を作って、スクリーンの美女は、敬礼した。その様子を、呆然と眺める発令所ご一同。

「・・・栗須川由梨花・・・由梨花・・・ゆりか・・・ッて、《あの》栗須川由梨花ぁあぁぁぁぁぁぁッ!?

そして暫し呆然とした後には、すっとんきょうな叫びが待っていた。呆然を唖然に切り替えて、一同は声の主を振り返る。その視線達の先には、《驚愕》と言う額縁に入った作戦部長殿が、震える指先をスクリーンに向けていた。思わず、顔を見合わせるオペレーター達。

「うん。久しぶりだネッ、ミサトちゃん。」

そんなスクリーン越しの反応など無かったかのように、由梨花は蒲公英たんぽぽのような、明るく無邪気な笑顔を見せた。その無防備で魅力的な表情に、男性職員の過半数が、我と状況を忘れて魅入られた。

が、役職上、何時までも腑抜けてられない人物もいる。自分がその最たるものだとようやくに気がついたミサトは、引きつった声を絞り出した。

「・・・・・・と・・・・・・とにかく、用件は何?」
「あ、そだそだ。・・・え〜、現在其方に向かっている特種戦闘車両は、こちら側で処理します。特務機関の手を煩わせることはありませんので、どうぞご心配なくぅ。」
「・・・あ、そう・・・・・・・・・って、ちょっち待ったぁ!

相手のあまりにもほのぼのとしたもの言いに、思わず頷きかけてしまうミサトである。

が、麻痺しかかったのーみそが相手の言わんとしている事柄を時差付きで理解すると、ミサトは猛然と食って掛かった。

「あんたねえ、事情も何も説明しないで、ただ『手ぇ出すな』って言われて、ハイそ〜ですかじゃこちとら商売上がったりなのよ!一体何がど〜なってんのか、ちゃんと説明しなさいッ!」
「え〜っ、でもォ。ネルフって、使徒さんを相手にするのがお仕事でしょ?だからぁ、これって管轄外ってことにならない?」
「特務機関ネルフには、この第三新東京市を守る義務がありますッ!だから未確認物体に対して、事実を正確に知る必要があるの!」
「え〜、でもでもォ。情報くれないのは、お互い様じゃない〜?」
「今そんなことは問題にしてませんッ!い〜からとっとと、あれがなんだか教えなさいっっ!」

額に青筋立てて怒鳴りまくるミサトに、すっとぼけた表情でシビアなツッコミ入れ続ける由梨花。この果てしなく噛み合わない会話に、マヤ達は顔を見合わせた。

「・・・・・・なんか・・・・・・すっっっっっごく、レベル低くありません?これって。」
「・・・うん、まあ・・・でも今の葛城さん、ちょっとおかしいよ。いつもは、ここまで感情的にならないのに・・・」
「そうだな。なんか・・・栗須川一佐っていったっけ?あの娘のこと知ってるみたいだし。昔、何かあったとか・・・」

席から身を乗り出し、ぼそぼそと噂するオペレーター三人衆。警戒態勢が発令されている中で不謹慎、といえばそうだが・・・相手が使徒ではないとハッキリしている以上、多少緊張が弛むのは致し方ない。しかも、上司がしている会話が会話である。

「大っ体、あんたってば昔っからそうよね!ひとのハナシ全っっっ然聞きゃしないし!お陰で、私がどれだけ苦労したか!」
「え〜。そんなことないよォ。」
「何言ってんのよ!ネバダの幽霊騒ぎ、忘れたとは言わせないわよッ!?」
「・・・えーっとォ・・・ごめーん、何だっけ?」
「・・・あ・・・あ・・・あ・・・あんたって・・・」

連続炸裂する天然ボケに、ミサトのVアーマーはほとんど削られてしまった。怒りのあまり硬直しているところに、艦船用レーザー並みの破壊力を秘めた声が背後から、止めとばかりに突き刺さった。

