機動戦艦ナデシコ
ORIGINAL GENERATION






第5話

夢と恋』と戦いと







ルリは夢を見ていた



ルリ「ホシノ・ルリ、オペレーター。11歳です」



そこにはナデシコのみんながいた

ミナト、メグミ、ジュン、ゴート、プロス、エリナ、ユキナ、イネス、リョーコ、ヒカル、イズミ

ホウメイ、アカツキ、ウリバタケ、ホウメイガールズと懐かしい顔ぶれだ

そして、後にはアキトとユリカの姿が現れた



アキト「ルリちゃん、よろしく!」


ユリカ「仲良くしよ、ねっ!」



2人の姿が歪み、そこから初代ナデシコが現れる

ナデシコの中ではエリナが説教し、ゴートとプロスが見守っている

歌って踊って料理をするホウメイガールズの面々

それを暖かく見守り続けたホウメイ

三人で姉妹のように戯れているミナトにユキナにメグミ

怪しい発明品にひたすら没頭するウリバタケ

ヒカルはリョーコをからかい、イズミが訳の分からないギャグを発する

そして、アキトにベッタリのユリカと、それを恨めしそうに見ているジュン

最後に突然ナデシコに現れた時のカケルの姿が浮かんだ



カケル「えっと・・・・・・此処は・・・・・・何処ですか?」



いつの間にかナデシコのブリッジにいて、こちらの質問に曖昧に答えるだけだった

それから色々と調べた結果、何も解からないといった結果だった

名前だけは身に付けていたペンダントの鎖の繋ぎめに刻まれていた

それから地球に戻り、誰がルリを引き取るかでもめる

ユリカにカケル共々引き取られる事になり、それから新しい生活が始まったが

ユリカが親子喧嘩の末、三人でアキトのアパートに住み込む事になった

それから月日は流れ、アキトとユリカはみんなに見守られるなか、結婚式を迎えた

そして、2人の新婚旅行の日・・・・・・



ユリカ「遅いね〜」


アキト「ああ、いつもは時間に正確なんだけどな」



全員で決めた待ち合わせ時間はとっくに過ぎている

あと10分もすればアキトとユリカは出発してしまう

それなのに一人だけまだ姿を現れていないのだ

そして、残り時間も5分を切った頃、一人の少年が慌てて走ってくる



ルリ「来たようですよ」



少年はアキトとユリカの前で大きく転倒してしまうが、右手を立てて、全宙返りして立て直す



アキト「どうしたんだカケル?お前が時間に遅れるなんて珍しいな」


カケル「ごめんごめん。ちょっとコウイチロウおじさんに頼まれた仕事をしてたら遅くなっちゃって
     おじさんから聞いてないの?」



それを聞いて全員がコウイチロウの方に目を向けると

何も知らないと言わんばかりに髭を引っ張りながら口笛を吹いている

どうやら伝えておくどころか、頼んでいたことすら完全に忘れていたようだ

時間は残り少ないというのに、ユリカに説教される破目になってしまう



ユリカ「お父様!カケルくんは頼まれたら断れない体質なんだから、ちゃんと覚えてないとダメでしょ!
     それも当日までさせておくなんて、もしこれなかったらどうするの!?」


コウイチロウ「ユリカ〜、お父さんが悪かった。許してくれ〜」」



情けない声を出し、情けない顔をして、情けない姿で必死に許しを乞っている

そんな事をしている間にも、残り少ない時間は過ぎていく



ルリ「あの、もう残り時間がありませんが・・・・・・」


「「えっ?」」



アキトとユリカが時計を見ると、少しだが時間を過ぎていた



アキト「うわ〜、もうこんな時間だ!」


ユリカ「急がないと乗り遅れちゃうよ。それじゃあみんな、お土産、楽しみに待っててね〜」



二人は荷物を持って慌てて走っていく



アカツキ「やれやれ、相変わらず騒々しいね〜」


ヒカル「こんな時くらいのんびりしたらいいのに」


ウリバタケ「ま、その方がらしくていいけどな」



勝手なことを散々言っている

それからシャトルが飛び立つのを見送りに行く

誰もその時は気づきもしなかった

これが、二人を見る事の最後になるとは、誰も思いもしなかっただろう

全員で見守る中、二人を乗せたシャトルが爆発した



カケル「・・・・・・義兄さん・・・・・・義姉さん・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・」


ルリ「い、いやあ――――――――ッ!!



立ち尽くす者、泣き喚く者、崩れる者、反応はそれぞれだが

誰もが目の前の現実に心を打ち砕かれた感じだ

それからまた景色が変わり、火星の遺跡へと移り変わった

そこには遺跡ユニットに取り込まれたユリカがいて、その姿が砕けて2つの起動兵器が現れた

一つアマテラスを襲撃した漆黒の起動兵器と、金色のエステバリスが対峙していた

パイロットは黒の皇子となったアキトと、何処か雰囲気の変わっていたカケルであった

二人からは殺気が放たれ、親近感の欠片も感じさせない

2機が構え、一気に機体を加速させ、互いの間合いに入り込み拳を叩き込む

2機の拳は互いのコックピットを捉え、そのまま減り込んでいく

コックピットの中は押し潰され、二人は炎に包まれ、皮膚などが解け落ち、骸と化していく



「「うがああ―――――――ッ」」














ルリ「!?」



目を開けると、そこはヒカルの部屋だった

周囲を見渡してみると、机を囲んで同じように寝ている

朝日が眩しく、実に良い天気なのだが

ヒカル、サブロウタ、ハーリーの3人は昨日の徹夜でまだ目を覚まさない

ルリはゆっくりと溜息を吐いた



ルリ「夢、ですよね・・・・・・」



先程の夢の最後の光景

それは悪夢にも思えるほど嫌な夢だった














海辺の歩道を白鳥ユキナは全速力で走っていた

渋滞に捉まっているナンパな男たちが声を掛けてくるが、それを軽くかわす

急いでいるあまり、正面から来る自転車にぶつかりそうにもなるが、それでも全力疾走する

それというのも、吉報を大切な人に一番初めに伝えたいからだ

家に辿り着くと、勢いよく引き戸を開け、そのまま茶の間へなだれ込む



ユキナ「ただいまーッ!やったよミナトさん!ジュニアメンバー大抜擢!!・・・・・・あれ?」



元気良くVサインを決めて中に入ってみると、そこにはミナトの姿はなかった

いや、あるにはあったのだが、伝言メッセージの映像の中だったりした



ミナト『ゴメン、急用なの、ちょっと出かけてくるネ、じゃ♪』



ウインドウ内のミナトは投げキッスをする

それがどうにも怪しかった



ユキナ「・・・・・・投げキッス・・・・・・あやしい・・・・・・何かあやしいよネ」



誰に言っているか分からないが、勝手に自己完結して、何やら準備を始める














連合宇宙軍のオフィス

わざわざウインドウで風鈴を映し、涼しげな音色を奏でさせている

どうせ室内は冷暖房完備なので、常に最適な温度を保っているのだが、雰囲気の問題らしい

そんな室内で4人の男たちがスイカを貪っていた

これでも一応は会議をしているのである。一応は・・・・・・



ムネタケ「いやはや・・・・・・今回の騒ぎで、連合軍も連合内もガタガタですな」


秋山「ま、当然でしょ」


コウイチロウ「で、敵の動きは?」


ジュン「はい!敵『火星の後継者』は、現在火星極冠遺跡を占拠、クサカベの主張に同調する者が続々と集結中
     その数現在までに、統合軍の3割にも達しています」



真剣に会話を進めているが、スイカの食も一緒に進めている

とても軍上層部の会話とは思えないが、真剣に考えていることには変わらない



ムネタケ「連合の非主流派の国々も、非公式ながら支持の動きがあります」


コウイチロウ「宇宙軍からは同調しようにも人がいないからねぇ・・・・・・」



そう、連合宇宙軍は統合軍の結成の際、かなり軍備や人員を縮小されてしまった

それこそスズメの涙程度しか残されなかったのだ



ムネタケ「よかったですナ」


ジュン「よくありません
     向こうは反逆者ですよ!なんでそんなにみんな心優しいんですかッ!?」


秋山「ま、この手のテロはカッコよく見えるからなァ、単純明快で」


ジュン「そんな〜」



怒りに激高していたところにツッコム秋山

それのより完全にへこんでしまうジュン

そこにウインドウが開き、秘書が現れる



秘書「アオイ中佐、外線です」


ジュン「え?」



ジュンが呆気に取られた表情をして振り向くと

秘書のウインドウの隣に新しいウインドウが現れた



ユキナ「ハァーイ、ジュンちゃん。お元気ィー!?」



ウインドウからユキナが現れると、オヤジたちが歓喜の声を上げる



ジュン「な、何で回したんだ!?」


秘書「ごく親しい方から緊急の用、ということでしたので」



秘書のウインドウはそれだけ言って消える

そんな事で通れるとは、宇宙軍の管理の緩さが物語られている



ユキナ「ねえ、ミナトさんそっちに言ってるよネ?」


ジュン「え?さあ・・・・・・」



一応口止めされているので誤魔化してはみたが

いかせん説得力の欠片もなければ、信頼性も感じられない



ユキナ「とぼけてもムダムダ!!
     ネルガルだか宇宙軍だか知らないけど、何か企んでるんでしょ。図星よね?
     そーよ図星、隠してるんでしょ!」



口調がもはや質問と違って、尋問に発展している



ジュン「そ、そんなこと軍の機密だよ」



ついに口を滑らせてしまった



ユキナ「あ―――ッ、やっぱり隠してたッ


ジュン「!!」



"しまった"と思ったときには既に遅い

ジュンは仕官で中佐という階級にいるのだ

それが一般の女子高生の誘導尋問に引っ掛かってしまっては立場がない



ユキナ「ね―――お願い、教えてアオイさんだけが頼りなの」



ユキナは都合に合わせて『ジュンちゃん』と『アオイさん』を使い分けている

それもジュンの情けなさを現すものの一つである



ユキナ「教えてくれたらデートでも何でもしちゃう。ワガママも言いません
     あなたのユキナになりますからッ!



それを聞いたジュンは思いっきりスイカを噴出してしまった

それから弁護を計らったり、言い訳をしたりしているが

上層部の3人の議題は火星の後継者からジュンの身辺関係へと移ってしまっていた



コウイチロウ「アオイ君もそれなりにデキる奴なんですが、いわゆるイイ人過ぎて・・・・・・」


秋山「わかります」


ムネタケ「女子高生に手玉に取られてはいけませんなァ・・・・・・」



これ見よがしにヒソヒソと話し続ける3人の上官



ジュン「ああ―――――、もォうるさ――――いッ!!




夏の空


ジュンにも遅い


春の風





コウイチロウ「あ、字余りだ」














場所は移り、此処は日々平穏店内

初代ナデシコのチーフコックをしていたホウメイが経営している店だ

そこでウリバタケ家から戻ったルリたち3人は昼食を取っていた



ハーリー「これで20人目、歴戦の勇者、また一人脱落、と・・・・・・」



手元のノートパソコンにまた不参加の烙印を押された人が増えた



サブロウタ「ハーリー、しつこいぞ」


ハーリー「だ、だって!」


サブロウタ「だって何だよ」


ハーリー「そんなに昔の仲間が必要なんですか?」


ルリ「必要」



ラーメンを食べながらも即答する

思わず絶句してしまうが、それでもなお食い下がろうとする



ハーリー「べ、別にいいじゃないですか。僕たちだけでも!エステバリスのパイロットの補充は必要かもしれませんが
      フネの操縦は僕だってできるし、戦闘指揮はサブロウタさんだっているんだし
      僕たち連合宇宙軍の最強チームなんですよ!」