「・・・・・・気は済んだかね?葛城三佐。」
「!!し・・・・・・司令・・・・・・」

周章狼狽して振り向けば・・・一応自分の上司であるおやぢ共が、ホログラムかと疑いたくなるぐらい同じ位置と姿勢でふんぞり返っていた。ミサトは、自分の血が干潮になる音を聞いたような気がした。

「・・・失礼した、栗須川一佐。今回の件は其方の管轄だ。地上の権限は、其方に委譲しよう。」
「はい。ご協力、感謝します。では、立て込んでおりますのでこれにて。」

不似合いなしかめっ面を再び浮かべて敬礼し、由梨花はスクリーンから消えた。

それを確認した後、特務機関ネルフ総司令・碇ゲンドウは立ち上がり・・・まだ呆然としているミサトを冷然と見下ろすと、地の底から響くような声で言った。

「葛城三佐。後で司令室に来たまえ。・・・いくぞ、冬月。」
「ああ。・・・第二種警戒態勢は解除。通常勤務に戻りたまえ。以上だ。」

副司令である冬月コウゾウが、ミサト以外のスタッフに指示を出す。その返事も待たずにコウゾウはエレベーターを動かすと、傍らの髭男に囁きかけた。

「・・・碇。今回の件、どう思う?」
「ただの内輪揉めだ。我々には関係ない。」
「確かにそうだが・・・迎撃設備に損害が出るかもしれんぞ。」
「そうなれば、日本政府に貸しが出来る。どう転んでも、我々が損することはありえん。」
「しかしそれは、我々が一切手出ししなかった時のことだろう?葛城三佐の気性では、黙っているとは到底思えんのだが・・・」
「その事については考えがある。案ずるな、冬月。」
「・・・そうか。」

そして、二人の周りをモーター音だけが支配する。

独特の雰囲気の中、コウゾウは口に出せなかった台詞を脳裏で玩んでいた。

(・・・しかし碇よ・・・シンジ君は、どうするのだ?)


          ◇          ◇          ◇



「ぬわんですッてぇ!?《戻ってこい》って、一体全体ど〜ゆ〜事よっ!!」

至近距離で炸裂した超音波爆弾に、シンジの耳は使い物にならなくなった。

「・・・ど〜ゆ〜事もこ〜ゆ〜事もないわ。これは命令よ。」

露骨にうんざりした口調のミサトを見なくて済むことに、シンジの目は感謝した。

ちなみにシンジの口は、目を覆ってるものと同じく柔らかいものでふさがれてて機能していない。まあ男なら一生機能しなくてもいい状況ではあるのだが、鼻もふさがっているのは困ったもんではある。シンジの場合、別に呼吸しなくても死にゃしないのだが・・・二人の美少女の甘い香りをダイレクトに嗅がされるとゆ〜のは、いかに彼がおこちゃまでも刺激が強過ぎる。

結果、シンジは酸欠に等しい状態に陥っているのであった。

「だったら、理由をいいなさいよ!理不尽な命令には、拒否する権利があるはずだわ!」

そんな仮死状態のシンジをほったらかして(抱きしめてはいたが)、アスカは猛然と噛付いた。噛付かれた方は冷然と、一分の妥協も許さない口調できっぱりと言った。

「あなたたちが追いかけている物体は、使徒ではないことが既に判明しています。よって、初号機の機密保持を最優先し、直ちに帰投しなさい。・・・これ以上の説明が聞きたいなら、軍法会議上でってことになるけど?」
「・・・・・・うー・・・・・・」

この理路整然とした命令(脅迫)に、流石のアスカも何も言えなくなった。それを見て取ると、ミサトは少女の壁に埋もれてるであろう少年に呼びかけた。

「シンジ君?とにかく何でもいいから、早いとこ戻ってきなさい。聞こえる?シンジ君?」

だが当然というか何というか、シンジからの返答はない。この状態では答えたくても答えられないし、そもそも聞こえているかどうかも怪しい。

アスカは少しの間、ミサトとシンジを等分に見比べていたが・・・すぐに左手をスクリーンの死角で動かすと、シンジの頭にあるインターフェースをずらした。

即座にスクリーンが乱れ、狼狽したミサトの声だけがノイズ混じりに聞こえてくる。

「・・・ちょっ・・・シン・・・どうし・・・の!?」
「あれ〜〜〜〜〜〜?どうなってんのよ、シンジィ?通信、乱れちゃってるみたいだけどぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」