自分の言葉に熱くなるハーリー

他の連中を乗せるのが嫌なのか、最強の肩書き故のプライドなのか、頑なに拒み続ける

そんな事を口論している間にも、出された火星丼は冷めていく



ハーリー「リタイアした人たちだって、今の生活があります!
      何がなんでも懐かしのオールスター勢揃いする意味があるんですか?」



そのリタイアした人たちの大半を既にカケルがスカウト済だとは、この場の誰も知る由もない

直接会えなかったので仕方のないことなのだが



サブロウタ「ハーリー、いい加減にしろよ・・・・・・」


ハーリー「ねえ艦長!答えてくださいよ。僕はそんなに頼りないですか?艦長!!」



ハーリーの余りにの執着に呆れ返るサブロウタと

それを完全に聞き流しているルリ

丼を持ち、残ったスープを一気にすすって一息吐くと、ただ一言



ルリ「・・・・・・ホウメイさん、おかわり」



精一杯、更に珍しく熱く語ったにも関わらず、帰ってきた答えはボケだった

純粋無垢な少年の心には痛恨の一言だった



ハーリー「うぅわぁああ―――んッ!


ハーリーは席を立ち、そのまま店から出で走り去る

それを追ってサブロウタも店の出るが



サブロウタ「ハーリー!お―――い金払えよ、おーい!痛くねえのかナ、あいつ・・・・・・」



心配するところがどこかズレている

それとは別に、ルリも新しく出されたラーメンを静かに食べている



ホウメイ「いいのかい?追いかけなくて」


ルリ「いいんです。私たちだけでは敵には勝てない。それはあの子だって判っているはずです」



普通に討伐艦隊を組んで正面から戦うのなら勝機もあるのだろうが、今回はそうではない

なにせナデシコCの単体による奇襲作戦なのだ

それは数分、もしくは数秒で決着が着く、まさしく電撃作戦と呼ばれるものである

これにはルリとハーリーの二人が完全にシステムの掌握に専念する必要があるので

成功率を1%でも上げるには、パイロットは勿論のこと、操舵士、通信士なども最高の人材を揃える必要がある

だからこそ、かつての仲間であり、家族でもある最高な人材の旧ナデシコクルーを集めたいのだ

決して彼らの事や、ハーリーの言ったことを蔑ろにしていたわけではない



ホウメイ「判っていても割り切れないものだってあるよ」


ルリ「・・・・・・」



それに関しては経験がある

軍に忘却されそうになったオモイカネや、戦争を終わらせるためにナデシコを自爆しようとしたユリカを止めた事

それは理解していても、思いがそれを拒んだから、それが人間だからだ



ホウメイ「そう、人間だから・・・・・・あの子はヤキモチ焼いてるネ
      昔のあんたの仲間に。昔のナデシコってやつにさ・・・・・・」



ひたすら優しく諭すホウメイ



サブロウタ「ヤキモチか・・・・・・どこから探すかね〜」



何だかんだで面倒見のいいサブロウタ

自分はヤキモチの対象ににされていることにあんまり自覚がないのだろうか














商店街の近くの公園のベンチに3人が座っていた

少年の脇には買い物をしたのだろうか、食材や衣類が入った袋が4つ置かれていた



カケル「あの・・・・・・まさか荷物持ちに呼んだんじゃないでしょうね?」



事の始まりは2時間前、いきなり"急用だから出て来て"というメールが入っていたので出てきたら

買い物に付き合わされて、そのまま荷物持ちにされてしまったのだ



ミナト「違うわよ。これから日々平穏って店に行って、ホウメイさんに会いに行くのよ
    だから買い物はそのついでよ」



カケル(やっぱり俺を呼んだのは荷物持ちじゃないか・・・・・・)



などと思っていても決して口には出さない

考えてもみれば、買った酒の量が非常に多かった

一つの袋の重みが、他の3つの袋の合計より遥かに重かったからだ

なんか上手いこと使われているような気がしてならなかった



ミナト「細かいこと気にしちゃダメよ。おかげでこの娘にもいい服が買えたでしょ」


カケル「まあ、そうですけど」



そう、実はデパートでラピスにピンクのワンピースを購入したのだ

それはカケルからラピスへの初プレゼントで、実に喜んでもらえた

選んだのはミナトで、それがまた素晴らしいほどよく似合っているものだったからよし

一度更衣室から裸で出てきた時には正直焦ったが、カケルが即行で戻してカーテンを閉めた

ラピスは服の入った袋を大事そうに持っている



ミナト「さってと、私はもう少し買い物をしてくるから、荷物を見ててよね」


カケル(まだ荷物を増やすのか。まあ、これを持って歩き回るよりはマシか・・・・・・)



そう思いながら手を振って見送る

それから自販機でジュースを買い、ベンチの方へ戻ろうとしたとき

一人の少年ハーリーが泣きながら走ってきて、どんどんこちらに接近してくる

カケルとラピスはそれほど、周囲に気を配ってないし、ハーリーに関しては周りが何も見えていない

となると答えは一つ



カケル「え?」


ラピス「きゃ!」


ハーリー「うわ!」



見事に激突する訳である

カケルはこの程度ではバランスを崩すこともしないし、ラピスはそんなカケルが支える

だが、ハーリーはモロに尻もちをつく結果となってしまった



ハーリー「イタタタタ・・・・・・ゴ、ゴメンなさ・・・・・・」



ハーリーは自分の尻を擦りながらも慌てて謝るが、視界に入った少女の前に言葉が止まった

年齢もそうだが、眼の色や外見、雰囲気などが憧れの艦長さんによく似ている



ラピス「痛い・・・・・・」



決して身体が丈夫じゃないラピスには、ハーリーの体当たりは堪えたみたいだ

それでも服の入った紙袋だけはしっかりと両手で持っている



ハーリー「あ、ゴメンなさい。大丈夫ですか?」



いつの間にか泣き止んで、実に素早い動きで駆け寄った

近くで見ると、ますますルリにそっくりだと思う

まあ、カケルがいたので大事になる心配はないだろうが、そのカケルの事は目に入ってないみたいだ



ラピス「平気・・・・・・ん」



ぶつかった箇所や手に持っていた袋もしっかりと握り締めていた

それから何を思ったのか、ふとハーリーの顔を覗き込んだ

その視線に気づいたハーリーは途端に顔を真っ赤にする



ハーリー「なななな・・・・・・なんですか!?」



憧れの人に似た容姿の少女の視線に心臓がドキドキしている

そのまま少し時間が経って行く度に、ハーリーの心音は高まり、顔もサルのごとく赤くなっていく

そこにカケルはラピスの肩に手を置いて



カケル「どうしたの?」


ラピス「カケル、この子、泣いてるよ」


ハーリー「え!?」



その一言を聞き、自分の頬を触ってみると、確かに涙が流れていた

それを慌てて拭い、ごく自然に話そうとするが



ハーリー「な!何をおっしゃるウサギさん。僕だって軍人のはしくれ、泣いてなんか・・・・・・」



口調が変になっている

それに、涙も止まらず、次から次えと溢れてくる

軍人としてのプライドがズタズタに引き裂かれた為だ

そんなハーリーに、カケルはポケットからハンカチを出して、それを差し出す



カケル「取り合えず落ち着いて、これで涙を拭いて」


ハーリー「うう・・・・・・ありがとうございます」



ハンカチを受け取ると、なぜか涙を拭かずに、鼻をかんだ














3人は公園のベンチに移動していた

大して時間も経っていないので荷物は無事だ

カケルは公園の中央噴水で店を出しているクレープ屋でクレープを3つ購入してきた

シンプルなチョコバナナのクレープを二人に手渡す



カケル「二人とも、はい」


ラピス「ありがとう」


ハーリー「いえ、僕は結構です・・・・・・」



そう言って断ろうとしたのだが、何ともタイミングよく腹の虫が大きく鳴った

考えてみれば、日々平穏では火星丼を食べ損なっていた



ハーリー「あ・・・・・・」



あまりの恥ずかしさに顔を赤くして俯いてしまった

もし此処にサブロウタがいたら、それこそ何処までからかわれるか分からない



カケル「ははは、お腹空いてるんだろ?俺の奢りだから、遠慮なんかしないでよ」


ハーリー「はい、ありがとうございます・・・・・・」



カケルはハーリーにクレープを渡し、二人の間に腰掛ける

3人は静かにクレープを食べ、全員が食べ終わった頃にはハーリーも平静を取り戻していた

それを見越して話をしてみることにした



カケル「ところで、キミはどうして泣いていたんだい?
     もし悩みか何かがあるなら言ってよ、俺でよかったら相談に乗るからさ」



ハーリーはそれを聞き、また泣きそうな顔をする

また何かを思い出してしまったようだ



カケル「あ、ゴメンね。言いたくないなら無理に言わなくていいから
     悩みって人に話せば楽になるって言うから、ホント、俺ってお節介だよね」


ハーリー「いえ、気持ちは本当に嬉しいです。それじゃあ、聞いてもらえますか?」


カケル「俺なんかで良ければ」



そうしてハーリーは話した

もっとも、細かい内容は軍事機密に触れるので、大まかな話しかしなかった

事件の起こりから艦長がずっと悩んでいることや

とある事情から昔の仲間を集めていること

それで自分が役に立っていないのではないかという不安と、現在の仲間より過去の仲間が大切なのかという疑問

それをカケルは微笑んだまま聞いていたが、内心複雑な心境でもあった

なにせ艦長であるルリの悩みの一旦を自分が担っている訳だから



ハーリー「・・・・・・という訳なんですよ」


カケル「なるほどね、大体話は分かったよ」



大体ではなく、ほとんどと言うか全て分かっているのだが、それはあえて言わない

それから話を持ち出そうとしたら、さっきまで黙っていたラピスが急に口を開いた



ラピス「ねえ、どうしてその人に自分を必要として欲しいって言わないの?」


カケル「え?」


ハーリー「な、ななな・・・・・・」



その言葉に驚くカケルと、取り乱すハーリー



ラピス「七?奈々?」


カケル「ラピスちゃん、どっちも違うから・・・・・・」



一応ツッコミを入れるが、ハーリーはそれどころではない



ハーリー「いきなり何を言い出すんですか!?」


ラピス「違うの?」


ハーリー「あなたたちみたいな普通の人には理解できないですよ、軍人の僕の気持ちなんて・・・・・・」



ハーリーは知らないのだ

目の前の少女が過酷な運命の元に生まれ、未だにそれを背負っている事を



ラピス「確かに私にはあなたの事を理解することはできないけど、自分の居場所は自分で勝ち取らなくてはいけない
     望まれたからいるのも、望まれないから去るのも、それは言い訳でしかないから」