かなりわざとらしい口調と共に、アスカは更にインターフェースをずらす。画面も音声も、もはやノイズだらけで意味を取ることは不可能だ。恐らく、ミサト側も同じだろう。

「ね〜ね〜、受信状態悪いわよぉ?どっか壊れたんじゃなあい?」

それでも念の為に、白々しい台詞を付け加えると、アスカはインターフェースを右手で取り上げた。途端に途切れる通信。

「・・・うーん・・・外見は異状無いみたいだけど〜。でも念の為に、検査に出した方がいいわねえ。万一のことがあったら大変だしィ〜。」

強引な理論展開でタテマエの構築を終わらせると、アスカは制服のポケットにインターフェースをしまい込んだ。そして勝ち気な笑みを浮かべると、シンジの頭上から命令した。

「さっ、シンジィ。全速力で追いかけるわよッ!」
「・・・・・・貴方、帰投命令を無視するつもり?」

冷気すら漂わせた台詞に顔を上げれば・・・そこには、最近見なくなった赫く怜悧な視線があった。滅多にないプレッシャーに、思わずたじろぐアスカ。

「・・・な・・・なによ。いいじゃない、少しくらい・・・」
「・・・貴方、碇君を営倉に送りたいの?」

全てを凍りつかさんばかりに、レイは言葉を継ぐ。妥協も隙も無いその姿に、アスカは珍しくしどろもどろになった。

「・・・だ・・・だぁいじょうぶよ。ほ、ほら。通信も途切れちゃったし、どーせシンジの奴、話聞いてないだろうし・・・ね、ねえ?シンジィ?」

形勢不利と見て、アスカはもっとも効果的な援軍を頼もうとした。

が。

「・・・・・・くぉらシンジッ!!アンタ、一体何やってんのよッ!?とっとと離れなさいよっ、この変態ッ!!!

肝心の援軍は、既に篭絡されていたりなんかしていた。顔の左半分をレイの谷間に埋め、至福の表情(アスカ談)を浮かべるシンジを見て、当然のごとく切れるアスカ。

「・・・何をするのよ。」
「それはこっちの台詞よっ!!さっさとその手を退けなさいッ!!」
「いや。」
「《いや。》ぢゃなぁあぁぁぁぁぁぁいっっっ!!」
「・・・・・・う、うわ、うわ、うわわわわわわわわッ!?な、なんだぁ!?」

いきなり勃発した《惣流対綾波・初号機直上会戦》に、流石のシンジものんびり死んでられなくなったようである。事態は飲み込めないながらも、取り敢えずは止めに入る。

「・・・ち、ちょっと二人とも!?と、とにかく、ちょっと落ち着いて・・・!」
「うるさいバカシンジッ!!今日という今日は、この女に引導渡してやるッ!!!」
「碇君、私は落ちついているわ。弐号機パイロットが人間にみえるくらい冷静よ。」
「な・ん・だ・とぉぉぉぉぉぉッ!!」
「わーーーーーーーーーっ!?や、や、や、止めてってばぁ!いてっ!暴れないでよ〜〜〜〜〜〜。」

おもむろに暴れ出す二大美少女怪獣と、毎度の事ながら巻き込まれて、もみくちゃにされるシンジ。

そして頭の上で大騒ぎされている初号機はと言うと・・・・・・

『アラアラ。頭脳体モ大変ネエ・・・マ、コレダケノ幸セ満喫シテルンダカラ、多少ノ不幸ハばらんす取ル上デモ必要ヨネ。』

相も変わらず、呑気で無責任であった。