ラピスは自分でも不思議に思えるほど苛立っていた

与えられた立場に甘え、そこからまったく進もうとしない相手に対して



ハーリー「自分の場所・・・・・・」



今までそんなことは考えてきた事もなかった

遺伝子操作の人工受精体として生を受け、英才教育を施され、今では戦艦のオペレーターをしている

しかしそれは、誰かに言われたとおりにしてきただけで、自分で決めた事ではなかった

それはまるで、目に見えない糸で操られるマリオネットの様だった



カケル「キミには、自分の場所はないのかい?」


ハーリー「僕の場所・・・・・・」



カケルの言葉、ラピスの言葉の意味を真剣に考える

確かに、これまではそうだったかもしれないが、一つだけ自信を持てる

ナデシコ、その戦艦に乗ってできた初めての、そして大切な家族

それこそが自分の場所だと



カケル「あるんだろ、キミにも自分の場所が」


ハーリー「はい!僕にもあります」



自分に自信を持って答えている

その目はさっきまでと違い、一人の男の目になっていた

これならもう大丈夫だろうと思ったとき、買い物袋を持ったミナトがやって来た



ミナト「ごめ〜ん、待った〜?」



ミナトと合流し、簡単な経緯だけを話した

それでハーリーが日々平穏に戻る事を知り、ミナトとハーリーの二人で向かう事になった

最初は荷物が多いので、手伝う事にしようとしたのだが

一皮剥けた少年はそれを断った



ハーリー「それじゃあ、そろそろ行きますね。二人ともありがとうございました」


ラピス「・・・・・・最後に一つ、必要とされたいなら、まずは自分を示さなきゃいけない」



年の割りに大人びて見える少女

それは本当に自分の憧れの人に似ていた



カケル「君なら大丈夫だから、まず自分に自信を持ちなよ」


ハーリー「自分に自信を、ですか・・・・・・」



これまで自分自身を信じ、自信を持っていたつもりだった。あれでも

だからカケルでなくても気づく人は気づくだろう



カケル「何事も自分を信じないことには始まらないし、何をしても上手く行かないからね
     ま、そんな事言われなくても分かってるんだろうけど」



カケルはそう言って、笑いながらハーリーの頭を撫でる

本来ハーリーは子供扱いされるのを嫌うのだが、なぜか今回はそう思わなかった

暖かくて、優しくて、強くて、まるで本当の兄に撫でてもらっている感じがしたからだ



カケル「頑張りなよ」


ハーリー「はい」



元気良く返事する

それから二人が去って行くのを見送ると、名前を聞くのを忘れていた事に気づいた

さらに抜けている事に、ミナトに聞けば済むことにも気づかなかった














夜中の日々平穏には『本日閉店』の札が立て掛けられている

店内では自分の持ってきた大量のおみやげを肴に、ミナトとホウメイが静かに飲んでいた



ホウメイ「何に乾杯なのかねェ?」


ミナト「久しぶりの再会と、カケル君のお目覚めにかな」


ホウメイ「ハッハッハッ


ミナト「フフフ」



豪快に笑うホウメイと静かに微笑むミナト

軽く一杯終えると、少しだけ真剣な表情になって尋ねる



ホウメイ「あんたも乗るのかい、ナデシコCにさ」


ミナト「そうだね。カケル君と話したときは、ルリルリの様子だけ見て帰っちゃおうかと思ったけど・・・・・・
     あの子見てたら、そうも言ってらんない」


ホウメイ「そうだね、かなり無理してる。顔には出してないけどね
      艦長としての責任、任務の遂行、敵は強い・・・・・・プレッシャーに押し潰されかけてるよ」


ミナト「こういう時にカケル君が傍にいてくれればね・・・・・・」



そう、ユリカの傍らにアキトが居たように

残念だがその代わりを今のハーリーに求めるのは無理だろう

いくら男として一皮剥けたとはいえ、まだまだカケルの域には程遠い



ホウメイ「艦長、か・・・・・・」



呟きに答えるように、グラスの氷が静かに音をたてた














ルリ達3人はひとまず本日のクルー集めを打ち切り、帰路についた

疲労が身体を覆っているのか、ルリ以外の二人は電車の振動に合わせて眠っている

ただ一人、ルリだけが所在なさげに座っている



ハーリー「かんちょお・・・・・・・・・」



左肩に寄りかかったハーリーの寝言が聞こえ、思わず微笑むルリ

そのとき、平行して走る電車を何気なく見ると、そこには見知った人物が立っていた

一人は漆黒のマントに身を包み、大きなバイザーで顔を隠した青年

もう一人はごく普通の格好だが、アマテラスで会ったときと同じ格好だった

二人もこちらに気づき笑みを送ってきた



ルリ「!!」



3年前は同じに思えた笑みだが、二人の笑みは明らかに違っていた

それは光と闇を表しているとさえ思える

それをただ見送る事しかできなかった














ボソンの光が集結し、実体化した夜天光がゆっくりと地面に着地する

夜天光の前に既に六人の腹心が控えている



北辰「まだ完璧とは言えんな」



夜天光のハッチが開き、北辰は厳かに告げる

予定していたより数mほどズレが生じていた



北辰「しかたない。一先ず我らは本来の任務に戻る」


北辰衆A「では・・・・・・」


北辰「人形と試験体・・・・・・」



思い浮かべるは恐怖に歪んだ研究員とカプセルの中の試験体

その中でも一際美しい少女が怯えている



北辰「ラピス・・・・・・・・・」



その名を呼び下舐めする

その愉悦に歪んだ笑みは"ゾッ"とするほど非人間的であった














広い墓地に鐘の音が鳴り響く

ルリとミナトと一緒に花束を持って、その場を訪れた

そこにはテンカワ・アキトの姿があった



ルリ「今日は・・・三周忌でしたよね」



アキトは何も語らない

ミナトが二人の持ってきた花束を活けると、線香を置いて黙祷する

墓には『イネス・フレサンジュ』と刻まれていた

しばらく沈黙が続くが、ややあってルリが口を開いた



ルリ「もっと早く気づくべきでした・・・・・・」


ミナト「え?」



ルリの脳裏にアマテラスでハーリーの入手したデータが鮮明に甦る

何度か軍でも問題になっていたことすらあった



ルリ「あの頃、死んだり行方不明になったのは、アキトさんや艦長、イネスさんだけではなかった
    ボソンジャンプのA級ランク・・・目的地のイメージを遺跡に伝える事ができる人、ナビゲーター・・・・・・
    みんなみんな、『火星の後継者』に誘拐されてたんですね」


ミナト「誘拐!?」



驚くミナト

まるで不吉を告げる様に昼間の空をカラスが飛ぶ

それでもルリの言葉は続く



ルリ「この2年あまり、アキトさんたちに何が起こっていたのか、私は知りません」



それは半分嘘だ

リストには『失敗』、『死亡』、『廃棄』の文字が尽く並んでいた

それは充分非道な行いが行われていたことを物語っている



アキト「知らないほうがいい」


ルリ「私も知りたくありません。でも・・・・・・・・・」



これも半分嘘だ

本当は知りたかったが、それを聞くのが怖かった

だが、それでも聞いておきたい事を問いかける



ルリ「どうして・・・どうして教えてくれなかったんですか?生きてるって・・・・・・・・・」



本当に僅かな希望にすがるような質問

会う事はできなくとも、生存した事を連絡する事はできたはず

現にカケルは目覚めと生存を連絡してくれた

そこに絆があると思ったからだ

だが、今のアキトにそれは存在していないのだろうか

帰ってきた答えは・・・・・・



アキト「教える必要がなかったからだ」



あまりにも残酷な答えだった

自分たちは『家族』だと信じていた

それが例えたった半年にも満たない短い時間でも、それは確かに存在していた

しかし、今のアキトには、それすらも無意味な物だった



ルリ「そうですか・・・・・・・・・」



ルリの言葉と同時に、"パァーンッ"という肉を叩く音が人気の無い墓地に響いた

それはミナトがアキトの頬を引っ叩いた音だ

カケルの時と同等か、それ以上の怒りが爆発したからだろう

その手はアキトの頬と同様に赤くなっていた



ミナト「それでよくあの時、この子を引き取るなんて言えたわね!
     謝りなさい、この子が、そしてカケル君がどんなに悲しんだか、あなたには・・・・・・」



問い詰めるミナトに対し、アキトは銃を突き付けた



ミナト「ア、アキト君・・・・・・?」



さすがにイキナリ銃を向けられるとは思っていなかった

しかし、アキトの視線は別の何かを捕らえ、ゆっくりと銃を真横に向ける

そこには邪気を放ち、狂気を漂わせた無粋な男がいた



北辰「迂闊なり、テンカワアキト。我々と一緒に来てもらおう」



左目に真紅の義眼をはめた男、北辰の姿があった

そして、北辰の後ろからゾロゾロと北辰衆も姿を現す



ミナト「な、何あれ?」



ミナトの質問に答えず、アキトは問答無用で銃を発砲する

一発、二発、三発と静かな墓地に銃声が響き渡る

弾丸は全て北辰を捕らえるが、それは直前で見えない壁みたいなものに弾かれた



北辰「重ねて言う。一緒に来い!」


アキト「・・・・・・・・・」


ミナト「アキト君」



背中にミナトの心配気な声がかけられる

再度銃を発砲するが、やはり弾かれてしまう



北辰「聞く耳持たぬか、手足の一本はかまわん」



その言葉を合図に、北辰衆の手にナイフが握られる

殺る気だ

アキトも銃に弾丸を補充する



アキト「あんたたちには関係ない。とっとと逃げろ!」


ルリ「こういう場合、逃げられません」


ミナト「そうよねェ〜」



ルリの言葉にミナトも呆れながら同意する

どの道、逃げても逃げ切れないだろう



北辰衆A「女は?」


北辰「殺せ」


北辰衆C「小娘は?」


北辰「あやつは捕らえよ。ラピスと同じ金色の瞳・・・・・・・・・人の技によって生み出されし白き妖精・・・・・・
    地球の連中はほとほと遺伝子操作が好きと見える。汝は我が結社のラボにて
    栄光ある研究の礎となるがよい」



獲物を前にしたハンターのように嬉しげに目を細める北辰

それを見て一つの確信をした



ルリ「あなたたちですね。A級ジャンパーの人たちを誘拐していた実行犯は」


北辰「そうだ」


ルリ「・・・・・・・・・」



その言葉には罪の意識がまったく感じられない

ただこちらをバカにしたように笑うだけ



北辰「我々は『火星の後継者』の影。人として人の道を外れた外道、全ては新たなる秩序のため!」



言うだけ言って、再び3人に詰め寄ろうとしたとき



??「ハッハッハッハッハッ」



何処からともなく笑い声が墓地に響く

全員が一斉に振り向いたその先には、かつて『蜥蜴戦争』で戦った、白い優人部隊の制服を身に纏った男

『月臣元一朗』の姿が在った



月臣「新たなる秩序、笑止なり。確かに破壊と混沌の果てこそ、新たなる秩序は生まれる
    それゆえに産みの苦しみ味わうは必然・・・・・・しかし、草壁に特なし」


北辰「久しぶりだな、月臣元一朗。木を売った裏切り者がよく言う・・・・・・」


月臣「そうだ。友を裏切り、木星を裏切り、そして今はネルガルの犬」



言葉と同時に墓地の至る所から出現する黒服の集団

ネルガル会長直属のエージェント『ネルガルシークレットサービス』の面々だ

一斉に拳銃と日本刀を構えるその姿は、極道やマフィアと大差ないように思える

まさしく勢力争いの図を描いていた



北辰衆B「隊長」


北辰「あわてるな」



同様する部下を一括する



月臣「テンカワにこだわりすぎたのがアダとなったな、北辰」



その言葉と同時に、同時にイネスの墓がせり上がった

中からは見知った大男がマシンガンを構えて現れた



ゴート「久しぶりだな、ミナト」


ミナト「そ、そうね、ハハ・・・・・・」



信じられない面子との再会が三連続で続くとさすがに笑うしかない

もっともその笑いはどこか引きつっているが

しかし、この状態でも北辰には余裕があるように見える



北辰「烈風!」


北辰衆D「おう!ちえぇぇぇーッ



合図と共に部下の一人が月臣めがけて突っ込む

だが、月臣はその突きを軽く避わし、相手の顔面を押さえ込む

そして、そのまま北辰目がけて突き飛ばした

これにはミナトも驚いている



ミナト「うっそォ〜!」


アキト「木蓮式柔・・・・・・」


ミナト「え?」



なぜ知っているのかとでも思ったのだろうか

ミナトはあまりにも呆けた声を漏らした

完全に形勢は逆転しているように見えるが、北辰は未だに余裕の表情だ



北辰「見事な柔だ。だが、もはや勝負は決した」


月臣「何を言って・・・・・・これは!?」



月臣の体は金縛りにでもなったかのように動かなかった



北辰「貴様らの動きは封じさせてもらった、我が影によってな」



よく見ると北辰の影から無数の影が伸び、その場の全員を捕らえていた

捕らえた影は"プツリ"と途切れるが、その金縛りは解けなかった



アキト「これが貴様の能力か」


北辰「そうだ、一度影を捉えれば、切り離してもしばらくは動けまい
    二人を捕らえよ、残りは殺せ」


北辰衆A「は」



部下の一人がアキトとルリに近づいて行く

しかし、動きを封じられたアキトたちには成す術がなかった

これまでかと思われたとき



北辰衆A「!!」



突如墓石を貫いてきた光弾によって吹き飛ばされる

墓石の粉末が舞い上がり、その中からカケルが姿を現した



カケル「ちょっと遅れたけど、手遅れじゃないな」


ルリ「カケルさん!」



ルリは思わず叫んでしまった

自分でも分かる、喜びと安堵の安らぎが浮かび上がるのが



カケル「ルリちゃん、ちょっと待っててね、取り合えず安全を確保するから」



気を開放して土煙を巻き上げる

表情も険しいものになり、北辰たちを睨み付ける



北辰「我らと戦う気か?」


カケル「ああ。お前たちはこれからも、沢山の人たちを不幸にしそうだからな
     今、この場で俺が始末させてもらう」


北辰「大した自信だな。確かに生身ならば貴様の方が上かもしれん
    だが、我らにはこれがある、これを見ても同じ顔をしていられるかな」


カケル「何?」



北辰たちの後方にボソン粒子が集まり、それが形を成していく

ボソンの光の中から現れたのは愛機である夜天光と六連だった

北辰たちはそのまま自分たちの機体に乗り込む

これはさすがに誰も予想してなかったらしく、場に緊張が走る



北辰「切り札は取っておく物、月臣、テンカワアキト、お前たちは全ての手をさらけ出した
    もはやこの事態への対応策などあるまい?」



勝利を確信した不適な笑みで問いかける

月臣には焦りの表情が見られる、どうやら北辰の行った事は的を射ていたらしい

カケル以外は動けず、たとえ動けたとしても生身で機動兵器に勝てるはずもない



ミナト「ルリルリ、何か良い手はないの?」


ルリ「ありません、あっても動けなければどうしようもありません」


ミナト「よね〜・・・・・・」



こちらも策はなし

北辰の夜天光が一歩踏み出したとき



カケル「やれやれ、切り札は取っておく物か、確かにそうだな。こういう展開でボソンジャンプは便利だ
     だけど、何か忘れてるんじゃないのか?」


北辰「何?」



こんな状況でも焦る様子もなく、むしろまったく心境に変化は見られない

その眼差しは一歩も引かず夜天光を見上げている



カケル「こちらにもA級ジャンパーはいるんだぜ」



全員の視線が一斉にアキトに集中する

確かにアキトはこれまでの奇襲にボソンジャンプを用いた

それなら今回も同じように、この場に機動兵器をジャンプさせればいい

だが、その発言を北辰は嘲笑う



北辰「愚かなり翼よ。CCがなければ遺跡に意識を伝達することはできはしない
    たとえできたとして、そやつはまだしばらくは動けん」


カケル「そうなの?」


アキト「・・・・・・ああ」



周りを見渡しても、この状況で誰も動こうとしない

プロとしては当然かとも思うが、本当に北辰の能力が効いているようだ



カケル「だったら仕方ないか・・・・・・本当の切り札を使わせてもらうか」


ルリ「本当の切り札?」


ミナト「そんなのあったの?」



カケルは身に着けていたペンダントが光を放つ

かつて一度、カケルの目覚めのさいに放ったときと同じだが光だが、今度のはさらに輝いていた

光は柱となり、光の柱からはウイングレイヤーが出現した



北辰「これは!?」


月臣「ボソンジャンプとは異なる跳躍法だと!?」


ルリ「これがカケルさんの切り札・・・・・・」



誰も知らない、知らされていない、本当の切り札

全員が唖然としているうちにウイングレイヤーに乗り込む

システムを立ち上げ、機体を起動させると、フライトユニットの翼からエネルギーが放出される



カケル「此処でドンパチするわけにはいかない、付き合ってもうぞ!!」



ウイングレイヤーを夜天光に向かって加速させる

そのまま夜天光を掴んでこの場を離れるつもりだったが、結果は体当たりをすることになった

そのまま勢いに任せて上空に舞い上がる



北辰「クッ!」


カケル「このッ!」



ウイングレイヤーが夜天光を払い、そのまま殴りつける

夜天光はそのまま海面に激突し、水しぶきを上げて水中に沈んだ



北辰衆D「隊長!」



六連はアキトたちを放っておいてウイングレイヤーに向かう

動けない相手より動く強敵を葬るのが先決と考えられたからだ

六連の接近を探知すると、そこから迎撃の態勢に入り向かっていこうとしたが、なぜか通り越してしまった

そのまま海面に向かって一直線に突っ込んで行く



カケル「何〜〜〜〜ッ!!



ハデな音と水しぶきと共に海中に姿を消してしまった

それを唖然とした表情で全員が見ていた



ルリ「・・・・・・落ちましたね」


ミナト「・・・・・・そうね」



表情こそ変わっていないが内心呆れと驚きが半々である

カケルの実力なら操縦ミスなど考えられないし、機体に振り回されるとも思えないからだ

そして、ウイングレイヤーより先に夜天光が浮上した

それを追う様にしてウイングレイヤーも浮上する



カケル「この―――――ッ!!



フライトユニットからパーツが分離し、それを掴むとビームの刃が出現した



北辰「ビーム兵器、刃として留めたのか・・・・・・おもしろい。その力、試してやる」



ウイングレイヤーがビームソードを振り上げ、夜天光が錫杖を振り下ろした

ビームソードと錫杖がぶつかり火花を散らす

そして、その激突に押し勝ったのはウイングレイヤーだった



北辰「このパワー、この夜天光を上回るのか?」


カケル「Gや衝撃はキツイが、これならやれる」



夜天光に追い討ちを掛けようとしたところに、6機の六連が立ちはだかる

6機の六連の錫杖をビームソードで振り払いながら一度距離を取ろうとしたが

機体が思わぬ方向に急加速した



カケル「なッ!?」



一応六連から距離を取る事ができた

だが、機体は地表に落下し、そのまま数メートル地面を抉って行った



カケル「どうなってるんだ!?コイツ、俺の意思と関係なく・・・・・・」



考えがまとまらないうちに六連からミサイルが発射された

本来、カケルの腕とウイングレイヤーの性能なら回避可能だろうが

機体は無茶苦茶に動き、ミサイルを全て避わせず、何発か直撃してしまった



カケル「ガ八ッ・・・・・・」



ミサイル自体はディストーションフィールドで防げるが

ビーム兵器や重力波などと違い、実弾兵器は多少なりとも堪えてしまう

その衝撃と機体のGなどが重なり、異常なまでに精神力と体力を磨り減らしていく

エリナの言っていた事が今更ながら理解した



カケル(テストパイロットを5人も殺しているってのは本当みたいだな・・・・・・
     俺もこのままじゃ近い内に限界が来る・・・・・・多少強引でも勝負を決めるか)



機体を起こし、もう一本のビームソードを構える

夜天光と六連は空中でウイングレイヤーを見下ろす

そして、北辰はモニター越しにウイングレイヤーを見下ろし、余裕の笑みを浮かべる



北辰「その機体、実に素晴らしい性能だ。スピード、パワー、どれを取っても申し分ない
    だが、それも使いこなせねば意味がない」



北辰の言うとおりだ

これならまだ通常のエステバリスの方がマシとすら思える



北辰「少々驚かされたが、そろそろ終わりにする」



夜天光を先頭に、六連も散開して迫ってくる

それも目的に向かっ旋回しながら攻める暗殺術『傀儡舞』だ

ただでさえ攻略は困難なのに、今は機体の制御もままならない状況なのだ



カケル「傀儡舞か、それなら・・・・・・」



この状態でどのくらい持つか分からないが、ゼロの領域に賭けることにした

感覚がゼロになり、北辰たちの動きが見える

大地を蹴り、機体を加速させる



カケル「これならやれるか!?」


北辰「愚かな」



敵の動きを先読みし、迫る攻撃を避けようと回避運動をとる

本来は紙一重で避わして反撃に転じるのだが、それに反して機体は直前で鋭角に急加速した

それはカケルは勿論、攻撃を仕掛けた北辰衆の男も予想外だった



北辰衆「何ッ!?」



そこから機体を旋回させ、そのままビームソードで斬りかかったが

それはギリギリのところで空振りしてしまう

そこに反撃の錫杖による突きが繰り出されるが、それを直前で回避

これはカケルの思い描いていた理想の回避行動だったが、そこから機体は急降下した

それを追撃してくる北辰たち



北辰「逃がさん」



夜天光にあっさり追いつかれ、振り下ろされた錫杖をビームソードで受け止める

決してスピードを落とそうとした訳ではないが、なぜか落ちたために追いつかれてしまった

更に六連も追いつき攻撃を仕掛けてくる

2本のビームソードで辛うじて防いでいるが、相手は7本で攻撃しているのだ

いつまでも持ち堪えられそうにはない



カケル(いくらゼロでもこれ以上は厳しいか・・・・・・)



そう、行動を先読みしても、それに付いて行けなければ意味がない

一度包囲網から出て体勢を整えるにも、こう断続的に攻められたそれも叶わない

精神も肉体もかなり疲労し、もはや限界が近づいていた

Gの衝撃で一瞬意識が飛んでしまい、そこに僅かな隙が生まれる



北辰「隙あり!」


カケル「しまっ・・・!!」



そう思ったときには遅かった

夜天光の錫杖の突きがウイングレイヤーのビームソードを弾く

更に近距離からミサイルを貰うが、その反動を利用して包囲網を突破する



北辰「転んでもただでは起きぬか」



地に着地し、ビームソードを構えるが、肩膝を付いている

機体を立て直すが、もはや限界が近いのは誰の目にも明らかだ



カケル「ハァハァ・・・・・・こんなに消耗が激しい上に制御もままならないんじゃ話しにならない」


北辰「そう、使いこなせぬ力など無力。いや、貴様の場合は足かせになっているな
    もはや余力は残ってはいまい、我が手を下すまでもない・・・・・・行け」


「「「「「「はッ!」」」」」」



北辰の言葉を合図に北辰衆の六連が一斉に襲い掛かる

しかもご丁寧に傀儡舞で仕掛けてきている

心身共に限界を迎えているカケルには迎え撃つ力は残っていない

一瞬ルリやアキトの居る場所をモニター越しに見る

そして残してきたラピスと、遺跡に取り込まれたユリカを頭に浮かべる



カケル(ごめん・・・・・・みんな・・・・・・・・・)



意識が少しずつ薄れていく

六連が一斉に錫杖を振り下ろそうとしたところで気を失った






















〜〜〜あとがき〜〜〜




お久しぶりでありであります〜

今回はちょっと無理した展開になってしまいました

劇場版をなぞっていますが、ちょっと話の順番を変えてみました

まだハーリー君が行く前に墓参りに行ったのとかがそうです

んでもって謎のペンダントですが

アレの詳しい事はかなり後になって説明します

ウイングレイヤーの制御の秘密なんかは次で解明されます

性能は間違いなくトップクラスに間違いありません

まあ、大抵の作品は新型が出てくると、その圧倒的性能で勝ったりするんですよね

そんでもってしばらく経つと悪戦苦闘になってしまう

今回は最初から悪戦苦闘でした、っていうか負けかけてたりするんですけど

それでも次回も読んでくれると嬉しいです

それではまたお会いしましょう・・・・・・V









 

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管理人の感想

アテムさんからの投稿です。

前半から中盤にかけて、ストーリー展開が劇場版そのものでしたねぇ

ま、その分、ハーリーの慰め役をカケルやラピスに任せたりして、話を膨らましてしましたが。

墓場のシーンでは二転三転として、かなりオリジナルティに溢れたものになっています。

ちょっとひっかかったのが、アキトの存在感というか・・・台詞の無さでしょうか(苦笑)

何ていうか、居ても居なくていいようなキャラになってるような(爆)